孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ジョージア  「反スパイ法」にLGBT規制 反ロシア感情の一方で深いロシアとの関係

2024-08-19 22:54:58 | 欧州情勢

(ジョージアの首都トビリシで5月、欧州連合(EU)加盟への悪影響を懸念し、「反スパイ法」に対する抗議デモを行った人々(ロイター)【8月19日 産経】)

【ロシア同様の「反スパイ法」成立】
ロシア系分離独立地域南オセチアとアブハジアを抱え、2008年にはロシアと戦火を交えたこともある旧ソ連のジョージア(以前の国名はグルジア)におけるロシアと同様の“「外国の代理人」に関する法案”強行採決の動向については5月24日ブログ“ジョージア ロシアに宥和的な与党 ロシア同様「外国の代理人(スパイ)」法案可決を強行”で取り上げました。

ジョージアにはロシアは戦火を交えるほどの反ロシア感情がある一方で、両国間には政治・経済・文化的な強いつながりもあるという複雑微妙な関係にありますが、現在の与党「ジョージアの夢」は、表向き“親欧米路線であり、EU加盟を目標とする”とされながらも、ウクライナ侵略後のロシアに融和的な政策をとっています。

問題となっている法案によれば、資金の20%以上を外国から得ている非政府機関、活動家集団、メディアは「外国の代理人」として登録することを求められます。ロシアにおいては、同様の法律により、多くの政治的な反対派が迫害され、メディア、人権団体が閉鎖に追い込まれています。

そのため、この法案は「反スパイ法」あるいは「ロシア法」とも呼ばれています。

その後の動きとしては、議会で強行採決された法案に大統領は拒否権を行使したものの、議会において拒否権は覆され、「反スパイ法」は成立しました。

****ジョージア、「反スパイ法」成立へ 議会が大統領の拒否権却下 欧米と関係悪化確実****
欧州連合(EU)加盟を目指す南カフカス地方の旧ソ連構成国、ジョージア(グルジア)の議会は28日、スパイ活動の抑止を名目とした「外国の影響の透明性に関する法案」に対してズラビシビリ大統領が発動した拒否権を却下することを賛成多数で議決した。タス通信が伝えた。

国民の大規模な抗議デモを引き起こし、EUや米国も反対してきた法案は成立が確実となった。欧米とジョージアの関係悪化は避けられない見通しだ。

議決を受け、法案は署名のためズラビシビリ氏に再び送付された。ただ、同氏が署名を再び拒否した場合でも、パプアシビリ議長の署名で法案は成立する。

首都トビリシでは28日、議決に抗議するデモが起きた。過去1カ月間以上にわたって断続的に起きたデモには計数十万人が参加し、少なくとも計数十人が当局に拘束されたとされる。

タス通信によると、EUのボレル外交安全保障上級代表や米国務省のミラー報道官は28日、議決を非難した。一方、ジョージアのコバヒゼ首相は「法案はジョージアのEU加盟の可能性を高める」と主張した。

法案は、外国から一定の資金提供を受けて活動する団体を事実上のスパイとみなして当局への財務報告を義務付け、違反した場合は罰金を科すとする内容。4月上旬にコバヒゼ政権の与党「ジョージアの夢」が議会に提出していた。

ただ、類似の法律「外国の代理人法」が施行されているロシアでは、プーチン政権が反体制派などを弾圧する道具として同法を活用。

このため、法案に反発するジョージア国民は「コバヒゼ政権がロシアのように法律を恣意(しい)的に運用し、政治弾圧に使う恐れがある」「EU加盟が遠のく」と主張し、抗議デモを続けてきた。EUや米国も「法案は人権侵害や言論弾圧につながる」として可決しないよう求めてきた。

しかし、コバヒゼ政権は「法案は外国勢力の活動を監視するために必要だ」と主張し、今月14日に法案を可決。法案に反対するズラビシビリ氏が18日に拒否権を発動していた。【5月29日 産経】
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6月3日、大統領に代わってパプアシビリ議長が法案に署名し、成立しました。

【ロシアと西側の間でねじれたジョージアの立ち位置 ロシアの影 欧米の圧力】
同法案及び最近の与党の対ロシア宥和路線の背後には、与党の黒幕ジナ・イワニシビリ氏の思惑、さらにその背後にはロシア・プーチン大統領の存在があります。

プーチン大統領は03年のジョージアのバラ革命、04年のウクライナのオレンジ革命によって、国境を接する隣国において民衆の街頭行動によって政権が倒され、親西欧の政権が誕生したことに深刻な危機感を抱いており、ウクライナ及びジョージアをNATOなど西側勢力圏に参加させないことを基本戦略としています。ウクライナ軍事進攻もこの戦略に沿ったものです。

****ジョージアはロシアに飲み込まれるのか****
<ロシアとジョージアの関係は、いろいろなことがねじれていて一筋縄ではいかない>

カフカス地方のジョージア(グルジア)で、親ロシアの与党「ジョージアの夢」が、「外国の代理人」法案を採択。親EUの野党「統一国民運動」などが抗議している。

外国から資金を得ている政治団体は当局に届け「外国の代理人」を名乗れ、という趣旨のロビイスト規制法はアメリカにもある。だがロシアは同種の法律を反体制派に圧力をかけるために使っている。「ジョージアもそうだ。10月の総選挙で野党を弾圧する布石だ」というのが、野党の言い分だ。

「統一国民運動」の黒幕は元大統領のミハイル・サーカシビリ。NATO加盟を策して2008年8月、ロシア軍侵入を招き、その後国外に追い出された人物である。21年にジョージアに帰国して当局に拘束され、現在も収監されている。すわ、西側は、彼を復帰させ、この国がロシアにのみ込まれるのを止めようとするのか?

しかし事態はそれほど単純ではない。まず与党「ジョージアの夢」の黒幕、ビジナ・イワニシビリは、イデオロギーより権力と利権に忠実な男。

1991年のソ連崩壊後、ジョージアでは内戦など混乱が続いたが、イワニシビリは10年頃、にわかに台頭。ジョージアのGDPの半分相当とも噂された資産で「ジョージアの夢」を立ち上げ、12年に議会多数を獲得すると、自ら首相に納まった(今は国外にいる)。

彼は当初ロシア寄りと目されていたのだが、08年に武力侵攻したロシアにアブハジア、南オセチア両地方を押さえられ、国民の反ロ機運が支配的という状況下、EUと連合協定を結び、アメリカと共同軍事演習を繰り返すなど、親西側の姿勢を取った。

ロシアとも西側とも関係が必要
しかしジョージアは、ロシアと政治・経済・文化的に深く結び付いている。ジョージア出身のスターリンは言うに及ばず、モスクワで活躍した人物は多い。ロシア在住のジョージア人の仕送りは多く、ワインなどの特産物もロシアが主な輸出先だった。

「ジョージアの夢」は20年頃、ロシアとの関係改善を模索し始める。22年、ウクライナ戦争が始まり、西側がロシアを制裁すると、西側製品はジョージア経由でロシアに輸出されるようになった。

同年9月にプーチンが部分動員令を発すると、100万を超えるロシア人青年が兵役逃れでジョージアに移動。20億ドル以上の資金をもたらした。ジョージア政府はロシアとの直行便再開を策し、西側にねじ込まれる騒ぎとなる。

しかし、ロシアと関係を正常化(平和条約の締結)しようとしても、ロシアがジョージアから分離させようとしているアブハジア、南オセチアの扱いが問題となる。ジョージアをめぐっては、いろいろなことがねじれていて、一筋縄ではいかない。

ジョージアは昔からペルシャ、トルコ、ロシアのはざまで、もまれにもまれてきた。1783年にロシアの保護国となって以来、ロシア帝国に組み込まれたが、現在はアメリカ、EUもジョージアをめぐるパワーゲームに加わっている。

ロシアとイラン、ロシアとアルメニアの交通には不可欠の存在である一方、現在はアゼルバイジャンからジョージアを通ってトルコに抜ける鉄道、原油パイプラインが、西側と中央アジアを結ぶ重要な輸送路にもなっている。


つまり、ジョージアの人たちの生活のためには、ロシア、西側双方との関係が必要なのだ。民主主義の旗を振らせて権力を奪取させるだけでは無責任。民間投資、製品の輸入、出稼ぎ受け入れなど、よほど頑張らないといけない。

そして、ジョージアが民主化しても、アメリカやEUで民主主義が損なわれかねない今の状況は、笑い話にもならない。【6月15日 河東哲夫氏 Newsweek】
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欧米側はジョージアのEU加盟手続きを停止し、資金援助も停止するなどジョージアへの圧力を強めています。

****ジョージアの加盟手続き停止も=外国スパイ法成立で―EU首脳****
欧州連合(EU)加盟国首脳は27日、EU加盟候補国で旧ソ連構成国ジョージア(グルジア)の加盟プロセスが「事実上停止されかねない」と表明した。

同国で、外国から資金提供を受けるNGOなどを実質的に「スパイ」と見なす法律が成立したことが、EUの「価値観と原則」に抵触する恐れがあるとして、撤回を求めた。

EUは首脳会議の採択文書で、ジョージアが「加盟への道を危うくしている」と指摘。外国スパイ法の「意図を明確に」するよう求めた。

ジョージアはロシアによる2022年2月のウクライナ侵攻直後にEU加盟を申請し、昨年12月に加盟候補国と認められた。今年5月、ロシアに融和的な与党の主導で外国スパイ法案を可決。親欧米派のズラビシビリ大統領が拒否権を発動したものの、再可決され同法が成立した。【6月28日 時事】 
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****米、ジョージアへの1億ドル弱の援助停止 外国スパイ法巡り****
米国は、旧ソ連構成国ジョージアに対する9500万ドル超の援助を停止する。両国関係は、米当局が反民主主義的と見なすジョージアの「外国スパイ法」を巡って悪化しており、米の援助停止で拍車が掛かりそうだ。

ブリンケン米国務長官は31日、援助停止について、ビザ制限とともに5月に公表した2国間協力の見直しの結果だと説明した。(中略)

同法を巡っては、ジョージア国内や西側諸国から、反対意見を抑え込むためにロシアが導入した同様の法律に触発されてつくられたとの批判が出ている。ロシアに融和的な与党「ジョージアの夢」は、国家の主権を守るために必要だと主張している。【8月1日 ロイター】
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【10月の議会選を睨んで「反リベラル」政策を推し進めるコバヒゼ政権】
上記のような欧米の圧力がかかるなかでも、ジョージア・コバヒゼ政権は「反スパイ法」だけでなくLGBTなど性的少数者の抑圧といった「反リベラル」政策を推し進めており、欧米との関係が悪化しています。

コバヒゼ政権のこうした「反リベラル」政策の背景には、10月に予定されている議会選があると観られています。

****ジョージアで「反リベラル」化進む 「ロシア法」成立、LGBT抑圧でEU加盟が暗礁に****
欧州連合(EU)加盟を目指してきた南カフカス地方の旧ソ連構成国、ジョージア(グルジア)が言論統制の強化やLGBTなど性的少数者の抑圧といった「反リベラル」政策を推し進め、欧米との関係を悪化させている。

EUは6月末、ジョージアの動きを批判し、加盟手続きと財政支援の一時停止を発表。米国もジョージア高官らに制裁を科し、合同軍事演習を無期延期した。ジョージアのEU入りは暗礁に乗り上げつつある。

「反スパイ法」で国内外から反発
ジョージアは昨年12月、EUから「加盟候補国」の地位を与えられた。そのジョージアの反リベラル化を示した第1の事例は、コバヒゼ政権が今年6月、国外から資金提供を受ける団体やメディアをスパイ扱いして規制する法律を成立させたことだ。(中略)

EU加盟手続きは一時停止に
これに欧米は反発した。欧州メディアによると、EUのヘルチンスキ駐ジョージア大使は6月下旬、反スパイ法の制定を理由に「EUはジョージアの加盟手続きを一時停止した」と発表。EUはジョージアへの3000万ユーロ(約50億円)の財政支援も凍結した。

米国もジョージア政府高官や与党議員ら数十人を対象に、ビザ(査証)発給を制限する制裁を発動。さらに7月上旬には、下旬から予定されていたジョージアとの合同軍事演習の無期延期を発表した。

米国はこうした措置の理由について、「米国がジョージアでの政権転覆計画に関与した」とする虚偽の非難をジョージア政府が行ったためだと説明した。

LGBT規制にも突き進む政権
欧米との関係悪化にもかかわらず、コバヒゼ政権は反リベラル政策をさらに推し進める構えだ。

議会では6月下旬、政権与党「ジョージアの夢」の主導により、性的少数者の権利を制限するLGBT規制法案が第1読会(3段階審議の1段階目)で可決された。伝統的価値観と未成年者の保護が法案の名目とされている。

地元メディアによると、法案は、同性婚の禁止▽性的少数者による養子受け入れの禁止▽性別適合手術の禁止▽教育機関やメディアでのLGBTの宣伝の禁止−などを定め、違反すれば罰則を科すとする内容だ。

ロシアが類似のLGBT規制を進めていることを踏まえ、ジョージア国内でLGBT規制法案は反スパイ法に続く「第2のロシア法」と呼ばれているという。

EUはLGBT規制法案に関しても「人権尊重の理念に反する」とし、廃案にするようジョージアに求めている。しかし、コバヒゼ政権は9月にも法案を成立させる構えだと伝えられている。同法が成立すれば、ジョージアとEUのさらなる関係悪化は確実だ。

10月の議会選へ布石を打っているのか
EU加盟を掲げながらコバヒゼ政権が反リベラル政策を強硬に推し進める背景には、10月の議会選があるとの見方が強い。

ジョージア情勢に詳しい消息筋によると、与党「ジョージアの夢」は2012年の政権獲得後、支持率の低下が進んできた。反スパイ法の制定には、議会選を見据えて政権に批判的なNGO(非政府組織)などの活動を抑圧する狙いがある。LGBT規制には保守層からの支持を集める思惑があるとみられるという。

ただ、消息筋は「反スパイ法は不評で、政権支持層にも反発がある」と指摘。EU加盟も国民の大多数が支持しており、EU入りを遠ざけるコバヒゼ政権の一連の施策はかえって与党への支持を低下させることになると予測した。

ジョージアと欧米の関係悪化を背景に、ジョージアとロシアの接近が進む可能性もある。ジョージアは08年にロシアの軍事侵攻を受けて以降、反ロシアを一種の「国是」としてきた。ただ、その後も両国の経済関係や民間交流は維持されてきたのが実情だ。

実際に、コバヒゼ政権は親欧米路線を掲げながら、ロシアとの対立回避も重視。ウクライナ侵略に伴う欧米主導の対露経済制裁にも参加していない。

コバヒゼ政権が進める反リベラル政策は、欧米の価値観に否定的なロシアと親和性が高い。ウクライナ侵略で欧米と決定的に対立したロシアにとって、欧米とジョージアの疎遠化はジョージアをロシア側に引き寄せる好機となる。

ジョージア国内の反露感情を考慮すれば、コバヒゼ政権が欧米と完全に手を切ってロシア側に立つシナリオは考えにくい。ただ、今後、ロシアとジョージアが水面下で協力拡大を模索する可能性もまた否定できない。【8月19日 産経】
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素人考え的には、ジョージアに根強い反ロシア感情、EU加盟への期待を考えると、コバヒゼ政権が進める反リベラル政策が議会選に利するとは考えにくいのですが、現地ではいろいろな事情があるのでしょう。親欧米路線に対する保守派の反発も強いのでしょう。

いずれにしても、10月の議会選で一定の結論が出ます。

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ウクライナのロシア越境攻撃継続 欧米は対立激化に巻き込まれるリスクも

2024-08-18 23:18:29 | 欧州情勢

(ウクライナ軍が越境攻撃するロシア西部クルスク州で、人道物資を求めて集まる避難民=14日(AP=共同)【8月16日 共同】)

【ロシアへの越境攻撃の意図とその効果】
8月9日ブログ“ウクライナ 6日、1000人規模でロシアに越境攻撃 その意図は?”でも取り上げたウクライナ軍のロシア越境攻撃は未だ続いています。

ウクライナ側の意図については様々な憶測がなされていますが、ロシア領を占領して停戦交渉における有力なカードにしたい、ウクライナに侵攻しているロシア軍の兵力分散を図るといったことがあげられています。

上記に併せて、結果的に、ロシア国内におけるプーチン大統領の権威を失墜させてロシア社会の動揺を誘う、ロシア軍に打撃を与えられないまま戦闘が長期化し、厭戦気分が次第に強まるウクライナ国内の士気高揚を図るといった効果も期待できます。

もちろん、すべては作戦が今後もうまくいけば・・・という話ですが。
これまでのところは概ねウクライナ側が狙った線で進んでいるようです。ただ、ウクライナ領内ドネツクなどでのロシア軍の攻撃は鈍っていません。

****露の油断が招いたウクライナ越境作戦の屈辱 東部ドネツク州では露の攻勢続き戦局見通せず****
ウクライナ軍がロシア西部クルスク州への越境攻撃に着手してから10日余りが経過した。ウクライナ軍の奇襲が成功した背景には、徹底的な情報秘匿と、自国領への侵攻を想定していなかった露軍の油断があったことが判明しつつある。

ただ、従来の前線であるウクライナ東部では露軍が攻勢を維持しており、全体的な戦局の先行きはなお見通せない。

6日の越境攻撃の着手後、ウクライナ軍はクルスク州の集落82カ所と約1150平方キロを制圧した。現地に「駐屯司令部」を設置し、占領地域を維持する構えだ。露領土が他国軍に占領されたのは第二次大戦の対ドイツ戦以来で、ロシアにとっては屈辱となった。

ウクライナや欧米のメディアによると、越境攻撃は極秘裏に計画され、ウクライナ軍幹部の多くや欧米諸国にも知らされていなかった。ウクライナ軍は欧米側から供与された主力戦車などを持つ精鋭部隊を投入して越境攻撃を開始。

露軍は現地に装備が貧弱な国境警備部隊や経験の浅い徴兵しか配置しておらず、ほぼ無抵抗で敗走した。少なくとも数百人が降伏したとの情報もある。

クルスク州は第二次大戦中、「史上最大の戦車戦」と呼ばれるソ連軍と独軍の「クルスク会戦」の舞台となるなど、機甲部隊の運用に適した場所。そこに十分な戦力を配置していなかった露軍の油断は明らかだ。英国防省は16日、「ロシアはウクライナ軍の大規模攻撃への対応を準備していなかった」と指摘した。

ウクライナ軍の越境攻撃の狙いは、露領土を占領してプーチン露大統領を停戦交渉の場に引き出す▽露軍戦力を自国防衛に回させ、最激戦地の東部ドネツク州などでの露軍の攻勢を弱める▽軍・国民の戦意を高める−といった複合的なものだとする見方が強い。実際、米国によると、露軍はウクライナ侵略に投入していた一部の部隊をクルスク州に転戦させた。

ただ、露軍は現在もドネツク州で攻勢を維持。当初から目標としてきた同州全域の制圧を断念しない構えだ。米シンクタンク「戦争研究所」は15日、露軍は主力部隊を東部に残しており、「クルスク州防衛よりも東部での前進を優先しているもようだ」と指摘した。【8月17日 産経】
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露軍は主力部隊を東部に残しており、「クルスク州防衛よりも東部での前進を優先しているもようだ」・・・ロシア軍の兵力分散を狙うという点では効果があまり出ていないようにも思えます。

停戦交渉のカードとして使えるかどうかは、今後長期的にロシア領を占領し続けることができるかにかかっています。当然に今後ロシア側の反撃は強まると思います。

ウクライナ側はこの越境攻撃にこれ以上兵力を投じることは困難でしょう。占領維持のために過度に兵力を投入すれば、ただでさえ兵力が不足しているウクライナ自身の兵力分散ともなって、ドネツクなどの東部戦線が崩壊してしまいます。

ウクライナ側は現在占領している地域の維持に入ったようです。

****ウクライナ、進軍鈍化か 制圧地域の維持焦点****
米メディアは16日、ロシア西部クルスク州で越境攻撃を続けるウクライナ軍の進軍が、6日の開始当初に比べ鈍化していると報じた。ロシア軍の撃退作戦の態勢強化や制圧地域を保持するため守勢を強めたことが原因とみられる。

ウクライナは国境地帯に住む自国民保護のため制圧地域に「緩衝地帯」創設を目指す。ロシアとの交渉材料にしたいとの思惑もあり、制圧地域を長期的に維持できるかどうかが焦点だ。

ウクライナ軍のシルスキー総司令官は16日、軍がクルスク州で1〜3キロ前進したと表明した。ゼレンスキー大統領は「軍は州内で基盤を固めている」と強調した。軍によると、進軍はここ数日間、1日当たり数キロにとどまる。

ウクライナ政府高官は14日、クルスク州の一部地域に「緩衝地帯」を創設する考えを明らかにした。ウクライナ側はクルスク州スジャに軍司令官事務所を設置。制圧地の長期維持に備えているとみられる。

クルスク州のスミルノフ知事代行は16日、州内の橋がウクライナ軍に破壊され、住民の避難路が分断されたと批判した。【8月17日 共同】
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ロシア社会を動揺させ、プーチン支配への不満を高めるという効果は相当程度に発揮されているようです。

****ウクライナ軍による越境攻撃続く ロシア西部では住民ら18万人の大規模避難 食料や寝具など不足との声も****
ウクライナ軍はロシア西部で越境攻撃を続けていて、ロシア側では住民ら18万人の大規模な避難が進められていますが、食料などの物資の不足を指摘する声も出ています。

