孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

増加するヘイトクライム 不寛容、異質なものへの憎悪をはぐくむものは

2019-06-10 22:44:02 | 人権 児童

(イスラム教徒の商店を狙った焼き打ちで一帯が黒こげとなった商店街(5月17日、スリランカ西部ミニワンゴダで)【5月21日 読売】)

 

【欧州で増加するヘイトクライム】

人種・宗教・性的指向などの違いにを理由とするヘイトクライム(憎悪犯罪)が近年増加傾向にあるという話を目にします。

 

互いの違いを容認しない不寛容、多様性の否定が広まっている傾向も。

 

****子どもを狙う憎悪犯罪が急増、肌白くしようとする10歳児も 英国****

英国で子どもを狙ったヘイトクライム(憎悪犯罪)の件数が急増している。学校でいじめに遭ったという10歳の子どもは、自衛のために肌の色を白くしようとしていると告白した。

 

児童保護団体のNSPCCによると、人種差別に根差すヘイトクライムで子どもが被害に遭った件数は、2017~18年の警察の統計で1万571件に上った。1日当たりの平均では29件になる。

 

発生件数は3年前に比べて5倍になり、年間およそ1000件のペースで増え続けている。

 

英国では欧州連合(EU)からの離脱を決めた2016年の国民投票以来、全土で人種差別主義が台頭している。被害者の中にはまだ1歳に満たない子どももいた。

 

NSPCCに証言を寄せた10歳の少女は、「友達は、どうして汚い肌のやつと一緒にいるんだと言われるようになって、私と遊んでくれなくなった」と打ち明ける。

 

「私は英国で生まれたのに、自分の国へ帰れと言っていじめられる。どうしてだか分からない。うまく溶け込めるよう、顔を白くしようとしたこともある。私はただ、楽しく学校へ行きたいだけなのに」

 

英国では国民投票以降、全般的にヘイトクライムが急増し、その傾向は今も収まらない。2017~18年にかけてイングランドとウェールズで起きた事件は合計で7万1251件と、前年に比べて14%増えた。

 

被害者の性別や性的指向、宗教、障害に根差すヘイトクライムも急増している。しかし人種に根差す犯罪は依然としてヘイトクライムの大多数を占め、平均すると1時間あたり8件の頻度で報告されている。【5月31日 CNN】

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性的指向という面ではLGBTが攻撃の対象ともなります。

同じくイギリスで・・・・。

 

****英レズビアンカップル暴行事件、被害者2人の危機感*****

<ロンドンの深夜バスに乗っていた10代の若者5人がレズビアンのカップルに暴行、被害者の血まみれの写真が世界に衝撃を与えている>

深夜バスに乗っていたレズビアンのカップルに暴行を加えた容疑で、10代の男5人がロンドン警察に逮捕された。男たちはカップルに互いにキスしてみせるよう要求し、拒否されると2人を殴り、持ち物を奪ったという。

ロンドン警視庁の発表によれば、6月7日に15歳から18歳までの4人の男を強盗と加重重傷暴行の容疑で逮捕、9日朝に16歳の男を同じ容疑で逮捕した。容疑者の氏名は公表されていない。

ウルグアイ人の被害者メラニア・ヘイナモト(28)が5月30日の事件の直後、暴行を受けて血まみれになった自分とアメリカ人の恋人クリス(29)の写真をフェイスブックに投稿したことから、世界的な注目が集まった。

写真に添えられた説明によれば、デートの後、深夜にロンドンのカムデン地区へ行くバスに乗っていたヘイナモトとクリスは、キスをしているところを男たちのグループに見られ、嫌がらせをされたという。

「バスのなかには少なくとも4人の男がいた」と、ヘイナモトは書いている。「チンピラみたいな態度で迫ってきて、自分たちを楽しませるためにキスをしろ、と要求した。私たちを『レズビアン』と呼び、セックスの体位についてしゃべっていた。全部は覚えていないけれど、『はさみ』という単語だけが頭に残っている」(中略)

先週末、2人はメディアのインタビューに応じ、「写真ばかりが注目されているのは不満」「ヘイトクライムによって人権と安全が脅かされている。私たちも立ち上がって戦わなければ。ヘイトクライムの増加を招いたのは自分自身と罪の意識を感じている」(いずれもクリス)などと訴えた。【6月10日 Newsweek】
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イギリスの話題が続きますが、下記のような事件も。

****同性愛女性を描く舞台の俳優、「同性愛嫌悪犯罪」の被害に 英南部****

英南部サウサンプトンの劇場で同性愛を描いた舞台に出演中の俳優2人が8日午後、劇場へ向かう途中に石のようなものを投げつけられ負傷した。劇場は「卑怯な同性愛嫌悪の憎悪犯罪」だと非難している。

 

同性愛者の若い女性を描いた芝居「ロッテルダム」に出演中のルーシー・ジェイン・パーキンソンさんとレベッカ・バナトヴァラさんが昼公演に出演するためNST劇場に徒歩で向かっていたところ、パーキンソンさんが物体を投げつけられた。警察は、通りがかった車から何者かが石を投げつけた可能性があるとして、調べている。

 

ロンドン在住の俳優2人はカップルで、事件によって「ひどくショックを受けた」と劇場は明らかにした。

事件を受けてNSTキャンパス劇場は、2回分の公演を休演にした。作品の製作会社ハートショーン・フックは、襲撃された俳優2人が「卑怯な同性愛嫌悪の憎悪犯罪に、とてつもなく衝撃を受けた」とコメントした。

 

ジョン・ブリテン作「ロッテルダム」は、両親に自分が同性愛者だとなかなか話せずに苦しんでいるアリスと、自分はいつでも自分のことを男性だと自認してきたというフィオーナの、レズビアンのカップルを描いた作品。2017年には、英演劇界で最高峰のオリヴィエ賞も受賞している。

 

パーキンソンさんによると、パートナーで共演者のバナトヴァラさんにキスしたとき、何かが当たり、その勢いで地面に倒れてしまったと話す。軽傷を負ったパーキンソンさんは、遠ざかる自動車から「若い少年たちの笑い声」が聞こえたという。

 

「私たちはただほかの人と同じように、2人して幸せになりたいだけです」とパーキンソンさんは話した。「どうして他人から暴力を振るわれるのか、本当に理解できない」。

バナトヴァラさんは「本当にショックで、動揺して怒っている」と話した。

 

「この芝居を初め、こうした物語がどれだけ大事なのか、あらためて気づいた。(同性愛は)正常で普通のことで、恐れたり攻撃したりするものではないと、認識を広めないと」(後略)【6月10日 BBC】

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もちろん、こうしたヘイトクライムの増加はイギリスだけではありません。

 

5月28日ブログ“ドイツ  反ユダヤ主義の拡大・顕在化 キッパ着用でユダヤ教徒への連帯を呼びかける”では、ドイツにおける反ユダヤ主義の拡大を取り上げました。

****ユダヤ人を狙った犯罪が急増****

(中略)ドイツでは昨年以来、反ユダヤ主義の影響とみられる犯罪が急増している。

政府の統計では、昨年1年間にユダヤ人を狙ったヘイトクライム(憎悪犯罪)は、前年比10%増の1646件に上った。

ユダヤ人に対する暴力行為も、2017年の37件から昨年は62件に急増した。(後略)【5月27日 BBC】
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ユダヤ人憎悪の一つの中核には、ドイツで増加するイスラム系移民が存在しますが、その移民もまた激しい憎悪の対象となります。

 

****ドイツで移民擁護派の政治家射殺される、ネットに歓迎ヘイト投稿殺到****

ドイツで今月、移民擁護派の地方政治家が自宅で射殺される事件があり、これを歓迎するヘイトスピーチ(憎悪表現)がインターネット上にあふれている。ドイツ政府は7日、ヘイト投稿を強く非難した。

 

ホルスト・ゼーホーファー内相は「もし誰かが、リベラルな見解を持っていたというだけで凄まじい憎悪の対象となるのなら、それは人間らしい道徳観が衰退しているということだ」と独日刊紙ターゲスシュピーゲルに語った。

 

殺害されたのは、独中部カッセル県のワルター・リュブケ県知事。アンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟に所属する政治家で、移民の擁護を公言していた。

 

リュブケ氏は2日午前0時半(日本時間同午前7時半)ごろ、フランクフルトから北東に約160キロ離れたカッセル市内の自宅テラスで、至近距離から頭を拳銃で撃たれて死亡しているのが見つかった。自殺を示す兆候はなく、警察は殺人事件として捜査している。

 

捜査当局によると、犯行の動機は不明だが、リュブケ氏は以前から殺害を予告する脅迫を受けており、政治的な動機による事件の可能性は排除できないという。

 

リュブケ氏の追悼記事や事件の報道を受け、ソーシャルメディア上には多くのコメントがあふれた。だが、同氏の殺害を歓迎する投稿が多くみられる事実に、フランクワルター・シュタインマイヤー大統領も強い不快感を示し、「公務員や行政トップに対する中傷や攻撃、ヘイト運動、肉体的暴力は正当化できない」と述べた。

 

リュブケ氏は、欧州に難民・移民が殺到して危機的状況となっていた2015年10月、難民らの保護施設を訪問し、助けを必要とする人々に手を差し伸べるのはキリスト教の基本的な価値観だと発言。

 

「こうした価値観に同意せず、身をもって示さない者は皆、いつでもこの国から出ていってもらって構わない。それは全てのドイツ人の自由だ」と述べ、極右主義者の激しい怒りを買っていた。 【6月10日 AFP】

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【世界では“日常的”な宗教・人種・民族に違いによる殺戮・紛争】

社会が成熟し、こうした差別に基づく憎悪は少ないと思われていた欧州におけるヘイトクライムということでイギリス・ドイツの最近の事例を取り上げましたが、世界的に見れば、宗教・人種・民族に違いによる殺戮・紛争がアフリカでも、中東でも、アジアでも、日常的現象として溢れています。

 

4月にキリスト教徒を狙ったイスラム過激派による連速大規模テロがあったスリランカでは、今度はイスラム教徒を狙ったテロが相次いでいます。

 

****スリランカのテロ1カ月 後絶たぬイスラム教徒襲撃**** 

スリランカの最大都市コロンボなどで4月21日に発生した連続テロから1カ月余りが経過した。国内では少数派のイスラム教徒への警戒感と敵意が拡大し、キリスト教徒らによる襲撃事件が相次ぐ。ザフラン・ハシム容疑者が率いた犯行グループの全容もいまだ不明で、再度のテロ発生への懸念もぬぐえない。

 

スリランカ国内ではテロ事件後、イスラム教徒が経営する店舗やモスク(礼拝施設)への襲撃事件が頻発。一部は暴徒化しており、北西部プッタラムでは13日、イスラム教徒の男性(45)が刃物を持った集団に襲われて死亡した。政府は夜間外出禁止令発出やSNSの遮断で事態の拡大を防ぎたい方針だ。(中略)

 

連続テロは4月21日にコロンボなど計6カ所で発生。日本人1人を含む250人以上が死亡、500人以上が負傷した。ハシム容疑者はテロ現場で自爆死した。【5月23日 産経】

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ハシム容疑者らによるテロへの報復というよりは、もともとイスラム教徒への不満・憎悪が社会にあった状況で、テロ事件によって(多数派仏教徒を中心とする、イスラム教徒への憎悪を抱く人々の間で)イスラム教徒への攻撃が正当化されたというように見えます。

 

****反イスラム暴動と中国債務に悩むスリランカ****

スリランカでは4月21日のキリスト教の復活祭に起きた、イスラム教過激派による爆弾テロを引き金として、すさまじい反イスラム暴動が引き起こされた。

 

爆弾テロの対象が主としてキリスト教徒や外国人であったことを考えると、爆弾テロに対する報復と言うよりは、爆弾テロをきっかけにして反イスラム感情が噴き出したものと言っていいであろう。

 

スリランカではこれまでも何度となく反イスラム暴動が起きており、反イスラム感情が根強いことが分かるが、今回はこれまでと異なって、イスラム教徒の財産やビジネスのみならず、イスラム教徒が攻撃されたと言う。

 

また暴動の規模も、2018年の暴動では3日で465件の物件が破壊されたのに対し、今回は一日で500か所が破壊されたとのことである。

 

現在、スリランカの人口の9.7%がイスラム教徒である。スリランカ人の約10人に一人がイスラム教徒という勘定になり、決して少ない数ではない。そのイスラム教徒が憎悪の対象にされれば、スリランカ社会の安定は脅かされざるを得ない。

 

スリランカでは1983年からスリランカ北・東部の分離独立を目指す「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)が反乱を起こし、2002年に政府とLTTEとが停戦に合意その後和平交渉などを経て2009年にようやく内戦が終結、スリランカに平和と安定がもたらされたかに見えたのだが、今回の暴動でスリランカの平和と安定が危機にさらされていることが明らかになった。

 

根強い反イスラム感情の他に気がかりなのは、政府が反イスラム暴動の抑圧に及び腰であると見られる点である。政府がブルカなどの着用を禁止したことは、イスラム教徒に対する警戒感を表しているように思われる。

治安部隊の一部が攻撃に加わっていたとの情報もある。

 

スリランカ政府は、イスラム教徒に対する憎悪が暴力化しないよう、細心の対策を取ることが求められる。(後略)【6月6日 WEDE】

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【心に潜むネガティブな感情を育て、解き放ち、増殖させるものは】

人間の心の中には、異なる他者へのネガティブな感情が多かれ少なかれ存在します。

 

そうした感情を拡大させるのは、格差の存在とか、社会発展の恩恵にあずかれないといった社会への不満でしょう。

その不満のはけ口として、往々にして、「自分たちの不遇の原因は彼らの存在だ」という形で、異質な他者への攻撃性が増長されます。

 

しかし、そうしたネガティブな感情は「そうした攻撃性を表に出すことはよくないことだ」という理性的なブレーキもかかっていますが、スリランカのようなテロが起きると、攻撃性を表に出すことが正当化されるような事態にもなりがちです。

 

また、昨今の政治・社会の風潮も、そうしたネガティブな感情という“本音”を表に出すことを助長しているようにも思えます。

 

その点で、画期的な役割を果たしているのがアメリカ・トランプ大統領の存在でしょう。

 

攻撃的で、嘘も不正確情報を気にしない彼の言動は、理性的なブレーキを“ポリティカルコレクトネス”とか“きれいごと”とかいった形で葬り去ることにもなっています。

 

いったん表にでたネガティブな感情・憎悪は、SNSなどのインターネットを通じて急速に拡大・増殖します。

 

そうしたことを考えると、将来に関して暗澹たる気分にさせる指摘が。

 

****明らかにトランプ批判の潮目が変わった  名物パロディもネタ枯れで終了****

(中略)

世論調査「トランプ再選」が上昇

(中略)CNN放送が5日発表した世論調査で「トランプ大統領が再選されるか?」との問いに、54%が「再選されると思う」と回答し「再選されない」が41%、5%が無回答だった。

 

昨年12月に行った世論調査では「再選されると思う」は43%、「再選されない」は51%でこの半年間に大統領に対する信頼度が大幅に高まったことを示している。

 

ちなみに、オバマ大統領の再選選挙の際の同時期に「再選される」と答えたのは40%に過ぎず、それでも大勝したことを考えると2020年のトランプ大統領は「地滑り的勝利」が考えられると保守系のニュースサイト「ウェスタンジャーナル」8日の分析記事は予想している。(後略)【6月10日 木村太郎氏 FNN PRIME】

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正直なところ、なんだか、何かを言う気力も失せるような徒労感を感じます。

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台湾総統選挙・予備選  民進党は現職と前首相が接戦 10~14日の世論調査で決定

2019-06-09 23:41:30 | 東アジア

(台湾の民主進歩党の政見発表会の開始前、握手する蔡英文総統(右)と頼清徳前行政院長。中央は卓栄泰・党主席=8日【6月8日 共同】)


【各候補とも、中国との距離の取り方が軸】

連日のように台湾総統選挙に関する与党・民進党および野党・国民党の動きに関する報道を目にしますが、総統選挙自体は、まだしばらく先の来年1月で、現在進行しているのは両党内における予備選挙に向けた動きです。

 

