(9月29日 ムシャラフ大統領の立候補を承認した選挙管理委員会決定に対し抗議する弁護士等を規制する警官 この資格問題は最高裁でも審議され、今回の非常事態宣言に至りました。 “flickr”より By nando.scafroglia )
日本の政界は“禁断の奥の手”とでも言うべき大連立構想で揺れていますが、パキスタンではムシャラフ大統領が3日、陸軍参謀長として全土に非常事態を宣言して憲法を停止し、事実上の戒厳令を敷きました。【11月4日 AFP】
今のところ政府、国会などの機能は停止しないと伝えられています。【11月4日 共同】
これにより、全てのメディアや電話会社など通信関連は政府の管理下に置かれ、すでに軍が全テレビ局に配置され、ニュース放送は停止しています。
首都イスラマバードでは電話がつながらなくなっています。
1日出国していたブット元首相は3日帰国して今回の措置を批判していますが、多くの野党指導者が拘束されたり自宅軟禁下に置かれたりしているようです。【11月4日 毎日】
また、大統領選の合憲性を判断していた最高裁にも国軍が展開し、かねてから大統領との確執があったチョードリー長官が解任され、Hameed Dogar新長官が任命されました。【11月4日 AFP】
最高裁はムシャラフ大統領の発令した非常事態宣言の停止を命令しましたが、この最高裁命令について「非常事態宣言は憲法上の根拠を持つものであり、最高裁がこれに異議を申し立てることはできない」と、政府は応じない構えです。【11月4日 AFP】
今回の非常事態宣言について、ムシャラフ大統領は3日、テレビを通じて演説を行い、国内におけるテロリズムの増加と、政治への司法権の干渉により政府が「半麻痺状態」に陥っていることが発令の理由だと言明しました。
ブット元首相帰国時に発生した139人の犠牲者をだした爆弾テロなどに言及し、「(パキスタンは)深刻な国内的対立」に直面していると述べ、国家的統一を維持するために憲法を停止するに至ったことを説明しています。
また、政府が拘束した61人のテロ容疑者の身柄拘束を解くよう最高裁が命令するなど、「司法府が一線を越えている」,「今日の状況を生んだ原因は司法積極主義にある」と最高裁を批判、「政府のシステムは半麻痺状態にある。すべての政府機能は裁判所によって阻害されている。それが我々が行動を起こせない理由だ」と語っています。【11月4日 AFP、時事、朝日】
一般的には、先月行われた大統領選をめぐり、再選へ向けて最多票を得たムシャラフ大統領の立候補資格を最高裁が審理中で、大統領に不利な判決が下される前に大統領が先手を打ち強行突破を図ったものと受け止められています。
最高裁は、ムシャラフ大統領が「大統領選で再選されれば、宣誓式までに軍服を脱ぐ」と表明はしているものの、陸軍参謀長を兼務したままで立候補したことの合法性について審理を続けており、投票から1カ月近くたっても同氏の当選が確定しない事態が続いていました。
先月末には、「最高裁が大統領選の結果に否定的な判決を出す」という未確認情報が政府内や地元メディアの間に広まっていました。
今月1日夜には「非常事態宣言が出される」とのうわさも流れていたそうです。
2日ごろに予定されていた判決は延期され、「政府が最高裁に何らかの圧力をかけた」との憶測も出ていたとも言われています。【11月4日 毎日】
今後、最高裁の審理は、宣言をもとに発令される「暫定憲法」に従って再開される見通しで、その場合大統領選を「合憲」とする判決が出される可能性が高いとされています。【11月4日 毎日】
最高裁、特にチョードリー長官は、陸軍参謀長を兼務した大統領資格について批判的で、5月には大統領は長官の職務を停止しましたが、これに抗議する野党などのデモが起こり、最大都市カラチなどで33名が死亡する騒動に発展しました。
その後最高裁が長官の復職を認めたことで、大統領には逆に、憲法を遵守した形での大統領再選が求められるハードルが課され、陸軍参謀長兼務問題が焦点になっていました。
司法と大統領権限の問題、「司法積極主義」の問題は、三権分立の問題そのものであり、到底私などが口を挟める問題ではありません。
日本では、国を相手にした多くの訴訟で司法が判断を避けるケースが多く、司法のチェック機能が不十分ではないかという視点でこの問題をみることがよくありました。