ウクライナ軍の越境攻撃から逃れるため、ロシア西部のクルスク州では住民ら18万人の避難が進められています。

独立系メディアなどによりますと、避難住民らから食料や寝具が不足しているとの声が出ているということです。

首都モスクワでは、支援物資などを送る活動が始まっています。

ボランティア「いま最も必要とされているのは食料です。秋が近づいているので、暖かい衣類もとても重要です」

モスクワ市民「領土をすぐに奪還しなければなりません。われわれの国が攻撃されたのです」「ロシアとウクライナの間で起きていることは、両国にとって悲劇です。勝者はいません、誰もが苦しんでいます」

ロシアの政府系の世論調査団体によりますと、当局の行動に不満を感じると答えた人は25%と、先月下旬より7ポイント増えました。

去年6月に、民間軍事会社ワグネルの創設者・プリゴジン氏が武装反乱を起こした後に26%を記録して以来の高さとなっていて、不満の高まりがうかがえます。【8月17日 TBS NEWS DIG】
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【攻撃を許した自国防衛体制に激怒しているプーチン大統領】
ウクライナ軍の越境攻撃を許したロシア軍の防衛体制にプーチン大統領は非常にご立腹のようです。

****越境攻撃に不意を突かれたプーチン、「俺は騙された」と激怒、犯人探しが始まった****
<国境周辺にウクライナ軍が集結しているという情報がありながら、現地の治安部隊は何もしなかった。プーチンは側近を「監視役」としてクルスクに派遣したが、この部隊を立て直せるのか>

ロシア西部のクルスク州でウクライナ軍の進撃が続く中、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は側近のアレクセイ・デュミンに自軍の防衛体制を監視するよう命じたと報道されている。

これについて米シンクタンクは、ウクライナの越境攻撃を防げなかった軍と国防省の上層部の責任を追及し、処分する狙いがありそうだと指摘している。

シンクタンク・戦争研究所(ISW)の分析によれば、プーチンはウクライナ軍の戦術と意図を知らされなかったことについて、「どういう経緯で、なぜ、自分は騙されたのか」突き止めようとしているという。

ISWによれば、ロシアの軍事ブロガーの間では、監視役のデュミンは「複数のロシア高官と指揮官の運命を決める」ことになるとの「憶測」が飛び交っている。(後略)【8月15日 Newsweek】
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この国防省・ロシア軍上層部の能力に関する問題は、民間軍事会社ワグネルを率いたプリゴジン氏の反乱でも再三指摘されている問題です。

【欧米 ウクライナ・ロシアの対立激化に巻き込まれるリスクも 戦術核使用へのハードルを下げるロシア】
これまでのところ、アメリカなどウクライナ支援国は、今回越境攻撃には関与していないとしていますが、ウクライナ軍が使用している武器は「自国防衛用」として欧米が供与したものを多く含んでいるでしょうから、戦闘が長期化・激化すれば、欧米側も「知らない」ではすまなくなります。

まして、激怒したプーチン大統領が戦術核の使用に・・・・といった話になると、ウクライナだけの問題ではなくなります。

****ウクライナの越境攻撃 欧米巻き込み、ロシアと対立激化のリスクも****
ロシアの侵攻を受けるウクライナ政府は16日、露西部クルスク州への越境攻撃の戦果を、停戦協議に向けた交渉材料に利用したい考えを示した。だが、ロシア側は強く反発しており、ウクライナを支援する米欧を巻き込んだ対立が激化するリスクもある。

ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は16日、通信アプリ「テレグラム」に「我々はロシアに大きな戦術的敗北を与える必要がある。ロシアを公平な交渉に向かわせるため、クルスクで軍事力がどのように使われているかは明らかだ」と投稿した。越境攻撃の戦果を、自国に有利な条件でロシアとの停戦協議を開始するための交渉材料にしたい意向を明示した。

ウクライナ軍は今回の越境攻撃に数千人規模の兵士を投入しているとみられ、ロシアは西側の兵器が使用されていると主張している。

ウクライナ軍のシルスキー総司令官は16日、自軍部隊がクルスク州の複数の地域で1〜3キロ進軍し、ウクライナ国境から約11・5キロのマラヤロクニヤ地域で戦闘が続いていると説明。「戦況は計画通り進展している」と述べた。

また、ゼレンスキー大統領は15日、ロシアから欧州への天然ガス輸出の拠点となっているクルスク州の要衝スジャを制圧したと主張。ウクライナ軍は8月6日の越境攻撃開始以降、州内の82集落、1150平方キロを統制下に置いたとしている。事実であれば、札幌市の面積に匹敵する広さだ。

越境攻撃は、露軍の対ウクライナ攻撃の拠点に打撃を与える「自衛目的」を大義名分としており、欧米各国は静観している。ウクライナ政府高官は14日、クルスク州に防衛のための「緩衝地帯」を設ける考えも示した。

米政府はこれまで、ウクライナ軍に対して、米国が供与した長距離ミサイルでのロシア領内への攻撃は認めてこなかった。だが、今回の越境攻撃については、公の場では賛否を表明しておらず、情勢を注視している模様だ。米ホワイトハウスのジャンピエール報道官は13日、ウクライナから越境攻撃について事前通告はなく、米国は関与していないと記者団に語った。

ウクライナ軍には、停戦交渉を見据えた狙いのほか、露軍の兵力分散や、自軍捕虜の解放で交換対象となる敵軍捕虜の獲得を目指す思惑もあるとみられる。ただ、ウクライナ側はスジャへの軍司令官事務所設置を表明するなど、越境が長期化して戦闘がエスカレートする可能性は否定できない。露領内での攻勢がさらに拡大すると、ロシアが戦術核の使用をちらつかせる懸念もある。

カービー米大統領補佐官は15日の記者会見で、「ウクライナの軍事作戦について語るつもりはない」とした上で、「ロシアがウクライナでの作戦に従事していた一部の部隊をクルスク州周辺に再配置している」と述べ、越境攻撃が既に戦況全体に影響を与えている可能性を示唆した。一方、ロシアが核兵器の使用を準備している兆候は見られないとしている。【8月17日 毎日】
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ロシアが核兵器の使用を準備している兆候は見られない・・・とは言うものの、プーチン大統領が核兵器使用を強く意識しているのは間違いありません。実際の使用云々以外に、西側への牽制という意味合いを含めての話ですが。

****ロシアが核戦略見直し決定、使用の歯止め外れることに懸念 その背景は、対ウクライナで核攻撃の可能性は?****
米国などがウクライナに対しクリミアなどへの米供与兵器攻撃を認めたことを受け、ロシアが態度を硬化。核兵器使用の原則を定めた軍事ドクトリンの見直しの動きを強めている。

核使用の歯止めを外すことにつながる動きに懸念が高まるが、その背景などについてロシアの安保問題に詳しい畔蒜泰助(あびる・たいすけ)笹川平和財団上席研究員に聞いた。
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ロシアの軍事ドクトリンは現在、核などの大量破壊兵器で攻撃された事態のほか、たとえ他国による通常兵器による攻撃であれロシアが「国家存続の危機」に立たされた場合、核攻撃を行う権利があると規定しているが、その見直しを巡る動きがあると伝えられている。

「プーチン・ロシア大統領は昨年10月、(南部ソチで開かれた国際討論フォーラム)ワルダイ会議でドクトリン見直しの必要性について聞かれ『その必要はない』と答えていた。

しかし、今年6月のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムでは『今は必要ではないものの、状況が変われば、(見直しの)可能性は否定しない』と立場を変えている」

「その後、(核不拡散・軍備管理を担当する)リャプコフ外務次官が見直しの可能性に触れ、ペスコフ大統領報道官は見直しのプロセスを始めたと公式に認めた」(中略)
なぜ今、見直しの動きが出てきたのか。
「ロシアは、欧米がウクライナ支援を強化し、供与兵器によるクリミアなどへの攻撃を容認する姿勢を示していることを軍事的エスカレーションとみなしている。核のドクトリン見直しは、核使用の条件を柔軟化する姿勢を見せることで、こうしたエスカレーションに対抗する狙いがある」

「ロシアがすぐに核兵器使用の準備をしているとは思わないが、欧米のエスカレーションをロシアとして適切に『管理』していきたいという意向があるのは間違いがない」(後略)【8月14日 47NEWS】
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【「ノルトストリーム」爆破もウクライナの破壊工作 注意する必要があるウクライナの暴走】
日本を含めて西側は、ロシアのウクライナ侵攻を批判してウクライナ支援を続けています。そのこと自体は間違いではありませんが、ウクライナが無垢の被害者・犠牲者か・・・と言えば、必ずしもそういう訳でもなく、ウクライナという国は関係国への影響や後先を考えずに行動に出る傾向もあるようです。

2年前に大きな問題となったパイプライン「ノルトストリーム」爆破も結局ウクライナ側の破壊工作だったことが明らかになっています。

****ノルトストリーム爆破、ゼレンスキー氏は中止要求したが…軍総司令官が作戦強行****
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは14日、2022年9月にロシアとドイツを結ぶ海底ガスパイプラインの「ノルトストリーム」が爆破された事件について、ウクライナ軍のワレリー・ザルジニー総司令官(当時、現駐英大使)がウォロディミル・ゼレンスキー大統領の中止要求を振り切り、ウクライナの情報機関が関与した破壊計画を強行したと報じた。

同紙によれば、ノルトストリームの破壊計画は22年5月、ロシアの侵攻を一時食い止めたことを祝うウクライナ高官らの「酒席」で提案された。当初は計画を承認したゼレンスキー氏だったが、情報を入手した米中央情報局(CIA)に再考を求められ、中止を命じたという。ザルジニー氏は部隊が作戦を開始したら連絡は取れないとし、中止は不可能だと訴えた。

作戦では、レンタルしたレジャー用ヨットに現役兵士や民間人ダイバーら6人が乗り込んだ。1人は女性で、休暇を楽しむグループを装うためだったという。費用は約30万ドル(約4400万円)。ドイツ当局の捜査ではヨットから指紋やDNAなどが検出された。

発生直後、破壊に欧州と対立するロシアが関与したとの臆測が一部で広がったが、ドイツ当局の捜査が進み、ウクライナ側の関与が指摘された。ザルジニー氏は同紙の取材に関与を否定した。逮捕状が出たウクライナ人の容疑者は、すでにポーランドからウクライナに出国しており、ウクライナ側が引き渡しに応じる可能性は低いという。【8月15日 読売】
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ウクライナ侵攻以前、ロシアが欧州向けのガス供給を止めて、ロシアが資源を使って欧州に圧力をかけていると騒がれたことがありますが、ガス取引に詳しい者に言わせれば、これも経由地のウクライナがカネも払わずに勝手にガスを抜き取る行為を行っていたことへのロシア側の経済的対策という側面が強いとか。

上記ノルトストリームが作られたのも、そうしたウクライナの身勝手な行為に業を煮やしたロシア・ドイツがウクライナ抜きでガス輸送する手段を必要としたためです。

今回のロシア越境攻撃を含めて、西側諸国はウクライナ支援という基本姿勢は維持しつつも、ウクライナの暴走に巻き込まれるリスクには注意する必要があります。

なお、今回越境攻撃で部分的な停戦交渉の予定が頓挫したという話もあるようです。

****ウクライナとロシアとの部分的な停戦交渉の予定が越境攻撃で頓挫****
ウクライナとロシアの間で部分的な停戦に向けた交渉が進められる予定だったものの、ウクライナ軍による越境攻撃で頓挫したとアメリカメディアが報じました。

ワシントン・ポストによりますと、ウクライナとロシアの代表団は今月、カタールの仲介で互いのエネルギー関連施設への攻撃を停止するための交渉を行う見通しだったということです。

しかし、ウクライナがロシア領内への越境攻撃を仕掛けたことを受けて、ロシア側が「時間が必要だ」として延期を申し入れたと伝えています。

ウクライナ側は越境攻撃の後も代表団を派遣する意向を示したものの、仲介国のカタールが「有益な交渉とはならない」として拒否したとも報じています。

ウクライナ大統領府はワシントン・ポストに対し「交渉はオンライン形式で22日に行われる」と説明したとしていますが、ウクライナによる越境攻撃が続くなかで実現するかは不透明です。【8月18日 テレ朝news】
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ウクライナ  6日、1000人規模でロシアに越境攻撃 その意図は?

2024-08-09 22:47:03 | 欧州情勢

(ウクライナ軍が攻撃を行ったクルスク州スジャで撮影されたロシアメディアの映像【8月9日 NHK】)

【ウクライナ軍 6日から、1000人規模でロシア西部クルスク州へ越境攻撃 ロシア産天然ガスの欧州への積み替え地点スジャを制圧か】
ロシア軍の侵攻を受けてウクライナ領内での戦闘が続くウクライナですが、そのウクライナがここ数日、逆にロシア領内への越境攻撃を実施しています。

ロシア軍によれば、ウクライナ側は6日朝、ロシア西部クルスク州に兵士約1000人と装甲車および戦車20台以上の陣容で進入したとのことで、作戦は今も継続中です。

****ウクライナ 最大規模の越境攻撃 国境から10キロまで前進 ガス輸送施設など制圧か****
ロシアによるウクライナ侵攻以降、最大規模とみられるウクライナ側によるロシア西部への越境攻撃が続いています。国境から10キロの地点まで前進したとの見方も出ていて、プーチン政権も事態を重く受け止めているとみられます。

ロシア側はウクライナと国境を接する西部クルスク州に、ウクライナ軍が6日から、1000人規模で越境攻撃を開始し、これに対する掃討作戦が8日も続いているとしています。

今回の攻撃について、アメリカのシンクタンク戦争研究所は7日、ウクライナ軍が国境から10キロの地点まで前進したことが確認されたと指摘。11の集落を制圧したとの見方を示しました。

また、ロシアの軍事ブロガーは、ヨーロッパに天然ガスを送るパイプラインの施設があるクルスク州のスジャをウクライナ側がほぼ制圧したと伝えています。

今回の攻撃を受け、プーチン大統領は政権幹部らと対応について協議を重ねていて、8日にはクルスク州のスミルノフ知事代行から現地の状況について報告を受けました。

一方、ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は8日、「侵略者には相応の結果が伴う」とSNSに投稿しましたが、ウクライナ軍が攻撃に関与しているかどうかについては言及しませんでした。【8月9日 TBS NEWS DIG】
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スジャはモスクワの南西530キロメートルの地点にあり、ウクライナ経由で欧州に輸出されるロシア産天然ガスの積み替え地点。スジャの北東60キロの地点にはクルスク原子力発電所があります。

クルスク原子力発電所付近でもドローン攻撃や銃撃などが行われているとみられています。【8月9日 テレ朝newsより】

ウクライナ経由で欧州に輸出されるロシア産天然ガス需要自体が減少していますので、ウクライナによるスジャのガス施設制圧の欧州への影響は、下記のように若干の価格上昇にはつながっているものの、さほど大きくない模様です。

****ウクライナ攻撃でガス相場上昇 ロシア施設制圧情報、供給懸念****
ロシア西部クルスク州に越境攻撃したウクライナ軍が、ロシアからウクライナ経由で欧州に天然ガスを輸出する同州スジャのガス関連施設を制圧したとの情報を受け、供給懸念からガスの相場が上昇した。

ただウクライナ経由のガス供給量は欧州全体の需要の数%にとどまり、影響は限定的との見方が専門家の間では強い。

ロシア通信によると、欧州の代表的な天然ガスの先物価格は8日、千立方メートル当たり450ドルを上回り、昨年12月以降の最高値となった。

ロシアのエネルギー専門家アレクサンドル・ソプコ氏によると、ロシアからウクライナ経由で欧州に供給されるガスは欧州の需要全体の約4.5%。【8月9日 共同】
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ロシアとウクライナが激しく戦争している間も、ロシア産の石油・天然ガスがウクライナ経由で送られているというのもやや奇妙な話ですが、ロシア産エネルギーに今も頼る国もあるので、そうそう勝手に止める訳にいかないのでしょう。

そのロシア産の石油・天然ガスに頼る国が、NATO・EUにありながらウクライナに批判的でロシアに同調するオルバン首相のハンガリー。

さすがにウクライナもいつまでもロシア産石油・ガスの国内通過を見過ごすことはできない・・・ということで、問題にもなっています。

****EU、ハンガリーに「脱ロシア」圧力…露産原油輸入「代替調達先の確保を」****
ロシアからの原油輸入をウクライナが妨げているとして、親露国ハンガリーが欧州連合(EU)に仲裁を求めた。EUは取り合わず、ハンガリーに代替調達先の確保を求めた。原油禁輸の例外扱いを2年以上続けてきたハンガリーに「脱ロシア依存」を迫ったものだ。

ロイター通信によるとウクライナが6月下旬に露石油大手ルクオイルに制裁を科したため、ウクライナのパイプラインを経由した原油の供給が停止したとハンガリーは訴えている。

EUは2022年5月、ウクライナを侵略したロシアからの原油禁輸で原則合意したが、反対した内陸国ハンガリーなどに譲歩し、パイプライン経由の原油輸入は一時的に例外扱いとした。

米紙ポリティコによると、ハンガリーは依然、原油輸入の7割をルクオイルなど露産に依存し、備蓄が底をつけば9月に電力不足に陥るとの危機感を抱いている。

ウクライナの措置にはロシアの軍費調達に打撃を与えつつ、自国への軍事支援に反対するハンガリーに意趣返しする意図がにじむ。ロシアは原油輸出で昨年は1120億ドル(約17兆円)を稼いだとの試算もあり、「ウクライナの領土通過を許すのはばかげている」(国会議員)との声がある。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、ハンガリーが仲裁を求めたEUの執行機関・欧州委員会は書簡で「ロシアの化石燃料からの脱却を積極的に進めるべきだ」と指摘。欧州委報道官も1日、クロアチアのパイプラインを使ってロシア以外の国からの輸入を検討すべきだと述べ、仲裁に入らない考えを示した。

ハンガリーと欧州委との関係は、ビクトル・オルバン首相の独断の訪露などで険悪化している。ハンガリー側は「加盟国のエネルギー安全保障が脅かされているのにブリュッセルは沈黙を保っている」として、裏で糸を引いているのは欧州委だと反発を強めている。

ハンガリーは天然ガスもロシアに依存する。EUの制裁対象とはなっていないが、ウクライナがパイプライン通過を認める期限は年末に切れる。ウクライナは延長を否定しており、ハンガリーとの「エネルギー摩擦」は激化しそうだ。【8月4日 読売】
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【ウクライナ 作戦の意図に言及せず ロシア軍の戦力分散を狙ったものか?】
上記の「エネルギー摩擦」の話が今回のウクライナ軍のロシアへの越境攻撃に関わっているのかどうかはわかりませんが、話を越境攻撃に戻すと、ウクライナ側はその意図などについてはコメントしていません。

ゼレンスキー大統領は8日夜の演説で、越境攻撃には直接言及しなかったが、「ロシアはわが国に持ち込んだ戦争の結果を思い知るべきだ」と語っています。

****「ロシアは戦争の結果を思い知るべき」 ゼレンスキー氏****
ウクライナがロシアに大規模な越境攻撃を開始して3日目の8日、ウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領は演説で、ロシアは自らが仕掛けた戦争の結果を「思い知るべき」だと述べた。(中略)

ゼレンスキー氏は8日夜の演説で越境攻撃には直接言及しなかったが、「ロシアはわが国に持ち込んだ戦争の結果を思い知るべきだ」と述べた。

さらに「ウクライナ人は目標を達成する方法を知っている。そして、われわれは戦争による目標達成を選んだわけではない」と付け加えた。

ロシア国防省は8日、軍がウクライナ側部隊を「引き続き撃破している」と発表。空爆、ロケット弾攻撃、砲撃などによって押し戻そうと試みているとして、現地に予備部隊を緊急派遣し、クルスク州へのさらなる「侵入を阻止している」と説明した。【8月9日 AFP】
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ウクライナ領内の戦闘でも兵員・武器が不足しているウクライナ軍の現状、かりにロシア領内の一部を制圧をしても長期に占領を維持することは困難と想像されることなどを考えると、今回のウクライナの越境攻撃の意図がどこにあるのか不思議でした。(長期に占領できるなら、今後の停戦交渉でウクライナ東部返還を求める際の交渉材料にもなりますが・・・・)

ウクライナ側が作戦意図を説明していませんので、私のような素人だけでなく軍事専門家の間にも同様疑問があるようですが、ロシア軍の一部をウクライナ東部の前線から移動させることが狙いだとする指摘も。

****ウクライナはなぜロシアに越境攻撃を仕掛けたのか****
ウクライナは6日、国境を接するロシア・クルスク州への越境攻撃を開始した。「一体なぜ?」――。これが、一部の軍事専門家から上がった疑問だった。

ウクライナが戦場で抱える最大の問題はマンパワーだ。兵士の数で上回るロシアは、ウクライナ東部ポクロフスクにじりじりと近づいている。

そのため、数百人のウクライナ兵をロシアに送り込むこと自体、言ってみれば、状況にそぐわない動きだと見る向きもあるだろう。しかし、誰もがそう受け取っているわけではない。

「明確な計画の一部」
「これは偶発的なものではない」と、戦争の専門家コスティヤンティン・マショヴェッツ氏はフェイスブックに投稿した。「これは明らかに、一つの明確な計画の一部だ」

軍事アナリストのミハイロ・ジョロコフ氏も、この見方に同意する。ジョロコフ氏はBBCに対し、ロシアがウクライナ東部の前線から一部部隊を再配置せざるを得なくなったと語った。