アメリカ大統領選挙ほどではないにしても、かなりの長期戦です。

 

****台湾の行く末占う総統選が早くも激化****

台湾では、来年1月に予定されている総統選挙に向けた動きが激しくなっている。

与党民進党は、蔡英文が現職の総統であるが、同氏の不人気ぶりに、頼清徳・前行政院長(首相)も出馬を表明、両者の調整がつかず、候補者決定が当初予定されていた4月から、5月、6月へと延期される事態となっている。

 

民進党の候補者選出は世論調査によって決めることになっているが、蔡英文は頼清徳の後塵を拝しているようである。

さらに大きな話題となっているのは国民党の予備選挙の行方である。朱立倫・元党主席や王金平・元立法院長も出馬の意向を持っているようだが、目下のところ、昨年11月の統一地方選挙で民進党の牙城である高雄市で市長に当選した韓国瑜、4月に出馬を表明した鴻海(ホンハイ)精密工業会長の郭台銘が有力のようである。

 

韓国瑜は「韓流」と呼ばれるブームを起こした人物であり、郭台銘は著名で力のある経済人である。

ただ、郭台銘は、中国との関係で懸念が高まっており、支持率を下げている。鴻海工業は日本のシャープを買収するなどしている世界的なIT企業であるが、中国本土に多くの工場を擁している。中国本土に半導体工場を作る動きもある。

 

そこで、郭の立候補によって生じるかもしれない中国からの干渉・圧力の可能性が問題となる。郭が台湾の総統になるようなことがあれば、同氏は中国の意向に従わざるを得ないだろう。台湾の有権者は、そのことを理解しつつあるように見える。

 

なお、郭は、2014年の「ひまわり学生運動」(馬英九総統(当時)の親中政策に異を唱える学生、市民らが立法院を占拠するなどした)に際し、「民主主義で飯は食えない」「民主主義はGDP拡大の助けにならない」などと述べた。

韓国瑜は高い支持率を保っている一方、高雄市長に当選したばかりで総統に転身するのは裏切りではないかとの批判が強まっている。これに対し「当選したら高雄で総統としての執務をする」などと言っている。選挙戦が進むに従って、こうした素人的な言動が問題となる可能性はあると思われる。

次期総統選に向けて、各候補にとり、中国との距離を如何にとり、如何なる関係を保つか、また、米国、日本との間でいかなる方策を取り、関係を強化するかなどが、喫緊の課題である。

民進党の両名の対中政策は、その時その時で表現の違いはあるが、基本的に、92コンセンサス(1992年に「一つの中国」で中台が合意しているとされる)を認めず、「独立」という現状を維持するというものである。

これに対し、国民党側は92コンセンサスを認め、中国との「平和条約」に前向きである。郭台銘については、上述の通り、中国との近さが懸念材料となっており、中国寄りであるとの印象を払拭しようと躍起になっている。

 

郭は5月初めに92コンセンサスについて、「一中各表」(一つの中国。その内容は中台がそれぞれ解釈する)でなければならず「中華人民共和国と中華民国の二つの国を意味すると考えている」と述べた。

 

国民党はかつて「92コンセンサス、一中各表」を両岸政策の基礎としてきたが、中国側は「一中各表」を認めたことはなく、国民党は最近「一中各表」をあまり言わなくなっている。

 

韓国瑜は、安全保障を米国に、技術を日本に、市場を中国に頼りたい旨、述べたことがある。韓は3月下旬に訪中し、中国の国務院台湾事務弁公室主任(閣僚級)との会談をするなどしている。中国は、台湾の中央政府の頭越しに台湾の地方のリーダーへの接触を強めている。それに乗るような行動は、中国への警戒が弱いことをよく示していると言えよう。

いずれにせよ、中国側が総統選挙にネット等を通じた厳しい情報戦を従来以上の規模と強さで仕掛けることは間違いないであろう。

 

今年1月には習近平が、台湾を「一国二制度」の枠組みで統一すること、台湾の統一には武力行使を辞さないこと、などを明言した。次期総統選挙は今後の中台関係、ひいては地域の安定と平和をも大きく左右する重要な選挙である。もちろん現段階で帰趨を言うことは不可能であるが、ますます目が離せなくなってきている。【531日 WEDGE

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(王金平・元立法院長はその後予備選撤退を表明しています)

 

【「私は台湾独立を主張する政治家だ」との発言もある頼氏 対中姿勢明確化で追い上げる蔡氏】

ほぼ上記記事で現状は網羅されていますが、若干の補足・追加を。

 

まず、現職・蔡英文総統と頼清徳・前行政院長(首相)の一騎打ちとなっている与党・民進党の情勢。

 

民進党は昨年11月の統一地方選で大敗し、支持率が低迷する蔡英文氏の苦戦が続いています。

 

予備選挙は世論調査の数字で決まる仕組みですが、従前は中国対応を含めて何かと煮え切らない(よく言えば現実的)不人気な蔡英文総統に対し、対中国でより独立色を強く打ち出す頼清徳氏が大きくリードしていました。

 

****台湾、民進党の頼氏が中国批判 6月総統選予備選に名乗り****

台湾で来年1月の総統選に向けて与党、民主進歩党(民進党)の公認候補に名乗りを上げている頼清徳前行政院長(首相)が2日、中国当局が1989年に民主化運動を武力弾圧した天安門事件を批判するシンポジウムに出席し「台湾が中国にのみ込まれることを許さない」と述べ、中国の習近平指導部に対抗していく姿勢を表明した。

頼氏は台湾独立志向が強く、中国との対話姿勢を示す最大野党、国民党の候補者をけん制した形だ。民進党の候補者を決定する今年6月の予備選を控え、世論調査などで、頼氏は蔡英文総統より高い支持率を維持している。【62日 共同】

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頼氏は行政院長在任中に、立法院での答弁で「私は台湾独立を主張する政治家だ」と明言し、話題になりました。

(当然、中国は反発)

 

もちろん当選した場合、現在の中台情勢にあって、いきなり台湾独立を宣言するということもないとは思いますが、学者肌で波風立てる言動は避ける蔡氏よりは、中国との対立は鮮明化するでしょう。

 

****中国との「平和協定」は災難 台湾・頼清徳前行政院長インタビュー****

来年の台湾総統選挙への出馬を表明している与党・民進党の頼清徳、前行政院長(首相に相当)が東京都内で産経新聞のインタビューに応じ、「中国による統一攻勢が強化され、台湾の主権と民主主義は危機的な状況にある」との認識を示した。

 

その上で、野党・中国国民党が意欲を見せている中国との平和協定締結は「大きな災難をもたらす」と一蹴し、反対する立場を強調した。(中略)

 

来年1月に投票が行われる総統選については、民進党と国民党の対中政策が真っ向から対立しており、「中国の統一工作を受け入れるか否かを決める最も重要な選挙だ」と危機感を見せた。

国民党の有力候補は相次いで中国と「平和協定」を締結する意向を示している。頼氏は、中国が1951年にチベット政府と締結した協定を守らず、チベット人が弾圧されている現状を指摘。「平和協定は台湾にとって災難にほかならない」と力説した。

頼氏は自身の対中政策について、「国家の安全を守る態勢を増強したい」と述べ、対中国の「反浸透法」や「反併呑(へいどん)法」の立法を推進していく考えを明らかにした。

頼氏は行政院長に在任中、立法院(国会)で「私は台湾独立を主張する政治家だ」と答弁したことがあり、その主張が中国の武力行使を招くと警戒する声もある。これに対し、頼氏は「私が言う台湾独立とは、中国による浸透と併呑を阻止することだ」とし、総統選で当選しても「台湾の独立を(新たに)宣言することはない」と説明した。(後略)【512日 産経】

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蔡英文氏側は頼氏に、現職を優先して出馬を辞退するよう要請していましたが頼氏は拒否。

そこで、予備選挙の時期を延期して時間を稼ぎ、現職の強みを生かして露出を高め、何とか支持率を高める作戦に。

また、世論調査方法についても、蔡氏に有利となる方向で変更するなど、なりふり構わぬようにも見えます。

 

一定に蔡英文氏側の作戦が奏功して、現在は蔡氏の支持率が頼氏に並んだ、あるいは調査によってはリードしたとの報道も。ただ、全体としてはまだ頼氏がリードしているとも。いずれにしても接戦となっています。

 

蔡英文氏の支持率は、中国への対応を明確化し、同性婚などでの指導力を発揮する形で、反転上昇傾向にあります。ただ、先行する頼氏に届くかどうかは微妙な情勢です。

 

****台湾総統選は「米中代理戦争」の様相****

(中略)

反中を競い合う民進党二候補

蔡氏の支持率は、二〇一八年十二月に就任以降最低の二四%を記録した後、上昇に転じた。きっかけは、今年一月一一目に発表した対中政策に関する談話。

 

同日に中国の習近平国家王席が演説で、台湾に「一国二制度」の導入を呼びかけ、これに蔡氏が反論した。

 

一国二制度は「台湾の絶対的多数の民意が断固として反対」と表明し、中国との対話は「圧力や威嚇を用いて台湾人民を屈服させる企てであってはならない」と牽制した。

学者出身の蔡氏はそれまで摩擦やトラブルを避ける穏当な姿勢を貫いてきた。対中政策も「相手を刺激しない」ことを優先し、談話や演説で激しい言葉を避けた。これに対し、民進党の支持者から「顔の見えない政権」「中国に弱腰だ」と不満がくすぶっていた。

 

蔡氏は昨年十一月の統一地方選挙での民進党惨敗を受け「このままでは再選は厳しい」と周辺に説得され、従来の姿勢を転換。中国や政敵を厳しく批判するように変貌した。

 

自ら実現したい政策も周りの意見を気にせず、積極的に取り組み始めたことも奏功している。

 

蔡氏は今年四月に訪米した際、米国の要人らに中国の脅威を訴えた。トランプ政権が掲げるインド太平洋戦略について「台湾も積極的な役割を果としたい」と呼応し、中国当局を激怒させた。

五月に成立した法律で認められた同性婚も、長年、台湾の世論を二分する争点だった。

 

昨年十一月に実施した野党主導の住民投票では、反対多数の結果だったが、蔡氏は強いリーダーシップを発揮する。「国際社会の先進的な価値観を積極的に受け入れるべきだ」と力説し、迷う民進党所属議員の背中を押して立法を主導した。

法案に反対した国民党は、中国の伝統的な儒教にある「子孫の繁栄」「家庭の安定」を理由に挙げた。同性婚をめぐる攻防の根底にも、欧米と中国の価値観の対立があり、米中対立の断層が内政に投影されたと見ていい。(後略)【「選択」6月号】

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8日はレビ演説会も開かれたようですが、“2人が公開の場で顔をそろえるのは、3月に予備選への参加を届け出て以来、初めて”とのこと。10~14日には世論調査が行われますので、“初めてで、最後”でしょう。

 

****蔡氏・頼氏、公認争い接戦 民進党、近く決定へ 台湾総統選予備選****

来年1月の台湾総統選に向け、与党民進党は8日、党予備選への参加を届け出た現職の蔡英文(ツァイインウェン)総統(62)と、前行政院長(首相)の頼清徳氏(59)によるテレビ演説会を開いた。

 

党は10~14日に世論調査を行い、その数字をもとに今月半ばにも公認を決める。事前調査では、2人が激しく競り合っているという。2人が公開の場で顔をそろえるのは、3月に予備選への参加を届け出て以来、初めて。

蔡氏は政権を担った3年間について、「目指してきた政策の方向性に誤りはない。成果は徐々に出ている」と述べ、再選への支持を訴えた。こ

 

れに対し、頼氏は昨秋の統一地方選で民進党が敗れたことを挙げ、「人民はすでに結論を出している。再び失敗を繰り返すのか」と突き放した。

焦点になる対中政策をめぐっても、2人の主張はぶつかった。国際法学者だった蔡氏は中台関係の「現状維持」を訴える穏健派だ。一方の頼氏はより独立派色が強いとみられている。

蔡氏はこの日、「国際的な視野を持ち、情勢を把握して、交渉できるリーダーが必要だ」と主張。頼氏は「台湾が中国にのみ込まれて、第二の香港、第二のチベットになるわけにはいかない」と訴えた。

台湾メディアなどの支持率調査で、蔡氏は当初、頼氏にリードを許していたが、最近は積極的なテレビ出演や視察が奏功し、一部調査では頼氏を上回っている。蔡政権下で導入した所得税の減税効果が、有権者に実感され始めていることも影響している。

頼氏は今年1月まで政権ナンバー2の行政院長を務め、蔡氏を支える立場だった。しかし、3月になって突然、出馬を表明。党本部や蔡氏に出馬を取り下げて副総統候補になるよう説得されたが、応じなかった。

総統選は有権者の直接投票だ。2大政党に位置づけられる野党国民党の予備選には、昨年の統一地方選で同党大勝の立役者となった韓国瑜・高雄市長(61)や、鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘会長(68)が参加。国民党の公認候補は7月中旬ごろに決まる。【69日 朝日】

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【国民党 人気の韓国喩氏は日本の戦争責任を追及する立場】

長くなるので、国民党の方は簡単に。

 

出馬表明時、一時的に人気を博した鴻海(ホンハイ)精密工業会長の郭台銘氏ですが、さすがに中国本土の関係が強すぎて、支持も低迷しているようです。

 

“中国全土に工場を展開している郭台銘氏は、中国側の「一つの中国」の方針の受け入札を表明。米中貿易戦争による中国国内の景気後退は「台湾企業にとって、中国進出のチャンスだ」とく。”【「選択」6月号】

 

中国全土に工場を展開している郭台銘氏が、中国政府の意向に逆らえるとも思えません。万一、郭台銘氏が台湾総統になれば、台湾は「第二の香港」になるでしょう。

“「郭台銘総統」誕生が世界にもたらす“嫌な結末””【520日 加谷 珪一氏 JB Press

“ホンハイ・郭台銘が「台湾版トランプ」になり得ない理由”【510日 立花 聡氏 WEDGE Infinity

 

現在、有利な立場にある高雄市長・韓国瑜氏については、以下のようにも。

 

****人気の韓国喩氏は「反日」****

(中略)一八年、民巡党の牙城だった高雄市の市長選に立候補した時は「落選確実」と熔印を押された。

それでも「八百屋のおやじ」と自称し、お笑い芸人のような軽妙な話し方がネットで話題に。瞬く問に人気が沸騰し「韓国喩現象」と言われるほどブレークした。

韓氏はエリートではなく、同じく国民党の馬美九氏が総統を務めていた時期も冷遇された。にわかに人気を博したことは、米国のトランプ大統領の当選と同じように、世界各国で見られる右寄りのポピュリスムの流れに乗っただけとの見方もあり、その人気がいつまで続くのか予断を許さない。

中国の李克強首相の母校、北京大学の大学院に留学した経験をもつ韓氏は、習政権による台湾への外交、軍事的な圧力について「対話で解決すべきだ」と繰り返してきた。今年三月に訪中し、中国政府の台湾政策部門トップと会談。

 

中国各地に高雄産の果物などを売り込む「台湾のトップセールスマン」を自任し「政治より経済が大事」との持論を前面に掲げて挑む。

ただ韓氏は、民進党候補と異なり、日本にはやっかいだ。日本の戦争責任を追及する立場で、若い時から対日戦争賠償を求める運動に関わってきた。(後略)【「選択」6月号】

*****************

 

【第三の候補をうかがう台北市の柯文哲市長】

1月の本選に向けては、上記の民進党・国民党候補以外に、台北市の柯文哲市長も出馬の意向を示しています。

 

外科医から市長に転じ、無所属政治家として支持を集める柯氏は「私の目的は2大政党に不満を抱く人々の受け皿になることだ」と述べています。

 

中国との関係については、民進・国民の中間路線。

 

“米中どちらにも与せず、台湾独白の道を歩むべきだという何氏の主張には「現実的ではない」との批判も聞かれる。だが、民巡党と国民党の長年の対立に飽きた有権者の間から、高い支持が集まっていることも事実だ。”【「選択」6月号】

 

最大の「親日国」である台湾、中台関係の動向は日本を含めた東アジア全体に大きく影響しますので、台湾総統選挙の今後の動きが注目されます。

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地球温暖化 「最悪シナリオ」可能性5%は深刻リスクか? 変わらない米大統領、変わる米議会

2019-06-08 22:58:35 | 環境

(夕食会に出席したドナルド・トランプ米大統領(右)とチャールズ皇太子(201964日撮影)

バッキンガム宮殿でのチャールズ皇太子との茶会では、会話の大半が気候変動の話題だったとか【65日 AFP】)

 

【「最悪のシナリオ」の可能性は5%】

災害などにおける「最悪のシナリオ」の起こる“確率”を、個々人がどのようにイメージ・認識するかはもちろん各人によって異なります。楽観的な人もいれば悲観的な人もいるでしょう。

 

地球温暖化による海面上昇幅はが2100年までに2mを超え、18000万人以上が住む場所を追われるという「最悪のシナリオ」の可能性が「5%」・・・・という報告が。

 

5%の可能性・・・・小さいか? 大きいか?

