(ウクライナ首都キエフの街角に掲げられた公共広告は、「愛・協調・一体性」を呼び掛ける(撮影:服部倫卓)【9月10日 GLOBE+】)
【ゼレンスキー大統領 電撃解散総選挙に勝利し、新内閣でロシアとの交渉に着手】
ウクライナでは、国民の変化を求める声を追い風に、一介の歴史教師がふとした事から素人政治家として大統領に当選し、権謀術数が渦巻く政界と対決する姿をユーモアを交えながら描いた政治風刺ドラマ「国民の僕」に主演していた政治には完全素人のゼレンスキー氏が4月の大統領選挙で、まさにドラマを地で行く形で大統領として躍り出ることになりました。
ただ、議会内に全く足場がないことが危ぶまれていましたが、(自身の人気が陰らないうちにということで)議会選挙を7月に前倒し実施し、自身が率いる新党「国民の奉仕者」が単独過半数を制する圧勝したことで、この問題をクリアしています。
****ウクライナ新内閣が発足 ロシアとの対話模索へ****
先月(7月)の総選挙で選出されたウクライナ最高会議(議会、定数450)が29日、首都キエフで初招集された。
ゼレンスキー大統領は、弁護士出身で大統領府副長官のホンチャルク氏(35)の首相就任をはじめとした新内閣人事案を議会に提出。議会も承認した。新内閣が発足し、ゼレンスキー氏は今後、本格的な政権運営に入る。
喜劇俳優出身のゼレンスキー氏は5月に大統領に就任したものの、当時は議会はポロシェンコ前大統領らの支持勢力が多数派を占め、ゼレンスキー氏は思い通りの人事や法案審議ができない状況だった。
しかし7月に行われた前倒し議会選で、それまで議席を持たなかったゼレンスキー氏の与党「国民のしもべ」が単独過半数の254議席を獲得。ゼレンスキー氏の意向に沿った新内閣を組織できる基盤が整っていた。
新内閣の成立を受け、ゼレンスキー氏は今後、事実上の戦争状態が続く隣国ロシアとウクライナが実質的な「人質」として互いに拘束し合っている刑事被告人らの交換や、ウクライナ東部で続く親露派武装勢力との紛争の収束に向け、ロシアとの対話を本格的に模索するとみられている。【8月30日 産経】
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とは言え、問題が山積するウクライナにあって、いかに成果を示していくか、特に、最大の外交課題であるウクライナ東部の問題で百戦錬磨で老獪なプーチン大統領に対しコメディアン出身の政治素人ゼレンスキー大統領が太刀打ちできるのか・・・国際社会はやや懐疑的な目で見ている感もあります。
ウクライナ東部の問題、ロシアとの関係について言えば、対決姿勢を前面に出したポロシェンコ前大統領に対し、ゼレンスキー大統領は対話路線を掲げており、実際、今月に入りロシアとの間で収監者の交換を実施して、ロシアとの緊張緩和に向けて動き始めています。
****ロシアとウクライナ、収監者交換か 和平協議再開に弾み****
ロシアの複数のメディアによると、ロシアとウクライナが7日、互いに「テロ活動」などを理由に拘束していた収監者の交換を始めた。
ウクライナ南部クリミア半島近くで昨秋、ロシア側に銃撃・拿捕(だほ)されたウクライナ艦船の乗組員24人も含まれるという。
両国の緊張緩和と、ウクライナ東部紛争をめぐる和平協議の再開に向け大きな弾みとなる可能性がある。(中略)
両国は、2014年にロシアが一方的にウクライナのクリミア半島を併合して以来、互いに相手国の情報機関職員やジャーナリストなどを逮捕、収監してきた。
昨年11月のウクライナ艦船の銃撃・拿捕事件などで両国の対立はさらに先鋭化。
ロシアのプーチン大統領はウクライナのポロシェンコ前大統領との対話を拒否するなど歩み寄りの兆しはなかったが、今年5月に就任したウクライナのゼレンスキー大統領がプーチン氏との対話に乗り出す考えを表明。収監者の交換や、ウクライナ政府軍と親ロシア勢力の間で紛争が続くウクライナ東部の和平協議について話し合っていた。
フランスのマクロン大統領は8月、同国で開かれた主要7カ国(G7)首脳会議で、2016年以来開かれていない仏独を交えた4カ国の和平協議を数週間で再開すると言及。収監者の交換は、協議の実現に向けた環境整備の一環とみられる。【9月7日 朝日】