「複数の公式報告からは、(ウクライナ東部)ドネツク州に投下されたロシアの滑空爆弾の数がはるかに減ったことが分かる」「つまり、滑空爆弾を搭載した機体は今、ロシア領内の別の場所にいるということだ」

ウクライナがロシアの領土を占拠しようとしている可能性は極めて低い。しかし、今回のロシア領への侵入の目的がロシア部隊を引き寄せることだったとすれば、侵入からそれほど時間がたたないうちにそれが達成されつつあるのは確かだ。

戦地の近況も、一役買っているかもしれない。
ロシアはウクライナ北東部ハルキウ州への大規模な越境攻撃を開始した。

アメリカが5月に、ウクライナが米供与の兵器でロシア国内の標的を攻撃することを限定的に許可して以降、ロシアの前進スピードは鈍化しているようにみえる。

ウクライナはその後の3カ月間、同国北部スーミ州に対して、ロシア軍が同様の攻撃を試みるのではないかとの懸念を募らせてきた。

戦争がエスカレートすることを西側諸国が常に懸念していることを考慮すると、ロシア領内で今回の規模の作戦を行うことに、何らかの許可が与えられていた可能性は高い。

この攻撃について多くを語るウクライナの高官はほとんどいない。ウクライナ大統領府は「ノーコメントだ、今のところは」と、BBCに述べた。

ロシア領内への同様の侵入は以前にもあったが、ウクライナの正規軍がこのようなかたちで投入されたのは初めてだ。

ロシアに「不意打ち」
国境の向こう側(ロシア側)では、さらに多くの情報が飛び交っている。
ロシアの軍事チャンネルは、今回の越境攻撃には数百人規模の部隊が参加し、いくつかのロケット弾やドローンによる攻撃があったといち早く報じた。

地元当局もまた、迅速に死傷者数や避難者数を発表した。近隣地域は家を追われた人々の受け入れを表明した。
そして、同地域では非常事態も宣言された。

クルスク州の町スジャ方面に部隊を再配置していることさえも、ロシア国防省は認めた。

ロシアの頂点に立つウラジーミル・プーチン大統領は、安全保障の責任者から公に説明を受けた。外務省報道官は、ウクライナの越境攻撃は「野蛮」な「テロリストによる」攻撃だと述べた。

こうした反応はまさに、ロシアが熟知しているはずの戦争で不意打ちを食らったことを示唆するものだった。ロシアはつい昨日まで、ウクライナ軍を圧倒しながら着実に領土を獲得していた。しかし今では、ロシアはこれまでとは別のことを考えなくてはならない。

クレムリン(ロシア大統領府)はすでに、今回の攻撃を、ウクライナでの戦争を続けるべき理由の証しだとしている。ロシアはいまだに、ウクライナ侵攻を「防衛」措置と定義している。

「クルスク州での出来事から得られるのは、答えよりも疑問の方が多い」と、前出の軍事アナリスト、ジョロコフ氏は示唆する。

もしウクライナが、北部へのロシアによる大規模攻撃を遅らせたり、さらには阻止したりできれば、ウクライナにとっては間違いなく、この作戦は価値があったということになる。

「ウクライナに戦争を持ち込んだ侵略者に圧力をかければかけるほど、平和は近づいてくる」と、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は毎晩定例の演説で述べた。
「公正な力によって、公正な平和は実現される」【8月8日 BBC】
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【ロシア国内には越境攻撃を許した軍の対応に不満・苛立ちも】
ロシアが「不意打ち」をくらった・・・と、上記記事にはありますが、ロシア国内の軍事ブロガーはそうは見ていないようです。ウクライナ軍がクルスク州に侵攻するのは見え見えだったのに、ロシア軍は何もしなかった・・・と。

****ウクライナ地上軍がロシアに初の大規模侵攻、ロシア軍はなぜ来ない?****
<長く防戦一方だったウクライナ軍が、ロシア国境のクルスク州に侵攻し、猛攻を仕掛けている。国境地帯にウクライナ軍が集結し、攻めてくるのは「わかっていたのに」と、ロシアのブロガーは憤る>

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は8月7日、遅ればせながら沈黙を破り、西部クルスク州にウクライナ軍が越境攻撃を仕掛けたことを認め、この侵攻を「大規模な挑発」と呼んで強く非難した。

「クルスク地域で起きていることをこれ以上看過できない」と、プーチンは国家安全保障会議で述べた。「知ってのとおり、ウクライナはまたもや大規模な挑発を仕掛け、ミサイルを含む各種兵器で民間の建物、住宅、救急車などを無差別に攻撃している」(中略)

ロシアの他の軍事ブロガー数人もテレグラムで、いくつかの村が奪われたと伝え、侵攻は前々から準備されていたとして、「この世の地獄」のような惨状を招いたクレムリンの後手対応を痛烈に批判している。

「ウクライナ軍がクルスク州に侵攻するのは見え見えだった」と、ロシアのウクライナ侵攻を支持するブロガーのアナスタシア・カッシェバロワはテレグラムに投稿した。ウクライナ軍が国境地帯に「兵力を結集していることも分かっていた。毎度のことながら、私たちには何もかも分かっていて、現地の兵士もちゃんと報告したのに、上層部は何もしなかった」。

「(侵攻軍の)部隊がわれらの領土を動き回っている。だが、わが部隊は見当たらず、歩兵もいない」と嘆いたのは、テレグラムのチャンネル「コールサインOSETIN」だ。「大砲も戦車も、何の装備もない。誰もこの事態に備えていなかったのか。稼働しているのは飛行隊とオペレーター、前線航空管制官、それに国境警備隊くらいのものだ」

軍事ブロガーのRavrebaは、クレムリンはこの状況を「完全に無視している」と吐き捨てた。
「ロシアの新しい国防相(アンドレイ・ベロウソフ)は、ムチか斧で脅されなければ腰を上げない将軍たちをどやしつけるよりも、祖父たちが盗んだ資産を勘定するほうが気楽なのだろう」

プーチンは国家安全保障会議後、国防省の当局者、ロシア連邦保安局(FSB)の国境警備隊、それにバレリー・ゲラシモフ軍参謀総長と個別に会い、現状について協議すると述べた。【8月8日 Newsweek】
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アメリカの反応は・・・“米国務省のマシュー・ミラー報道官は、米政府はクルスク州での状況について、ウクライナ当局と連絡を取っていると言及。ロシア国境付近に限定して容認している米国供与の兵器使用に関する規制は引き続き有効だが、ウクライナの行動はこの規制に違反していないと述べた。”【8月8日 日テレNEWS】

どう違反していないのかはよくわかりませんが・・・。

ウクライナ軍は上記越境攻撃に加え、ロシア領内軍事施設への攻撃を強めています。

****ロシア西部の軍飛行場を攻撃、ウクライナ発表 誘導爆弾破壊****
ウクライナ軍は9日、ロシア西部リペツク州のロシア軍飛行場を同日未明に攻撃し、保管されていた誘導爆弾を破壊したと発表した。攻撃により一連の爆発が起きたとしている。

ウクライナはロシアの空爆能力やミサイル発射能力を弱めるため、ロシアの空軍基地を攻撃している。

ウクライナ軍は通信アプリ「テレグラム」に「大規模な火災が発生し、複数の爆発が起きた」と投稿。攻撃対象となったのロシアの軍用機Su−34、Su−35、MiG−31を駐機する飛行場だったという。

治安当局者がロイターに明らかにしたところによると、攻撃はドローン(無人機)で行われた。飛行場には数十機の航空機とヘリコプターが駐機していたほか、700発の誘導爆弾を格納した倉庫もあった。

リペツク州のアルタモノフ知事は9日、ウクライナのドローンによる「大規模攻撃」で爆発が起きたとし、一部地域から住民を避難させていると明らかにした。9人が負傷したほか、電力供給に影響が出ているとしている。【8月9日 ロイター】
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今回の越境攻撃が短期作戦で終わるのか、今後も継続・強化されるのか・・・よくわかりません。
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イギリス  イスラム過激派と極右勢力に脅かされる“多様な民族から成る民主主義”

2024-08-04 22:16:14 | 欧州情勢

(不法移民に抗議する集団の一人が発煙筒を掲げた(3日、英リヴァプール)【8月4日 BBC】)

【“偽情報”に触発された極右勢力によ移民排斥暴動】
イギリスでは“偽情報”に触発された極右勢力によ移民排斥暴動が拡大しています。

****「移民を追い出せ」イギリスで極右が扇動する“移民排斥デモ”拡大 きっかけは“偽情報”の拡散****
イギリス各地で過激な「移民排斥デモ」が広がっています。きっかけは、ある事件をめぐりインターネット上で拡散された“偽情報”でした。

記者「今、黄色いジャケットを着た警察官を境に奥がヘイトデモの集団、大きな声をあげています。そしてこちら手前側がそれに抵抗するカウンターデモの集団ですが、まさに一触即発の状態が続いています」

3日、イギリス中部リバプールで、極右集団が主導する移民へのヘイトデモと、それに反対するデモの参加者数千人がにらみ合う事態になりました。

発端となったのは、先月、リバプール近郊の町で17歳の少年がダンス教室に押し入って参加者を次々と刺し、子ども3人が亡くなった事件です。

少年は、アフリカのルワンダ出身の両親のもとイギリスで生まれ育ったということですが、インターネット上では事件直後から、「イスラム教徒」であり「小型ボートで入国した移民だ」とする“偽情報”が拡散されたのです。

その後、“偽情報”を利用した極右集団が移民やイスラム教徒へのヘイトデモを煽り、各地で暴動に発展。建物や車などが放火される事態に…。

ロンドンでは100人以上が逮捕されたほか、リバプールでも警察官2人が骨を折るなどしました。

ヘイトデモ参加者
「子どもが刺されたり、車で轢き殺されたり、そんなのはもうたくさんだ。彼らを追い出せ」

ヘイトデモに反対する人
「罪のない移民に対し、『この国に来るな』と罵り、殺された子どもを利用し暴動を引き起こすような人種差別主義者に抵抗するため、ここに来ました」

現地メディアは、この週末に30以上のヘイトデモが計画されていると報じています。【8月4日 TBS NEWS DIG】
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****英各地で極右の暴動続く 警察「粗暴なチンピラ」と批判、ネオナチらの関与確認****
英中部リバプール近郊での児童刺殺事件をめぐるデマ情報を発端とする極右勢力による暴力的なデモが3日、リバプールや中部マンチェスターなど英国各地で実施された。

リバプールでは暴徒らによる投石で警官2人が顔を負傷して病院に運ばれた。警察はデモ参加者11人を逮捕。北部ランカシャー州では保養地ブラックプールを中心に20人が逮捕された。

英警察当局は3日の声明で、極右勢力の行動は「事件で死傷した少女への思いやりや敬意を欠く。彼らは粗暴なチンピラだ」と厳しく批判した。

その上で「連中は向こう数日間、同様の行動を繰り返すのは確実だ」と指摘し、英全土に警官隊を増派して暴力行為を徹底的に取り締まると表明した。

スターマー首相は3日、緊急閣議を開いて対応を協議した。クーパー内相は記者団に「英国の街頭に犯罪的な暴力と無秩序が存在する余地はない」と述べ、暴徒らは「代償を支払うことになる」と警告した。

警察などによると、一部都市でのデモで極右団体「英国防衛連盟」やネオナチ組織の関与が確認された。デモ参加者は右翼思想の同調者や、フーリガンなどの反社会的集団が大半を占めるとみられている。

デモ参加者には右派政党「リフォームUK」を率いる大衆迎合政治家のファラージ下院議員の支持者も含まれているとされ、ファラージ氏が殺人事件に関し「不法移民の犯行だった」などとする偽情報を追認したことでデモ激化に拍車をかけたとの批判も出ている。【8月4日 産経】
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上記記事でも指摘されているように、事態を悪化させたとされるのが、ブレグジットを扇動したことでも有名な右派ポピュリストのファラージ氏。(先の総選挙では同氏が率いるリフォームUKは5議席を獲得しています)

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(中略)
リフォームUK ファラージ党首 「真実が隠されているのではないかと疑っています」

厳格な移民政策を掲げる右派政党の党首は、警察の発表を疑問視する発言をSNSに投稿。事件の翌日には、極右団体が主導したとされる移民に対するヘイトデモが起き、イスラム教の寺院であるモスクの一部や警察車両などが破壊されました。【8月2日 TBS NEWS DIG】
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“偽情報”の問題は、“偽情報”を作るツールが一般化し、情報を拡散させる媒体も普及したことで、各国が悩む今日的な世界共通問題ですが、アメリカ大統領選挙でも。

****イーロン・マスク氏がXでハリス副大統領の偽動画を拡散 批判の声にも「アメリカでパロディーは合法だ」と主張****
アメリカの実業家のイーロン・マスク氏は自らが所有するXで、民主党の事実上の大統領候補となったハリス副大統領の偽動画を拡散させ、Xの規約違反ではないかと批判の声が上がっています。

動画はハリス氏陣営が公開した選挙動画を保守系のユーチューバーが加工したものとみられていて、ハリス副大統領に似た声で「私は女性で、有色人種だ。私の発言を批判する人は性差別主義者、人種差別主義者だ」とするナレーションが入っています。

マスク氏は26日、「これは素晴らしい」とだけコメントをつけて動画を拡散し、この投稿は1億3000万回以上表示されています。

Xの規約には「人々を欺いたり、混乱させたりする可能性のある合成、または加工されたメディアを共有してはならない」などと記載されていて、アメリカメディアからはマスク氏の投稿が規約違反にあたるとする指摘が相次いでいます。

マスク氏は「アメリカでパロディーは合法だ」と主張していて、動画は投稿されたままとなっています。【7月30日 TBS NEWS DIG】
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SNS所有者が“偽情報”を拡散させる・・・旧ツイッターの投稿内容に対する管理が厳しすぎる現状を変えたいということでツイッターを買収したイーロン・マスク氏。““言論の自由”を守ると説明していますが、何を発信しても構わないと捉える人が増えてしまうのではないかという懸念の声も。実際、所有者本人が・・・困った人です。

「メディア王」マードック氏のように、所有するメディアを自分の政治信条主張のために使うというのはイーロン・マスク氏だけの話ではありませんが、“偽情報”拡散は明らかに反則です。

【移民とイスラム過激派によるテロ事件】
この“偽情報”の問題はまた別機会に扱うとして、イギリスではブレグジットの最大理由が流入する不法移民を少なくするという主張であったように、以前から移民、特にイスラム教徒に対しては厳しい目があります。
実際に、イスラム過激派のテロも起きています。

ですから、今回の移民排斥暴動も単に“偽情報”によって・・・ということだけでなく、そういう事態が起きる下地があったと言えます。

****イギリスが目を背ける移民とイスラム過激派の「不都合な真実」****
<人種差別と言われかねないから誰も口にしないが、イギリスは明らかに移民の問題を抱えている>

僕の地元の英イングランド東部エセックス州で10月15日、デービッド・エイメス下院議員が刺殺された事件は、イギリス全土に衝撃と悲しみをもたらした。だがその後、殺人とテロの容疑で逮捕された男がソマリア系英国人だと分かったことには、さほど驚きの声は上がらなかった。

イギリスには、誰の目にも明らかなパターンがある。戦争で荒廃した国やイスラム諸国から来た移民が、その人口比に見合わずあまりに多くのテロ攻撃に関与しているということだ。

(中略)2017年のマンチェスター・アリーナ爆破事件(10人の子供を含む22人の罪なき人々が犠牲になった)。2020年に起こった英南部レディングの公園での刺殺事件(3人が死亡)。2017年のロンドンの地下鉄爆破事件では、爆破装置が全てきちんと作動していたら数十人が死亡する可能性があった(不十分だったため「たった30人の負傷者」が出ただけだった)。

2017年にロンドン橋で起こった車の暴走と刺殺事件(8人が死亡、48人が負傷)、2019年に同じくロンドン橋近くで起こったナイフでの襲撃事件(2人が死亡、3人が負傷)。2017年の英国会議事堂前での車の暴走事件では警察官1人を含む5人が死亡。2013年にはロンドンで若き英軍兵士が頭部を切断される事件が起きた。そして、「イギリスの9.11」とも言われ、52人が死亡、数百人が負傷した2005年7月7日のロンドン同時爆破テロ。

これらのほかにも、おそらくイギリス国外では報道されていない「地味な」襲撃事件がいくつもある。たとえばロンドン南部のストレタムでの刃物襲撃事件は、負傷者が出たものの幸い死者は(射殺された襲撃犯以外は)いなかった。

推定900人に上る英国人が外国に渡って過激派組織「イスラム国」(IS)に参加したとみられており(中には英国なまりのため「ビートルズ」のあだ名で呼ばれていた者も)、その中には英当局に気付かれることなく既にイギリスに帰国している者もいる。

イギリスには明らかに問題があり、僕たちには対処法が分からない。エイメス議員の殺害後に公の場で交わされた議論は、いかにして「政治家の安全を強化するか」や、国全体で「政治的議論をトーンダウンさせるか」などだった。まるでブレグジットをめぐる種々の分断までがイスラム過激派テロの原因になったかのような論調だ。

僕たちは問題の核心を直視したくないがために、集団的否定の状態に陥っている。核心とは、イギリスの市民や政治家を攻撃しようとする、少数だが確実にいる過激主義者たちがこの国に流入して、この国で育まれているという現実だ。イギリスが移民の問題を抱えていると公然と示唆すること、さらにはある特定の移民を名指しすることは、人種差別と取られかねないからタブーとなっている。

テロをイスラム系移民(主にリビア、イラク、パキスタンやモロッコなど「特定の国」の出身者)と結びつけて単純化する心理は理解できる。だが現実はもっとずっと複雑で懸念すべきものだ。

テロリストの中にはイギリスにやって来たばかりの亡命希望者もいるが、英国市民としてこの国で生まれ育った移民2世もいる。イスラム過激主義に改宗した非イスラム諸国の出身者の場合もある(2001年の靴爆弾のテロリストみたいに、時には白人英国人の場合も)。

驚くほど多くが刑務所で受刑中に過激思想に染まっているが、大学で過激化した者もいる。仕事も将来の希望もない者もいれば、立派な仕事に就いている者もいる(2007年のテロ未遂事件の容疑者にはNHSの医師も含まれていた)。

イスラム過激派テロリストの経歴は1つのパターンに収まるものではなく、それが問題の解決をより複雑にしているのだ。

もちろん国は、「何もしていない」わけではない。テロ分子の監視にはかなりの資源をさいている。(中略)

事件の後にはいつも、なぜ状況を変えることができないのだろうという大局的な議論が起こる。でも、僕たちは社会として影響を受けている。テロ対策はカネがかかるし、それに資源を取られれば当然ながら組織犯罪対策や違法薬物取引対策など別の分野の資金が減ることになる。

国会議事堂やヒースロー空港などの一部の場所は、重武装の警官が配置された堅牢な要塞のようになっている。エイメス議員が地元有権者との懇談「サージェリー」の最中に襲撃されたことで、健全なる民主主義の柱とも言える議員と有権者との対面の機会を制限しなければならなくなるのではないか、との危機感も広がっている。

当然ながら、移民の大半は平和的で法を順守する人々だし、イスラム教は殺人をしてはならないと説いていると認識することは重要だ。

だが同時に、イギリスはイスラム過激派の問題を抱えており、移民は恩恵だけでなく問題も国に持ち込むこと、そして現在の対処法では命や生活への脅威を減らすことが精いっぱいで、今後もさらなる攻撃が起こるだろう、という明白な事実から、目を背けないこともまた重要だ。【2021年10月30日 Newsweek】
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【パレスチナ・ガザ紛争で高まる社会的緊張】
パレスチナ・ガザでの紛争、英政権のイスラエル支持姿勢に対し、イスラム教徒や共感する人々による抗議行動も起きています。

保守党・スナク前首相は、多様な民族から成る英国の民主主義がイスラム教や極右の過激派による計画的な攻撃にさらされているとして、抗議行動に対してより厳しい態度で臨むよう警察当局に求めていました。

****英国の多様な民族の民主主義が危機に、首相が厳格な対応要請*****
スナク英首相は1日、首相官邸前でスピーチし、多様な民族から成る英国の民主主義がイスラム教や極右の過激派による計画的な攻撃にさらされていると述べ、ヘイトスピーチや犯罪行為の増加を踏まえて、抗議行動に対してより厳しい態度で臨むよう警察当局に求めた。

スナク氏は「世界で最も成功を収めた多民族・多宗教の民主主義を構築したという偉大な成果が計画的な攻撃を受けていることに強い懸念を抱いている」と発言。深刻な混乱と犯罪行為が衝撃的な増加を見せていると危機感を示した。

国民には、抗議を行い、ガザ市民の生活を守るよう求める権利があるが、それを口実に、過激組織であるハマスへの支持を正当化することはできないと強調。警察に対して、こうした抗議行動については単に活動を抑制するのではなく、取り締まりを行うよう要請した。

英国ではイスラム過激派ハマスと戦闘状態にあるイスラエルへの支持を表明した一部の議員が脅迫を受けたことから、議員に対して今週、セキュリティー対策用に新たな資金が支給された。【3月4日 ロイター】
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【労働党の中道への路線変更で支持政党を失うイスラム教徒】
スナク前首相は不法移民抑制対策としてルワンダ移送という強硬策を実施しようとしていましたが、労働党への政権交代によってこの計画は破棄されています。

