(2019年1月12日、パリでの集会でデモ参加者たちにLBD40を向けるフランス共和国保安機動隊員。口径40mmの硬質ゴム弾、通称フラッシュボールを発射する武器だ。【11月3日 GQ Japan】)
【「戦場」と化した香港キャンパス】
香港の若者・学生らの抵抗運動は長期化するとともに、若者・学生らと警察側双方の暴力もエスカレートしてきています。
****「キャンパスが戦場に」 香港デモ、衝突舞台になる大学****
香港で大学キャンパスが警察とデモ隊の新たな衝突の舞台になっている。事態の収拾を急ぐ中国の意向を受け、香港当局はデモの主力を担う学生の取り締まりに力を注ぐ方針に転じたとみられる。暴力の応酬がエスカレートし、影響が教育の現場を直撃し始めた。
14日朝、警察はデモに熱心な学生が多いとされる香港理工大に向けて催涙弾を撃ち込んだ。大学内から警官隊に矢が放たれたためとしている。
伝統的に民主化要求運動など学生の政治活動が盛んな香港中文大では、11日から12日にかけ、警察隊の催涙弾とデモ隊の火炎瓶の応酬となった。
香港メディアによると、使われた催涙弾は約1千発、デモ隊が投じた火炎瓶は約200本に上り、「キャンパスが戦場のようになった」と報じられた。
6月にデモが本格化して以降、警察は大学の構内での実力行使は控えてきた。だが、警察幹部は今月14日、「デモ参加者は香港中文大を武器庫に変え、キャンパス内に恐怖を蔓延(まんえん)させた」と非難。他の大学でも同様の危険な行為を確認したとして、大学キャンパスを取り締まりの「聖域」とはしないという立場を強調した。
警察の対応の変化の裏には、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が4日、中国の習近平(シーチンピン)国家主席と会い、早期の治安回復を指示されたことがありそうだ。警察は、各大学が政府に武力で対抗する「勇武派」の若者らの拠点になっているとみて、抑え込みの重点対象にしている模様だ。(中略)
圧力を強める当局に対し、学生側は大学内にバリケードを築いて徹夜で立てこもるなど徹底抗戦の構えだ。(後略)【11月15日 朝日】
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警察側がゴム弾・催涙弾さらには実弾を使用すれば、学生らは火炎瓶・レンガの投石などで応じ、さらには“木製の投石機で火炎瓶を発射したり、大学のスポーツ学部から盗んだ弓矢を使ったりと、中世の技術を織り交ぜた新戦術を生み出している。”【11月15日 AFP】とも。
ここまでエスカレートしてくると、香港政府・中国側は早晩厳しい鎮圧行動にでるものと想像されます。
学生側もそのあたりは想定しているところでしょうが、その際にどれだけの血がどのように流されるのか・・・が、今後の香港情勢に大きく影響すると思われます。
【仏「黄色いベスト運動」 政府側の譲歩はあったものの、社会に永続的な影響を与えるものにはならなかった】
中東・アフリカ・南米などではない先進国における激しい抵抗運動として、香港以上に長期化しているのがフランスの「黄色いベスト運動」です。
「燃料価格の上昇」、「生活費の高騰」、「労働者や中産階級に重い政府の税制改革負担」などに反対する、農村部や都市部周辺の人々によるアンチ・エスタブリッシュメントとしての抵抗運動である黄色いベスト運動は今月17日、発生から1年の節目を迎えます。
昨年11月に行われた最初のデモにはフランス全土で28万人超が参加しましたが、参加者数はそれ以降大きく減少しています。
しかし熱心な活動家グループは各地で土曜日のデモを継続し、マクロン大統領はいまだに低収入労働者をはじめとする社会の主流から取り残された人々を無視し続けていると訴えています。
****「黄色いベスト」縮小するも、国民の怒り根強く【FINANCIAL TIMES】****
荒れ模様になった9日、武装した警察隊をものともせず、不屈の「黄色いベスト」デモ隊がパリ北駅を目指してデモ行進した。フランス中で注目を集めた運動に残った最後の数百人だ。
「運動全体として成功したと思う。物事のあり方を変えた」。元教師のジョジアーヌさん(66)は、シャンゼリゼ通りの大デモ行進が政治問題に発展した1年前を振り返ってこう話す。「そう、人数こそ少なくなったが、それは恐怖心のせいでもある」
昨年11月17日を皮切りにフランス全土の町で毎週末デモが起こり、頻繁に暴力沙汰になっていたが、今や規模は縮小した。だがマクロン大統領がフランスを統治するやり方を変えたわけではない。
■マクロン政権の譲歩引き出す
環境目的の燃料税引き上げに対して地方のドライバーたちが起こした抗議活動は、広範な反体制運動にすそ野を広げた。
