(エルサレムの市場でアラブ女性をチェックするイスラエル女性兵士 “flickr”より By mrtwism)
イスラエルとパレスチナの2国家共存を目指す中東和平国際会議が27日、米アナポリスで開催され、00年に決裂した和平交渉について7年ぶりに来月から再開するとの共同文書を発表して閉幕しました。
ブッシュ米大統領は会議冒頭「08年末までの交渉妥結を目指す」と、任期中の解決の決意を言明しています。
サウジアラビアなどのアラブ諸国を含む40カ国以上が参加、イスラエルとの間でゴラン高原返還問題を抱えるシリアもアメリカの招待で参加しましたが、アメリカ主導の中東和平に反対するイランとの関係を考慮して外相ではなく外務次官の参加になったとか。
イラクは「招待は受けたが、担当者が忙しい」との理由で欠席。イランが反対している会議への出席で国内のシーア・スンニ・クルドという微妙なバランスに影響を与えたくないと「イランとの関係に配慮したのは間違いない」との見方が強いそうです。【11月27日 毎日】
今回の和平交渉について、アメリカはパレスチナ和平進展によってアラブ諸国を取り込み、核保有が疑われるイラン包囲網をつくりたいという思惑があるとも伝えられていますが、交渉が不調に終わった場合、逆にイラン、ヒズボラやハマスなどの勢力を勢いづかせる可能性もあります。【11月21日 毎日】
今回会議は交渉再開を確認しただけの“最低限の合意”しか得られず、“政治ショー”とか“写真撮影会”とも揶揄されているように、レームダック化しているブッシュ政権、ハマスをコントロールできないアッバス議長、昨年夏対ヒズボラで結果をだせず、汚職事件の捜査対象にもなっているオルメルト首相・・・それぞれが国内基盤が脆弱であるため、今後の交渉にも期待できないという見方が一般的です。
たとえば、イスラエル議会では、「エルサレムの境界線の変更についてはいかなるものも特定多数(議会議員120人中80人)の支持が必要」とする野党提案の法案が何の問題もなく可決されました。
この法案は、和平首脳会議を前にオルメルト首相に足かせをかすことを狙いとしたものですが、連立与党の議員の支持も得て可決されたとのことです。【11月28日 IPS】
このような状態では、譲歩案を国内的に納得させる指導力は期待できません。
そんななか、27日の会議でイスラエルを「ユダヤ人国家」と定義したブッシュ大統領の発言は、パレスチナ難民の自国領への帰還を拒否するイスラエルの方針を追認したとも受け取れ注目されています。
ブッシュ大統領は演説で和平達成策として「イスラエルがユダヤ人のホームランドであるように、パレスチナ人のホームランドとしてパレスチナ国家を樹立する」と強調。さらに「米国はユダヤ人国家としてのイスラエルの安全保障に関与する」と明言しています。【11月28日 毎日】
パレスチナ側は約440万人とも言われる難民の帰還権を一貫して要求していますが、イスラエルを「ユダヤ人国家」と認めることはこのパレスチナ難民の帰還権放棄につながりかねないともとられます。
共同文書でイスラエルは「イスラエルはユダヤ人国家、パレスチナはパレスチナ人国家」という文言を加えることを希望していましたが、パレスチナ側はこれを拒否。
「ブッシュ大統領は代わりに演説の中でイスラエル側の意向をくんだ」との見方が出ているそうです。【11月28日 毎日】
「ユダヤ人国家」云々はこのように難民帰還権に影響しますが、もともとイスラエルには難民とならずに国内にとどまったアラブ系イスラエル人が約2割(約133万人)存在していますので、その意味でも“イスラエルはユダヤ人国家”というのは問題の大きい表現です。
1948年のイスラエルの建国宣言では、イスラエル国家に残ったアラブ住民に対し、「完全で対等な市民権」に基づいて国家を支えることを呼びかけています。
確かに、選挙権もあり利害を代表する議員も選出しています。