****スターマー英首相、不法移民ルワンダ移送「廃止」 保守党は党首選へ****
英国のスターマー首相(労働党)は6日、不法入国する移民らをアフリカ中部ルワンダに移送するとした保守党政権時代の法律を「廃止する」と述べた。ロイター通信などが伝えた。

4日投開票の総選挙で労働党は、ルワンダ移送ではなく「海上警備の強化」で密航を取り締まるとしていた。

英国では近年、英仏海峡をボートで渡ってくる不法移民が増加。保守党は総選挙で勝利した場合、移送を実行する予定だったが、大敗した。スターマー氏は、「この移送案は(移民増加を止める)抑止力として機能していない」と廃止の理由を説明した。(後略)【7月7日 毎日】
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スターマー労働党政権が移民・イスラム教徒に寛容になったかと言えば、現実はむしろ逆。

労働党は左派コービン前党首時代はイスラム教徒の受け皿になっていましたが、そうした左派への偏りが中間層の支持を失う原因になっているとしてスターマー党首は軌道修正。パレスチナ問題でもイスラエルを支持しています。

スターマー労働党はそうした中道路線への回帰で党勢を回復して総選挙にも圧勝しましたが、それに伴って、イスラム教徒は受け皿がなくなるということにもなっています。

****イギリス総選挙、大きく動いたムスリムとユダヤ系の票 今後も続くのか****
過去2回のイギリス総選挙で、有権者の投票動向は実に大きく変化した。全体を見てもそうだが、特に国内の二つのグループについて深く掘り下げると、驚異的な変化が見て取れる。

特に大きく変化したのは、労働党とムスリム(イスラム教徒)有権者の関係だけでなく、労働党とユダヤ系有権者の関係だ。(中略)

2019年の前回総選挙と今回の総選挙を比べると、ムスリム系有権者の労働党の得票率は、複数の選挙区で明らかに低下した。(中略)

ガザ戦争への労働党の姿勢に対するイスラム教徒の怒りのため、イスラム教徒の有権者が多い複数の選挙区で労働党は苦戦した。影の閣僚だったジョナサン・アッシュワース議員の落選は、その中でも特に注目された「自分の周りでは労働党への怒りがあまりに強く、今では自分が労働党関係者だというのが恥ずかしくなるほどだ」と、ラーマン氏は言う。(中略)

労働党に投票するイスラム教徒が減ったのは、まぎれもなく労働党党首の責任だと、ラーマン氏は言う。
労働党党首のサー・キア・スターマーは昨年10月、英メディアLBCのインタビューで、ガザ地区内で電力や水の供給を止める「権利」がイスラエルにはあると発言し、地方議員を含む多くの党内関係者に批判された。党首の報道官は後日、スターマー氏イスラエルには全般的な自衛権があると言おうとしただけだと説明した。

続いて昨年11月、スコットランド国民党(SNP)がガザの即時停戦を求める動議を下院に提出すると、労働党の執行部は採決を棄権するよう所属議員に指示した。これを受けて、労働党の地方議員が数人辞任した。そして、多くのイスラム教徒にとって、自分の選挙区を代表する労働党下院議員への信頼はこれで失われてしまった。(中略)

イスラム教徒はイングランドとウェールズの人口の約6.5%を占めると推定される。同様にスコットランドでは約2%、北アイルランドでは約1%だ。

そのイスラム教徒の80%以上が、2019年には労働党に投票したと考えられている。それに対して、2024年の選挙直前の調査では、ムスリムの労働党への支持率は全国的に最大20ポイント低下した。それよりさらに低下したことがはっきりしている選挙区もある。(後略)【7月17日 BBC】
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政治的代弁者を失ったイスラム教徒の一部が政治への信頼を失い、過激化するという危険も懸念されます。
そして何か事件が起きれば、それに極右勢力が過敏に反応することも。
多様な民族から成る民主主義を維持するには冷静な判断と大きな努力を必要とします。
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ウクライナ  「あと1か月半ほどで形勢変化」 停戦交渉を左右する米大統領選挙

2024-07-27 23:33:35 | 欧州情勢

(船上パレードで笑顔を見せるウクライナの選手たち(26日)【7月27日 読売】

【ウクライナ ここを耐えればあと1か月半ほどで戦場の形勢は変わる】
ウクライナでの戦況については、6月10日ブログ「ウクライナ  欧米は自国供与兵器でのロ領内攻撃容認 核使用を含めたロ・米・仏の“腹の探り合い”」で以下のように取り上げています。

“ひと頃のロシア軍の攻勢、ウクライナ側の劣勢(それは今でも同じですが)という状況は、欧米の支援を受けるウクライナ側の抵抗で(欧米供与兵器によるロシア領内攻撃容認も影響していると思われます。)幾分押しとどめられているというか、ロシアも動きが鈍ったようにもなっています”

状況は今も大きく変わっていません。
ロシア軍の物量を大量に注ぎ込む、そして兵士の命を顧みない攻勢は今も続いています。

“渡河作戦の拠点から撤退 ウクライナ軍、南部で苦戦”【7月17日 共同】

こうしたロシア軍について、ウクライナ側は以下のようにも。
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ウクライナ軍のシルスキー総司令官は、24日に公開されたイギリスのガーディアンとのインタビューで、「戦力に関しては1対2か1対3の比率でロシアが有利だ」とし、状況は「非常に困難」だと認めました。

しかし、ロシアの成功は莫大な人的犠牲を伴っているとし、シルスキー氏は「兵士を無駄な肉弾戦に駆り立てるつもりはない」と述べたうえで、「兵士の命を守ることは我々にとって非常に重要だ」と強調しました。【7月26日 テレ朝news】
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その一方で、「ここをしのげば・・・」という思いも。

****ウクライナ司令官「ロシア軍 攻撃続ける能力は無限ではない」****
ウクライナの国家警備隊の司令官は攻勢を続けるロシア軍について、「攻撃能力は無限ではない」と述べ、ロシア側が複数の戦線で大規模な攻撃を続けられるのはこの先1か月半ほどで、ウクライナがそれを耐えれば、戦場での形勢は変わるという見方を示しました。

ウクライナではロシア軍による激しい攻撃が続いていて、国営の電力会社「ウクルエネルゴ」は北部チェルニヒウ州と北西部ジトーミル州でロシア軍の無人機による攻撃を受け、電力供給に障害が出たと26日、発表しました。

ロシア軍はミサイルや無人機でウクライナのエネルギー関連施設への攻撃を繰り返していて、ウクライナはヨーロッパからの電力の輸入を余儀なくされています。

ロシア軍による攻勢は前線でも強まっていて、ウクライナ軍は去年、奪還したとしていた南部ヘルソン州や東部ドネツク州の拠点から撤退しています。

一方で、ウクライナの国家警備隊のピブネンコ司令官は25日に掲載された地元メディアとのインタビューでロシア軍が攻勢を強めていることについて「状況は厳しい。だが敵の、攻撃を続ける能力も無限ではない」と述べました。

その上で「あと1か月半ほどでロシア軍による多方面での大規模な攻撃は止まり、その後は守勢に回ることになるだろう」と述べ、ウクライナ軍が耐えれば、戦場での形勢は変わるという見方を示しました。【7月26日 NHK】
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【ウクライナ側の反攻の動きも】
「あと1か月半ほどで・・・」というのが希望的観測なのかどうかは定かではありませんが、ウクライナ側の反攻も報じられてい米大統領選ます。

****静かに始まったウクライナ軍大攻勢、ロシアの防空レーダー基地を次々破壊****
目と耳を塞がれたロシアは、今後の航空戦で大ダメージ必至

ロシア軍は2022年2月24日、地上軍の侵攻と同時に空軍戦闘機でウクライナ軍の防空兵器を攻撃、破壊した。
ウクライナの移動可能な防空兵器は、事前にその場を離れて破壊を逃れたが、固定の防空レーダーはミサイル攻撃を受け、破壊され燃えた。

このことは、ウクライナの人々にとって極めて衝撃的なものであっただろう。私もその映像を克明に記憶している。
今では、それが逆転しつつある。

ウクライナは、大規模ではないが、ロシア国内の重要施設を突き刺すように攻撃しているのである。

ウクライナは現在、クリミア半島へは主にATACMS(Army Tactical Missile System=陸軍戦術ミサイルシステム、エイタクムス)で、ロシア領土へは比較的大型の自爆型無人機で攻撃している。

その攻撃目標は、弾薬・武器・燃料保管施設、石油輸出拠点、早期監視レーダー、衛星管制施設である。
早期監視レーダー、衛星管制施設の攻撃のことは地上戦の戦果ほど注目されてはいないが、両軍の今後の作戦を決定づけるものだ。

弾薬・武器・燃料保管施設や石油輸出拠点の破壊の狙いは明白であり、ロシアの継戦能力を破壊することである。

監視レーダーや衛星制御施設の攻撃は、特に今年になって実施されている。これらを機能停止に持ち込めば、ウクライナは航空作戦の情報を取られにくくなり、比較的自由に作戦遂行ができるようになる。(後略)【7月13日 西村金一氏 JBpress】
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****ウクライナ軍、露軍に勝機与えず 東部ドネツク州 守勢作戦で損耗強いる****
ウクライナ軍が同国東部ドネツク州で、ロシア軍の損害を徐々に拡大させている。

全体の戦局は膠着(こうちゃく)状態が続いているが、同州では占領地域を拡大して前進を図る露軍に対し、戦略的要衝を重点的に防衛する守勢作戦で露軍を消耗させている。ウクライナ側は自国軍の戦力回復を図り、将来の反撃につなげたい考えだ。(中略)

露国防省は過去1カ月間でドネツク州の集落約10カ所を制圧したと主張し、同州での優勢を誇示。露軍は兵力的に優位にあり、滑空爆弾(遠距離から目標を攻撃できる航空機投射型の爆弾)でウクライナ軍陣地を破壊しているようだ。

一方、ウクライナ軍は進軍を図る露軍の地上部隊や戦車などを火砲やドローン(無人機)で迎え撃つ戦術を展開。このため、露軍はドネツク州での前進と引き換えに、かなりの損害を出しているもようだ。

英誌エコノミストは7月、露軍では戦車の損耗が深刻化し、対露経済制裁で再生産や修理も困難になっており、今後戦力の低下が進むとする米英専門家の分析を報道。英国防省は、露軍の5、6月の1日当たりの平均死傷者数がそれぞれ1200人、1100人を超え、侵略開始後で最高水準になったと報告した。

一時停滞した欧米諸国からウクライナへの軍事支援は再び活発化しており、ウクライナに供与された米戦闘機F16も近く稼働する見通しだ。ウクライナ軍はF16で滑空爆弾の脅威を低下させて重要防衛線を維持しつつ、追加動員などで戦力を回復し、将来的な反撃の機会をうかがう構想を描いている。

こうした状況から、欧米軍事専門家の間では、少なくとも短期的に露軍がウクライナ軍の重要防衛線を突破し、決定的な勝機を得る可能性は低いとする見方が支配的だ。【7月24日 産経】
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****ロシアの兵器保管施設 ウクライナ軍の攻撃でほぼ全壊か****
ウクライナ軍が今月上旬、ロシア西部で行った無人機による攻撃について、イギリスの国防省は、衛星写真などの分析から攻撃を受けたのは兵器の保管施設で、ほぼすべてが破壊されたとして、ロシア軍の砲弾などの供給に今後、影響が出る可能性があると指摘しました。

ウクライナと国境を接するロシア西部のボロネジ州の知事は今月7日、SNSに、ウクライナ軍の無人機による攻撃で倉庫で火災が起き、爆発物に引火して爆発が起きたと投稿しました。

これについてイギリス国防省は24日、SNSで、攻撃を受けたのは広さがおよそ9平方キロメートルに及ぶ大規模な兵器の保管施設で「ほぼすべての弾薬が破壊された」と指摘しました。

SNSには攻撃の前後の衛星写真も投稿されていて、兵器の保管施設だとする建物などが全壊している様子がうかがえます。

イギリス国防省はロシアの防空能力の低下を示しているとしたうえで「すでに厳しい状況にあるロシアの補給をひっ迫させることになる」として、砲弾などの供給に今後、影響が出る可能性があると指摘しました。(後略)【7月25日 NHK】
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****ロシア軍が黒海とつながるアゾフ海からすべての艦艇を撤退 ウクライナが明らかに****
ウクライナ軍はロシア軍が黒海とつながっているアゾフ海から、すべての艦艇を撤退させたと明らかにしました。

ウクライナ海軍の報道官は25日、SNSで、「アゾフ海にはもはやロシア連邦の軍艦は1隻も存在しない」と述べました。

イギリスのガーディアンによりますと、ウクライナ海軍当局者は、ここ数カ月、ロシアが併合したクリミア半島や黒海の他の地域への攻撃が成功したため、ロシア海軍は艦艇を他の場所に移転せざるを得なくなったと述べています。(後略)【7月26日 テレ朝news】
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****ウクライナ軍、ロシア占領下クリミアの航空基地にミサイル攻撃****
ウクライナ軍参謀本部は26日、ロシア占領下にあるクリミア半島西部のサキ航空基地をミサイルで攻撃したと発表した。ただ、この攻撃にどのような兵器を使用したかについては明らかにしていない。

ロシアは同航空基地をウクライナに対する長距離攻撃に使用。ウクライナ軍による今回の攻撃の発表について、ロシア国防省は今のところコメントしていない。

ウクライナ軍はここ数カ月、クリミアに対する攻撃を強化しており、クリミアのセバストポリに本拠を置くロシア黒海艦隊は戦闘可能な艦船を別の場所に移さざるを得なくなっている。【7月27日 ロイター】
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ウクライナ側は守りを固めてロシア軍の損耗を増大させつつ、ATACMSなど長距離兵器でロシア軍拠点・施設への効果的な攻撃を続けている・・・といった状況のようです。

【ウクライナ国内世論 戦争長期化で譲歩を認める声も ゼレンスキー大統領にとっては交渉の余地が出来てきたという見方も】
ただ、戦争が長期化するなかで、さすがにウクライナ国内でも停戦を求める声も増加しているようです。

****国民の32%、領土譲歩容認=1年前の3倍超に―ウクライナ世論調査****
ウクライナ国民の32%がロシアとの戦争を即座に終結させるため、領土の一部譲歩を容認していることが、キーウ(キエフ)国際社会学研究所が23日発表した5月時点の世論調査結果で分かった。前回2月時点の26%から増え、1年前の10%に比べると3倍超となった。

一方で、戦争が長引いたとしても領土の譲歩を一切認めるべきではないとの回答は55%だった。過去2年からおおむね減る傾向をたどっているが、依然として過半数を占めている。【7月24日 時事】 
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多大な犠牲を伴いつつ戦争を継続していますので、当然の流れでしょう。

こうした世論の変化はゼレンスキー大統領に停戦交渉に向けての柔軟な対応を可能にする余地を与える・・・という見方もあるようです。

****ウクライナ「領土割譲やむなし」初の3割超でゼレンスキーに和平の選択肢****
(中略)
国境線をウクライナが独立した1991年当時に戻せと主張する人が減ったことで、ゼレンスキーには、国内でほとんど反対を受けずに戦争を終結させる外交的余裕ができた、とコヴァレンコ(元ウクライナ軍人の防衛アナリスト)は話す。

「ゼレンスキー大統領はこの戦争を、親ロシア派のドンバス地方を切り離し、ウクライナを強化できるチャンスと見ているかもしれない」とコヴァレンコは述べる。

「ウクライナ社会のかなりの割合の人が、(石炭や鉄鋼など補助金食いの)重工業が多いドンバス地方(ドネツク州とルハンスク州)がウクライナの財政的な重荷になり、EU加盟やNATO加盟への道を妨害してきたことを、ためらいつつも認めている」

もっとも全体的に見れば、ウクライナ人はまだ挫けていない。KIISのアントン・フルシェツキー所長はメディア発表でこう語った。領土割譲に関する柔軟性が存在するにもかかわらず、ウクライナ人は「明らかに、いかなる条件でも和平に同意していない」と述べた。

今回の調査は、5月16日〜22日と6月20日〜25日にかけて、ウクライナ政府が支配する全地域の成人3075人を対象に行われたもので、誤差範囲は5%だ。【7月24日 Newsweek】
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合理的に考えれば、反政府的ロシア系住民の多い、経済構造的にも過去のものになりつつある東部ドンパス地方をロシアにくれてやって、ウクライナの求心力を強化するという考えもあるのでしょうが、国民感情的にそれが受け入れられるかどうかは大いに疑問です。何のための戦争、犠牲だったのか・・・という話にもなります。

【停戦交渉に決定的に重要な米大統領選挙の行方 中国の存在も】
できるだけ有利な条件で交渉に臨むためには、やはり軍事的な優勢が必要になります。
そうした意味で「あと1か月半ほどで・・・」という期待もある訳ですが、国際政治環境を考えると時間があまり残されていません。

アメリカでトランプ氏が復権すれば、ウクライナにとっての命綱であるアメリカの支援が切られる恐れがあります。

****トランプ氏、ウクライナ大統領と電話会談 「戦争終わらせる****
米共和党の大統領候補に指名されたトランプ前大統領は19日、ウクライナのゼレンスキー大統領と同日に「非常に良い」電話会談を行ったと、自らの交流サイト(SNS)「トゥルース・ソーシャル」への投稿で明らかにした。

投稿で、自分が大統領になれば「世界に平和をもたらし、多くの命を奪った戦争を終わらせる」と表明。ロシアとウクライナの「双方が歩み寄ることで暴力を終わらせ、繁栄へ道を切り開く合意をまとめることができるはずだ」と述べた。

トランプ氏はこれまで、11月の大統領選で再選を果たせば来年1月の就任を待たずにウクライナでの戦争を終結させると述べてきた。

ゼレンスキー氏もX(旧ツイッター)への投稿でトランプ氏との電話会談を報告し、米国の軍事支援に謝意を表明した。戦争を終結させる取り組みには言及しなかった。

同氏は、トランプ氏との会談で共和党の大統領候補になったことに祝意を表し、先週の暗殺未遂事件を非難したと明らかにした。ウクライナの「自由と独立を守るためには、米国の超党派かつ両院議員からの支持が不可欠と指摘した」とも述べた。【7月20日 ロイター】
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ロシアはトランプ復権を待ち望んでいます。

****「兵器供与やめれば戦争終わる」露ラブロフ外相、米副大統領候補のウクライナ支援“消極姿勢”を歓迎****
ロシアのラブロフ外相は17日、アメリカの大統領選挙で共和党の副大統領候補に指名されたバンス上院議員がウクライナ支援に消極的であることを歓迎し、「兵器の供与をやめれば戦争は終わる」と述べました。

バンス氏は副大統領候補に指名後、FOXニュースの取材に「トランプ氏は、ロシアやウクライナと交渉し事態を迅速に収束させ最大の脅威である中国に集中することを約束している」と強調するなどウクライナ支援には消極的な姿勢をとり続けています。

こうした中、ロシアのラブロフ外相は17日、ニューヨークの国連本部で会見を開き、バンス氏の姿勢を歓迎した上で「ウクライナに兵器を大量に供与することをやめれば戦争は終わり、解決策を模索することができる」と述べました。

その上で、「公平で互いを尊重し合えるアメリカの指導者」であれば、ロシアは協力する用意があるとしています。【7月18日 日テレNEWS】
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もし停戦交渉ということになると、中国の存在も大きくなります。

****ウクライナ外相が中国訪問 ロシア侵略後初 王氏と停戦などを協議****
中国の王毅共産党政治局員兼外相は24日、訪中したウクライナのクレバ外相と南部の広東省広州で会談し、ロシアのウクライナ侵略を巡る停戦などについて協議した。侵略開始以降、ロシア寄りの立場を示す中国へのウクライナの高官の訪問は初めて。

中国外務省は中国がクレバ氏を招いたとしている。中国国営中央テレビ(電子版)によると、王氏は会談で、停戦などに向け「建設的役割を引き続き果たしたい」と表明。「ウクライナとロシアは最近、程度は異なるが協議を望むシグナルを発している。条件や時機はまだ熟していないが、平和に有益な努力を支持する」との強調した。

中国は5月、ウクライナ危機の政治解決を謳(うた)う独自案をブラジルと発表し、ウクライナとロシアの同意を得た国際和平会議の開催などを提案。王氏は同案について「国際社会の最大公約数を凝縮し、広範な賛同と支持を得た」と主張した。

ウクライナ外務省の発表によると、クレバ氏はロシアとの交渉には「ロシアが誠意を持って臨む用意」ができた際にウクライナも応じるとの姿勢を表明。現時点ではロシアにその準備がないと強調した。

クレバ氏は、ウクライナ主導の和平案協議のために6月に開いた「世界平和サミット」についても説明。中国はサミットを欠席している。

ウクライナを巡っては、11月の米大統領選で返り咲きを目指すトランプ前大統領が和平を目指す考えを示している。中国側はそうした動きの中で影響力を高めておこうとの思惑があるとみられる。ウクライナ側も国内で厭戦(えんせん)機運が高まりつつあることも踏まえ、中国との関係を保ち、将来の交渉でのウクライナの立場を強める考えとみられる。【7月24日 産経】
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ウクライナ・ロシア双方にとって米大統領選の行方が非常に重要・・・ということは11月の結果が出るまでは停戦交渉については大きな動きはなく、11月以降を睨んで、それまでになるべく軍事的に有利な状況をつくっておきたいという攻防が続くということでしょう。
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EU  中国製EVへ最大37.6%の追加関税 その合理性は?

