孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロシア石油精製施設へのウクライナのドローン攻撃で露呈するウクライナとアメリカの立場の違い

2024-03-23 23:46:45 | 欧州情勢

(米国はウクライナに対し、無人機(ドローン)によるロシアのエネルギーインフラへの攻撃を中止するよう促した。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が22日、関係筋の話として伝えた。写真は無人機攻撃を受けたロシア・リャザン州の製油所。【3月22日 ロイター】)

【ロシア産原油の上限価格設定 ロシアに大きな減収をもたらしている・・・とアメリカは評価】
ウクライナに侵攻したロシアへの欧米による制裁が行われていますが、ロシアの2023年のGDP成長率は前年比3.6%増(2022年は1.2%減)ということで、制裁が効果をあげておらず、ロシア経済が持ち直しているのではないか・・・との指摘もあります。

ロシアに対する最大の制裁である石油取引についてみると、EUはロシア産石油製品の全面禁輸を2023年2月5日に発効しました。しかし、それだけでは制裁に参加していない国に振り向けられるだけということにもなり、あまり効果的ではありません。

****ロシア石油製品、EUの禁輸措置発効後は主にアジアに振り向け*****
EU(欧州連合)によるロシア産石油製品の全面禁輸が2月5日に発効したが、ロシア産燃料油や減圧軽油(VGO)の大部分はすでに主にアジアに振り向けられていることが分かった。業界筋やリフィニティブのデータで明らかになった。

1月には、ロシア産石油製品のEU向け輸出は5%以下となっていた。ある業界筋は「言うまでもないが、残りの部分を他の目的地に仕向けるのは簡単だ」と指摘した。

EUは6カ月前からロシア産燃料油輸入の一部制限を開始し、5日からは全面禁止となった。主要7カ国(G7)もロシア産石油製品の価格に上限を課している。

このため、余剰分をアジアや中東に迂回させるなどするケースが増加しているという。
リフィニティブのデータによると、昨年はロシア産燃料油・VGOの大部分がシンガポール、マレーシア、中国、アラブ首長国連邦、トルコ、セネガル、韓国へ振り向けられた。【2023年2月7日 ロイター】
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そこで、制裁に参加していない国との取引についても価格を抑制することでロシアの収入を減らし、結果的にロシアの戦争遂行能力を削いでいこうというのがG7が導入したロシア産原油に価格上限を設ける経済制裁です。

ロシア産原油の上限を超える取引については、海運・保険サービスを提供しないようにする措置ですが、巨額な船舶の損害賠償にも対応できる船主責任保険について、世界の市場シェアをほとんど握っているのが欧米諸国の会社であるというところがミソです。

これによって、制裁に参加せずロシアと石油取引を行う国も、その上限価格範囲内でないと海運・保険サービスが利用できないので、結果的にロシア産原油の取引価格は上限で抑えられる・・・輸入国にとっても安い方がいいので、ロシア産原油を買い叩くインセンティブになる・・・という方法。

しかも、ロシアをあまり追い込みすぎると、ロシアは減産して価格高騰を狙いかねない・・・というように世界の原油市場が混乱するので、そこまではロシアを追い込まないあたりの上限価格に調整するという賢い方法です。

その価格が1バレル=60ドル。

****G7サミットに合わせ米財務省がロシア産原油輸出価格上限設定の効果に関する報告書を発表****
米財務省は、「ロシア産原油輸出価格上限設定」の効果をポジティブに評価

米国財務省は5月18日に、G7広島サミットの開催に合わせて先進国が導入した対ロシア制裁措置、「ロシア産原油輸出価格上限設定」に関する報告書(The Price Cap on Russian Oil: A Progress Report)を発表した。同措置は、ちょうど1年前のG7サミットで議論が始まり、半年前の昨年12月に導入されたものだ。

G7、欧州連合(EU)、オーストラリアなどは昨年12月に、海上輸送されるロシア産ウラル原油に上限価格を設定する制裁措置を導入した。その際、ロシア産ウラル原油の上限価格は、1バレル60ドルに設定された。さらに今年2月には、ガソリンなどの石油製品にも同様に1バレル45ドルの上限価格が設定された。この措置を受けて、ロシア産原油価格は大きく下落したのである。

先進各国は、今まで講じられてきた対ロシア経済制裁措置が、ロシアの戦争継続能力を低下させることに十分な効果を発揮していないことに不満を抱いている。迂回貿易などを通じて、制裁の効果が減じられているからだ。

他方、このロシア産原油輸出価格上限設定については、ロシア産原油価格の下落を通じて、ロシアの財政収入を大きく減らすなど、期待された効果が発揮されていると言える。自画自賛的な側面があることは否めないが、同報告書はロシア産原油輸出価格上限設定の効果について、非常にポジティブな評価をしている。

ロシア産ウラル原油の価格は国際基準となるブレント原油よりも3割安に
ウクライナ侵攻後、2022年春に世界の原油スポット価格は1バレル当たり140ドル超にまで上昇した。そのもとでロシアは、原油の輸出で1バレル当たり100ドル以上の法外な利益を上げていた。

しかしその後、世界経済の減速懸念などから原油価格が全体に低下し、さらに輸出価格上限措置が出されたことを受けて、ロシア産ウラル原油の価格は大きく下落した。国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、輸出価格上限措置以降、ロシア産ウラル原油の平均価格は月間ベースで1バレル当たり60ドルを下回っている。

ウクライナ侵攻前には、ロシア産ウラル原油の価格は、国際基準となるブレント原油の価格よりもわずか1バレル当たり数ドル低い水準だった。ところがこの数週間は、1バレル当たり25~35ドルも低い水準となっている。輸出価格上限措置によって、輸入国側が値引き販売をロシア側に要求していることの影響が大きい。ロシア財務省によると、ウラル原油の4月の平均価格は1バレル約59ドルと、北海ブレントに比べて3割安い。

ロシア政府の歳入に占める石油収入の割合は23%まで低下
原油価格が大きく下落する中、それによる収入減を補うために、ロシアは原油輸出量を拡大させている。IEAによれば、ロシアの4月の原油と石油製品の輸出量は、ウクライナ侵攻後で最も多い日量830万バレルを記録した。欧州向け輸出は大きく減少する一方で、中国やインドへの輸出量が増えている。

しかし、数量の増加で価格の下落を補うことはできていない。そのため、ロシアが原油輸出から得る収入は大きく減っているのである。

これは、ロシア経済とロシアの財政に大きな打撃を与えている。報告書によると、ウクライナ侵攻前に、ロシア政府の歳入に占める石油収入の割合は30〜35%であったが、今年は23%まで下がっている。

先進国は、ロシアの原油輸出量をさらに減少させるような追加制裁措置を打ち出せば、需給ひっ迫から世界の原油価格は高騰し、先進国やその他の国の経済に大きな打撃を与えることを警戒していた。

そこで、ロシア産ウラル原油の輸出価格を低下させる一方、ロシアの原油輸出量は減らさずに、世界的な原油価格高騰を避け、ロシア経済、財政に打撃を与えてロシアの戦争継続能力を削ぐという離れ技に先進国は取り組んだのである。

そこで考え出されたのが、ロシア産ウラル原油価格の上限設定措置であり、当初期待された効果を上げていると言えるだろう。それによって、昨年末以降のロシアの財政環境はにわかに厳しさを増しているのである。(後略)【2023年5月23日 木内登英氏 NRI】
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****G7のロシア産原油価格上限は引き続き効果発揮=米財務省高官*****
米財務省のバンノストランド次官補代理(経済政策)は3日、ロシア産原油の輸出価格に上限を設けた主要7カ国(G7)の取り組みについて、ロシアの収入を圧迫するとともにエネルギー市場の安定化に効果を発揮し続けているとの見方を示した。

バンノストランド氏は「われわれのアプローチはロシアの最も重要な収入源の中核部分に打撃を与えている。戦争前の時点でロシアの石油収入は国家総予算の約33%を占めていたが、今年になって25%まで低下した」と述べた。

G7と欧州連合(EU)、オーストラリアは、ウクライナに侵攻したロシアに対する制裁の一環として海上輸送されるロシア産原油に1バレル=60ドルの上限を設け、西側企業に対してこの価格を超える取引に輸送や金融、保険といったサービスを提供するのを禁じている。

バンノストランド氏は、ロシアのデータを挙げて同国政府の今年前半の石油収入は前年比で50%近く減少しており、販売価格は北海ブレントを大幅に下回っていると指摘し、報告されているウラル原油の販売価格は最近上昇してきたものの、今のところ平均で上限の60ドル近辺で推移していると説明した。【2023年8月4日 ロイター】
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ただ、石油取引がなくなった訳ではないので、ロシアの2023年の原油輸出による収入額は1120億ドルと推測もされています。約16~17兆円。巨額です。
しかし、上限設定がなされていなかったら、これが1500億ドルほどにもなっただろうと。つまり約25%、6兆円弱の減収となっているということです。

この規制をかいくぐるような「制裁のがれ」、そこへの欧米側の対応といった話もありますが、それは別にして、欧米としてはこの上限価格措置を評価しています。

【ウクライナは「1バレル30=ドル」を要求 アメリカは応じないだろうとロシアの見立て】
しかし、上記のようにロシアに巨額の収入をもたらし続けていることも事実です。
欧米としては、これ以上やるとロシアは石油を減産して国際価格が暴騰することにもなるので、このあたりで・・・という話ですが、ロシアの攻撃に曝されているウクライナからすれば「生ぬるい」ということにもなります。

ウクライナは今の上限価格「1バレル=60ドル」を「1バレル=30ドル」に引き下げるように求めています。
しかし、上記のような理由でアメリカは応じないだろう・・・というのがロシアの余裕の見立て。

*****ロシア産原油の上限価格引き下げ、米国は支持せず=ラブロフ氏****
ロシアのラブロフ外相は21日、西側諸国がロシア産原油に設定した上限価格を1バレル=30ドルに引き下げる案を米国が支持する可能性は低いとの見方を示した。

主要7カ国(G7)などはロシアに対する制裁措置として、2022年に同国産の原油価格の上限を1バレル=60ドルに設定した。

ラブロフ氏は、これを30ドルに引き下げるようウクライナが米国に要請しているもようだが「限度を超えている」とインタビューで述べた。

「米国がウクライナに同調する可能性が低いことは重要だ」とし、そのような上限価格引き下げが現実のものとなれば世界の石油市場と米経済に深刻な影響を与えると主張した。

また石油輸出国機構(OPEC)と非加盟の主要な産油国で構成する「OPECプラス」の供給は中国とインドが吸収できると述べた。【3月21日 ロイター】
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欧米(日本も)はウクライナ支援にはやぶさかではないが、石油市場が大混乱に陥り、自国経済がダメージを受けるような事態は避けたい・・・というのが本音。

【ウクライナによるロシア石油精製施設への攻撃でも、ウクライナとアメリカで立場の違い露呈】
同じようなアメリカとウクライナのロシア産石油に関する「立場」の違いは、ウクライナによるロシア石油精製施設への攻撃についても露呈しています。

アメリカがロシアの石油生産・取引を止めないなら、ウクライナとしては自力で・・・

ロシアの石油精製施設への攻撃を強めるウクライナに対し、アメリカは混乱を招くと中止を要請。一方、ウクライナは「自らの能力や資源で戦っている」と反論。

****ロシア石油日量60万バレル停止か ウクライナの無人機攻撃****
米ブルームバーグ通信は18日、石油取引大手グンボルの推定として、ウクライナ軍の無人機攻撃により、日量約60万バレルのロシアの石油精製能力が稼働停止に追い込まれたと報じた。ウクライナは最近、ロシア経済に打撃を与えようと、燃料関連施設への攻撃を強めている。

ロシアのシュリギノフ・エネルギー相は20日、今年の製油量は前年並みを維持すると主張した。各地の製油所での事件を受け、定期修理の日程を調整し安定供給を図ると記者団に述べた。(後略)【3月21日 共同】
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****ロシア石油施設攻撃に中止要請 米、価格高騰・報復の危険警告****
英紙フィナンシャル・タイムズ電子版は22日、ロシア国内の石油施設への攻撃を強めるウクライナに対し、バイデン米政権がエネルギー関連インフラへの攻撃をやめるよう求めたと報じた。原油価格高騰やロシアによる報復を誘発する危険があると警告した。

ガソリン価格の上昇は、米大統領選でバイデン大統領の弱点となり得る。要請はウクライナ国防省情報総局などの高官に伝えられた。米国家安全保障会議の報道担当者は「われわれはロシア国内への攻撃を奨励していない」と述べた。

ウクライナのステファニシナ副首相は22日、「要請は理解できるが、私たちは自らの能力や資源で戦っている」と主張した。【3月23日 共同】
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“ウクライナがロシアのエネルギーインフラへの攻撃を始めた12日以降、石油価格は4%近く上昇している。米国でガソリン価格がさらに上昇すれば再選を目指すバイデン大統領に打撃となる。”【3月22日 ロイター】

ウクライナからすれば「原油価格高騰? はあ? それが何!。 こっちはロシアの爆弾にさらされているんだよ!」といったところでしょうが、車社会アメリカにあって、バイデン大統領にとってはガソリン価格高騰はトランプ云々、民主主義云々など吹き飛ばす再選戦略にとっての致命傷になりかねません。

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イギリス  多様性重視の社会 増加する移民で社会に軋轢も 移民労働に頼る介護 「奴隷労働」実態も

2024-03-17 23:23:24 | 欧州情勢

(【22年10月24日 東京】 女性のトラス前首相(右)の後任にインド系移民2世のスナク氏)

【多様性の社会 英国内の首相職が全て非白人男性】
イギリスは“英国の人口の14%が外国生まれで、ロンドンに至っては人口の35%を占めている”【後出「英国の移民の歴史」】という数字に見られる状況をうけて、多様性が重視される社会でもあります。(“差別がない”という話ではありませんが)

昨年のチャールズ国王の戴冠式でも「多様性」がキーワードにもなりました。

****英国王が戴冠式、70年ぶり 多様性を重視****
英国のチャールズ国王の戴冠式が6日、ロンドンのウェストミンスター寺院で開かれた。各国の首脳や王族らが出席して新時代の幕開けを祝った。女性聖職者やキリスト教以外の宗教代表が進行に携わり、多様性を重視した。(後略)【2023年5月6日 日経】
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更には、インド系のスナク首相の他、下記のようなことにも。

****ウェールズで初の黒人首相就任へ 英トップ、白人男性がゼロに****
英西部ウェールズ自治政府の次期首相に、黒人として初めてボーン・ゲシング氏(50)が就任することが16日決まった。英メディアによると、中央政府のスナク首相はインド系、自治政府の首相はスコットランドがパキスタン系、北アイルランドは女性で、英国内の首相職が全て非白人男性となる。

自治政府の首相就任が決まったことを受け、ゲシング氏は自身が欧州の中でも初めて黒人として政府機関のトップになると語り「私たちは今日、歴史のページをめくる」と力を込めた。

ゲシング氏は父親がウェールズ出身で、母親がザンビア人。1974年にザンビアで生まれ、幼い頃に英国に移り住んだ。【3月17日 共同】
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ちなみに、ロンドン市長のカーン氏も名前からわかるようにパキスタン系イスラム教徒です。

【戦後、英連邦諸国からの移民急増】
イギリスへの移民が増加したのは第2次大戦後で、英連邦諸国に住む人々は自由に英国へ移住し、働くことができたという事情が大きく影響しているとのことです。

****英国の移民の歴史****
2021年01月18日 ロンドンに着いて一番に感じたのが、街行く人の人種の多様性だった。特にホテルのスタッフやスーパーの店員など、日ごろ接する人はいわゆる英国人であることの方が少ない。地下鉄の中で聞こえてくるのも英語以外の会話であることが多い。

調べてみると、英国の人口の14%が外国生まれで、ロンドンに至っては人口の35%を占めているという(日本の総人口に占める外国人の割合は2020年1月現在2.3%)。なぜロンドンがこんなに多様性に富む都市となったのかが気になり、英国の移民の歴史について調べてみた。 

英国への移民の数が増加したのは、第二次世界大戦後のことである。それまでにも、アジアやカリブなど植民地からの移民や、奴隷貿易によるアフリカからの移民、また、産業革命と工業化によって多くの工場労働者の雇用が生まれたことによるヨーロッパ内を含む各地からの英国への移民、難民として英国へ入国してくる人もいたが、英国の人口における英国外出身者は3%未満と、割合としてはさほど大きくはなかった。

第二次世界大戦後、移民の数は急激に増加した。英国の旧植民地である英連邦諸国に住む人には1948年の国籍法によって英国の市民権が与えられたため、英連邦諸国に住む人々は自由に英国へ移住し、働くことができた。

一方英国側では、戦後の復興やNHS(国営医療サービス)の創設、公共交通機関の整備などのため労働力不足を補いたい英国国内の需要が高まっており、それを補う形で、アフリカ、アジア、カリブなどから多くの移民が流入した。

特に、NHS(医師など)や公共交通機関(駅員や運転手など)へは英語が堪能なアフリカ、カリブからの移民が、工場労働へはインドやパキスタンなど南アジアからの移民が従事した。また、アイルランドからの移民や、東欧諸国からの難民が英国へやってくるなど、多様な移民が流入してきた。

その一方で、移民としてやってきた人々は、白人の賃貸住宅や公営住宅を借りることが困難であったほか、賃金の低い英国人に魅力のない労働条件で雇用されることが多く、景気が悪化すると真っ先に解雇された。これらの差別的な扱いもあり、移民と白人の間で社会的な摩擦が生まれていた。

その中で起こったのが1958年のノッティンガム・ノッティングヒル暴動である。この頃、白人の若者が移民を襲撃するという事件がしばしば起こっていた。ノッティンガムでは小さな衝突がきっかけとなり、数千人を巻き込む暴動となった。

ほぼ同時にロンドンのノッティングヒルでも大暴動が起こった。人種差別的な言葉を叫びながら移民の家に石や火炎瓶を投げつけたり、移民を無差別に襲うなどし、それに対して移民たちも反撃した。

この暴動を契機として、移民の数を制限する必要があると判断した政府は、1962年に英連邦移民法を制定した。これにより、英連邦諸国からの移民へ入国審査を課し、労働許可証が無ければ英国内で働くことができなくなった。

その後、1971年の英連邦移民法改正では、英国に自由に入国、定住できる権利について、自身又は親、または祖父母が英国で生まれた場合等に限った血統主義的基準を設け、さらに移民の数を制限した。しかしその後も、アフリカで暮らしていたアジア系難民やシリア難民などが流入していった。

1997年から政権を取った労働党は、経済成長に伴う熟練労働者の必要性と難民の増加に対応する形で、労働のための移民ルートを拡大した。また、2004年に東欧諸国など10か国がEUに加入すると、これらの国から自由に入国し働くことができるようになった。これらの政策によって、移民の数がさらに増加することになった。

EU外からEU内の国へやってきてEU市民権を獲得した人を含め、EU市民であれば本人が選択さえすれば英国内に居住し、働くことができるため、英国政府が移民の数を調整することはできなかった。このことは、ブレグジットを推し進める要因の一つともなった。

ブレグジット後には、EU市民はEU外からの移民と同様のルールが適用されることになり、審査を受けることが必要となる。そのため、ブレグジットの是非を問う国民投票で賛成多数となった2016年以降、ブレグジット後の状況が不透明であったことなどから、EU内からの移民の数は急激に減少している。

不法移民も大きな問題となっている。正確な数字はわかっていないが、40万人から100万人もの不法移民がいるのではないかと言われている。多くは英仏海峡トンネルやスペインからの船に乗ってやってくるが、海峡をモーター付きボートで渡ってくる者もいる。2019年10月には、不法に入国しようとしていたベトナム人39名がトラックの荷台で遺体で見つかるという痛ましい事故も起きている。

ブレグジット後の移民制度は技能などに基づくポイント制となった。対象となる職種での仕事のオファーがあること、英語能力、収入の要件を満たし、その他の要件でポイントを稼ぐ必要がある。また、既に英国内で居住、就労しているEU市民に関しては、定住資格の申請を行えば、職を失っても英国内に住み続けることができる。

英国に入国できる熟練技能者数の上限が無くなるなど基準が緩和される一方で、非熟練労働者の流入を制限するシステムとなっており、介護人材などが不足するのではという懸念も出ている。