しかし、実際にはユダヤ人に比べて様々な面で劣後する扱いを受けることが多いのは想像に難くありません。
例えば、アラブ住民は兵役義務がない分(イスラエル国家は彼らを信用していないということでしょう。)、兵役終了を条件とする就職などで不利な扱いをうけるそうです。
(「坂の街石の家」 http://www.geocities.jp/aonamix/index_israeliarab.html)
このイスラエル国内のアラブ系住民の存在は、イスラエルにとっては厄介な問題でもあるようです。
アラブ系住民がユダヤ人よりもはるかに高い出生率で人口を急速に増やしており、将来ユダヤ人とアラブ系住民の人口比率が逆転する可能性があります。
「ユダヤ人国家」であることが大前提であるイスラエルにとっては容認できないことでしょう。
したがって、“パレスチナ難民のイスラエル国内帰還”などイスラエルにすればとんでもない話です。
そんなことが本当に実現して、彼らが選挙権を求めたら、イスラエルは「パレスチナ人国家」になりかねません。
(パレスチナ難民を受け入れないのは別にイスラエルだけでなく、アラブ各国も同様です。アラブ各国は難民を自国民としては受け入れず、イスラエルに向ける矛先として利用しているようにも見えます。)
そのため、イスラエルはいろんな手段でアラブ系住民が増えないように工夫・努力しています。
従来はイスラエル人と結婚した非イスラエル人は「市民権法」によって帰化制度を経たのち市民権を得る資格を有し、また配偶者の一人がイスラエルでの永住権を持っている場合、もう片方の配偶者は「イスラエル入国法」によってやはり居住権を持つ資格を有していました。
03年7月これが改正され、(イスラエル人およびイスラエルの永住権をもっている人と結婚しても、)西岸とガザ地区に住む住民──入植者を除く──には市民権、居住権も滞在許可も与えない、と変更されました。
これは、パレスチナ人だけを対象にした人種差別であり、また、家族が同居するという基本的人権の侵害であるとの批判がります。
イスラエルが東エルサレムを統合してしまった聖都エルサルムの帰属問題も今後の重要な、かつ、解決困難な問題のひとつです。
そして、このエルサレムでもアラブ系住民が増加しているのは同様です。
現在、エルサレムのユダヤ系:アラブ系の比率は2:1(アラブ系が全体の34%)ですが、出生率が倍近く違うため、アラブ系の割合は2020年には40%、35年には50%に達する予想がなされています。
【11月26日 AFP】
この事態を回避すべく、かつてイスラエルはエルサレム近郊のユダヤ人が住む自治体を、エルサレム市に編入することでエルサレムにおけるユダヤ人比率を高めようと画策したこともあります。
交渉の今後の展望に話をもどすと、合意のためにはイスラエル、パレスチナ双方の譲歩を必要とするため、国内での指導力に欠ける現在の首脳陣では非常に困難に思われます。
ただ、恐らくイスラエルにしても建国50年を経て、周辺諸国の敵意の中でいつ降りかかるか分からない攻撃への不安を感じながら生活することに、一部の宗教的右派の人々を除けば、いささか倦んできているのが本音ではないでしょうか。
多少の譲歩をすることで安心して暮らせるようになるなら、その方がいい・・・という考えが出てきているのではないでしょうか。
オルメルト首相が今回会談に臨んだのも、パレスチナを含めアラブ各国首脳と同じテーブルに着いて交渉する姿をイスラエル国民は期待を込めて見てくれるという思いがあったからではないでしょうか。
人間そうそういつまでも緊張状態のままで暮らせるものないような気がします。
パレスチナ側にしても同様でしょう。
両者の合意を生む土壌がない訳ではないと思います。
ただ、こういう考えはなかなか大きな声で言いがたいところがあり、宗教を背景にした原則論の前ではかすみがちです。
そこをいかにくみ上げるかが、指導力なのですが。