 

この研究報告を主導した英ブリストル大学のジョナサン・バンバー教授は以下のようにも。

 

「もし道路を渡るときに20回に1回の確率で車にぶつかると言われたら、道路には近付かないだろう。1%の確率だって、あなたが生きている間に100年に1度の大洪水が起こる可能性を示している。5%という可能性は、なかなかどうして、深刻なリスクだと思う」

 

確かに、そう言われれば・・・という感も。

 

****海面上昇、従来予測の2倍に 氷解が加速=英研究****

海面上昇、従来予測の2倍に 氷解が加速=英研究

 

グリーンランドや南極大陸の氷解が加速していることから、海面の高さがこれまでの予測を大きく上回り、2100年までに最大2メートル上昇する可能性があることが、最新の研究で明らかになった。

 

これまで、海面は2100年までに最大でも1メートル弱しか上昇しないと考えられてきた。

 

しかし今回「米国科学アカデミー紀要」で発表された専門家の評価に基づく研究によると、実際にはこの2倍ほど高くなる可能性があるという。

 

研究者は、これによって数億人が住んでいる土地を失うかもしれないと指摘している。

 

海面上昇は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2013年に発表した第5次評価報告書の中で最も議論を呼んだ問題だ。

 

この報告書では、排出ガス削減が進まず地球温暖化が続けば、海面は2100年までに5298センチ上昇すると指摘した。

 

しかし多くの科学者が、この試算は極めて保守的な数値だとみている。

 

また、海に浮かぶ大きな氷床の影響を予測するために使われている現在のモデルでは、氷床が解けていく際の不確定要素全てを考慮に入れられないことを問題視している。

 

審判の日

より明確に状況を把握するため、この領域の科学者が集まり、専門家による組織的な評価研究を行った。この研究では、科学者がグリーンランドや南極大陸で起こっていることに対する知識や理解をもとに、推測を行った。

 

その結果、もし温室効果ガスの排出が現在と同じように続けば、世界の海は2100年までに62238センチ上昇するという試算が出た。その頃には世界の気温は5度ほど上がっていることになる。これは、地球温暖化の中でも最悪のシナリオのひとつだ。

 

研究を主導した英ブリストル大学のジョナサン・バンバー教授は、「2100年までに、氷床の融解による海面上昇は7178センチとなる可能性が非常に高いが、これに氷河や氷床の周りの冠氷の影響、さらに海水の熱膨張を含めれば、200センチを超えることはたやすい」と説明した。

 

IPCCの第5次評価報告書は何が起こる「可能性が高いか」だけを記しており、これは科学的には1783%の確率だという。

 

一方、今回の研究ではより広範囲の可能性をカバーしており、確率は595%に広がった。

 

2100年までに地球の気温が2度上がった場合、海面上昇の主原因はグリーンランドの氷床のままだ。しかし気温がこれ以上、上がった場合は、より大きな南極の氷床も考慮に入れなくてはならないという。(中略)

 

「しかしこうした現象が始まる可能性が高くなるのは、気温が5度上昇した場合だけだ」

 

それでも、このシナリオは地球にとって大きな示唆になると研究チームは指摘している。

氷が解けることで、地球は179万平方キロメートルもの陸地を失うことになるからだ。これは、リビアの国土と同じ大きさだ。

 

水面下に沈んでしまう陸地の大半は、ナイル川のデルタのような重要な農業地域だ。バングラデシュも大部分が人間が住み続けられない場所になるだろう。ロンドンやニューヨーク、上海といった世界的な大都市も脅威にさらされる。

 

「シリア危機では100万人の難民が欧州にやってきたが、海面が2メートル上昇した場合、住む場所を追われる人はこの200倍になる」とバンバー教授は指摘した。

 

研究チームは、向こう数十年にわたって温室効果ガスの排出を大幅に削減すれば、このシナリオを回避する時間はまだ残されていると強調している。また、このシナリオの上限が現実のものとなる可能性は5%と小さいものだとしている。(後略)【521日 BBC】

*******************

 

「確率」の問題もさることながら、この種の報告の妥当性は素人ではなかなかわからないという問題が基本にあって、評価が難しくなります。

 

2050年人類滅亡の可能性?】

“刺激的”“衝撃的”(あるいは“真実を描き出している”)報告は多々あるようです。

 

****2050年人類滅亡!? 豪シンクタンクの衝撃的な未来予測****

<オーストラリアのシンクタンクが、今後30年の気候変動にまつわるリスクを分析し、最悪の場合、人類文明が終焉に向かうかもしれないという衝撃的な方向書を発表した>

2050
年には、世界人口の55%が、年20日程度、生命に危険が及ぶほどの熱波に襲われ、20億人以上が水不足に苦しめられる。食料生産量は大幅に減り、10億人以上が他の地域への移住を余儀なくされる。最悪の場合、人類文明が終焉に向かうかもしれない──。(中略)

「気候変動は人類文明の脅威である」
豪メルボルンの独立系シンクタンク「ブレイクスルー(Breakthrough-National Center for Climate Restoration)」は、今後30年の気候変動にまつわるセキュリティリスクをシナリオ分析し、20195月、報告書を発表した。(
中略)


2015
1212日に採択された「パリ協定」では、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑えることを目標に掲げているが、報告書は、この目標値が未達に終わると予測する。

永久凍土が消失し、アマゾン熱帯雨林は干ばつに
報告書のシナリオによると、人為的な温室効果ガスの排出量が2030年まで増え続け、2030年までに気温が1.6度上昇する。

温室効果ガスの排出量は2030年をピークに減少するものの、炭素循環フィードバックやアイス・アルベド・フィードバックなど、気候プロセス上の要因も加わり、2050年までに気温が3度上昇する。1.5度の気温上昇で西南極氷床が融解し、2度の気温上昇でグリーンランド氷床が融解する。

気温が2.5度上昇すると、永久凍土が広範囲にわたって消失し、アマゾン熱帯雨林は干ばつに見舞われて立ち枯れる。ジェット気流が不安定となることで、アジアや西アフリカの季節風にも影響が及び、北米は熱波や干ばつ、森林火災など、異常気象の被害を受ける。陸地面積の30%以上で乾燥化がすすみ、南アフリカ、地中海南岸、西アジア、中東、米国南西部、豪州内陸部で砂漠化が深刻となる。

ゼロ・エミッションベースの産業システムを構築すべき
元オーストラリア国防軍最高司令官のクリス・バリー氏は、報告書の序文で「この世の終わりを避けられないわけではないが、直ちに思い切った行動をとらなければ望みは薄い。

 

政府、企業、地域コミュニティがまとまって行動するべきだ」と訴えている。また、この報告書では、一連のリスクを軽減し、人類文明を維持するために、廃棄物をゼロにするゼロ・エミッションベースの産業システムを早急に構築するべきだと提唱している。【67日 Newsweek
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【持論を変えないトランプ大統領「天候は変化していて、どちらにも転がると思う」】

もちろん、上記のような報告について、「出来の悪いハリウッド映画じゃあるまいし・・・」と嗤う人もいるでしょう。

 

そうした一人が“政府、企業、地域コミュニティがまとまって行動する”ことを不可能にしているトランプ米大統領。

 

****トランプ米大統領 「気候変動はどちらにも転がる」 英テレビ番組に出演****

35日に訪英していたトランプ大統領は、英ITVの番組「グッドー・モーニング・ブリテン」に出演。3日にチャールズ皇太子と90分にわたって会談した際に気候変動について話したと述べた。そのうえで、「天候は変化していて、どちらにも転がると思う」と話した。

 

トランプ氏は、皇太子の「良い気候」を求める気持ちに共感したと述べた半面、汚染の拡大は他国のせいだと非難した。(中略)

 

情熱に感動、でも意見は変えず

トランプ大統領はチャールズ皇太子の「次世代への情熱」に心を動かされたと話した一方、気候科学に関する自身の意見は変わらなかったと述べた。

 

その上で、中国やインド、ロシアが大気や水質を悪くしていると避難。半面、アメリカは「最もきれいな気候」を持つ国の1つだと話した。

 

「忘れないで欲しいのは、これは昔は地球温暖化と呼ばれていて、それがうまくいかなくなると気候変動と呼ばれ、今は異常気象と呼ばれている。異常気象は避けられないからだ」

 

また、気候変動の影響で「異常気象」が増えたという考えを否定するため、過去の自然災害の例を挙げた。

「アメリカの竜巻が今ほど深刻だった覚えはないが、40年前にも史上最悪の竜巻被害があった。1890年代にも史上最悪のハリケーンがあった」

 

トランプ大統領はかつて、気候学者は「政治的目的」を持っていると非難し、気候変動を「嘘っぱち」だと述べた。この発言は後に撤回された。

 

2017年には、気候変動への国際的な取り組みを決めた2015年のパリ協定から離脱すると宣言。地球の気温上昇を産業革命前と比較して2度以下に抑えるとするこの協定が、アメリカの労働者に不利だと訴えた。

 

政府機関からの警告も無視し続けており、昨年には気候変動によって経済に深刻な悪影響が出るという報告書を「信じない」と一蹴した。

 

トランプ政権は環境保護や気候変動にまつわる政策を次々と後退させる一方、石炭工場や石油掘削に対する規制を取りやめる法案を提出している。(後略)【66日 BBC】

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「天候は変化していて、どちらにも転がると思う」というのは、「気象は人間の活動とは無関係で、悪化を防ぐための努力を行うつもりはない」ということの表明でもあります。

 

“アメリカは「最もきれいな気候」を持つ国の1つだ”・・・・例年の大規模山火事とか、大型ハリケーンの襲来とか、必ずしもそうとも言えないように思うのですが・・・・。

 

仮に、今はアメリカは「最もきれいな気候」を持つ国の1つだとしても、そのことと「将来の世界全体のために何をすべきか」という問題は別だとも思うのですが・・・。

 

****米政権、気候変動巡り証言妨害 ホワイトハウス職員らが****

米紙ワシントン・ポストは7日、ホワイトハウスの職員らが、気候変動が「壊滅的な結果を引き起こしかねない」との国務省分析官の議会への書面証言がトランプ政権の立場と相いれないとして、提出を妨害したと報じた。複数の政府高官の話としている。

 

トランプ大統領は地球温暖化の悪影響を認めない立場を取っている。米政府内には、トランプ氏と異なる見解を排除する空気が強まっていると指摘されている。【68日 共同】

***************

 

【アメリカ議会で活発化する温暖化論議】

“米政府内には、トランプ氏と異なる見解を排除する空気が強まっている”かどうかは知りませんが、野党・民主党が下院を制したことで、議会では大統領と異なる動きも出ているようです。

 

****温暖化にGND、米で政策論争 民主議員が提案、弱者救済と両立****

トランプ政権下で停滞していた地球温暖化対策の議論が米議で再び活発になっている。野党・民主党の一部議員による提案「グリーン・ニューディール」をきっかけに、与党・共和党からも対案が出始めた。

 

 ■急進的内容、党内外で賛否

(中略)温暖化対策と弱者救済策を組み合わせたGNDは、民主社会主義者を自任するオカシオコルテス氏と、環境派のマーキー上院議員(民主)が起草、2月に議会に提出した。その名は1930年代の経済政策ニューディールにちなむ。

 

拘束力のない決議案だが、2050年で世界の温室効果ガス排出の「実質ゼロ」を目指して今後10年間、国家総動員をすると明記。

 

電力からの温室効果ガス排出をゼロにし、建物の改修、高速鉄道網整備などで雇用を生み出す一方、温暖化対策の影響を受ける地方やマイノリティーなど社会的弱者に配慮。最低賃金引き上げや国民皆保険につながる考えも盛り込む。

 

トランプ大統の就任後、米国で温暖化対策の議論は低調だった。トランプ氏は「温暖化は中国のでっち上げ」と主張し、17年には温暖化対策の国際ルール「パリ協定」離脱を宣言。石炭火力発電の排出規制などをことごとく覆した。上下院で多数を占めてきた共和党も議論を避けてきた。

 

ところが昨秋の中間選挙民主党が8年ぶりに下院の過半数を取り、状況は変わった。議長についたペロシ氏は特別委員会を設置し、温暖化の公聴会も復活させた。温暖化対策民主党がトランプ政権に対抗する柱。GNDがさらなる議論に火をつけた。

 

発表されるや、急進的な内容に党内外で賛否両論が巻き起こった。共和党は「社会主義だ」と激しく攻撃。保守系のFOXニュースは「温暖化対策のために自家用車やハンバーガー、飛行機が取り上げられる」とあおった。上院トップのマコネル院内総務は、3月末に多数を握る上院で否決してみせた。

 

 ■共和も対案、支持者に変化

実現が難しく、将来のアキレ腱(けん)になりかねないため、民主党でもペロシ氏ら主流派は距離を置くが、大統領選の同党候補は共同提案者に名を連ねたり支持を表明したりしている。

 

有力候補のバイデン前副大統領は4日、「GNDは重要な枠組みだ」とその考えを踏襲し、2050年までに米国内からの排出ゼロを目指し、10年間で連邦予算1・7兆ドル(約180兆円)をつぎ込む構想を発表した。

 

イエール大などの世論調査では、昨年12月は「GNDを全く聞いたことがない」有権者が8割以上だったが、今年4月には4割に低下した。

 

主党支持層の9割が賛同し、共和党支持層でも穏健派に限れば6割が賛同している。

 

GNDを進める若者を中心とした環境団体「サンライズムーブメント」のアラセリー・ヒメネスさんは「社会主義でも急進派でもない。我々は多数派だ」と胸を張る。

 

ハリケーン山火事、洪水など温暖化の影響とみられる災害が頻発。共和党支持者でも若い世代を中心に温暖化対策を求める声は強まっている。

 

16年に超党派の気候問題解決議連を設立した共和党のクーベロ前下院議員はGNDを批判するものの「以前は議論すらしたくなかった多くの共和党員が、温暖化を現実の危機と捉え、解決策を議論している。好ましいことだ」と評価する。

 

5月2日、下院でパリ協定から米国が離脱するのを阻止する法案が可決。共和党からも3人が賛成に回った。下院で温暖化対策関連法案が通るのは約10年ぶりだ。

 

共和党からも対案が次々と発表されている。二酸化炭素(CO2)の排出に税金を課す炭素税導入法案のほか、再生可能エネルギーやCO2回収・貯留技術の研究を加速させる「ニューマンハッタンプロジェクト」、規制緩和と技術革新で温暖化対策を進める「グリーン・リアルディール」などだ。

 

GND起草者のマーキー氏は「前回の大統領選では温暖化は悲しいほど論点にならなかったが、今度はそんな心配はない。候補者は答えを用意する必要がある」と話す。(後略)【67日 朝日】

**********************

 

こうしたリベラルな主張は、全国ベースの選挙ではマイナスになるとこれまでは見られていましたが、今後はどうでしょうか?

