【2月4日 AFP】
【桜島噴火をめぐる「過剰報道」】
昨日5日午後6時56分、桜島(鹿児島市)が爆発、鹿児島地方気象台は噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から、3(入山規制)に引き上げました。爆発は昨年9月16日以来、142日ぶりとのことです。
私が住んでいる町は鹿児島市内から50Kmほど離れており、当然ながら桜島は見えません。
ただ、中学・高校の頃、鹿児島市内の錦江湾沿い(つまり桜島が正面に見えるところ)に住んでおり、当時は毎日のように噴煙を上げる桜島を眺めていました。
夜間に桜島を歩いて一周するという学校の行事もありましたが、その際、噴火した山頂から溶岩が赤い筋となって山肌を下って来たことも。「市内に戻るフェリーが出なくなると困るな・・・」なんて思いながら歩いていました。
(のどかな時代でした。今なら学校側の「安全対策」云々が問われるかも)
また、一度だけですが、山頂付近だけでなく桜島全体が真っ赤に染まるような噴火もあって、みんなで「きれいだね・・・」と眺めていたことも。
今回の桜島噴火はNHKの(隣の部屋から聞こえてくる)TVニュースで聞いたのですが、いかにも非常事態発生といった切迫したアナウンサーの口調に、「ついに、鹿児島市街地まで火山弾が飛んでくるような大噴火を起こしたか・・・」とも思ったのですが、そういう話でもなかったようです。
専門家の大学教授とのやりとりも、チグハグ。
“危険な事態なので、十分注意が必要”といったコメントをなんとか引き出そうとするアナウンサーに対し、教授のほうは「普通の規模の噴火です」「気をつけることは特にありません」との答え。
鹿児島市民の反応も、「桜島にいたが、全く気づかなかった。長く爆発がなく、やっと通常に戻った感じ。静かな方が怖いので、逆に安心しました。鹿児島にとってはこれが普通。県外の人が危ないと思わないかが心配」【2月6日 朝日】と冷静で、市の危機管理課も「長期的にみれば活発な火山活動は続いており、いずれ噴火すると考えていた。もとに戻っただけ」【同上】とのことでした。
良くも悪くも、鹿児島に暮らす人間にとっては桜島は噴火しているのが当たり前で、昨年9月16日以来、142日も噴火しなかったことが大ニュースであり、また不気味なことです。
NHKのニュースを聞いていて、桜島の噴火より、ことさらに不安を煽る「過剰報道」の弊害の方が問題では・・・と苛立つ思いもありました。
住民の「(噴火したことで)逆に安心した」といったコメントも、地元の現実を無視したような「過剰報道」への苛立ちの反映でしょう。
(あとで映像を観ると、確かに夜間の火山噴火は迫力があり、危機が迫っているのでは・・・と感じるのも無理からぬところはありますが)
断っておきますが、桜島の大噴火の危険を軽視しているわけではなく、いつかは鹿児島市街地にも被害が及ぶような大噴火をおこすであろうとは考えています。
また、桜島の麓には大勢が暮らしており、定期的に避難訓練なども行っていますが、(住民の方には大変失礼ですが)「よく、あんな怖いところに住んでいるものだ」と個人的には感じています。私が住んでいる町には原発がありますが、確率的にみて、原発よりもはるかに危険です。
今回の報道の在り方をみても、将来的な危険に冷静・的確に対応するというのは非常に難しいことです。
【WHO エボラ対応の遅れを反省して早期対応】
ということで、話はブラジル・コロンビアなど中南米で拡大している「ジカ熱」です。
****【ジカ熱】WHO、緊急事態を宣言 妊婦の渡航、注意呼びかけ****
世界保健機関(WHO、本部ジュネーブ)は1日、ブラジルなど中南米で拡大している感染症「ジカ熱」の流行について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に該当すると宣言し、妊娠中の女性が感染地域に渡航する際の注意を呼びかけるとともに、各国に感染拡大の阻止に向けた対策の強化を求めた。
緊急事態は同日開かれた専門家による緊急委員会の結果を受け、WHOのチャン事務局長が決定した。緊急委はジカ熱と新生児の「小頭症」と関連が「強く疑われる」ことを主な理由として、全会一致で緊急事態の適用を勧告。感染拡大の状況、有効なワクチンや治療法がないことも判断の材料となった。
