(12日、メキシコと米国を隔てるリオグランデ川から運ばれるホンジュラス人移民の女性=メキシコ北東部マタモロス【9月13日 共同】)
【メキシコに滞留する中米移民】
中米ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルからメキシコ経由でアメリカを目指す移民は、現在、アメリカで難民申請を行ってもメキシコに送還されて、難民申請の決定が出るまでメキシコで待機するという形になっています。
もちろん、メキシコ政府が望んだものではありませんが、トランプ大統領が貿易戦争の圧力をかけてメキシコ側に認めさせた措置です。
*****「必ずアメリカへ」あふれる移民 メキシコ国境ルポ ****
米トランプ政権が関税発動を振りかざしメキシコ政府に不法移民対策を求めて3カ月がたつ。
メキシコ政府は警備だけでなく、メキシコから米国に不法入国して難民申請した移民の受け入れでも合意し、すでに3万人の移民が送還されたようだ。数千人が戻されたとされる米テキサス州に接するメキシコ北部、シウダフアレスで移民たちに話を聞いた。
首都メキシコシティから空路で2時間半。人口140万人のシウダフアレスは自動車部品などを作る工場が並び、大型トラックが国境へと急ぐ。殺風景な工業団地の一角に8月、倉庫を改装した連邦政府の移民受け入れ施設が開設された。
8月下旬に現地を訪れると、ちょうど昼食の配給が始まっていた。軍の隊員が調理した簡単な食事を前に主に中米出身の移民が長い列を作っていた。席に着いたグアテマラ出身のミゲルアンヘル・オルティスさん(45)の一家に話を聞いた。
一家は7月上旬にグアテマラシティを出発。陸路で北上を続け妻のエマヌエラさん(33)と息子(13)、娘(4カ月)を連れて川を渡ったところで米国境警備隊に拘束された。
難民申請を希望したところ、2020年1月に難民認定の可否を決める最初の面談が設定されメキシコ側に戻された。米国に入ってからわずか3日目だった。
「グアテマラにいてもチャンスがない。仕事もないし毎日、おびえながら暮らしている。面談まで4カ月以上あるが、ここで待つしかない」とミゲルアンヘルさん。エマヌエラさんも「必ず米国に行きたい。この子のためにも」と胸に抱いた娘に笑いかけた。
メキシコ政府は送還された移民向けに定住に向け職業紹介もしている。米中貿易摩擦で北部国境地帯は米国向け製品の生産が増加し仕事はある。エブラルド外相も「6万人分の雇用を用意した」と自信をみせる。
しかしミゲルアンヘルさんは「給料が低すぎる。これでは故郷に残った親族に送金できない。やはり米国に行くしかないんだ」。
同施設には8月26日時点で527人の移民が滞在していた。大半が中米ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル出身者だ。目立つのは小さな子供を連れた家族だ。拘束されてから最初の面談まで早くて3~4カ月。その先の保証はない。それでもチャンスを求める移民の波は絶えない。
ただ先の見えない中、米国行きを断念する移民もいる。連邦政府の施設から車で20分ほどの民間団体が運営する施設を訪ねると、入り口に向け100人近くが列を作っていた。
程なく大型の観光バスが2台、施設に横付けされた。「もう待つのに疲れたよ」。息子(12)と一緒にホンジュラスへの帰国を決めた男性(40)は視線を遠くにやった後、簡単な食事を手にバスに乗り込んだ。
メキシコ政府は送還された移民に自主的な帰国を促している。中米各国の政府や国連機関と連携して、連日のように北部国境地帯の各都市から陸路や空路で帰国する移民を支援している。それでも大多数は米国行きを求めて待ち続ける。(後略)【9月14日 日経】
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メキシコとしては国内に滞留されても困るということで、下記の対応などは、滞留する移民を中米本国に戻そうとするメキシコ政府の意向を受けたものでしょう。
****1ドルで母国に帰れます=メキシコの格安航空、中米不法移民に呼び掛け****
メキシコの格安航空会社(LCC)ボラリスは21日、同国内で暮らす中米出身の不法移民に向け、1ドル(約107円)で母国に帰ることができるキャンペーンを発表した。EFE通信が伝えた。同国は米国入りを目指す中米出身者の中継点で、多くの不法移民が滞留している。