 

 

 

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トランプ大統領の対メキシコ関税 両国間でぎりぎりの交渉 与党・政権内部にも異論

2019-06-07 23:42:04 | ラテンアメリカ

(国境を越え米国に入国したテキサス州エルパソで、息子を抱きしめる男性(2019516日撮影)【527日 AFP】 親子は、ひと月かけてグアテマラからメキシコを移動しこの地にたどり着いたそうです。)

 

【ぎりぎりの交渉が続く】

あちこちにケンカを売りまくっているトランプ大統領、中国・イラン・北朝鮮だけでは物足りないのか(あるいは、国民の注意を外にむけさせたい事情があるのか)、今度の相手はメキシコ。その影響は日本企業にも。

 

****不法移民対策でメキシコに関税 米政権、最大25%まで上乗せも****

トランプ米政権は30日、メキシコ国境から流入する不法移民を抑制する対策をメキシコに促すため、同国からの全ての輸入品に610日から5%の関税を課すと表明した。メキシコが有効な対策を取らなければ10月までに最大25%まで引き上げるとしている。

 

国境の管理についてトランプ政権はメキシコ側の対応に不満を募らせているが、不法移民対策として通商面で制裁的な関税を課すのは極めて異例。

 

導入されれば、両国経済だけでなく、メキシコで事業展開するトヨタ自動車や日産自動車など自動車大手を中心に日本企業にも大きな影響がありそうだ。【531日 共同】

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「タリフ(関税)マン」を自称するトランプ氏は531日、不法移民と麻薬の流入について「関税が止めてくれる!」とツイッターに投稿し、自信を示しています。

 

両国間で交渉は行われていますが、その進捗についてトランプ大統領は強い不満を表明しています。

 

****米メキシコ、移民巡る協議を6日続行へ トランプ氏「進展は不十分」****

トランプ米大統領は5日、移民や制裁関税の問題を巡りこの日行われたメキシコとの高官協議について、不法移民対策に関して十分な進展が得られなかったとの認識を示した。6日もワシントンで協議を続行する見通し。(中略)

欧州訪問中のトランプ大統領はツイッターに「移民問題を巡るメキシコ代表団とのきょうの協議は終了した。進展しているが、十分と言うには程遠い!」と投稿した。(後略)【66日 ロイター】

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トランプ大統領はフランス訪問中に「われわれは関税を発動するとメキシコに伝えたし、私は本気だ」とも。

 

最大の貿易相手国アメリカが関税を・・・・というのはメキシコ経済にとって死活問題にもなりますので、610日のタイムリミットを控えて、6日には移民流入防止のための2件の対応策が発表されています。

 

****メキシコ、米への不法移民支援した疑いで26人の銀行口座凍結****

メキシコは6日、対米国境で移民集団を組織した疑いのあるグループの銀行口座を凍結したと発表した。対象となったのは26人で、移民らの米国不法入国を支援した疑いがかけられている。(後略)【67日 AFP】

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****メキシコ、米との協議でグアテマラ国境に治安部隊派遣提案=関係筋****

メキシコは米国との協議で、移民流入阻止に向けてグアテマラとの国境に最大6000人の治安部隊を派遣することを提案した。関係筋が明らかにした。この情報は最初に米紙ワシントン・ポストが報じていた。(後略)【67日 ロイター】

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6日時点で、メキシコのロペスオブラドール大統領は「米国側の対応は非常に良い。彼らは対話を閉ざしていない。今日にも合意に達すると望んでいる」と、関税を回避できることを期待していると語っています。

 

ただ、今現在は何らかの合意が得られたという報道はまだ目にしていません。

 

アメリカ側の対応についても、異なる報道が。

 

****米国、メキシコ輸入品への関税適用の先送りを検討=通信社****

米国は、トランプ大統領が表明したメキシコからの輸入品への関税適用を先送りすることを検討している。ブルームバーグが6日、匿名の関係者の話として報じた。メキシコとの協議に時間をかけるためという。(後略)【67日 ロイター】
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また、“ホワイトハウスのナバロ大統領補佐官(通商製造政策局長)はCNNに対し、対メキシコ関税の予告だけで「メキシコの注意を引きつける」のに十分だったため、関税は発動されない可能性があるとの認識を示した。”【66日 ロイター】とも。

 

ホワイトハウスはこうした動きを否定しています。

 

*****対メキシコ関税、10日から適用という立場に変更ない=米報道官****

米ホワイトハウスのサンダース報道官は6日、メキシコが中米から米国に向かう移民を抑制するための措置を講じなければ10日から関税を適用するという米政権の立場は変わっていないと明らかにした。

サンダース氏は声明を発表し「現時点では、われわれは関税(の発動)に向かっている」と説明した。(後略)【67日 ロイター】
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両国とも、ぎりぎりの交渉中というところです。

 

【与党共和党・政権内部からも強い異論】

この問題が興味深いのは、対メキシコ関税が発動されればアメリカ経済に大きな影響を及ぼす「もろ刃の剣」になるとみられ、与党共和党でも異論が広がっていることです。

 

****トランプの対メキシコ関税、共和党「我慢の限界」****

<関税という警棒をむやみやたらと振り回す大統領に見識を示す時だ。今なら大統領の拒否権を覆すのに十分な票が集まるだろう>

ドナルド・トランプ米大統領が、メキシコ国境から不法移民が流入し続けていることに対する制裁として打ち出した対メキシコ関税は、議会共和党にとって「我慢の限界」になると、民主党のクリス・クーンズ上院議員は65日の朝、CNNで語った。大統領の言動については、以前から共和党議員も公式・非公式に懸念を表明していたという。

「共和党の多くの上院議員が内々に重大な懸念を表明している。大統領の行動、ロシア疑惑に関する特別検察官の報告書でわかった疑惑、大統領の司法妨害、などに関してだ」

クーンズによれば、共和党議員が「公然と」危機感を露わにした事件もある。昨年、サウジアラビアの反体制ジャーナリストだったジャマル・カショギが惨殺された事件でトランプがサウジアラビア政府の肩を持ったときは、共和党内からも批判の声が上がった。

 

また密接な関係にある同盟国の鉄鋼製品に関税をかけたことや環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を表明したことにも、十数人の共和党議員が「懸念なり疑念を表明した」という。

だが残念ながら、これまではトランプの暴走を「減速させることも、止めることも」できなかった、とクーンズは言う。

共和党は見識を示すべきだ
批判の多い対メキシコ関税の発動が「我慢の限界」となり、「関税という警棒をむやみやたらと振り回し、親密な同盟国さえ殴ってしまう大統領に、上院共和党が何らかの見識を示し、落ち着かせる」ことを期待していると、クーンズは述べた。

共和党の有力議員は、メキシコに関税の脅しをかけるトランプを強く批判している。(中略)


4
日付けのニューヨーク・タイムズによれば、メキシコへの制裁関税の発動について、ホワイトハウスから説明を受けた共和党の上院議員はほぼ全員、反対を表明した。

テッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出・共和党)はホワイトハウスの弁護士チームに「賛成の声は1つもないと、(大統領に)伝えてほしい」と言ったという。メキシコへの関税は、実質的にテキサス州の企業と消費者に300億ドルの税負担を強いるに等しいと、クルーズは訴えた。

共和党のランド・ポール上院議員(ケンタッキー州選出)は4日、CNNに対し、関税発動を阻止するのに必要な共和党議員の票が集まる見込みだと語った。「たった1人の人間にこんな決定をさせてはならないと多くの議員が考えており、この件では大統領の拒否権をくつがえすのに十分な票が集まるだろう」

アイオワ州選出の共和党上院議員で、上院財政委員長を務めるチャールズ・グラスリーは先週、いち早く関税発動に異議を唱えた1人だ。「貿易政策と国境警備は別個の問題だ」と、グラスリーは述べた。「これは大統領の関税権限の乱用であり、議会の意思を踏みにじる暴挙だ」

こうした批判にもかかわらず、トランプは4日、関税発動を阻止しようとする共和党議員の動きは「ばかげている」と語った。

移民と貿易をごっちゃにするな
反対派は、関税を課せば輸入企業はコスト増に耐えきれず、製品の値上げに踏み切り、結局はアメリカの消費者にツケが回ることになる、と警告している。

 

NAFTA(北米自由貿易協定)の下で、多くの米企業がメキシコとの国境をまたいでサプライチェーンを構築した。そのため製品によっては、消費者の手に渡るまでに、何回も国境を行き来し、そのたびに関税がかかることになりかねない。

トランプ政権は目下、NAFTAに代わる新協定「米国・メキシコ・カナダ協定」の批准手続きを進めている。新しい自由貿易協定の成立を目指す一方で、関税を課すのは矛盾した決定であり、非生産的だと指摘されている。

 

トランプの脅しは協定を傷つけ、議会での批准をさらに難航させかねないと、共和党議員は警告している。

グラスリーとポールらは、大統領の職権乱用も問題にしている。貿易と移民政策は切り離して考えるべきで、トランプが国境における「危機」とみなす状況に対して関税カードを切るのは誤りだ、というのだ。

 

大半の共和党議員は、トランプの強硬な移民政策の多くを支持しているが、まったく異なる問題で制裁関税を課すことには強く反発している。【66日 Newsweek

******************

 

異論は政権内部にあるとも報じられています。

 

****トランプ氏の対メキシコ関税、主要2閣僚「蚊帳の外」=関係筋****

トランプ米大統領の対メキシコ関税は、ライトハイザー通商代表とムニューシン財務長官の主要閣僚2人が導入に難色を示したが、トランプ氏が両者のアドバイスを無視する形で計画を発表していたことが分かった。事情に詳しい複数の関係者が31日明らかにした。

ライトハイザー氏は、メキシコとカナダとの新協定について議会で承認を得るのが難しくなるとして、対メキシコ関税の導入に懸念を示していた。

 

しかし関係筋の1人よると、ライトハイザー氏とムニューシン氏はトランプ氏が関税導入を決めた際に「蚊帳の外」に置かれていた。

関係者2人によると、トランプ氏は過去にも対メキシコ関税に言及し、側近が思いとどまらせてきた。しかし今回はトランプ氏が側近の声を受け入れずに関税導入を決めたという。(後略)【63日 ロイター】

****************

 

交渉がうまくいかず関税を実施するとなると、経済面だけでなく、アメリカ国内政治においても大きな問題を惹起しそうです。

 

もっとも、与党共和党はこれまでも大統領に対する異論があった問題で、結局は「トランプ人気」に屈する形で黙ってしまった経緯もありますので、今回の問題でどこまで主張を貫けるのかは定かではありません。

 

【移民・難民発生をもたらしている根源的問題に関する議論は深まらず】

アメリカ入国を目指す移民は、問題となっているメキシコではなく、中南米出身者が中心になっているのは周知のとおりで、メキシコはその移民らの国内通行を許しているとトランプ大統領の怒りを買っています。

 

****米国境で拘束の移民、5月は10年超ぶり高水準 中米出身家族が多数****

米税関国境警備局(CBP)によると、メキシコから米国への入国を試みて拘束された移民の数は5月に13万2887人に達した。前月から約30%増加し、2006年3月以来の高水準となった。当局は移民の数は「危機的な」水準にあると懸念を示している。

これまで不法入国者は単身のメキシコ人が多かったが、現在は、すぐに本国に送還できないグアテマラやエルサルバドル、ホンジュラスなど中米出身の家族連れが多く、当局は対応に苦慮しているという。

5月に拘束された人のうち63%以上は子供や家族連れだった。

入国に必要な書類を準備していたが却下された人や、亡命を希望していたが入国が許可されなかった人の数は1万1391人で、前月から12%増加した。

5月に拘束された子供の数は5万5000人を超えた。収容施設は不足しており、テキサス州エルパソの収容施設は定員オーバーで「危険な」状態にあるという。【66日 ロイター】

********************

 

アメリカ側は中南米からの移民をメキシコ国内にとどめることを求めていますが、メキシコからすれば中南米とアメリカの間の問題の“とばっちり”を受けるようにも思えるところでしょう。

 

****米、移民希望者をメキシコ国内にとどめるよう要請=関係筋****

米国がメキシコとの移民対策に関して行っている協議で、メキシコに対し、米国への移民希望者を自国内にとどめると同時に、人身売買に対する監視強化などを求めていることが複数のメキシコ側の関係筋の話で明らかになった。(中略)

関係筋によると、米政府は関税措置の発動回避に向け、メキシコに対し中南米諸国からの米移民希望者に対するプログラムを迅速に拡大させるよう要請。このほか、中南米諸国からのすべての移民希望者に米国内ではなく、メキシコ国内で移民申請を行うよう求めている。

ただメキシコのエブラルド外相はこれまでに、米国がメキシコを「安全な第三国」に指定し、米国への難民申請者を移送してメキシコで保護するという案を米国側が提示しても拒否する考えを示している。(後略)【66日 ロイター】

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なお、実際に関税がかけられると、メキシコ経済が景気後退を起こすことも考えられ、そうなるとメキシコからの移民も発生する事態ともなります。

 

そうこうしている間にも、あらたなキャラバンの動きも出ているようです。

 

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中米各国から米田を目指す新たな「キャラバン隊」が発生しそうな雲行きになっている。

 

国連が五月に発表したところによると、豪雨と口照りが交互に各国を襲ったことでグアテマラなど中米四力国では農作物収穫量が例年の半分に落ち込んだ。そのため困窮した農民などが各国に溢れている。

 

トランプ大統領はキャラバン隊を批判することで支持率に結びつけており、今回も追い風となりそうだ。【「選択」6月号】

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ぎりぎりの交渉は続いていますが、難民発生を引き起こしている中南米諸国の問題をどうするのかという本筋の議論は深まっていない(と言うか、アメリカ側があまり関心を払っていない)ようです。

 

“メキシコ政府筋によると、米国との協議でメキシコ側は、安全保障関連対策のために米国がメキシコに供与している資金をメキシコ南部やグアテマラの経済発展を推進するために使い、移民の根本的な原因の解決に取り組むことを提案している。”【66日 ロイター】といった話はあるようですが。

 

ついでに「壁」建設のための資金もその方向で使えば、もっと効果的かも。

 

単に壁やメキシコ側の対応で移民・難民を押しとどめればそれで問題解決という訳でもないでしょう。

その結果、行き場を失う大勢の人々が発生します。自国に戻っても職はなく、あるのはギャング支配だけ。

 

壁に囲まれた自分たちの楽園を守れれば、それでいいのか?という話も。

無秩序な大量流入は困るものの、アメリカ経済も移民労働を必要としている側面もあります。そのあたりで、折り合いがつく方策はないのでしょうか?

