(投票風景 (保守強硬派、穏健派の推薦リストである)ビラのかわりにスマートフォンの画面を見る人も=2012年2月26日 出典: 神田大介撮影【2017年10月17日 神田大介氏 withnews】)
【「選挙は、宗教的民主主義の具現」】
今週金曜日の21日、イランでは国会議員選挙が行われます。
下記は、イラン系メディア「ParsToday」の関連記事です。
****視点;イラン国会議員選挙 - 様々な政治趣向や政党の存在****
今月21日、第11期イラン国会議員選挙及び最高指導者の選出を担う専門家会議の第5期第1回中間選挙が行われます。
選挙は、宗教的民主主義の具現であり、同時に国民が国の運命を決定付ける場に参加することを意味します。
現在、選挙に向けて116の政党が正式に承認されています。これらの政党には、原理主義、改革派、無所属・中道派という3つの潮流が存在します。各選挙組織は、選挙の舞台にあらゆる趣向を導入すべく奔走しています。
(中略)いずれにせよ、4年に一度の割合で実施される国会選挙において、様々な階層や政治的派閥に属する様々な背景を持つ人々が国会での議席を得るために競い合い、有権者によって選択の対象となるわけです。中でも過去に際立った成功を収めた人物が選ばれる確立が高くなります。
今回、特に大きく報道されているのは、過去3期にわたり国会議長を務めてきたラーリージャーニー氏が不出馬を表明していることです。これは原理主義や改革派の間で大きな反響を呼びました。
ネット空間やメディアの予測では、ラーリージャーニー議長の国会選挙の不出馬の理由は、同議長がイラン大統領選挙出馬に向けて計画を立てているとする可能性が指摘されています。【2月15日 ParsToday】
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最後に出てくるラーリージャーニー議長・・・日本メディアでは「ラリジャニ議長」と表記されることが多い保守強硬派の中心人物です。アフマディネジャド元大統領のような庶民の出ではなく家柄も名家で(宗教権威に支えられたイラン保守派政界ではこういう「権威」が重要視されます)、以前から注目されていた政治家です。いよいよ大統領選挙に・・・ということでしょうか。
116の政党が承認されているとのことですが、日本や欧米で普通に見られる大政党は存在しないようです。しかも、
今回選挙の情報はしりませんが、4年前の前回選挙では290議席に1万2000人あまりが立候補を届け出ました。
大政党もなく、1万人を超す立候補者・・・どうやって有権者は選択するのか?(前回選挙では、人口約850万人の首都テヘランは定数が30に対し、最終的な候補者数が1111人)
後出記事でも説明されていますが、保守派、穏健派などの陣営がそれぞれ推薦リストを用意し、有権者はそのリスト(自分が気にった方)を見ながら投票する・・・というのが一般的なようです。
【「アメリカに騙された」・・・核合意を推進したロウハニ・穏健派には逆風】
最近のイラン社会では、ガソリン価格引き上げに伴う抗議デモが広がり、一部は体制批判に及び治安部隊との衝突で多くの犠牲者がでる事態に。
その後、米軍による革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害で、一転、反米的体制への求心力が高まったように見えました。
しかし、革命防衛隊によるウクライナ航空機撃墜を隠蔽していたとして、再び体制批判が表面化
・・・といったように、目まぐるしい動きがありますが、国民の間では「穏健派の言うように国際社会に譲歩して核合意を結んだのに、一向に制裁は解除されず暮らしはよくならない。アメリカに騙された」という不満が基本にあるように思われます。
「アメリカに騙された」という思いは、核合意を推進したロウハニ大統領など穏健派への批判となります。
****イラン大統領 革命記念日演説 保守強硬派の国民から罵声も ****
アメリカとイランの対立が先鋭化する中、イランのロウハニ大統領は11日イスラム革命の記念日に合わせた演説を行いアメリカとの対決姿勢を強調しました。
しかしこれまで欧米との対話路線を推進してきたことに保守強硬派の国民から罵声が浴びせられ、国内での立場が厳しさを増しています。
イランのロウハニ大統領は11日、現在の政治体制が樹立されたイスラム革命から41年となるのに合わせ、国民向けの演説を行い「アメリカはここ数年、イラン国民にひどい圧力をかけている。イランを壊し、降伏させようとしている」と述べ、経済制裁の強化や先月のソレイマニ司令官殺害などで圧力を強めるトランプ政権を非難しました。
そのうえで、「政府、国民、軍、国をあげてイランの国旗と最高指導者のもとで抵抗を続ける」と述べて、アメリカと対決する姿勢を強調しました。
しかし会場からは、保守強硬派の国民らが「妥協した者に死を」とか「恥知らず」といった罵声を浴びせかけ、アメリカの離脱で機能不全に陥っている核合意を結ぶなど、欧米との対話路線を掲げてきたロウハニ大統領を厳しく非難する一幕もみられました。