逆にパキスタンの現状は、確かに“ここまで最終決定権を司法が握る事態が正常か?”という疑念を感じるところもありました。
ただ、陸軍参謀長兼務問題について言えば、大統領が立候補前に参謀長を辞任すればおおかたの問題は解決する話であり、それが出来ない、軍籍にこだわる大統領の姿勢にやはり問題があったように思えます。
この問題を乗り切るために、亡命中だったパキスタン人民党(PPP)のブット元首相とも協議を重ね、「大統領選で再選されれば、宣誓式までに軍服を脱ぐ。また、ブット元首相を含めた政治家の過去の刑事訴追を取り消す」という妥協を行いました。
ムシャラフ大統領が軍籍に固執したのは、その政治基盤の弱さによるものでしょう。
パキスタン人民党(PPP)総裁のブット元首相は、かつて軍政に処刑された父親の故ブット元首相以来の“ブット家”のブランドがあり、熱烈なブランド崇拝、個人崇拝的な根強い支持があります。
ムシャラフ大統領を議会で支えるのはパキスタン・イスラム教徒連盟カイデアザム派(PML-Q)ですが、PML-Qはブット元首相、PPPとの協力には消極的で、また、その議員にはシャリフ元首相支持者が多く、もしシャリフ元首相が帰国するとパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)に戻る可能性が高いとも言われていました。
国民的人気の点でも世論調査などによると、強権的なムシャラフ大統領はシャリフ元首相、ブット元首相に及ばないようです。
こうした支持基盤の弱さから、どうしても軍のトップという地位に固執したのではないでしょうか。
そのブット元首相ですが、非常事態宣言の出される直前の1日「家族に会うため」(PPP関係者発言)とのことでドバイへ出国(8日帰国予定)していました。【11月1日 毎日】
そして、非常事態宣言が発令されたことを聞き、急遽3日帰国しました。【11月4日 AFP】
先述したように、すでに先月末から最高裁の否定的な判決や非常事態宣言について噂が流れていた緊張した情勢でなぜブット元首相はドバイへ出国したのか?
また、今後について「野党勢力との協力協議もいったん白紙に戻し、汚職の罪などに問われているブット氏ら野党指導者に与える予定の恩赦も取り消す可能性が高い。」【11月4日 毎日】「(ブット元首相らの野党は)ムシャラフ大統領に対する攻勢を強めており、非常事態宣言はブット元首相がいったん国を離れドバイを訪問中のすきを突いて発令された。」【11月 3日 毎日】とも言われていますが、そういうことであれば、なぜ大統領側は3日ブット元首相の再帰国をすんなり認めたのか?・・・いろいろ疑問が残ります。
帰国後ブット元首相は英TV取材に対し電話を通じて、「パキスタンは極めて難しい状況にある。民主化ではなく独裁政治に後戻りしようとしている」と語っています。【11月4日 AFP】
ブット元首相の今後の処遇は不透明です。
アメリカはこれまで、ムシャラフ大統領とブット元首相らの野党勢力との連携による「パキスタンの穏やかな民主化」を狙い、大統領とブット元首相の協議を支援し、また、最高裁が大統領選挙結果を認めることに期待感を隠してきませんでした。
しかし、非常事態宣言はこうした米国のシナリオも根底から覆すことになりました。
米政府は3日、パキスタンでの非常事態宣言について強い遺憾の意を表明、ジョンドロー報道官は、「宣言は非常に残念である。ムシャラフ大統領は大統領として再任する前に自由かつ公平な選挙を経て、また軍の最高司令官としての立場を退く必要がある」と語っています。
また、ライス米国務長官は「米国はそのような憲法の範囲を超える措置を支持することはできない。それらはパキスタンにとって民主化への途を遠ざけるものだ」と発言しています。【11月4日 AFP】
一方、ムシャラフ大統領は、対テロ戦で政権の後ろ盾である米国やEUに対して「欧米の民主主義とはレベルが違う。時間を与えてほしい」と理解を求めたそうです。【11月4日 共同】
世界最強国と言われるアメリカですが、現実世界ではイラク、アフガニスタンにしろ、イランの核問題しにしろ、トルコの越境攻撃問題にしろ、事態をコントロールできずにいます。
何とか進展しているのは北朝鮮の核無力化でしょうか。
今回のアメリカの希望に逆らった非常事態宣言は、テロとの戦いにおける重要な同盟国パキスタンに対する米国のコントロールの限界を示したように思われます。