英国連邦諸国とEUからの移民という、入国や就労への制限のない移民ルートが存在していたことが特徴的な一方で、必要な労働力を移民の低賃金労働で賄っている現状にも関わらず、そこへ移民へ反対する意見が出てきてしまう状況には日本との共通点を感じた。

ブレグジット後の移民制度についても、これから実際に運用されてわかった課題が指摘され始めるだろう。引続き注視しながら、その他の英国の多様性を取り巻く環境についても調べていきたい。【2021年01月18日 Japan Local Government Centre】
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【増加する移民で軋轢も ガザ情勢で険悪な状況も 首相、危機感表明】
一方で、増加する移民に対する反感も募っています。

近年では、上記記事にもあるように増加する移民への反感がブレグジットの引き金にもなり、また、その後も移民増加は止まず、3月12日ブログ“欧州  伸張する極右・右派ポピュリズム 欧州議会選挙でも台頭予測 EU政策変質の可能性”でも取り上げたように、そうした移民への反感を背景にしたスナク政権の移民・難民のルワンダへの移送計画が政治問題にもなっています。

また、パレスチナ・ガザ地区の窮状をめぐってイスラム系市民の抗議、それに反発する極右過激派といった状況でヘイトスピーチや犯罪行為が増加し、スナク首相が危機感を表明しています。

****英国の多様な民族の民主主義が危機に、首相が厳格な対応要請****
スナク英首相は1日、首相官邸前でスピーチし、多様な民族から成る英国の民主主義がイスラム教や極右の過激派による計画的な攻撃にさらされていると述べ、ヘイトスピーチや犯罪行為の増加を踏まえて、抗議行動に対してより厳しい態度で臨むよう警察当局に求めた。

スナク氏は「世界で最も成功を収めた多民族・多宗教の民主主義を構築したという偉大な成果が計画的な攻撃を受けていることに強い懸念を抱いている」と発言。深刻な混乱と犯罪行為が衝撃的な増加を見せていると危機感を示した。

国民には、抗議を行い、ガザ市民の生活を守るよう求める権利があるが、それを口実に、過激組織であるハマスへの支持を正当化することはできないと強調。警察に対して、こうした抗議行動については単に活動を抑制するのではなく、取り締まりを行うよう要請した。

英国ではイスラム過激派ハマスと戦闘状態にあるイスラエルへの支持を表明した一部の議員が脅迫を受けたことから、議員に対して今週、セキュリティー対策用に新たな資金が支給された。【3月4日 ロイター】
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【移民労働に頼る介護 横行する不正、「奴隷労働」】
そうした移民をめぐるせめぎあいの一方で、介護など、移民の労働力を必要としている実態があり、そこでは不当な差別が横行している日本と似たような状況も。

****移民が頼りの英介護業界、新規受け入れ削減で人手確保に懸念****
低賃金、人手不足、力仕事──。英国の介護施設が人員確保に手を焼いているのは無理もないだろう。

そして、介護業界の幹部らは人手不足の問題が今後さらに深刻化する可能性があると口をそろえる。移民労働者が英国内の医療・介護関連職に就くビザ(査証)で入国する場合は家族も帯同することができる制度について、スナク英首相が停止する計画を発表したためだ。

移民労働者への依存度が非常に高い介護業界で懸念される影響に対処すべく、英政府は1月、より多くの国民を介護職に誘引する政策を提示した。(中略)

◎英国の外国人介護従事者はどれくらいか
スキルズ・フォー・ケアの2023年のデータによれば、介護人材の約19%が外国人で、ほとんどがナイジェリアやインド、ルーマニア、ポーランド、フィリピン、ジンバブエの出身だという。

英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)や新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)を経て介護セクターに生じた16万件以上の欠員を埋めるべく、政府が2022年に外国人労働者向けの新たなビザルートを導入後、介護人材の労働需要は強まった。

2023年9月までの1年間で発給された医療・介護従事者に対する技術能力者ビザは、前年の6万1274件から14万4000件に急増。移民関連の公式統計によれば、他のどのセクターよりも大きな伸びだった。

賃金の低さは、英国に比べ平均給与がはるかに低い国からの移民労働者に介護セクターが大きく依存している要因の一つだ。

英国で勤務する外国人介護士は、年に最低2万0960ポンドを稼ぐ。同国の高い生活コストを考えれば安いが、ジンバブエの教師が得る給料の10倍以上にあたる。

◎なぜ介護業界が懸念しているのか
2024年に総選挙を控える英国で、移民政策は大きな争点だ。クレバリー内相は2023年12月、医療・介護ビザなど合法的なルートで英国に流入する移民の数を大幅に減らす計画を発表した。

外国人の医療・介護従事者を巡りクレバリー氏は、他の技術能力者ビザ保持者を対象とした最低給与水準の引き上げ措置の対象にしないとした一方、家族の帯同禁止や、医療サービスの利用にかかる移民医療付加金(IHS)の66%上乗せなどを盛り込んだ抑制策について説明した。

介護事業者は、労働者らが家族を帯同できないなどの理由から英国に向かわず、オーストラリアや米国、中東、カナダなど、介護人材を必要とする他の国や地域を目指す可能性もあると懸念する。

「私たちが障壁を設けるたびに、人々が働きに来る国としての魅力は失われていく」と英国内の非営利介護事業者を代表するナショナル・ケア・フォーラム(NCF)幹部のビック・レイナ―氏は言う。

世界保健機関(WHO)によれば、60歳以上の人口は2050年までに21億人に到達するという。世界的な高齢化は「かつて無いペース」で進んでおり、医療・介護人材の需要も世界中で急増するだろう。

スキルズ・フォー・ケアは2023年の報告書で、英国の高齢化が進むにつれ、新たに44万件の介護士の雇用が発生すると推測している。

「移民の労働人材なしでは、こうした求人を埋められない可能性が高いだろう」とNCFのレイナ―氏は述べた。【2月4日 ロイター】
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****英介護ビジネス「無法状態」、外国人労働者の搾取横行****
インドの会社で管理職をしていた2児の母親マヤさんは、英国で介護士として働ける機会があると聞き、海外で経験を積み、送金もできると飛びついた。ところが、実際の職場で彼女も同僚も奴隷のような扱いを受け、今は多額の借金を背負っている。

英国は新型コロナウイルスの流行と欧州連合(EU)離脱後に介護職で生じた16万5000人の人手不足を補うために、2022年初めに新たなビザ(査証)ルートを創設。制度導入後、マヤさんのように英国で介護士として働くことを希望する外国人出稼ぎ労働者約14万人がビザを取得し、主にインド、ジンバブエ、ナイジェリアからやってきた。

しかし、制度が導入されてから搾取の報告が急増。介護業界は「無法状態だった開拓時代の米西部そのもの」と指摘する専門家もいるほどだ。

マヤさんや他の外国人出稼ぎ介護士によると、イングランド北部の介護サービス会社で仕事に就くためにインドの仲介業者に数千ポンドを支払ったが、わずかな賃金で長時間労働を強いられた。解雇されれば在留資格を失い、強制送還される恐れがあるため、不満を口にすることはできなかったという。

「インドに戻ることも考えたけれど、これほどの借金を抱えて生きていくことはできない。私たちは追い詰められている」とマヤさん。渡英のために自宅を担保に銀行から融資を受け、親戚からも借金をしている。

介護事業者団体ホームケア協会のジェーン・タウンソン最高経営責任者(CEO)は、倫理観を欠いた事業者に強い懸念を抱いていると述べた。出稼ぎ介護士が多額の詐欺に遭ったり、「ゴキブリがはびこるような粗末な住宅」に住まわされたりしたという事例があるという。

英国で仕事があると言われたのに到着したら仕事がなかった、雇用主が倒産した、契約が解除されたケースもある。

<現代の奴隷制度>
強制労働などを取り締まる英政府の部局は昨年、介護事業者に対して44件の調査を実施したと発表した。これは前年の2倍。20年はわずか1件だった。

慈善団体アンシーンの推計によると、電話やインターネットによる相談窓口に昨年寄せられた相談から、介護セクターにおける強制労働の被害者は少なくとも800人に上り、21年の63人から大幅に増加した。

公共サービス労組ユニゾンは、多くの介護士が強制送還を恐れて虐待を報告しなかったり、どこに助けを求めればいいのかわからなかったりするため、実際の数字はもっと多いはずだとみている。ユニゾンのガビン・エドワーズ氏は、介護セクターにおける深刻な資金不足と利益優先体質により事態は悪化の一途をたどっていると指摘した。

<高額な手数料>
マヤさんは22年4月にインド南部の都市コチのリシン・スタンリーというインド人仲介業者に身元保証人探しを依頼。その際に計1万ポンド(1万2810ドル)余りの支払いを求められた。英国に到着後、保証料は雇用主の負担だと知りショックを受けた。

外国人を雇用する企業は、許可証や保証証明書などについて労働者1人当たり最大5000ポンドを負担するが、こうした費用を被雇用者に転嫁することはできない。(中略)

<低い報酬、厳しい労働>
自治体に職員を派遣しているイース・ヘルスケアは、高齢者や障害者、病人を自宅で介助する家庭介護員としてマヤさんたちを派遣した。求人資料には週39時間労働で年俸は2万0480ポンドと記されていたが、これは22年の外国人出稼ぎ介護士の最低賃金だ。

証言によると、朝7時から夜遅くまで働き、寝る時間はほとんどなかった。また在宅介護ではよくあることだが、報酬は実際に行ったサービスに対してのみ支払われるため、労働時間は週39時間には満たなかった。ただ常時働いているわけではないとはいえ、いつでも仕事に入れる態勢でいる必要があった。

出稼ぎ介護士はアプリで勤務時間を管理されたが、しばしば記録が改ざんされ、全ての勤務に対して賃金が支払われるわけではなかったという。(中略)

<内部告発を恐れて>
トムソン・ロイター財団がマヤさんやディーパさん、他の3人の介護士に初めて取材したのは23年半ば。しかしマヤさんらは新しい保証人を見つけるまで報道を控えるよう求めていた。

専門家によると、出稼ぎの介護士はビザや雇用、仕事の紹介を保証人に頼っているため、内部告発は難しい。

マヤさんは今、別の都市にある介護施設に就職したが、2万6000ポンドの借金を返済するために最長で週72時間働いている。

「英国に来れば素敵な生活ができると思っていたのに、ただ生き延びるために何度も借金をしなければならなかった。こんなに大変だと前もって知っていたら、絶対に来なかった」と、悔しさをにじませた。【3月12日 ロイター】
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欧州  伸張する極右・右派ポピュリズム 欧州議会選挙でも台頭予測 EU政策変質の可能性

2024-03-12 23:02:29 | 欧州情勢

(【3月11日 日経】 ポルトガル総選挙で4倍増に躍進した新興極右政党「シェーガ」のベントゥーラ党首(リスボン、8日)=ロイター)

【欧州で伸張する極右・右派ポピュリスト勢力】
アメリカでのトランプ氏復権の動きも同じでしょうが、欧州でも右派ポピュリストの勢力が近年伸張していることは、2月23日ブログ“欧米で強まる右派ポピュリズム “民主的な選挙”が生み出す右傾化・独裁・専制の脅威”でも取り上げたばかりです。

****EUで進む右傾化****
2-1. 右派ポピュリストの勢力伸張と中道右派の右傾化 
近年、EUにおいて、(1)EU懐疑主義、(2)自国第一主義、(3)反移民・難民、(4)反イスラム、(5)反気候変動政策、(6)親露、対ウクライナ支援に消極的、等の政策を掲げる右派ポピュリストの勢力伸張が顕著である。 

また、右派ポピュリストへのEU市民の支持拡大を睨み、EU各国の中道右派政党や、欧州議会の最大会派であるEPP(欧州人民党)が、移民・難民政策や気候変動政策等において右派ポピュリスト寄りの政策へシフトする等、政策の軸が「右傾化」していることにも注意が必要だ。

2-2. 右傾化の背景
EUにおける右傾化の背景として、①難民急増による、社会保障費等の財政負担増や治安悪化等へのEU市民の警戒感の高まり、②ウクライナ危機等に起因するエネルギー、食料価格上昇によるインフレおよび景気低迷長期化を背景としたEU市民の生活困窮(Cost of Living Crisis)、③脱炭素化の旗印の下、矢継ぎ早に気候変動対策が強化され大幅な負担増を強いられていることに対する不満、等が指摘できる。

右派ポピュリストは、移民・難民受け入れの厳格化、減税や歳出拡大等拡張的財政政策、気候変動対策の大幅なスローダウン等を掲げ、EU市民の不満を巧みに利用することで勢力を拡張している。

3.2024年にEUが迎える「政治の季節」
右傾化が進む中、2024年は5年に1度の欧州議会選挙が実施されることに加え(6月)、ポルトガル(3月)、ベルギー(6月)、オーストリア(9月)等の加盟国で総選挙が、ドイツで9月にザクセン州、テューリンゲン州、ブランデンブルク州で議会選挙が実施される等、EUは「政治の季節」を迎える。 【2月 “右派ポピュリズム台頭下でEUが迎える「政治の季節」” 三井物産戦略研究所 国際情報部 平石隆司氏】
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【ポルトガル総選挙で極右4倍増 6月の欧州議会選挙でも極右躍進の予想】
上記記事にあるように今年EUは「政治の季節」を迎えますが、その先陣をきって行われたポルトガル総選挙はまさに極右政党「シェーガ」台頭(議席は4倍増)の選挙となりました。

****ポルトガル総選挙、右派野党連合が勝利 極右が4倍近く議席増 連立交渉本格化へ****
ポルトガルで10日、議会(一院制、定数230)の総選挙が実施された。即日開票の結果、最大野党の社会民主党を中心とする中道右派連合「民主主義同盟」が最多の議席を獲得。中道左派与党「社会党」のヌーノサントス書記長は敗北を認めた。極右政党「シェーガ」が議席数を4倍近く増やし、躍進した。

総選挙は汚職疑惑を理由にコスタ首相が辞任表明したことを受け、実施された。民主主義同盟と社会党の接戦となった。

公共放送RTPによると、開票率99%の段階で民主主義同盟が79議席、社会党が77議席、シェーガが48議席を獲得した。いずれの党も過半数には届かず、連立交渉が本格化する。

シェーガはポルトガル語で「もうたくさんだ」の意味で、2019年の総選挙で初の議席を獲得した。移民規制の強化や政治腐敗の撲滅などを政策に掲げる。増加する移民や汚職への不満を取り込み、今回の総選挙で選挙前の12議席から議席数を大幅に伸ばした。

民主主義同盟が政権交代を実現するにはシェーガと連立を組む必要があるとみられるが、社会民主党のモンテネグロ党首は現時点で連立交渉を否定している。【3月11日 産経】
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そして6月には欧州議会選挙が実施されます。ここでも極右ポピュリズム勢力が増加することが予想されています。その結果、EUの基本路線が大きく変更されることも。

****<EU崩壊の懸念>極右派の躍進で訪れる移民、気候変動、貿易での混乱の恐れ、注目すべき欧州議会選挙の行方****
フィナンシャルタイムズ紙欧州担当のトニー・バーバーが2月15日付け論説‘Elections threaten to upset Europe’s centrist apple cart’で、6月の欧州議会選挙で極右派が勝利すれば、欧州連合(EU)の気候、移民、貿易政策が混乱し、EU統合を推進する従来のコンセンサスが大きく弱体化する恐れがあると警鐘を鳴らしている。要旨は次の通り。

欧州がロシアとの敵対関係、中国との緊張関係、そしてトランプ返り咲きの可能性に取り組んでいる今、6月の欧州議会選挙は欧州の結束、影響力そして世界的な地位に有害な結果をもたらすことになりそうだ。極右派政党が、27カ国からなるEU圏全域で議席を伸ばし、欧州議会におけるパワーバランスを大きく変えることが予想されている。

何十年もの間、中道右派、リベラル派および中道左派政党が議会を支配し、統合に向けた政策を推進してきた。6月の選挙でこの中道派の多数派はおそらく縮小するだろう。

ある予測によれば、9カ国では極右派が1位となり、別の9カ国では2位か3位となる。その場合、極右派は、欧州の将来やEUの使命感にとって重要な分野での政策を阻害したり、変更したりし得ることになる。

主な例は、移民と庇護、法の支配、気候変動、国際貿易、EU予算、およびEUの東欧・南東欧への拡大案などである。これらについて、極右派は、選挙対策で国民的アイデンティティや主権といった彼らの主張を借りることが多くなっている中道右派と手を組むことで、EUの政策の内容や方向性を変えようとするだろう。(中略)

6月の選挙後、移民や難民庇護政策を厳格化する傾向はさらに強まるだろう。法の支配に関しては、ハンガリーのオルバンのような民主主義に背を向ける政府に対して強硬路線をとることに欧州議会の支持を得ることが難しくなるかもしれない。

気候変動もまた、熱い論争の分野になるだろう。欧州議会の右傾化で、EUのネットゼロ目標達成に必要な次のステップが遅れるか頓挫する可能性もある。

もう1つの注目分野は貿易だ。すでに問題を抱えているメルコスール(南米南部共同市場)との協定交渉は、EU議会の右傾化によって麻痺するかもしれない。また、EUの東方拡大を実現するために必要な広範な制度改革や予算改革を進めるのも容易ではない。強硬派の政治家たちは、外交政策と予算について多数決を拡大する独仏のイニシアチブを各国の拒否権を減らすことになるとして嫌っている。

ユーロ圏債務危機や移民危機からコロナ・パンデミックやロシアのウクライナ侵攻に至るまで、この15年間、EUを圧倒しかねない出来事の波に対して、EUは懸命に戦い、一定の成功を収めてきた。今回の違いは、6月以降、こうした課題に対処するためのEUの努力を支えてきた中道的で統合主義的なコンセンサスが大幅に弱体化することである。

*   *   *
高まりつつある極右派の発言力
(中略)これまでEU統合の推進役であった欧州議会が極右派により逆の役割を果たすというのは歴史の皮肉である。(中略)

5年に1度の欧州議会選挙は、比例代表制であり、各国に一律の支持政党に対する世論調査的な、または、中間選挙的な意味合いを有することからも注目される。欧州議会は、加盟国を横断する会派形成が義務付けられており、伝統的に中道右派と中道左派が多数派を占めて欧州統合の推進母体となって来た。

現有議席は、総数705中、中道右派が187、中道左派が148、第3党がマクロンの党を中心とする中道リベラル派が97で、主流派を形成している。

極右派のID(アイデンティティと民主主義)は71で第4党に過ぎないが、それ以外にIDと足並みを揃える右派のECR(欧州保守改革派)が61議席を有している。他に有力グループとして緑の党等の環境派が68、左派が39議席、といわば7つの有力政党の分立状態で、いずれの会派も単独で過半数獲得には程遠い。

次期選挙では議席が720に拡大するが世論調査では、中道派政党が議席を減らし、極右派IDが第3党に躍進することが予想されている。

極右派のIDがECRと連合しても過半数を占めることはないと考えられるが、移民政策、気候変動、保護貿易政策等では、中道右派が国内対策上の理由で極右派に歩み寄る可能性もあり、問題によっては、極右派の主張が過半数の支持を得る場合も排除されないであろう。

自国の国益を最優先し、移民を排除し、気候変動対策に懐疑的なトランプ張りの極右ポピュリストの発言力が増大し、EUの統合の推進や拡大、人権や法の支配の重視、脱炭素を目指す実効的な気候変動対策といった従来の政策が後退する可能性もあるであろう。

また、10月に任期を迎えるEU大統領、欧州委員会委員長やその他の要職人事をめぐり難航する可能性もあろう。

フォンデアライエン委員長は続投するか
これまで、脱炭素化やウクライナ支援でリーダーシップを発揮してきたフォンデアライエン委員長は、2月19日に続投への意向を表明したが、同委員長の所属する中道右派会派(EPP)が、欧州議会選挙でどのような結果を出すかも注目される。

いずれにせよ極右派が欧州議会で発言力を高めることでEUの政策が右傾化し、また、ウクライナ支援や安全保障条約体制の強化をめぐるEUの結束力に悪影響が出ることが懸念される。さらに、米国でトランプが政権に復帰すれば、対米関係でさらに不確実な要因が増すことから、EUにとって正に歴史的試練の時期を迎えているともいえよう。【3月6日 WEDGE】
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【中道右派勢力の右傾化 移民希望者の第三国への移送計画を公約に】
単に極右ポピュリズム勢力が増加するだけでなく、そうした流れへの対応として、中道右派勢力が“移民・難民政策や気候変動政策等において右派ポピュリスト寄りの政策へシフトする等、政策の軸が「右傾化」している”【冒頭記事】ことも重要です。

