(干上がり、「白い砂漠」と化しつつあるイラン最大の塩湖「ウルミア湖」 【1月10日 GLOBE+】)
【世界各地で深刻化する「水資源」をめぐる対立】
世界各地で多くの国々とって死活的に重要な資源である「水資源」をめぐって、独占的な水資源利用ともなるダム建設などで関係国の対立が激しくなっています。
アジアのメコン川流域での中国と東南アジア下流域国の対立、ブラマプトラ川での中国・インドの対立、アフリカ・ナイル川でのエチオピア・エジプトの対立等々。
中東地域のように基本的に水資源が不足している地域では、ダム建設による水量の変化は劇的な影響をもたらします。
****チグリス・ユーフラテス川が干上がる? 上流のダム建設で流量激減****
豊かな流れによって古代メソポタミア文明を育んだチグリス川とユーフラテス川が、上流で建設が進むダムの影響で干上がる恐れに直面している。
下流に位置するイラクは、新たなダムを稼働させつつある隣国トルコとイランとの間で緊迫した協議を続ける一方、水利インフラ整備を急いでいる。
イラクで最も深刻な影響を受けているのが、国内で唯一海に面した南部バスラ県だ。チグリス・ユーフラテス両河川が合流してからペルシャ湾にそそぐまでのシャット・アルアラブ川は、数百万人のイラク人に農業用水を供給する源だが、流量はすでに激減し、海水の逆流が起きている。
数千年前から川岸に栄えてきた人々の暮らしや野生動物の生息地は、じわじわと圧迫され失われつつある。
かつてイラクの特産品として知られたナツメヤシを育てて数十年になる農家の男性(70)は、「ここ数年で(土壌の)塩分濃度が上がり、畑は死にかけている」と語った。真水は今やほとんど得られず、農地は塩害でひび割れて、大昔からこの地に生い茂ってきたナツメヤシの木々が立ち枯れている。
「この川はすっかり死んでしまった」。男性は農地を放棄し、仲間の農家と共に水を求めて北部へ移住するという。
チグリス・ユーフラテス流域では砂漠化と人口増加が同時進行しており、トルコとイランは以前にも増して貴重な水源の確保に躍起になっている。イラクのメフディ・ハムダニ水資源相によると、トルコ・イラン両国が上流に新たなダムを建設し、支流を水源に利用し始めたことで、イラク国内のチグリス・ユーフラテス川の流量は半減した。
とはいえ、ハムダニ氏はまだ希望を捨ててはいない。イラク政府も、首都バグダッド北方のマコールに大規模な貯水池の建設を計画しており、完成すれば「より大量の水を確保して発電に利用したり、洪水からバグダッドを守ったりできるようになる」という。この貯水池計画は、2003年のサダム・フセイン政権崩壊以降で最大規模のインフラ事業となる。
だが、専門家らは、新たなインフラ事業だけでイラクを流れるチグリス・ユーフラテス川を守ることはできないと警告する。持続可能な川の利用には、水の共有についてトルコ・イラン両政府と合意することが不可欠だというのだ。
イラク南部にある農業の中心地ディワニヤの農協組合長は、イラク側には交渉材料があまりないのに「トルコはいつでも水戦争を仕掛けることが可能だ」と悲観的だ。2016~18年に起きたような干ばつに再び見舞われれば、5年以内にチグリス・ユーフラテス川は干上がって、野生動物は死に、飲料水にも困る日が来る恐れがあるという。
「唯一の解決策は、経済的圧力だ」とこの組合長は主張し、商品やサービスの輸入制限と引き換えに交渉できるかもしれないと語った。
原油と水の交換取引を提案する声もある。ただ、世界では原油の使用量が減少しつつあり、イラクは早急に行動する必要がある。
2035年にはトルコとイランのダムが完成する。そうしたら、命を育むチグリス・ユーフラテスの流れは、遠い記憶となってしまうかもしれない。(後略)【2020年9月21日 AFP】
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【温暖化により水不足が更に進むイランなど中東地域】
こうした「水資源」をめぐる争いの深刻化の背景に、温暖化の影響があります。
****温暖化の水資源への影響****
温暖化が進むと、現在の地球の気候が変化すると予測されています。たとえば、地中海沿岸、中近東、アフリカ南部、アメリカの中西部では、降水量が減り、年間の河川流量も減ると予測されています。
