(カラカス市内で輸入食料品を取り扱う新店舗をながめる女性【9月18日 WSJ】)
【ベネズエラ経済に“一筋の希望の光” マドゥロ政権、経済の国家管理を緩めて市場重視へ?】
南米ベネズエラの反米左派マドゥロ政権と野党勢力の対立については、出口が見えないといった“いつもの話”になってしまいますが、実際、両者の交渉もとん挫したようです。
****ノルウェー仲介の対話「終了」=ベネズエラ****
南米ベネズエラで「暫定大統領」就任を宣言しているグアイド国会議長は、ノルウェーが仲介して行われてきたマドゥロ大統領との対話が「終わった」と宣言した。15日付で声明を出し「マドゥロ大統領が対話を放棄した」と非難した。
対話はノルウェーの首都オスロやカリブ海の島国バルバドスで断続的に続けられてきた。【9月17日 時事】
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まあ、期待した向きはそう多くなかったと思いますが。
そうしたなかにあって、珍しく変化をうかがわせる報道が2件。
ひとつは、ハイパーインフレで破綻した経済立て直しに向けて、これまでの思慮のない市場介入・国家統制から市場に委ねる方向への政策転換がはかられているとのこと。
****ベネズエラが市場経済に転換? 統制緩和で希望の光 ****
マドゥロ政権、水面下で慎重ながらも自由市場政策へかじ
ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領の独裁政権が、水面下で慎重ながらも自由市場政策へとかじを切っている。
ハイパーインフレと米国の大恐慌よりも深刻とされる景気後退に対処するため、従来の厳格な国家管理から方針を転換しているようだ。新たなアプローチを受け、瀕死(ひんし)状態のベネズエラ経済に一筋の希望の光が差し込んでいる。
マドゥロ政権は、かつてはやみくもに増刷していた紙幣の供給ペースを落としたほか、度重なる賃上げをほぼ停止。危機的な食糧難や闇市場の暗躍を招いていた価格統制も緩めた。
国民議会によると、インフレ率は1月につけたピークの年率260万%から、8月は13万5000%まで低下した。
マドゥロ政権にとって、経済管理の緩和は高いリスクを伴う。なぜなら、彼らは国家主導の社会主義経済モデルが貪欲な資本主義からベネズエラを救う唯一の手段だと主張しているためだ。
だが、米国主導の経済制裁に加え、多くの国がマドゥロ政権を正当な指導者として認めていない中、統制緩和が限定的ながらも、ベネズエラ経済に一定の改善をもたらしている。
ベネズエラ経済はまた、悲惨な状況を逃れようと国を離れた大量の移民による恩恵も受けている。
2015年以降、約400万人のベネズエラ移民が本国の家族に年間40億ドル(約4300億円)程度を送金していると推計されている。これらの仕送りはドル建てだ。
移民による本国送金に加え、輸入業者や事業主への規制緩和は、ベネズエラ経済のドル流通を大きく促進した。
今では小売店は、ドルによる支払いを頻繁に受け付けるようになり、かつて政府からの補助金が出ていた生活必需品をより高い値段で売るようになった。食糧難や停電が他ほどひどくない首都カラカスでは新たな店舗が立ち並び、シリアル(15ドル)やペットボトルの水(3ドル)など、あらゆるものを販売している。
ドルを持つベネズエラ国民にとって、こうした新たな現実は歓迎すべきニュースだ。ドルの保有は今年に入るまで、国の特別許可がない限り違法だった。
だが為替管理の解除は、月額2ドルに満たない最低賃金の低さを容赦なく浮き彫りにする。ベネズエラ国民の大半は依然、ほぼ無価値の現地通貨ボリバルに頼っており、慢性的な現金不足と1ドル未満というクレジットカードの月額購入上限の中で、物品の購入が困難な状況に置かれている。
マドゥロ政権が国家管理を緩める背景には、生産の急激な落ち込みに加え、米国の金融制裁により輸入代金の支払い能力が損なわれていることがある。
地方を含め、マドゥロ派の当局者は、従来の経済政策を見直していると話す。食料難や水不足、頻発する停電を解決することは、事業主に罰金を科して違反を取り締まるよりも優先度が高いと考えるためだ。