それを受けてマクロン大統領は数多くの譲歩をみせてきた。燃料増税をすぐに取り止め、中産階級の労働者向けに数十億ユーロの経済対策を打ち出した。民間エコノミストによると、国内総生産(GDP)の1%に当たる規模だ。この妥協により、財政赤字と政府債務を迅速に減らすための政府計画は水泡に帰した。
デモ参加者にごう慢な「金持ち大統領」とやゆされたマクロン氏は悔い改め、税制や公共交通、医療保険、政治システムなど社会・経済的不満について意見を交わす場として「国民大討論」を打ち出した。
大統領は後に、不正や経済的困難に対する「真の怒り」が根強いと認めた。
社会学者のミシェル・ビルビオルカ氏によると、ソーシャルメディアと草の根活動を「異例で極めて盛大に、メディアを熟知した」方法で結びつけた「黄色いベスト」運動は、労働組合と第二次大戦以降の反政府運動を独占してきた政党を無視する形で始まった。
「『黄色いベスト』運動は政府に対し、貧困や社会正義を忘れないよう求めた。そして政府は耳を傾け、理解した。政府は耳が聞こえないわけではなかった」(ビルビオルカ氏)
■数万人から数十人に
だがデモ開始から1年、数万人単位だったデモ参加者は数百人、時には数十人にまで落ち込んだ。
「黄色いベスト」の一部は、1周年に当たる週末の11月16~17日に大規模なデモを企画している。だが「カスール(暴徒)」や暴力的な無政府主義者による行進が頻発したことで、デモ参加者への同情は削がれつつある。
同時にデモ歴の長い人々は、昔ながらのスタイルの抗議活動に移ろうとしている。労働組合は鉄道会社など公共部門の労働者への優遇策を廃止するマクロン氏の年金改革案に反対して、12月5日に輸送ストを計画する。
元教師のジョジアーヌさんは「我々が変えたのは、少し活動停止状態に陥っていた労働組合だ」と語った。
「黄色いベスト」運動はマクロン氏の政治スタイルを変え、経済改革の一部で譲歩を引き出したが、フランスの第五共和国制を根本的に変えることはなかった。
その理由の一つは、運動の大半で主導者がおらず、支持者もはっきりとした目標を持つ政治的基盤を構築しなかったことだ。
「運動はとても大切なことを生み出したが、活動自体を長続きさせるものではなかった」とビルビオルカ氏は話す。「極めて防衛的な運動で、将来に向かうものではなった。当初の形としては完成しているが、問題は解決されておらず、人々の期待も満たされていない」
政府側も反政府側も、運動がフランス社会に永続的な影響を与えなかったと考えている点で一致する。
過去1年間でデモ隊2500人と警察官1800人が負傷。40人以上のデモ参加者が警察の使った武器で目に重傷を負った。何らかの有罪判決を受けた「黄色いベスト」参加者は3000人にのぼる。
■前代未聞の「労働者階級とエリート層」対話促進
都会から離れた集落に暮らす人々は生活を切り詰め、移動には必ず車が必要で高い燃料を買わねばならず、公共サービス不足に不平をこぼす。毎週末に行われたデモは、そうした事実を都市部に暮らすフランス特権階級のエリート層に突き付けた。
1年前に燃料価格に対する請願を提出し「黄色いベスト」の火付け役になったプリシリア・ルドスキー氏は、それを成功と呼びはしなかった。だが同氏は「かなり多くのことを変えた」。隔離された人々を表に呼び出して問題を共有し、「フランスでは前代未聞となる、労働者階級とエリート層」との対話を促した、と語った。
9日のデモ行進の参加者の一人でパリの電気技師のエリックさん(43)は、これまで週末のデモに35回加わった。労組による反マクロンデモが今後も続くとみている。
「我々がここにいなかったら、政府はさらに踏み込んでもっと多くの改革を実行していただろう。我々はそれにブレーキをかけた」とエリックさんは話す。「そして12月には、組合が今後実施される改革に対し、抗議の声を上げるだろう」
エリックさんの後ろでは、デモ隊がこう叫びながら行進していた。「オネラ(我々はここにいる)! オネラ! マクロンが望まなくとも、オネラ!」(2019年11月14日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版)【11月15日 日経】
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現時点での総括としては、抗議行動は“ごう慢な「金持ち大統領」とやゆされたマクロン大統領”から多くの譲歩を引きだしたものの、“運動の大半で主導者がおらず、支持者もはっきりとした目標を持つ政治的基盤を構築しなかった”ことで、“運動がフランス社会に永続的な影響を与えなかった”という限界もあった・・・というところでしょうか。
【厳しい当局の鎮圧を容認する大統領への怒り】