****移民希望者の第三国移送を公約へ 欧州議会最大会派****
欧州議会の最大会派である中道右派の「欧州人民党」は6、7両日にルーマニア・ブカレストで開く党大会で、移民希望者の第三国への移送計画を6月の欧州議会選に向けたマニフェスト(公約)に盛り込むことを承認する見通しだ。

計画では、欧州連合域内への移民希望者は「安全な第三国」に移送され、申請内容が認められればその地で保護を受けられる。

そのうちの一部については、「脆弱(ぜいじゃく)な個人を対象とする人道枠」を通じて域内への受け入れが認められる可能性もある。

EU域内への移民希望者は急増しており、昨年は100万人超と、7年ぶりの高水準に達した。シリア、アフガニスタン両国出身者が引き続き主流を占めている。

欧州ではEUを離脱した英国が、不法移民をアフリカ・ルワンダに移送する方針をすでに決めた。EU加盟国ではイタリアがアルバニアとの間で、地中海で救助した移民・難民を同国に設置する収容施設に移送する協定を結んだ。
欧州議会選は6月6〜9日に実施される。 【3月7日 AFP】
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(EU域外ですが)イギリスの「不法移民(難民)のルワンダ移送」は「ルワンダは難民に安全な国なのか?」という疑問から難航しています。

****映画「ホテル・ルワンダ」の舞台に不法移民を送り込む…英国の計画に物議  安住できるか?大虐殺乗り越え「奇跡」の復興遂げた国の実情とは****
(中略)大虐殺を乗り越え、ルワンダは「アフリカの奇跡」とも呼ばれる復興を遂げた。政府関係者は「悲劇を経験したからこそ、希望を与える国になりたい」と受け入れ準備を進めるが、人権保護や移民支援体制を不安視する声もある。ルワンダは移民にとって「安住の地」となり得るのか。現地を訪れて、実情を探った。

 ▽「ボートを止める」
英国はこれまで、アフリカや中東などから多くの移民や難民を受け入れてきた歴史がある。しかし近年、英仏海峡を小型ボートで渡って入国する不法移民が急増。2022年は前年の約1・6倍の約4万5千人を記録し、亡命申請者の数も8万9千人以上に達した。審査を待つ人々を収容する費用も膨らみ、負担を強いられる国民の間で反発が高まってきている。

そこで英政府が打ち出したのが、ルワンダへの移送計画だ。2022年4月、当時のジョンソン首相(保守党)はルワンダ政府との協定を発表した。合意によると、移民らはルワンダに移送されて亡命申請の審査手続きをし、申請が認められれば原則、ルワンダ国内で定住することになる。ルワンダ政府が申請審査や社会統合への支援を担い、英政府がその費用などを負担する仕組みだ。

保守党政権は「ボートを止める」とのスローガンを掲げ、不法移民に厳格な姿勢で臨む。ジョンソン氏は「ルワンダは世界で最も安全な国の一つだ。難民受け入れの実績もある」と訴えたが、移民を「国外追放」し、対応を丸投げするやり方に、難民支援団体などは「自国に送還される恐れがある」「非人道的だ」などと反発。計画中止を求めて提訴したが、英高等法院と上級審の控訴院はいずれも移送を認め、第1陣が6月14日夜に出発する予定だった。

しかしその直前、欧州人権裁判所が、「難民認定を受けるための公平かつ効率的な手続きにアクセスできなくなる」とのUNHCRの懸念などを踏まえ、移送を差し止める仮処分を決定。これを受け、英政府は移送中止を余儀なくされた。

ジョンソン氏退任後も方針に変更はなく、スナク現首相も計画を推し進める。しかし、2023年11月、英最高裁は「移民が母国に送還される危険がある」とし、計画は違法との判断を下した。

国内の法律の壁にも直面したスナク氏は12月、ルワンダ政府との間で新たな条約を締結した。ルワンダが移民らの安全や支援を確保し、母国や安全ではない第三国に送還・移送しないよう保証することを柱とし、安全性への懸念を払拭する内容になっている。

さらに、ルワンダは「安全な国」だと定義し、移送を阻む裁判所の命令や拘束力を回避できるような仕組みを盛り込んだ法案も提出。早期に成立させて計画を実行できるように急ぐ。(後略)【3月8日 47NEWS】
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今年1月に法案は下院で可決されましたが、“一部の強硬右派が「欧州人権裁を完全に無視できるよう、もっと厳しい内容に修正するべきだ」と主張する一方、穏健派は修正されれば法案には賛成しないと反発し、党内の亀裂の深さが露呈した。”【同上】 上院での審議には時間を要すると見られています。

大虐殺を乗り換えて奇跡的復興を成し遂げていると評価されるルワンダ・カガメ大統領ですが、一方で野党弾圧の批判もあります。

“ルワンダ政府には、大虐殺という負のイメージを払拭し、難民問題に貢献する国を目指したいという思いがある。ただ、カガメ政権は野党弾圧などの強権的な側面も問題視される。移送計画を巡っても「自国に送還しない」との英政府との合意が守られない懸念がある。”【同上】

イギリス政府はルワンダは「安全な国」だとアピールしていますが、“英紙オブザーバーが1月下旬、英内務省が昨年、迫害の恐れがあるとしてルワンダの野党支持者ら4人を難民認定していたと報じた。オブザーバーは、この難民認定について「ルワンダは安全だという政府の主張に疑問を投げかけるものだ」と指摘した。”【同上】ということで、イギリス政府が難民認定するような野党弾圧がある国に、難民を送り込むという矛盾も生じています。

【欧米での極右・右派ポピュリズム台頭は世界の構図を変える】
冒頭記事ではEUにおける右傾化の背景として、難民問題意外に、インフレおよび景気低迷長期化を背景としたEU市民の生活困窮、気候変動対策が強化されたことによる大幅な負担増があげられていますが、欧州各国で起きている「農家の反乱」もそうした背景によるものでしょう。

ドイツでは、緑の党も参加した連立政権が進める気候変動対策への不満から、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の勢力が伸張しています。

****移民や自由貿易が社会を悪くしているのか?「ナショナルな保守主義」の新たな台頭、「恨みの政治」を止めるためには****
(中略)
22年のイタリアの総選挙、23年のオランダの総選挙において「極右」とされる政党が勝利した。今後、予定されている各国での選挙において勝利や躍進が予想されている。

各国それぞれの事情があるが、なぜこうした潮流の変化が起こったのかを考えると、ロシアによるウクライナ侵攻が一つの引き金となったと思われる。それが招いた物価高騰、生活苦の状況がこの論説が「恨みの政治」と呼んでいるメカニズムに再び拍車をかけたと見ることができよう。

世界の構図を変える恐れ
西側先進国では製造業の時代が過去のものとなり、国民の広い層に経済的利益を行き渡らせることが困難となった。グローバルな競争が激化し、サービス産業が中心となり、先端的なIT技術を生かすことができるかどうかで経済的な立場に大きな差がつく時代となった。

このように低成長の中、二極分化が進む状況は、「ナショナルな保守主義」(「ポピュリズム」、「非リベラルな民主主義」などと呼ばれているものと重なるもの)への支持を生みやすい土壌を作っている。外的な衝撃や内部の事情があれば更に増殖する素地がある。

現在、世界を①西側先進国、②権威主義国家、③グローバル・サウスの三つのカテゴリーに分けて捉える見方が一般的だが、「ナショナルな保守主義」が西側先進国を覆っていくと、世界の構図は大きく変質することになる。

「ナショナルな保守主義」からすれば、西側先進国がこれまで依拠してきた「ルールに基づく国際秩序」は、少なくとも国内で政権を取るまでは、疑問を呈し攻撃すべき対象であった。米国の大統領選挙が注目され、米国の動向は重要だが、「ナショナルな保守主義」が支配するリスクがあるのは米国だけではない。

この論説(Economist誌2月17日号)は、ナショナルな保守主義への処方箋として、政権党が「人々が持つ正当な恨みを真剣に捉えること」、「相手の考えを一部取り入れてみること」を挙げている。

人々の求めているものに合わせて政策を適合させていくことは、いずれの立場にとっても重要なことであるが、「ナショナルな保守主義」の主張をどこまで現実の政策に取り入れるべきかは考えどころである。【3月12日 WEDGE】
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モルドバ  親ロシア未承認国「沿ドニエストル」議会がロシアに「保護」要請 モルドバはロシアを警戒

2024-03-10 22:59:06 | 欧州情勢

(【3月1日 日経】)

【モルドバ国内を二分する親欧米と親ロシアの対立】
モルドバ・・・ウクライナとルーマニアにはさまれた「欧州最貧国」と言われる旧ソ連構成国の小国ですが、地政学的に親ロシアと親西欧の間で揺れ動く状況にあります。現在は、2020年11月の選挙で勝利した「鉄の女」とも称される親欧米のサンドゥ氏が大統領を勤め、EU加盟を申請しています。

また、単に親ロシアと親西欧の間で揺れるだけでなく、ウクライナ東部のように親ロシア勢力が実効支配する「未承認国家」沿ドニエストル・モルドヴァ共和国(以下、沿ドニエストル)がウクライナ南部と境界を接する形で存在し、ロシア軍が駐留しています。

そうした政治・経済・地理・歴史的事情から、ロシアとウクライナの戦争は小国モルドバに大波となって襲い掛かり、その大波にモルドバは翻弄されています。

黒海からロシア軍が発射するミサイルがモルドバ上空を通過してウクライナに向かうという状況も。
また、沿ドニエストルではモルドバからの攻撃を装ってロシア軍の介入を呼び込もうとする「偽旗作戦」と思われる破壊活動などもありました。

そのため、モルドバには「ウクライナの次はモルドバ」という、ロシア侵攻への強い警戒感が存在します。

****EU加盟はロシアの脅威から逃れる「唯一の道」 モルドバ大統領****
モルドバのマイア・サンドゥ大統領は(23年3月)17日、同国にとって欧州連合加盟は、自らの運命を決める国をつくり、ロシアの脅威から逃れられる「唯一の道」だと述べた。

モルドバでは親ロシア派のオリガルヒ(新興財閥)が組織する反政府デモが相次いでおり、先週末にも大規模なデモが起きた。

サンドゥ氏は首都キシニョフの議会で、「クレムリン(ロシア大統領府)からは脅迫、禁輸措置、恐喝しか出てこない」「ここから戦争、苦しみ、貧困が生じている」として、「EU(加盟)こそが、国民が自らの運命を決められる国づくりへの唯一の道だ」と訴えた。

さらに、「2030年にはモルドバはEU入りを果たし、(加盟国と)同じ権利を持っていなければならない」「モルドバ国民は欧州への道を選んだが、どれだけの時間がかかるかは私たち次第だ」と述べ、加盟承認の条件としてEU側に求められている改革に言及した。 【2023年3月18日 AFP】
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こうしたサンドゥ大統領の親欧米・EU路線に親ロシア派は強く反発し、国論は二分されています。

****「親欧米はモルドバを殺す」「ロシアの脅迫下で暮らさぬ道を」…ウクライナ隣国で国民分断****
ウクライナに隣接するモルドバのマイア・サンドゥ大統領は21日、首都キシナウで2030年までの欧州連合(EU)加盟への支持を呼びかける大規模集会を開いた。ロシアが接近する野党ショルも地方の3都市で、外交路線を問う国民投票の実施を呼びかける集会を開催し、社会の亀裂を象徴する形になった。

サンドゥ氏が開いた集会にはEUの欧州議会のロベルタ・メツォラ議長も出席し、大統領府によると約8万人が参加した。サンドゥ氏は「国民は、モルドバが欧州の辺境としてロシアの脅迫や貧困、汚職の下で暮らすことがない道を選んだ」などとして欧州統合を推進すべきだと訴えた。EU加盟を国是とする憲法改正などを盛り込んだ決議も採択した。

一方、ショルが開いた集会は、サンドゥ氏の親欧米路線が「モルドバを殺している」と批判した。モルドバでは2月にロシアによるクーデター計画が取りざたされるなど政情不安が続く。自治権が認められている南部ガガウズ自治区では14日の首長選決選投票の結果、ショル所属の首長が誕生した。ロシアがサンドゥ政権との対立をあおる可能性が取りざたされている。【2023年5月22日 読売】
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****親ロシア派野党を非合法判断 モルドバ憲法裁****
モルドバ憲法裁判所は19日、親ロシア派野党「ショル」を非合法とする判断を下した。 親欧米派のマイア・サンドゥ政権はショル党について、政権転覆を画策し、国益を損なっていると非難。憲法に反していないか裁判所に判断を仰いでいた。

裁判所はこの日、「ショル党を違憲とする」と宣告、即日解散を命じた。所属の議員5人は資格を維持できるが、無所属となる。同党は欧州人権裁判所に提訴する方針。(中略)

ショル党は、イラン・ショル氏が創立。同氏自身は2019年、イスラエルに逃亡。今年4月には本人不在のまま、マネーロンダリング(資金洗浄)などの罪で15年の禁錮刑を言い渡されている。

ショル党はここ数か月、電気料金の高騰などをめぐってサンドゥ政権に抗議するデモを首都キシナウをはじめ各都市で行っている。大統領がウクライナでの戦争にモルドバを引きずり込もうとしている、とも訴えている。

モルドバ当局はこうした抗議行動について、現政権を退陣に追い込み、親ロシア政権を樹立させることを狙ったロシアの策謀だと主張している。 【2023年6月20日 AFP】
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ロシアは当然ながら親欧米サンドゥ政権を批判しています。

****モルドバ政権が野党を「弾圧」 ロシア非難****
ロシアは7日、旧ソ連構成国モルドバで先週末に行われた地方選挙の際、親欧米派政権が投票直前になって親ロシア派野党候補の資格を剥奪したと非難した。

モルドバ政府は投票直前、親ロシア派政党がロシアから違法に提供された資金を使っていた疑いがあるとして被選挙資格を停止させた。

ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は声明で、モルドバ政府の対応について「野党に対する前例のない弾圧」であり、ロシア語を話す候補への「差別」だと非難した。

選挙の監視に当たっていた欧州安全保障協力機構は、「外国からの介入と票買収についての通報」があったとして懸念を表明。一方、「投票直前に多数の候補者の資格が停止されたり、報道が制限されたりした」点にも問題があると指摘した。

選挙ではマイア・サンドゥ大統領率いる与党が多くの地域で勝利。ただ、首都キシナウなど一部の都市では敗北を喫した。 【2023年11月8日 AFP】
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【親ロシア未承認国沿ドニエストルは経済的にはモルドバと「共存」関係もあって、これまではウクライナ戦争とは距離を置いてきたところも】
モルドバ国内すら二分する状態ですから、親ロシア未承認国「沿ドニエストル」は強くロシア侵攻を望んでいるのかと言えば、沿ドニエストルにしても必ずしもロシア軍侵攻を待ち望んでいる訳でもなく、また、モルドバと厳しく敵対している訳でもなく、沿ドニエストルとモルドバは経済的に共存関係にもあって、むしろ「プーチンの戦争」に巻き込まれないように慎重に対応している・・・との見方が従来からあります。

*****プーチン戦争に巻き込まれ苦悶する沿ドニエストル****
ウクライナ南部と境界を接する「未承認国家」沿ドニエストル・モルドヴァ共和国(以下、沿ドニエストル)で緊張感が高まっている。

4月22日にロシア中央軍管区副司令が沿ドニエストル回廊を確立することに言及した直後から、域内で偽旗作戦と思しきテロが頻発している。

「親ロ派」と称される沿ドニエストルだが、当初から極めて慎重な立場をとってきた。
ロシアによるドンバスの2つの人民共和国「国家承認」や「特別軍事作戦」発動に際して、沿ドニエストル当局は論評を加えず、住民に対して平穏と出国自粛を呼び掛け、そして避難民を受け入れる用意があることを表明しただけであった。

域内に平和維持軍と称するロシア軍部隊を抱えているが、何とかウクライナ戦争外に身を置きたいという沿ドニエストル政府の苦悩が見え隠れする。

ロシアと境界を接しない沿ドニエストル
沿ドニエストルが曖昧な態度をとり続けている理由は簡単だ。 沿ドニエストルはロシア連邦と境界を接しておらず、ウクライナ、モルドヴァに境界を囲まれた内陸国であるからだ。 対応を誤るとウクライナ、モルドヴァから制裁・封鎖を食らって一瞬で干上がってしまう。

ロシアと違い、沿ドニエストルは食料、医療品からエネルギー、工業原材料に至るまであらゆる自給率が低く、しかも基金や外貨準備の蓄えがほとんどない。

逆に言うと、1992年の沿ドニエストル紛争停戦から30年間、沿ドニエストルが存続してきたことは、ウクライナ、モルドヴァと一定の関係を維持してきた証でもある。

しかし2022年2月24日の開戦によって、まずウクライナとの経済関係が破壊されてしまった。 ウクライナ・沿ドニエストル境界は事実上の閉鎖状態にあり、ウクライナに頼っていた食料品、医療品の輸入は途絶え、交易ルートとしてのウクライナ領も使用不可能になっている。

例えば、沿ドニエストル工業生産額の4割を占める鉄鋼業は国際市場の高値に支えられ絶好調であったが、開戦後、ウクライナ領の輸出ルート、そして屑鉄原材料の輸入経路が使用不可能となり、操業停止に追い込まれている。

また、コロナ禍から回復基調にあった出稼ぎ労働も陸路を塞がれてしまった。 今や、沿ドニエストルの労働者にとって、主たる出稼ぎ先であるロシアに辿り着くことも、ロシアから帰国することも困難である。(中略)

ウクライナ側が使用できないため、沿ドニエストルにとってモルドヴァとの境界線が唯一の交易ルートとなっており、モルドヴァ側に通商を支配されてしまっている。

ウクライナから流入する避難民問題も深刻である。 沿ドニエストル当局によると2万5000人余りが避難民として登録されており、そのほとんどが、領内の縁者・親戚宅に滞在している。 避難民の数は沿ドニエストル全人口の8%に達しており、沿ドニエストルに対する国際社会からの支援が入っていないことも考慮すると、モルドヴァより負担率は高い。

プーチン戦争によって、沿ドニエストルはピークからどん底に突き落とされてしまった格好だ。

運命共同体のモルドヴァと沿ドニエストル
例外的に機能しているのが天然ガスだ。 天然ガスはロシア・ガスプロム社がモルドヴァのモルドヴァガス社との契約によって、ウクライナのパイプラインを利用して供給を続けている。

ウクライナのパイプライン企業は契約に基づいた輸送を粛々と続けており、ガスプロムも輸送料をウクライナ側に支払い続けている。

沿ドニエストルはモルドヴァより上流に位置しているため、天然ガスを先に抜き取ることができる。 沿ドニエストルは抜き取った天然ガスの対価をガスプロムに支払っておらず、事実上、無料で消費し続けている。

沿ドニエストルの消費分を誰が負担するのかは係争になっているが、モルドヴァ側は自らの勘定外であるとして拒否しており、ロシアが垂れ流し続けて沿ドニエストル側のガス債務が紙上で累積する形になっている。

沿ドニエストルにおける「無料の」天然ガスの大口消費者は、領内総発電量の9割を占めるロシア国営企業INTER RAO社所有の火力発電所である。

電力は鉄鋼の電気炉のエネルギー源となるだけでなく、輸出にふり向けられており、沿ドニエストル経済の要となっている。 電力の輸出先はモルドヴァであり、モルドヴァが消費する電力の3分の2は沿ドニエストル産で賄われている。

沿ドニエストル産電力はEU産の半値以下という安さであり、貧乏国モルドヴァにとって欠くことができない供給源となっている。 結果として、モルドヴァは沿ドニエストル最大の輸出相手国となっている。
 
このように、沿ドニエストルは親ロであるが、モルドヴァと敵対しているわけではない。
 
沿ドニエストル領内のロシア軍部隊は1500人規模と言われており、これに沿ドニエストル国軍の動員が加われば人員はかなりの数に達する。 沿ドニエストル当局の意向がどうであれ、最終的な参戦の決定はプーチンが握っている。