反対に、温暖化によって、年間の河川流量が増えると予測されている地域もあります。ロシアやカナダなどの高緯度地域がこれに相当します。
また、温暖化によって、雨の強度や頻度も変化すると予測されています。この結果、干ばつの影響を受ける地域が広がったり、大雨の頻度が増えて洪水リスクが増大したりすると予測されています。このとき、河川流量の時間的な変動も大きくなるので、水資源が不安定になる地域があると考えられています。
温暖化によって気温が高くなると、降雪量が減り、融雪の時期も早まります。こうなると、春や夏の水資源量が減ったり、融雪による水資源が得られる時期が変化したりすると考えられています。【地球環境研究センターHP】
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今でも水不足の中東地域は温暖化によって更に厳しい環境になることが予想されます。
すでにその兆候は現れています。
オルーミーイェ湖(別名ウルミア湖)はイランの北西にあるイラン最大の塩湖で、面積はおよそ5,960 km²(琵琶湖の約9倍)。2000年代以降、水位低下が著しく、面積も減少傾向にあります。
****イランの巨大塩湖「ウルミア湖」 半分以上干上がり、まるで「白い砂漠」****
イラン北西部にあるウルミア湖は、かつては世界有数の面積を誇る塩湖だった。それが今では水位が低下し、ひどいときは半分以上が干上がって、あちこちで湖底が露出している。
そんな情報を知ったドイツのドキュメンタリー写真家(フリーランス)のマキシミリアン・マン(28)は、地球温暖化の深刻さを問題提起したいと、ウルミア湖のルポ取材を決めた。
2018〜19年の間に季節を変えて計3度訪問したが、「塩湖はむしろ白い砂漠のようだった」。国立公園に指定された観光名所だが、今では訪問客も減り、周辺の農地には塩害が広がる。
「滞在中とても親切にしてくれた」という地元住民の健康にも影響が出ていた。欧米では一般的にあまり知られていない湖だが、その深刻な現状は世界中で起きている気候変動の映し鏡のようだった。(中略)
■湖底が露出するウルミア湖
イラン最大の湖で、オルーミーイェ湖やウルミエ湖とも呼ばれる。もともとの面積は5960平方キロメートルあり、中東ではカスピ海に続く大きさの巨大な塩湖だったが、2000年以降、水位低下が顕著となった。今では1970年時の12%まで面積が縮小したとされる。
原因の一つは地球温暖化だ。夏季に気温の異常上昇が起きるようになり、湖水が蒸発して広範囲で湖底が露出した。さらに、流入する河川でのダム建設などに加え、周辺農地で多くの井戸が違法に掘られたことがある。
フラミンゴやペリカンなどの野鳥はほぼ姿を消したという。【1月10日 GLOBE+】
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このオルーミーイェ湖(ウルミア湖)に象徴されるように、イランは水不足に直面しています。
(2017年7月にイランを旅行した際の、イスファハンの有名な「世界三名橋」のひとつとされる優美なアーチ橋「ハージュー橋」 「橋」とは言いつつ川は干上がっていました。上流にある工場の取水の関係で、しばしばこういう水枯れ状態になるとか。)
【中東で高まる安全保障面の緊張を緩和するひとつの方策が「水資源」をめぐる協調】
一方で、イランをめぐる厳しい国際状況は周知のとおり。
“米、硬軟両面でイラン揺さぶり 制裁と解除を同時実施”【6月11日 産経】
仮に何らかの合意が現段階で成立しても、イランに反米保守強硬派の新大統領が誕生することを考えると、将来的な交渉進展は極めて難しいようにも思えます。
そうなると、イランの核開発に拍車がかかります。
“イラン、数週間で核製造も 米国務長官が危機感”【6月8日 共同】
と言うか、そうした核製造が完成する前に、イスラエルが行動に出るでしょう。
かくして、イスラエルとイランの間で大規模な衝突の危険性が・・・・
中東イランでの戦火で、中東石油に頼る日本にも激震が。
上記のような緊張する国際情勢を緩和する一つの方策が、水不足に苦しむイランへの淡水化技術の供与、それに伴う国際的枠組みの構築です。
核開発などの問題に比べたら、環境問題や市民生活にも関わる「水資源」問題は協調をとりやすい分野でしょう。