 

移民・難民にならざるを得ない人々の窮状にはあまり目が向けられることなく、単に移民の流れを押しとどめるという観点だけで議論が進んでいるようにも見えるのは残念です。

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アメリカ  「好景気」の家賃上昇で増加するホームレス 脱出は困難な事情も

2019-06-06 22:41:16 | アメリカ

(ロサンゼルス中心部の路上に置かれたホームレスのテントや所有物【66日 CNN

 

【家賃高騰で増加するホームレス ワンルームアパートのためには最低賃金では週80時間労働が必要】

TouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=rtQMzIlGiuM】に、アメリカ・ロサンゼルスのホームレスの状況を紹介した動画があります。

 

激しく車が行きかう道路の歩道に乱雑に並んだテント・・・・インドのムンバイで見たスラム街をも彷彿とさせる光景です。

 

そんなホームレスに関する動画を見たのは、以下のような記事があったからです。

 

****LA郡、ホームレスが12%増 全米最悪水準 手頃な価格の住宅不足 家賃高騰****

米カリフォルニア州ロサンゼルス郡の保護施設や車内、路上で寝起きするホームレスの数は昨年1年間で12%増加し、約59000人となった。当局が4日、明らかにした。

 

カリフォルニア州最多の人口を誇るロサンゼルス郡は昨年、路上で生活していた数万人を恒久住宅に入居させたにもかかわらず、絶えず増加するホームレスの数に対応が追いついていない。

 

ロサンゼルスのホームレス支援機関「LAHSA」のピーター・リン事務局長は同郡のホームレス危機に関する年次報告書を発表し、「わが郡の保護されていない人々の数は全米最多、ホームレスの数も全米トップクラスだ」と述べた。

 

「どの夜でも、ホームレスとして過ごす人の数が(ロサンゼルス)より多いのは、ニューヨークだけだ」(リン氏)

 

ホームレス増加の主な原因は、手頃な価格の住宅の不足と家賃の高騰だという。

 

リン氏によると、ホームレスの増加数が最も多い都市はロサンゼルス市で、その数は昨年1年間で16%増加し、36000人を突破した。

 

ロサンゼルスは手頃な価格の住宅が全米で最も不足しているため、ホームレス危機の規模と範囲の両面で特有の難題に直面しているという。

 

ロサンゼルス市民約70万人が収入の半分以上を家賃として支払っており、最低時給の13.25ドル(約1430円)で働く人々は、週に80時間働かなければ市内のベッドルームが一つあるアパートの家賃さえ支払うことができないという。 【65日 AFP】

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収入の半分以上を家賃として支払う、週に80時間働かなければワンルームの家賃が払えない・・・・そのあたりの事情は、後出の記事でも。

 

生活に困窮するホームレス生活者の増大は、薬物や犯罪といった社会問題の温床ともなりがちです。

 

****増え続けるLAのホームレス人口、立ち並ぶテントが犯罪の温床に****

 カリフォルニア州ロサンゼルスのホームレスサービス局はこのほど、ロサンゼルス市内のホームレス人口が前年より16%増えたと発表した。好景気や自治体が対策のために費やした多額の予算を考えると、考えられない数字だった。

 

ホームレスが増え続ける背景には、家賃の値上がりや手ごろな住宅の不足、施設に入ることへの抵抗感、心の健康や中毒症状に苦しむ人たちの安全対策の欠如、刑務所から出所したばかりの人たちの問題など、幾つもの複雑な要素が絡む。(中略)

 

ロサンゼルスでは今や、昔からホームレスが集中していた市中心部のスキッドロウ地区を越えて、歩道上や幹線道路沿い、公園、オフィス街、さらには高級住宅街にまでテントが立ち並ぶようになっている。

 

公衆衛生や治安上の懸念も強まる。例えば2017年12月に起きた大規模火災について消防局は、近くの路上で寝泊まりしていたホームレスが調理に使った火が出火元だったと断定した。スキッドロウ周辺では、商店主らが市に対し、テント火災の増加に対する対策を求めている。

 

CNNの取材に応じた警官やホームレスの人々によれば、テントの住人から家賃を取ろうとする犯罪集団による放火も発生しているという。

 

増え続けるテントはこうした犯罪集団による人身売買や麻薬取引の温床となり、スキッドロウの路上には使い捨ての注射針が散乱する。

 

ホームレスの住宅確保に力を入れると表明してきたロサンゼルスのエリック・ガルセッティ市長は、ホームレスの現状を「私と私の市にとって最大の心痛」と形容した。ガルセッティ市長が2020年の大統領選出馬を断念したのは、この問題が主な原因だったと見られている。【66日 CNN】

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全米では、ホームレス人口は約55万人とかで、一番多いのがニューヨーク、次が上記記事にあるロサンゼルスです。

 

****米国で最もホームレスが多い都市ランキング、NY7万人以上****

米国では50万人以上の人々が、今年のホリデーシーズンをホームレスとして過ごすことになる。米国のホームレス人口は7年にわたり低下傾向にあったが、2016年から増加に転じ2年連続で増えている。

米住宅都市開発省のデータでは米国のホームレス人口は、約553000名に達しており、そのうち65%はシェルターに居住している。2018年は全アメリカ人の1万人のうち、17名が最低1日はホームレス状態だったことになる。

ホームレス状態に陥った人々の約半数が、米国の5つの州の人々だった。カリフォルニア州が最大で129972名。次いで、ニューヨーク州(91897名)、フロリダ州(31030)、テキサス州(25310名)、ワシントン州(22304名)の順だった。

また、ホームレスが多いのは都市部であり、全体の半数以上は米国のトップ50都市の人々だ。さらに、25%近くがニューヨークとロサンゼルスに集中していることも判明している。

非シェルターのホームレスの割合が最も低いのはニューヨークで、5%だ。一方でロサンゼルスのホームレスの非シェルター率は75%に及んでいる。(中略)

米国で最もホームレスが多い10都市のランキングを記載する。
1.
ニューヨーク市(ニューヨーク州):78676
2.
ロサンゼルス市及び郡(カリフォルニア州):49995
3.
シアトル/キング郡(ワシントン州):12112名(後略)【20181223日 Forbes

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“だが、ホームレス支援のNGO団体は、「同省が把握している数値には、住宅がなくモーテルなどで共同生活を送っている数百万人規模の米国人を除外している」と指摘しており、実態はその数倍にのぼると見られている。”【2018120日 長周新聞】ということで、実態は百万人規模になるようです。

 

【日本 減少するホームレス人口】

ちなみに、日本の場合は、2017年時点で約5500人(これもネットカフェ難民などは含んでいません)と、アメリカの百分の一規模で、その数は経年的に右肩下がりに減少(2002年は約25000人)しています。

 

****全国のホームレス5534 : 厚生労働省の2017年調査****

厚生労働省の調査では、ホームレスの数は年々減少しており、2017年時点の全国のホームレスの数は5534人だった。自立支援策などが効を奏している面もあるが、ネットカフェ難民などが調査対象から漏れ、実態を正確に把握できていないとの指摘もある。

 

厚生労働省が20171月に実施した「ホームレスの実態に関する全国調査」によると、国内のホームレスの総数は5534人となり、20161月の前回調査と比べて701人(11.2%)減少した。内訳は男性5168人、女性が196人、目視調査のため性別が確認できなかった人が170人だった。

 

都道府県別では、東京が最多の1397人。前年の調査では最多だった大阪は1303人だった。(中略)

 

起居の場所別では、河川が1720人(31.1%)、公園が1273人(23.0%)、道路が996人(18.0%)、その他施設が1315人(23.8%)などとなっている。

 

ホームレスの数が年々減少している背景には、各自治体が生活支援、自立支援などの施策に力を入れていることや、人手不足で求人が増加するなど就労環境が改善していることがある。(後略)【2018619日 nippon.com

*******************

 

また、よく中国メディアで「日本ではホームレスすらルールを守り、小綺麗に生活している」「生活スタイルとして、自分から進んでホームレスを選択している人も多い」などと紹介されるように、アメリカなどのホームレスはやや異なる側面も。

 

ネットカフェ難民の関連で言えば、先日東京のカプセルホテル(12000円あまりの格安ホテル)を利用したところ、向かいのカプセルの客は、カプセル内に簡単な家具や電化製品を配置して、明らかにそこで“暮らして”いるようでした。

 

安いとは言ってもひと月では相当の金額になりますので(長期利用割引とかなければ)、郊外の安いアパートを借りた方が・・・とも思いますが、アパートを利用できない事情、あるいはカプセルホテル暮らしの方が都合がいいこと(冷暖房完備で光熱費が不要、WiFiも無料、シャワーも完備、駅も近い都心に立地など)などもあるのでしょう。

 

【シェルター利用しながら職探しは困難】

アメリカのホームレスの話に戻ると、前出【Forbes】にもあるように、宿泊場所を提供してくれるシェルターもありますが、実際の利用はなかなかむつかしいことも多いようです。(子供連れのホームレス男性がシェルターを確保しながらの求職活動に苦労するという映画もあったように記憶しています)

 

****ホームレスにまつわる意外な真実6選****

世界の主要都市には必ず存在するホームレス。

彼らが直面する残酷な現実とは

 

イギリスで実施された最新の調査によれば、同国におけるホームレスの80%が何らかの迫害を受けた経験があり、35%は路上で殴る・蹴るなどの暴行を受けています。また、9%は寝ているところに放尿され、7%は性的暴行を受けているのです。

 

そういった被害に遭っても、警察に助けを求める人は全体の半分以下。その理由は、警察に相談してもまともに取り合ってくれないと考えているからです。

 

以下の記事では、先進国の中でもホームレスが特に多いアメリカで、彼らが遭遇する厳しい現実を中心に、ホームレスの意外な事実をご紹介します。

 

1 ダントツでホームレスの多い都市

ホームレスは世界中の都市で深刻な社会問題となっていますが、ダントツでその数が多いのはフィリピンのマニラです。

 

2014年の統計では、2280万人がスラム地区で生活しており、そのうち120万人は路上で物乞いをする子供たち。

他の都市と比較してケタが違います。

 

アメリカ国内においては、ニューヨークとロサンゼルスがダントツ。(中略)

また、アメリカのホームレスの4分の1近くは退役軍人なのだとか。

 

やや皮肉な現実として、アメリカではホームレスの数の5倍以上の空家があります。(中略)

 

2 ホームレス問題の解決策

ホームレス増加の問題はどの国においても簡単に答えが出せるものではないですが、かなり思い切った解決策を試みた国や都市があります。

 

例えば、ハンガリーではホームレス状態でいることに罰則を与える法案を成立させました。

また、少なくとも世界の30の都市で、ホームレスに食べ物を与えることを違法としています。

 

ハワイを含む複数の都市では、ホームレスに飛行機の「片道チケット」を提供することで問題を解決しようと試みました。正に厄介者払いという感じです。

 

3 ホームレスに対する冷ややかな目

アメリカのプリンストン大学で行われた研究によれば、我々がホームレスを見るとき、目に入った情報を脳内で処理する過程は、人間を見ているときよりも「物体」を見ているときのそれに近いのだとか。

 

つまり我々は、ホームレスを人ではなく物として見ている面が強いということになります。

 

4 ホームレスに見えないホームレス

ホームレスだからといって必ずしも見すぼらしい格好をしているとは限りません。(中略)

 

5 路上生活から抜け出せないワケ

ホームレスが寝泊まりできるシェルターや食料、衣服などを提供してくれるサービスは、彼らにとっては生死にかかわるほど重要なものと言えるでしょう。

 

アメリカやカナダではこういうサービスが充実していますが、実はホームレスにとって良いことばかりではありません。

 

場所によっては、シェルターで寝床を確保するにも食料を確保するにも、とにかく長蛇の列に並ばねばならないのです。短いときで30分、長いときだと数時間並ぶこともあります。

 

シェルターでの生活を維持しようとすれば、そのためにかなりの時間を割かねばならず、職を見つけるべく行動を開始しようとしたらもう日が落ちていた、ということも少なくありません。

 

寝る場所をあきらめて職を探すか、職をあきらめて寝る場所を確保するか、厳しい選択を迫られるのです。

 

6 女性のホームレスを待つ過酷な現実

アメリカにおいて、女性がホームレス生活を余儀なくされる原因でもっとも多いのは、恋人や夫からの暴力です。

こういったDVの悩みを警察に相談したところで根本的な解決にはならず、反って火に油を注ぐ結果を招くこともあるので、彼女たちは取りあえず暴力から逃れるために家を飛び出し、シェルターを探すのです。

 

ある統計によると、シェルターで生活する女性ホームレスの90%以上がDVの経験者だそうです。

 

そんな彼女たちを待っているさらに過酷な現実が、性的暴行。

女性のホームレス全体の約半数が、路上で何らかの性的暴行を受けた経験があると言われています。

 

また、彼女たちは職を探そうにも大きな壁があります。

例えば、建設作業員として稼ごうとしても、フルタイムで雇われるのは主に男性。女性はパートでしか働けません。

 

事務職に就こうとすれば、それなりに身なりを小綺麗に保つ必要がありますが、そのハードルが高いのです。

シェルターでは日用品が配給されていますが、それらのほとんどはヒゲ剃りなど男性用のもので、女性用のものは生理用品なども含めてごくわずか。身だしなみを整えて面接に挑めるのは事実上男性に限られます。

 

つまり、女性のホームレスは肉体労働でも頭脳労働でも職を得るのが極めて困難なのです。【20161228 Trap Radar

****************

 

【アマゾンやマイクロソフトが生み出すホームレス】

****「ホームレス大国アメリカ」の現実 世界覇権どころではない国内の疲弊****

(中略)

賃金は減り 住宅価格は暴騰

ホームレス増加の主な理由は、工業の機械化による解雇や病気による失業の増加、実質賃金は増えず家計収入は減っているのに進む物価上昇、とくにリーマン・ショック以来続く住宅価格と賃貸料の異常な高騰である。


全米のホームレスは08年のリーマン・ショック直後に爆発的に増えた。(中略)


一方、労働市場は「完全雇用に近づいた」というものの、失業状態が1年をこえると失業人口の統計から外される。それら職探しを諦めた失業者や、正社員の長期雇用を失った後、食べていくために短期アルバイトに切り替えて働いている人を加えた失業率は20%にのぼり、とくに16歳~29歳までの若者では45%といわれる。

 

賃金上昇率もリーマン・ショック前の3~4%に比べ、2・5%程度に落ち込んでおり、物価上昇に家計が追いつけない。


その矛盾が集中したのがIT産業で急成長を遂げたシリコンバレーを抱える西海岸で、全米で進む不動産市場のバブル化に、企業進出や労働人口増加による需要増大という条件が加わり、住宅価格は高いところで年平均20%も上昇。

 

高級住宅に暮らす人人がいる一方で、低価格帯でもワンルームの家賃が3000㌦(約33万円)にもはね上がったため、多くの人人が住居での生活を諦め、路上生活をしながら働いている。


「更新手続きでいきなり家賃が500㌦(5万5000円)も上がった」「年収700万円稼いでも家族を養うのが難しい」というほど異常な高騰が家計を襲い、空き地や川縁にはテント村ができ、道路に連なる宿泊用の車両が急増した。

 

時給15㌦(1650円)程度の所得ではフルタイムで働いても、とても2000~3000㌦もの家賃は支払うことはできない。

 

いまや「ホームレス=失業者」という概念は過去のものとなり、工員やショップ店員、技師、教員までが路上や車上生活をしながら職場に働きに出て、シャワーを浴びるためだけにスポーツジムの会員になっている(AP通信)。


グーグルやアップルなどハイテク企業の本社が集中し、国内でもっとも平均収入の高いシリコンバレーの大都市が、米国最大のホームレス地帯となっている。

 

アマゾンやマイクロソフトが本拠地を置くワシントン州シアトル(人口70万人)では、ホームレスが1万人をこえて過去最大を更新し、ホームレス人口が全米ワースト2位になった2015年には緊急事態宣言を発令した。

 

人口が増えた反面、住宅価格が年平均10%上昇し、賃貸価格も六年間で57%も上昇しており、多くの一般家庭が家を失った。「好景気」によって富が集まり、経済活動が盛んになったのは数%の上流層だけであり、多くの人人は低賃金労働のもとで住む家すら失って社会の枠組みからはじき出されている。


2016年の公的調査では、全米のホームレスの人種比率は、白人が26万5660人(48%)と最も多く、次いでアフリカ系の21万5177人(39%)、ヒスパニック系は12万1299人(22%)、(中略)アジア系は5603人(1%)となっている。

 

移民層よりも地位が保障されている白人層のホームレスが多く、「白人層の地位向上」を約束したトランプ政権のもとでもこの傾向に変化はない。単純に人種間の格差だけでは片付けられないほど貧困化が加速している。(後略)【2018120日 長周新聞】

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アメリカと対立する中国が喜びそうなアメリカ国内事情でもあります。

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スーダン  デモ隊強制排除で混乱拡大 「アフリカの天安門事件」とも

2019-06-05 22:51:15 | アフリカ

(スーダンの首都ハルツームを走行する治安部隊の車両(2019年6月4日撮影真)【6月5日 AFP】)


【統制のとれた抗議行動でいったんは合意成立】

アフリカ・スーダンでは、約4カ月間の市民の大規模反政府デモの結果、30年に及ぶ独裁支配を続けたバシル大統領(75)が411日、軍部のクーデターによって失脚しました。

 

その後、従来同様の軍による統治を目指す暫定軍事評議会と、文民統治を求める市民勢力の綱引きが続いていることは、510日ブログ“スーダン バシル失脚後の今も続く軍と市民の緊張 抗議行動の前面に立つ女性たち”で取り上げました。

 

上記ブログでは、市民勢力の抗議行動が(失礼ながら)アフリカ・スーダンのイメージとは異なり、市民自身のコントロールがよく機能して、秩序が維持されていること、また、これもイスラム国のイメージとは異なり、女性が前面に出た抗議行動が展開されていることを取り上げました。

 

こうした民主化を求める市民勢力の、軍部の介入を招かない秩序だった、粘り強い交渉が奏功して、一時は“成果”を出すかのようにも見えました。

 