しかし戦力以前に、現在のロシア軍のウクライナ南部作戦が停滞している状況下、沿ドニエストル側から大々的にウクライナに進行すると、どうなるのか想像に容易い。

ウクライナ側が対抗して天然ガス輸送を止めた瞬間に沿ドニエストルは即死する。 輸送停止は、明確な契約違反であるが、「ロシア軍の攻撃でパイプライン損傷」など、いくらでも理由は付けられる。

沿ドニエストルはガス備蓄がなく、発電所は操業停止して全域でブラックアウト、工業生産額と輸出額の3分の2を占める鉄鋼、発電が消滅する。 ロシアが沿ドニエストル回廊を形成して代替燃料供給や送電を行えない限り、即死リスクがつきまとう。

一方でこのパイプラインの終着はモルドヴァで下流に他の利用国は存在しない点は重要である。 モルドヴァは、技術的にはルーマニア側から電力、天然ガスを輸入できるため、支払い能力があるかは別として、ぎりぎりエネルギーバランスを保つことはできる。(後略)【2022年5月9日 藤森 信吉氏 JB press】
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【沿ドニエストル議会がロシアに「保護」要請 沿ドニエストル、モルドバの疑心暗鬼】
その沿ドニエストル議会がロシアに「保護」を求める決議をおこない波紋が広がっています。ウクライナ東部のドンバス地方では、親ロ派の訴えがロシアによる本格侵攻のきっかけとなりました。

****モルドバの親ロ派地域がロシアに「保護」を求める****
<新ロシア派地域であるがゆえにウクライナの攻撃を恐れる沿ドニエストル地方はロシアに助けを求め、沿ドニエストル地方を擁するモルドバはモスクワの介入を恐れている>

ウクライナと国境を接するモルドバにある親ロシア派地域、沿ドニエストル地方の議会は2月28日、ロシアに安全保障面での支援を求める決議を採択した。親ロ派のこの小さな地域に、ウクライナが軍事侵攻するのではないかと恐れてのことだ。

沿ドニエストルはいっそロシアに併合されることを求めるのではないかという観測が事前に浮上しており、モルドバ政府は警戒感を強めていた。

ロシア国営タス通信によれば、今回の決議はロシアに併合を求めるものではなかったが、「モルドバからの圧力の高まり」を理由として、ロシア議会に対して沿ドニエストル地方を守る上での支援を求める内容だった。モルドバ政府はドニエストル地方の経済を破壊し、住民の自由を侵害しており、ロシアは「保証人および調停者」としてモルドバ政府から沿ドニエストル地方を守るべきだと述べている。(中略)

リトアニアを拠点とする東欧研究センターのリスクアナリスト、ディオニス・セヌサは本誌に対して、この声明は「ロシアに対する要請が控えめ」であり「モルドバ政府に対する非難も穏やかなトーン」だと述べた。

ドネツク侵攻を彷彿とさせる
この文書の発表を受けて、ロシアの次の動きをめぐる憶測が飛び交っている。ウクライナ東部のドンバス地方では、親ロ派の訴えがロシアによる本格侵攻のきっかけになった経緯があるためだ。(中略)

XユーザーのJürgen Naudittは、「沿ドニエストル地方が今日、ロシアに助けを求めた。侵略国(ロシア)のメディアは、沿ドニエストルの議会に提出された決議案の一部を拡散した。この決議案にはモルドバからの『圧力』があると記されている」と投稿した。

著者でジャーナリストのペッカ・ビルキーは、Xに次のように投稿した。「西側諸国がウクライナへの追加支援をためらい続けるなか、ロシアによる侵略は私たちの多くが予想した以上のペースで進んでいる。そろそろウクライナとモルドバが先手を打って、沿ドニエストル地域を奪還すべきだろうか」

沿ドニエストル地域は旧ソ連の崩壊後に独立を宣言し、ロシア軍の支援を受けてモルドバから分離したため、モルドバの実効支配が及んでいない。今もロシア軍が駐留しているが、ロシア政府も国際社会も、沿ドニエストルを独立国家として承認していない。

米シンクタンク「戦争研究所」は2月下旬に公表した分析の中で、ウラジーミル・プーチンが2023年11月に行った「ロシア世界」に関する演説は、彼がロシア語を話す地域とモルドバなど旧ソ連構成国のすべてがロシアの正当な領土と見なしていることを示した、との見方を示した。

戦争研究所は、ロシア政府は沿ドニエストル地方について、モルドバやウクライナに対するハイブリッド戦争のツールとして、またNATOを不安定化させるためのツールとして考えているとも述べた。【2月29日 Newsweek】
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事前の報道で指摘されていたロシアへの「編入」を求める決議には至らず、「保護」を求める形となりました。

沿ドニエストル議会は「モルドバ政府から圧力を受けている」として、ロシアに「保護」を要請していますが、直接の軍事的脅威はウクライナ軍の侵攻・・・ということでしょうか。

確かに、今の時点でモルドバ政府が独自にロシアを刺激する軍事的行動を起こすことは考えられませんが、ロシアと戦争状態のウクライナ軍が対ロシア戦略の一環としてモルドバ政府と組んで親ロシアの沿ドニエストルをおさえる・・・というのはモルドバ単独行動よりは可能性があるかも。

一方、モルドバでは、これをきっかけにロシアがモルドバに侵攻することを警戒しています。

****東欧モルドバ、仏と防衛協定 ロシアへの警戒高まる****
 旧ソ連圏の東欧モルドバのサンドゥ大統領は7日、フランスとの防衛協定に署名した。ウクライナと接するモルドバを巡っては、ロシアが情勢不安定化の取り組みを再開させていると懸念が高まっている。

サンドゥ氏は訪問先のパリで「侵略者を止めなければ、侵略者は進み続け、前線は近づき続ける」と述べた。 衛協定は訓練や定期的な協議、情報共有のための法的枠組みを定めている。

マクロン大統領は、今回の合意はモルドバを守り支援するというフランスの決意を示すものだと強調した。

親欧州のモルドバはウクライナ戦争以降、ロシアとの関係が一段と悪化している。 モルドバ東部の「沿ドニエストル共和国」は親ロシア派勢力が約30年間実効支配しており、ロシアが軍を駐留させている。沿ドニエストル共和国の議会は先月、モルドバ中央政府の圧迫からの保護をロシア側に要請する決議を採択した。【3月8日 ロイター】
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常識的には、いくらプーチン大統領とは言え、ウクライナで手一杯の情勢で西側の激しい反発を惹起してまで更にモルドバまで戦線を拡大するのは考えにくいことではありますが・・・。

もともとのモルドバと沿ドニエストルの対立にロシア・ウクライナの戦争が被さって、互いに疑心暗鬼の微妙な情勢となっています。

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欧州各国で同時多発する“農家の反乱”

2024-02-25 22:33:10 | 欧州情勢

(フランス人の攻撃を受けるスペインのトラック【2月9日 松尾彩香氏 Newsweek】 積み荷は缶かビンに入った液体ように見えます・・・)

【フランス 農家のデモ隊、警官隊と衝突】
フランスで、規制が緩く安価な外国産農産物の流入や、ウクライナ支援の一環としての関税免除のウクライナ産農産物の流入などで経営が苦しい農家が政府に抗議してトラクターで道路封鎖するなどの“反乱”を起こしていることは、1月31日ブログ“フランス 「黄色いベスト運動」に続く農家の反乱 グローバリズム・EUへの反感 政局は若手対決”でも取り上げました。

その後“仏農家デモの撤収呼びかけ、政府の支援発表受け組合指導者”【2月2日 ロイター】といった収束に向けての動きも報じられていましたが、当該記事にも“一部の小規模農家組合の指導者は道路封鎖解除の呼びかけに応じると表明しているが、農家の多くは組合に加入しておらず、各地のデモ参加者全てが撤収するかは不明”とあったように、収束には至っていなかったようです。

****マクロン大統領、農家のデモ隊と2時間議論で「うそつき」と罵声浴びる…欧州各地で抗議行動広がる****
欧州各地で物価高騰や農産物の価格低迷などを背景にした農家の抗議行動が広がっている。欧州連合(EU)による規制や、ロシアによる侵略を受けるウクライナからの安価な穀物流入など、国・地域ごとに事情は異なる。

フランスのマクロン大統領はデモ隊への対応のため、24日にオンラインで行われた先進7か国(G7)首脳会議を欠席した。

マクロン氏が24日、視察に訪れたパリ郊外の大規模農業見本市の会場には農家のデモ隊が押し寄せていた。デモ隊は警官隊と衝突し、約2時間にわたって議論したマクロン氏に「うそつき」などと罵声も浴びせた。

フランスでは1月中旬から抗議行動が各地で始まっている。「農産物の価格が低く抑えられている」「エネルギー価格が上昇する中、政府の補助が不足している」などと訴え、トラクターによる幹線道路の封鎖が相次いだ。

EU本部のあるベルギーの首都ブリュッセルでは、2月上旬のEU首脳会議に合わせてデモ隊のトラクターが幹線道路をふさいだ。スペインやイタリアなどでも、同様のデモが繰り広げられている。

ポーランドではウクライナ支援の一環としてEUがウクライナ産穀物の関税を免除したことに反発し、農家が国境封鎖を断続的に続けている。ロイター通信によると、22日はチェコやスロバキアでもデモがあった。

欧州各国の首脳やEUは、不満解消に向けて農家への補助金拡充や規制緩和などを提案しているものの、事態打開は見通せていない。【2月25日 読売】
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【スペイン農家を敵視するフランス そのスペイン農家も仏同様の不満】
上記記事にあるように、“農家の反乱”はフランスに限らず、欧州各国で起きています。一方で、“国・地域ごとに事情は異なる”という側面も。更に、混乱は連鎖することも。

国外からの流入が標的になると、今度はその相手国で問題が置きます。
上記フランス農家が敵視しているのはスペイン産農産物。標的とされたスペイン農家もフランス農家同様の不満を抱えていますので、自分たちも抗議行動を・・・という話にもなります。

****スペイン農家の怒りは頂点に 各地に広まる抗議活動のワケ****
「いい加減にしろ!」「もう我慢できない!」
2月6日朝、怒りに満ちたスペインの農家たちが一斉にトラクターを引き連れ各地の道路に繰り出しました。農家たちはクラクションを鳴らしながら街中を走り回ったり、国道をトラクターで封鎖するなどして抗議活動を行なっています。

フランスをはじめとするヨーロッパ各地で広がっている農家による抗議活動は、スペインの農家たちに大きな影響を与えたようです。
フランス農家からの攻撃を受けたスペイン産農作物
去年の10月のこと。フランスの農家らが国境を越えて入ってくるスペインの運搬トラックを遮断し、積み荷のワインを地面に投げつけ台無しにするという出来事が起こりました。また他のトラックに積まれていた野菜や果物もボロボロに破損し、スペインからの輸入を妨げたのです。

フランスでは物価の上昇に加え厳しい独自の農薬使用規制などが存在し、農家は苦しい生活を強いられています。そんな中、フランスと比較し農薬規制も緩く物価や生産コストが低いスペインで作られた安い農産物がフランスに持ち込まれることによって、フランス人らは安く売られているスペイン産の製品ばかり買うようになってしまいました。

さらにウクライナ戦争以来高騰を続ける燃料の価格や、エコ思考の強いヨーロッパ連合の厳しすぎる地球環境を考慮した規制などが農家にさらに大きな負担と損失を招いているのです。

ついに我慢の限界に達したフランス人農家たちは、国境を越えて入ってくるスペインの製品を全てぶちまけることによって、ヨーロッパやフランスに対して抗議の意思を表しました。

さらにこの出来事から3ヶ月たった1月下旬。前回同様にフランス人農家たちが道を封鎖し、スペインからくる運搬トラックの積み荷の農作物を再び攻撃し始めました。国境付近で身動きが取れなくなったトラックにフランス人農家らは積み荷は何か質問をし、もし農作物だと分かったら一斉に襲い始めるのだそうです。

トラックの運転手は「これは我々にとって大きな経済的な損失になる」と肩を落とし、スペインの国民らは「フランス人はやはり野蛮だ」「あいつらがやる事はまるで動物のようだ」とフランス人に対し怒りの感情をあらわにしましたが、スペイン人農家らはどうやらこのフランス人農家と似た不満をこれまで抱えていたようです。
 
農家らの要求
国民の食卓を陰で支えている農家たち。どこの国でもそうですが、政治家たちは彼らなしでは我々は生きていけないことを忘れてしまいがちなようです。

スペインのサンチェス首相は現在カタルーニャ独立派と約束した恩赦法を成立させることで頭がいっぱいのようで、国民が抱えてる苦悩や問題に気を配っている余裕がありません。

そんな国のリーダーに対し農家らは「あいつはカタルーニャ人にゴマすってばっかりでこっちに見向きもしない!」「俺たちがいないと国民はみんな餓死にするんだぞ!」と怒りをむき出しにしています。

スペインの農家たちがこの抗議活動を通して国やヨーロッパ連合に訴えたいことは数多くありますが、その中でも分かりやすい要求をここでいくつか紹介したいと思います。

1公平な価格
「収穫してもお金にならない」。収穫の時期を迎えたスペインのレモン農家の中には、せっかく育てたレモンを収穫することをやめてしまった農家もいます。レモンを生産するのにかかるコストは1キロ1.5ユーロ。しかし売りに出しても1キロ18〜30セントにしかならないのだと言います。

生産コストの半分にも届かないお金しかもらえないのであれば、収穫するだけ無駄だとレモン農家は収穫を放棄してしまったのです。先月には、大量のレモンをマラガの中心街に持ち出し、通行人に無料で配り出すレモン農家も現れました。

このような危機的状況に置かれている農家はレモン農家に限りません。スイカやブルーベリー、その他の農産物を生産している農家も同じ理由に苦しみ、このような抗議活動やニュースのインタビューに答えることによって彼らが置かれている状況を訴えて続けてきましたが、政府は他の政治テーマに夢中でこれまで全く耳を貸そうとしませんでした。

2ヨーロッパ連合の厳しすぎる規定
オーガニック製品の人気が高く、環境保護にも積極的なヨーロッパ。先走って次々と新しい規制や目標を掲げていますが、それを実現するために払わなければいけない代償に関してはどうやらあまり関心がないようです。

ヨーロッパの要求にスペインは答えなければならないので、現状を無視した約束事やルールがどんどん増えていきます。それによって使用できない農薬の種類は増え、化学肥料の使用制限も厳しくなることで生産量はどんどん減っていき、農家の生活は日に日に苦しくなっていくばかり。農家らはこう言った無理な要求を改め、農産業における官僚主義に終止符を打つことを望んでいます。

3他国からの輸入品
ヨーロッパや国が定める規定によって生産量が減り、コストがかかるとなると農作物の価格は必然的に高くなります。そこで販売する側はもっと安く仕入れようとモロッコなどの物価が安い国から農作物を輸入するようになりました。

EU非加盟国では、加盟国がクリアしなければならない厳しい農薬や化学肥料の規則がないため、安価に大量に作物を生産することができます。それによってスペインで生産された農作物は売れなくなり、スペイン農家を苦しめているのです。彼らは海外から輸入される農作物にもヨーロッパ連合の規則をクリアすることを義務付けるほか、輸入農産物に対しての関税引き上げなど何かしらの対策を取るように求めています。

道を封鎖され至る所で交通麻痺が起きているスペイン。一方で国民らは関連するSNSの投稿に対し「がんばれ農家たち!」「応援してる!」と農家を支持するコメントを次々と残しています。(後略)【2月9日 松尾彩香氏 Newsweek】
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【ウクライナ産農産物の扱いで揺らぐウクライナ支援】
関税が免除されたウクライナ産農産物をめぐってはフランス農家も問題視していますが、以前から混乱がおきていたのはポーランドなど中東欧諸国。 

EU域内へ輸出されるウクライナ産農産物が通過する中東欧で、それら安価な価格で市場に出回り、中東欧諸国農家を圧迫する問題が以前からあって揉めていました。EUは何とか調整しようとしてきましたが、うまくいっていないようです。

持続的なウクライナ支援が課題となっている今、支援の障害ともなっています。

****ポーランドでウクライナ産穀物の関税免除に「抗議」、地元農民が列車襲う…揺らぐ対ロシアの連帯感***
[ウクライナ侵略2年]見えない出口<4>
気勢を上げる男たち、完全武装の警官隊――。今月20日、ポーランド東部の農村地帯に物騒な光景が広がった。隣接するウクライナから来た貨物列車が地元の農民に襲われ、積み荷の穀類が線路上にばらまかれた。

ロシアのウクライナ侵略後、欧州連合(EU)はウクライナ産穀物の関税を免除している。農民はそれが不公平だと主張する。「我々はウクライナを支持しない」と小麦まみれの線路上で声を張り上げた。2年前、欧州の人々はロシアに怒りの声を上げたが、当時の連帯感は雲散霧消しつつある。(後略)【2月24日 読売】
*******************

“国・地域ごとに事情は異なる”農業問題ですが、基本にあるのは先進国において生産性の低い農業を維持することの難しさでしょう。他の産業のように生産性を向上させることが難しく、更に昨今の環境規制・人手不足でコストはあがるばかり。

グローバル化した経済のなかでは安価な外国産に対抗するのが難しい。農業保護や自給率対策で国の補助金が支給されることにもなりますが、そのことは農業の補助金依存・政策依存を強め、産業体質を弱めることにも。
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ウクライナ  戦争開始から2年 見えない出口、厳しさを増す戦況にきしむウクライナ社会

2024-02-22 23:12:40 | 欧州情勢

(ウクライナ・キーウ 2月11日 兵士の早期帰還を求める兵士の妻や母親らの抗議デモ 【2月22日 日テレNEWS】)

【戦争開始から2年 ウクライナで高まる傾向の厭戦ムード それでも、首相「私たちは疲れ切ってしまったわけではない。私たちは国を守り続ける覚悟がある」】
ウクライナの戦況については、開始から2年を迎えて人員・物量に勝るロシアが被害の甚大さにもかかわらず攻勢を強める結果、ウクライナ側は守勢にまわる厳しい戦いを余儀なくされていることは連日報じられているところです。

****ウクライナ、抗戦継続を7割支持 24日で侵攻2年、長期化必至****
ロシアによるウクライナ侵攻は24日、開始から2年を迎える。全土奪還を掲げるウクライナ国民の7割以上が依然として戦争継続に賛成する。

国内で高い支持を集めるロシアのプーチン大統領に譲歩の余地はなく、長期化は必至だ。犠牲が拡大し、社会に疲労が蓄積するウクライナは難局が続く。

キーウ国際社会学研究所が今月上旬、ウクライナで約1200人を対象に実施した世論調査によると、侵攻開始当初の2022年5月と同水準の73%が「必要な限り戦争に耐える」と回答した。

ロシアが併合した南部クリミア半島や東部ドンバス地方(ドネツク州とルガンスク州)を含む全土を奪還して終戦すると信じる人は65%に上った。

東部ハリコフ州や南部ヘルソンを相次いで奪還した軍の躍進は22年秋以降に停滞。昨年の反転攻勢は失敗とされ、社会に落胆が広がった。ゼレンスキー大統領は欧米の支援強化に奔走するが、求心力は下り坂だ。【2月22日 共同】
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上記調査では“ウクライナ国民の7割以上が依然として戦争継続に賛成”とのことですが、昨年の反転攻勢の失敗、強まるロシア側の攻勢、長期化する戦争と見えない出口、増大する被害、そして何より自分自身や家族の命が戦争で失われる可能性が高まっていることなどから、勝利への希望が現実性を持って語られていた1年前に比べてウクライナ社会の空気は暗く淀んできており、戦争疲れ、厭戦気分も一定に増加していることも報じられています。

****ウクライナ世論調査「領土諦めてもよい」19%、昨年5月からほぼ倍増…厭戦ムード少しずつ拡大か***
ロシアの侵略を受けるウクライナの調査研究機関「キーウ国際社会学研究所」が今月(12月)発表した世論調査によると、「平和のために領土を諦めてもよい」との回答割合が19%で昨年5月のほぼ2倍になった。

ロシアの占領下にあるウクライナ東・南部の奪還を目指す反転攻勢が思うように進まず、 厭戦ムードが少しずつ広まっているようだ。
「どんな状況でも諦めるべきではない」は74%で、初めて8割を割り込んだ。地域別に見ると、ロシアの攻勢にさらされているウクライナ東部では「諦めてもよい」は25%で、「諦めるべきではない」が67%だ。領土の放棄を容認する割合が他地域よりも高かった。

