【グローバルサウスのリーダーシップをめぐる中国とインドの激しい争い】
9月にインドの首都ニューデリーで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議の頃から、グローバルサウスの代表としてインドの国際的立場が強化されているという、あるいはその可能性を論じる報道がしばしばなされています。
****中国の見せる「夢」から、途上国が醒めはじめた...グローバルサウスの新リーダーはインドか?****
<カネと威嚇で途上国を取り込んできた習近平の計画に暗雲が。「共産主義+帝国主義+拡張主義」に見えた限界>
9月9~10日にインドの首都ニューデリーで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議は、ある重要な変化を象徴している。議長国インドが掲げた「ひとつの地球、ひとつの家族、ひとつの未来」という希望的すぎる宣言の背後に、グローバルサウスのリーダーシップをめぐる中国とインドの激しい争いがあるということだ。
10年前は、この分野でインドが中国の本格的な競争相手になるとは想像もつかなかった。それが今や、両国は世界の大きな変化の先端で交錯している。
中国は少なくとも1960年代の初め以降、西側に対抗する途上国の擁護者を自称してきた。毛沢東が掲げた「農村から都市を包囲する」戦略は、30年代の内戦で国民党政権を倒した勝利の方程式でもあった。
新しい方程式では、打倒するべき「都市」はアメリカが主導する先進国、「農村」はそれ以外の国々で、共産主義の中国は自然の摂理により「農村」側の指導者・救世主となる。アメリカは最終的に征服され、中国が宇宙の中心に返り咲くはずだった。(中略)
その後、中国経済が持続的な高度成長に入るとすぐに、新しい共産党指導者を通じて古い帝国主義的な拡張主義が復活した。その意味を西側が理解していなかったことが中国をどのように利したのかは、太平洋島嶼(とうしょ)国を見ればよく分かる。(中略)
ただし、中国の勢いはいくつかの理由で弱まりつつつある。まず、南シナ海での攻撃性は沿岸諸国を警戒させ、平和的台頭という主張が偽りであることを証明している。中国の海洋帝国主義の犠牲になったフィリピンは、中国との実りなき盟約を捨ててアメリカ陣営に復帰した。
さらに、国家が支配する目標主導で投資と輸出に偏重した経済は、機能していない。最近の債務危機とパンデミックからの回復の失敗は、今後の見通しも厳しいことを物語る。
その結果、一帯一路のインフラプロジェクトで中国政府からの資金が枯渇し始めている。また、グローバルサウス、特にアフリカは、中華思想が人種差別と表裏一体であることに気付くようになった。
そして、西側と中国は互いに敵視を強めており、途上国は巻き込まれることを警戒している。ブラジルとインドは、BRICSの拡大が、中国による世界経済秩序の破壊を手助けしていると不満を見せている。
パキスタンに兵器を次々供給
このような状況で、インドは中国に代わってグローバルサウスのリーダーとなる態勢を整えている。インドは1950年代の冷戦下で中立主義と反植民地主義を掲げた非同盟運動の創設メンバーであり、その一貫した代弁者である。
人権問題を抱えてはいるが、世界最大の民主主義国家として、中国のような政治的抑圧は行っていない。
インドがグローバルサウスのリーダーを目指すことは、西側にも受け入れられる。西側は既に、中国からサプライチェーンを移転する主な行き先としてインドに注目している。
ただし、中国はインドの挑戦をおとなしく受けるつもりはない。軍事的には国境紛争をさらに誘発するだろう。インドのもう1つの敵国であるパキスタンには、既に戦闘機、誘導ミサイルフリゲート艦、攻撃型潜水艦を供給している。
中国がインドに与え得る最も危険な脅威は、チベット高原から流れる水資源を完全に支配することだ。
それでも、こうした中国の脅威に対して西側も断固とした態度で臨めば、中国はインドの台頭を止めることはできないだろう。
重要なのは、グローバルノースとサウスの仲介者としてのインドの立ち位置に、西側がしびれを切らさないことだ。「冷戦2.0」の中国と西側の間で、ほかのグローバルサウスもインドに倣って中立を保つようになれば、インドは世界に大きな貢献を果たすことになる。問題は中国がそれを許すかどうか、だ。【9月20日 Newsweek】
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【ネパール 毛派ダハル首相の対中傾斜】
ヒンズー至上主義を進めるインド・モディ政権が世界最大の民主主義国家かどうかという疑問、あるいは貧困・格差・差別などの深刻な国内問題はさておくとしても、国際関係に絞ってもインドにとって中国に対抗してしていくのは容易なことではありません。
足元のこれまでインドの勢力圏と見られていた地域でも中国の影響力は着実に強まっています。
