孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

スリランカ  明日、大統領選挙 更なる民族・宗教の「分断」の懸念も

2019-11-15 23:16:00 | 南アジア(インド)

(次期大統領最有力候補ゴタバヤ・ラジャパクサ(左)と兄のマヒンダ前大統領【115日号 Newsweek日本語版】)

 

【シリセナ政権の機能不全】

スリランカでは明日16日に大統領選挙が行われます。

 

選挙の話に入る前に、退任する現在のシリセナ大統領に関する話題を。

 

****退任控えたスリランカ大統領、若いスウェーデン人女性撲殺の死刑囚を恩赦****

退任を控えたスリランカのマイトリパラ・シリセナ大統領が、2005年にスウェーデン出身の10代女性を殺害した死刑囚の男に恩赦を与えた。当局者が10日、明らかにした。この動きに対し、同国内では怒りの声が上がっている。

 

殺人罪で有罪判決を受けた、裕福な名家出身のジュード・ジャヤマハ元死刑囚は9日、シリセナ大統領から極めて異例な恩赦が与えられ、ウェリカダ刑務所を出所した。

 

同国で16日に実施される大統領選に立候補していないシリセナ大統領は先月、ジャヤマハ元死刑囚への恩赦の要請について検討していると表明していた。

 

事件は2005年、同国の中心都市コロンボの高層アパートで発生。スリランカで休暇を過ごしていた被害者のイボンヌ・ヨンソンさんはジャヤマハ元死刑囚との間で口論となり、撲殺された。裁判によると、ヨンソンさんの頭蓋骨は64片に割れていたという。

 

ジャヤマハ元死刑囚は当初、禁錮12年の有罪判決となり控訴したが、二審では死刑判決が言い渡され、最高裁判所も2014年、これを支持した。(中略)

 

これを受け、ソーシャルメディア上にはシリセナ大統領への非難の声が殺到。「だめな大統領による極悪非道の行動」「このニュースを聞いて吐き気がした」とのツイートがあった。

 

他にもシリセナ大統領が、自身を支持する放送局のオーナー一家出身である別の死刑囚に恩赦を与えようとする前に、さぐりを入れてみるためにジャヤマハ元死刑囚に恩赦を与えたのではないかとの臆測もあった。【1110日 AFP】

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シリセナ政権の実績に関しては知りませんが、この話からすれば芳しくないものが推察されます。

 

上記“極めて異例の恩赦”を知った、他の受刑者たちが自分たちの釈放を求めたとか。まあ、そうでしょう・・・。

 

****スリランカ刑務所で受刑者らが釈放要求デモ、死刑囚への恩赦受け****

スリランカで、スウェーデン出身の10代女性を撲殺し、死刑判決を受けていた名家出身の男が先週、大統領からの恩赦により釈放されたことを受け、厳重な警備か敷かれる同国最大の刑務所では、大勢の受刑者が釈放を求める抗議デモを2日にわたって繰り広げた。(後略)【1113日 AFP】

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シリセナ大統領は昨年10月には首相を解任して、自身が当選した2015年大統領選挙のときの対立候補だったラジャパクサ前大統領を首相に据え、反対する議会を解散させようとしたものの、最高裁によって違憲と判断され、大統領に解任された首相が12月に復帰するという騒動がありましたので、機能不全状態にあったようにも推測されます。

 

****政治混乱のスリランカ、解任された首相が再任****

スリランカでシリセナ大統領から10月末に解任された親インドのウィクラマシンハ氏が16日、首相に再任された。

 

解任されたウィクラマシンハ氏に代わって任命された親中国のラジャパクサ前大統領派と対立が続いていたが、ラジャパクサ氏が15日に辞任していた。

 

大統領はウィクラマシンハ氏を首相職から解任したものの、議会はウィクラマシンハ氏派が多数を握っていた。このため、大統領は11月に議会解散を命じて形勢逆転を狙ったが、最高裁は今月13日にこの解散命令を憲法違反と判断。

 

これを受け、ラジャパクサ氏が辞任を決めた。ラジャパクサ氏に対しては、議会で首相としての不信任案が2回可決され、裁判所が首相権限を差し止めるなど、政治混乱が深まっていた。

 

スリランカはインド洋の要衝にあり、どちらが首相になるかで、地域大国のインドと中国の勢力争いに影響を与える可能性があった。

 

ラジャパクサ氏は自身が大統領時代に中国との親密な関係から多額の融資を受けて大規模インフラ開発を進め、その後スリランカは膨大な借金を抱えた。

 