ただ、「諦めてもよい」と答えた人の71%が、「西側の適切な支援があれば、ウクライナは成功できる」と回答しており、ウクライナ国民が士気を保てるかどうかは、欧米の軍事支援次第と言えそうだ。(後略)【12月26日 読売】
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ゼレンスキー大統領が徹底抗戦を掲げ、ロシア軍が撤退し、領土を取り戻すまで戦うと強く主張し続けているのは周知のところですが。

****ウクライナ世論調査、ゼレンスキー氏「信頼」64%に低下…解任のザルジニー前総司令官は94%****
ウクライナの調査研究機関「キーウ国際社会学研究所」は15日、世論調査結果を発表した。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領を「信頼する」と答えた割合は昨年12月の前回調査(77%)から低下し、64%だった。

国民的人気が高く、8日に解任されたワレリー・ザルジニー前軍総司令官は94%が信頼すると答えた。(中略)

また、ウクライナが現在進む方向について、46%が「間違っている」と回答した。「正しい」は44%で2022年5月以降、「間違っている」が「正しい」を初めて上回った。ロシアによる侵略開始から2年を前に国民の不安が見て取れる。

調査は、ザルジニー氏の解任前後の今月5日から10日にかけて、ウクライナ全土の約1200人を対象に行われた。【2月16日 読売】
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戦争長期化に伴う厭戦ムード・・・当然と言えば当然の現象ですが、ウクライナのシュミハリ首相はそれを認めたうえで、「私たちは疲れ切ってしまったわけではない。私たちは国を守り続ける覚悟がある」と訴えています。

****ウクライナ「疲れ切ってはいない」 シュミハリ首相、防衛へ決意****
ウクライナのシュミハリ首相が20日、東京都内で記者会見した。欧米で懸念されるウクライナへの「支援疲れ」について問われると、シュミハリ氏は「世界中から団結して支えてもらっている」と強調した。 

ウクライナへの支援を巡っては、欧州連合(EU)が4年間で500億ユーロ(約8兆1000億円)の支援で合意する一方、米国では支援予算案の審議が連邦下院議会で滞っている。この点についてシュミハリ氏は「米国も、EUや日本と同様にウクライナを支えてくれると信じている」と述べた。  

ロシアのウクライナ侵攻開始から24日で2年となる中、ウクライナでは徴兵逃れなど国民のえん戦ムードの広がりが指摘されている。

シュミハリ氏は「2年間も全面戦争が続いていれば自然なことだ。毎日危険にさらされ、大人も子どもも死んでいくのだから」と話し、人々の「戦争疲れ」を認めた。だが「私たちは疲れ切ってしまったわけではない。私たちは国を守り続ける覚悟がある」と訴えた。  

さらに「世界最大級の核保有国との戦争を軍事力で終わらせることは不可能だ。外交的な方法で終わらせたい」とも話した。ゼレンスキー大統領が提唱する、露軍の即時全面撤退などを含む10項目の和平案「平和の公式」に沿った形で侵攻を終わらせるよう「ロシアに圧力を与える」と力を込めた。  

シュミハリ氏は19日、ウクライナ支援に向けた官民の協力強化を確認する「日ウクライナ経済復興推進会議」に出席しており、「日本とウクライナが、新しい友好の地平を開き続けると信じている」と支援に感謝した。【2月20日 毎日】
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【ウクライナ停戦論は、ロシアが獲得した領土を固定化するような「裏」がある“取り扱い注意”との指摘】
「外交的な方法で終わらせたい」とは言うものの、ロシア軍が攻勢を強める現状、(今回は取り上げませんが)アメリカ・欧州での“支援疲れ”から、現状で可能性があるのは現状を追認するようなロシアに有利な内容での停戦でしょう。

先述のようなウクライナ国内の状況も考えれば、それでも停戦すべきとの考えもありますが、そのような“安易な”停戦を戒める見方もあります。

****「ウクライナ停戦論」の表と裏****
停戦提案は戦闘の代替ではなく、戦闘の延長線上に存在する

戦争が長期化し膠着状態が続く中、停戦をめぐる議論が増えている。だが、停戦――特に「即時」停戦――の主張は、たとえ意図せずともウクライナへの領土割譲圧力になり、ロシアの利益に合致する事実は変わらない。

ウクライナ人の命を守るというのが停戦論の「表」の目的だとすれば、ロシアが獲得した領土を固定化したり、「ウクライナはどうせ勝てない」といった認識を広めたりという「裏」の目的を持つ議論も少なくない。

侵略戦争による目的達成を認めず、ウクライナの持続的な平和と繁栄を実現するための論点を改めて確認する必要がある。

ロシアによるウクライナ全面侵攻の開始から2年を迎えるなかで、即時の停戦を模索するべきだとの声がさまざまに上がっている。日々ウクライナの人々が犠牲になり、国土が破壊されている以上、1日でも早い戦闘の終結を望むことは当然である。

加えて、ほとんどの戦争が、停戦交渉を経た何らかの合意によって終結することを考えれば、停戦交渉に関する議論がなされること自体は特別なことではない。犠牲や破壊を終わらせるべきだというのが停戦論の「表」の目的である。(中略)

その際に気をつけるべきは、ロシアが獲得した領土を固定化して侵攻の戦果を確保したり、ウクライナに領土割譲の圧力をかけたり、「ウクライナはどうせ勝てない」といった認識を広めることでウクライナ支援の気運を削ごうとしたりという、「裏」の目的が存在する可能性である。そのために、ウクライナ停戦論はまさに取り扱い注意なのである。(後略)【2月16日 鶴岡路人氏 新潮社フォーサイト】
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さらに言えば、ウクライナ側にはロシアへ強い不信感が存在し、「仮に今何らかの条件で停戦しても、結局ロシア側の時間稼ぎに過ぎず、やがてロシアは再びウクライナ侵略を再開する。クリミアやウクライナ東部でもそうであったように・・・」という考えから、停戦の意義を否定し、勝利するまで戦うしかない・・・という考えもウクライナ国民には根強く存在します。

【ウクライナにとって厳しい兵員の調達 兵士の早期帰還を求める声 兵役逃れ 暴力的な徴兵】
そうした背景で、「どんなに苦しくても今は戦うしかない」という発想にもなる訳ですが、そうであったとしてもウクライナの戦争遂行能力は極めて厳しい状況に置かれています。

欧米支援の遅れによる武器不足は絶えず言われることですが、何より兵員を維持することが難しくなっています。

先述のように、勝利が見通せず、厳しい戦地の様子が誰の目にも明らかな状況では戦争参加に消極的な国民も増加し、徴兵逃れも多く見られます。

****ロシアの攻勢許すウクライナ、増兵要する状況も招集拡大に異論噴出****
再びロシア軍によるミサイル攻撃の脅威に直面するウクライナの首都キーウで、少人数の女性グループが抗議活動を行っている。

その中の1人、アントニーナさんは、3歳の息子のサーシャちゃんを連れている。 「お父さんが家に帰ってこない。戻ってくるのを待っている」と、サーシャちゃんは話す。 

「動員に公平な期限を」と書いた紙を掲げたアントニーナさんは、現在従軍中の夫について、ウクライナ東部バフムート近郊で戦う迫撃砲部隊に加わっていると明かした。(中略)

ウクライナ軍による動員は現在無期限で行われており、中断を命じる法令はない。アントニーナさんの夫は、ロシアによる全面侵攻が始まった直後の2年前に軍に志願した。現在の年齢は43歳で、もう十分従軍したとアントニーナさんはCNNの取材に語った。

 抗議の女性たちが立つすぐ近くでは、議員たちがウクライナ軍の動員規則の改正について議論している。彼らは厳重に守られた議事堂の中にいる。数週間以内に成立する可能性のある新たな法律は、徴集される兵士数の大幅な増加に道を開くとみられている。 

2022年の前半、新兵を募集するウクライナ国内の事務所には長蛇の列ができていたが、それも過去の話だ。政府はかねて志願兵に補足する招集システムが機能していないと不満を漏らしていた。各州当局も動員規則を執行できずにいる。 

戦闘に参加できる年齢は18歳から60歳まで。ウクライナでは女性の従軍も認められているが、当該の招集の対象は27歳以上の男性のみだ。議会で審議されている法改正には、対象年齢の下限を25歳に引き下げる案が盛り込まれている。

(中略)招集命令に応じない場合の罰則は、運転免許の停止や銀行口座の取引停止を含んだ一段と厳しいものになる可能性がある。 

ただ警察は、招集逃れを取り締まっても、当該の案件が司法制度で裁かれるまでには非常に時間がかかることを認めている。過去2年間で違反が認められた2600件のうち、評決に至ったのはわずか550件だという。ある警察幹部は「この犯罪で罰則を逃れるのは不可能だと人々に悟らせるため、裁判所にはまだやるべきことがある」との見解を示した。【2月22日 CNN】
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****侵攻2年…揺れるウクライナ 兵士の妻ら「早期帰還」求めデモ 横行する“兵役逃れ”命がけの逃亡***
ロシアの軍事侵攻から2年をむかえようとしているウクライナ。国民が一致団結していた当初からは想定できなかった動きも出ています。
    ◇
(中略)ロシアによる侵攻開始からまもなく2年になります。前線でも激しい戦闘が続き、ウクライナ軍は弾薬と兵力の不足に直面。長引く戦争は、ウクライナ国内でもきしみを生んでいます。

キーウの独立広場では11日、兵士の妻や母親たちが「軍人は奴隷ではない!」と声をあげていました。前線で戦う兵士の早期帰還を求めてデモを行っていたのです。

兵士が除隊できるようになるまでの期間が定められていないため、兵士の妻たちは期間を明確にするよう訴えているのです。(中略)
    ◇
戦争が長期化するなか、国内で高まる兵役制度への不満。さらに、後を絶たないのが、兵役を逃れるため国外に脱出しようとする動きです。(中略)

BBCによると侵攻開始後、去年11月時点で2万人近くのウクライナ人が兵役を逃れるため国外に“脱出”したといいます。

私たちは、ウクライナと国境を接するルーマニア北部に向かいました。ウクライナ人の男性は、川を渡ってルーマニアへと不法入国するということです。冬には山は雪に覆われ、川の水温は氷点下近くになる過酷な国境越え。私たちは、国外に脱出した人たちに話を聞いてみました。(中略)

一様に口をつぐむなか、ルーマニアに住むデニスさんが取材に応じました。子どもが3人以上いれば国外に出られる特例を使い、家族ともにウクライナから出国しました。

ウクライナ国防相は国外の男性に対しても入隊を要請しています。今後、動員される可能性があることについて、デニスさんは…「子どもが3人もいて 、母親1人で育てるのは現実的ではありません。早く戦争が終わってウクライナの家に帰りたいです。願いはそれだけです」

出口の見えない戦い。24日、3年目に入ります。【2月22日 日テレNEWS】
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徴兵に非協力的な者も増加し、徴兵が思うように進まない状況に対し、当局が暴力的手法で徴兵を強行するといった事態も出ています。

“ウクライナでは動員対象者を軍に送り込む「軍事委員会」の不正が問題になり、ゼレンスキー大統領は8月に全軍事委員会のトップ入れ替えを指示したが「暴力的な手法による動員者の拉致」は相変わらずで、ウクライナメディアは10日「リヴィウ軍事委員会の職員が路上で男性を拉致、これに気づいた市民が止めに入ったものの職員は男性を車輌に押し込み走り去った」と報じている。”【2023年11月12日 航空万能論GF】

昨日(21日)のNHKクローズアップ現代でも、軍事委員会の職員が徴兵を拒む者に対し殴る蹴るの暴力をふるう様子も報じられていました。

そうした事態に軍事委員会の女性職員は、担当者は戦地からの帰還兵が多く、生きるか死ぬかの状況で戦っている友人らの状況を思うと・・・といったコメントをしていましたが、暴行に対する謝罪はありませんでした。

【「例え尊厳が損なわれても平和に生きたい」と言う権利はないのか?】
“戦争が終結してもロシアの占領下であれば、国だけでなくウクライナ人としての尊厳は失われる。「私たちにとっての平和は、私たちの言語を話して自由に生きることなんです」”(キーウ大日本語学科を卒業後、慶応大に留学。令和元(2019)年、NHKに入局し、NHK国際放送局に所属するウクライナ人テレビディレクター、ノヴィツカ・カテリーナさん(28))【2月22日 産経】

それはわかりますし、ほとんどのウクライナ国民が同じ気持ちでしょう。
ただ、そこに自分や家族の命がかけられ、戦争のために死ぬ危険も求められる、手足を失う可能性もある・・・というとき、「それだったら自分は戦いたくない 例え尊厳が損なわれても平和に生きたい」と思う者がいても当然でしょう。

そうした国策に賛同しない者を強制的に連行して戦わせる、殴る蹴るの暴力をふるう・・・そういう権利が国家にあるのか?
そういう対応は、戦っているロシアと同じレベルではないのか。そこまで堕して何のために戦うのか?

兵役逃れや強制的・暴力的徴兵の横行・・・長引く戦争のなかでウクライナ社会が限界にさしかかっているように思えます。

最後に極めて現実的な話を付け加えれば、今回は欧米の支援状況の話はふれませんでしたが、11月にプーチン大統領に共感するトランプ大統領復権ということになれば、ウクライナの命運も尽きます。それを考えれば、まだウクライナに同情的なバイデン政権のうちに停戦交渉をまとめるというのも、極めて現実的な発想かも。
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ハンガリー  スウェーデンのNATO加盟、EUのウクライナ支援で抵抗 欧米のウクライナ支援停滞

2024-02-01 23:21:50 | 欧州情勢

(1日、ブリュッセルで、欧州連合(EU)臨時首脳会議に先立ち握手するドイツのショルツ首相(左から2番目)とハンガリーのオルバン首相(右)【2月1日 時事】 どんなときでも笑顔を絶やさないのが外交
です)

【スウェーデンのNATO加盟問題 「最後の承認国」となったハンガリー EUが凍結した補助金の支給再開を取引材料に】
ハンガリー・オルバン首相がEU指導部の西欧的・リベラルな民主主義価値観に反発し、独自の“非自由民主主義”掲げてロシア・中国的な強権政治を目指し、EU内部での対立を生んでいること、また、NATO加盟国ながら、ロシア・プーチン大統領と緊密な関係にあって、ロシアのウクライナ侵攻後もロシア制裁、ウクライナへの武器供与に反対していること・・・・などは、これまでも折に触れ取り上げてきました。

その一方で、ハンガリーはEUからの補助金の受益者でもありますが、国内の人権問題などから凍結もされており、ウクライナ支援やスウェーデンのNATO加盟批准はそこらをめぐる駆け引きの材料にもなっているようです。

スウェーデンのNATO加盟については、スウェーデン国内の反トルコ政府クルド人の扱いをめぐって最大の障害となっていたトルコが議会承認したことで、残るハンガリーの動向が注目されています。

****スウェーデンのNATO加盟、残るハンガリーも曲折必至****
トルコ国会が北欧スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟を承認する法案を23日に可決したことで、今後はNATO加盟31カ国のうち唯一加盟を承認していないハンガリーの動向が注視される。

ハンガリーのオルバン政権は、スウェーデンが同政権の強権体質を批判したことに不満を示しており、承認までには曲折が予想される。

NATOのストルテンベルグ事務総長は23日、トルコ国会での法案可決を歓迎し、ハンガリーにも「可能な限り早期の加盟承認」を求めた上で「スウェーデンの加盟はNATOを強化し、私たちを安全にする」と強調した。

オルバン氏は23日、交流サイトX(旧ツイッター)への投稿で、スウェーデンの加盟問題に関し話し合うため同国のクリステション首相をハンガリーに招待したことを明らかにした。

オルバン氏はまた、クリステション氏に送った書簡で「集中した対話を通じて両国間の信頼を固め、政治や安全保障の取り決めが強化できる」と強調。スウェーデンのビルストロム外相は「書簡の意図を考察する必要がある」として、首相が訪問に応じるかどうかは明らかにしなかった。

スウェーデンは2022年5月、フィンランドと一緒にNATOへの加盟を申請し、フィンランドが昨年4月に加盟を果たした。

トルコのエルドアン大統領が昨年10月にトルコの加盟を認める議定書に署名し国会に送付したのを受け、ハンガリーもこれに追随するとみられていた。

だが、オルバン氏率いる与党フィデスは同月、議会での採決を拒否。ハンガリー政府は「最後の承認国とはならない」と称しながら、その後も採決を延期し続けてきた。

トルコはスウェーデンに対し、加盟承認の条件として少数民族クルド人の非合法武装組織「クルド労働者党」(PKK)をテロ組織と認め、同国内にいるPKKの構成員を引き渡すことを了承させた。

外交専門家によると、ハンガリーもトルコの交渉戦術にならい、欧州連合(EU)がハンガリーの強権政治を問題視して凍結した補助金の支給再開を加盟承認の取引材料にしてきた。EUは昨年12月に支給を部分再開したが、ハンガリーは全面再開を求めて水面下で交渉を進めるとみられる。【1月24日 産経】
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オルバン首相は1月24日、X(旧ツイッター)で「スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟を支持している」との立場をNATOのストルテンベルグ事務総長に電話で伝えたと明らかにしていますが、首相はハンガリー議会がいつ批准するか、具体的な時期は示していません。

****ハンガリー議長 スウェーデンのNATO加盟承認を「急がない」****
ハンガリーからの報道によると、同国のクベール議長は25日、スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟に関し、ハンガリー議会が承認を急がない考えを明らかにした。(中略)

クベール氏は、オルバン氏が率いる与党、フィデスに所属しており、与党として引き続きNATOを翻弄しようとしている可能性がある。

クベール氏は加盟承認に関し「急ぐ必要はないと考える。実際、(早急に承認する)特別な事情があると思えない」と述べた。

NATO加盟31カ国のうち、スウェーデンの加盟を承認していないのはハンガリーだけとなっている。
スウェーデンのビルストロム外相は25日、ハンガリーに対し「最後の承認国にならないとした約束を忘れないでほしい」と訴えた。また、スウェーデンのクリステション首相はオルバン氏に書簡を送り、来週にベルギーのブリュッセルで会談し、加盟問題に関し話し合うことを提案した。【1月26日 産経】
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【EUのウクライナ支援でもハンガリーが障害に EU内ではハンガリーに対するEU予算支出の長期停止やハンガリーの投票権停止などの報復措置検討も 結局、オルバン首相も同意】
スウェーデンやNATO加盟国のハンガリーに対する“苛立ち”は容易に想像できます。
EUのウクライナ支援に関してもハンガリーが障害となっており、苛立つEU側からはハンガリーに対する強硬な対応を求める声も出ています。

オルバン首相としても、そこらを見据えながら、どこまで利益を引き出せるか・・・という駆け引きのようです。

なお、オルバン首相のウクライナへの反感の背景には、単にEU内部での価値観・人権・移民問題をめぐる対立、ロシアとの緊密な関係、エネルギー政策での国益第一主義だけでなく、(表向きの議論ではあまり言及はされませんが)ハンガリーの歴史的事情、ウクライナに暮らすハンガリー系住民の存在もあることは、2023年4月30日ブログ“ハンガリー・オルバン首相  ロシア制裁・ウクライナ武器供与に反対する独自路線”でも取り上げました。

****ハンガリー、承認に向け譲歩か EUのウクライナ支援****
ハンガリーは(1月)29日、これまで拒んできた欧州連合(EU)のウクライナに対する500億ユーロ(約8兆円)の支援案の承認に前向きな姿勢を示した。EUは2月1日の緊急首脳会議でこの支援案の合意を目指しており、ほかの加盟国からの圧力が高まるなか、ハンガリーが譲歩に転じた可能性がある。

一方、ハンガリーのシーヤールトー外相は29日、ウクライナ西部ウジホロドを訪れ、同国のクレバ外相と会談した。両国は関係改善に向け首脳会談の開催を目指す方針で一致した。

ハンガリーのオルバン政権はロシアのプーチン政権と近いとされる。ロシアによるウクライナ侵攻後、ウクライナを支援するEUの足並みを乱してきた。昨年12月のEU首脳会議では500億ユーロ(4年間)のウクライナ支援を含む予算見直しに反対。議決には全会一致が必要なため棚上げになった。

支援案は2月1日のEU首脳会議で再び協議されるが、オルバン首相の側近は29日、X(ツイッター)で、EUに対し27日に妥協案を提案したことを明かした。そのうえでハンガリーは「ウクライナのためにEU予算を使うことに前向き」だと表明した。