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こうした流れは、ロシアとしても欧米との関係改善を図る狙いがあると見られています。
アメリカのトランプ大統領も「和平に向けた大きな1歩だ」と評価し、流れを後押ししていく姿勢です。
【4カ国首脳会談の実現に向けたロシアとの協議は難航】
次のステップは、10月にも実現するとの観測もあるロシアとウクライナ、仲介役のドイツとフランスの4カ国の枠組みによる首脳会談ですが、ロシアとの事前交渉において「暗雲」も出ています。
****露・ウクライナ和平協議、物別れ 首脳会談に暗雲****
ウクライナ東部で続く同国軍と親ロシア派武装勢力との紛争収束に向けたロシアとウクライナ、欧州安全保障機構(OSCE)の3者による協議が18日、ベラルーシの首都ミンスクで開かれた。
ウクライナは紛争収束に関わる合意文書への署名を拒否し、協議は物別れに終わった。インタファクス通信が伝えた。
文書は(1)親露派とウクライナは紛争地帯から戦力を撤収させる(2)親露派の実効支配地域で民主選挙を行う(3)ウクライナは親露派支配地域に強い自治権を認めた「特別な地位」を与える−などとするもの。
ロシアは、文書へのウクライナの署名がプーチン露大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談実現の条件だとする立場を示しており、10月にも実現するとの観測が出ていたロシアとウクライナ、仲介役のドイツとフランスの4カ国の枠組みによる首脳会談の見通しは不透明となった。
協議後、グリズロフ露代表はウクライナを「4カ国首脳会談の実現を危機にさらした」と批判。一方、ウクライナ側は、選挙の実施方法などをめぐり署名できるほどの条件が整っていないとの認識を示した。【9月19日 産経】
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ウクライナ東部における選挙実施に関するウクライナ側主張は以下のようにも。
****ウクライナ、ミンスク協議にて、シュタインマイヤー・フォーミュラの履行条件を提示****
(中略)(ウクライナの)オリフェル報道官は、「TCGウクライナ代表は、ウクライナは地方選挙に関する通称『シュタインマイヤー・フォーミュラ』の本質面には原則的な反対はないことを伝えた。
しかしながら、同フォーミュラの実現が可能となるのは、次の条件が履行された場合のみである。すなわち、
完全な停戦、欧州安全保障協力機構ウクライナ特別監視団(OSCE/SMM)のウクライナ全土での効果的監視の保障、
ウクライナ領からの外国軍部隊・兵器の撤収、
衝突ライン沿い全域での兵力・機器の引き離し、
ウクライナ中央選挙管理委員会、ウクライナの政党・マスメディア、国際監視員の活動保障、
現在ウクライナがコントロールできていないウクライナ・ロシア間国境地点のコントロール確立、
ウクライナ国内法、国際法、ミンスク諸合意が定めるその他の事項の履行である」と伝えた。(中略)
これに先立ち、9月13日、プリスタイコ外相は、ウクライナ政権はドネツィク・ルハンシク両州一部地域(編集注:被占領地域)を含めたウクライナ全域における地方選挙実施の可能性について作業を行っていると発言した。
また、ヴォロディーミル・ゼレンシキー大統領は、ノルマンディ4国の首脳会合開催の際には、「シュタインマイヤー・フォーミュラ」とミンスク諸合意のその他全ての項目について審議されると発言していた。
これに関連して、ユーリー・ウシャコフ・ロシア連邦大統領補佐官は、ノルマンディ首脳会合では、スタニツャ・ルハンシカ、ゾロテー、ペトリウシケの3地点での兵力引き離し、ドンバス地方の特別地位、「シュタインマイヤー・フォーミュラ」に関する合意を文書化しなければならないとし、本件に関しては首脳会談まえに事前に合意しなければならないと述べていた。【9月18日 UKRINFORM】
