(【9月1日 朝日】)
【再選戦略から中国、北朝鮮、イランに対して対話姿勢を前面に出し始めたトランプ大統領】
中国、北朝鮮、イランに対してこれまで強硬な姿勢を見せてきたトランプ大統領ですが、ここにきて取引・会談で合意形成を求めるような動きが目立ちます。
“トランプ氏、対中関税を2週間延期 「善意のしるし」とツイート”【9月12日 AFP】
“トランプ大統領「中国との貿易交渉 暫定合意の検討ありうる」”【9月13日 NHK】
これに呼応して中国側も
“中国、米国産大豆を購入 通商協議控え歩み寄りの兆し鮮明に”【9月13日 ロイター】
おそらく背景には、米中貿易戦争で国内景気が悪化しては、自身の再選も消えてしまうとの危機感があるのでしょう。
****トランプ氏支持率、景気不安で失速=貿易戦争で物価高騰に懸念―米世論調査****
米紙ワシントン・ポスト(電子版)は10日、トランプ大統領の支持率が38%で、7月公表の前回調査から6ポイント低下したとする世論調査結果を掲載した。
不支持は56%。米中貿易戦争が過熱する中、景気の先行きに対する不安から、政権がよりどころとする経済政策への不信感が高まっている。
経済政策への支持率は前回調査比で5ポイント低下し46%。前回調査では移民対策、銃規制、気候変動など政策分野別の支持率のうち、経済政策だけが5割を超えたが、今回は不支持が47%で支持を上回った。(後略)【9月11日 時事】
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また、再選に向けて“目に見える成果”を出したいという思いもあるでしょう。
北朝鮮関連では、「われわれは短距離ミサイルを決して制限していない」と飛翔体発射を問題視せず、
“トランプ氏、非核化協議に前向き=北朝鮮、9月下旬再開の用意”【9月10日 時事】
“トランプ大統領 北朝鮮 キム委員長との年内会談に意欲示す”【9月13日 NHK】
イランについては
“解放されたイランのタンカーがシリアに 「シリアに石油売らない」の約束反故か”【9月9日 毎日】
“イスラエル「イランに秘密核兵器施設」 明確証拠示さず”【9月10日 朝日】
といった、これまでなら緊張関係が更に悪化しかねない問題が表面化するなかで、
“トランプ氏、対イラン制裁緩和に含み 「取引期待している」”【9月12日 AFP】と関係改善に向けた姿勢を強めています。
また、イラン側が首脳会談の可能性を否定しても、“トランプ氏「イランは会談を望んでいる」 国連総会での実現模索か”【9月13日 AFP】と、イラン側対応を問題視していない様子。(経済的に苦境にあるイラン側、特にロウハニ大統領が何らかのアメリカとの関係改善を求めているのは事実でしょう。あとは最高指導者ハメネイ師がどの時点で許すかどうかですが)
トランプ大統領が中国、北朝鮮、イラン問題で示す対話・取引を求める姿勢は、10日の強硬派ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の解任にも通じるものでしょう。
対話・取引を求めるうえでは、強硬論に固執するボルトン氏は邪魔な存在でしかありません。
【一方、再選戦略から対イラン・パレスチナ強硬姿勢をアピールするイスラエル・ネタニヤフ首相】
上記のように、融和的な姿勢に転じたかのようにも見えるトランプ大統領に対し、イラン問題で依然として強硬な姿勢を見せているのがイスラエルのネタニヤフ首相。
イランと密接な関係にあるヒズボラとの間で一触即発の緊張を生んでいます。
****対イラン代理戦争も辞さないネタニヤフの危険な火遊び****
<総選挙を前に最大の脅威であるイランへの攻勢を強化。しかし裏目に出れば再選を逃すだけでは済みそうにない>
9月17日に総選挙を控えるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、イランへの攻勢を強めている。
9月1日にはレバノンとの国境地帯で、イスラエル軍とヒズボラ(イランの支援を受けるシーア派武装組織)が交戦。両者が戦火を交えたのは2006年7月以来だ。アナリストたちは、戦闘が全面戦争に発展する危険性を警告している。
事の発端は8月24日にイスラエルがシリア国内を空爆し、ヒズボラの司令官2人が死亡したことだ。ヒズボラはこれに対し、報復を宣言していた。