英紙フィナンシャル・タイムズは28日、ハンガリーが首脳会議で承認を拒んだ場合の報復措置について記されたEUの内部文書について報じた。

文書には、ハンガリーに対するEU予算支出を長期的に停止する方針を公表することなどで市場の動揺や通貨の下落を誘い、同国経済に打撃を与える案がまとめられていた。EU高官は「報じられた文書は加盟国間の実際の議論や計画を反映したものではない」としているが、EU内ではロシア寄りの姿勢を崩さないハンガリーへの強硬姿勢を求める声が強まっているとみられる。

EUの欧州議会は18日、昨年12月の首脳会議でウクライナへの支援案を拒んだハンガリーに対し「EUの戦略的利益を侵害する」などと批判する決議を採択。加盟国で構成する欧州理事会に対し、EU条約第7条に定められた加盟国の投票権停止の適用について判断するよう求めている。【1月30日 毎日】
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ハンガリーに対するEU予算支出を長期的に停止する報復措置については、“複数のEU外交官は「多くの加盟国が(報復措置を)支持している」と指摘した。”【1月31日 産経】とも。

投票権停止の適用については、ハンガリーが全会一致を盾に拒否権を行使していることへの対応です。

たった今流れた報道では、結局オルバン首相も同意したようです。

****EU、ウクライナ追加支援合意=4年間で8兆円、ハンガリーも支持―臨時首脳会議****
欧州連合(EU)は1日、ブリュッセルで臨時首脳会議を開き、ウクライナに対する4年間で500億ユーロ(約8兆円)の追加支援に全会一致で合意した。EUのミシェル大統領がX(旧ツイッター)で明らかにした。ロシアに融和的で追加支援に難色を示していたハンガリーも賛成に回った。

ミシェル氏は今回の合意を通じて「EUはウクライナ支援でリーダーシップを発揮し、責任を負っている」と強調した。ウクライナのゼレンスキー大統領はXで、EUの支援継続で「ウクライナの経済と財政がより安定する」と歓迎した。

首脳会議に先立ち、ミシェル氏とハンガリーのオルバン首相、独仏伊首脳らが協議した。公表された採択文書には今回の支援に関し、毎年討議を行うことや、「必要であれば2年後に見直す」方針も明記された。ハンガリーは1年ごとに判断する「妥協案」をEU側に示しており、これが落としどころになったもようだ。【2月1日 時事】
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【ハンガリーだけではないウクライナ支援停滞 欧米で膨らむ問題】
もっとも、仮にハンガリーの譲歩でEUのウクライナ支援500億ユーロ(約8兆円 4年間)が承認されたとしても、ウクライナへの欧米支援が非常に厳しい状況にあるのは変わりません。

トランプ前大統領がもし復活したらという「もしトラ」が盛んに語れていますが、「もしトラ」のひとつがウクライナ支援停止、ロシア・プーチン大統領の勝利(あくまでも戦術的勝利で、長期的・総合的に見て、今回の侵攻がどんな結果になってもロシアの被った国内経済・国際関係における痛手は致命的なものがありますが)です。

「もしトラ」を待たなくても、すでにその影響が出ています。

****トランプ氏、移民対策法案「不要だ」…ウクライナ支援と一体で成立に暗雲****
米共和党のトランプ前大統領は29日、自身のSNSで、米上院の民主、共和両党間で協議が進められている国境管理強化を巡る立法措置を「不要だ」と批判し、阻止する考えを示した。法案はウクライナ関連予算とパッケージで扱われており、米国のウクライナ支援に影響を与える可能性がある。

法案は、ウクライナ支援を継続させたい与党・民主党が、メキシコ国境から記録的な数の不法移民が流入している事態を受け国境警備の強化を訴える野党・共和党の主張を取り込み、一体的に協議されている。

法案は政府の判断で難民審査を厳格化できることなどを規定する方向で、上院の両党間で合意が間近だと報じられていた。バイデン大統領は26日の声明で早期可決を促していた。

これに対し、トランプ氏は29日、「バイデンは上院法案を、(不法移民の)惨事を共和党の責任にするため利用している。民主党が国境を壊したのだから、彼らが解決すべきだ。立法は必要ない」と書き込んだ。

トランプ氏は、11月の大統領選に向けた目玉政策として、不法移民対策強化のための「国境封鎖」を訴えており、攻撃材料の温存を図りたいとの思惑ものぞく。

法案の成立には上下両院の可決が必要だ。マイク・ジョンソン下院議長(共和党)も、現状の内容に否定的な考えを示している。下院共和党にはトランプ氏支持の議員が多く、トランプ氏の介入で成立に暗雲が漂っている。【1月31日 読売】
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「もしトラ」が実現すれば、盟友オルバン首相の立場は大きく改善し、逆にEUは(日本も同じですが)トランプ対策で苦慮することになります。

EUの武器支援も目標と現実に大きなズレがあります。

****EUのウクライナ向け砲弾供給、約束の半分に=EU外相****
欧州連合(EU)の外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は31日、3月までにウクライナに100万発の砲弾を供給するという自主目標は達成できず、期限までに届けられるのはそのうち半分強にとどまると明らかにした。
ブリュッセルで開催されたEU国防相会議の後に行った講演で述べた。

ボレル氏によると、当初の目標達成は年末となり、3月までに供給できるのは約束の約52%だという。

ただ、欧州における砲弾の生産能力はロシアのウクライナ侵攻開始以来40%増加し、2024年末までに年産140万発に達する見通し。ボレル氏は、「当初は思い通りに行かなくても、いったん物事が動き始めると加速する可能性がある」とし、加盟国に対し発注を加速するよう要請したと述べた。【2月1日 ロイター】
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ただ、繰り返すように「もしトラ」の可能性が高まっている現状では、各国もこの先のことを考ているでしょうから、“いったん物事が動き始めると加速する”のかどうか・・・

武器支援だけでなく、経済面でもウクライナ支援は問題化しています。
昨日ブログでも取り上げたようにフランスなど欧州各国ではウクライナ支援の主旨からの安価なウクライナ農産物の流入で、国内農家などの反発が強まっており、EUとしても対応を迫られています。

****欧州委、ウクライナ産農産物の輸入制限提案 EUの農家保護で*****
欧州連合(EU)の欧州委員会は1月31日、EUの農業政策に対する各国農家の抗議活動の高まりを受け、ウクライナ産農産物の輸入が一定程度以上に増えた場合、EUの農家を保護するため輸入制限措置を導入する案を加盟国に提案したと発表した。

EUはロシアの侵攻を受けるウクライナを支援するため、2022年以降、同国産穀物などの関税を免除している。だが安価なウクライナ産の輸入拡大で打撃を受けたとして、東欧を中心にEU域内の農家が各地で抗議活動を展開。ウクライナ支援への結束の乱れを生んでいる。

欧州委の提案では、関税の免除を25年6月まで延長する一方、鶏肉、卵、砂糖については輸入量が22、23両年の平均を上回った場合に関税をかける緊急輸入制限を発動する。また、穀物など他の産品についてウクライナからの輸入量が急増し、加盟国の農業が打撃を受けた場合、欧州委が対抗策を講じることを認める。

EUによると、ウクライナからの砂糖の輸入量は23年に10倍に増加。卵、鶏肉もそれぞれ2倍、1・5倍に増えた。

ウクライナ産農産物を巡っては、欧州委は23年5月、ハンガリー、ブルガリア、ポーランド、ルーマニア、スロバキアの東欧5カ国の要望を受け、一時輸入規制を認めたが、同9月に撤廃した。その後もポーランド、ハンガリー、スロバキアの3カ国は自国内でウクライナ産穀物の販売を禁止する独自の規制を導入している。

ウクライナとポーランドの国境などでは、農家やトラック運転手が道路を封鎖するなどの抗議活動を続けており、東欧5カ国は1月15日、EUとして関税を導入するよう求める書簡を欧州委に提出していた。

EUの農業政策を巡る不満は欧州全域で拡大している。フランスではウクライナなどからの安価な食料輸入の増加や生産コストの上昇、環境規制などについて農家が抗議活動を続けており、マクロン大統領は1月末、ウクライナ産農産物の輸入についてEUに対応策を求める考えを示した。

今月1日にEU首脳会議が開かれるブリュッセルでは、同日早朝から農家がトラクターで隊列を組み、クラクションを鳴らしながら、抗議活動を展開した。【2月1日 毎日】
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戦争が長期化するなか、ウクライナ・ゼレンスキー大統領を取り巻く状況は厳しさを増しています。

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フランス  「黄色いベスト運動」に続く農家の反乱 グローバリズム・EUへの反感 政局は若手対決

2024-01-31 23:29:37 | 欧州情勢

(フランス全土で29日、インフレや安価な輸入品、生活支援への対応を求めて政府に圧力をかけるため農家が高速道路をトラクターの長い列で封鎖し、猛烈な怒りを表明した。写真はフランスのボーベで撮影【1月30日 ロイター】)

【長期化した「黄色いベスト運動」 “地方のグローバル化の敗者が首都に住むエリート層に対して起こした反乱”】
お上(かみ)に従順な日本と異なり、政府への抗議行動は日常茶飯事とも言える自己主張の強いフランスで、2018年の年末から2019年前半にかけてガソリン代の値上げへの抗議に端を発した「黄色いベスト運動」と呼ばれた抗議行動が異例の長さで続きました。指導者や組織もないという点でもユニークなものでした。

“農民一揆の現代版”“地方のグローバル化の敗者が首都に住むエリート層に対して起こした反乱”とも評されるこの抵抗運動は、フランス以外の各地で見られる社会・政治状況にも通じるものがあるように思えます。

****消えたのか黄色いベスト運動?****
昨年(2018年)の12月から1月にかけて、毎土曜日、フラ ンス各地で黄色いベストを着用した集団が、大都 市の中心部を練り歩き、その一部が過激化し、警 察と市街戦模様の乱闘を繰り返した。(中略)

指導者もなく、自然発生的に生まれた不思議な黄色いベスト集団は、何だったのか?なぜ、ガソリン価格の値上げ反対運動がマクロン政権を揺るがすまでの政治的の混乱を引き起こしたのだろうか?その経過を簡単に振り返って みたい。 

黄色いベスト運動の起点 
黄色いベスト運動を引き起こす直接の原因は 昨年(2018年)の秋口に、政府がガソリン価格に加算される環境税の引き上げを決定したことにある。当時ガソリン代が高騰した中でのこの決定に怒った人たちが、Facebookなどのソーシャルメディアを使い、連絡しあい、町や村の入口の交差路を占拠し、ガソリン代の値上げに抗議した。

とくに、自動車抜きでは、仕事に行くことも買い物に行くこともできない地方都市に住む人たちが数多くこの抗議 活動に参加した。

誰が発案したのか、自動車の中に設置が義務化されている発光性の黄色いベスト作業服をまとうことを運動の旗じるしとすることで、この運動はあっという間に全国に波及した。 

ガソリン代の高騰と地方に住む中産階層の生活の苦しさがマスコミに報道され、黄色いベスト運動は、多くの国民の支持を得る。当時の世論調査によると、約8割近くの国民が黄色いベスト運動に共鳴したと言われる。

その後、静観を続ける政府への抗議として、政治の中心であるパリや地方の大都市の目抜き通りでのデモが呼びかけられ、これに多くの市民が参加する。

はじめは、ガソリン税反対だったが、すぐにさまざまな生活上の不満が抗議活動の対象となる。購買力の低下、地方の公共サービスの貧困、富裕税復活、直接民主主義の実現そしてマクロン政権退陣要求と限りなく拡大していった。

初めは平和的なプラカードを掲げるデモだったものが、その後、一部が過激化し、各地で毎週のように、暴動騒ぎを繰り返すことに なった。

最初の頃には、楽観視していたマクロン政権も、この抗議活動の反響に驚き、環境税の値上げ中止を発表するが、黄色いベスト運動の激震は収まらない。そこで、マクロン政権は、12月に入ると、3兆ユーロに及ぶ購買力の引き上げ政策や減税を約束するとともに、国民との対話集会を 行うと発表して、この運動の沈静化を図った。

実際に、黄色いベスト運動が沈静するのははじまってから約半年後の3月末なので、ストやデモ慣れしているフランスでも、例外的な長さだった。

現在でも、黄色いベスト運動の後遺症は、政界、国の財政面に強く残っている。 

多くの点で、この黄色いベスト集団は異例なものだった。まず、この運動には、指導者がなく、まったく組織もなかった。数百に及ぶソーシャル メディアのグループの呼びかけで、デモの拠点が決まるので、警察の警備はいつも遅れ気味であった。

この集団は、政党や労働組合あるいはアソシエーションといった既成の組織に対する不信感が 強く、運動が政党などによって乗っ取られるのを嫌い、運動を組織化することはなかった。ある批評家が、農民一揆の現代版と形容したのは、この 運動の一面を表現している。

二つ目の特徴は、運動の中心が、これまで政治・社会運動の経験のない地方のサラリーマン、自営業者、年金生活者、女性だった。ある意味、経済のグローバル化についてゆけず、国から見放されていると感じた地方の庶民が立ちあがったと言える。この人たちが、マクロンのようなエリート政治家は、自分たちの生活を知らないと強く反発したのだった。 

では、本当に、黄色いベスト運動は消えたのだ ろうか?この春のEU議会選挙の結果をみると、とてもそうは思えない。マクロン政権に反対する 極右の候補が、最大の得票を得た上に、極左の政党もかなりの得票をしたので、たとえ、EU議会選挙だったとはいえ、マクロン政権批判票は4割 以上を占めたとみることができる。

この運動は、表面的には休火山の状態に入ったが、いつマグマが爆発するのか分からない。 

黄色いベスト運動が投げかけた問題 
黄色いベスト運動は、これまで類例のない大きな社会運動だったので、実にさまざまな政治的な問題を投げかけた。

CO2の削減は誰もが認める 重要な政策だが、具体的にその負担を誰がするのか(環境税の引き上げと自動車ユーザーの対 立)?

操作されたニュースが横行し、人を扇動するのに適してはいるが、冷静な議論の場にならないソーシャルメディアのあり方も心配である。

最後に、日本にも参考になる問題をもう一つだけ紹 介してみたい。政治経済の中心である首都圏と地方の格差問題である。

フランスでも日本でも、優秀で、野心満々な若者は、大企業の本社や官僚機 構がある首都圏に集中する。その一方、農村地帯 や地方都市は過疎化し、活力を失っている。経済 のグローバル化の勝者は、首都圏に住み、グローバル化の恩恵にあずかれない敗者が地方に残る。 

黄色いベスト運動をグローバル化の敗者が首都に住むエリート層に対して起こした反乱とみると、問題の深刻さがよく分かる【鈴木宏昌氏 早稲田大学名誉教授 労働調査協議会】
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【再び農家の反乱  規制をくぐり抜ける安価な輸入品や理念優先のEU規制への怒り】
そして今、フランスでは再び生活苦に喘ぐ農家による抗議行動が起こり、トラクターで高速道路を封鎖する事態になっています。抗議デモは1月18日、南西部トゥールーズ近郊で始まり、日を追って拡大しています。

トラクターをゆっくり走らせ道路の通行を妨げるデモ「エスカルゴ作戦」とか、スーパーマーケットに向け泥を噴射したり、行政庁舎の前にゴミを投棄するなども。

****仏全土で高速道路を抗議封鎖、インフレや安価な輸入品で農家が怒り****
フランス全土で29日、インフレや安価な輸入品、生活支援への対応を求めて政府に圧力をかけるため農家が高速道路をトラクターの長い列で封鎖し、猛烈な怒りを表明した。

農家の抗議行動は既にドイツやポーランドなど他の欧州諸国で発生。フランスにも連鎖した形だ。6月の欧州議会選挙を控え、極右勢力は農家の支持を一段と集めて議席を拡大する情勢とみられている。

パリ南部の高速道路A10号線の封鎖場所で演説したジェラルディン・グリヨンさん(46)が槍玉に挙げたのは、多くの農業規則や補助金を決める欧州連合(EU)と、マクロン大統領。「(マクロン大統領は)農家のことなどどうでもいいんだろう」と不満をぶちまけた。横断幕には「マクロン、(要求に)応えよ」と書かれていた。

こうしたスローガンにフランス政府は揺さぶられた。欧州議会選を念頭に抗議活動の激化を警戒する政府は、農業用軽油の補助金を段階的に削減する案を撤回し、環境規制の緩和も約束した。さらに、休耕地の規制緩和についてEU諸国に同意を働きかけると表明した。

また、安価な輸入品に対する農家の怒りを受け、大統領府は29日、南米の関税同盟メルコスル(南部共同市場)との通商協定交渉の妥結は不可能とEU欧州委員会に強調し、EUが交渉を打ち切ったと理解していると発表した。

ただ、この交渉に反対してきた複数の農業団体は依然納得しておらず、必要な限り道路を封鎖する方針を表明した。有力団体の幹部はラジオで「危機打開の解決策を迅速に得られるように、われわれは政府に圧力をかける」と語った。

2月1日にはEU首脳会議が開かれる。フランスのフェノ農業・食料相によると、大統領は、従来よりも農家寄りの複数の政策を前面に押し出す方針だ。また、大統領府関係者の話では、大統領はフォンデアライエン欧州委員長とこの件で会談を行う予定という。

休耕地と補助金を巡る問題も欧州委員会の議論で俎上に上がる可能性がある。農家がEUの補助金を受けるには諸条件を満たす必要があり、その中には農地の4%を自然の生態系回復を図る「非生産的」地域に充てるという要件がある。これは休耕地とすることで可能となる。

EU当局者2人はロイターに対し、欧州委員会はフランスの要請に応じて休耕地に関する規則の変更を検討していると明らかにした。これは農家の懸念に応えるための選択肢の一つという。【1月30日 ロイター】
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“フランスの抗議行動に触発されたベルギーでは、農家がゼーブルージュのコンテナ港へのアクセス道路を封鎖した。スペインの農家は、2月に抗議活動を行うと表明している。”【1月31日 ロイター】と、抗議は国境を超えて広がる勢いです。

自分たちは厳しい規制を強いられているのに、規制をくぐり抜けた安価な輸入品が市場に溢れ、EUは“休耕地”などと理念先行の政策を押し付けてくる・・・という農家の怒りです。

下記は報道記事ではなく、フランス在住の日本人女性のブログ記事ですが、そのあたりの農家の心情を伝えていますので引用します。

****フランスの農民たちの悲痛な叫びに見える社会のバランス****
(中略)この騒動がもう2週間以上も経つのに、一向におさまりを見せない中、新聞に報道されたり、テレビなどでも大討論会などが行われたりして、農民たちの訴えが世間に浮き彫りにされていくなか、なるほど、世界情勢や環境問題に対応しながら、変化していった社会の歪のようなものが、農民たちを苦しめていたこと、また、フランスやヨーロッパがとってきた政策には、抜け道や矛盾のようなものが存在し、弱い立場の農民たちがその煽りを受け続けてきたのだということが見えてきました。

環境保護問題、戦争、インフレ・・あらゆるものが農民を苦しめる結果に・・
「真面目に誠実に働いているのに生活は苦しくなり続け、このままでは、廃業するしかない!」という農民たちの訴えから、原因は一つではなく、いくつもの原因が複合的に重なり続けた結果であるということが見えてきています。(中略)

まず、その一つに挙げられるのは、地球環境問題で、(中略)この地球環境問題への対応として、ディーゼルエンジンの撤廃に向かう動きで、フランス政府は、2030年までにこれを廃止させていくために、ディーゼルエンジンの増税を発表していました。

これまでに耐えに耐えて苦しい思いをしてきた農家にとっては、特にこの(非道路用にまで及ぶ)ディーゼルエンジンへの増税は、大変な痛手を被る結果になっていたのです。

また、政府は、国民に安全な食品を提供するためにEU全体としても、この農業生産に対して、厳しい規制を加えており、それがこのインフレも相まって、生産過程に非常なコストが必用となります。

なかでもフランスは他の欧州諸国よりも一層厳しい規格を課しています。それだけ安全なものを提供してくれるということは、消費者にとってはありがたいことではありますが、価格に反映されるべきところなのですが、ここに割って入ってくるのが輸入品の問題です。