ネパールでは、昨年12月、共産党毛沢東主義派(毛派)のダハル議長が新首相に任命されましたが、ダハル氏は中国寄りとされています。
****ダハル新首相が就任=対中傾斜強まる可能性―ネパール****
今年11月の下院選を経てネパールの新首相に任命された共産党毛沢東主義派(毛派)のプスパ・カマル・ダハル議長(68)が26日、首都カトマンズの大統領府で就任宣誓を行った。ダハル氏が首相に就くのは3度目。
毛派と、オリ元首相率いる統一共産党(UML)が次期連立政権の柱となる。2党はかつても合流し中国寄りの政策を展開。比較的インド寄りだったデウバ前政権と比べ、対中傾斜が強まる可能性がある。【2022年12月26日 時事】
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今年9月には、亡命政権がインド領内に置かれるなどインドが支えるチベットに関して、ネパール・ダハル政権は中国との共同声明で「チベット問題は中国の内政だ」と明確にしています。
****チベット「分裂許さず」 中国ネパール共同声明****
中国外務省は26日、訪中しているネパールのダハル首相との共同声明を発表し、ネパール側はチベット問題について「中国の内政だ」との見解を改めて示し、中国からの「分裂を図るいかなる活動」にも反対する意向を表明した。
中国政府は、亡命したチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を「分裂主義者」と敵視。チベット自治区で独立を求める動きを警戒する。ダハル氏は中国寄りの姿勢を明確にした格好だ。
中国の李強首相は25日、ダハル氏と北京で会談し、政府高官によるハイレベル往来を含む両国の人的交流の拡大で一致した。【9月26日 共同】
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【要衝モルディブ 親中国政権経へ交代 駐留インド軍の撤退を求める】
また、9月30日に行われたインド洋の島しょ国でシーレーンの要衝でもあるモルディブの大統領選では、野党候補で首都マレ市長を務める親中国派ムイズ氏(45)が、現職で親インド派のソリ氏(61)に勝利しました。
****モルディブ大統領選 “親中国”野党候補が勝利 政権交代で中国の影響力拡大か****
インド洋の島国モルディブで9月30日、大統領選挙の決選投票が行われ、中国寄りの野党候補がインドを重視してきた現職大統領を破りました。
大統領選の決選投票は、2期目を目指す現職のソーリフ氏と野党候補のムイズ氏の対決となり、選挙管理委員会によりますと、ムイズ氏が54%の票を獲得し勝利しました。
現職のソーリフ氏は、過去の中国寄りの外交方針を転換し、インドとの経済・防衛協力を進めてきましたが、ムイズ氏はインド軍の駐留が「国の主権を損なう」など批判し、中国との関係強化を訴えていました。
モルディブは海上交通の要衝にあり、政権交代によって中国の影響力が再び拡大する可能性があります。【10月1日 TBS NEWS DIG】
大統領選の決選投票は、2期目を目指す現職のソーリフ氏と野党候補のムイズ氏の対決となり、選挙管理委員会によりますと、ムイズ氏が54%の票を獲得し勝利しました。
現職のソーリフ氏は、過去の中国寄りの外交方針を転換し、インドとの経済・防衛協力を進めてきましたが、ムイズ氏はインド軍の駐留が「国の主権を損なう」など批判し、中国との関係強化を訴えていました。
モルディブは海上交通の要衝にあり、政権交代によって中国の影響力が再び拡大する可能性があります。【10月1日 TBS NEWS DIG】
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インド・中国の影響力が交差するモルディブでは、親中国政権と親インド政権の交代が繰り返されています。
前々政権は親中国政権で「一帯一路」を掲げる中国からの資金により空港や橋などのインフラ整備を進めました。
しかし過度の中国依存を批判するソーリフ氏に交代し、親インドへ転換。
そして今回は前々政権で閣僚だったムイズ氏が勝利して、再度親中国へ。
勝利したムイズ氏は駐留インド軍撤収を求め、インドと協議を開始しています。
****モルディブ、駐留インド軍撤収交渉を開始─次期大統領=BBG****
インド洋の島国モルディブのムイズ次期大統領は、駐留インド軍撤収に向けた交渉を開始したと明らかにした。ブルームバーグ・ニュースが27日にインタビュー記事を配信した。
インドと中国はインド洋での影響力拡大を目指している。ムイズ氏は大統領選で駐留インド軍撤収を主要な公約に掲げていた。
ムイズ氏はインタビューで、交渉が「既に非常に成功している」と説明。「われわれは互恵的な2国間関係を望んでいる」と述べ、インド兵が他国の軍部隊に取って代わられることはないとも話した。