「家族再会プログラム」と称するボラリス社のキャンペーンは、「現在メキシコで暮らす不法移民のうち、自発的に母国に帰りたい中米人」が対象。
身分証明書か出生証明書、旅券があれば1ドルと税金で出身国への航空券を手にすることができる。同社は「不法移民問題の代替的な解決策」と説明している。【6月22日 時事】
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【米最高裁判断でメキシコで難民申請させる新規則が始動 メキシコ政府は容認せず】
トランプ政権としては、そもそも中米移民の難民申請を受けたくないという意向があり、メキシコを経由してきた移民はメキシコで難民申請をすべきとの立場です。
この新制度は下級裁判所レベルで無効とされていましたが、アメリカ最高裁は最終的な判決が出るまで新規則の効力を認める決定を下しました。
****中米からの難民申請を大幅制限 米最高裁が認める****
米連邦最高裁は11日、アメリカへの難民申請者の資格を厳しく制限する、ドナルド・トランプ政権の新規則の効力を認める決定を出した。
これにより、第三国を経てアメリカ入国を目指す移民は、米国境に到着する前に、通過する国で難民申請をしなくてはならない。
移民削減を掲げるトランプ政権
トランプ政権は7月、この新たな移民管理の規則を発表。しかし直後に、サンフランシスコの下級裁判所がこれを無効とする判決を出していた。
この規則をめぐる法廷闘争は各地で今後も続くが、当面はこの決定が全米で効力をもち得る。
トランプ氏は再選を目指す2020年の大統領選に向け、移民の削減を政権の大きな目標に掲げている。
「メキシコ人以外を実質排除」
規則は、中央アメリカから徒歩でメキシコを経てアメリカへの入国を目指す、何万人もの人々に影響が及ぶとみられる。
アメリカ南西部の国境地域では、今年8月末までに81万1016人が拘束された。うち約59万人はエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの出身とされる。大多数は家族1人以上とともに移動していた。
今回の規則により、米国境に到着する前に通過した国で難民申請をしていない人々は、その機会を失うことになる。
この規則に反対してきた米自由人権協会(ACLU)は、「米南部国境に来る、メキシコ人を除く全ての難民を、入国地点で実質的に排除するものだ」と非難している。
第三国で難民申請をして認められなかった人や、人身売買の犠牲者は、これまでどおりアメリカで難民申請ができる。
米司法省の報道官は、今回の決定により、南部国境地域での危機的な状況が改善されるとの見方を示した。【9月12日 BBC】
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この新規則によれば、メキシコ人以外の中米移民はまずメキシコで難民申請をしなければならないということになり、アメリカに難民申請を求めて流入する中米移民は激減する、というより殆ど不可能になります。
トランプ政権は最高裁判断を受けて直ちに新制度を実施しているようです。
****米国境で新たな移民規制を開始 トランプ政権、反発広がる****
米国土安全保障省は12日、7月に発表していた南部国境地帯における新たな移民規制を、開始したことを明らかにした。
西部サンフランシスコの連邦地裁で合法性を問う訴訟が続いているが、連邦最高裁が11日、一時差し止めの仮処分を認めない決定を下したことで可能となった。今後、メキシコ国境などで混乱が広がる可能性もある。
トランプ政権が推進する移民への不寛容政策の一環。中米諸国などから多くの移民が通過するメキシコのエブラルド外相は12日、新規制を「われわれは認めていない」と強く反発。原告の移民支援団体も「移民らを危険にさらす」と激しく非難した。【9月13日 共同】
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ただ、上記記事にもあるようにメキシコ政府はこの措置を認めていません。
****米最高裁の難民申請制限支持、容認できず=メキシコ外相****
米南部国境から入国する移民による難民申請を事実上不可能にするトランプ政権の新規則を連邦最高裁が当面有効と判断したことについて、メキシコのエブラルド外相は容認できないという考えを示した。(中略)