だが、価格統制は復活する可能性があるとも認めている。
ベネズエラ第2の都市マラカイボの市長で、マドゥロ派のウィリー・カサノバ氏は「まずは一定の安定が必要で、その後に価格については合意できる」とし、「現時点で、価格統制を敷いてもほとんど意味はない」と述べる。
エコノミストは、価格統制だけでなく、マドゥロ氏による頻繁な賃上げも経済危機を招く要因になったと指摘している。マドゥロ氏は2018年だけで、60倍の大幅増を含め、最低賃金を6回引き上げ、通貨ボリバルの単位を5桁切り下げるデノミも実施した。
マドゥロ氏はこうした賃上げに充てる資金を紙幣増刷で手当てした。その結果、ベネズエラのマネーサプライは2018年7-12月期(下半期)に平均で週間15%のペースで伸びた(中銀データ)。
対照的に、今年に入ってからは賃上げは1回にとどまっており、週間のマネーサプライの伸びも平均8%まで鈍化した。
国際金融協会(IIF)の副チーフエコノミスト、セルゲイ・ラノー氏は、ベネズエラの措置に関して「熟考された調整プログラムの一環ではない」とし、場当たり的な改革を捨てて元の国家管理に戻れば、ハイパーインフレが再発する恐れがあると警鐘を鳴らす。
「これが転換点になるかといえば、間違いなくノーだ」とし、数カ月後には再び紙幣増刷にまい進するかもしれないと述べた。【9月18日 WSJ】
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8月の年率のインフレ率が13万5000%・・・他国ではとんでもない数字ですが、ベネズエラでは顕著な改善がみられる数字です。
“首都カラカスでは新たな店舗が立ち並び、シリアル(15ドル)やペットボトルの水(3ドル)など、あらゆるものを販売している。”・・・・ドル払いで、一般市民には手が出ないという根本的問題はありますが、これまでの店舗の商品棚に商品が何も見られないという状態よりは前進でしょう。
手の届かない商品を眺めるだけの一般市民の不満は高まるのかもしれませんが、海外からの送金などでドルを手に入れてこうした商品を購入する人が少なからず存在するのも事実です。
経済崩壊で大量の国外難民が発生し、その送金で国内経済が活性化するというのは、経済のダイナミズムの一面ですが、もちろん不幸な事態です。
今のところの評価は、市場重視の政策は一時的なもので、またじきに紙幣大量発行・賃上げ・価格統制といった「国家主導の社会主義経済モデル」に戻るのでは・・・といったところのようです。
ただ、市場重視の政策が一定に奏功すれば、マドゥロ政権としても考えるところも出てくるのではないでしょうか。
【与党の国会復帰 その思惑は?】
もう1件、変化がうかがえる報道は、政治面の話です。
****ベネズエラ与党、野党主導の国会に復帰を表明****
ベネズエラの与党・統一社会党(PSUV)は16日、野党が主導権を握る国会に議員らを復帰させると表明した。
PSUVは2016年に選挙に敗北した後、野党が支配する国会とは別に、政権派のみで構成される制憲議会(545議席)を発足していた。
ホルヘ・ロドリゲス通信情報相は「(野党との)対話を深め、拡大させていくために、PSUVおよび同盟各派は国会に復帰する」と述べた。
ロドリゲス氏の発表前の15日、野党指導者のフアン・グアイド国会議長は、ベネズエラの政治危機の解決に向けてノルウェーが仲介した与野党協議は、ニコラス・マドゥロ大統領が交渉を打ち切って以降1か月以上、中断していると明らかにしていた。
マドゥロ氏は8月7日にカリブ海の島国バルバドスで再開された協議を、米国によるマドゥロ政権への制裁発動を理由に中断。グアイド氏はマドゥロ氏に対し、総選挙への道筋を見いだすため退陣するよう要求したが、マドゥロ氏はそれを拒み、制裁解除を求めると同時に、ベネズエラの政治と経済の混乱は米国が主導する陰謀によるものだと主張した。 【翻訳編集】AFPBB News
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政権派のみで構成される制憲議会はどうなるのか? 残存するなら国会との関係は?
今回の“国会への復帰”の思惑は?