WHOは対策として、感染地域への渡航制限などは不要としたが、妊婦には渡航を極力控える一方、渡航する場合には医師と相談の上、長袖の服を着用するなどして、蚊から身を守る対策をとるよう促した。
また、一段の感染拡大を抑えるため、各国には感染状況に関する監視や情報交換の強化などを求め、ワクチンや治療法の研究・開発への取り組みも強化されるべきだとした。
ジカ熱は蚊が媒介するジカウイルスを原因とした感染症で、昨年5月にブラジルで感染が報告後、20カ国・地域以上に拡大。感染者は最大400万人に達するとも予想される。ブラジルでは昨年10月以降、4千人以上の小頭症の新生児が確認され、ジカ熱との関連が疑われている。
WHOによる緊急事態宣言は2014年8月、西アフリカを中心に感染が拡大したエボラ出血熱以来。同年5月にはポリオ(小児まひ)でも同様の措置をとっている。【2月2日 産経】
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一般的に「ジカ熱」の症状は概ね軽症であり、これまではあまり関心が払われてきませんでした。
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ジカ熱は2014年に日本でも感染者を出したデング熱と同じヒトスジシマカ、白黒のいわゆるヤブ蚊がウイルスを媒介して感染する病気だ。
感染者の8割が無症状と言われ、発症しても熱や倦怠感、筋肉痛・関節痛、発疹や結膜炎などといった症状がでるだけなので、風邪やデング熱など他のウイルス感染症と臨床的には区別がつかない。
重症化することや死亡することは極めて稀で、これまでは世界に何百とある大した害のないウイルスのひとつと考えられていた。【2月4日 WEDGE】
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しかし、「小頭症」との関連が疑われる事態にあって、WHOは今回は早期に対応しています。
危険性の警告は難しい判断でもあり、エボラ出血熱では、WHOが早期に対応しなかったことが西アフリカにおける大きな感染拡大の原因となったという厳しい批判があります。
一方で、2009年の「新型インフルエンザ」では“過剰反応”とも批判されています。
****ジカ熱の緊急事態宣言、「エボラの教訓」がWHO動かす 事務局長「科学的証拠待てない」と早期対応****
ブラジルなど中南米で拡大する感染症「ジカ熱」の流行を受け、世界保健機関(WHO)が1日、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。
2014年から西アフリカで猛威を振るったエボラ出血熱でWHOは対応が後手に回り、批判にさらされた。その教訓を踏まえ、早期対処に動いた形だ。
「科学的な証拠が出るまで待つことを考えられるのか」。チャンWHO事務局長は1日、緊急事態を発表した記者会見で強調した。
昨年5月にブラジルで確認されたジカ熱の症状は軽いとされる。だが、昨年末ごろから新生児の「小頭症」との関連が強く疑われるようになり、状況は一変。因果関係の解明には6〜9カ月かかるが、手を打たねば混乱が広がる恐れがあった。WHOの強い危機感について、内部関係者は「エボラの危機から学んだ」結果と語る。
1万人以上の死者が出たエボラ熱の流行では、人道支援団体などが「前例のない流行」と再三警告したにもかかわらず、WHOの動きは鈍かった。専門家の緊急委員会の初開催は、最初の感染報告から数カ月後の14年8月で、死者はすでに1千人近くに上っていた。
WHOの対応を検証した独立調査委員会は昨年7月の最終報告書で「予防より受け身的に対処する傾向がある」などと問題点を指摘。09年の新型インフルエンザでの世界大流行(パンデミック)宣言で「過剰反応」と批判された経験も背景にあったとされる。
このためジカ熱への早期対応を求めていた専門家から今回の動きを「重要な一歩」と評する声が上がっている。英紙フィナンシャル・タイムズは「幸いに危険が恐れたほどでないと分かっても、過剰だと批判すべきではない」と指摘した。【2月2日 産経】