インド軍部隊約70人はインドが支援したレーダー基地と偵察機を維持。軍艦によるモルディブ排他的経済水域のパトロール支援も行っている。【10月27日 ロイター】
インドと中国はインド洋での影響力拡大を目指している。ムイズ氏は大統領選で駐留インド軍撤収を主要な公約に掲げていた。
ムイズ氏はインタビューで、交渉が「既に非常に成功している」と説明。「われわれは互恵的な2国間関係を望んでいる」と述べ、インド兵が他国の軍部隊に取って代わられることはないとも話した。
インド軍部隊約70人はインドが支援したレーダー基地と偵察機を維持。軍艦によるモルディブ排他的経済水域のパトロール支援も行っている。【10月27日 ロイター】
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【スリランカ 親中国政権が崩壊したものの財務問題で中国を無視できない インドへの強い警戒感も】
インドに有利な方向に変化したのはスリランカ。昨年7月、明確な親中国政権であったゴタバヤ・ラージャパクサ大統領が市民の激しい抗議活動の前に国外逃亡し、辞任に追い込まれました。
親中国政権崩壊という点ではインドとしては歓迎するところでしょうが、スリランカは依然として中国に巨額の債務を負っており、中国との関係を無視できないのも現実です。また、もともとスリランカにはインドへの強い警戒心もあります。
****インドに有利な展開か?****
ラージャパクサ体制の下、地域戦略において中国の後塵を拝してきたインドには有利な状況にみえる。実際、インドでもそうした楽観論は多い。(中略)
これに対し、ナラヤナン元国家安全保障顧問は、スリランカで発生した「人民闘争」のエネルギーが今後、反インドのナショナリズムに向かう恐れも否定できないと警鐘を鳴らす。
実際のところ、スリランカでは「インドの介入」には、党派を超えてきわめて敏感である。今回の政変においても、ゴタバヤの国外逃亡をインドが支援したとか、ウィクラマシンハが新大統領に選出されるようインドが議会工作を働いたなどといった噂が飛び交い、インド側は否定に追われた。
ウィクラマシンハ新政権は発足直後から、印中のバランスをどうとるのか、さっそく難しい問題を突き付けられることとなった。
7月末、中国海軍の衛星追跡艦「遠望5号」が、中国企業が権利をもつハンバントタ港に8月11日から寄港予定であることが明るみになったのである。
寄港許可は前政権期に出されていたようだが、ミサイルの軌道なども把握する能力があるとみられる「スパイ船」の寄港について、インド側は「注視している」とのメッセージを発しつつ、米国とともにスリランカ側に再考を強く迫った。これを受け、ウィクラマシンハ政権は、寄港延期を中国側に打診した。
これに中国は強く反発し、スリランカ政府は、「いっさいの科学的調査を領内で行わない」ことなどを条件に16日からの寄港を認めた。
スリランカが現下の経済危機を乗り越えるためには、主要債権国である中国の協力が不可欠なのはいうまでもない。10億ドルの中国への返済期限が年末に迫るなか、スリランカは中国との間で40億ドル規模の財政支援について交渉している。
台湾をめぐる緊張が高まるなか、ウィクラマシンハ大統領がいち早く、「一つの中国」政策に変更はないと中国側に明言したように、スリランカは中国への配慮も必要だと考えている。インドや西側に全面傾斜するというわけにはいかないのである。(後略)【SPG笹川平和財団“揺れるスリランカをめぐるインドと中国の影響力争い―クアッドは役割を果たせるか?”】
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【中印国境問題でカギとなるブータン 中国と関係改善が進む】
こうした周辺国の動向もありますが、何と言っても中印関係の主戦場は衝突が繰り返される中印国境。その中印の綱引きの舞台となっているのがブータン。
“インドは大きく2つの地域、インド「本土」と北東部に分かれていて、その2つの地域は、ネパール、ブータン、バングラデシュに挟まれた鶴の首のような細い領土でつながっている。
この細い部分は最も狭いところで幅17キロしかない。東京から横浜でも27キロ程度あるからとても狭い地域だ。この部分を攻められると、インド北東部全域がインド「本土」から切り離されてしまう安全保障上の弱点になっている。 そのため、インドはブータンと協定を結んで、ブータンにインド軍を駐留させて守ってきた。”【2017年 8月7日 長尾 賢氏 JB Press】
この細い部分は最も狭いところで幅17キロしかない。東京から横浜でも27キロ程度あるからとても狭い地域だ。この部分を攻められると、インド北東部全域がインド「本土」から切り離されてしまう安全保障上の弱点になっている。 そのため、インドはブータンと協定を結んで、ブータンにインド軍を駐留させて守ってきた。”【2017年 8月7日 長尾 賢氏 JB Press】