9月1日、ヒズボラはイスラエル北部に対戦車ミサイルを発射。これに対し、イスラエルはレバノン南部にあるヒズボラの拠点を砲撃した。
ネタニヤフは一連の攻撃について、代理勢力を介したイランのあらゆる挑発に応戦する姿勢を示すためだとしている。イスラエルはヒズボラがイランから技術提供を受けて、精密誘導ミサイルを生産しようとしていることに懸念を募らせている。
だが、別の見方もある。観測筋は、ネタニヤフが自らの汚職疑惑から国民の注意をそらすために、一連の攻撃に踏み切った可能性もあるとみている。
アメリカの当局者たちは、これを危険なゲームだと指摘する。紛争の拡大はネタニヤフ再選の可能性を狭めかねないばかりか、中東に駐留する米軍を危険にさらす可能性がある。折しもドナルド・トランプ米大統領は、イランのハサン・ロウハニ大統領との関係改善を模索中だ。
「一連の攻撃にリスクがないと考えるのはばかげている」と、民主・共和の両政権で中東問題顧問を務めたデニス・ロスは言う。「砲弾が誤った標的に当たれば、事態は制御不能になる」(中略)
新たな戦争を回避したいネタニヤフも、ヒズボラとの直接対立は避けてきた。しかし総選挙を数週間後に控えた8月24日、ネタニヤフはヒズボラとの暗黙の了解を破った。
全面対決と紙一重の戦略
(中略)米政府当局者によると、マイク・ポンペオ国務長官はネタニヤフとレバノンのサード・ハリリ首相に自制を求めた。
だがネタニヤフはイスラエル軍がシリアを攻撃したと発表して事態を悪化させたと、歴代国務長官の中東顧問を務めたアーロン・デービッド・ミラーは言う。
「安全保障を売りものにするネタニヤフのイメージは確かに強化されるだろう」と、ミラーは言う。「しかし再選のためのイメージ戦略は、ヒズボラとの全面対決と紙一重だ。ヒズボラの攻撃でイスラエル人の死者が出た場合、ネタニヤフは責任を問われる。そして、ヒズボラとの戦いをエスカレートさせる」
8月25日の3度目の攻撃はイラク国内を標的にし、在イラク米軍にも影響を与えた。無人機がシリアとの国境近くのイラク国内で輸送隊を攻撃し、親イラン派民兵組織「人民動員隊」の指揮官などが死亡した。
米軍に矛先が向かう恐れ
かつてネタニヤフは、イスラエルを攻撃するために領土の使用を許可した全ての国に苦しみを与えると警告した。「誰かがなんじを殺すために立ち上がったら、先にその人物を殺せ」と、彼はユダヤ教聖典の有名な一節を引用してツイートした。(中略)
さらに状況を複雑にしているのは、トランプ政権の相反する対応だ。まずポンペオは「イラン革命防衛隊による脅威から自らを守るイスラエルの権利」を支持すると述べた。
だがその後、米国防総省はイラク民兵によるイラク駐留米軍への攻撃を懸念したようで、輸送隊への攻撃についてアメリカの関与を完全に否定する声明を発表した。
「われわれはイラクの主権を支持し、イラクで暴力を扇動する外部の行為者によるあらゆる潜在的な行動に対して繰り返し声を上げてきた」と、国防総省のジョナサン・ホフマン報道官は言う。「米軍はイラク政府の招きに応じて活動しており、現地のあらゆる法律と指示に従う」
ミラーによれば、現在の状況を非常に危険にしているのは、イスラエルの作戦がアメリカの支配する空域で行われたことだ。「国防総省があれだけ慌てた理由は明らかだ。親イラン派民兵の反撃の矛先が駐イラク米軍に向かうことを恐れている」
それでもネタニヤフは、再選のために危険を顧みずにさらなる攻撃を仕掛けるのか。
「ネタニヤフは総選挙までに安全保障に関わる事件があれば、最終的に自分が有利になると考えているようだ」と、中東ニュースサイトのコラムニスト、マザル・ムアレムは言う。「だから、イスラエルを戦争に巻き込むような行動を取りかねない」
危険なゲームに、しばらく終わりは見えそうにない。【9月11日 Newsweek】
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ネタニヤフ首相の言動は、上記の総選挙対策としての強硬姿勢という側面のほか、周辺国への攻撃を通じてイランの脅威を訴え、トランプ大統領のイランとの対話を求める動きをけん制する狙いもあると指摘されています。
もっとも、アメリカ国内には、ネタニヤフ首相の“火遊び”でアメリカが戦争に巻き込まれることを警戒する思いがあることは上記のとおり。
ネタニヤフ首相は総選挙対策として、対イラン・ヒズボラ強硬姿勢だけでなく、パレスチナ問題でも支持基盤の右派層に向けて強硬姿勢をアピールしています。