外相は「これは米国側の問題であり、メキシコは同意しておらず、わが国には異なる政策がある」と指摘。第3国申請については2国間もしくはそれ以上の国の合意が必要になるとした上で「メキシコはいかなる条件の下でも受け入れない」とした。【9月13日 ロイター】
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メキシコ側としては、アメリカの圧力を受けて不本意ながらもやれることはやってきている、結果、移民の人数も減少して効果があがっている、にもかかわらず更にメキシコに一方的に移民を押し付けてくるという屈辱は到底容認できない・・・という立場です。
認めると、反発する野党の批判をさらされて国内政治が揺らぐという問題があります。
【不法移民労働が支えるアメリカ経済の現実】
アメリカもメキシコも難民申請を受けないということになると、中米移民の行き場はなくなります。
そもそも移民たちは自国を出るべきではなった・・・という立場にたてば、それも自業自得ということになりますが、中米各国では麻薬ギャングの暴力が横行し、暮らしていける収入も得られないという現実もあります。
上記のように移民流入を厳しく制約しようとするトランプ政権ですが、一方でアメリカ経済は不法移民労働で成り立っているという現実もあります。
****米労働市場は不法就労が支える****
<非合法に滞在する労働者が摘発の恐怖に怯える一方、雇用主や大企業は責任追及を逃れている>
この夏、アメリカでは不法移民に対する風当たりが一段と強くなった。8月7日には移民関税執行局(ICE)がミシシッピ州の食肉加工工場7カ所を一斉捜索し、不法滞在の容疑で680人を拘束。この10年ほどでは最大規模の摘発だった。
親を拘束された子供たちがICE捜査官に泣いてすがる映像は多くの人の心を動かし、すぐに各方面から批判の声が上がった。さすがに300人ほどが暫定的に釈放されたが、それで済む話ではない。
この大量検挙であぶり出されたのは、工場や農場で不法滞在の労働者が重要な役割を果たしている事実。そして彼らが、たいていは表に出ないけれども、アメリカの労働市場全体にしっかりと組み込まれている現実だ。
しかも現場の労働者が当局の取り締まりに怯える一方で、彼らの労働から利益を得ている企業はおおむね責任の追及を免れてきた。
情報公開法に基づき政府の活動を監視しているシラキュース大学取引記録アクセス情報センター(TRAC)が入手した司法省の記録によれば、雇用主が訴追されるケースは極めてまれだ。今年3月までの1年間で、故意に不法移民を雇った罪で訴追された雇用主は全7件でわずか11人。企業が訴追されたケースは一件もなかった。
しかし司法省は、訴追手続きには時間がかかるので、このデータだけで雇用主側に甘いと結論するのは不当だと反論する。「周知のとおりICEは2年前から、全国で何千もの事業主に対する監査や査察を開始している」と、司法省の報道官は言う。
企業の場合、不法移民の労働者を雇っただけでは法的責任を問われない。訴追するには「不法移民と知りながら雇った」という事実の証明が必要になる。
しかしたいていの場合、不法移民は身分証明や就労資格について雇用主に虚偽の書類を見せている。だから「知りながら」の証明は難しい。結果として、先に捕まるのは現場の不法就労者で、雇用主の責任追及は後回しになるわけだ。(中略)
改革よりも景気が大事
(中略)しかし、刑事訴追の不均衡や複雑さは問題の一部にすぎない。過去数十年で、アメリカに暮らす不法移民は確実に増えている(ピュー・リサーチセンターによれば2017年の時点で約1050万人)。だが連邦議会は包括的な移民制度の見直しを怠り、現にこの国に暮らし、働いて社会に貢献している彼らを不安定な状態に放置してきた。
本誌が話を聞いたほぼ全ての専門家が、移民擁護派かどうかにかかわらず、現在の制度には根本的な欠陥があり、ほとんど機能していないと指摘した。
移民受け入れの制度改革は進まなくても、肉体労働の現場ではますます人手不足が顕著になっている。とりわけ農業部門の状況は深刻だ。2017年の農業・食品ビジネス分野の雇用者数はパートを含めて2200万弱で、アメリカの雇用全体の11%を占めていた。