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要するに、親露派武装勢力の実効支配を既成事実化したいロシアとしては、現状での親露派武装勢力が強く関与する形での選挙実施を目指し、4カ国首脳会談に先立ち、前提条件を付けない形での選挙実施の確約を得たいとしているのに対し、ウクライナ側は、ウクライナ政府のコントロールが及ぶ状態に戻した形での「自由な条件かつウクライナ国内法にのっとった選挙」を求めており、そのための条件が存在していない現段階での選挙実施の確約を拒んだ・・・というところのようです。
ウクライナ側だけでなく、交渉に参加している欧州安全保障協力機構(OSCE)の議長である、ミロスラフ・ライチャーク・スロバキア外相も、ウクライナ東部ドンバス地方の非政府管理地域における地方選挙は自由かつウクライナ国内法にもとづいて実施されなければならないが、現時点では、そのための前提条件は整っていないと指摘しています。【9月17日 UKRINFORMより】
おそらくこの件は、しばらくウクライナとロシアの綱引きが続くのでしょう。
政治的に完全素人のゼレンスキー大統領の外交手腕云々は別にして、ロシア側に実効支配を許した状況における何らかの現状変更を求める交渉が非常に困難なことは、北方領土を抱える日本も十二分に理解できるところです。
ウクライナ東部に「特別な地位」を認めるにしても、ウクライナ政府のコントロールが一定に及ぶ枠組みを構築するためには、ひとりウクライナだけでなく、仏独、国際社会の後押しが不可欠でしょう。
【「カミカゼ内閣」で短期決戦を志向】
ゼレンスキー大統領の国内統治全般については、以下のようにも。
とにかく自分の人気のあるうちに、改革と国家再建の道筋をつけておきたい・・・というところのようです。
****ゼレンスキー・ウクライナ新大統領が仕掛けた電撃戦****
解散総選挙に打って出たゼレンスキー
(中略)ゼレンスキーは、5月20日に大統領就任式を挙行すると、就任演説の中で、現在の議会を解散し前倒し選挙を実施することを、不意に宣言しました。
大統領は、議会が国民の信任を得ていないこと、憲法で定められた連立多数派が成立していないことを解散理由に挙げましたが、自らの大統領選勝利の余勢を駆って、自前の新党「公僕党」の躍進を果たしたいとの本音は明白でした。
ゼレンスキーによる議会解散は違憲との指摘もありましたが、結局7月21日に議会選挙の投票が実施され、公僕党は予想以上の大勝を収めました。定数450議席のところ、公僕党は254議席を獲得し、ウクライナの歴史上初めて、一つの党による単独過半数が成立したのです。
ゼレンスキーが地滑り的勝利を収めた3月、4月の大統領選は、国民が既存の政治体制、とりわけポロシェンコ前政権に対し駄目出しをしたものでした。7月の議会選も、「実質的に大統領選の第3回投票だった」との論評があるとおり、大統領選の延長上で、国民がエスタブリッシュメント全体にノーを突き付ける結果となりました。
ちなみに、公僕党の候補者名簿には、議員経験のある候補者は一人もいなかったということです。議会全体でも、約3分の2が新人議員になったと言います。(中略)
弱冠35歳の新首相
新たに選出された議会の最初の本会議が8月29日に召集され、公僕党の主導によりホンチャルーク(ゴンチャルーク)新内閣が発足しました。
ホンチャルーク首相は1985年生まれの35歳。大学で法学を専攻し、主に民間企業で法務関係の仕事をしてきた人物です。ゼレンスキー大統領は事前には、実績のあるエコノミストを首相に据えたいというようなことを発言していたので、法律畑で政治経験もほとんどないホンチャルーク氏の起用は予想外であり、直前まで誰もマークしていませんでした。
当然のことながら、ホンチャルーク氏はウクライナ史上最も若い首相です。おそらく、世界的に見ても、記録的な若さのはずです。(中略)
首相が若いだけでなく、内閣全体の平均年齢もわずか39歳。2018年10月に発足した我が国の第4次安倍改造内閣では63歳だったということですので、ずいぶんと差がありますね。
ホンチャルーク内閣では、諸事情ゆえに内相と蔵相だけは前内閣から留任したものの、それ以外はすべて初入閣です。女性閣僚も6人と、積極的に起用されています。
