孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  米軍のシリア撤退という“成果”を得たものの、同時に予測不能なリスク・制約を背負うことにも

2019-01-05 23:25:57 | 中東情勢

(シリア国境に駐留するトルコ軍部隊を増援する目的で送られた榴弾砲が積まれた軍用車列 トルコ南東部のマルディン県にて【12月30日 TRT】 こうした部隊が“国境”にとどまるのか、シリア内部のクルド人支配地域に向かうのかは知りません。)

【トルコにとって米軍撤退は想定外の成果ではあるものの、予測不能なリスクも】
トランプ大統領がトルコ・エルドアン大統領との電話会談中にシリアからの米軍撤退を決定したという件は、年末12月29日ブログ“シリア 米軍撤退発表で、ロシアを軸に進むトルコ・クルド・アサド政権のバランス調整”でも取り上げました。

米軍撤退によって、トルコは悪化していたアメリカとの関係を改善し、シリアにおける影響力を強化し、何よりも、米軍との協力関係を後ろ盾にトルコ国境地帯を実効支配するクルド人勢力への攻勢を強め、一定地域からクルド人勢力を排除することも可能になったと見られています。

ユーフラテス川東部やマンビジュをトルコがすぐに制圧できるかどうかについては、前回ブログでも取り上げたように、クルド人勢力とシリア政府軍の連携、ロシアを軸とした調整などがありますので、これからの話にもなります。

なお、トランプ大統領は、米軍撤退について与党共和党・政権内でも批判が多いことを受けて、「一晩で出て行くと言ったことはない。撤退は時間をかけて・・・」と、例によって軌道修正もしています。

****トランプ氏「シリアは砂と死」 米軍の撤収時期は明示せず****
ドナルド・トランプ米大統領は2日の閣議で、内戦で荒廃したシリアの状況を「砂と死」と表現した。駐留米軍の撤収は「時間をかけて行う」と重ねて表明し、明確な時期は示さなかった。
 
トランプ大統領は「シリアはずっと前に失われてしまった」とした上で、「莫大(ばくだい)な富について言っているのではない。砂と死についてだ」と続けた。
 
トランプ大統領は12月19日の動画メッセージで、シリアに駐留する米軍部隊を「すぐに」撤収させると述べていたが、31日になって「ゆっくりと」撤収させると軌道修正していた。

2日の閣議では米軍撤収に関して「シリアにずっといたいわけではない」とする一方、「一晩で出て行くと言ったことはない」と説明。具体的な時期は示さず、撤収は「時間をかけて」行う」と述べるにとどめた。 【1月3日 AFP】
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それはともかく、米軍撤退によって基本的にはシリアにおける可能性を大きく広げたトルコ・エルドアン大統領ですが、同時に、これまでアメリカがIS掃討で担ってきた“厄介なもの”も引き継ぐことになります。

****米軍シリア撤退、トルコには好機とリスク****
シリア東部から米軍を撤退させるというドナルド・トランプ大統領の突然の決定は、この地域がトルコ軍の支配下に変容することを意味する。これはトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領にとって、期待をはるかに上回る出来事だ。
 
一方、これはエルドアン氏にとって「願い事には気をつけろ」という警句の実例になってしまう可能性もある。
 
米国の支援を受けるシリア国内のクルド人勢力からトルコが手に入れようと画策していた南部国境沿いの地域は、もっと控えめな範囲だった。しかし今や、トルコはシリア国内の石油資源に恵まれた広大な地域の保護管轄権を手中にし、シリア国内で中心的役割を担う勢力となるかもしれない。
 
米国からしばしば非難の対象、経済制裁の対象にさえされてきたトルコだが、その立場はシリアやその他地域におけるパートナーへと変わりつつある。

そしてエルドアン氏はすでに、地域での主導権を握るという自らの野望の正当性が米政府によって認められたと考えている。トランプ氏は、エルドアン氏からの2019年のトルコ訪問の要請さえも受け入れている。
 