それでもラジャパクサ氏は新首相として11月、コロンボ港の改良工事を中国企業に発注すると決定。一方のウィクラマシンハ氏は、インドとの経済連携を重視する政策を打ち出していた。【20181217日 朝日】

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縁故主義・多数派シンハラ人主体の強権主義が批判を浴びたラジャパクサ前大統領と2015年大統領選挙で争ったシリセナ大統領ですが、その直前までは前大統領の下、与党スリランカ自由党 (SLFP) の幹事長かつ保健大臣として前政権を支える側にあった政治家ですから、宿敵のはずのラジャパクサ前大統領を首相に起用するというのも、それほど違和感のあるものでもないようです。

 

2015年大統領選挙でのシリセナ大統領の「意外な勝利」は“多数派シンハラ人の中でも農村など地方の有権者と、ラージャパクサ政権により内戦後の社会から疎外されていた少数派のタミル人イスラム教徒の票によるものだとみられており、シリセーナ陣営が支持されたという以上に反ラージャパクサという意味合いが強いものであった”【ウィキペディア】とも。

 

2015年のシリセナ大統領の勝利、ラジャパクサ氏の敗北で、親中国路線にくさびが撃ち込まれるのでは・・・との観測もありましたが、シリセナ氏自身は政策的には親中国の前政権とも連続性があり、変革を求めるウィクラマシンハ氏ら親インド派と距離があったようです。

 

【深刻化する民族・宗教の分断 従来のシンハラ・タミルの対立に加えて、イスラム教徒との分断も】

シリセナ政権のもとで進行した深刻な社会問題が宗教間の分断です。

  

****スリランカ 同時テロから半年 宗教間の衝突相次ぎ分断深まる****

スリランカで、日本人を含む260人以上が犠牲となった同時爆破テロ事件から、21日で半年になります。

 

事件はイスラム過激派組織による犯行だったため、イスラム教徒への不信感から宗教間での衝突が相次ぐなど、社会の分断が深まっています。

 

スリランカではことし4月、最大都市コロンボの高級ホテルやキリスト教の教会など合わせて6か所で自爆テロが起き、日本人女性1人を含む268人が犠牲となりました。

このうち、115人が犠牲となったコロンボ郊外の教会では、20日、軍が厳重な警備を敷く中、日曜日のミサが行われ、犠牲者を追悼しました。(中略)

実行犯の9人は、国内のイスラム過激派組織のメンバーで、過激派組織IS=イスラミックステートの影響を受けていたとみられ、捜査当局によりますと、国内で実行犯を支援したなどとして、これまでに178人を逮捕・起訴し、現在も捜査を続けているということです。

一方で捜査当局は、不審者であれば、容疑が固まる前でも逮捕するという捜査手法で、これまでにイスラム教徒を中心に約2500人を逮捕し、中には無実の人を数か月にわたり拘束したケースもありました。

現地では、イスラム教徒への不信感から仏教徒やキリスト教徒などとの間で衝突も相次いでいて、事件をめぐって社会の分断が深まっています。【1021日 NHK】

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スリランカでのイスラム過激派による上記テロは、3月にニュージーランドのモスクで発生した銃乱射事件の「報復」とも見られています。

 

結果的に、イスラム教徒への嫌がらせ・報復、住民衝突にまで至り、513日には夜間外出禁止令が出される事態ともなりました。

 

スリランカにはもともと、先の内戦をもたらした多数派仏教徒シンハラ人と少数派ヒンズー教徒タミル人の深刻な「分断」がありますが、それに加えてイスラム教徒と多宗教の分断ということで、更に分断の様相が深刻化しています。

 

【次期大統領最有力候補は前大統領の弟 民族・宗教間の分断が加速する懸念 喜ぶ中国】

次期大統領に求められるのは、こうした「分断」を克服する人物ですが、現実には更に分断を深めそうな、ラジャパクサ前大統領の弟が最有力とのことです。

 

****スリランカ、中国に再傾斜も 大統領選へ親中派候補が支持拡大***** 

任期満了に伴うスリランカ大統領選が16日、投開票される。

 

現職のシリセナ大統領が出馬を見送る中、親中派候補が支持を拡大しており、結果によっては中国への“再傾斜”が始まる可能性が取り沙汰される。シーレーン(海上交通路)の要衝の選挙だけに、結果はインド洋での中印の覇権争いに影響を与えそうだ。

 