****ヨルダン渓谷「併合する」=選挙控え右派にアピール―イスラエル首相****
イスラエルのネタニヤフ首相は10日、パレスチナが将来の国家の一部とみなす占領地ヨルダン川西岸の東部に位置するヨルダン渓谷について、自身の続投を前提に併合する意向を示した。17日の総選挙を控え、右派の有権者にアピールする狙いがある。
首相はテレビ演説で「新政権発足後、イスラエルの主権下に置く」と表明した。首相は、政権樹立に失敗した4月の総選挙の直前にも西岸各地のユダヤ人入植地を併合すると訴えていた。
同渓谷はヨルダンに隣接し、西岸全体の面積の約30%を占める。イスラエルは以前から「国境防衛」を名目に渓谷を永続的に支配する姿勢を示している。【9月11日 時事】
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こうした動きは、従来の考えでは、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」案を支持する国際社会の反発を招く“禁じ手”ですが、イスラエル総選挙後に発表される予定のトランプ大統領の「世紀の取引」でどのように位置づけられているのかは知りません。
【接戦が予想されるイスラエル再選挙】
いずれにしても、ネタニヤフ首相が対イラン・ヒズボラ、対パレスチナでしきりに強硬姿勢をアピールしているのは、それだけ総選挙の行方が微妙な情勢にあるからでもあります。
結果次第では、自身の汚職疑惑で訴追を受ける事態にも。
****ネタニヤフ首相、続投へ多難 再選挙、支持基盤が分裂****
9月17日投開票のイスラエルの総選挙(定数120)で、ネタニヤフ首相が厳しい戦いを強いられている。4月の総選挙後に組閣に失敗し再選挙となったが、さらなる混戦が予想される。政策的な争点に乏しく、焦点は汚職疑惑を抱えたネタニヤフ氏の続投の是非に絞られている。
4月の総選挙では、35議席を得たネタニヤフ氏率いる与党リクードが勝利を宣言したが、その後の連立工作に失敗して組閣できず、同国初の再選挙になった。
ネタニヤフ氏が苦戦する理由の一つは、支持基盤である右派勢力の分裂だ。
ユダヤ教超正統派の徴兵免除をめぐり、連立入りを拒んだ極右政党「イスラエル我が家」(5議席)がネタニヤフ氏への不支持を表明し、野党との選挙協力に動いている。与党は他の右派勢力で連立政権を目指すが、過半数の議席を得られる見通しは立っていない。
一方、ガンツ元参謀総長が率いる野党「青と白」(35議席)をはじめとする中道・左派勢力も、過半数には届かないとみられている。野党内にはネタニヤフ氏を排除した与党との「大連立」を提案する声もある。
これに対し、与党は所属候補にネタニヤフ氏への支持を誓約させるなど、神経をとがらせている。
ネタニヤフ政権は中東和平をめぐり、トランプ米大統領との太いパイプを生かし、強硬な政策を続けてきた。政権交代が実現すれば、イスラエルの対米関係やパレスチナ政策が変化する可能性もある。報道各社の世論調査では与野党の競り合いが続いている。
■与党、訴追阻止も
(中略)検察は2月、大手通信企業の経営上の便宜を図った見返りに、同社が運営するニュースサイトに自身に好意的な報道を求めたなどとして収賄や背任などの罪でネタニヤフ氏を起訴する方針を決めた。10月には本人の言い分を聞き取る司法手続きを始め、その後に正式起訴をする予定だ。
総選挙でネタニヤフ氏の続投が決まれば、与党はネタニヤフ氏の訴追を阻む動きに出るとの見方が強い。実際、5月には与党が、国会が反対すれば起訴できないように法改正をする動きをみせている。(後略)【8月29日 朝日】
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【再選挙で問われるユダヤ教超正統派を代表する宗教政党の影響力】
ネタニヤフ首相が組閣に失敗して再選挙に追い込まれたのは、本来同首相の強硬姿勢を支持する立場にある世俗的な極右政党「イスラエル我が家」が、ユダヤ教超正統派の徴兵免除をめぐり宗教政党と対立したためですが、このユダヤ教超正統をめぐるイスラエル社会の反応も興味深いところです。
****ユダヤ教のルール、強制に反発 イスラエル****
17日に総選挙を控えるイスラエルで、ユダヤ教に基づく制度の是非が焦点になっている。宗教的な結婚しか認めず、週末は交通機関が止まる。そんな伝統をどこまで維持するべきなのか。