ワシントンのタハリール中東政策研究所(TIMEP)のシリア問題専門家、ハッサン・ハッサン氏は「米国とトルコが互いにパートナーとして協力し始めれば、この地域でのゲームの図式が変わる」と指摘。「米国がイランに対して何か行動を起こしたいと考えた場合、中東でのパートナーが必要だ。その相手はサウジアラビアではなくトルコだ」と語った。
 
トルコは北大西洋条約機構(NATO)第2の規模の軍隊と、高度な外交・情報組織を持つ。それを考えれば、トランプ氏が中東での同盟国の第1選択肢としていたサウジアラビアよりも、影響力を行使するための大きな能力を備えているのは確かだ。

反体制派記者ジャマル・カショギ氏の殺害によって米国内や中東地域でサウジのイメージが損なわれた今では、なおさらそうだと言える。この殺害事件は、現在でも米議会の対サウジ制裁を加速させる可能性がある。

しかし、シリアでの勢力拡大は、今年起きた通貨危機の影響を脱したばかりのトルコを新たなリスク、そして、おおむね予測不能なリスクの時代に引き込む。

トルコはクルド系勢力との対立に加え、過激派組織「イスラム国(IS)」への同調者が残るシリアのスンニ派アラブ人地域でも戦わなければならなくなる公算が大きい。
 
トルコの元駐モスル総領事で、2014年にISの人質になった無党派の国会議員、オズトゥルク・ユルマズ氏は、「米国が全面撤退し、トルコが全ての地域を引き継ぐよう要請されたら負担が大きすぎるだろう。米国でさえ、全てを自分たちで管理することができなかった。トルコ軍を支援する地元勢力が必要になるだろうし、他の国がトルコを援助することも必要となるだろう」と話す。
 
実際、トルコは米国が明け渡す地域の一部のみを引き受け、ラッカやそれ以南の場所など、最も厄介な地域はそのままにすることで、ロシアおよびシリア政府と合意せざるを得ないかもしれない。

エルドアン氏は25日、近いうちにロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会い、トランプ氏の決断によって生じる結果への対処について話し合う予定だと述べた。
 
イスタンブールにあるアルトゥンバシュ大学のアフメット・カシム・ハン教授は、「それは明らかにトルコ側が望んでいたことを超えている」と指摘。そのうえで「だが、どこまで深入りし、どの程度の期間を費やすのかは、依然としてトルコの権限だ」と付け加えた。
 
一方でトランプ氏は、エルドアン氏がシリアでISの「いかなる残党も排除する」ことを約束したとツイートした。これは、イランないしロシアではなく、トルコがISの残党を排除する責任を負うというトランプ氏の期待を示す。

明らかになりつつある米国の中東政策の再編を阻みかねない潜在的な落とし穴はたくさんある。最大の未知数は、現在シリア東部を支配するクルド人組織「人民防衛隊(YPG)」が、向こう数週間でどう出てくるかだ。彼らはトルコ軍以外の誰かが米軍に取って代わることを望んでいる。(中略)
 
今回の方針転換の裏側にあるのは、米国とトルコの劇的な関係改善だ。

トルコの元外交官でイスタンブールのシンクタンクEDAMのシナン・ユルゲン氏は、「米軍撤退は、米国によるYPG支援という2国間関係で最も深刻な対立要因を排除することになる」と指摘。「このことが関係を著しく改善させ、トルコ国内に広がっている反米感情は沈静化する」との見通しを示した。
 
恐らく別の予期せぬ結果としては、トルコの進めていたロシアやイランとの関係改善の動きが米軍撤退によって大きく後退する可能性がある。ロシアやイランへのトルコの接近は、バラク・オバマ前政権時代から最近のトランプ大統領に至るまで米国がトルコに行ってきた冷遇に対するトルコ政府の対抗措置だった。
 
エルドアン政権での外相経験を持つヤシャル・ヤキス氏は、「トルコとイランやロシアの協力は便宜上のものだ。シリアに関する彼らの利害関係は時折しか一致しない」と語った。【12 月 26 日 WSJ】
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【トルコによるクルド人「虐殺」にアメリカが牽制 トルコは反発】
クルド人勢力対トルコの対立が、どのように展開するかはまだ不透明ですが、“クルド人勢力を見捨てて撤退する”とも言われているアメリカも、トルコに対して“無茶はしないように”牽制しています。