****民政移行期間3年で合意、スーダン軍事評議会とデモ指導者ら****

スーダンで長期政権を崩壊させた軍事クーデター後に設置された暫定軍事評議会と、文民政権への速やかな移行を求めてきた反政府デモの指導者らは15日、完全な民政移管まで3年の移行期間を設けることで合意した。

 

一方で、新たな暫定統治機構をめぐる交渉はまだ終わっていない。
 
オマル・ハッサン・アハメド・バシル前大統領の失脚により、30年間続いた強権支配に終止符が打たれた。デモ側は文民主導の体制移行を求めているが、前大統領を打倒した軍事評議会が統治する状況が続いている。

 

軍事評議会メンバーのヤセル・アタ中将は、新たな暫定統治機構となる統治評議会の構成などで権力を分担するとの最終合意書が、デモを主導する民主化勢力の一派「自由・変革同盟」との間で今日中に締結されると述べた。

 

また、3年とされる移行期間の初めの6か月間で、ダルフールや青ナイル、南コルドファンといった紛争地の反政府勢力と和平協定を締結するという。

 

当初、軍事評議会は移行期間を2年とすることを強く主張し、一方、デモ側は4年を要求していた。

 

移行期間の年数についてはこれで合意に至ったものの、統治評議会の構成に関する重要な交渉は残ったままだ。軍事評議会は軍主導の評議会を主張しているが、デモ指導部側は過半数を文民とすることを求めている。

 

民政移行への流れとしては、現在の軍人のみから成る暫定軍事評議会に代わり、新たな暫定統治機構として統治評議会が発足された後、さらに暫定文民政権が発足されて国務を行う。

 

移行期間の終わりには、バシル前大統領失脚後初の選挙が実施される予定で、暫定文民政権はこれに向けて準備を進めていく。 【515日 AFP】AFPBB News

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“軍事評議会は移行期間を2年とすることを強く主張し、一方、デモ側は4年を要求”というのは、通常とは逆のような感じもしますが、軍部としては民主化勢力の選挙態勢が整わないうちに、軍部の影響力が及ぶ勢力が主導する形で“見せかけの”文民統治へもっていこうという思惑でしょうか。

 

【軍主導を譲らず、混乱状態へ】

しかし、結局は文民統治に消極的な軍部の考えを覆すことはできなかったようです。交渉はこの合意直後に暗礁に乗り上げます。

 

****スーダン軍事評議会、民政移行の協議を中断***

先月長期政権が崩壊したスーダンで、反政府デモの指導者らと民政移行について協議していた軍事評議会は16日、交渉を成立させるためにはさらに時間が必要だとして協議を中断した。この間、首都ハルツームでは治安状況が悪化している。

 

スーダンを長年、強権支配してきたオマル・ハッサン・アハメド・バシル前大統領の失脚後、文民政権への移行に伴う新たな暫定統治機構の構成は最も厄介な問題となっている。

 

軍事評議会と反政府デモの指導者らは、今後3年間の暫定統治機構に関する最終合意書を15日に決定する予定だった。

 

しかし、ハルツームの軍本部前で行われているデモ隊の座り込みのそばで発砲があり、少なくとも8人が負傷したとの情報が入り、暫定軍事評議会の議長を務めているアブデル・ファタハ・ブルハン大将は交渉を72時間休止すると発表した。

 

ブルハン大将は交渉再開の余地を残した一方で、反政府デモの参加者らに対し、ハルツーム市内のバリケード撤去や首都に出入りする橋や鉄道の再開を要求。さらに「治安部隊との衝突を誘発しないよう」求めた。さらに「反政府デモの中に武装した参加者が紛れ込んでおり、治安部隊に発砲している」と付け加えた。 【516日 AFP】

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“デモ隊の座り込みのそばで発砲”というのが、どのような勢力によって行われたのかは定かではありませんが、これを契機(あるいは口実)として軍部は反政府デモ勢力を力で排除する方向に動きます。

 

****軍がデモ隊に発砲、13人死亡=首都に治安部隊展開―スーダン****

軍事評議会が統治するスーダンの首都ハルツームで3日、治安部隊が軍本部前で座り込みを続けるデモ隊排除のため発砲し、現地の医療団体によると、市民13人が死亡した。(中略)

 

デモを主導する団体は「血なまぐさい虐殺だ」と軍を非難。軍政側と民政移管に向けて続けてきた協議を今後は打ち切ると表明した。

 

これに対し、軍事評議会は「強制排除の事実はない」と反論。「座り込みの隣に集まっていた反社会集団を捕らえようとしたら、座り込みの方へ逃げた。座り込んでいた若者たちが自分の考えで立ち退いた。テントはまだある」と主張した。【63日 時事】

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【暫定軍事評議会 合意破棄、9か月以内に選挙 重武装政府系民兵組織配置で死傷者拡大】

暫定軍事評議会は515日の合意を破棄し、自らの主導で9か月以内に選挙を実施することを発表。

デモ参加者30人が死亡するなど混乱も急速に拡大しています。

 

****スーダン暫定軍事評議会 「デモ指導部との合意破棄、9か月以内に選挙実施」****

スーダンのアブデル・ファタハ・ブルハン暫定軍事評議会議長は4日、民政移行を求めるデモ指導部との合意を破棄し、9か月以内に選挙を実施することを決めたと述べた。

 

首都ハルツームでは3日、軍本部前で数週間前から座り込みを続けていたデモ隊が強制排除され、デモ参加者など少なくとも30人が軍による発砲などで死亡した。

 

ブルハン議長は4日未明に国営テレビで放送された声明の中で、「軍事評議会は、民主化勢力の一派『自由・変革同盟』との交渉をやめ、これまでの合意を破棄するとともに、9か月以内に総選挙を実施することを決めた」と述べ、選挙は「地域と国際社会の監視」のもとで行われると付け加えた。

 

スーダンでは、オマル・ハッサン・アハメド・バシル大統領の強権政治に対する抗議が数か月間続いた後、暫定軍事評議会が4月にバシル大統領を失脚に追い込んだ。

 

その後暫定軍事評議会は、文民政権を樹立するため3年の移行期間を設定し、定数300の議会を設けて議席の約3分の2をデモ実施勢力から、残りをそれ以外の政治勢力から選ぶことで合意していたが、交渉は520日から中断していた。

 

3日にデモ隊から死者が出たことを受けて、自由・変革同盟は「クーデターを起こした暫定軍事評議会とのすべての政治的接触と交渉の終了」を発表した。

 

ブルハン議長は、デモ隊の強制排除で死者が出たことについて暫定軍事評議会は検事総長に調査を依頼すると述べた。 【94日 AFP】

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こうした混乱を、欧米メディアのなかには、同様に民主化要求を軍事的に排除して多数の犠牲者を出した中国の天安門事件になぞらええて「アフリカの天安門事件」と呼ぶものもあるようです。

 

この混乱について、暫定軍事評議会は強制排除実施時の不手際によるものだとして遺憾の意を表していますが・・・

(数日前までは「強制排除の事実はない」とも言っていましたが・・・)

 

****反政府デモのスーダン専門職組合、暫定軍事評議会の選挙プランを拒否 緊張続く****

スーダンの暫定軍事評議会が、3年間の民政移行期間を設けるとした反政府デモ指導部との合意を破棄して9か月以内の選挙の実施を決めたと4日に発表したことに対し、反政府デモを主導してきたスーダン専門職組合は同日これを拒否した。

 

同組合は「全面的な市民的不服従」によって暫定軍事評議会を打倒しようと支持者に呼び掛けた。

 

首都ハルツームでは3日、軍本部前で数週間前から座り込みを続けていたデモ隊が強制排除された際に多数の死傷者が出た。死者の数はこれまでに40人近くに上っている。

 

この事態について、暫定軍事評議会は強制排除実施時の不手際によるものだとして遺憾の意を表したが、スーダン専門職組合は「虐殺」に当たると主張している。

 

ハルツーム全域では緊迫した状態が続いており、重武装した政府系民兵組織「即応支援隊」の要員が多数動員されている。3日の強制排除の背後で動いたのは主に即応支援隊だったと考えられている。

 

ハルツーム一帯で治安対策が強化され、インターネットも利用できなくなっているにもかかわらず、一部地域の住民らはイスラム教の断食月「ラマダン」明けの祭り「イード・アル・フィトル」を1日早く祝い、また抗議デモをするために屋外に出ている。

 

スーダン専門職組合は、イード・アル・フィトルの祈りを4日に行って、デモで亡くなった人たちを追悼するとともに平和的な抗議行動をしようと呼び掛けていた。 【65日 AFP】AFPBB News

*****************

 

“重武装した政府系民兵組織”・・・・軍の直接関与を避けながら、力の行使する際の常とう手段です。

正規の軍でないだけに、残虐行為がほとんど不可避的に発生します。(軍はそれを黙認することで、力による排除が進行します)

 

200万人の死者、400万人の家を追われた者、60万人の難民が発生している【ウィキペディア】とも言われ、「世界最悪の人道危機」とも称されたダルフール紛争で虐殺を行ったのもアラブ系民兵組織でした。

 

デモ隊を軍が強制排除した際の死者は少なくとも60人に上るとも。【65日 CNNより】

混乱は首都ハルツームだけでなく、全国に拡大しているようです。

 

****スーダン治安部隊が組織的に病院襲撃、レイプも 医師らが訴え****

スーダンの医師らは4日、同国の治安部隊が各地で病院や医療従事者を襲撃していると非難し、首都ハルツームの軍本部周辺では複数の女性がレイプされたと主張した。

 

スーダン医師連合に所属する医師の一人は、英ロンドンの王立病理学会で記者会見を開き、「彼ら(治安部隊)は権力を掌握して以来長年にわたり、スーダン各地で病院を襲撃してきた」「病院は組織的な襲撃を受け、医療従事者が容赦なく殴られてきた」と明らかにした。

 

特にダルフールやヌバ山地、青ナイルといった地域で被害が大きいという。

 

この医師はさらに、「この状況を継続させるわけにはいかない。現在スーダンで起きていることを食い止めるため、国際社会のレベルで圧力をかけるか、行動を起こすことを求める」と述べた。 【65日 AFP】

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病院襲撃、レイプ・・・(失礼ながら)いかにもスーダン的な様相を呈しています。

 

“(暫定軍事評議会議長の)ブルハン氏は3日に死亡したデモ参加者らを「殉死者」と呼び、「遺憾」の意を表したが、軍の責任には直接言及しなかった。検事総長による捜査を約束する一方、市民に「許しの精神」を示すよう呼び掛けた。” 【65日 CNN】

 

軍が「遺憾」の意を表している分、むき出しの暴力が横行したダルフール紛争当時からは“進歩した”、“軍も変わった”と考えるべきなのでしょうか?

 


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中国・天安門事件から30年 問われる国家の資質  当事者が語る30年前の実情、今の思い

2019-06-04 22:21:22 | 中国

(まだ“お祭り気分”のような雰囲気も漂う1989年5月中旬の抗議デモ【5月31日 WSJ】

 

【ポンペオ国務長官 中国共産党を「異論を認めず、利益のためなら人権を侵害する」などと批判 中国も応戦】

ここ数日の国際面を賑わせている話題となると、やはり30年が経過した中国・天安門事件に関するもの。

一昨日も取り上げたばかりですが、その後も興味深い記事もいくつか目にしていますので、それらを紹介する形で。

 

天安門事件を振り返る報道や中国側の警戒態勢は、この時期の例年のことではありますが、今年いつになく関心が集中している感があるのは、やはり「30年」という節目にあたること、それと、激しさを増す米中対立のなかで、アメリカ側が中国非難のカードとして使っていることがあるでしょう。

 

そのことは、「米中対立」は単なる貿易戦争ではなく、将来的な両国の覇権争いがその本質になりますが、世界をリードする立場を狙う国家としての中国にとって、天安門事件に象徴される人権弾圧、一党支配、情報隠蔽、歴史改ざんという問題が、指導的立場に立つ国家としての資質を問う形で改めて問題とされているとも言えます。

 

****人権改善の希望失う=天安門30年で中国批判―米国務長官****

ポンペオ米国務長官は3日、中国の民主化運動が武力弾圧された天安門事件から4日で30年になるのに合わせて声明を発表し、中国の人権状況が改善していないと強く非難した。

 

その上で「中国が国際システムに統合されることで、より開放的で寛容な社会になると期待したが、その希望は打ち砕かれた」と語った。

 

ポンペオ氏は、天安門事件の実際の死者数も「依然判明していない」とし、中国政府に対し、事件の犠牲者や行方不明者に関する完全な説明を求めた。さらに、人権や基本的自由を求めて拘束されたすべての人々を解放するよう要求した。【6月4日 時事】

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ポンペオ国務長官は中国の天安門事件への対応をもって、中国共産党を「異論を認めず、利益のためなら人権を侵害する」などと批判。また、新疆ウイグル自治区でイスラム教徒の少数民族が拘束されていることにも触れ、「中国の1党体制は異論を認めず、その利益のためならいつでも人権を侵害する」と痛烈に批判しています。【6月4日 日テレNEWS24より】

 

(歴史を消そうとする習近平国家主席 Illustration: Julia Kuo【6月3日 WSJ】)

 

これに対し、中国側も「驕り」「見下している」と激しく反論

 

****天安門事件に米は「偏見とおごり」、中国がポンペオ氏発言を非難****

中国政府は4日、マイク・ポンペオ米国務長官が天安門事件について「偏見とおごり」からくる声明を発表して中国の体制を傷つけ、内政に関して中傷したと非難した。(中略)

 

在米中国大使館の報道官は声明で「中国国民を見下し、虐げようとすれば歴史上の灰の山となるだけだ」と反論した。 【6月4日 AFP】

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また、30年前の対応を正当化する発言・報道も。

 

****中国紙、天安門事件での政府の対応を擁護「政治的混乱への免疫力与えた」****

中国の国営紙「環球時報」は3日、中国の民主化運動を当局が武力弾圧した天安門事件から今月4日で30年を迎えるにあたり、当時の政府の対応を擁護し、事件は中国に政治的な混乱に対する「免疫力」を与えたとの見解を示した。同国で天安門事件に関する論説が発表されるのは非常にはまれ。(中略)

 

中国共産党の機関紙、人民日報の傘下にある環球時報は英語版で、「6月4日は政治的混乱に対する免疫力を中国に与えた」と題した論説を掲載。政府によるこの「出来事」への対応を称賛し、「天安門での出来事は、中国社会のためにワクチンとして将来、どんな政治的動揺にも中国が対処できる免疫力を大幅に増大させる」と主張した。

 

これに先立ち、魏鳳和(ウェイ・フォンホー)国務委員兼国防相は2日、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議で、天安門事件での流血を伴った弾圧について「正しい政策」だったと擁護。環球時報による今回の論説は、この発言に同調するものとなった。 【6月3日 AFP】

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【長期戦になりそうな様相の米中対立】

こうした国家体制の本質を問う激しい応酬を見ていると、米中対立はG20での何らかの手打ちといった形ではなく、長期戦になりそうに思えます。(もっとも変わり身の早いトランプ大統領の対応はわかりませんが)

 

****ついに「長征」を宣言した習近平氏、米国との持久戦を覚悟****

1934年、国民党軍と戦っていた中国共産党軍10万人は拠点としていた江西省瑞金の地を放棄し、壮絶な行軍を始めた。約2年の歳月をかけ1万2500kmを移動して陝西省延安にたどり着いた時、残っていたのはわずか2万人とも3万人とも言われている。この長期にわたる行軍の中で、毛沢東は共産党における指導権を確立した。

 

中国近現代史におけるハイライトの1つ、「長征」と呼ばれる出来事である。無残な敗退戦だったとの見方もあるが、中国では長征を歴史的偉業と位置づけている。形勢不利の中でも持久戦に切り替えて耐え忍んだことが反転攻勢のきっかけとなったことは間違いなく、この出来事は中国共産党のDNAに深く刻まれた。

 

5月20日、長征の出発地を訪れた習近平国家主席は「今こそ新たな長征に出なければならない」と国民に呼びかけた。米中貿易交渉は行き詰まり、対立が激化している。米国との争いの短期決着は諦め、持久戦に持ち込むとの宣言とも取れる。(中略)

 

このままの展開が続けば、待ち受けるのは経済や技術のブロック化だ。問題はそれが中長期的に必ずしも米国にとって有利に働くとは限らない点にある。

 