■離婚、決定権は男性側のみ 借金肩代わりで合意
「神は信じています。でもこんなルールはあまりに古くさい」
テルアビブ近郊に住むマリーさん(38)は、暴力を振るう夫と離婚するのに5年間、苦しんだ。原因はユダヤ教に支配された制度だ。離婚の決定権は男性側にしかない。
マリーさんが結婚したのは2010年。夫は2歳下の弁護士だった。結婚生活が始まると、アルコール依存の夫に日々暴力を振るわれた。1年半後、マリーさんは離婚を決意した。
苦悩の始まりはここから。離婚に妻の同意は必須ではないのに、夫の同意は絶対条件とされる。でも夫は同意してくれない。裁判所も夫に同意を求めたが強制はできない。
このままでは新たな相手との間に子ができても嫡出(ちゃくしゅつ)子扱いされない。「私を苦しめるため彼は離婚に同意しなかった」。マリーさんは夫の借金約200万円を肩代わりするのを条件に、やっと合意を取り付けた。「もう二度と、この国で正式な結婚はしない。自分の人生は自分で選ぶ権利があるべきです」
イスラエルの家族法はユダヤ教を色濃く反映する。宗教指導者のもとでの結婚しか認められず、離婚も宗教裁判所が管轄する。そこで国内での結婚を避ける動きもある。(中略)国外で結婚するカップルは毎年約1割を占め、事実婚を選ぶ人も珍しくない。
マリーさんの離婚を支援したバルイラン大学ラクマンセンターのルース・ハルペリンカダリ教授(家族法)は「ユダヤの伝統を守ることが個人の権利の侵害につながっている。特に家族法は男性が女性を管理する考えが根強く、国際機関から批判も受けている」と話す。
■安息日、公共交通ストップ 60%「動かすべきだ」
イスラエルの制度にはユダヤ教のルールが随所に組み込まれている。金曜日の午後から土曜日にかけては安息日で公共交通機関が止まる。ユダヤ人が無許可で仕事をすることは禁止。多くの商店も閉じる。
国民の間では反発が強い。イスラエル民主主義研究所が8月に発表した調査結果によると、安息日に公共交通機関を動かすべきだと考えるユダヤ人は60%。非宗教的な結婚を認めるべきだと考える人も59%だ。ユダヤ人のうち自らを「非宗教的」と捉える人は4割に上ると言われている。
一方、ユダヤ教の伝統を愚直に守るのが「超正統派」の人々。黒い帽子に黒いスーツ、あごひげに長いもみあげといった格好で知られる。独自の教育システムが認められ、男性は初等教育を終えるとユダヤ教の勉強に専念。国民の義務である兵役は免除される。人口の1割強で、影響力は無視できない。
宗教の強制に反対する活動を続けるNGO「ビー・フリー・イスラエル」のシャケッド・ハッソン氏は「超正統派が伝統を守るのはいいが、それを全員に強制するのは間違いだ。多様な形で宗教と付き合う考え方が最近は広がりつつある」と話す。
■イスラエル、17日に総選挙 政権の連立相手は宗教政党
イスラエル政界では、超正統派を代表する宗教政党が強い影響力を持つ。ネタニヤフ政権にとって欠かせない連立相手の地位を維持してきたからだ。
総選挙は比例代表制のため少数政党が乱立する。単独過半数の議席を得る政党はなく、ネタニヤフ首相は「右派+宗教政党」の連立政権を原則としてきた。二つある宗教政党は前回選挙で国会の120議席のうち合わせて16を獲得。政権を支える代わりに宗教政策を維持させる戦略に成功している。
ただ今回の総選挙はネタニヤフ氏自身が汚職疑惑で苦戦し、敗れれば宗教政党も今の地位を失いかねない。
野党は非宗教的な政府への転換を訴える。極右政党「イスラエル我が家」のリーベルマン党首は「宗教の押しつけには反対だ」と明言。最大野党の中道「青と白」も「リベラルな政府を目指す」として非宗教志向の有権者の取り込みを図る。
宗教政党の一つ「ユダヤ教連合」のイツハク・ピンドロス議員は「確かに今回、宗教政党は危機にある」と苦境を認めつつ、「ユダヤ国家としての伝統を守るのが最優先だ」と強調する。「70年前の初代内閣にいて、今も同じ政策を持ち続けているのは我々だけだ。宗教派が結束して勝てると信じている」【9月13日 朝日】
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17日の総選挙結果が、イラン・パレスチナ問題という観点からも、また、ユダヤ教超正統派をめぐる問題でも、注目されます。