*****米、トルコによるシリアのクルド人「虐殺」防止へ働き掛け****
マイク・ポンペオ米国務長官は3日、米軍撤退後のシリアでトルコ軍がクルド人を「虐殺」しないようトルコ側に働き掛けていることを明らかにした。
 
ドナルド・トランプ米大統領がシリアからの米軍撤退を表明したことを受け、米国との同盟の下でシリア北部に展開してきたクルド人勢力がトルコの軍事作戦の脅威にさらされているとの懸念が高まっている。
 
ポンペオ氏は米保守派メディア「ニュースマックス(Newsmax.com)」とのインタビューで、トランプ氏の急な決定を擁護する一方、「トルコがクルド人を虐殺しないよう保証し、シリアの宗教的少数派を保護することが重要だ。これらは全て今も米国の任務の一部だ」と述べた。
 
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は、シリア最大のクルド人民兵組織「クルド人民防衛部隊」について、トルコ国内で1984年から反政府活動を行う非合法武装組織「クルド労働者党」との関与を指摘し、シリアから一掃すると宣言している。
 
YPGは、米主導の有志連合の支援を受け、イスラム過激派組織「イスラム国」と戦ってきた反体制派組織「シリア民主軍」の中核を占める勢力だ。SDFはシリア全土の約4分の1を支配下に置く。
 
こうした中、シリア政府は2日、北部の対トルコ国境にある要衝マンビジから数百人規模のYPG部隊が撤退したと発表した。

YPGは2016年にISからマンビジを奪還し、米軍に支援されてイスラム過激派との戦闘を継続していたが、米軍撤退の報を受けて先週、シリア政府軍にマンビジへの展開を要請していた。 【1月4日 AFP】
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米軍が撤退したとたんに、それまで米軍に協力していたクルド人勢力がトルコの戦車に踏みつぶされる・・・・ということになると、そうでなくても“見捨てた”と批判されているアメリカの立場がいよいよ悪くなりますので、エルドアン大統領にくぎを刺した・・・・というところでしょう。

ただ、少なくとも公式見解としては、トルコ側からすれば、「何を言っているのか!連中はテロリストだ。踏みつぶして何が悪い!」という話になります。

****北部シリア情勢等****
北部シリア情勢と米国等の関与について、アラビア語メディアから取りまとめたところ次の通り
(中略)

・米国との関係では、国務長官がトルコがクルド人を殺すのを防ぐ必要があり、その保証が必要と語ったことに対して、トルコ外相が猛反発し、トルコはシリア内の各種少数民族問題にかかわるつもりはないが、YPGはPKKの派生で、テロ組織で、これと戦うことはトルコの基本的な政策であるとした由【1月5日 「中東の窓」】
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いずれにしても、アメリカの牽制、ロシアによる調整などを受けて、どのように展開するのかは不透明です。

【トルコがアメリカに代わって全ての地域を引き継ぐのは“荷が重すぎる”との指摘も】
一方、アメリカに代わってトルコが引き受けることになったとされるIS掃討の方は、前出記事の「米国が全面撤退し、トルコが全ての地域を引き継ぐよう要請されたら負担が大きすぎるだろう」という意見にもあるように、トルコにとって“ISへの同調者が残るシリアのスンニ派アラブ人地域でも戦わなければならない”という大きなリスクを背負うことにもなります。