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なお、小頭症以外にも、ジカ熱は筋力低下などを伴う神経疾患「ギラン・バレー症候群」などとの関連が疑われています。(ただ、「ギラン・バレー症候群」の原因については、多くの感染症・全身疾患、薬剤等が指摘されており、仮にジカ熱との関連があるとしても、それら多くの原因のひとつです)
【「蚊との戦争」を宣言したブラジル 五輪への影響云々には「過剰反応」と反発】
最多の感染者、「小頭症」新生児を出しているブラジルでは、ルセフ大統領が「ネッタイシマカとの戦争を開始しなくてはならない」と、国民に団結を呼びかけています。
****ジカ熱沈静化へ「今こそ団結を」=大統領呼び掛け、国民は抗議―ブラジル****
8月にリオデジャネイロ五輪開幕を控えるブラジルのルセフ大統領は3日、テレビ演説し、猛威を振るうジカ熱の沈静化に向けて「今こそ国民が団結する必要がある」と呼び掛けた。
妊婦が感染すると胎児に悪影響を与える恐れがあるジカ熱は、治療薬やワクチンがなく、ウイルスを運ぶ蚊に刺されないことが唯一の予防法。政府は国民に協力を呼び掛け、蚊の繁殖につながる不衛生な水たまりをなくす活動を続けている。
ただ、地元メディアによると、リオデジャネイロやサンパウロでは、ルセフ氏の演説が始まると、市民らが一斉に鍋などを鳴らし抗議の意思を表明した。
ブラジルは深刻な景気低迷や大規模な汚職事件に揺れており、ルセフ氏の支持率は10%前後に低迷。大統領の不人気がジカ熱封じ込めに影響を与える可能性もありそうだ。【2月4日 時事】
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ただ、8月開幕が予定されているリオ五輪を危ぶむ声が出ていることに関しては、「過剰反応」として不満を示しています。
****「過剰反応」にいら立ち=ジカ熱禍、五輪中止否定―ブラジル****
リオデジャネイロ五輪の開幕まで半年を迎えたブラジルで、妊婦が感染すると赤ちゃんの発育に悪影響を与えるとされるジカ熱が爆発的に流行している。「大会は中止すべきだ」との声も上がっており、政府は「過剰反応」にいら立ちを強めている。
米誌フォーブス(電子版)は3日、ニューヨーク大学の科学者2人のコラムを掲載。2人はジカ熱が流行する国に「行きたい人がいるのか」「大会開催は無責任」と強い論調で五輪の中止または延期を求めた。ブラジル紙のジアやテハなども2人の主張を大きく紹介した。
南米初の五輪開催に意気込むブラジルのイルトン・スポーツ相は4日、一連の報道は「政府として残念」との声明を発表。世界保健機関(WHO)は渡航制限を出していないと強調し、「大会中止は議論はしていない」と強い不満を表明した。【2月6日 時事】
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南米最大の祭典「リオのカーニバル」も5日、リオデジャネイロで始まっています。
オリンピック見物に行くかどうかは本人の判断ですが、妊婦の方は止めた方がいいでしょう。
まあ、選手には妊婦はあまりいないでしょう。
【ブラジル・ルセフ政権の苦境】
オリンピックやカーニバルにとって、ジカ熱以上に問題なのは、ブラジルの財政難です。
カーニバルを財政難から取りやめたり、規模を縮小する自治体が相次いでいます。
オリンピックについても、財政難の影響が懸念されています。観客の足となる地下鉄の建設を進める州政府からは「資金が足りない」との声が出始めています。
****カーニバル開幕、実施やめる自治体相次ぐ 経済が低迷****
ブラジルで恒例のカーニバルが5日、始まった。だが、経済の低迷がブラジル最大の祭典に影を落とし、実施を取りやめる自治体も相次ぐ。5日で半年後に迫ったリオデジャネイロ五輪も、経費節減を迫られている。(中略)
ブラジルは経済の低迷が続き、2015年の成長率はマイナス3%と予想されている。スポンサー集めに苦しむサンバチームも多く、ペットボトルや空き缶を再利用して飾りに使うチームも出てきた。