わからないことばかりですが、野党主導の国会を無視した状況よりは“改善”と言えるでしょう。(あくまでも一般論ですが。)
その野党主導の国会は、グアイド国会議長をベネズエラ暫定大統領として正式に承認しましたが、政府側は拘束していたサンブラノ副議長を釈放して、野党勢力の分断を画策しているとも。
****ベネズエラ国会、野党指導者グアイド氏を暫定大統領として正式承認****
野党が主導権を握るベネズエラの国会は17日、新たな選挙が行われるまでの間、野党指導者のフアン・グアイド国会議長をベネズエラ暫定大統領として正式に承認した。
米国はこの決定を「民主派野党勢力の結束力と強さ」を反映するものだとして歓迎した。米国から支持されているグアイド氏は、50か国以上からベネズエラの暫定大統領として認められている。
ベネズエラのタレク・ウィリアム・サーブ検事総長は17日、4月30日に起きた蜂起に関与したとして逮捕され、軍事刑務所で拘束されていたエドガル・サンブラノ副議長を釈放したと発表した。
サーブ検事総長は、政府と野党勢力の交渉で部分的な合意に達したことを受け、政府が最高裁にサンブラノ氏の釈放を求めたと述べた。
前日の17日、ニコラス・マドゥロ大統領が率いる政府は、国会に与党・統一社会党の議員が復帰すると発表していた。ベネズエラ政府は、3年前の選挙でPSUVが敗北した後、野党が主導権を握る国会とは別に政権派のみで構成される制憲議会(545議席)を発足させていた。
サンブラノ氏の釈放には、グアイド氏を脇に追いやろうとする狙いがあるとみられる。 【9月18日 AFP】
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弱冠36歳のグアイド氏が国会議長、更には暫定大統領と政治の表舞台に飛び出したのは、自身のカリスマ性もありますが、大物政治家が逮捕拘束されたり、海外に亡命したりで、政治的空白ができたためでもあります。
釈放されたサンブラノ副議長という人物がベネズエラ政界でどのような位置を占める人物かは知りませんが、有力政治家がもどってくれば、グアイド氏の求心力(暫定大統領宣言当時の勢いはすでにありませんが)は更に低下することも・・・そのあたりを狙った政権・与党側の行動のようです。
一方の野党側は、与党の国会復帰、与党勢力分断工作に対し、暫定大統領として正式に承認することで結束を図ったといったところでしょうが、裏ではグアイド氏を支援するアメリカが動いているのでしょうか。
【隣国コロンビアとの緊張】
国際関係に目を転じると、隣国コロンビアと緊張が高まっています。
****ベネズエラ、対コロンビア国境に兵士15万人の配備を開始****
南米ベネズエラとコロンビアの関係に新たな緊張が生じるなか、ベネズエラの軍幹部らが10日、コロンビア国境付近での軍事演習に向けて兵士15万人の配備を開始したと明らかにした。
ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は先週、コロンビア政府が、元左翼ゲリラ組織のコロンビア革命軍元幹部が同政府との和平合意を破棄したことを利用して、軍事衝突を誘発しようとしていると非難。ベネズエラ軍に厳戒態勢を取らせていると述べ、約2200キロの対コロンビア国境沿いに軍を配備するよう命じていた。
一方でコロンビアのイバン・ドゥケ大統領は、マドゥロ氏がベネズエラ国内でFARCメンバーをかくまっていると非難した。 【9月11日 AFP】
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このあたりの話は、9月5日ブログ“コロンビア 和平合意した左翼ゲリラ組織FARCの一部メンバー、武装闘争再開を宣言”でも取り上げたところです。
こうした情勢を受けてマドゥロ政権と敵対するアメリカも・・・
****米、ベネズエラ危機に米州相互援助条約を発動****
米国は11日、ベネズエラのニコラス・マドゥロ政権が対コロンビア国境に軍を配備したことなどを受け、米州地域の防衛に関する軍事条約である米州相互援助条約(リオ条約)を発動した。
マイク・ポンペオ米国務長官によると、TIARの発動はマドゥロ氏と対立するベネズエラ野党の要請に基づくもの。ポンペオ氏は「対コロンビア国境へのベネズエラ軍の配備という最近の好戦的な動き、またベネズエラ領内の非合法武装集団やテロ組織の存在は、ニコラス・マドゥロがベネズエラ国民に脅威を与えているだけではなく、近隣諸国の平和と安全をも脅かしていることを示すものだ」と述べた。(後略)【9月12日 AFP】AFPBB News
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ただ、ベネズエラとコロンビアが軍を配置して国境で対峙するのは、前大統領のチャベス-ウリベ時代からよくあった話ですし、アメリカも軍事的に介入すると南米諸国の反発を招きますのであまり大胆なこともできません。
マドゥロ政権も国内問題で、コロンビアどころではないでしょうし、カネのかかる“火遊び”をする余裕もないと思われます。
そうしたことで、これ以上危機的な状況にはならないのでは・・・と思っています。
なお、マドゥロ大統領は今月の国連年次総会は欠席する予定のようですが、グアイド国会議長は代表団を派遣する方針を明らかにしています。
もっとも、国連の場でいくら政権批判しても事態は動きません。国内でいかに政権に対抗していくのか・・・与党の国会復帰で何らかの動きが見られるのでしょうか。