2017年にはブータンが領有権を主張するドクラム地方で中国が道路建設を始め、中国軍とブータンの代理人インド軍がにらみ合いを続けました。
そのブータンが中国との関係を改善・強化しようとしています。インドにとっては由々しき事態です。
****中国との国境紛争でブータンが譲歩? インドは黙っていられない****
<中国とブータンが長年続けてきた領有権争いが力づくで決着しつつある。軍事的、経済的にブータンとつながりの深いインドは警戒の目を向けている>
ヒマラヤの小国ブータンが、隣国・中国との関係正常化に向けて動きつつあり、反対隣のインドが懸念を募らせている。中国は近年、ブータンとの領有権交渉で優位に立ち、ブータンを交渉のテーブルに引き寄せている。
中国とブータンは約400キロの国境を接しているが、正式な外交関係は結んでいない。この状況が変われば、周辺地域の安全保障に重大な影響が及ぶ可能性がある。
10月23日から24日にかけて、タンディ・ドルジ外相率いるブータンの代表団は、中国外交部の孫衛東副部長と第25回国境画定協議を行った。
その後、中国とブータンは共同声明を発表。「中国政府とブータン政府との間の国境画定および境界設定に関する合同技術グループの機能に関する協力協定に署名した」と述べた。
無味乾燥な文言だが、それがとてつもなく大きな意味を持つ可能性がある。ブータンの外相は今回、中国の韓正・国家副主席とも会談を行った。かつて中国共産党の政治局常務委員も務めた韓正とブータン外相との会談は、異例のことだ。
これは中国とブータンの外交関係正常化に向けた協議が加速していることを示しており、大きな意味を持つ。そしてこの展開は、中国との関係が悪化しつつあるインドを大いに不安にさせることだろう。(中略)
ブータン(首都ティンプー)は立憲君主制を採用しており、ヒマラヤに残る最後の王国だ。インドは1949年に結んだ条約(その後2007年に改定)の下、ブータンとは「特殊な関係」にあり、ブータンの安全保障を担保する立場にあった。(中略)
中国はブータンに対して、直接的な外交関係の樹立を促しているが、それを実現するためには、国連安保理の常任理事国と正式な外交関係を持たないというブータンの政策を変える必要がある。ブータンはアメリカとも正式な外交関係を築いておらず、インドが両国の仲介役を果たしている。
今後ブータンが外交関係を拡大するにあたっては、安全保障面の後ろ盾であるインドに容認してもらう必要がある。インドは現在、中国と戦略的に対立しており、インド政府が中国とブータンの直接的な外交関係樹立に同意する可能性は低いだろう。
しかしブータンのロテ・ツェリン首相はインドの新聞「ヒンズー」とのインタビューの中で、「理論的には、ブータンが中国との二国間関係を持つことに何ら問題はない。問題はいつ、どのように関係を築くかだ」と発言した。(後略)【11月2日 Newsweek】
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****中国外相が「地域の統一性」強調、インドとの国境紛争で****
中国の外交トップ、王毅共産党政治局員兼外相は5日、チベット自治区南部の林芝市で開かれたフォーラムで、インドとの間で激化しているヒマラヤ山脈東部の国境紛争に関し、「両国は互いに尊重、信用し合い、ともに地域の統一を保って主権と領土保全を相互に尊重する必要がある」などと述べた。
林芝市は、インドのアルナーチャルプラデシュ州境から約160キロの距離にある。
中国は今年、同州がチベット南部の一部とする地図を発表し、インドを怒らせた。インド外務省は、ロイターのコメント要請に即座に応じなかった。
中国とインドは、2020年の国境衝突の後、関係が冷え込んでいる。フォーラムは18年にヒマラヤ山脈周辺の国などが参加して始まり、3回目の今年はネパールやパキスタン、アフガニスタン、モンゴルなどの政府関係者が出席したものの、インドは18、19年同様に欠席した。
チベットを巡っては、米政府が8月にチベット族の子どもたちを寄宿学校へ入校させて「強制同化」させる取り組みに関与したとされる中国当局者にビザ(査証)発給制限措置を科し、中国側がそうした行為を強く否定。
王氏はこれについて、「一部の西側勢力」がチベット問題でこしらえたうそは擁護できず、イデオロギーに基づくもので、やがて事実が明るみに出るだろうと述べた。【10月6日 ロイター】
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日米主導の中国包囲網クアッドにインドも参加するなど、対中国を強く意識するインドですが、以上のようにインドを取り巻く情勢をみていくと、どちらかと言えば中国ペースの動きになっていおり、インドとは宿敵関係にあるパキスタンを含め、中国主導のインド包囲網も作られていくようにも見えます。