次世代通信技術では中国は世界最先端の地位を確立した。国家規模でのビッグデータやAI(人工知能)活用においても、プライバシーなどの壁をクリアしなければならない民主主義国家に比べて中国が有利だ。弱点である半導体などの技術分野も急ピッチで追い上げている。中国がブロック経済圏を確立してしまえば、技術的にも経済的にも米国の影響力はむしろ失われる。

 

一方の中国にも弱みはある。今日6月4日は1989年に起きた天安門事件からちょうど30年に当たる。民主化を訴える学生への武力行使は、中国共産党にとっては消し去りたい記憶だ。

 

節目を迎える中で、海外メディアによる天安門事件についての記事が目立つ。肝心の中国国内における民主化運動は下火だが、それも経済的な豊かさがあってこそ。天安門事件以降、中国共産党は経済成長を以前にも増して追求し、国民に豊かさを享受させることで、一党独裁体制の安定を図った。

 

民主化への動きが下火になっている現状は、そのもくろみが現段階ではうまくいっているということだろう。ただし今後、貿易戦争による経済の混乱が拡大し、長期化すれば、現在の政治体制への不満が噴出しかねない。それは中国政府にとって最も避けたい展開だろう。

 

激しさを増す米中の貿易戦争。「新長征」を呼びかけた習国家主席はこれを共産党の存続をかけた戦いと位置づけたのかもしれない。

 

だとすれば、両国の争いが容易に収まることは考えづらい。日本経済への影響もさらに大きなものになりそうだ。【6月4日 広岡 延隆氏 日経ビジネス】

********************

 

長期戦の影響については、中国経済はそうした長期戦には耐えられないだろうと、アメリカ有利を指摘する声もあります。

 

いずれにしても、対中国強硬論は、ひとりトランプ大統領の考えではなく、また、与党・共和党だけもなく、野党・民主党を含めたアメリカ政治の総意ともなっていますので、トランプ大統領が貿易上の「ディール」で幕引きを図ろうとしても(以前は、そうしたシナリオで動くのではと私は思っていましたが)、アメリカ国内がそれを許さないという面も強まっています。

 

なお、中国との対立関係にあり、総統選挙も控えた台湾の蔡英文総統も4日、30年前の天安門事件を巡って、中国は民主活動家への弾圧についての真実を隠蔽し続けていると強く非難。【6月4日 ロイターより】

 

一方、国連のドゥジャリク事務総長報道官は3日の定例記者会見で、発生から30年の中国の天安門事件に関するグテレス事務総長のコメントを求める記者の質問に対し「特にコメントはない」と回答とのこと。【6月4日 共同より】 まあ、立場上、そうでしょう。

 

【地方都市の「天安門事件」】

30年前、北京以外の様子についてどういう報道がなされていたか記憶にありませんが、抗議行動は中国各地に広がっていたようです。そうした事態も、危機感を持った中国指導部が強硬な対応をとった背景でもあるでしょう。

 

****地方都市の「天安門事件」、30年前に起きた中国各地の抗議デモ****

天安門事件が中国を揺るがした30年前の春、米国出身の人類学者、カール・ハッタラーさんは1989年6月、宿泊するホテルの屋上で、中国警察が広場に向けて催涙ガスを発射し、夜陰に紛れて警棒を振りかざす治安部隊が展開する様子を見つめていた。

 

ハッタラーさんは首都・北京の天安門広場近くにいたのではなく、そこから1800キロ以上離れた同国南西部の都市、成都の現場に居合わせたのだった。(中略)

 

ハッタラーさんの証言は、中国全土で当時、大規模なデモが発生していたことを思い起こさせるものだ。(中略)

 

中国共産党内部の会議や報告を扱った漏出文書をまとめた書籍「The Tiananmen Papers」によると、1989年5月末までに、中国各地100都市以上で抗議デモが起きていた。

 

1989年当時、同国中部の湖南省にある医科大学で英語を教えていたアンドレア・ウォーデンさんは、大規模な抗議運動を目撃。「それは全国規模の大衆運動だった。人々による運動だった。皆が少なくとも、さらなる自由と権利への欲求を共有していた」と述べた。

 

しかし、中国当局が組織的に歴史を抹消・改ざんし、それに疑問を抱く人々を処罰する中、地方部での抗議活動に関する話は、北京以外では外国メディアの存在を欠いていたこともあり、その多くが失われてしまった。

 

ウォーデンさんは、「こうした話が完全に途絶えてしまうのも時間の問題だ」と語る。

 

■北京との連帯示した抗議

1989年4〜6月に、北西部の甘粛省蘭州から南部の広東省にかけて、市民たちは言論の自由を要求し、汚職に対して抗議するデモを行った。経済面での不安や私生活への政府の干渉、民主主義への願いに駆り立てられた一方で、多くの場合は天安門広場で起きていた出来事に呼応したものだった。

 

湖南省の省都・長沙では5月17日、ウォーデンさんの推定で少なくとも2万人の学生がデモを実施。「北京でのハンガーストライキを支持」と書かれたポスターが掲げられていたという。(中略)

 

漏出した米国の外交公電、中国共産党の内部告発者や、目撃者からの情報を集めた、ルイーザ・リム氏の天安門事件に関する著書「The People's Republic of Amnesia」によると、成都での推定死者数は10〜300人とばらつきがある。

 

先の「The Tiananmen Papers」によると、100人超の学生が頭部を負傷して病院に搬送された他、警察が電気棒を使用して多くの人を殴打したという。

 

ハッタラーさん自身の経験と友人からのまた聞きの情報をまとめたメモによれば、1989年6日10日、治安部隊は「警棒やナイフ」を使い、デモ参加者が「動かなくなるまで」手を休めなかったという。さらに、「地面で横になった人々や、慈悲を請う人々さえ、棒で殴られた」とも記されている。(後略)【6月2日 AFP】AFPBB News

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【「あの春の天安門広場はお祭りだった」】

天安門広場での抗議行動は、多くの抗議行動がそうであるように、多くの参加者の意識としては、最初はそれほど深刻なものでもなかったようです。

 

****権力側にいた大学生「天安門警備は『野球』だった」****

日本列島がバブル景気に沸いていた1989年4月。中華人民共和国では学生たちが「変革の夢」を胸に、天安門広場へと集まっていた。およそ2カ月後、世界を震撼させる大弾圧の舞台になるとも知らずに――。

 

双方を理解できる稀有な存在

魏陽樹(仮名) 事件当時19歳、某警察系大学学生、取材当時44歳、投資会社幹部(中略)

「あの春の天安門広場はお祭りだったなあ。大学の授業は休みばかり。友達みんなと、太陽の下でご飯を食べてタバコを吸っておしゃべりをして、テントやバスのなかで寝る。今と比べて娯楽が少ない時代に、考えられないほど刺激的だった。とくに18歳や19歳の学生だとね、とにかくそのことが面白くて来ていた連中が全体の5割・・・。いや、8割だったかもしれない。僕自身もそうだったんだ」

 

遠い目をして当時の広場内部の状況を語るのは、私が北京滞在中に会った魏陽樹(ウェイヤンシュー)である。

 

(中略)「デモ隊の主張への共感は・・・。当時はそりゃあ、明らかにあったね。党幹部の息子みたいな特権階級じゃなくても、公平なチャンスがもらえる社会が来たらいいよなあと思っていた。広場で熱く語る別の大学の先輩や友達がすごくカッコよく見えて、演説に『なるほど』って頷いていた。リーダーの柴玲(ツアイリン)の演説も自分の耳で聞いた。本当に感動したこともあったんだ」

 

とはいえ、魏の立場はちょっと複雑でもあった。(中略)

彼の母校は、天安門広場から約20キロほど郊外にあった。警察官僚を養成する大学のひとつだったのである。もとは一般の大学が1980年代前半に警官養成用の大学に変えられた経緯を持ち、校風は「お上」の教育施設としてはかなり自由だった。だが、一応は公安部の下部機関であった。

 

天安門の警備は「野球」だった

1989年4月、学生のデモ隊が天安門広場を占拠した。魏陽樹の大学では他校のように学校単位でのデモ隊は組織されなかったが、彼を含む同級生たちは個人的な立場として、この「お祭り」に大挙して参加した。だがやがて、大学からはこんな指示を受けた。

 

「同級生たち数百人と一緒に、制服を着せられて警備に出ろという指示を受けたんだ。5月4日にアジア開発銀行理事会総会が北京で開かれたときと、5月15日からソ連のゴルバチョフ書記長が訪中したときだった」

 

(中略)もっとも、魏陽樹にとってデモ警備の体験は、個人の立場で占拠学生の側にいたときと同じく「面白い」出来事でしかなかった。

 

運動はこの5月中旬の時点まではとくに悲壮感や切迫感がなく、とりわけ下っ端の学生たちは、まだまだお祭りムードを漂わせていた。軍人や中央党校の教員が個人的にデモ隊に加わる例も多くあり、党中央はさておくとしても、末端の治安関係者とデモ隊との関係はそれほど対立的なものではなかったのだ。

 

「たとえるなら、野球だよね。まずは攻撃側、同年代の学生チームがワーッとこっちを押すので、僕らはスクラム組んで守る。今度は僕らのチームがワーッと押すので、学生チームが守る。で、『おお、勝った勝った。やったぜ』みたいな」

 

そもそも当時までの中国において、学生運動は(公然と党体制の打倒を主張しない限り)タブーではなかった。大学進学率が数パーセントにとどまった1980年代、大学生はこれから社会を率いていくエリート予備軍だ。未来を担うインテリ青年たちが国を変えるために声を上げる行為を好ましいとみなす風潮は、官民ともに存在していた。

 

天安門の学生デモに対しても、5月中旬までは当局側の態度はまだまだ穏健で、学生側にも共産党や政府への信頼が残っていた。警備側との押し合いへし合いも殺気立ったものにはならなかった。

自分はなぜ権力の側にいるんだろう、みたいな難しいことは何も意識しなかったし、警察大学の学生としての役目が嫌だとも思わなかったな。むしろ運動会みたいで、非日常的な場にいることを同級生たちと一緒に面白がっていた。きっと学生側もそうだったと思う」

 

現場のレベルでは、党の長老や保守派の怒りなど知るよしもない。「野球」の攻撃側も守備側も、彼らの考えはやはり気楽なものであった。

 

タマゴがつくなんて最高だ!

ゴルバチョフの警備から数日後、魏陽樹と同級生たちは新たな任務を与えられる。私が資料を確認する限り、おそらく5月18日の話だろう。

 

「学生のハンスト抗議がはじまって、水も飲まないって姿勢になった。でも、人込みで救急車が入れない状態だった。天安門広場の隣に公安部があるんだけど、学生の代表がそこに来て交通整理を依頼したんだ」(中略)

 

「公安部の建物のなかの、玄関から入って右側の場所に、映画館みたいな場所があってね。われわれはそこで寝泊まりして、ごはんを食べた。食事はおかゆとマントウと、タマゴひとつ。たまに野菜が出た。当時は貧しい時代だし、僕も若かったからこれを粗末な食事だとは思わなくて、腹いっぱいになるから嬉しかったな。糧票(リヤンピヤオ=食料配給切符。事実上、食料購入専用の通貨だった)なしでタダ飯が食べられる。しかもタマゴがつくなんて最高だ! って」

 

魏は相変わらずだった。もっとも、さすがに公安部から寝食を提供される身の上について多少は意識するようになりはじめた。

 

「個人として広場にいたときはいろいろ話していた連中でも、このときはデモについての政治的な討論は誰もやらなかったね。広場で他の学校に通う友達を見たとか、あいつはデモ中に彼女ができたらしいとか、面白いことになったなあとか、そんな話ばかりをしていた」

 

魏自身を含めて、デモ隊にシンパシーを抱く警察学校生も少なからずおり、誰も運動を積極的に止めたいとは考えていない。一方で現場が混乱しないように秩序を維持するのも大事だし、上からそう言われた以上は命令に服することにも違和感はない。いずれにせよ、暴力を伴った運動の鎮圧を命じられたわけではないのだから――。当時の魏たちの考えはそんなものだったようだ。

 

いっぽう、まだまだ事態を甘く見ていた末端の学生たちの知らない場所で、政治は風雲急を告げていた。この18日の朝、鄧小平(とうしょうへい)ら8人の党長老は改革派を除く政府首脳を集めて会議を開き、北京市内での戒厳令の発令を決定。やがて来たる決定的な破局に向けて、最初のスイッチが押された瞬間だった。(後編に続く)【6月3日 安田 峰俊氏 JB Press】

**************

 

その後の悲惨な展開は多くの報道が示すところです。

 

【天安門事件のときにみんなが本当に欲しかったものは、当時の想像をずっと上回るレベルで実現された】

上記記事の魏陽樹氏(仮名)は以下のようにも。

 

「最近、北京で同年代の友達と、みんなでおしゃべりをする機会があった。弁護士だとか社長だとか、全員がいまの社会でそれなりに成功している人だ。でね、もしも天安門が成功していたら――。共産党政権がなくなっていたら中国は大丈夫だっただろうかって話になったんだ」

 

「結論としては『大丈夫だった』と自信を持って言う人間は誰もいないって話になった。日本でも例があるでしょ? 試しに民主党に政権を任せてみたら、国がグジャグジャになったじゃないか。中国の場合はもっとひどいことになるんだ。仮に当時の学生が天下を取っていたら、別の独裁政権ができただけだろうと思う」

 

「中国は変わったということなのさ。天安門事件のときにみんなが本当に欲しかったものは、当時の想像をずっと上回るレベルで実現されてしまった。他にどこの国のどの政権が、たった25年間でこれだけの発展を導けると思う? だから、いまの中国では決して学生運動なんか起きない。それが僕の答えだ」【6月4日 安田 峰俊氏 JB Press】

 

この話は、一昨日ブログの「パンか自由か」という話になります。

 

 

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イスラエル  シリアでのイランとの危険な関係 パレスチナ・イランで抱える二つのジレンマ

2019-06-03 23:02:07 | 中東情勢

(ゴラン高原のイスラエル支配地域に展開するイスラエル軍の戦車(2019年6月2日撮影)【6月3日 AFP】)

 

【トランプ大統領「民間人虐殺をやめろ!」 もっともな主張ではあるが・・・】

シリアではイスラム過激派が実質支配する反体制派最後の拠点イドリブに対するシリア政府軍およびロシアの爆撃が激化しており、民間人犠牲者増大が懸念されています。

 

****シリア政府軍攻撃で民間人18人死亡、イドリブ県****

イスラム過激派がシリア最後の拠点としている同国北西部イドリブ県で27日、政府軍による爆撃で民間人少なくとも18人が死亡した。在英NGOのシリア人権監視団が発表した。同地域では政府軍の攻撃が激化している。

 

イドリブ県と周辺のアレッポ県、ハマ県、ラタキア県の一部地域は、国際テロ組織アルカイダ傘下の組織を前身とする反体制派連合「タハリール・アルシャーム機構」の支配下にある。

 

シリア人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表によると、27日のイドリブ県への空爆とミサイル攻撃で、子ども6人を含む民間人18人が死亡。同県全体で少なくとも47人が負傷したという。

 

同監視団によると、前日もイドリブ県で政府軍が空爆を実施し、民間人12人が亡くなったという。(中略)

 

シリア人権監視団によると、4月末から政府軍の攻撃が激しさを増しており、民間人250人が死亡したという。 【5月28日 AFP】

*******************

 

こうした事態にアメリカ国務省は28日、暴力の「見境なき拡大」との見解を示してシリア・ロシアを非難していますので、アメリカ大統領が非難しても当然のことではあるのですが・・・。

 

****シリアの民間人虐殺「やめろ!」 トランプ氏ツイート****

ドナルド・トランプ米大統領は2日、シリアとロシアに対し、シリア最後の反体制派の拠点となっている北西部イドリブ県を「爆撃でめちゃくちゃにする」のは「やめろ!」とツイッター上で非難した。

 

トランプ氏は、英国公式訪問に出発する直前、「ロシアとシリア、それから規模は小さいもののイランが、シリアのイドリブ県を爆撃でめちゃくちゃにして、罪のない多くの民間人を無差別に殺していると聞いた。世界は、この虐殺を注視している。何が目的だ、何を得られるというのだ? やめろ!」とツイートした。(後略)【6月3日 AFP】