「一般に需要と供給の法則は成文法に勝る。今の政治家と議会は、アメリカのビジネスの活気を維持するためなら、不法滞在労働者の闇市場を利用することもいとわない」と、全米移民弁護士協会のジェレミー・マッキニー執行委員は言う。
労働省の統計によれば、既にアメリカの農業部門で働く季節労働者の49%は、正規の就労資格を持たない移民だ。
彼らのほとんどは家族を母国に残しており、アメリカの社会保障の受給資格もない。だから最低限の医療費や住居費は雇用主が負担することになる。つまり雇用主は、彼らが不法就労者であることを承知で雇い、その事実を隠そうとしている。
さらに労働省の統計によれば、農業労働者の15%は雇用主が提供する家に暮らしているが、出稼ぎ労働者に限ればその割合は3倍近くに上る。
「農業に従事する不法就労者に住居や交通手段を提供し、労働できる環境を整えているのは雇用主だ」と、前出の元HSI高官も指摘する。「そして不当な低賃金で長時間働かせる。多くの経費が給与から差し引かれ、手元に残るのはごくわずかだ」。
要するに不法就労者はアメリカ農業のビジネスモデルに組み込まれているのかと問うと、元高官は「そうだ」と答えた。
制度も政府も信用できず
マッキニーは、誰が見ても不公正な現行制度によって犠牲になるのはいつも労働者だと強調する。一方で、雇用主の罪が問われることは少ない。「アメリカの移民制度が壊れていることは誰もが理解している。雇用関係から見ると、壊れているのは法を執行する側だ」と、マッキニーは指摘する。
「往々にして、雇用主は法的な訴追を受けない。制度は機能不全だし、手続きは長期に及び、罰金の額は少な過ぎる。だが、労働者にはその壊れたシステムが全力で適用される」。この二重基準は理解不能だと、マッキニーは嘆く。
政府が経済的要請(深刻な人手不足)と移民法規(不法移民は退去処分)の板挟みで身動きできない一方、農業現場で働く不法滞在者は常に危険と隣り合わせだ。ミシシッピ州の一斉摘発で家族を拘束された人々はいまだに再会もかなわないと、そうした家族を支援する団体の弁護士アミーリア・マッゴーワンは言う。
(中略)雇用主の不正行為で被害を受けた労働者がICEの捜査に協力して証言すると、特定の条件下では合法的な在留資格を得られる可能性がある。
だが、多くの労働者はそこまで政府を信用していない。事実、トランプ政権は犯罪捜査に協力した不法移民を送還しやすくするために規則を変えたばかりだ。
「犯罪捜査で当局に協力すると決めた個人は、法律により保護されることになっている。しかし、不法滞在者の場合は保護されない」。マッキニーはそこにトランプ政権の影響を感じ取っている。現に、マッキニーがHSIの捜査に関して協力を募っても志願者は1人しかいなかった。「名乗り出たら身柄を拘束されると恐れているからだ」
ミシシッピ州での摘発の後、人々の間には動揺が広がり、ただでさえ緊迫した状況が一段と不安定になっている。「この先も摘発が続くのではないかと、みんな不安がっている」と、マッゴーワンは言う。
もちろん不安を抱えているのは、もっぱら身分の不安定な現場の労働者。雇用主は(制裁金さえ払えば)平然とビジネスを続けていられる。【9月12日Newsweek】
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****移民抑制で米国の成長力が低下 ****
米国では、人口の13%を移民が占め、そのうちの過半数がラテンアメリカ出身者である。(中略)
ラテンアメリカ移民が抑制されれば、人口の伸びが鈍化し、米国の消費は下振れる。加えて、労働投入量が下押しされ、潜在成長率が低下することになる。
業種別にみると、これまでラテンアメリカ移民が現場を担っていたヘルスケア産業や建設業、飲食・外食業で労働力不足が深刻化する恐れがある。
さらに、移民が抑制されてもネイティブが求める安定した所得を得られる雇用の大幅な増加は見込めないため、ネイティブの抱える経済的な不満が解消される公算は小さい。移民抑制は成長低下と人手不足をもたらすだけの政策となる可能性が高い。【9月12日 井上恵理菜氏 日本総研】
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中米各国の現状、アメリカ経済の現状を考えれば、移民に対する嫌悪感さえぬぐえれば互いのためになる道が開けるように思えるのですが。