2024-07-23 23:41:31 | 欧州情勢

(【7月4日 ロイター】中国のEV大手、比亜迪(BYD)のEV運搬船「BYDエクスプローラーNo.1」は全長200メートルで5千台超のEVを欧州に輸送するとか。欧州の「泰平の眠り」をさます「白船」とも)

【中国から輸入されるEVに最大37.6%の追加関税】
EUは輸入が急増しているとされる低価格の中国製電気自動車(EV)についてら調査を行い、「中国政府から不当な補助金を受け、域内の生産者の脅威になっている」と結論し、最大37.6%の追加関税を適用すると発表しました。

補助金の程度によってメーカーごとに税率が異なります。

実際に関税が徴収されるのが今年の11月以降のため「暫定的」とされていますが、輸入会社は関税額をリザーブ(保全)することを求められています。

また、大統領選挙で対中国強硬策を競う形になっているアメリカでバイデン政権が今年5月14日に発表した関税率(100%=現状の4倍)に比べると、はるかに低い率にとどまっています。(アメリカでは中国製EVはほとんど出回っていません)

****EU 中国製電気自動車に追加関税 5日から暫定的に適用****
EU=ヨーロッパ連合の執行機関EU委員会は、中国から輸入される電気自動車に対し、5日から暫定的に最大37.6%の追加関税を適用すると発表しました。

EU委員会は、ヨーロッパで輸入が急増する低価格の中国製電気自動車について、去年10月から調査を行い、その結果、「中国政府から不当な補助金を受け、域内の生産者の脅威になっている」と結論づけました。

このため、EU委員会は中国から輸入される電気自動車に対して、5日から現行の10%に暫定的に最大37.6%の追加関税を上乗せすると発表しました。

ただし、追加関税の徴収はすぐには始まらず、EU加盟国による投票などを経て、4か月以内に最終決定を行うとしています。

一方、中国商務省の報道官は4日の会見で、追加関税に「強く反対する」と改めて表明。そのうえで、「双方が誠意を示して協議をし、事実に基づいて互いに受け入れ可能な解決策をできるだけ早く見出すことを希望する」としました。

中国政府はEU産豚肉について反ダンピング調査を開始するなど、対抗措置をとる動きをみせています。【7月4日 TBS NEWS DIG】
***********************

【中国市場のウェイトが高いドイツ産業界は報復を懸念して反対】
実際のところは、安価な中国製EV輸入が急増してEU市場を席巻している・・・・という現状でもないようです。

“昨年EUは中国製EVの「急増」にいら立ち、補助金の実態調査を開始した。だが実際には日本や韓国からの輸入が増え、輸入台数における中国のシェアは22年よりも減った。”【7月23日 Newsweek】

“EU域内での中国製EVの数はまだ少ない。欧州委員会によると、2023年にEU域内で販売されたEVの内、中国製EVの比率は7.9%にすぎなかった。”【7月23日 新潮社フォーサイト】

今後の中国製EV輸入増加を警戒しての措置のようですが、この措置については、EU内部で必ずしも意見が一致している訳ではありません。

****EUの中国製EV関税、投票で各国の意見分かれる=関係筋****
中国製電気自動車(EV)に対する関税の是非を巡る欧州連合(EU)の投票で各国政府の意見が分かれたことが、複数の関係者の話で16日に分かった。

EUの欧州委員会は不当な補助金に対抗するため、中国製EVの輸入に最大37.6%の暫定関税を設定。加盟国の意見を調査する投票を行った。

関係者によると、12カ国が関税に賛成、4カ国が反対、11カ国が棄権した。

今回の投票に拘束力はないが、欧州委は結果を踏まえて最終的な決定を下す見通しだ。(中略)

政府関係者によると、フランス、イタリア、スペインは賛成票を投じ、ドイツ、フィンランド、スウェーデンは棄権した。

欧州委はさらに3カ月間調査を継続する。【7月17日 ロイター】
********************

中国市場に深く依存するドイツの自動車業界は、関税上乗せを強く反対していることは、以前のブログでも取り上げたことがあります。

*****中国製EV追加関税でEUが示した「本気度」とドイツ自動車業界の「不安」****
欧州委員会は中国製EVへの追加関税の暫定的適用を発表することで、中国を交渉のテーブルに引き出すという最初の「勝利」を手にした。だが中国に深く依存するドイツの自動車業界は、関税上乗せを強く批判。業界の頭上に貿易紛争の暗雲が垂れ込める。
***
(中略)
「中国からのEV輸入量が42%減る」との予測
キール世界経済研究所(IfW)とオーストリア経済研究所(WIFO)は、「シミュレーションの結果、追加関税が欧州の消費者に与える悪影響は軽微と予想される」という見方を同日発表した。

両研究所は、「EU(欧州連合)の追加関税が正式に適用された場合、中国からのEV輸入量は現在に比べて42%減る。だが中国車の減少分は、EU域内の自動車メーカーの販売数の増加や中国以外の国からの輸入量の増加によって相殺される。このためEU域内のEV価格は、0.3〜0.9%しか上昇しない」と予測している。IfWによると、2023年に中国からEU域内に輸入されたEVの台数は約50万台だった。(中略)

欧州の論壇では、「EVをめぐる一連の動きは、EUの作戦通りに進んでいる」という見方が強い。今年6月12日に欧州委員会が「調査の結果、中国のEVメーカーが天然資源の採掘から製造、輸送に至るまで、政府による不当な補助金を受けていることがわかった。このため中国製EVは、欧州製EVに比べて平均20%安い」と指摘し、追加関税をかける方針を明らかにした。

もっとも、EU域内での中国製EVの数はまだ少ない。欧州委員会によると、2023年にEU域内で販売されたEVの内、中国製EVの比率は7.9%にすぎなかった。(中略)しかし欧州委員会は、EUでの中国製EVの比率が2025年には15%に増加すると警戒している。

EUの「宣戦布告」から10日後の6月22日に、ドイツ連邦経済気候保護省(BMWK)のロベルト・ハーベック大臣が訪問先の北京で、「我々は中国を罰しようとしているのではない。制裁関税は『究極的な対抗手段』であり、しばしば最悪の選択だ。今後EUと中国が関税引き上げ競争に陥った場合には、双方が敗者になる。今重要なことは、欧州委員会と中国政府が話し合いによって事態を解決することだ」と述べた。

中国側は欧州委員会の発表に対し、EUが予想したほど強く反発せず、ハーベック大臣に対して欧州委員会との交渉に応じると伝えた。ハーベック大臣の比較的穏健なメッセージが、中国側の姿勢を軟化させたのかもしれない。

中国を交渉に引き出したEUの「勝利」
中国政府が「交渉に応じる」というシグナルを送ったことは、EUにとって最初の「勝利」だ。中国政府はこれまで、EVをめぐり交渉のテーブルに着くことを拒否し続けてきたからだ。

また米国がEUに先駆けて関税適用を発表していたことも、EUにとっては有利に作用した。EUの追加関税率(最高37.6%)は、米国のバイデン政権が今年5月14日に発表した関税率(100%=現状の4倍)よりもはるかに低い。

EUが米国のように極端に高い追加関税率を打ち出さなかったことは、「中国との正面衝突を避け、話し合いによって事態を打開しよう」というEUのメッセージと見られる。

ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)は7月4日、「欧州委員会は、自動車というEU産業界にとって重要な分野を守る姿勢を打ち出した。EUが暫定的関税の適用によって、公平な競争を歪める中国の態度を拒否したことは、正しい。

ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の毅然とした態度は、ドイツのオラフ・ショルツ首相の優柔不断さとは対照的だ。EUが、これまでEVに関する交渉を拒んできた中国政府を、協議のテーブルへ引っ張り出したことは成功だ。その意味でEVをめぐる動きは、EUの作戦通りに進んでいる」と論評した。

貿易戦争を懸念するドイツの自動車メーカー
だがドイツの自動車業界のムードは、暗い。この国の自動車業界は、中国に大きく依存しているからだ。フォルクスワーゲン、BMW、メルセデス・ベンツが2023年に世界で売った車のほぼ3台に1台が中国で売られている。

ドイツの自動車メーカーは、EUと中国の間の対立が貿易戦争にエスカレートし、自社の中国ビジネスに悪影響が及ぶことを強く恐れている。自動車業界の重鎮たちは、異口同音にEUの決定を批判した。(中略)

日本経団連に相当するドイツ産業連盟(BDI)も「EUの決定は、我が国の製造業界にとっても重大な影響を及ぼすだろう。我々はこの発表が、世界的な貿易紛争にエスカレートすることを望まない」と述べ、欧州委員会・中国政府に慎重な対応を求めた。

ドイツ商工会議所(DIHK)は、「EUの決定は、中国で活動しているドイツの自動車メーカーにも影響を与える。欧州委員会は、米中間の貿易紛争に巻き込まれることを避けるべきだ」という声明を発表し、ドイツ経済界への悪影響に強い懸念を表した。

ハンガリーにEV工場を建設して、追加関税を骨抜きに?
ドイツの経済学者の間にも、EUの追加関税の「副作用」を懸念する声がある。ベルリンのドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッチャー所長は、「中国のEVメーカーが、政府からの多額の補助金によって、競争上有利な立場に立っていることは疑いようがない。したがってEUの追加関税は、中国が競争条件を歪めていることに対する、欧州の回答である」と述べEUの決定に賛意を表した。

EUとドイツは、中国を単なるパートナーではなく、「システム上のライバル(systemic rival)」と見なしている。EUとドイツは、議会制民主主義を持たず、言論の自由などを保障せず、国家が大きく介入する中国の「疑似資本主義体制」を、欧州の経済体制とは大きく異なるシステムと位置付けている。

だがフラッチャー氏は同時に、「関税適用が、欧州に跳ね返ってくる危険がある。つまりEUが関税を適用しても中国企業が欧州のEV市場でマーケットシェアを拡大し、同時にEU加盟国に対して報復関税を導入する可能性がある」と警告する。

実際、中国企業はすでに手を打っている。BYDは2023年12月、「ルーマニアとセルビアの国境に近い、ハンガリーのセゲドに、EV組み立て工場を建設する」と発表した。

つまりBYDはEUの追加関税を回避するために、EU域内に生産拠点を作り始めているのだ。他の中国企業もBYDに追随した場合、EUの追加関税の「打撃力」は大幅に弱まる。

EU加盟国の中で最も中国寄りのオルバン・ヴィクトル首相は、ハンガリーをEVやEV用電池の重要な生産立地にすることを目指している。BYDのこの橋頭堡は、EUの追加関税を骨抜きにする可能性を秘めている。

BYDは、現在ドイツなどEU加盟国での販売網を構築しつつある。知名度を高めるための工作も強化している。(中略)BYDは、ドイツのEV市場でのシェアを将来10%に引き上げる方針を明らかにしている。イタリア政府も、BYDのEV組み立て工場を誘致しようと努力している。

交渉の行方は予断を許さない。欧州委員会は、正式に追加関税を発動するのか? 中国政府は、ドイツ企業に対し報復の矢を放つのか? 米・欧・中三つ巴のEV貿易戦争が始まるのか? 
ドイツの自動車メーカーのCEOたち、そしてこの国の自動車業界で働く全ての人々にとって、不安な日々が続く。【7月23日 新潮社フォーサイト】
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【気候変動対策というEV推進の本来の主旨に反するとの批判も】
貿易戦争の懸念以外にも、本来EUがEVを推進してきたのは気候変動対策からであり、その本来の目的にとって-マイナスになる、経済理論的にも合理性を欠くとの批判もあります。

****EUの「中国EVへの関税」が気候変動にもEU市民にも「大ダメージ」な理由****
<EVシフトを推進し、気候変動との戦いを長年率いてきたEUが7月5日、安価な中国製EVに追加関税をかけ始めた。自動車産業の雇用と利益を重視する姿勢は「自分の首を絞める」可能性も──>

誰に聞いても気候変動は急速に進んでいる。だが、気候変動との戦いにおいて長年リーダーの立場を取ってきたEUは目先の損得にとらわれ、健全な経済論理が見えなくなっているようだ。

EUは常に気候変動と戦う意思を示してきたが、一部の分野では自分の首を絞めている。例えば二酸化炭素(CO2)を排出するエンジン車の新車販売を2035年に禁じるとした措置。これは電気自動車(EV)の市場シェアを急拡大させて、CO2排出量を減らそうという大胆な一手だった。

しかしEVは従来のエンジン車よりも格段に価格が高く、禁止措置は物議を醸した。

EVが高価である必要はない。ヨーロッパで出回っているEVの半額で買える製品を中国は生産している。だがEUは安価な中国製を歓迎するどころか、およそ17〜38%の追加関税を7月5日に発動。

グリーン・トランジション(資源循環型経済や社会への移行)が「EUの産業を損なう不正な輸入に基づいてはならない」と欧州委員会は発表したが、追加関税からは気候変動対策より自動車産業の雇用と利益を重視する姿勢がうかがえる。

EUだけではない。5月、バイデン米大統領は中国製EVに100%の関税を課すと発表し、実質的に中国のEVを米市場から締め出した。トルコやブラジルなど自動車産業が盛んな国々も、中国製EVにはかなりの関税を課している。

EUのEV産業は大きな貿易黒字になっており、中国車の輸入が脅威になるとは思えない。何より気候変動は人類の存亡に関わる脅威であり、全ての国家がEVを含むグリーン産業を支援し、グリーン技術の開発競争に発展することが望ましい。

グリーン技術に対する政府の補助金を受けて開発された製品の輸入を各国が阻むなら、支援のメリット──迅速な技術開発や価格の低下──は大方消えてしまう。

新しい産業は国際競争にさらされる前にある程度の規模に成長するまで守らなければならないというのが、関税保護の大義名分だ。だが1世紀以上の歴史を持つ自動車産業に、この言い分は当てはまらない。

また特定の国が対象の関税は貿易転換を引き起こす。対象国の製品が競争力を失うと、第三国からの輸入が増える。関税で対象国の製品価格が上がれば、第三国は競争力を保ったまま価格を引き上げられる。

高い関税のかかった中国製EVにEUの消費者が高い金を払う場合、関税はEUの金庫に入る。EU製EVに高い金を払う場合、それはEUの自動車メーカーの利益となる。だが消費者が第三国のEVを買うようになれば、金は外に流れる。このように補助金相殺関税は経済的ダメージを伴う。(中略)

昨年EUは中国製EVの「急増」にいら立ち、補助金の実態調査を開始した。だが実際には日本や韓国からの輸入が増え、輸入台数における中国のシェアは22年よりも減った。

あいにくWTOには補助金相殺関税を禁じる規則がない。環境に配慮したグリーン製品を、補助金相殺関税の対象から除外する権限もない。

この手の貿易摩擦は今に始まった話ではない。EUはアメリカのボーイングに対する補助金に、アメリカはEUのエアバスに対する補助金に何十年も苦情を申し立てた末、航空機産業を補助する互いの権利を尊重することに同意した。

気候変動と本気で戦うと主張するのはEUも中国も同じ。ならばEVについて、両者は同様の合意を目指すべきだ。【7月23日 Newsweek】
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中国側は欧米の関税措置を「典型的な保護主義」と批判しています。

中国製EVの価格競争力は補助金によるものではなく「新たな技術革新や市場競争によるものだ」(外務省)と主張。
過剰生産との批判にも「世界のインフレ圧力を緩和し、気候変動への対応でも積極的な貢献をしている」(李強首相)などと欧米による関税措置に反論しています。

技術革新や市場競争による結果・・・欧米は認めたくないでしょうが、そうした側面があるのは事実でしょう。

アメリカに対しては、自国が輸出で優位な製品は「自由貿易」を主張しているのに、他国が優勢な製品では「過剰生産」を持ち出すとも。中国の言い分にも合理的なものがあります。

気候変動といったグローバルな問題よりは、結局自国産業保護が優先・・・というのが現実であり、そうした自国第一的な発想が一段と強まっています。

“自国”とは言いつつ、特定産業の企業・労働者だけでなく、経済全体、広く消費者まで含めた“自国利益”を考えた場合、保護的な措置は自国利益を損なうことが多いように思えます。
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フランス  アタル内閣が総辞職 組閣に向けた主導権争い 後任は決まらず政治の混迷はしばらく続く

2024-07-17 23:11:36 | 欧州情勢

(【7月17日 産経】 与党・左派・極右 いずれも過半数に遠く及ばす、主張も全く異なるため、連立交渉は非常に難しい状況)

【マクロン大統領、アタル首相の辞任受入れ 暫定内閣で内政停滞は避けられず】
極右「国民連合(RN)」の過半数獲得が焦点となっていた7月7日に行われたフランス下院選の決選投票。

「国民連合(RN)」の過半数獲得を阻止しるために組まれたマクロン大統領率いる与党連合と左派連合「新人民戦線(NFP)」の選挙協力・候補者調整によって、投票日が近づくにつれ「国民連合の過半数は難しそう」との予測が強まっていましたが、蓋をあけると、左派連合「新人民戦線(NFP)」がトップの182議席を獲得する“サプライズ”。

与党連合は168議席の2番手、「国民連合(RN)」とその共闘勢力は3番手の143議席という結果。

いずれの勢力も過半数の289議席に届かず、単独では政権を担えない“三つどもえの状態”になっています。

とにもかくにも敗北した政権与党のアタル首相は辞意を表明、あとが決まらないマクロン大統領は遺留してきましたが、正式に内閣は総辞職することに。

****フランス“最年少”アタル内閣が総辞職 次期首相が決まるまで暫定的に職務続行****
フランスのアタル首相が率いる内閣は16日、総選挙での敗北を受け、総辞職しました。ただ次期首相が任命されるまでしばらくは職務を続けるとしています。

フランス大統領府は16日、マクロン大統領がいったん慰留していたアタル首相の辞表を受理したと発表しました。

アタル首相は、今年1月、現在の政治体制では最年少となる34歳(当時)で首相に就任しました。

しかし、今月の議会下院にあたる国民議会選挙で与党連合が敗北したことを受け、辞表を提出していました。

ただ、次期首相が任命されるまでは限定された範囲で職務を継続するということです。

国民議会選挙では、左派連合、中道の与党連合、極右の「国民連合」で議席を分け合い、連立協議も進んでいないことから、次期首相の見通しはたっていません。【7月17日 TBS NEWS DIG】
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あとがきまらない状況で、アタル内閣は次期首相が任命されるまでは限定された範囲で職務を継続する暫定内閣を続けますが、新たな法案の提出などはできず、内政の停滞は避けられない状況、しかも、そうした状況がしばらく続くこと(少なくともパリ五輪が閉幕する頃まで)が予想されています。

今回、マクロン大統領がアタル首相の辞任を受け入れたのは、議会戦略によるものと見られています。
フランス憲法は議員と大臣の兼務を禁じていますが、閣僚は内閣を辞任すれば議会で与党議員として投票などができます。さらに、暫定内閣はすでに辞任した状態のため、内閣不信任の対象にもなりません。

【大統領の狙う多数派工作も困難 左派連合も内情は複雑】
とは言うものの、マクロン大統領にとっても、フランス政治にとっても、異例の混迷状態に突入していることは間違いありません。新議会は18日に開会します。

マクロン大統領としては左派連合を切り崩して社会党など穏健派を取り込み、更に右派の共和党も取り込んで多数派を形成したいところですが、話は簡単ではなさそう。とにかく、左派連合の中核政党であるメランション氏率いる急進左派「不屈のフランス」は政権から排除したい思いです。

第一党になった左派連合は当然ながらマクロン大統領に「首相」ポストを要求していますが、こちらも内部事情は複雑。

組閣に向けた主導権争いが行われていますが、現在のところ目途がたたない状況です。

****フランス下院、続く主導権争い 連立なお見通せず 18日開会、内政停滞の危機****
フランスで国民議会(下院)総選挙を受けた各党の連立協議がなお難航している。どの勢力も過半数を獲得できず、マクロン大統領は自身の与党連合に有利な形での連立を模索しているが、第1勢力となった左派連合はマクロン氏陣営が主導権を握ろうとする動きに対して反発。新議会は18日に開会するが、内政停滞の危機が高まっている。

「勝者はいない。強固な安定多数を築こう!」 マクロン氏は10日に公表した書簡で、安定した大連立政権の樹立を各党に求めた。(中略)

欧州メディアによるとマクロン氏が模索するのは、新人民戦線の切り崩しだ。構成政党のうち、社会党など比較的穏健な左派政党と協力し、与党連合と特に政策面で相いれない中核政党の急進左派「不屈のフランス」の排除を目指す。同時に中道右派の共和党も取り込みたい考えとされる。

ただ、不屈のフランスを率いるメランション氏は「敗北を受け入れろ」と主張し、マクロン氏主導の政権樹立を警戒。社会党も「マクロン氏の政策を受け継ぐ政権は組まない」との姿勢を崩していない。不屈のフランス抜きで左派と連携するのは難しそうだ。

多数派形成の見通しがたたないため、内政を担う新首相の指名も困難な状況。フランスでは、大統領が議会多数派の意向を踏まえて首相を指名する仕組みで、マクロン氏は連立の枠組みが定まるのを待って指名する考えとみられる。

一方、各党の政策が微妙に異なる新人民戦線側も、マクロン氏に提案する首相候補を明確に一本化できていない。(後略)【7月17日 産経】
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【“極右が常態になった”状況で国民連合台頭 マクロン大統領の“賭け”の真意は?】
そもそも今回の下院選挙は、欧州議会選挙で極右「国民連合」に大敗を喫し、支持率でもダブルスコア状態でリードされていたマクロン大統領が突如、起死回生策として打ち出した“賭け”と言われています。