かくして、大統領・議会・内閣がすべて、ゼレンスキー率いる公僕党によって押さえられ、一元的な権力が確立されました。世代交代も一気に進みました。大統領選~議会選~組閣と続いた今回の政権交代劇は、独立ウクライナ史上、最も深甚な政治体制の刷新となったと言えそうです。
短期決戦を志向するゼレンスキー政権
旧ソ連圏の政治評論には、「カミカゼ」という言葉がしばしば登場します。むろん、かつての日本の神風特別攻撃隊に由来する表現であり、ある内閣が「一年で倒れてもいい」というような決死の覚悟で改革に取り組もうとする時に、「カミカゼ内閣だ」というような表現が使われます。
そして、今般ウクライナで成立したホンチャルーク内閣についても、「カミカゼ内閣」だとする論評が散見されました。ゼレンスキー大統領は、国民に不人気な改革の実施を若きホンチャルーク首相に委ね、一年程度で首相交代となってもやむなしと考えている、というのです。
もう一つ興味深いのは、議会が招集された8月29日にゼレンスキー大統領が議員たちに呼びかけた内容です。大統領は、「今回の議会が歴史に名を残すことは、確実だ。唯一の問題は、具体的にどんな形でか?ということである。諸君は、過去28年間できなったことをすべて実現した奇跡の議会として教科書に載るかもしれない。あるいは、存続期間が一番短い、一年しかもたなかった議会として、歴史に残るかもしれない」と述べたのです。
つまり、議員たちのお手並みを一年拝見して、働きが悪ければ、またも議会解散という伝家の宝刀を抜くと警告しているわけです。
大統領も議会も任期は5年なのに、ゼレンスキー大統領は何を焦っているのでしょうか? おそらく、ゼレンスキー大統領は自分の人気がそう長くは続かないということを、自覚しているのではないでしょうか。
元々、組織的な基盤などは何もなく(公僕党にしても、むしろ大統領人気にあやかって躍進した)、突然吹いた「風」によって最高指導者の地位に押し上げられたに過ぎません。
今後、風が止んだり、あるいは逆風が吹く可能性があるということを、ゼレンスキーは分かっているのでしょう。だからこそ、自分の人気のあるうちに、改革と国家再建の道筋をつけておきたいのだと思います。
困難な政策課題
ゼレンスキー政権はいよいよこれから本格的に政策運営に取り組んでいくことになりますが、具体的な政策課題を考えるにつけ、困難な舵取りになると予想せざるをえません。
とりわけ気になるのは、経済政策路線です。所得水準の低いウクライナでは、国民の多くは福祉国家的な方向を望んでいます。しかし、ゼレンスキー政権は新自由主義的な政策を推進すると見られており、ホンチャルーク内閣が民営化、規制緩和といった措置を実行に移すことが予想されています。
財政面での命綱となっている国際通貨基金(IMF)との関係を考えても、新政権が「国民に優しい」政策を採る余地は限られており、果たして国民の忍耐がどれだけもつのか、気がかりです。
ゼレンスキー政権は、ポロシェンコ前政権とは異なり、反ロシア・ナショナリズム一辺倒に陥り、ロシアとのあらゆる関係を断ち切るようなことはしないと思います。
実際、ここに来てウクライナ・ロシア間で捕虜交換の問題が前進するなど、分野によっては関係の改善も進むかもしれません。
しかし、ゼレンスキー政権が最重視しているドンバス紛争の全面解決は、あまりに大きな難題です。ゼレンスキー政権は、「ドンバス紛争には今年中に決着をつけたい」として、ここでも非常に前のめりになっているのですが、筆者などはその性急さにやや危うさを感じてしまいます。【9月10日 GLOBE+】
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「ドンバス(ウクライナ東部)紛争には今年中に決着をつけたい」・・・・もちろん困難な話ですが、大統領の人気がそう長くは続かないという想定のもとでは、時間をかけるほどに国内コンセンサスを得ることがむつかしくなりますので、短期決戦を志向するのも無理からぬところではあります。
「決着」はともかく、なんとか「道筋」でもつけられたら・・・・。
逆にロシア・プーチン大統領としては、時間をかければ・・・というところですが、一方で、国内でプーチン離れも進む状況では、ウクライナを支援する欧州との関係を早期に改善して国内経済を上向かせたい思惑もあるでしょう。