特に南米からの輸入品に関しては、通商交渉に最大限の圧力をかけると言いながら、実際にはザル状態のようです。
大手スーパーマーケットなどは、インフレに対応すべく、少しでも安価なものを仕入れて価格の上昇を抑えようとするなか、多くの農産物も海外から輸入しているわけですが、おかしなことにこの輸入品に対しては、フランス国内に課しているほどの厳しい規制(遺伝子組み換え農産物や使用禁止の農薬など)やチェックが充分ではなく、当然、それらの農産物と同じ舞台にたつフランスの農産物も買い叩かれる図式に組み込まれてしまうわけです。

それに加えて、特にウクライナからの輸入に関しては、フランスは、現在のウクライナの状況を考慮し、援助の一部として、ウクライナからの農産物や畜産物に関しては、関税を免除するという措置がとられており、このためにウクライナ産の農産物・畜産物が市場に出回る価格が大幅に安くなっているために、厳しい規制のもとに農業生産、畜産を行っているフランスの農業・畜産農家には太刀打ちできずに苦しめられている結果になっているという窮状に繋がっています。(中略)

きれいごとの犠牲者
フランス(EU)には、EGAlim(エガリム)法という「健康と環境への危険性」を理由に欧州連合で禁止されている物質を含む農産物の流通を厳しく規制する法律が存在します。この法律が制定されたのは、2018年のことで、その後、2021年には、このEGAlim法には、農業報酬を保護・改善することを目的とした「農業および食品分野における商業関係のバランス」についての項目が追加されています。

にもかかわらず、大手流通業者や加工業者が口先では農民を尊重していると言いながら、食料を原価以下の値段に買い叩いていていたり、国外に購買センターをおいて、エガリム法を回避していたりするのが現状だったのです。

フランスの農産物は、多くの規制を守らなければならないが外国の農産物にはフランスで禁止されている農薬や添加物が使用されていることが不問に付されているのが現実のようです。

地球環境問題や戦争対応、インフレ対応のために政府が行ってきたことの歪の数々を受け続け苦しんできた農民たちの悲痛な叫びを多くの国民は支持しています。

結局は、きれいごとを並べて社会をよりよくしているようなことを言っても、その歪は最も弱い立場の者たちにしわ寄せがいく、正直者がバカを見る世の中にフランス国民が黙っているはずはありません。(中略)

フランス政府は、先週の段階ですでに新しくその責についた首相が農民たちのもとに自ら出向いて、「私たちは、今後、農業に関する課題を優先することに決めました!」と宣言し、「非道路用のディーゼルエンジンの増税を撤廃」、「農家への規制や手続きにを簡素化する10件についてのパッケージを策定」、「農場へのチェック管理は年1回に削減」、「動物流行性出血症に対する補償金を90%に増額して獣医費用をカバー」、「危機に瀕している有機農家に対して5,000万ユーロの緊急基金を設立」などの回答を示しました。

これで、一部の農民は撤退したかに見えたのですが、まだまだ納得しきれず怒りが憤懣している多くの農民たちの抗議運動は続き、FNSEA(全国農業経営組合連合会)は、無期限の首都包囲を発表しています。(中略)

また、世界中で色々な出来事が起こる中でのそれぞれの事象への対応や環境問題と資本主義のバランス、簡単に言えば、きれいごとと現実のギャップをこの農民たちの抗議行動から、あらためて考えさせられることになりました。【1月31日 RIKAママさん Newsweek】
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【不人気・少数与党のマクロン大統領 最年少首相(34歳)任命の勝負手 対する「国民連合」党首は28歳】
「黄色いベスト運動」や今回の農家の抗議行動に見えるグローバリズム、EU、エリートの主張する“きれいごと”などへの政治的に無視されてきた人々の(上記ブログにあるような)反感が、政治的にはルペン氏率いる極右政党の台頭の背景にあるように見えます。

一方、マクロン大統領は少数与党で苦戦していますが、フランス最年少首相任命と言う思い切った勝負手に出ています。

(34歳のガブリエル・アタル新首相【1月10日 日経】)

****マクロンのフランス最年少首相任命は起死回生となるか 人気と実力を備えるも立ちはだかる壁****
2024年1月9日付の英Economist誌の記事の要旨
マクロン大統領が、就任から1年半余りのエリザベト・ボルヌ首相を退任させ、その後任に34歳のガブリエル・アタル教育相をあてたことは驚くべきことであった。彼は、現代フランスで最も若い首相となる。

アタルの場合、若さは経験不足を意味しない。短期間予算相も務め、公開討論会での手際の良さで有名になったのは、内閣広報官の時であった。2022年には下院議員に再選された。

アタルはまた、同性愛者であることを18年に公表している。アタルは政治的にはミニ・マクロンで、穏健な社会民主主義左派の出身で、フランソワ・オランド元大統領の保健相時代に顧問を務めたこともある。また、アタルは、右派へのアピールも兼ね備え、教育相としてフランスの世俗的なルールに基づき、イスラム教徒の長い衣であるアバヤの学校での着用を禁止したことで称賛を得た。

とりわけアタルは、マクロン政権に欠けている国民の人気をもたらす。アタルの首相指名直後に行われた世論調査で、彼の支持率は56%に跳ね上がった。大統領は、欧州議会選挙を前にして活を入れ、現在世論調査でかなりリードされている「国民連合」に対する巻き返しの一助となることを期待するであろう。選挙戦は、次世代の政治家を代表するアタルとバルデラの一騎打ちになるかもしれない。

しかし、マクロンにとって厄介なのは、いくら若いエネルギーと大衆に魅力あふれた人物であっても、根本的な問題、すなわち、少数政権を運営しながらいかにしてフランスの改革を続け、難しい決断を下すかという状況を変えることはできないということだ。アタルが指名されたからといって、野党との連立の可能性が高まるわけでもない。

手に負えない野党に直面し、勤勉なボルヌ前首相はできる限りのことをした。しかし大統領は、抗議デモや夏の暴動、移民法案をめぐる議会の混乱に見舞われた困難な1年を転換したいと考えている。

憲法上、27年の3期目出馬が禁じられているマクロンは、初めて後継者について考えているようだ。中道派の政治運動の将来を確保するために、新しい世代を登用しようとしているのだ。アタルが大統領候補としての脚光を浴びる可能性がある以上、これは賭けである。(後略)【1月31日 WEDGE】
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2022年11月には、マクロン大統領の政敵・ルペン氏率いる極右政党「国民連合(RN)」の党首に、ジョルダン・バルデラ氏(当時 27歳)が選出されています。ルペン氏の後任となります。(ルペン氏は、大統領選出馬のため2021年に退任)

(ルペン氏(左)と並ぶバルデラ新党首(右)【2022年11月5日 日経】)

“移民問題が焦点となる欧州政治において、中道派が移民対策強化をせざるを得ず、結局極右派の主張に歩み寄ってしまうことはオランダ等でも見られた現象である。ルペンは、これを「国民連合」のイデオロギー的勝利と主張し、世論調査では、6月の欧州議会選挙で極右派の圧勝が予想されている。”【同上】という状況で、34歳のアタル首相と28歳のバルデラ「国民連合」党首の論戦が注目されます。

もちろん若ければいいというものではありませんが・・・・日本や高齢者対決になりそうなアメリカに比べると活力を感じるのも事実です。
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ドイツ  移民排斥の右派(極右)政党AfDの伸長 強まる警戒感 ナチスを連想させる移民追放謀議も

2024-01-23 23:19:16 | 欧州情勢

(ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のワイデル共同党首=2023年11月、ベルリン(EPA時事)【1月14日 時事】 ワイデル共同代表の最側近顧問が移民追放謀議に参加したとして抗議が強まっています。)

【初のAfD市長 秋の東独地域3州の州議会選挙では第1党予測も】
このところのドイツ国内政治に関するニュースの多くが移民排斥を掲げる右派政党(極右との評価も)「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持拡大に関するもの。

以前から旧東ドイツ地域で大きな勢力を有していましたが、昨年末には東部ザクセン州ピルナ(人口は約4万人)で初のAfDの市長が誕生して話題にもなりました。

****独東部、右派AfDの市長誕生へ ザクセン州ピルナ、移民排斥****
ドイツ東部ザクセン州ピルナで19日までに実施された市長選で、移民排斥を掲げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の候補者が当選した。AfD候補の市長当選は初めて。AfDは政権への反発や増加する移民・難民への不満の受け皿として支持を広げている。

ピルナは人口約4万人の市。地元メディアによると、17日投開票の市長選でAfDが擁立した男性候補者が得票率38.5%を獲得し、中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)の候補者ら2人を破った。

2013年に発足したAfDは、難民流入に対する不安をあおり、17年の総選挙で第3党に躍進。経済が停滞する旧東ドイツで支持を固めてきた。過激派対策に当たる情報機関はザクセン州など一部地域でAfDを極右と位置付けている。

公共放送ARDの世論調査では今年6月以降、AfDは支持率でショルツ首相の社会民主党(SPD)を抜き、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)に次ぐ2位を維持。郡長選や町長選でもAfDの候補者が勝利していた。【12月20日 共同】
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ピルナだけでなく、昨年後半はAfD候補の地方選勝利が相次いでいます。そしてその勢いは旧東ドイツだけでなく西部にも広がっています。

****伸長するドイツの右派政党 ナチスを経験した国で変化の兆しか****
ドイツで排外主義的な右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が存在感を増している。12月中旬には擁立候補が初めて市長選で当選。来年秋に旧東ドイツ地域で予定される三つの州議会選挙では第1党になる可能性も浮上する。なぜ右派政党が支持を広げているのか。

東部ザクセン州ピルナでは17日に市長選が実施され、AfDの擁立候補が38・5%の票を獲得。中道右派キリスト教民主同盟(CDU)の候補(31・4%)を上回って当選した。

AfDは今年半ば以降、首長選挙で相次いで勝利してきた。6月の東部テューリンゲン州の郡長選、7月の東部ザクセン・アンハルト州の町長選では、擁立した候補が続けて当選。AfDが郡や町の首長選挙で勝利するのは初めてで、行政を担う地域が増えている。

 ◇現政権への批判も追い風にして
AfDは2013年に結党。もともとは反ユーロなど経済政策を掲げていたが、15年に起きた欧州難民危機以降は反移民・難民を前面に出すなど、排外主義的な姿勢を鮮明にしている。旧西ドイツより所得水準が低い旧東ドイツを中心に支持を広げてきた。

最近も難民の急増やインフレを受け、ショルツ連立政権への批判の高まりを追い風にして、AfDの勢いは全国レベルへと広がりつつある。

旧西ドイツ地域ではヘッセン州の10月の州議会選挙で第2党に、バイエルン州でも第3党に躍進した。独公共放送ARDの12月の世論調査によると、AfDの支持率は21%でキリスト教民主・社会同盟(CDU・SSU)の32%に次ぐ2位。ショルツ首相の社会民主党(14%)を大きく上回った。

来年(2024年)秋には、郡長が誕生したテューリンゲン、市長を生んだザクセン、ブランデンブルクの旧東独地域3州で州議選があり、AfDが第1党になるとの観測も広がっている。

ドイツでは第二次大戦後、ナチスを想起させるとして右派政党が有権者から忌避されてきたが、AfDの伸長は変化の兆しとも見てとれる。その背後では同党が地方への浸透を見据え、巧妙な選挙戦略を練ってきたのだ。【12月30日 毎日】
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【景気が悪くなれば、「よそ者(移民)」への反発が強まる 政府の環境政策批判で地域に根ざした活動も】
AfD台頭の背景にはドイツ経済の不調があります。
“景気が悪くなれば、「よそ者(移民)」への反発が強まるのは世の常”ということでしょうか。

****景気悪化でEUの足を引っ張るドイツ 極右政党が市長選で勝利、第一党になる日も時間の問題か****
第4四半期に景気後退入りする可能性
(中略)ドイツの12月のPMI(購買担当者景気指数 企業の購買担当者らの景況感を集計した景気指標のひとつ 50を超えたら改善と答えた人が悪化の人よりも多かったことを意味する)は46.7と前月に比べて1.1ポイント低下した。

市場は「48.2に改善する」と予測していただけにドイツ経済の不調が改めて認識された形だ。第3四半期のGDPも前期に比べて0.1%減少している。インフレが続く中、家計の節約志向が強まり、ドイツの内需が冷え込んでいることが災いしている。

ドイツ経済に対する海外の見方も厳しさを増している。独貿易・投資新興機関は「ドイツに進出する外国企業の数は今年、前年に比べて約2割減少する」との見方を示した(12月5日付ロイター)。

独大手ファンド運用企業ユニオン・インベストメントは「中国経済への依存度が高いことがドイツにとって重大なリスクになりかねない」と指摘している。

来年の予算編成に「違憲」の判断
ドイツ連邦銀行(中央銀行)は「GDPは今年0.1%減少する」としているが、来年(2024年)の見通しはさらに暗いと言わざるを得ない。11月15日、憲法裁判所から「違憲」の判断を下されたことで、ドイツ政府は来年の予算の編成に苦慮しているからだ。

問題になったのは、新型コロナ対策で未利用になった約600億ユーロ(約9.8兆円)を気候変動対策の基金に転用した2021年の補正予算だ。憲法裁判所はこの措置を基本法(憲法に相当)に違反すると判断した。

ドイツ政府は予算のうち未執行分の大半の財政支出を凍結し、補正予算の編成を余儀なくされた。来年の予算についても約170億ユーロ(約2.8兆円)の歳入不足となるなど大混乱に陥っている。

このことを重く見たドイツの主要経済研究所は、来年の成長予測を相次いで下方修正している。ドイツ経済研究所は12月13日「予算危機による不透明感で来年のGDPは0.5%減少する。最悪の場合、1%の減少もありうる」との悲観的な見通しを示した。

筆者が危惧しているのはドイツで不動産バブルが崩壊しつつあることだ。

独キール世界経済研究所によれば、ドイツの第3四半期の戸建て住宅価格は前年同期に比べて12%下落した。マンションなどの分譲物件も11%下落した。ドイツではベルリンやフランクフルトなどの主要都市で軒並み市況が悪化しており、市場関係者は「底が見えない」と警戒感を強めている(11月27日付日本経済新聞)。

不動産バブルの崩壊から長期の不況へ
(中略)30年前の日本のように、不動産バブルの崩壊は長期の不況をもたらす可能性が高いと言わざるを得ない。

景気が悪くなれば「よそ者(移民)」への反発が
「泣き面に蜂」ではないが、ドイツの政治家にとって移民の問題も悩みの種だ。

オランダで11月、「反イスラム」を掲げるウィ ルダーズ党首率いる極右の自由党が第1党に躍進した。「極右への追い風はさらに強まっている」と筆者は考えている。パレスチナ自治区ガザでの戦闘により、世界で発生する避難民の数が過去最大になることが見込まれている(12月13日付ロイター)からだ。

ドイツ公共放送連盟(ARD)と調査機関のドイチュラントトレンドによる毎月の世論調査(11月発表分)によれば、「次の日曜日に連邦選挙があった場合、どの政党に投票するか」の設問で、極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が22%で2位だった。

連立与党の保守系統一会派であるキリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟(CDU/CSU)が30%で1位だったものの、政権を担うドイツ社会民主党(SPD)は16%、緑の党は14%、自由民主党(FDP)は4%と低調だ。

景気が悪くなれば、「よそ者(移民)」への反発が強まるのは世の常だ。
12月17日、AfDの立候補者がドイツ東部ザクセン州ピルナ(人口は約4万人)の市長に当選した。AfDがドイツの市長選で勝利したのは初めてだ。「AfD旋風」はとどまるところを知らないといった印象だ。

政権与党に対する不満から、ドイツでは総選挙の早期実施を求める声が高まっている。ドイツで極右政党が第1党となるのは時間の問題なのではないだろうか。【12月20日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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上記記事にある“新型コロナ対策で未利用になった資金の転用に関する違憲判断”の影響で、ドイツ政府は12月17日から電気自動車購入時に支給される補助金を停止すると発表しました。突然の停止に批判が強まっており、また、既に苦境に立たされている自動車産業にとってさらなる痛手となると見られています。

こうした景気悪化に伴う反移民感情がAfD伸長の追い風になっているだけでなく、AfDは最近ではロシアによるウクライナ侵攻の影響などから、エネルギー価格が高止まりして経済が低迷するなか、政府の環境政策などへの批判も強めて支持を広げています。

たとえば地域で反対が根強い風力発電立地に反対するなど人々に寄り添う姿勢を見せて、有権者の間では自分たちの不満や意見を聞いてくれる・・・との評価もあるようです。こうした地域に根ざした活動もAfD伸長の理由になっています。

【高まる警戒感 「左派ポピュリスト」のライバル政党立ち上げの動きも】
ただ、ナチスを彷彿とさせるような極右勢力の拡大に対する警戒感も強まっています。

****潜在的ライバルは意外な勢力 伸長するドイツ右派政党に警戒も****
ドイツ国内で支持を広げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だが、勢力拡大を警戒する動きも目立つようになってきた。またライバルと位置づけられるような政党も出現する見通しだ。

東部のテューリンゲン、ザクセン、ザクセン・アンハルト3州では、12月までに各州の憲法擁護庁がAfD支部を「極右団体」に指定した。また連邦憲法裁判所がAfDの活動禁止を審査するように連邦参議院(上院)に求める嘆願書には、著名なテレビ司会者や作家ら40万6000筆を超える署名が集まった。

産業界からも、AfDの伸長は経済に悪影響を及ぼしかねないとの声があがる。排外主義的な主張が広がれば、外国人労働者のドイツ離れにつながり、労働力不足が深刻化するためだ。

ドイツ産業連盟(BDI)のジークフリート・ルスブルム会長は12月19日付の地元紙などで「経済にとっても、ナショナリズムへの逆戻りを想起させる政治運動は有害だ」と批判した。

新党結成に至るのか
AfDのライバルとなる可能性が指摘されているのは、政治的な立場を異にする左派勢力だ。

来年1月に新党を結成すると宣言したザーラ・ワーゲンクネヒト連邦議会議員(54)は、旧東ドイツ社会主義政党の流れをくむ左派党の人気女性議員だった。党執行部と対立し、10月に離党した。左派ながら、移民・難民の受け入れには懐疑的で、親ロシア的な立場でウクライナ支援を批判する「左派ポピュリスト」ぶりをみせている。

10月の世論調査では、新党を結成すれば、連邦議会で12%の支持を得られるとの推定結果も出された。新党は来年に予定される旧東ドイツ地域の3州の州議会選にも候補者を擁立する構えだ。

AfDの動向に詳しい政治学者ベンヤミン・ヘーネ氏は「ワーゲンクネヒト氏が実際に新党立ち上げに成功すれば、(同じポピュリスト政党に位置づけられる)AfDはおそらく来年の州議選での第1党争いからは脱落するだろう」と分析する。支持を広げてきたAfDだが、意外な対抗勢力から支持層が切り崩される可能性も出てきた形だ。【12月30日 毎日】
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【共同代表顧問が移民追放謀議に参加 強まる批判】
そもそも、そのナチスを連想させる過激な移民排斥に対する強い抗議も出ています。

****ドイツ、極右政党の移民政策に抗議広がる 数十万人がデモ****
ドイツ全土で極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の移民政策に対する抗議デモが週末に行われ、数十万人が参加した。

デモはAfD幹部が外国出身者の国外追放などを議論する会合に出席したと報じられて以降、勢いを増している。

AfDは以前から反移民政策を掲げているが、調査ニュースサイトのコレクティブは「同化していない市民」を「北アフリカのモデル国家」に送還する案について報じた。一方、AfDはこの計画は党の方針ではないとしている。

21日のデモは、ベルリンやミュンヘン、ケルンに加え、ライプツィヒやドレスデンといったAfD支持者が比較的多い東部でも行われた。ミュンヘンでは参加者が想定以上となったため、予定よりも早くデモを終了した。警察によると約10万人が参加。主催は20万人が参加したとしている。【1月22日 ロイター】
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****極右政党、移民追放を謀議か ナチス想起に波紋広がる ドイツ****
(中略)調査報道団体「コレクティーフ」によると、昨年11月25日、東部ポツダムのホテルで、AfDのワイデル共同党首の最側近や連邦議会議員、起業家ら約20人が会合を開いた。

この中で、オーストリア出身の活動家が「マスタープラン」と称し、肌の色や出身地が異なり、「同化されていない国民」はドイツから追放可能とすべきだと主張。アフリカ北部に「モデル国家」を設けて200万人が移り住めるようにするアイデアを披露したという。