大統領選には35人が立候補しており、主な争点は日本人を含む260人以上が犠牲となった4月の連続テロ事件後の治安対策など。地元メディアによると、選挙戦はゴタバヤ・ラジャパクサ元国防次官(70)と、サジット・プレマダサ住宅建設・文化相(52)の事実上の一騎打ちの構図だ。

 

ゴタバヤ氏の兄は、中国の投資を呼び込んで南部ハンバントタ港などの開発を推進したマヒンダ・ラジャパクサ前大統領だ。在任時は一族支配や腐敗が批判を浴びたが、兄弟ともに四半世紀以上にわたった内戦終結の立役者として根強い人気を持つ。

 

ゴタバヤ氏はテロ対策の重要性を強調し、国民の多数派で多くが仏教徒のシンハラ人を中心に求心力を高める。

 

プレマダサ氏は、内戦中に暗殺された第3代大統領の息子で、こちらも国民から支持を得る。公約で貧困層向けの住宅供給政策を打ち出し、少数派や農村部の票の掘り起こしを図る。プレマダサ氏の所属するスリランカ統一国民党(UNP)は老舗政党で、インドと関係が深い。

 

前回2015年大統領選のシリセナ氏の勝利で、中国傾斜に一定の歯止めがかかった格好となったが、ゴタバヤ氏勝利なら再接近は確実視される。ロイター通信によると、ゴタバヤ陣営の関係者は、当選したならば中国と「関係を回復する」と明言した。

 

インドにとってスリランカが中国に再度接近すれば、頭痛の種となることは間違いない。マヒンダ氏の大統領時代、中国海軍の潜水艦がスリランカの港に寄港するなどして、インドはいらだちを募らせた。

 

外交筋は「今回の選挙戦で中印との距離感は争点とはなっていないが、結果が双方に与える影響は大きいだろう」と分析している。【1111日 産経】

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ちなみに、プレマダサ氏の父親であるプレマダサ元大統領がタミル・イーラム解放のトラLTTE)の自爆テロにより暗殺された199351日、私はスリランカの古都キャンディを旅行中で、事件を受けた突然の外出禁止令の発令で「一体何が起きたのか?」ととまどいました。

 

観光を中断して急遽入ったホテルのTVでテロ事件のことを知り、大変なことになったものだとは思いながらも、部外者の気楽さで、事態の推移を興味深く見ていたところも。

 

ただ、翌日には外出が許され観光を再開した(あるいは、予定を変更してコロンボに戻った?)のですが、シンハラ人の案内する車でタミル人が多い地域を走るときの、シンハラ人の緊張ぶりが今も強く印象に残っています。

 

【産経】は親中国政策の復活にしか関心がないようですが、それ以前に多数派仏教徒シンハラ人の主張を前面に出すゴタバヤ・ラジャパクサ勝利となれば、上述の社会の分断は現在以上に進むことも懸念されます。

 

父親をタミル人に殺害されたプレマダサ氏の政策は知りませんが・・・。

 

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ヒンドゥー教徒主体のタミル人にとって、ラジャパクサ兄弟は恐怖の対象だが、仏教徒主体の多数派シンハラ人の多くにとっては英雄になった。マヒンダはさらに大胆になり、多民族国家スリランカでシンハラ人中心の単一民族政策を強化した。

 

この政策が復活すれば、内戦の引き金となった民族・宗教間対立の改善、特にシンハラ人と総人口の約10%を占めるイスラム教徒との融和は期待できない。両者の関係は4月、260人以上の死者を出したイスラム過激派の連続爆破テロ事件で一気に悪化した。

 

ラジャパクサ兄弟は既にこの事件を利用して、シンハラ民族主義をあおり立てている。

 

ゴタバヤは支持者に対し、自分が当選すればイスラム過激派対策として情報機関を強化し、市民に対する監視活動を復活させると約束した。超法規的措置で治安維持を図ろうとする姿勢に、少数民族やメディア、人権擁護団体は戦々恐々だ。【115日号 Newsweek日本語版「スリランカで準独裁体制が復活すれば、海洋覇権を狙う中国を利するだけ」】

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上記記事の対中国に関する主張は【産経】と同じです。

 

結果、“「ゴタバヤ大統領」は兄の政権の犠牲者に対する法的救済を阻止し、民族・宗教間の分断を広げ、インド太平洋における中国の覇権を後押しするだろう。スリランカの民主主義はかつてなく脆弱に見える。”【同上】とも。

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