そのあたりの“マクロン大統領の賭け”の背景、それと、決選投票では候補者調整に敗れ、現在の多数派工作では蚊帳の外に置かれていますが、第1回投票では1位となった極右「国民連合」がなぜここまで国民にうけいれられるまでになったかを整理しておきます。

****“極右”が普通になっていく世界 28歳の極右党首とマクロン大統領の“賭け”【報道1930】****
5年に一度の欧州議会選挙が行われ、予想されていた通り極右政党の躍進が目を引いた。とはいえ現職のフォンデアライエン委員長を支持する政党の集まりが過半数を維持できる見通しでEUがすぐに何らかの方針を変更することはなさそうだ。

しかし、フランスでは事情が違う。マクロン大統領の政党が極右政党に大敗した。しかも圧勝した極右政党の党首は“極右アイドル”と呼ばれ熱狂的な支持を集める28歳の若者だった…。

「権力を握ったことのない唯一の政党は“極右”」
(中略)『国民連合』を実質率いるのは大統領選でマクロン氏と戦ったマリーヌ・ルペン氏だが、現在の党首はジョルダン・バンデラ氏28歳だ。バンデラ氏はSNSを駆使して若い世代の支持を集め、TikTokのフォロワー数は140万越えという、まさに“極右アイドル”だ。

「フランスの消滅は既に様々な地域で始まっている…(中略)国家の安全の脅威となる外国人の軽犯罪者・重犯罪者・イスラム主義者を国外退去させる。(中略)マクロンのヨーロッパに対抗しよう。一切譲歩してはいけない。フラン人であれ、これからも永遠に…」
移民排除、イスラム排除、自国ファーストを訴える熱弁に若者中心の支持者たちは国旗を振って歓声をあげていた…。この熱狂は何なのか? 極右を研究する専門家に聞いた。

「バンデラ氏の人気は非常に高い。彼がまだ28歳で、フランスの政治の基準からするととても若いという事実が関係してる。調査では18〜24歳の支持率が29%だった。

若者は自分の将来についてかなり心配している。2年前に年金改革があり、若者は67歳か68歳まで働くことが必要になった。68歳まで働いてキャリアの終わりに受け取る年金はそれほど多くない。

彼らは何か他のことを試したいのだ。共産主義も普通の選択肢だが、権力を握ったことのない唯一の政党は“極右”だ。それで試してみよう。もし上手くいかなければ私たちは行動を起こして変化するという考え方になる」

“極右が常態になった”
去年12月のフランスの世論調査では“国民連合は危険ではない”と答えた人(45%)が“危険である”と答えた人(41%)を上回った。

日本で極右と言えば、極端な愛国主義、国粋主義、ファシズムのイメージだが、フランスではそれが危険ではないと思う人が主流になりつつあるようだ。

そもそも極右の定義とは何か…。ヨーロッパ政治に詳しい東野教授に聞いた。
「あえて極右という言葉を使うなら、テキストの80%で生活を守るとか(ソフトな政策)であったとしても残る20%にうまくイスラム排斥、移民排斥とかが入ってるのであれば“それは危険”でヨーロッパでは排除すべき思想なんです。定義の問題ではなく“極右”というネガティブな言葉を使い続けることで、こうした排斥主義的な人がいますよっていう注意喚起をしている…」(中略)

筑波大学 東野篤子 教授
「マリーヌ・ルペンのお父さん(国民連合初代党首)の頃とはだいぶ洗練されてきて、いいじゃない、大丈夫じゃないと思わせるような極右が今の極右」

選挙の度に“極右の台頭”と言われ続けているうちに〝極右が常態になった”のかもしれない。ニュース解説の堤氏は言う
「今の極右はポピュリズムなんです。分かりやすく言えば人々の耳に聞こえのいいことを言ってちょっとだけ反移民とか混ぜ込んでいく。(中略)根底にあるのは自国第一、そこはトランプ氏に似てる」

「政権運営させてコケさせる」
欧州議会選挙で大敗を喫したマクロン大統領は、驚くことに議会の解散を発表、フランス総選挙を今月中に実施するという賭けに出た。

日本なら逆風時は解散を少しでも先延ばしにするところだが、マクロン大統領は「皆さんに選択権を返すことに決めた」としてその夜の解散に踏み切った。

元朝日新聞ヨーロッパ総局長で、現在東京大学・特任教授の国末憲人氏は言う。
「今回の欧州議会選挙は国に直接関係ないので割と気軽に投票できた。国内の総選挙や大統領選になると(国民も)気を使うと思う“やっぱり右翼はやめておこう”って…」

一方、マクロン大統領には彼なりの勝算があって解散するのだと教授は言う。もちろん裏目に出る可能性もあるが…

東京大学先端科学技術研究センター 国末憲人 特任教授
「マクロンはリスク取るの好きなんです。それを恐れない人物。リスキーだけどやる。(中略)任期はあと3年あるがこのままやってると国民連合に人気がどんどん高まる、と思ってます。で3年間レームダックになるよりも一か八かに出た方がいいという判断…」

東野教授もマクロン大統領の目論見を4つ挙げた。
筑波大学 東野篤子 教授
「一番大きいのはフランスの選挙で極右が大勝ちすることはよくあるんですが、大勝ちした後に揺り戻しがあるんですね。“こんなに極右が勝ってしまってはマズい”って…。
2番目は、マクロンは国民連合が上手く政権運営できるとは思ってない。なのでもし過半数取って最悪ルペン氏やバルデラ氏が首相になってしまっても、政権運営させてコケさせる。
3番目として、フランスの大統領権限は絶大なので、たとえ議会で過半数取られてもやっていけるという自信ですね…。
4番目にはマクロンの視点はあくまでも2027年の大統領選挙。そこにルペンは出る気マンマン。だからなんとか国民連合に失敗をさせておく。それでルペン大統領誕生の芽を摘んでおく…」

それにしても大統領が46歳。首相が34歳。ライバル党首が28歳。登場人物の中で最年長のルペン氏でも55歳。それに比べて日本は…、と考えるとイデオロギーを度外視して羨ましい…。(BS-TBS『報道1930』6月10日放送より)【6月13日 TBS NEWS DIG】
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【「右でも左でもない」中道路線(マクロニズム)の失敗】
解散総選挙発表当時から、少なくも選挙予測に関しては“賭け”は失敗しそうだと言われていました。
実際、マクロン与党は大敗し、議席数を大幅に減らした訳ですから、その意味では“賭け”は失敗したと言えます。

ただ、当初の議席予想からすれば、マクロン与党の議席減は“まだまし”な数字になっていますし、決選投票では左派連合との候補者調整で国民連合の過半数獲得を阻止しています。

しかし、極右・国民連合に代わって、急進左派を含む左派連合が1位となるという想定外の結果を招いたという点では、やはり“失敗”でしょうか。

****賭けに負けたマクロン大統領の四面楚歌****
<「極右」首相とマクロン大統領の野合政権の誕生という最悪の事態は辛うじて回避できたが、あと3年の任期を残すマクロン大統領はレームダック化し、フランス政治は混乱と停滞の時代に入っていくだろう>
(中略)
この「極右」と「反極右」の戦いの決戦は、3年後の大統領選挙に持ち越された。本番は大統領選挙となる。国民連合の大統領候補であるルペン前党首にとっては、総選挙で勝利とはならなかったが、最大野党のポジションは、大統領選挙を狙うには極めて好都合だ。

マクロニズムの失敗
今回の総選挙では、マクロニズムの失敗も明らかになった。他の欧州諸国でも見られる、中道勢力の弱体化と「極右」(右派ポピュリスト勢力)の強大化が進んだからだ。

マクロン大統領は、「右でも左でもない」中道路線(マクロニズム)を志向してきた。それは実際には、「左の心」(社会主義者の価値観:社会的連帯、進歩主義、多文化主義など)と、「右の頭」(新自由主義者の経済政策)の両輪で、中道層を厚くすることを目指したもので、当初はそれが功を奏し、左右穏健派政党(社会党・共和党)の失墜をもたらした。

しかし、「左の心」については、移民問題や治安の悪化などで、十分に発揮できなかった一方、「右の頭」については、富裕税の廃止や年金改革などで、十分に発揮してしまった。

このため「金持ち優遇のエリート」として庶民の強い反発を招き、そうした反発を我がものとしてマクロン批判を徹底的に展開した国民連合の増長をもたらしてしまったのだ。

それやこれや、マクロン大統領の危険な賭けは、自分自身の四面楚歌の状況を招いただけの失敗に終わったようだ。【7月9日 Newsweek】
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【左派連合勝利・・極右が勝利したほうがマシだったとの指摘も】
マクロン大領の心のうちは知り様もありませんが、フランス政治・社会・経済の安定を願っているなら、今回の左派連合が1位という結果は、極右政権誕生よりももっと懸念すべき事態かも・・・という指摘も。

マクロン大統領同様に、国民連合・ルペン氏にとっても本番は次期大統領選挙。もし極右政権となっていれば、ルペン氏は次期大統領選挙を睨んで、過激な変革は行わないだろう・・・それに比べて急進左派が主導する左派政権となると・・・という議論です。

****【フランス総選挙】極右が勝利したほうがマシだった? 左派連合の“逆転勝利”で待ち受ける混乱***
(中略)
経済政策に意見反映
左派連合は、71議席の不服従のフランス、64議席の社会党、33議席の環境派、9議席の共産党、3議席のその他からなっている。不服従のフランスは「フランスのバーニー・サンダース」(米国民主党左派の政治家)と呼ばれるジャン=リュック・メランションが率いる、反EUや反イスラエルなどの主張が際だった勢力である。

左翼連合はさすがに、EUやNATOからの離脱をマニフェストに入れなかった。だが、経済政策では、この不服従のフランスの意見を大幅に採用したマニフェストを発表しており、

1.2023年の年金改革法を撤廃して64歳からになった年金支給を60歳に戻すこと 2.公務員給与と福祉給付の増額 3.最低賃金の14%引き上げ 4.基本食品やエネルギーの価格凍結
をうたった。民間の試算によれば、これらのコストは1500億ユーロを超えると予想されている。富裕税の復活や大企業への課税強化に財源を求めるというが、到底不可能と見られている。

またLGBT関係では、性別の変更を裁判所の関与なしに市役所で可能にするとか、移民・難民に寛容な方策の採用なども約束している。

連立政権は極右と極左を利するだけか
そこで大統領は、過半数がとれなかったという理由で社会党などに左派連合の公約の多くを放棄させて、大統領派や右派との連立政権を組織しようと画策している。(中略)

たしかに、上記の三勢力の議席を合計すると296議席となって過半数は確保できる。だが、社会党内の左派が造反する可能性もある。また、発足してもこれまでのマクロン路線と対して変わらないものになるだろうから、国民の不満はたまり、極右と極左を利するだけだろう。

もちろん、不服従のフランスのメランションか他の人物に任せて大混乱を引き起こさせてから、社会党に離脱させるとか奇手はあるが、その場合に経済にもたらす打撃は耐えがたいものになるだろう。

むしろ極右のほうがましだった?
そうなると、むしろ極右のRNが勝利したほうがましだった、という気持ちも心をよぎる。なぜなら、その場合は29歳のバルデラ党首が首相になり、2027年の大統領選挙でマリーヌ・ルペンを勝利させるために経済を大混乱させるようなことは避けただろうからだ。

RNは、もうEUや共通通貨ユーロからの離脱は言わないし、NATOとの関係の変更についても慎重だ。ウクライナ紛争でも、マクロン大統領よりはだいぶ後ろ向きだが、ロシアの肩を持っているわけでない。そもそもウクライナのNATOやEUへの加盟にはマクロン大統領だって実質的には反対だったのである。トランプ大統領が復権したら、むしろ、極右政権のほうがトランプと上手にやっていけるかもしれなかった。(中略)

なぜRNは異端扱いされるのか
RNがどうして極右と呼ばれ、体制外の異端扱いされるかといえば、つまるところ、第二次世界大戦でレジスタンス勢力こそが現フランス共和国を創ったという歴史的事情による。

このため、マリーヌ・ルペンの父親で創始者のジャン・マリー・ルペンがナチスを肯定するような発言をしていたことを理由に、RNを排除するのみならず、RNを切り崩すために穏健派を招き入れるとか、RNの政策を一部採り入れるといったことも拒否しているのである。

このことは、かえってRNの組織を切り崩されない強固なものにしてしまってい
るように見える。RNが30%を超えるフランス国民の支持を受けているとなれば、RN全体を連立相手などとはしないだけで良く、分裂を誘って受け入れるほうが賢明ではないかという気がしないわけでもない。【7月17日 八幡和郎氏 デイリー新潮】
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とにかくしばらく混迷が続くこと、今回総選挙は“スタート”に過ぎず、マクロン大統領もルペン氏も目を向けているのは次期大統領選挙であるということは間違いないところです。
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ドイツ  米長距離ミサイル配備などウクライナ・「もしトラ」で様変わりする安全保障観

2024-07-12 23:04:32 | 欧州情勢

(BSSD社のアーマードガレージの設置風景 個人向けにバンカーやシェルターを販売するBSSD社には、2月末にロシアがウクライナに侵攻を開始した直後、問い合わせが殺到したという。開戦1週間だけで1万回近くも電話が鳴り、8人の社員には毎日15時間も対応を迫られたそうだ。【2022年7月29日 Courrier Japon】)

【現実的なロシアの脅威 米による長距離ミサイル配備計画 独国内で政治論争も】
欧州各国にとってウクライナ侵略によって明らかにされたロシアの脅威というのは観念的なものではなく、極めて現実的・具体的なものであり、ウクライナ以前はエネルギーを中心にロシア依存が強かったドイツにおいても同様です。

*****米、ロシアの暗殺計画阻止 標的は独防衛大手トップ CNN****
米CNNは11日、ロシアによる独防衛機器大手ラインメタルのアルミン・パッペルガー最高経営責任者の暗殺計画を、米情報機関が阻止したと報じた。 ラインメタルはウクライナに兵器を供給している。
 
CNNは欧米当局者5人の情報として、ロシアによるパッペルガー氏暗殺計画をドイツ政府に伝え、ドイツの治安当局が同氏を保護したと報じた。

ロシアによるウクライナを支援する欧州防衛企業の幹部の暗殺計画は、米情報機関によって相次いで発覚している。
CNNによると、パッペルガー氏暗殺計画はその中でも「最もよく練られた」ものだった。またドイツ政府高官は、この計画について米国から警告を受けたことを認めたという。

CNNによると、155ミリ砲弾を製造するラインメタルは、ウクライナ国内で装甲車の製造を開始する予定だ。 【7月12日 AFP】
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ロシアの脅威に対し、アメリカとドイツは10日、アメリカが2026年にドイツへの長距離ミサイル配備を開始するとNATO首脳会議で発表しました。

当然ながらロシアは反発。対抗措置をとるとしています。

****米国の独への長距離ミサイル配備、ロシアが対抗へ 大統領府表明*****
ロシア大統領府のペスコフ報道官は11日、米国によるドイツへの長距離ミサイル配備計画に対抗すると表明、北大西洋条約機構(NATO)がロシアの国家安全保障にとって深刻な脅威になっているとの認識を示した。

米国とドイツは10日、米国が2026年にドイツへの長距離ミサイル配備を開始するとNATO首脳会議で発表した。欧州に対するロシアの脅威の高まりに対抗する大きな一歩となる。

またNATOは10日、ポーランド北部の新たな米ミサイル防衛基地について、任務の準備が整ったと明らかにした。NATOのミサイル防衛シールドの一部として弾道ミサイル攻撃を探知・迎撃する能力を持つ。

ペスコフ報道官は国内通信社との会見で、NATO首脳会議の結果について「NATOはその本質を非常に明確に再確認した。対立を維持することを目的に、対立の時代につくられた同盟だ。その結果、欧州大陸の緊張はエスカレートしている」と発言。

「NATOは黒海の複数の都市に個別の後方支援ハブを設置することや欧州に新たな施設を開設することを決定した。NATOの軍事インフラは絶えず、じわじわとわれわれの国境に向かっている」とし「これはわが国の国家安全保障に対する非常に深刻な脅威だ。NATOを抑止しNATOに対抗するため、思慮深く、協調的で、効果的な対応をとる必要がある」と述べた。

ロシアのリャブコフ外務次官は、米独のミサイル配備を予想していたとし、ロシアを威嚇することが目的であり、地域の安全保障と戦略的関係をさらに不安定にするとの認識を示した。

リャブコフ氏は外務省のサイトに掲載した声明で「関連するロシアの国家機関は均衡を保つための対抗措置について、かなり前に必要な準備を開始し、組織的に実行している」と述べた。【7月12日 ロイター】
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ロシアの対抗措置は予想されたものであり、そうしたロシアの反応も含めて、ドイツ国内においても議論がわかれる問題です。

****ドイツ、米長距離ミサイル配備計画巡り冷戦期の政治論争が再燃****
北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で米国が2026年にドイツへの長距離ミサイル配備を開始すると発表したことが、ドイツ国内に冷戦時代と似た政治論争を巻き起こしている。

配備されるのはスタンダードミサイル6(SM6)や巡航ミサイルのトマホーク、射程距離がより長い開発中の極超音速兵器など。

賛成派は欧州がより安全になると主張。反対派が懸念するのは、ロシアの反感を高めて新たな軍拡競争につながる事態だ。旧ソ連と最前線で対峙していた冷戦期の旧西ドイツでも、米国の核兵器配備を巡って同様の論戦が繰り広げられた。

この問題は、ショルツ首相が率いる連立政権内部にも緊張をもたらし、9月に東部で行われる地方選挙で勢力伸長が予想される極右「ドイツのための選択肢(AfD)」に格好の攻撃材料を与える恐れもある。

ショルツ氏は「われわれの同盟諸国だけでなくドイツ自身を安全にする抑制態勢をどう確保するかという問題とずっと格闘してきた。今回の決定は長い時間をかけて進められ、安全保障や平和の政策に関係した人々にとってはいささかの驚きもない」と語った。

同氏が属する社会民主党の報道官もロイターに「これはロシアを抑止するために必要なステップだ」と説明した。

しかし連立の一角を担う緑の党は、配備決定に関して適切な情報提供がなかったと不満を表明し、難産の末にようやく合意した予算協定にも反すると訴えている。

ロシア寄りとみなされ、ドイツの武器をウクライナに供与することに異議を唱えているAfDのティノ・クルパラ共同代表は「ショルツ首相はドイツのためになる行動をしていない。ドイツとロシアの関係に恒久的なダメージを与え、われわれが東西対立の構図に戻るのを許容しつつある」と批判した。【7月12日 ロイター】
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【様変わりした安全保障観】
こうしたアメリカによる長距離ミサイル配備問題に限らず、ウクライナ侵略を機にドイツ国内においては安全保障への関心が高まっているように見えます。

****ドイツが国民の防空壕整備を検討、全面戦争のリスクを懸念****
<先の大戦から残った地下壕もあるが、精密誘導兵器が攻撃の主となる現代の戦争からは逃れられない恐れもある>

ドイツでは、戦争が起きた場合に国民を保護するための「地下シェルター」の建設が検討されはじめた。ドイツ誌シュピーゲルは、ドイツ政府は全面侵攻があった場合に国民を守る方法についての提言をまとめたと報じた。

ウクライナで続く戦争により安全保障リスクが高まったとの懸念から、ドイツの地方議会は政府に対して、古い地下壕の修復を呼びかけているということは、3月にも報じられていた。

だがシュピーゲルは、6月にポツダムで開かれる州内相らの会合で議論される予定の報告書を引用し、何千人もの人を収容できる大規模なシェルターは、「警報から数分で標的に到達する現代の精密誘導兵器から国民を守る対策としては適切ではない」と指摘。民間人にとっての最大の危険は「がれきや爆発物の金属片、または爆風」だという専門家の意見を引用した。記事の中では、こうした攻撃を行ってくる可能性がある「敵」は特定されていない。

家屋や地下室もある程度の保護を提供できるが、窓や隙間を覆うなどの簡単な措置を施せば、さらに安全度が増す。
公共の建物やデパート、地下駐車場や地下鉄の駅にある部屋や既存の地下壕は、大都市で自宅から離れた場所にいる人々が急な攻撃から身を守るのに適しているだろう。

古い地下壕だけでは足りない
だが第二次大戦時とは異なり、想定されるのは広範囲に及ぶ攻撃ではなく、政府関連の建物や「その他の重要インフラ」などの選び抜かれた標的への攻撃だと専門家は指摘する。

現代の兵器の精度は「きわめて高く、直撃すればどんなシェルターももたない可能性がある」という。シュピーゲルは記事の中で、冷戦時に西ドイツには約2000の地下壕があり、このうち579カ所が今も民間防衛用に使用可能で、約47万人を収容できると指摘した。

だがドイツの国民8500万人全員を守るためにはさらに21万100の地下壕の建設が必要で、それには1402億ユーロ(約1520億ドル)かかるという。

長期的な解決策としては、各自が自宅に専用の入り口と換気設備や物資の保管場所を備えたシェルターを持つ方法が考えられるが、全国に十分な数のシェルター付き住宅を供給するには数十年かかる可能性がある。

ドイツ国際公共放送のドイチェ・ウェレの報道によれば、都市自治体協会の会長を務めるアンドレ・ベルゲッガーは3月に、「使われなくなった地下壕を再び使えるようにすることが急務」だと発言。「戦争の危険」から国民を守るためには、民間防衛のために今後10年間、毎年少なくとも10億ユーロ(約10億800万ドル)を連邦予算から拠出するべきだと主張した。【6月6日 Newsweek】
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安全保障面においては大戦後の流れが日本とも類似点があるドイツですが、厳しい冷戦を経験し、今も579か所の使用可能シェルターが存在するというあたりは、日本とはだいぶ異なる背景もあるようです。