イランではアメリカが制裁を強化する中で経済が厳しさを増し、国内では政府を非難するデモも頻発していて、ロウハニ大統領にとって厳しい政権運営が続いています。【2月12日 NHK】
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そうした流れを受けて、今回選挙では穏健派の退潮、保守強硬派の台頭を予想するのが一般的な見方となっています。
****イラン国会選挙、強硬派台頭か 21日投票、穏健派は退潮****
米国と敵対し、核問題を巡り欧州との関係も冷え込んでいるイランの国会選挙(一院制、定数290、任期4年)の投票が21日に迫った。国際協調に重きを置くロウハニ政権を支えてきた改革派や穏健派の多数が立候補の事前審査で失格となり、反米の保守強硬派が優勢との見方が広がっている。
米イラン間では1月、米軍による革命防衛隊の有力司令官殺害やイランの報復攻撃で、武力衝突の直前まで危機が高まった。選挙で強硬派が台頭すれば、イランが米国との対決姿勢をより強める恐れがある。
イランでは最高指導者が重要政策で最終決定権を持ち、大統領や国会は従属的な立場だ。【2月17日 共同】
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“改革派や穏健派の多数が立候補の事前審査で失格”・・・毎回、選挙のたびに問題となるところです。
日本や欧米とも似通った選挙という民主的仕組みがあるものの、最高指導者を頂点とする宗教権威によって大きく制約されている、イラン民主主義の限界でもあります。
審査は、最高指導者が直接・間接に任命した『護憲評議会』という組織が行います。
下記記事は、前回選挙に関するもの。
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国(の一機関)が事前審査をします。基準は、イラン国籍がある、30歳以上75歳以下、選挙区で悪い評判がない、イスラム法学者の統治に忠誠を誓うこと、など。
審査は密室で行われ、失格の通知にも理由は一切説明されないため、国に都合の悪い候補者が落とされているのではないか、という批判が絶えません。
この選挙では、届け出の締め切りから3週間後、約7300人が失格になったと報じられました。全体の6割です。【2017年10月17日 神田大介氏 withnews】
【「今のイランの国民にとっては、経済の改善ということが、何よりもの願い」】
そうした状況でも前回選挙では国民の経済改善への期待を担って穏健派・改革派が勝利しましたが、今回は・・・
****激動のイラン 国民の選択は****
(中略)
現在のイラン情勢は
西海
「スタジオには、現代のイラン政治が専門の、日本エネルギー経済研究所・研究理事の坂梨祥(さかなし・さち)さんです。
今年(2020年)に入り、非常に緊迫したイラン情勢ですが、現地はどうなっているのでしょうか。」
日本エネルギー経済研究所 研究理事 坂梨祥さん
「イランの情勢は、とても混とんとしています。
年明けにアメリカ軍がイランの司令官を殺害して、イランでは壮大な葬儀が行われました。
その後、イランがアメリカに報復攻撃を行って、一件落着と思われたのですが、緊張が極度に高まる中でウクライナ民間航空機の誤射が起こり、体制がそれを隠そうとしていたことに批判が広がりました。あまりにもたくさんのことが一度に起こって、整理が追いつかない状況にあります。」
西海
「司令官の殺害後は体制への求心力が非常に高まったのですが、その後の民間機の誤射が分かった後は、一部で最高指導者を批判するようなデモも起きました。国民全体では、どちらを向いているのでしょうか?」
坂梨祥さん
「誤射自体は、非常に緊張が高まる中で国民を守ろうとして起こったミスなので、体制への反発は、むしろそれを隠していたことに対するものだったわけです。体制が誤りを認めたので、このまま抗議行動が広がることにはならないと思います。」
議会選挙の情勢は
西海
「来月、イランで議会選挙が行われます。まず、現在の議席数はどうなっているのでしょうか。」
坂梨祥さん
「ロウハニ政権を支持する保守穏健派と改革派の連合が多数派、対する保守強硬派が少数派です。
ロウハニ大統領は対話路線を掲げていて、保守強硬派は、より欧米との対決姿勢を前面に打ち出す人たちです。」
西海
「この内訳は、日本の議会だとはっきりするのですが、イランでは分からないものなのでしょうか?」
坂梨祥さん
「現在、イランには大きな政党がなく、議会の説明が非常に難しい状況です。」
西海
「政党がないと、どのように投票するのでしょうか?」
坂梨祥さん
「政党単位で戦われるわけではないイランの選挙では、各グループが、リストを作って選挙戦を戦っています。
前回の選挙では、ロウハニ大統領の対話路線を支持する人たちが水色のリスト、保守強硬派と呼ばれる人たちが黄色のリストを作りました。人々はこれを投票所に持ち込んで、リストに書かれている名前を書き写して1票を投じます。」
西海
「かなり独特なやりかたですけど、前回の2016年の選挙では、ロウハニ大統領を支持する勢力が勝ちましたね。」
坂梨祥さん