****イラン人口の1/3が苦しむ水不足だが...中東の対立解消へのチャンスにできる****
<ペルシャ湾岸諸国の中でイランは海水淡水化で出遅れている。米バイデン政権が一役買えば全ての国に利益がもたらされる>
かつて偉大なペルシャ文明を生んだ地が、いま干上がろうとしている。今年のイランは50年来の深刻な干ばつに見舞われている。総人口約8500万人のうち、約2800万人には水が足りない。地域としては主に中部と南部。都市部の住民も農業地帯も悲鳴を上げている。
苦境に立たされているのはイランだけではない。世界で最も水資源の乏しい17カ国のうち、12カ国はペルシャ湾の沿岸諸国を含む中東・北アフリカにある。
水資源の問題は地域全体の問題だ。ペルシャ湾の北に位置する大国イランと、南西側を占めるアラブ諸国は水の安全保障で協力すべきだ。そうすれば得られるものは多い。できなければペルシャ湾の生態系も脅かされる。
水の問題なら、政治的・宗教的な思惑の違いを超えて協力しやすいだろう。アメリカも積極的に協力を後押しすべきだ。ジョー・バイデン大統領の政権は気候変動への取り組みを最優先課題としているのだから。
この10年間、イラン政府は深刻化する水不足の問題に対処するため、多くの政治的・財政的資源を投入してきた。海水の淡水化施設を増やすための新構想や、水不足の深刻な中部にペルシャ湾から水を運ぶ計画などだ。
この国家的なプロジェクトは既に進行中で、主要な給水路を4本造り、淡水化施設も増設するという。総額2850億ドルもの資金を投じて2025年までに完成させる計画で、約7万人分の雇用創出効果もあるとされる。
経済制裁が悪影響を及ぼす
淡水化された水は、重工業やイランの広大な農業部門に供給される(農業部門はイランの水使用量の90%を占める)。これが実現すれば貴重な地下水をくみ上げずに済むので、地方の農民・放牧民も水に困らなくなる。
そうすれば、地方から都市部への人口移動の波を止めることもできるだろう。水不足は既に一部の地域で、住民間の対立や住民と治安部隊の衝突を招いている。今のイラン政府にとって、水問題はさまざまなレベルで重要な政策課題だ。
外交問題とも関連している。水不足の深刻化は度重なる干ばつだけが理由ではない。背景には、アメリカによる容赦ない経済制裁の発動もある。そのせいでイラン政府の資金調達力や、水処理の最新技術の入手は大幅に制限されている。
一方で、アメリカの制裁によって石油の輸出先を失ったイラン政府は、別の産業分野の振興を急いでいる。石油化学や鉱業、製鉄などだ。これらの産業にはアジア諸国、とりわけ中国が熱い視線を注いでもいる。
しかし、いずれの産業も大量の水を使う。多角的な産業の振興は工業用水の需要を大幅に増加させるのだ。イランが相次ぐ経済制裁を受ける前の2000年には、工業・鉱業部門で使用される水資源は国全体の約1.2%にすぎなかった。しかし、21年には3%に達すると予想されている。重工業が盛んな中部の都市イスファハンでは、現状でも地域の河川が枯渇寸前となっている。
この間、イラン政府は急増する需要に追い付こうとするばかりで、需要の抑制にはほとんど取り組んでこなかった。入手可能な最新の数値によれば、イランの国民1人当たり水使用量(食品の製造などに使われた水を含む)は1日5100リットルで、水不足の悩みがないフランスやデンマークより多い。
さらに水の供給を増やすには、海水の淡水化を一段と進めるしかない。
だが、イランはこの分野で出遅れている。湾岸諸国では既に約850の淡水化プラントが稼働しており、アラブ諸国はいずれも水供給量の55〜100%を淡水化(脱塩水)で賄っている。対するイランの水供給量に占める脱塩水の割合はまだ約0.1%で、イラン政府はこの割合を増やしたい考えだ。
しかし海水の淡水化には、環境への影響が懸念されている。淡水化によって生じるブラインと呼ばれる濃縮塩水は海に排出されるから、海の生態系に悪影響がもたらされる。しかも海水の淡水化には多くのエネルギーが使われるため、温室効果ガスの排出増加にもつながる。
湾岸地域共通の機関がない
それでも、淡水化プラントは今後も増え続ける。ある試算によれば、ペルシャ湾岸のアラブ諸国では新たに1000億ドル規模の淡水化プロジェクトが計画されている。もちろん、これとは別にイラン(その人口は湾岸諸国の合計をはるかに上回る)の増設計画がある。