昨日のブログで韓国における核武装論を取り上げましたが、「もしトラ」絡みでドイツでも。

****「もしトラ」で米「核の傘」頼れない…ドイツに核武装論が浮上 欧州核抑止、求める声も****
11月の米大統領選を前に、ドイツで独自の核武装論が浮上した。ウクライナ戦争でロシアが勢いづく中、米国で同盟軽視のトランプ政権復活の可能性が浮上し、「米国の『核の傘』に頼れなくなる」という不安が現実味を帯びたためだ。

政府重鎮が爆弾発言
ドイツは北大西洋条約機構(NATO)の核共有の枠組みで、国内に米国の核爆弾を貯蔵している。NATO欧州で独自に核兵器を持つのは英仏2国だけだ。

リントナー独財務相は2月、「トランプ前大統領再選」を視野に、英仏と核協力を結ぶ選択肢に触れた。
独紙フランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、「英仏が戦略能力をわれわれの集団安全保障に用いる場合、どういう政治、経済条件を付けるだろう。われわれは、どこまで貢献できるか。欧州平和がかかっており、困難な問題を避けるべきではない」と主張。間接的表現ながらドイツ核武装の可能性に踏み込んだ。リントナー氏は、ショルツ政権の第3与党「自由民主党(FDP)」党首でもある。

ショルツ首相の与党、社会民主党(SPD)の重鎮カタリーナ・バーリー欧州議員も、欧州連合(EU)としての核武装を考慮すべきだとの立場を示した。トランプ政権が復活すれば「米国は頼れなくなる」と警鐘を鳴らした。

ショルツ氏は「現状では重要な話ではない」と核論議に距離を置く。だが、核抑止力への不安はウクライナ支援に表れている。

ウクライナのゼレンスキー大統領は4月、ショルツ氏が「ドイツが核武装していない」ことを理由に長射程ミサイル供与を拒んだと明かした。ウクライナは英仏から長射程ミサイルの提供を受け、ロシアが併合したクリミア半島で露軍施設を攻撃している。核兵器を持たないドイツは英仏と異なり、ロシアの報復に強い懸念を抱いているということだ。

ドイツの核論議は4年前、1期目のトランプ政権時代にも浮上した。米欧同盟に亀裂が入り、フランスのマクロン大統領が「我が国の核兵器を欧州の集団安保に役立てる用意がある」と述べ、協議を呼び掛けたのがきっかけだった。当時のメルケル独政権は結局、応じなかった。背景には、米国のドイツ離れを招くという懸念があった。

「米国から1000発買うべき」
今回はウクライナ戦争で、欧州安保の自助努力は待ったなしの課題となった。トランプ氏が2月、同盟国が十分な防衛負担をしなければ「ロシアに『好きにやれ』とけしかける」と発言したことで、核論議に火が付いた。バイデン大統領が再選されても、米国は中国対策でアジア重視に傾き、「欧州離れ」は止まらないとの見方も強い。

ドイツの著名な政治学者、マキシミリアン・テルハレ氏は独紙ウェルトで、ドイツの核武装を主張し、英仏独3国で核抑止体制を作るべきだと訴えた。英仏の核弾頭は合わせて550個で「ロシアに対抗できない」と現状を評価。「米国から核弾頭を1000発買えばよい」とも述べた。

ドイツの東隣ポーランドでは、ドゥダ大統領が米国の核配備受け入れに意欲を示した。「NATO東翼の強化になる」と訴え、核共有国になりたいと名乗りをあげた。一方でマクロン氏は、再び欧州諸国に核兵器をめぐる協議を呼び掛けた。トランプ再選のシナリオを視野に、各国が動き出している。

NATOの核共有で、欧州で米国の核爆弾配備を受け入れているのは現在、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコの5カ国。

1970年代、ドイツ(当時は西独)では核配備への抗議運動が広がり、東西冷戦後も核廃絶を求める声は強かった。核武装が中央政界で真剣に論じられるようになったことは、安全保障観が様変わりしたことを示している。【5月1日 産経】
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【対中国でも安全保障面を重視するも、自動車など経済の中国依存から抜け出すのは困難】
安全保障面の重視ということでは、中国との関係にも及んでいます。ただ、中国からミサイルが飛んでくるような状況はドイツ・欧州では考えられませんので、対象は企業買収や通信機器など。

****ドイツ、中国との大型企業契約を阻止 安全保障の観点から****
ドイツ政府がフォルクスワーゲン(VW)子会社の中国への売却に待ったをかけた。安全保障の観点からの措置だが、既に緊迫化している対中関係にとっての新たな打撃となる。

中国はドイツの最大の貿易相手国。
VW傘下のMANエナジー・ソリューションズは昨年6月、ガスタービン事業を中国国営のガスタービン企業に売却する計画を発表した。しかし同年9月に始まった政府の審査により、中国がガスタービンを軍艦の動力に利用する可能性があるとの懸念が浮上していた。ロイター通信が報じた。

売却差し止めの数週間前には、欧州連合(EU)が中国から輸入される電気自動車(EV)への関税を引き上げる意向を発表。中国政府はその数日後、EUの主要輸出品である豚肉のダンピング(不当廉売)に関する調査を開始した。

ドイツのハーベック経済相は3日の記者会見で、政府として外国企業からの投資は歓迎するとしながらも、「公共の安全」に関わる技術は保護の対象であり、「常に友好な関係を結んでいるとは限らない」国々から守る必要があると指摘した。 同じ会見で、フェーザー内相も「安全保障上の理由から」政府の決定を歓迎すると述べた。

ドイツ政府によるとドイツ・中国間の昨年の貿易額は2550億ユーロ(現在のレートで約44兆円)に上った。ただ両国政府の関係は近年緊張下にある。ドイツが自国の製造業保護に動き、対中依存の低減を図っていることが背景とみられる。

中国外務省の報道官は4日、「通常のビジネス提携」の「政治化」だとして今回のドイツの措置に反発。「ドイツが公正で差別のないビジネス環境を提供してくれるのを期待する。中国企業を含む世界中の企業に対して」と述べた。

MANエナジー・ソリューションズはドイツ政府の決定を尊重すると発表。CNNへの声明で、向こう数カ月の間にガスタービン部門の操業停止に向けた手続きを開始すると明らかにした。【7月5日 CNN】
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****独政府と通信各社、5Gからの中国製部品排除で原則合意=報道****
ドイツ政府と通信事業各社が中国製部品を国内の第5世代(5G)移動通信システムから今後5年間で段階的に排除する措置で原則合意した。南ドイツ新聞、北ドイツ放送協会(NDR)、西ドイツ放送協会(WDR)が10日報じた。

報道によると、今回の合意により、通信大手ドイツテレコム、ボーダフォン、テレフォニカドイツは、重要な部品の交換により多くの時間を割くことが可能になるという。

安全保障上の懸念を背景とする今回の合意の下、通信大手はまず中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)などが製造した部品などを2026年までに5Gデータセンターのコアネットワークから排除する。

次の段階では29年までにアンテナ、送電線、通信塔などから中国製部品をほぼ排除するという。排除時期はいずれも当初想定から後ずれした。

ドイツ内務省はロイターに対し、政府と通信事業各社との協議は継続中と述べた。【7月11日 ロイター】
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ただ、ドイツにとって対中国の最大課題は経済全体の中国依存の現状。エネルギーのロシア依存への反省からも中国依存度を逓減させようとの考えはあるようですが、現実問題としては基幹産業である自動車産業がどっぷり中国依存にはまっており、抜け出すの容易ではありません。

現在問題になっているEUの中国製EVへの関税引き上げについても、ドイツ自動車業界は中国の報復を恐れて反対の立場です。

****中国製EVへの関税取り下げを、ドイツ自動車工業会がEUに要請****
ドイツ自動車工業会(VDA)は3日、欧州連合(EU)欧州委員会に対し、中国製電気自動車(EV)に関税を課す方針を取り下げるよう要請した。

関税は中国から輸出する欧米自動車メーカーに影響を及ぼし、中国による報復関税のリスクは中国への輸出量が大きいドイツの国内産業に大きな打撃を与えると指摘した。

昨年のドイツから中国への乗用車輸出額は中国からの輸入額の3倍以上で、部品サプライヤーによる輸出額は輸入額の4倍だったという。

「反補助金関税は長期的に欧州の競争力と強靭性を高めるための適切な手段ではない」と訴えた。【7月3日 ロイター】
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政府としても、こうした業界の声を無視できません。

****ドイツ経済相、関税競争は「誤り」 中国製EVへの措置受け****
ドイツのハーベック経済・気候保護相は、関税は経済と消費者に有害と批判した。欧州委員会は先週、欧州自動車業界が強く反対する中で、中国製電気自動車(EV)に対する最大37.9%の関税導入を発表した。

ハーベック氏は、メルセデス・ベンツ本社のバッテリー開発センター開所式で講演し、「関税により経済圏を再び保護・遮断することを競うのは誤り」と指摘。「ドイツのような輸出国、自動車輸出国にとっても最終的には消費者や国民にとっても誤りとなる。何もかもがより高価になる」と述べた。【7月9日 ロイター】
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ハンガリーがEU議長国に ロシア寄りオルバン首相の独断外交、ウクライナ・ロシア・中国訪問

2024-07-08 23:22:07 | 欧州情勢

(“EU議長国”ハンガリーのオルバン首相(左)とプーチン大統領【7月5日 テレ朝news】)

【EU内の“異端児”ハンガリーがEU議長国に】
常々取り上げているように、EU内にあって、ポーランドとハンガリーはいわゆる西欧的価値観とは異なる価値観を前面に出し、言論の自由への弾圧や司法への介入、移民受入れ・性的少数者の権利の問題での消極姿勢など、EUの方針に反対する“異端児”的な存在となっています。

“オルバーン首相が「民主主義は必ずしもリベラルであるわけではない」と持論を述べた2014年の「非民主主義」演説は、欧州ではよく知られており悪名高い。”【2022年11月21日 石川雄介氏 東洋経済オンライン「ポーランドとハンガリーの反発に映るEUの揺らぎ」】と非自由主義的あるいは権威主義的姿勢を見せています。

対ロシア強硬論のポーランドと異なり、ハンガリー・オルバン首相はウクライナ支援でも消極的でロシア寄り姿勢を隠さず、最近その独自性と言うか“異端児”ぶりが目につきます。

****欧州議会で新勢力結成意向 ハンガリー首相****
ロシア寄りとされるハンガリーのオルバン首相は30日、訪問先のオーストリアの首都ウィーンで、オーストリアの右派自由党などと共に、欧州連合(EU)欧州議会で新しい勢力を結成する意向を表明した。ハンガリーメディアなどが報じた。

AP通信によると、実際に勢力を結成するには、さらなる参加者が必要だという。オルバン氏は、欧州人が求めるのは「平和と秩序と発展」だが、現状は「戦争と移民と不況」という問題に直面していると主張した。

7月1日から半年間、EUの議長国を務めるハンガリーは、ロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援に消極的な姿勢を取る。【6月30日 共同】
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上記記事にあるように、ハンガリーが7月1日から半年間、輪番制でEUの議長国を務めるということで、EU内には警戒感があります。

****ロシア寄りのハンガリーがEU議長国に…政策議論で主導的役割、欧州議会は信頼性を疑問視****
ロシア寄りの立場を鮮明にしているビクトル・オルバン首相が君臨する東欧ハンガリーが1日、欧州連合(EU)の議長国になった。12月末までの任期中、議題設定などEUの政策に関する議論で主導的な役割を担う。

ロシアに侵略されるウクライナへの軍事支援に反対するなどEUを振り回してきた「異端児」の采配に警戒感が広がっている。

「プーチン大統領の腹心」と呼ばれるオルバン氏が率いるハンガリーの右派政権は、これまで以上にEUの活動にブレーキをかける――。ドイツのニュース専門テレビNTVは欧州議会議員の懸念を紹介しながら、「オルバン政権は半年間、EUを揺るがしかねない」と伝えた。

ハンガリーが半年交代の輪番議長国をベルギーから引き継ぐのは、EUの主要機関のうち、閣僚級のEU理事会で、立法権を持つ。経済など分野別に開かれる理事会で、ハンガリーの各担当大臣が法案や予算の採択、政策を巡る協議を取り仕切る。

欧州議会は昨年、「ハンガリーが(議長国の)任務を信頼できる形で果たすことができるのか疑問だ」との決議を採択した。

オルバン氏は6月のインタビューで、EU内で主流派の中道勢力について「我々が考える欧州はこれらの政党が合意しているものとはまったく異なる」と述べ、対抗心をあらわにした。ウクライナへの軍事支援方針を曲げない「戦争推進連合だ」とこき下ろした。

14年間政権を握り続けるオルバン氏にとって議長国は13年ぶりだ。懇意のトランプ前米大統領を意識してか、議長国としてのスローガンには「欧州を再び偉大に」を選んだ。

優先事項には、経済的な競争力向上や欧州防衛の強化、不法移民対策など自国が重視する議題を掲げた。EU拡大では「一貫性」を主張し交渉が始まったばかりのウクライナを特別扱いしないとくぎを刺した。

ハンガリーの独断専行による弊害を懸念する声は根強いが、影響は限定的との見方もある。例えば、外交分野は、EUの外交安全保障上級代表(EU外相)が会合の議長を務めている。

ドイツ国際安全保障研究所のカイオラフ・ラング・シニアフェローは「ウクライナや移民など核心の問題は立場を譲らないだろうが、オルバン政権の関心はスキャンダルを起こすことではなく、議長職をこなせると示すことにある」と分析する。【7月1日 読売】
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【オルバン首相の精力的な外交 ウクライナ、ロシア、そして中国訪問 ロ中は称賛も、EU内では批判】
“影響は限定的との見方もある”“オルバン政権の関心はスキャンダルを起こすことではなく、議長職をこなせると示すことにある”とのことですが、オルバン首相は議長国就任と同時に“確信犯的に”ロシア寄りの独自外交活動を活発化させており、“オルバン首相の言動がEUの姿勢との誤ったイメージを与える”と反発するEU指導部の軋轢が強まっています。

先ずはウクライナ訪問し、ゼレンスキー大統領に「一時停戦」を呼びかけています。

****ハンガリー首相 ウクライナ訪問「一時停戦を」****
ロシア寄りとされるハンガリーのオルバン首相がウクライナを訪問しました。ゼレンスキー大統領と会談し、一時的な停戦を検討するよう呼び掛けました。

2日、ハンガリーのオルバン首相はロシアの軍事侵攻後、初めてウクライナを訪問しました。

ゼレンスキー大統領と会談後の会見では、先月に開かれたウクライナ主導の「平和サミット」を評価する一方、「期限付きの停戦は和平交渉を加速させるチャンスになる」とし、停戦の検討を求めました。

ロシア軍のウクライナ全領内からの撤退が和平交渉の条件だとしているゼレンスキー大統領は「公正な平和が重要」だと述べました。

ハンガリーは今月から半年間、EU(ヨーロッパ連合)の議長国を務めますが、オルバン首相はウクライナへの軍事支援や対ロシア制裁に反対しています。【7月3日 テレ朝news】
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ロシアによる占領という現状を容認することにつながるオルバン首相提案に対し、ウクライナはロシアの占領を容認する形での交渉を拒否しています。

オルバン首相はウクライナ訪問後、今度は5日、ロシアへ。オルバン首相はロシア訪問を他のEU諸国に事前に知らせていませんでした。

****EU議長国のハンガリー首相が独断で訪露 ウクライナ支援の先行き懸念*****
ハンガリーのオルバン首相は5日、ロシアの首都モスクワを訪問し、プーチン大統領とロシアの侵略が続くウクライナ情勢を協議した。

ハンガリーは今月、欧州連合(EU)議長国に就任したが、欧州メディアによると、オルバン氏の訪露はEU諸国の同意なしで行われた。以前から親露的な姿勢が問題視されてきたオルバン氏の独断専行は、EUのウクライナ支援の足並みを乱れさせる可能性がある。

会談冒頭でプーチン氏は「ウクライナ情勢であなたや欧州諸国の立場を聞きたい」と指摘。オルバン氏は「ハンガリーはロシア、ウクライナ両国と対話できる唯一の国になるだろう」と述べた。

訪露に先立ち、オルバン氏は2日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)でゼレンスキー大統領と会談。停戦して和平交渉を開始すべきだと提案したが、ゼレンスキー氏はロシアが停戦合意を順守する保証はないとして提案は受け入れられないとする立場を示した。

ウクライナ侵略でオルバン氏は早期停戦を訴え、EUのウクライナ支援案に拒否権を発動するなど親露的姿勢が目立ってきた。

石油や天然ガスの供給で対露依存度が高いハンガリーのEU議長国就任には当初から、EUの結束に悪影響が出るとの懸念が出ていた。

オルバン氏の訪露に関し、EUのミシェル大統領は「議長国にはEUを代表してロシアと交渉する権限はない」と批判した。【7月5日 産経】
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****ハンガリー首相の訪露、EU首脳陣から非難相次ぐ 露は「愚か者たちのヒステリー」****
欧州連合(EU)議長国を務めるハンガリーのオルバン首相が5日にロシアを訪問し、ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領と会談したことに対し、EU首脳陣からは、対露圧力の強化によりロシアの侵略を止めようとするEUの基本方針に反するなどと非難する声が上がった。

EUの外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は5日、「ウクライナ侵略におけるEUの立場は、EUとロシアの公式接触を排除するというものだ。EU議長国にEUの外交代表権は含まれない」とする声明を発表。オルバン氏の訪露はハンガリーとロシアの二国間関係にのみ基づくものだと指摘した。

EU行政執行機関トップのフォンデアライエン欧州委員長も5日、オルバン氏の訪露について「融和政策ではプーチン氏は止まらない。団結と決意だけがウクライナに永続的な平和への道を切り開く」とX(旧ツイッター)に投稿した。

このほか、EUのミシェル大統領やEU諸国、ウクライナ外務省などもオルバン氏の訪露を非難する声明を出した。

一方、ロシアのメドベージェフ国家安全保障会議副議長は5日、「オルバン氏の訪露に関する欧州の愚か者たちのヒステリーは、欧州とその主人である米国が平和ではなく戦争を欲していることを改めて明確にした」とXで主張した。【7月6日 産経】
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こうした批判にオルバン首相はXでこれまでのEU姿勢を「和平への道筋をつけることに何の成果ももたらさなかった」と批判し、今回のプーチン首相との会談について「私の目標は直接やりとりするチャンネルを開き、和平への最短の道筋について対話を始めることだった。ミッションは達成された」と正当化しています。

一方、ロシア・プーチン大統領はオルバン首相との共同会見で「ロシアは政治的、外交的な解決の協議に常に前向きだ」と「平和的」な姿勢を強調する一方で、頑なに戦争を続けるウクライナを批判。自らのプロパガンダにオルバン首相を利用した形ともなっています。

オルバン首相の“EU議長国外交”はこれで終わらず、更に中国へ。

****ハンガリー首相、今度は中国訪問 自称「平和使節」*****
ハンガリーのオルバン・ビクトル首相は8日、中国・北京に到着したと明かした。ハンガリーは今年後半の欧州連合議長国。オルバン氏は今月に入りロシアやウクライナを予告なしに立て続けに訪問しており、今回は「平和使節3.0」だとしている。

オルバン氏がX(旧ツイッター)に投稿した写真には、空港で中国外務省の華春瑩報道官に出迎えられる様子が映っている。9日に開幕する北大西洋条約機構首脳会議を控えての歴訪となった。

中国外務省は、オルバン氏は8日に習近平国家主席と会談し、「相互の関心事項について掘り下げた対話」を行う予定としている。

オルバン氏は中国、ロシア両国と親密な関係にあり、他のEU加盟国と異なり、ウクライナに兵器を供与していない。

中国もウクライナ侵攻には中立な立場を取ると表明。ロシア、ウクライナいずれに対しても殺傷能力のある兵器を提供しないとしている。 【7月8日 AFP】
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中国側には、EU議長国ハンガリーとの関係を強化し、対立する米欧の結束にくさびを打ち込む狙いがあるとされています。

****習近平氏、サプライズ訪中のハンガリー首相と会談 「オルバン氏の努力を称賛」****
ハンガリーのオルバン首相は8日、北京を訪問して釣魚台迎賓館で習近平国家主席と会談した。ハンガリーは今月から欧州連合(EU)議長国を務めており、オルバン氏はウクライナ、ロシアに続く訪問となった。

中国国営新華社通信によると、両者はウクライナ情勢について協議し、習氏は「オルバン氏の政治解決を推し進めるための努力を称賛する」と表明した。

訪中は事前発表がないサプライズ訪問となった。オルバン氏は親露的な姿勢が指摘されており、訪中に先立つ訪露はEU諸国の同意なしで行っており、ウクライナ問題を巡り主導権を握る狙いとみられる。中国側としても和平に向けて存在感を発揮し、米欧の結束にくさびを打つ思惑がうかがえる。

習氏は会談で、ウクライナ問題について「一日も早い停戦、政治解決の追求は各方面の利益に合致する」と主張。「国際社会は双方が直接対話と交渉を再開させるため条件を形成し、後押しすべきだ」と訴えた。中国側によると、オルバン氏は自身のウクライナ、ロシアへの訪問について習氏に報告した。