上記記事ではマクロン大統領の譲歩や「国民大討論」が強調されていますが、反対派から“ごう慢”とも批判されるマクロン大統領は就任以来、自身が進める改革への抵抗には屈しない姿勢を見せている強気が特徴的で、黄色いベスト運動に対する当局側の対応は相当に厳しいものがあったようです。
****黄色いベスト運動に向けられた銃口──民衆を武力弾圧するマクロン政権のやり口【前編】****
(中略)ジェローム・ロドリゲスは40歳の元配管工。黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)運動きっての熱弁家で、人を惹きつける魅力に溢れ、それでいて、リーダーと呼ばれることは好まないという男だ。(中略)
パリ郊外にある彼の借家を訪ねた私に、ロールオンのデオドラントによく似た円筒形の物体をロドリゲスは差し出してきた。LBD40という武器から発射されるゴム弾、通称フラッシュボールである。
口径40mmの金属筒に収められた重さ60gの硬質ゴムが時速360kmで発射される。〝低致死性(サブリーサル)〟という控え目な分類のしかたがどうにも不穏当に思えるその武器が、彼の右目を奪ったのだ。(中略)
ロドリゲスは黄色いベスト運動で片目を失った20番目の人物となった。「丸腰で逃げ回る男女のどこが、機動隊にとって深刻な脅威になるというのですか? 股間周辺を撃たれた人も5人いて、ひとりは睾丸を摘出するはめになったのですよ」と、彼は警察の暴虐を訴える。
LBD40はレーザー照準器のついたスイス製の高精度な武器である。〝低致死性〟に分類され、上半身を狙うことは固く戒められているのだが、その禁を破った場合の威力はかなりのもので、ヨーロッパでもこれを使用している国はフランスくらいだ。
いっぽうGLI-F4スタングレネードはTNT火薬25gを含有し、165デシベルの大轟音を発して爆発すると、つづけてCSガス(催涙ガス)を発生させるもので、こちらもフランスでしか使われていない。
どちらの武器にも、国連やグリーンピースなどの各種団体から使用を取りやめるべきだという要請がくりかえしなされているというのに、エマニュエル・マクロン大統領とクリストフ・カスタネール内務大臣はいっこうに聞く耳を持たずに、この記事の執筆時点(2019年8月)でも共和国保安機動隊に両方の武器を使わせつづけている。【11月3日 GQ Japan】
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****黄色いベスト運動に向けられた銃口──民衆を武力弾圧するマクロン政権のやり口【後編】****
デモ行進をする民衆にフランスの警察は武器を向けた。ゴム弾、催涙ガス、スタングレネード─ 〝低致死性〟であるはずのそうした武器で失明し、不具になり、命を落とした〝黄色いベスト〟運動参加者の数は、わずか6カ月で過去20年間のデモ死傷者累計に並ぶまでになっている。(中略)
マクロン大統領側近による暴行が物語るもの
(中略)2018年11月17日の〝アクト1〟に始まる毎週土曜日のデモ活動は人々が自然発生的に集まって起きたものだ。ならば黄色いベストの人々をひとつに結びつけているものは何かと言うなら、それはマクロン大統領とカスタネール内務大臣のやり口への憎悪なのだろう。
民衆を殴打し、催涙ガスを放ち、生涯不具にするまでのことをマクロン大統領は適法の範囲内と考えているのではないか─多くの人々が共有していたそんな疑念を確信に変えるような出来事がそれに先だって起きていたのだ。
2018年5月1日、メーデー(註)のデモにおいて、大統領の側近で警護責任者でもあるアレクサンドル・ベナラが警察のヘルメットをかぶった姿で民衆に暴力をふるう動画がYouTubeに投稿された(ベナラはこの事件後に解雇されたが、7カ月後になって外交官用旅券2つをいまだに所持していることが判明したし、暴行の刑事責任に問われてもいない)。
「あの動画でアレクサンドル・ベナラは誰かの頭を叩きのめしています」。ジェローム・ロドリゲスは眼帯をつけていない目をぎらつかせてそう語る。
「警察官でも何でもないあの男が警官のかっこうをして、いったい何をしていたのでしょう? そして今、やつはどんな目に遭っているのでしょう? のうのうと大手をふって人生を謳歌していますよ。これがマクロン政権の本質というわけです。
民衆の模範たるべき大統領がすべてを強引に力づくで決める気でいる。大統領の横暴さが政府組織に浸透して警察の末端にまで波及していて、メディアも大統領の片棒を担いでいる。反対の声をあげているのは黄色いベストの仲間たちくらいのものですよ」。