この「淡水化競争」を展開するに当たって、資金面でゆとりのあるアラブ諸国は最新鋭の、すなわち環境へのダメージがより少ない淡水化技術を導入することが可能だ。
だが経済制裁に苦しむイランは、旧式の淡水化技術しか使えない。そのため現在進行中および計画中の淡水化プロジェクトが環境に及ぼす悪影響を最小限に抑える能力も、アラブ諸国に比べて限られるだろう。ペルシャ湾の生態系は共有の資産だから、イランが最新の淡水化技術やノウハウにアクセスできなければ、ペルシャ湾の南側のアラブ諸国にも、その影響が及ぶことになる。
ペルシャ湾岸の全ての国が水不足の問題を抱えているにもかかわらず、この問題に共同で対処する地域的な機関は存在していない。今の湾岸諸国には数日分の飲料水を備蓄しておく能力しかないのだが、いざ水の供給が危機的状況に陥った場合に、これらの国々が頼れる共通の多国籍機関はない。
これまで水問題に対処するために創設された唯一の機関は、1979年に生まれた湾岸海洋環境保護機構(ROPME)だが、現在は機能していない。ROPMEを復活させるか、あるいはこの地域の環境問題への対処を一括管理する同様の国際機関を立ち上げるのか、議論はまだまとまっていない。
現状では海水の淡水化を進める以外に、水資源を確保する方法はないということだ。そうであれば、淡水化プロセスがもたらす副作用を最小限に抑える方法など、水に関する政策や安全保障の問題については関係諸国が協調して対処すべきだ。それが地域全体の利益となる。
だが当然のことながら、イランも湾岸アラブ諸国も水政策に安全保障の観点を持ち込みがちだ。例えばイランでは、環境保護の活動家が治安当局から厳しく監視され、スパイ容疑を掛けられることもある。
イランと湾岸アラブ諸国の間には政治的・宗教的な緊張関係があり、地域の環境問題で協力関係を築くことはかなり難しい。だが、何もしないのは最悪の選択だ。
水産資源の乱獲から急速な沿岸開発、塩分濃度の上昇まで、ペルシャ湾の生態系の問題には関係諸国が一致して対処する必要がある。イランも湾岸アラブ諸国も、今は地球環境に有害な石油の輸出に依存しているが、気候変動の影響を受けやすい国であるのも事実だ。もともと気温は高いし、水資源は乏しい。
「気候難民」が生まれる恐れ
既にどの国も、石油依存から脱却するために産業構造の多角化に取り組んでいる。だが、環境対策には一層の努力が必要だ。中東では記録的な気温上昇と水不足によって土地が農業に適さなくなり、地域内で膨大な数の人々が「気候難民」と化す恐れもある。
政治的な緊張が解消される見込みはないから、環境面での協力のハードルは高い。しかし水不足が一段と深刻化するなか、イランとアラブ首長国連邦(UAE)そしてサウジアラビアは徐々に、共通の問題に共同で対処する道を探し始めている。
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は4月下旬にイランとの関係改善を呼び掛け、イラン政府もこれを歓迎した。中東ではどうしても地政学的な対立に目が行きがちだが、地域の環境問題は協力関係を築く上で最も争点が少ない分野と言えるだろう。
ペルシャ湾岸の地政学的紛争とは異なり、当事者間の環境面の利益はゼロサムではない枠組みで構築できる。一国だけで問題を解決することはできないし、問題解決による利益が一国だけにもたらされることもない。同時に、水をめぐる協力が他の問題に関する有意義な協力の道を開く可能性もある。
元米国務長官のジョン・ケリーを気候変動問題担当大統領特使に指名した米バイデン政権は、イランとアラブ諸国の環境問題についての協力を促す機会をつくり、外交的影響力を行使できる立場にある。
ケリーは4月にUAEを訪問し、気候変動に関する地域対話に出席した。その場にはUAEとクウェート、エジプト、バーレーン、カタール、イラク、ヨルダン、スーダン、オマーンの代表はいたが、イラン代表の姿はなかった。
これではいけない。大国イランの参加なしで、ペルシャ湾に面する全ての国に共通する環境問題を解決できるはずがない。
バイデン政権がイランと互恵的な関係を築く方向を模索し、湾岸アラブ諸国もイランとの緊張緩和を目指し始めた今こそ、水問題と気候変動対策で協力すべきだ。それが全ての関係国の利益となる。【6月11日 Newsweek】
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