中国は5月、ブラジルとともにウクライナ危機の政治解決をうたう独自案を発表。ウクライナだけでなくロシアの同意も得た国際和平会議の開催を提案した。6月にスイスで開かれたウクライナ提唱の和平案の実現に向けた「世界平和サミット」も欠席。ロシアへの配慮を隠していない。

習氏は会談で「EU議長国として中・欧関係の健全で安定した発展を推し進めるために前向きな役割を果たすことを望む」とオルバン氏に呼び掛けた。習氏は5月にハンガリーを訪問。欧州随一の親中、親露国であるハンガリーとの関係強化を通じてEUの切り崩しを図る構えを見せている。【7月8日 産経】
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ロシアもオルバン首相に謝意を表明しています。

****ロシア、ハンガリー首相に謝意 「紛争当事国の立場を明確化」****
ロシア大統領府のペスコフ報道官は8日、ハンガリーのオルバン首相がロシアとウクライナの紛争についてそれぞれの立場を明確にしたとして謝意を表明した。

オルバン首相は5日、訪問先のロシアでプーチン大統領とウクライナ和平の可能性について協議。ハンガリーは今月から輪番制の欧州連合(EU)議長国を務めており、一部EU首脳はロシアに対する宥和的な態度を非難している。オルバン氏はウクライナと中国も訪問した。

ペスコフ報道官は会見で「オルバン氏は独自の情報源に基づいて、それぞれの立場を比較する真剣な取り組みを進めており、われわれはこうしたオルバン氏の努力に感謝している」と発言。

「関係国の間にはさまざまな意見の相違があるが、少なくともオルバン氏はそうした意見の相違の本質を理解しようと非常に真剣に試みている」と述べた。【7月8日 ロイター】
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ロシア・中国にとってはEU議長国の協力的対応は歓迎すべきものでしょうが、EUとしてはオルバン首相の独断専行に腹立たしい思いでしょう。

ちなみに、ASEANでは昨年、ミャンマーに議長国の順番が回ってきましたが、ミャンマーはこれを辞退しています。

【ハンガリー国内では新勢力台頭】
なお、ハンガリー国内では、オルバン首相の支配に揺らぎも見えています。

****ハンガリー新興野党、人気急上昇 強権的な現政権に対決姿勢****
ハンガリーで、2月に活動開始したばかりの新人政治家ペテル・マジャル氏(43)率いる保守政党「ティサ(尊重と自由)」が支持率を急拡大させている。マジャル氏はソーシャルメディアを舞台に強権的な姿勢で知られるオルバン政権批判を繰り広げ、注目を集めた。9日に投開票される欧州議会選にも候補者を擁立している。

マジャル氏は3月以降、オルバン政権の汚職体質などに抗議する大規模集会を頻繁に開き、欧米メディアで脚光を浴びた。英紙ガーディアンなどによると、5月に第2の都市デブレツェンであった集会には約1万人が集まり、マジャル氏は「ハンガリー人の大多数はプロパガンダや、作られた分断に疲れ切っている」と政権を批判した。オルバン首相の支持率が高い地方都市でも数千人の参加者を集め、野党が開く集会としては異例の盛り上がりだという。

マジャル氏はもともとオルバン首相率いる中道右派与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」の党員で、外交官としてベルギーにある欧州連合(EU)のハンガリー常駐代表部で勤務したほか、国有企業の取締役も務めた。しかし今年2月、「内側から見た腐敗ぶりに失望した」(ロイター通信)として職を辞し政権批判に転じることを表明した。

そのころハンガリーでは、ノバク大統領(当時)が児童への性的虐待事件で有罪判決を受けた男に恩赦を与えたことで市民による批判が高まっていた。これを受けてノバク氏と当時の法相バルガ氏が辞職した。

このバルガ氏はマジャル氏の元妻で、マジャル氏は3月、バルガ氏が離婚前の昨年、在職中に家で話したという政権の腐敗ぶりを明かす内容の会話の録音を公開し、一躍有名になった。

ハンガリーでは与党のフィデスが世論調査で45%と高い支持率を得ているが、メディア統制や親露的な姿勢などを背景に批判も受けている。野党がまとまりを欠く中、マジャル氏が率いるティサは政権に批判的な層の支持を集め、5月の世論調査では25%の支持を得て、早くも「最強野党」となった。

9日にある欧州議会選挙(定数720)では、ハンガリーから21議席が選出される。ティサは12人の候補者を擁立するといい、独紙「南ドイツ新聞」は最大7人が当選すると分析している。次の国政選挙は2026年だが、それまでに地方選挙にも候補者を擁立するという。

ただ、クリーンなイメージを前面に押し出すマジャル氏だが疑問も投げかけられている。ハンガリーの独立系メディアによると、マジャル氏が公開した音声は録音も公開も同意がなかったとしてバルガ氏が非難しているほか、家庭内暴力も取り沙汰されている。【6月8日 毎日】
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欧州議会選挙では、連立与党フィデス/KDNPが前回欧州議会選挙から2議席減らし11議席を獲得したのに対し、ペテル・マジャル氏率いる保守政党「ティサ(尊重と自由)」は7議席獲得しています。

マジャル氏の政治路線、国民支持の動向はこれからの話です。
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イギリス総選挙  与党保守党の記録的大敗、野党労働党の地滑り的圧勝の予測 政権交代必至

2024-06-27 22:55:53 | 欧州情勢

(英二大政党、総選挙へ最後の党首討論 税金やブレグジットなど論点【6月27日 BBC】 リシ・スーナク首相(右)と最大野党・労働党党首のサー・キア・スターマー氏(左))

【選挙結果予測・今後への影響の評価が難しいフランス総選挙】
欧州ではイギリスは7月4日、フランスは6月30日に議会選挙が行われます。

ともに、政権与党が国民支持を失っている状況での血路を切り開くためのサプライズ解散・総選挙であり、スナク英首相、マクロン大統領のそうした思惑にも関わらず、与党が大敗して議会構成が劇的に変化することが予想されている共通点があります。

フランスの方は周知のように極右勢力・国民連合が世論調査で大きくリードしていますので、その流れで展開するとは思いますが、ただ、フランスの場合は1回目の投票で、過半数を得票し、かつ有権者の4分の1以上の票を獲得した候補者がいない場合は1週間後の7月7日に、上位2名及び1回目の投票で有権者の12.5%以上の票を獲得した候補者による決選投票が行われます。

前回の2022年の選挙では1回目の投票で当選した候補者は5人だけで、99%は決選投票で決まっています。【6月10日 NHKより】

そのため、どのような候補者が決選投票に進むのか、また、決選投票に向けて政党間の協力関係がどのようになされるのか、有権者の間で反極右の流れが起きるのか・・・・不確定要素が大きく、最終的な選挙結果を予測するのが極めて困難です。

一応の予測としては“RN(国民連合)は235─265議席を獲得し、現在の88から大きく躍進するものの、過半数の289は下回るとみられる。 一方、マクロン氏の中道連合は125─155議席と、現在の250から半減する可能性がある。左派政党は合わせて115─145議席となる見通し。”【6月11日 ロイター】とも。

さらに言えば、フランスの場合、政治をリードするのは議会・首相より大統領。特に国防・外交は大統領の職務。
そのため、今回選挙結果がストレートに今後の政策運営に反映するというよりは、次回大統領選挙に向けた戦いの性格も。

マクロン大統領としては、できれば今回選挙で反極右の流れをつくって勝利したいという思惑もあるでしょうが、最悪、今回選挙で負けて内政を担当する極右首相が誕生したとしても、その政権運営のミス・ほころびを批判する形で次期大統領選挙で極右ルペン大統領実現を阻止し、自身後継者勝利につなげたい・・・という考えでしょう。そのあたりがマクロン大統領の“賭け”でもあります。

【与党大敗・政権交代必至のイギリス総選挙】
選挙結果予測・今後への影響の評価が難しいフランスは後日に回して、今回は簡単なイギリスの話。
イギリスでは、与党・保守党の記録的大敗、野党労働党の地滑り的圧勝、政権交代がほぼ確実視されています。

****英総選挙、小選挙区制で劇的な政権交代 労働党が「歴史的な地滑り勝利」予想****
英総選挙は下院(定数650)の議員を選出し、原則として5年に1回実施される。1人1区の小選挙区制で、選挙区の数も650。投票年齢と被選挙年齢はともに18歳以上。投票には有権者登録が必要だ。(中略)

保守党と労働党が大半の小選挙区で事実上の一騎打ちとなるため、一方の政党が獲得議席数で圧倒的な差をつけて勝利し、劇的な政権交代につながることも少なくない。

英紙テレグラフの予想(6月27日現在)では、労働党は今回の総選挙で251議席を積み増し、過去最多の453議席を獲得する地滑り的勝利となる見通しだ。

保守党は258議席減の84議席に後退するとしている。また、中道政党の自由民主党が57議席増の68議席獲得で第3党に躍り出るとしている。【6月27日 産経】
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5月段階でも与党・保守党の支持率は低下しており、野党・労働党に大きなリードを許しており、総選挙を行えば政権交代必至と言われる状況でした。

****英総選挙、野党労働党のリードが18ポイントに拡大=支持率調査****
(5月)18日に公表されたオピニウム・リサーチの世論調査によると、年内に実施予定の総選挙で、スナク首相率いる与党・保守党に対する野党・労働党のリードが前回の16ポイントから18ポイントに拡大した。

労働党の予想得票率は43%、保守党は25%だった。

スナク氏と労働党のキア・スターマー党首は、ともに経済を選挙の争点にする傾向を強めており、調査では公共サービス改善や経済運営を含む経済問題全般で労働党が優位であることが浮き彫りとなった。(後略)【5月20日 ロイター】
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【スナク首相の“賭け”】
そうした状況でサプライズ解散に踏み切ったスナク首相の思惑は、これ以上待ってもいい材料は出てこない、それなら不法移民対策や経済安定化の実績が評価されることに一筋の望みを託して・・・というものでした。

****英首相がサプライズ解散…与党支持率18%、移民・経済対策の評価に望み託し「最大の賭け」****
英国で7月4日に総選挙が行われることが決まった。リシ・スナク首相(44)が22日、下院解散の意向を表明した。

与党・保守党の支持率が過去最低水準に低迷する中、不法移民対策や経済安定化の実績が評価されることに一筋の望みを託し、サプライズ解散に踏み切った。

国民生活不安
英下院は定数650で任期5年。前回選は2019年12月に行われており、来年1月までに総選挙を実施する必要があった。コロナ禍やロシアのウクライナ侵略がもたらした急激なインフレ(物価高)を背景に、どのように国民の生活不安を解消するかが争われる。

スナク氏は22日夕、首相官邸から姿を現し、雨に打たれながらカメラの前で声明を読み上げた。英国経済の混乱が収束に向かっているとの認識を示した上で「我々の前進をさらに進めるか、振り出しに戻るリスクを取るか」を国民に問う考えを示した。

スナク氏が実績の一つとして挙げたのがインフレ対策だ。スナク氏が首相に就任した22年10月時点では、物価上昇率が10%を超えていたが、英統計局が22日発表した4月の消費者物価指数は前年同月比2・3%の上昇にとどまった。スナク氏は「私の立てた計画がうまくいっている証拠だ」と強調した。

保守党支持層の関心が高い移民問題でも、4月に不法移民のルワンダ移送を可能にする法律を成立させ、7月の移送開始に向けて準備を進めている。野党・労働党は、大きな効果が期待できないとして移送に反対の立場だ。スナク氏は「労働党は計画もなければ大胆な行動も取れない」と批判した。

30ポイント差広がる
英調査会社ユーガブが今月上旬に実施した世論調査では、保守党の支持率は18%に落ち込み、労働党との差は30ポイントに広がっている。保守党は今月2日の地方選でも大敗を喫した。

スナク氏がこのタイミングで解散を決断したのは、政権交代が現実味を帯びる中で、少しでも保守党に追い風となるニュースがあるうちに選挙に臨みたい思惑がありそうだ。

経済の回復基調がいつまで続くかは分からず、移送計画が始まっても不法移民が減少する保証はない。英紙ザ・タイムズは「解散を遅らせれば、計画がうまくいっていないと労働党が主張するリスクがあった」と解説する。

労働党 意気込む
英国では10年5月から首相5人にまたがる保守党政権が続いており、与党に向ける国民の視線は厳しい。前回選で保守党を圧勝に導いたボリス・ジョンソン元首相は相次ぐ不祥事で求心力を失った。リズ・トラス前首相も経済政策で混乱を招き、1か月余りで辞任を余儀なくされた。

ブレグジットを支持した保守層は、移民の減少や雇用の改善など期待した効果を実感できず、不満を募らせている。保守層の支持離れが進む中、党内では強硬派が影響力を増し、スナク氏と対立した。総選挙前の党首交代を求める動きも表面化し、スナク氏は党内で孤立を深めていた。

厳しい選挙戦が予想される中での解散は「スナク氏にとって人生最大の賭け」(英紙デイリー・テレグラフ)と受け止められている。

労働党は政権奪取に向けて意気込んでいる。10年に退陣したゴードン・ブラウン氏以来となる労働党首相の座を目指すキア・スターマー党首(61)は22日の演説で、「混乱を終わらせよう」と政権交代を呼びかけた。

労働党は、スナク氏の経済政策を批判する一方、ウクライナ支援やパレスチナ問題では政府の立場と大きな相違はなく、外交・安全保障政策は主要な争点にはならないとみられている。【5月24日 読売】
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【スナク首相の足を引っ張る極右ポピュリスト・ファラージ氏と与党スキャンダル 首相自身の落選可能性も】
スナク首相にとって誤算は、ブレグジットの旗振り役でもあった極右ポピュリスト・ファラージ氏に保守票を奪われていることです。

****英総選挙まで2週間 反EU・反移民の右派政党が存在感 与党・保守党の支持層浸食****
7月4日投開票の英総選挙で、英国の欧州連合(EU)離脱「ブレグジット」を先導したナイジェル・ファラージ氏(60)率いる右派政党「リフォームUK」が与党・保守党の一部支持層を取り込んで予想外の存在感を示している。

同氏自身も当選する公算が大きいとされ、最大野党の労働党に大きなリードを許す保守党には大きな頭痛の種となりつつある。

ファラージ氏は1993年、EU創設を決めたマーストリヒト条約の調印に反発して英国独立党(UKIP)を結党し、欧州懐疑主義運動を展開してきた。99年〜2019年、欧州議会選に5期連続で当選。英下院選には7回出馬して全て落選したものの、反EU、反移民のポピュリスト(大衆迎合主義者)として政界に一定の影響力を持つ存在だ。

トランプ前米大統領の友人としても知られるファラージ氏は今月初旬、自身が幹部を務めるリフォームUKの党首に就いて総選挙に出馬すると突如表明した。

最大の出馬理由は、今回の総選挙で惨敗が予想される保守党の支持者のうち、同党の伝統的な穏健保守路線を物足りなく感じる層の取り込みが可能と計算したためとみられている。

ファラージ氏は17日、厳格な移民政策と減税を柱とする党の政権公約を発表。今回の選挙での自党の勝ち目は薄いと認めつつ、「伝統的な保守派有権者」を取り込んで保守党を解体に導くと主張した。また、29年に実施される次期総選挙に勝利して「首相になる」と表明した。

調査会社イプソスの世論調査(18日発表)では、ファラージ氏は出馬した南東部エセックス州の選挙区で52%の支持を集め、労働党の対立候補24%を引き離した。

また、調査会社ユーガブによれば「今日が投票日ならリフォームUKに投票する」との回答は、13日時点で19%と保守党18%を上回った。労働党は37%。ユーガブはリフォームUKが5議席を獲得すると予想する。

一方で別のユーガブの調査では、将来の「ファラージ首相」が「偉大な首相になる」との回答は9%にとどまり、「非常に悪い首相になる」は43%に上るなど、同氏が多くの有権者から嫌われている実情も判明した。

政権公約に関しては、一部の例外を除く移民受け入れの凍結や、フランスから小型ボートで来る不法移民を洋上で追い返すと主張。減税では個人と企業の大型減税を掲げつつ財源が明示されておらず、「非現実的」との指摘が出ている。【6月20日 産経】
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更に与党内部からスキャンダルが。

****英保守党また打撃 賭け疑惑で候補公認取り消し 首相警護官も逮捕****
英国のスナク首相(保守党)の側近らが7月4日の総選挙日程を事前に知りながら選挙日を予想する賭けをしていた問題で、保守党は6月25日、疑惑のある2人の候補者の公認を取り消した。疑惑は拡大して逮捕者まで出ており、投開票まで1週間となる中、支持率が低迷する保守党にさらなる打撃となっている。

英メディアによると、公認を取り消されたのはスナク氏の議会担当秘書官だったクレイグ・ウィリアムズ氏ら2人。スナク氏が5月22日に「7月の選挙実施」を発表する数日前、ウィリアムズ氏は「選挙は7月」との予想に100ポンド(約2万円)を賭けた。

当時、選挙は秋ごろとの見方が一般的だった。仮に内部情報を使って利益を得ようとした場合、刑事罰の対象となるため、政府の賭博規制当局が調査に乗り出した。

保守党関係者ではこの2人を含め、数人に対して当局が調査中という。このほか、スナク氏の警護担当だった警察官1人が同様の賭けをした疑いで警察に逮捕された。

英国ではスポーツや政治の結果を予想する賭けが合法化されている。BBC放送によると、人口約6700万人の英国で、約2250万人が月に1回は賭けをしているという。【6月26日 毎日】
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結果、“現職首相としては「史上初」(英紙デーリー・テレグラフ)となるスナク首相の落選の可能性も報じられている。”【6月21日 毎日】という厳しい状況です。

【争点とはなっていないEU復帰 労働党は現状受入れ】
8年前に大騒ぎして決めたEU離脱については、移民抑制にもつながらず、イギリス経済の重しになっている現実があり、国民の間にも「復帰した方が・・・」という声があります。

****イギリス人の過半数が「EU復帰」を望んでいる。最新調査で明らかに****
イギリス国民が、投票でEUからの離脱(ブレグジット)を決めてから8年。

新しい世論調査で、有権者の過半数が、次期政権に対してEU復帰を望んでいるという結果が示された。データ分析会社テクネが実施した調査で、EU復帰に賛成すると回答した人は43%で、非加盟を続けるを選んだ40%を上回った。

さらに、「わからない」と回答した18%を除くと、52%がEU復帰を支持し、48%が反対だった。

2016年の国民投票ではEU離脱派が52%で、とどまることを選んだのは48%だった。今回の調査はこの結果が完全に逆転した結果となった。

復帰を支持した人の内訳は、前回選挙で労働党に投票した人が79%で、自由民主党は62%、保守党は25%だった。
 イギリスでは、7月4日に総選挙が行われる。選挙でブレグジットはほとんど争点になっていないものの、今回の世論結果から、再加盟を望む人が多くいることが見て取れる。(後略)【6月24日 HUFFPOST】
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しかし、“選挙でブレグジットはほとんど争点になっていない”
政権復帰が予想される労働党はブレクジット(英のEU離脱)を既成事実として受け入れている立場で、EU復帰は掲げていません。

****右傾化するヨーロッパと左傾化するイギリス****
<ヨーロッパで極右が躍進するなかイギリスで左派政党が順調なのは、移民問題や反EUなどでイギリスの主要政党が大衆の懸念を足蹴にせずきちんと向き合ってきたから>

6月上旬に行われた欧州議会選挙の結果に、不可解な疑問が湧いた。ひょっとしてキア・スターマー党首率いるイギリスの労働党は、「極右」だったっけ?と。

なぜならフランスでもドイツでも、イタリア、オランダ、その他の国々でも、「ポピュリスト」や「ナショナリスト」、さらには「過激派」と呼ばれる政党が、主に2つの争点を掲げて欧州議会選で健闘したからだ。その2つとは、EU懐疑主義と増加する移民に対する懸念である。 

伝統的にイギリスの「左派政党」と見られてきた労働党は、これらの争点について攻撃的あるいは極端な主張を唱えているわけではないが、7月4日に行われる英総選挙に向けた彼らの立場は明白だ。イギリスのEU復帰を訴えてはいないし、将来的な復帰を掲げてもいない。

つまりブレクジット(英EU離脱)を既成事実として受け入れているということだ。 

移民についてはあらゆる層を歓迎するとも、より多くの移民を受け入れるべきだとも提唱していない。それどころか、保守党政権は移民の受け入れ抑制に失敗したとの批判を展開している。つまり労働党ならもっとうまく移民を抑制できるという言い分であり、両者のイデオロギーに大きな隔たりがあるわけではない。 

欧州の怒れる大衆は過激な政党頼み 今度のイギリスの総選挙は、右派である保守党が敗北すると予想され、限りなく「出来レース」に近いものになるはずだ。

ヨーロッパの多くが右傾化しているが、イギリスは左傾化しているように見えるかもしれない。 しかしイギリスが他と異なるのは、主要な政党が、有権者のEU嫌いや移民への懸念をきちんと受け止めている点だ。

一方、欧州大陸の多くの国では、EUを敵視し、移民の無制限な受け入れは望ましくないと考える有権者たちは、「ドイツのための選択肢(AfD)」や「イタリアの同胞」など多かれ少なかれ過激主義に染まっている政党にしか、政治的なよりどころを見いだすことができない。(後略)【6月26日 Newsweek】
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有権者のEU嫌いや移民への懸念を″きちんと受け止めている”と見るか、“迎合している”と見るかは立場によります。
また、“有権者のEU嫌い”も前出記事のように単純ではありません。
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