デモの現場を密着取材するまで、私は黄色いベストの面々に対して「無教養で偏見に満ち、略奪や暴力行為に訴えがちな労働者階層」という、中道左派系の『リベラシオン』紙ブリュッセル支局のジャン・カトルメールが記事に綴ったままの印象を抱いていた。
24 人が、片目を失った。5 人が、四肢のいずれかを吹き飛ばされた。2,448人が、何らかの負傷をした
ところが、カトルメールが記事で指摘したことで、〝ジレ・ジョーヌ〟の参加者たちに当てはまることなど実際には何ひとつなかったのだ。
ダヴィッド・デュフレーヌというジャーナリストはこれについて「彼らを無教養な愚民だと見下す態度にほかなりません。同じ『リベラシオン』紙に書いていた者のひとりとして、これには怒りを禁じ得ません」と語っている。
(後略)【11月4日 GQ Japan】
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1年に及ぶ抵抗運動が数百人規模にまで縮小した背景には、譲歩や対話だけでなく、香港政府や習近平主席もたじろぐほどの厳しい鎮圧姿勢もあったようです。
【奨学金を打ち切られた大学生が焼身自殺】
運動を支えた大きな要因としては、そうした当局・政権への怒りも大きかったのでしょうが、マクロン大統領が進める「改革」で絶望的な状況に追い込まれる人々の生活の実態もあります
****仏大学で苦学生が焼身自殺図る、世論はマクロン政権に怒り****
フランスの大学の構内で、奨学金を打ち切られた大学生が焼身自殺を図り、エマニュエル・マクロン政権に世論の怒りが向かっている。
仏南東部リヨンにあるリヨン第2大学に在籍するフランス人学生は今月8日、学生生活が窮迫したことに抗議して、大学構内で自らに火をつけ自殺を図った。全身の90%にやけどを負って重体となっている。
この学生は先ごろ奨学金を打ち切られ、フェイスブックへの投稿で自分の窮状は仏政府の政策のせいだと非難していた。
学生らは12日、リヨンをはじめ首都パリ、リール、ボルドーなどで数百人規模の抗議デモを展開。パリではデモ隊が高等教育・研究省の門を打ち壊し、庁舎の壁に「経済的な不安に殺される」などと殴り書きした。リヨン第2大学では12、13日の両日、学生らが授業を妨害した。
シベット・ヌディアイ仏政府報道官によると、マクロン大統領は13日の閣議で、自殺を試みた学生の「悲劇的な」行為に遺憾の意を表し、「共感と深い同情」を示した。
しかし、ヌディアイ氏はまた、この一件が引き金となって起きた抗議行動中の破壊行為は「何によっても」正当化できないとくぎを刺した。
■「格差生んだ自由主義」に「殺される」
自殺を図った学生は政治学を専攻していたが、2年次で2回留年し、奨学金を打ち切られた。地元紙ル・プログレが紹介した学生のフェイスブック投稿によれば、生活は1か月当たり450ユーロ(約5万4000円)の奨学金を受け取っていたときでさえ苦しかったという。
学生はこの投稿の中で、「格差を生み出した自由主義」を非難。マクロン氏とフランソワ・オランド前大統領、ニコラ・サルコジ元大統領、欧州連合によって「僕は殺される」と訴えていた。
2016年の政府統計によると、フランスでは大学生の約3分の1が1年次で留年しており、入学後3年以内に3年生に進級できるのは28.4%のみ。学生の多くが自活のために働いており、これが試験での落第率の高さの一因といわれている。
リヨンの抗議デモに参加していた社会学専攻の女子学生は、しばらく入院した後に受けた試験で及第点を取れず、奨学金を打ち切られたとAFPに話した。そのため複数のアルバイトを掛け持ちせざるを得なくなり、ごみ箱の残飯をあさる日すらあるという。
マクロン大統領は昨年、課題となっている財政赤字削減の一環として学生向け住宅助成金を最高で月額5ユーロ(約600円)に減額した。ただ、一方で富裕層には減税となる政策を導入したことから、激しい非難を浴びている。
来月5日にはマクロン政権の年金改革に反対する大規模ストライキが呼び掛けられており、仏政府は、学生たちが長引く「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動に合流してストを勢いづかせるのではないかと警戒している。 【11月15日 AFP】AFPBB News
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国際社会・EU内にあっては、毅然たる姿勢でメルケル首相に代わって存在感を強めているマクロン大統領ですが、“毅然たる姿勢”というのは不利益を被る者の切り捨てにもつながる“傲慢さ”とも紙一重のところがあって、評価が難しいです。
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