苦しい財政状況を理由にカーニバルそのものを取りやめる自治体も相次ぐ。地元メディアによると、サンパウロ州カンピーナス市は昨年12月に中止を決定。約130万レアル(約3900万円)を節約できるという。
同州ポルトフェレイラ市は中止で浮いた予算を救急車購入に回す。ミナスジェライス州でも、少なくとも11市が取りやめを決めた。【2月6日 朝日】
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財政難、インフレや最大の貿易相手国、中国の景気減速などを背景とする不景気(失業率は1年間で2倍近くに上昇、年間10%を超える物価高騰)、更には大規模汚職スキャンダルとの関連などで苦境にあるルセフ大統領にとっては、ジカ熱流行は「踏んだり蹴ったり」の災難でもあります。
(2015年12月29日ブログ「ブラジル 政治・経済の混迷スパイラル」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151229)
【「女性が健康に生きる権利」か、「医師に神の役割を演じさせることにつながる」か】
話をジカ熱に戻すと、「小頭症」との関連が強く疑われる事態は、「カトリック国」ブラジルでは原則的に中絶が認められていないことを巡る論争となっています。
****<ジカ熱>「是か非か」カトリック大国ブラジルで中絶論争****
◇法律で原則禁止 感染妊婦に法改正で「認めるべきだ」の声も
ブラジルでジカ熱に感染した妊婦の中絶の是非を巡り、議論が起きている。
妊娠中に感染すると小頭症の子が生まれる可能性が指摘されているためだ。カトリック大国のブラジルは法律で中絶を原則的に禁じているが、有識者などから、法改正で中絶を認めるべきだとの声が上がり始めている。
現地報道によると、多数の小頭症新生児が確認された北東部だけでなく、最大都市サンパウロでも最近、ジカ熱に感染した妊婦の中絶事例が複数出ている。中には胎児が小頭症だと確認されていないのに中絶した例もあった。
中絶した妊婦の傾向として▽既婚者▽高学歴▽高収入▽計画された妊娠−−といった共通点を医師たちは挙げている。
ブラジルでは現在、性的暴行による妊娠▽母体に生命の危険がある▽胎児が無脳症−−のいずれかの場合のみ、公的医療施設で無料で中絶処置を受けられる。
今回ジカ熱に感染し、中絶した妊婦たちは5000〜1万5000レアル(約15万〜45万円)を医師に払い、流産を促す薬を処方されたり、中絶手術を受けたりしたと報じられた。司法当局に発覚し、有罪となれば妊婦と医師は1〜4年の懲役刑に処される。
ジカ熱を理由とした違法な中絶が増える懸念が広がる中、首都ブラジリアを拠点とする非政府組織「ANIS」は、政治家や法曹界に働きかけ、妊婦がジカ熱に感染した時点で中絶を認められるように法律を改正するよう訴えている。
弁護士や学者ら約30人で構成するANISの一員で、ブラジリア連邦大法学部のデボラ・ジニス教授(45)は「ジカ熱と小頭症の関連が立証されていないとしても、妊婦が心理的な負担を強いられている現状は、それだけで女性が健康に生きる権利を十分に侵害している」と話す。
一方、障害児の出生を防ぐ動きが法律で拡大適用されれば、命の選別が進むと危惧する声もある。中絶に反対する非政府組織の責任者で、ブラジリア連邦大細胞生物学部のレニジ・ガルシア教授(59)は「小頭症が中絶の対象になるのなら、ダウン症などの障害にも認めよという流れになるのは必然だ。ナチス・ドイツの優生思想に通ずる危険性をはらむ」と警告する。
現在ジカ熱が流行する中南米では中絶を禁じる国が大勢を占めており、中絶の是非を問う議論は今後、地域全体に広がりそうだ。【2月6日 毎日】
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中絶の是非を巡る論争はアメリカでも国論を二分する大問題ですが、「医師に神の役割を演じさせることにつながる」といった中絶反対論は、宗教的背景がない者にとってはやや違和感も感じます。
ブラジルでは毎年、約100万件の中絶手術が非公式に行われているとみられているという現実もあります。
いろいろな問題を伴う裏の世界で処理するよりは、表に出した方が・・・と個人的には考えるのですが、「神学論争」の領域に入るとなんとも・・・。