トランプ大統領にすれば、「砂と死」の世界におけるカネばかりかかる不毛の戦いを、エルドアン大統領に肩代わりさせて、厄介払いできた・・・ということになります。

トルコはアメリカに対し、「撤退前に、もう少し徹底してITSを叩いてほしい」と要請しているようです。

****トルコ、米軍に軍事支援要請 シリア撤退前に関与強化****
トルコは、シリア国内での過激派「イスラム国(IS)」の残党掃討作戦を引き受ける上で、米国に大規模な軍事支援を求めている。複数の米政府高官が明らかにした。
 
支援は空爆から輸送、兵站補給などかなり多岐にわたるため、米国がそのすべてに応じれば、米軍は撤退する前に、これまで以上にシリアへの関与を深めることになるという。
 
シリア戦略の引き継ぎを巡っては8日、ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)やジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長らを交えて、トルコで協議される見通し。(後略)【1月5日 WSJ】
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クルド人勢力への対応も含めて、トルコ・アメリカ間で調整がなされるのでしょう。

【“反体制派”内の過激派との関係の整理を求められることになるかも】
更に、トルコにとって懸念されるのが、これまでトルコが支援してきた“反体制派”内部の動き、具体的には国際的には“イスラム過激派”とされる勢力の拡大です。

****北部シリア情勢(旧ヌスラ戦線の勢力拡大)****
北部シリアのアレッポ西部、イドリブ、ハマで、自由シリア軍の一部(具体的には「nur al din alzinki 運動」とかいうグループの模様)とアルカイダ系の旧ヌスラ戦線が衝突して、ヌスラ戦線が押し気味に作戦を進めてきたことは、朝方もお伝えしましたが、アラビア語メディアによると、4日までの戦闘で、旧ヌスラ戦線は20か所の村落を占拠し、広範な地域を支配下におさめたと報じています。

これは、シリア人権網の伝えるところによるものとのことで、もともとアレッポの西(ここはトルコの勢力圏の由)で生じて衝突はその後イドリブ等にも拡大し、上記の通りヌスラ戦線が広範囲な地域を支配したとのことですが、この戦闘でこれまでこれまで旧ヌスラ戦線側に61名、自由シリア軍の方に58名の死者が出ている由。そのほか民間人8名死亡の由。
またロシア空軍が、9月のロシア・トルコ停戦合意の後、初めての空爆をアレッポの西に対して行い、民間人2名が死亡した由

これまでロシアは、非戦闘地域より過激派が撤収していないと不満を表明して来たが、ロシアからすれば過激派と言うのはまさにこの旧ヌスラ戦線で、おそらくロシアは、トルコがそのためにより強硬な行動をとらないことに不満を抱いていたものと思われます

トルコにとっては最大のテロリストというのは、YPGのことで、関心の対象は少々違うと思う

但し、この旧ヌスラ戦線が勢力を拡大していることで、おそらくトルコとロシアは再度政策調整をせまられるのではないか?【1月5日 「中東の窓」】
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表立ってのトルコとアルカイダ系旧ヌスラ戦線(2016年7月、アルカイダからの離脱と、新しい組織名を「レバント征服戦線」とすることを発表)との関係ははっきりしませんが、ジャーナリスト安田純平さんをシリアで拘束していたのが旧ヌスラ戦線で、その解放にあたり安倍首相が「カタール、トルコに大変な協力をいただいたことに感謝申し上げたい」と謝意を表明したことに見られるように、トルコと旧ヌスラ戦線の間には強い関係があると見られています。

“最近はシリアとの国境地帯のクルド族勢力を抑えるためにトルコは「ヌスラ戦線」を利用し、武器などを供与していると言われていた。”【2018年10月24日 木村太郎 氏 FNN PRIME】

ただ、ロシアだけでなく国際的には“イスラム過激派”とみなされている組織であり、この勢力が拡大することで、トルコは改めて“反体制派”との関係を明確にすることが求められることにもなります。

なお“自由シリア軍の一部である国民自由戦線と旧ヌスラ戦線の対立、衝突は、その地域や激しさを増しており、トルコ軍は戦闘がトルコ軍の監視所に近づいてきており、このまま拡大すればトルコ軍の介入もあり得ると警告している由”【1月5日 「中東の窓」】とも。

エルドアン・トランプ電話会談で手にした米軍撤退という想定外の成果は、トルコにとって“重荷”“制約”ともなる側面もあって、もろ手を挙げて歓迎すべき事態かどうかの判断には、もう少し時間を要するようです。


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