ナチスはマダガスカル島へのユダヤ人移送を実際に計画したことで知られる。またホロコースト(ユダヤ人大虐殺)が話し合われた会議の場所が、今回のホテルと近かったことも、臆測に拍車を掛けた。(後略)【1月14日 時事】
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北アフリカでドイツに縁がある地域となれば、20世紀初頭に「モロッコ事件」の起きたモロッコでしょうか。モロッコにはモロッコと反政府勢力が主権を争う「西サハラ」が存在しますが・・・

“この会合には保守野党のキリスト教民主同盟(CDU)の右派党員も参加したとされ、反移民感情の根深さがあらわになっている。”【同上】とも。

AfDは、会合は私的なイベントで出席者は個人の立場で参加し、党とは関係ないと説明しています。また共同代表は会合に参加した顧問との契約を解除したとのこと。

単に移民流入規制だけでなく、国内移民の「モデル国家」への追放というという話になると、ユダヤ人をマダガスカル島に送るというかつてのナチスの計画を連想させます。

このままAfDが勢力を拡大するのか、阻止すような動くが強まるのか・・・注目されます。
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ウクライナ  反転攻勢失敗、欧米の支援疲れで、停戦論浮上も 厳しい1年に

2024-01-01 23:33:27 | 欧州情勢

(【12月26日 読売】)

【年末の戦闘激化 ウクライナ「一線を越える」ロシア攻撃】
ウクライナでは年末、ロシアがウクライナ全土への「最大級」の一斉攻撃を行い、これにウクライナがロシア領内を大規模砲撃するという「一線を超えた」反撃を行うという、これまでになく激しい展開となりました。

****露のウクライナ一斉攻撃、死者23人、負傷者132人に 極超音速ミサイルも発射****
ウクライナの首都キーウ(キエフ)など全土に29日、ミサイルや自爆ドローン(無人機)によるロシア軍の一斉攻撃があり、少なくとも23人が死亡、132人が負傷した。ウクライナ主要メディアが伝えた。

ゼレンスキー大統領やウクライナ軍によれば、各種のミサイル約110発を含む158の飛翔体が攻撃に使われ、軍はミサイル87発とドローン27機を撃墜した。

露軍のウクライナ全面侵攻後で最大級の空爆だったとみられ、各地で産科医院や商業施設、住宅、社会インフラなどが被害を受けた。死傷者はさらに増える恐れがある。(中略)

ウクライナ軍のザルジニー総司令官によると、露軍は各種の巡航ミサイルやイラン製ドローンのシャヘドを攻撃に使い、極超音速ミサイル「キンジャル」5発も発射した。露国防省は29日、「高精度ミサイルとドローンで敵の軍事目標を破壊した」と主張した。

キーウで地下鉄駅が損傷するなどして4人が死亡。東部ドニエプロペトロフスク州では商業施設への着弾があり、6人が死亡した。【12月29日 産経】
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極超音速ミサイル「キンジャル」はプーチン大統領が2018年に大々的に発表した6つの「スーパー新兵器」の1つ、自慢の兵器ですが、“プーチン自慢の極超音速ミサイル「キンジャール」は的に当たらない──英国防省”【12月20日 Newsweek】など、これまでの実戦評価はあまり高くありません。

プーチン大統領が怒っているという話も伝えられるなかで“いったい何事!? ロシアで極超音速ミサイルの科学者10数人が相次ぎ粛清──病床から引きずり出され「FSBに殺された」の声も”【12月19日 Newsweek】といった不可解な報道も。

今回のロシアの一斉攻撃で、30日のゼレンスキー大統領の発表では、死者はウクライナ全土で39人とも。
ロシアとしては、最大級のウクライナ全土への一斉攻撃で、長引く戦争で疲れも出てきたウクライナの戦意を更にくじく狙いでしょうか。

この攻撃にウクライナ・ゼレンスキー大統領はロシア領内を大規模砲撃するという「一線を超えた」形で反撃。
ロシア側の地元知事によると、民家やスポーツセンターなどが被災し、これまでの死者は24人になったとも。【12月31日 日テレNEWSより】

****ロシア領内、侵攻後最大の被害か ウクライナ軍砲撃、100人超死傷****
ウクライナと国境を接するロシア西部ベルゴロド州で29日夜から30日にかけて、ウクライナ軍による大規模な砲撃があり、同州のグラトコフ知事によると、少なくとも22人が死亡し、100人以上が負傷した。ロシア領内の人的被害としては2022年2月に「特別軍事作戦」が始まって以降、最大とみられる。

これまでウクライナは、ロシアによる核使用などのエスカレーションを懸念する欧米に配慮し、ロシア領内へはインフラなどへの攻撃に限定してきた。

ただし29日にはロシア軍により国内各地に軍事作戦開始後で最大規模となる空爆を仕掛けられたことから、ゼレンスキー大統領も報復する意向を示していた。欧米による軍事支援が先細る中、ウクライナによるベルゴロド州への攻撃は「一線を越える」形となっている。

自国領内で20人を超す犠牲者が出たことを受け、ロシア軍は30日にもウクライナの首都キーウ(キエフ)などへの空爆に及んでおり、報復合戦の様相が濃くなっている。

ウクライナと隣接するベルゴロド州は特別軍事作戦の開始後、散発的にウクライナ軍による砲撃や無人機(ドローン)攻撃を受けてきた。23年6月の時点で、数千人の住民がすでに国内の別の地域に避難していると伝えられていた。(中略)

ロシアはこの日、国連安全保障理事会の緊急会合の開催を要請。会合ではネベンジャ国連大使が、ベルゴロド州へのウクライナ軍の攻撃について「意図的なテロ行為だ」と指弾し、欧米諸国などに今後のウクライナ支援の見通しについて説明するよう迫った。【12月31日 毎日】
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ウクライナの広範な地域を侵略・占領しているロシアが、自国への砲撃に息まくというのは筋違いの話に思えますが、ウクライナのテロ・侵略意図に反撃しているというロシアの論理からすればそうなるのでしょう。

ウクライナの「一線を越える」攻撃が今回限りのものなのか、今後常態化するのか、その場合戦闘拡大に欧米がどのように反応するのか、ただでさえ「支援疲れ」が問題となっているなかで、ウクライナによるこうした戦闘拡大がどのように欧米側に受け止められるのか・・・・注目されるところです。

欧米側はこれまでの武器支援では、自国兵器がロシア攻撃に使用されて、ロシアとの直接対決状態になるのを嫌って、射程距離に制限をつけるなどしてきましたが、そうした欧米の姿勢はウクライナにすれば腰の引けたもどかしい、あるいは身勝手な対応にも映るでしょう。

ウクライナの反撃に対し、ロシアは“ウクライナ軍の攻撃に報復、ハルキウ州を攻撃 ロシア国防省発表”【12月31日 日テレNEWS】と更に反撃して「報復合戦」の様相を呈しています。

【反転攻勢失敗、欧米の支援疲れで、停戦論浮上も】
ロシアへの激しい抵抗を続けるウクライナですが、「反転攻勢の失敗」「欧米支援国の支援疲れ」と、戦局も支援体制も厳しいところに追い込まれており、今年はウクライナ・ゼレンスキー大統領が望まない形での「停戦」に関する議論も表面化してくることが予想されます。

****反攻不首尾のウクライナ、24年は「守勢」へ 停戦論浮上も****
ロシアの侵略を受けるウクライナは今年、本格的な反攻作戦に着手したが、目立った成果を出せなかった。ウクライナにとって来年は、兵士の追加動員などで戦力回復を進めながら、再び反攻の機会をうかがう「守勢」の時期になる見通しだ。露軍の攻勢が続き、ウクライナの劣勢が顕著になれば、欧米の支援国で停戦を促す機運が高まる可能性もある。

ロシアは戦果強調
ウクライナ軍が反攻を開始したのは今年6月。南部ザポロジエ州で南下し、アゾフ海沿岸にある露軍の補給路を寸断することで南部一帯の奪還につなげる戦略を描いた。だが、露軍の防衛線に阻まれ、アゾフ海まで約100キロの集落ロボティネを8月に奪還した後は前進が停止。東部ドネツク州バフムト周辺でも反攻に出たが、目立った領土奪還はできなかった。

露軍はウクライナが反攻で疲弊したとみて、秋ごろから東部で攻勢を強化。今月25日には、激戦が続いたドネツク州マリインカの制圧を発表した。プーチン大統領は露軍を祝福し、さらなる前進に意欲を示した。ショイグ露国防相は26日、「今年の軍の最重要任務は反攻を打ち破ることだった。それは成功裏に完了した」と誇った。
欧米メディアにも「反攻は失敗した」との見方が定着している。

反攻が成果を挙げられなかった理由としては、航空優勢の不在▽東部と南部への戦力分散▽露軍の防衛線の強固さ▽兵力や兵器生産力での国力差−など複合的な要因が挙げられている。

大量の追加動員へ
ウクライナは、戦力建て直しに動いている。
政府は25日、動員の規則を変更する一連の法改正案を同国最高会議(議会)に提出。改正案は軍への招集年齢を27歳から25歳に引き下げることや動員免除の対象者の縮小、国外滞在中の国民の動員を容易にすることなどを柱とし、来年初頭にも成立する見通しだ。法改正に合わせ、50万人規模の追加動員が行われるとの観測も出ている。

ウクライナはさらに、欧米からの供与に頼ってきた兵器や弾薬の国内生産を増やそうと欧米側の軍需企業を積極的に誘致。ゼレンスキー氏は11月末、露軍の前進を防ぐため各地に防衛線を構築し、国土を「要塞化」する方針も示した。

ただ、追加動員や兵器生産力の強化、防衛線の構築には一定の時間を要する。来年には支援国から米戦闘機F16の供与も始まる見通しだが、停滞した戦局を変えられるか不透明だ。

米大統領選も視野
欧米では、停戦の可能性を指摘する声も伝えられ始めた。
米CNBCテレビは今月25日の報道で「現状を見る限り、ウクライナには停戦交渉に応じる以外の選択肢はほとんどない」とする専門家の見解を紹介。この専門家はまた、来年の米大統領選でウクライナ支援に否定的なトランプ前米大統領が返り咲いた場合、停戦圧力はさらに強まるとの見方を示した。

米政治サイトのポリティコも27日、欧米当局者の話として、欧米はウクライナ支援の目標をロシアに対する完全勝利から、将来の対露交渉を見据えてウクライナの立場を改善させることに移し始めていると報じた。
停戦への動きが表面化するかどうかも来年の焦点となる。【12月30日 産経】
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【ロシア “死なせてもいい兵士”を使った人海戦術】
ウクライナの反転攻勢を阻んだロシアの戦いぶりにについては、“死んでもかまわない”受刑者などを大量投入して、犠牲の大きさを厭わない「人海戦術」が伝えられています。

“ロシア兵証言「人間扱いされず」 元受刑者、刑務所から肉弾戦に”【12月29日 共同】
““死なせてもいい兵士”の部隊ロシアの肉弾攻撃とは…【報道1930】”【12月31日 TBS NEWS DIG】

“遮るものがない平原をロシア兵が突進してくる。それを塹壕からウクライナ兵が銃を掃射してなぎ倒す。だが、ロシア兵は倒しても倒しても次から次に突進してくる。ウクライナ国営メディアによれば1.5〜2キロ前進するために2万人の死傷者を出したとも伝えられる。”【同上】

「1時間に15人から20人の軍隊規模で突撃してくるらしい。それが24時間続く。それで(突撃をやめて)前線を離れようとする兵士がいると、後ろで監視しているロシア兵に撃ち殺される。これは映像でも確認されている。だから前に進んでウクライナ軍に倒されるか、後ろに下がって仲間に撃たれるか…、そういう選択の中でロシアの兵士たちは戦っている。NATOの記録では最高8人のウクライナ兵で500人のロシア兵を倒したとある…」【同上】

ドローン攻撃が主役に・・・とか極超音速ミサイル「キンジャル」といった時代に「いったいいつの時代の戦争か」・・・とも思ってしまいますが、戦争の本質というのは結局こういうものなのでしょう。

こうした「人海戦術」は大勢の死者が出ても兵隊を戦わせながら前進させ相手の砲弾などを消耗させる作戦であり、第一次世界大戦でも第二次世界大戦でもおこなわれたロシア軍の伝統的戦術です。戦う相手は恐ろしくなり、「これではきりがない・・・勝てない・・・」という思いにも。今回は“受刑者”投入ということで“死なせてもいい兵士”の度合いが増しています。

日本も、日露戦争の旅順要塞攻略・203高地では似たような人海戦術をとっていますが。

【ウクライナ国内でも厭戦ムードが少しずつ広がる】
戦争の長期化、動員体制強化に伴って、ウクライナ国内にも厭戦気分が広がりつつもあります。

****ウクライナ世論調査「領土諦めてもよい」19%、昨年5月からほぼ倍増…厭戦ムード少しずつ拡大か****
ロシアの侵略を受けるウクライナの調査研究機関「キーウ国際社会学研究所」が今月発表した世論調査によると、「平和のために領土を諦めてもよい」との回答割合が19%で昨年5月のほぼ2倍になった。ロシアの占領下にあるウクライナ東・南部の奪還を目指す反転攻勢が思うように進まず、厭戦ムードが少しずつ広まっているようだ。

「どんな状況でも諦めるべきではない」は74%で、初めて8割を割り込んだ。地域別に見ると、ロシアの攻勢にさらされているウクライナ東部では「諦めてもよい」は25%で、「諦めるべきではない」が67%だ。領土の放棄を容認する割合が他地域よりも高かった。

ただ、「諦めてもよい」と答えた人の71%が、「西側の適切な支援があれば、ウクライナは成功できる」と回答しており、ウクライナ国民が士気を保てるかどうかは、欧米の軍事支援次第と言えそうだ。

一方、露政府系の「全ロシア世論調査センター」の21日の発表によると、2024年に期待する出来事として、ロシアでウクライナ侵略を意味する「特別軍事作戦の終結」が45%で最多を占めた。「来年3月の大統領選挙」が26%、「経済成長と生活水準の向上」が13%と続いた。

今年の主要な出来事を問う項目では、「特別軍事作戦」との回答が22%だった。昨年の62%から大きく下落しており、露国民のウクライナ侵略への関心低下をうかがわせた。【12月26日 読売】
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“露国民のウクライナ侵略への関心低下”はプーチン大統領には好都合でしょう。時間をかけて物量・人員にものを言わせてウクライナ側への圧力を強めることができます。

【危ういアメリカ・EUのウクライナ支援】
ウクライナ側は“欧米の軍事支援次第”
その“頼みの綱”が非常に危うくなっているのは去年後半から連日報じられているところ。

アメリカ・バイデン政権は議会・共和党の協力が得られず、「最後の支援」「資金が枯渇」という文言を頻繁に目にします。

****米、ウクライナへ軍事支援発表 「議会が承認しない限り最後の可能性」****
バイデン米政権は27日、ウクライナ向けに2億5000万ドル(約355億円)の軍事支援を発表した。ウクライナ支援で政権は議会に614億ドルの追加予算を要請したが、不法移民が殺到する南部国境の警備強化を条件とする野党共和党が承認を拒否し、採決に至っていない。国防総省は声明で「議会が追加予算を承認しない限り、本日発表の軍事支援が最後となる可能性がある」と訴えた。

支援は防空システム、高機動ロケット砲システム「ハイマース」や155ミリ榴弾砲の砲弾など。政権は米軍の在庫からウクライナに武器・弾薬を供給し、国防総省に配分された資金で在庫の補充を行っているが、国防総省は今月、議会に対し、追加予算が承認されなければ資金は年内に枯渇すると警告していた。

ブリンケン国務長官は27日の声明で「米国の国益を促進するために議会が即座に行動することが不可欠だ」と早期承認を求めた。(攻略)【12月28日 産経】
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EUもハンガリーの“拒否権”でウクライナ支援が危うくなっています。

****EUの「ウクライナ支援」予算案 ハンガリーが“拒否権”発動で難航…苦肉の策の「プランB」とは?****
(中略)戦闘の長期化と、ウクライナによる反転攻勢の停滞などを受けて“支援疲れ”も叫ばれる中、EU=ヨーロッパ連合では、親ロシア政権のハンガリーがウクライナ支援のための予算案に拒否権を行使。2023年内に予算案は合意に至らず、2024年のウクライナの軍事態勢への影響を懸念する声が大きくなってきている。

そんな中、EU内では、ウクライナ支援を継続するべく、代替案「プランB」が水面下で調整されている。その驚きの中身とは?

■EU加盟交渉は前進も肝心の予算案が暗礁に…
23年12月、ベルギーのブリュッセルで行われたEU首脳会議。注目の議題は、ウクライナなどのEU加盟交渉と、500億ユーロ(=およそ7兆8000億円)にのぼるウクライナ支援の予算案だった。

巨額の予算案をめぐり、当初、東ヨーロッパを中心に数か国が反対するのではないかという観測もあったが、蓋を開けてみれば、明確な反対は、ハンガリー1か国のみ。ただ、予算承認には加盟27か国すべての合意が必要だ。

ハンガリーのオルバン首相は23年10月にロシアのプーチン大統領と会談し、「ロシアと対立しようと思ったことはない」と話すなど「親ロシア」を鮮明に打ち出している。会議では、そんなオルバン首相への説得交渉が続けられた。

ハンガリーは司法の独立性に疑義があることなどから、EU側から予算執行を停止されている。ハンガリー側が求める停止解除と引き換えに、ウクライナ支援予算案への協力を求める交渉が行われたが、合意には至らず、ハンガリーは反対の姿勢を崩さなかった。

後述する“秘策”によって、ウクライナのEU加盟交渉に関してはハンガリーは拒否権を行使しなかったものの、予算案については拒否権を行使したため、23年内の承認は得られなかった。

暗礁に乗り上げた予算案だが、EU各国は今後、24年初頭から交渉を再開し、早ければ1月末から2月初旬にも再び首脳会議を開いて合意を得たい構えだ。

■EU内で進む「ハンガリー・オルバン首相対策」 “コーヒー休憩で退席”に続く「プランB」とは?
2023年12月に開かれたEU首脳会議実は、ウクライナなどのEU加盟交渉について、オルバン首相は同意していなかった。政治ニュースサイトの「ポリティコ」によると、首脳会議でも他国の説得にオルバン首相は耳を貸さず、反対の姿勢を貫いていたといい、「全会一致」での合意に向けて、ある“秘策”が行われたという。

それは、ドイツのショルツ首相が、オルバン首相に対して「会議場の外で、コーヒーでも飲んで休憩されたらいかがですか?」と水を向けたというもの。オルバン首相がこれを受け入れ、会議場を後にしたところで、ハンガリー抜きで採決を行い、「全会一致」での合意を演出したというのだ。

こうした形を含む「オルバン首相対策」はEU内で水面下で進められている。ハンガリーが予算案に対して拒否権を行使し続けることを想定し、再び“コーヒー休憩”などを装う形でオルバン首相に退席を促し、形式上はハンガリーが賛成することなく「全会一致」での承認を目指すという報道も…。

一方、24年初頭から再開するという予算承認に向けた交渉では、ハンガリーの反対を織り込み済みの「プランB」が調整されているという。複数の欧米メディアによると、「プランB」はハンガリーを除く加盟26か国が、それぞれウクライナと二国間の協議のもとで支援を続けるというもので、「ハンガリーが反対を続けるのであれば、24年の初頭は一旦、この案で乗り切るのだろう」という見方が出てきている。(後略)【12月30日 日テレNEWS】
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“アメリカのCNNも、アメリカ軍高官の話として「アメリカなどの支援が停止した場合、最悪のケースでは24年夏までにウクライナの大幅な後退や敗北もあり得る」と報じるなど、戦況へ影響が出る恐れを指摘する声が上がり続けているのが現状だ。”【同上】

ゼレンスキー大統領と軍トップのザルジニー総司令官の不協和音など、政権内部の揺らぎも報じられるなか、ウクライナ・ゼレンスキー大統領にとっては厳しい1年になりそうです。

北欧2ヶ国のNATO加盟、ロシアの権威失墜など長期的・総合的にはロシアは多大な犠牲を払うことになった、ロシアはすでに負けている・・・とは言うものの、ロシアの侵略を認める形の停戦ということになれば、日本を含めた国際社会にとって今後に禍根を残すことにもなります。
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