「前回の選挙は核合意が成立して、経済の復興に対する期待が高まったタイミングで行われました。選挙の半年前には核合意が成立して、制裁解除があった翌月に選挙が行われました。なので、核合意を成立させた立て役者であったロウハニ大統領を支持しようという人たちが選挙に勝ったということです。しかし、今回は様子が違うかもしれません。」(中略)
「今回の選挙は、前回とは真逆の状況にあります。2018年5月、トランプ大統領が核合意を離脱して、その後どんどん制裁が強化されているので、イラン経済が窮地に陥っているなかで選挙が行われます。
そのため、保守強硬派がもともと言っていた『アメリカという国を信じるべきじゃなかった』『アメリカを信じたのがそもそも間違いだった』という意見が力を持ってしまう可能性があります。
それを示すかのように、今回の選挙では、ロウハニ大統領を支持する人たちが資格審査で失格になっていると報じられています。」(中略)
西海
「今の最高指導者はハメネイ師ですけど、『アメリカとの交渉はしないんだ』という強い姿勢を示しています。
こういう姿勢は、選挙にも影響するのでしょうか?」
坂梨祥さん
「ハメネイ師はこれまで30年以上にわたって最高指導者を務めていますが、この30年の間に、実は、イランがアメリカに歩み寄ったことも何回かあったんです。
でも、イランから見るとアメリカはそのたびに、イランに結局、冷たくしてきたという認識が、体制の上層部、特に最高指導者にはあります。
たとえば同時多発テロ事件のあと、アメリカがアフガニスタンを空爆したわけですが、それに際して、イランは情報を提供したりしてアメリカに協力していました。
でも、その直後に、アメリカはイランのことを『悪の枢軸』と呼び、『イランはアメリカが倒すべき体制である』としました。
もうひとつの例としては、過激派組織IS=イスラミックステートとの戦いを挙げることができます。
アメリカが年明けに殺害したソレイマニ司令官は、イラクでISと戦っていました。
アメリカもイラクでISと戦っていたので、ISとの戦いでは、アメリカとイランは同じ側に立っていたんです。
それにもかかわらず、ISの脅威が下火になったところで、アメリカはあたかも『用済み』であるかのように、ソレイマニ司令官を殺害したわけです。
そのようなことが繰り返されてきて、ハメネイ師の目には、アメリカはイランが歩み寄っても必ず裏切る国だと、これまでもそうだったと考えているわけです。
ですから、今のイランの体制では、『アメリカを信じるべきではなかった』という考えが優勢になっていて、ロウハニ大統領の『アメリカとも話をしなければ』という主張は通りにくくなっている可能性があるんです。」
国民の思いは
西海
「体制がそちらの方向に向いているということですね。一方の国民は、本音の部分ではどうなのでしょうか。」
坂梨祥さん
「イランには、もちろんいろいろな人がいます。でも多くのイラン人が、アメリカの文化に憧れを抱いています。iPhoneを使っている人も多いですし、コカ・コーラもみんな大好きです。多くの人が、政治は政治、自分が好きなものは好き、と思っていると思います。
ただ、アメリカの経済制裁の影響で貿易が非常に困難になり、外国企業が次々とイランから撤退したことで、失業率が上がったり、あるいは大学を卒業しても仕事に就けない人も増えています。
あと、制裁の影響で、物の値段もどんどん上がっていて、去年(2019年)の11月にはガソリン価格が非常に値上がりし、大規模なデモにまで発展しています。
今のイランの国民にとっては、経済の改善ということが、何よりもの願いだと思います。」
今回の選挙は?
西海
「そうすると、この希望を託す選挙は、どのようになるのでしょうか?」
坂梨祥さん
「今のイランの国民は、イランに対して、『最大限の制裁』という圧力をかけるアメリカと、そのような圧力には決して屈しないとする体制のはざまで板挟みになってしまっていると言えます。
ただ、ロウハニ政権が掲げてきた対話路線は、トランプ大統領が核合意を破棄したことによって行き詰まってしまいましたし、かといって、アメリカの圧力にだけは負けないと言っているような人たちに、経済を改善させる具体的なアイデアがあるようにも見えません。
つまり、現在国民としては、選挙とはいっても、『誰に経済状況の改善の望みを託せばいいのか?』という状況に置かれてしまっていると思います。
ただ、イランというのは、実は驚きに満ちた国なんです。これまでの選挙でも繰り返し、投票の数日前というタイミングになって、選挙が突然盛り上がって、結果的に体制や、あるいは世界を驚かすような結果が生み出されてきました。
今回の選挙でも、どのようなドラマが生まれるか、まだまだ目が離せないと思います。」【1月27日 NHK】
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前出のように、核合意をめぐる経緯は穏健派には逆風となっていますが、「今のイランの国民にとっては、経済の改善ということが、何よりもの願い」という点で、保守強硬派に託してどうなるのか?という疑問も。
今月21日、イラン国民の審判は?