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もちろん、アメリカの空爆でも多数の犠牲者が出ています。

 

****IS掃討作戦で民間人1302人「意図せず殺害」 米主導連合軍が認める****

米国主導の有志連合軍は5月31日、イラクとシリアで2014年から進められたイスラム過激派組織「イスラム国」の掃討戦によって意図せず殺害した民間人が1302人に上ることを発表した。

 

有志連合軍は、「2014年8月から2019年4月末までの間、3万4502回にわたって攻撃を行った」ことを明らかにし、この間に「連合軍の攻撃による過失で少なくとも1302人の民間人が死亡したとみている」と述べている。

 

連合軍は、さらに111人の民間人が犠牲になったとみて調査を進めているとし、新たな証拠や申し立てがあれば、受け入れる体制を整えていると述べた。

 

連合軍は、民間人の死を防ぐためにあらゆる手を尽くしていると、たびたび主張してきた。

 

一方、英ロンドン拠点の国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、連合軍が今回、責任を認めたことを歓迎したものの、民間人の実際の死者数はこれよりはるかに多いと思われると指摘した。(後略)【6月1日 AFP】

***************

 

こうしたアメリカ主導の攻撃でも多数の民間人犠牲者が出ているという事実を別にしても、メキシコ国境では壁で難民を蹴散らそうとしているトランプ大統領の口から「民間人虐殺をやめろ!」というしごくまっとうな言葉を聞くこと自体に違和感を覚えます。

 

アメリカ大統領がおかしなことを言っても「またか」と驚かず、まっとうなことを言えば違和感を覚えるというのは、世界にとって困った事態です。

 

【危うい火種のイスラエルとイランの衝突】

シリア情勢に話を戻すと、政府軍・ロシアによるイドリブへの攻撃強化は予想されていたもので、反体制勢力側に立つトルコとの関係で先延ばしになっていたものですから、今後も制圧に向けて一層強化されるでしょう。

 

そのトルコはシリア北部でクルド人勢力、および後押しする米軍と対峙しています。

 

また、クルド人勢力はシリア東部の油田地帯を押さえていますが、シリア政府軍も同地域を狙っています。

 

と言うように、各勢力・関係国入り乱れてシリア各地に火種があるなかで、もうひとつの危うい火種がイスラエルとイラン・ヒズボラの対立です。

 

****イスラエル、2度にわたりシリアを報復攻撃****

イスラエル軍は2日、2度にわたってシリアを攻撃した。国営シリア・アラブ通信が伝えた。

 

シリア側は、まず首都ダマスカス南方の軍と情報機関の拠点がイスラエルに攻撃され、その数時間後、同国中部ホムス県にある空軍基地が攻撃を受けたとしている。

 

在英のNGO、シリア人権監視団によると、1回目の攻撃ではシリア軍兵士と外国人戦闘員の合わせて10人が死亡。2回目の攻撃では、シリア軍の兵士1人を含む5人が死亡し、武器庫が破壊されたという。

 

監視団によれば、ホムスの基地にはシリア軍に加え、イラン部隊と、レバノンのイスラム教シーア派原理主義組織ヒズボラの戦闘員が駐留しているという。

 

これに先立ちイスラエルは、シリア側から1日夜にロケット弾2発が撃ち込まれ、うち1発がゴラン高原のイスラエル支配地域に着弾したことへの報復として、シリアのクネイトラ県を空爆したと発表していた。【6月3日 AFP】

****************

 

イスラエルによるシリア領内のイラン関連施設への攻撃は毎度のことですが、ロケット弾1発がゴラン高原のイスラエル支配地域に着弾したことへの報復としては、かなり執拗な報復とも見えます。

 

****ホムス近郊の軍飛行場の攻撃(シリア)****

(中略)
一連の攻撃の応酬は、報道の通りであれば、そもそも2発のロケット弾(しかも1発はシリア内で爆発)に対し、IDF(イスラエル軍)がダマス周辺で大規模な報復を行い、均衡を失した攻撃かとの印象でしたが、更にホムスの軍事基地までも攻撃したとなると、イスラエルはシリアからのロケットを奇貨として、シリア及びその背後のイランに対して、挑発行動をしないようにとの強力なメッセージを送ったものかと思われます。

またホムスにまで攻撃が及んでもラタキヤやハマに海空軍基地を有するロシアが動く気配を見せないのは、最近おロシア・イラン関係に鑑み、興味のあるところです。【6月3日 中東の窓】

*********************

 

現在のイラン・アメリカとの高まる緊張関係、アメリカに協調してイランを敵視するイスラエル、アメリカ国内のボルトン補佐官らの好戦的な対イラン強硬派の存在を考えると、イスラエルがイランに“挑発行動をしないようにとの強力なメッセージを送った”のであればいいのですが、逆にイスラエルがイランを挑発しているようなら実に危ない話です。

 

もっとも、イスラエルも“イラン敵視”とは言いつつも、さすがにイランとの全面戦争となるとコストが大きすぎて躊躇する・・・という話もあるようです。

 

【戦略なきポピュリズムの生む二つのジレンマ】

そのあたりも含めて、イスラエルの立場から見たパレスチナ・中東情勢、および、イスラエルの抱えるジレンマについて指摘したのが下記記事です。

 

****2つのジレンマに悩む最強国家、イスラエルの意外な弱点****

4月の総選挙でネタニヤフ首相率いる右派「リクード」連合が勝利したイスラエルは、米トランプ政権の後押しを受け、「今ほど強い時はなかった」(アナリスト)と、この世の春を謳歌(おうか)しているかのように見える。

 

しかし実際には、「中東和平」と「イランの核」という2つの問題で大きなジレンマを抱え、苦悩しているのが現実だ。

 

トランプ政権誕生後のイスラエルをめぐる安全保障環境は中東で最強の軍事力を持つ同国に好ましい流れで推移してきた。その底流には、基本的に三つの要因がある。

 

第一に、かつての「アラブ対イスラエル」という構図がアラブ世界の分裂で完全に崩壊し、中東で孤立する存在ではないという点だ。アラブの大国エジプトが40年前、イスラエルと単独和平を結んだ時、4度も繰り返されてきた中東戦争の可能性は事実上消えた。

 

その後も敵性国に囲まれる状況は続いたが、イスラエルは隣国ヨルダンと国交を樹立し、水面下でアラブ諸国との関係改善を図った。ネタニヤフ首相は昨年10月、国交のないオマーンを電撃訪問し、新しい時代の到来を示した。

 

第二に、イランの影響力拡大に対するアラブ諸国の懸念が高まり、その脅威をイスラエルと共有することになったという背景がある。イランはイスラエルの生存権を認めていないことから、両国は〝不倶戴天(ふぐたいてん)の敵〟同士だが、イスラム教スンニ派が主流のペルシャ湾岸諸国もイランへの敵意をたぎらせている。対岸のイランからシーア派革命が輸出され、自らの体制が揺らぐことを恐れているためだ。

 

特筆すべきは石油大国で、湾岸諸国を主導するサウジアラビアの実権を対イラン強硬派のムハンマド皇太子が握ったことだ。両国は2016年、サウジのシーア派指導者の処刑をめぐって断交、関係悪化の一途をたどっている。

 

第三に、ネタニヤフ首相がトランプ米大統領の強力な支持を獲得したことだ。入植地政策などに批判的だった前任のオバマ大統領とは犬猿の仲だったことを考えると隔世の感がある。

 

トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都として認め、米大使館をテルアビブからエルサレムに移転。シリア領ゴラン高原のイスラエルの主権も承認、首相のヨルダン川西岸の入植地併合方針さえ黙認した。歴代の米政権では最もイスラエル寄りの政権と言っていいだろう。

 

ただし、イスラエルには安全保障上の懸念もある。その脅威は①イラン、②パレスチナ自治区ガザを拠点とするイスラム原理主義組織ハマス、③レバノンのイラン支援のシーア派武装組織ヒズボラ、からもたらされるものだ。

 

イスラエルが喫緊の課題として、最も恐れているのは隣国シリアにイランの橋頭堡(きょうとうほ)が築かれることだろう。

 

このためイスラエルは常時、シリア領内の動きを監視、イランからヒズボラに武器が渡らないよう、シリアにある革命防衛隊の基地などを攻撃してきた。

 

これまでイスラエルの国外からの切迫した脅威はレバノンを実効支配しているヒズボラからのものだったが、シリア内戦でアサド政権を支援してきたイランがシリア国内に革命防衛隊やヒズボラの軍事拠点を築けば、北方のレバノン国境と北東のシリア国境の二正面からの攻撃に対処しなければならなくなってしまう。

 

だからこそ、ネタニヤフ首相はそのリスクヘッジとして、イランと近いロシアのプーチン大統領との関係を重視、何度も会談を重ねているわけだ。

 

ユダヤ人国家が乗っ取られるリスク

こうしたイスラエルが直面するジレンマの1つが中東和平問題だ。93年の「オスロ合意」で確定したパレスチナ自治区は将来のパレスチナ国家を見据えたもので、その基本的な最終形はイスラエルとパレスチナ国家が並立する「二国家共存」方式だった。これは国際的に認知された方式でもある。

 

しかし、和平交渉は14年以降、暗礁に乗り上げたままだ。その障害の一つがイスラエルの入植地政策だ。イスラエルは和平交渉が停滞しているのを尻目に西岸への入植地を拡大。現在は40万人ものユダヤ人が住むまでになっている。

 

このまま入植地が広がれば、いざパレスチナ国家を樹立しようとしても、ユダヤ人入植者がネックになって国家建設は困難になってしまう。

 

さらにネタニヤフ首相の入植地併合方針は、入植地をなし崩し的にイスラエルの領土にしてしまうという意味であり、事実上「二国家共存」の否定に他ならない。

 

行きつく先はすべての自治区をイスラエルに併合し、一つの国家「大イスラエル」の創設だろう。

 

だがこれでは、ユダヤ人とパレスチナ人という対立してきた二つの民族が「一つの家」に住むことになり、難題に直面する。つまりパレスチナ人にも、選挙権などユダヤ人と同等の基本的権利を与えるのか、という問題だ。

 

平等の権利が付与されなければ、パレスチナ人はかつての南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)と同様、差別された〝二級市民〟になってしまう。

 

支配者と被支配者に分断されれば、抵抗と抑圧が生まれ、暴力の連鎖による治安悪化は避けられない。結果、イスラエルは名実共に民主国家の地位を捨てなければならなくなるだろう。

 

だからといって、パレスチナ人に平等の権利を付与すれば、やがて出生率の高いパレスチナ人の人口が増え、ユダヤ人国家がパレスチナ人に乗っ取られてしまう恐れが出てくる。

 

大きなジレンマだ。このためネタニヤフ首相は〝ステイト・マイナス〟(準国家)という意味不明の地位をパレスチナ人に与える案を示唆しているが、パレスチナ人から強い反発を呼んでいる。

 

核合意離脱で困るのはイスラエル

何といってもイスラエルの最大の恐怖は「核武装したイラン」の出現である。このためイスラエルはこれまで、単独でもイランの核開発を阻止するとして、イラン攻撃の危機を高めてきた。

 

イラン核合意が15年7月に結ばれた後は、合意の破棄を米欧に働きかけてきたが、当初はうまくいかなかった。だが、トランプ政権の登場で状況は劇的に変わった。

 

トランプ大統領がイランと敵対し、封じ込めに動いたからだ。大統領は18年5月、核合意から離脱し、イランへの制裁を再開、外見上はイスラエルの勝利に終わった。

 

5月に入り、米国がイラン産原油禁輸制裁の適用除外措置を打ち切ったことなどを受けて、イランは核合意の一部履行を停止すると発表。

 

一連の制裁強化でイラン国民の生活は悪化しており、保守穏健派のロウハニ政権が倒れるようなことがあれば、対米強硬派の保守派が政権を掌握、核合意を破棄し、核開発再開に舵を切る恐れがある。

 

こうなって一番困るのは実はイスラエルだ。核開発を力で阻止する以外に道がなくなるからだ。イスラエルには二つの原子炉攻撃の実績がある。一つは81年のイラクのオシラク原子炉、もう一つは07年のシリアの原子炉で、いずれも完成前に空爆して破壊した。

 

だが、イランの場合は状況が異なる。イランが攻撃を受ければ、弾道ミサイルで反撃する可能性が高く、イスラエルも相当の損害を覚悟しなければならない。しかも大国の宗教国家だ。イスラエルは今後、イランとの消耗戦を戦わなければならなくなるだろう。経済的なコストも含めその代償は莫大だ。

 

頼みの綱のトランプ大統領もイスラエルを支援してイラン攻撃に加わることには二の足を踏むだろう。大統領が忌み嫌う米軍の大規模派遣を検討しなければならないからだ。

 

しかも、攻撃を受けたイランがペルシャ湾の石油の大動脈ホルムズ海峡を封鎖したり、サウジアラビアを攻撃して戦線を拡大したりする恐れもあり、米国がイスラエルに自制を促す事態も想定されよう。

 

だからイスラエルにとっては、米国に核合意を離脱させたことが最終的に自らを追い詰める結果になりかねない。

 

米国とイスラエルに欠けているのは、イランを追い込んだ後の戦略がないことだ。焦点は宗教国家イランの体制転換を追求するのかどうかだが、ペルシャ湾地域の動乱が世界を大きく揺さぶることになるのは確実だ。【5月31日 WEDGE】

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イスラエルのジレンマのうち前半の「大イスラエル」のジレンマは、常に指摘される問題で、だからこそイスラエル保守派も従前は二国家共存を支持してきた所以です。

 

しかし、将来のことを考えない、全体的なことを考えないポピュリズムにあっては、今現在の目先の利益拡大が追い求められ、ネタニヤフ首相もそうした流れに流されているようにも見えます。

 

イランを追い込んだ後の戦略がないイランとの関係も同様でしょう。ネタニヤフ首相が乗っかるトランプ大統領の手法は、全体的な戦略を立てて動くのではなく、とりあえず突いてみる、それで相手がどう出るか「様子を見てみよう」というものですが、思わぬ結果にはまる危うさがあります。

 

なお、国内政治的に行き詰まったネタニヤフ首相は再選挙で活路を開く目論見です。

 

****イスラエルが9月に総選挙へ 4月にも実施 首相の権力維持へ異例の動き****

イスラエル国会は30日未明の投票で、9月17日に総選挙を実施する案を可決した。同国では4月に総選挙が行われたばかり。

 

わずか数か月での新たな総選挙実施は前例がないが、連立政権樹立に失敗していたベンヤミン・ネタニヤフ首相が権力維持に動いた。(中略)

 

4月9日の選挙では、ネタニヤフ首相の与党リクードと、同党と同盟関係にある右派・宗教政党が全120議席のうち合わせて65議席を獲得したが、連立合意に至らなかったことで、新たな選挙の実施を目指す動きが加速した。

 

ネタニヤフ首相としては、レウベン・リブリン大統領が別の人物に組閣を指示する悪夢を封じた形だが、9月の選挙も接戦となる見通し。イスラエルでこれほど短期間に2回の総選挙が実施された例はなく、首相の勝算が大きく高まる見込みはない。

 

同首相は今後数か月のうちに収賄、詐欺、背任の罪で起訴される可能性があるが、報道によれば、新たに選出された議会で自身の免責につながる法律を制定することを狙っている。

 

ネタニヤフ氏は7月、ダビド・ベングリオン初代首相の在任期間を抜き、同国史上最長の在任期間を持つ首相となる。同氏はその重要な節目を意識しているものとみられる。 【5月30日 AFP】

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訴追逃れのために政権維持にのめりこむ・・・・ネタニヤフ首相もトランプ大統領も、この点でもよく似た状況です。

 

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中国  天安門事件から30年 「自由よりパン」で収めた「成功」 世界でも振り子は「自由よりパン」へ

2019-06-02 22:03:53 | 中国

(1989年6月4日、北京の天安門広場近くの長安街で1人の市民が捕まり、大勢の兵士の前でひざまずかされた。奥には見えるのは中国国旗【61日 朝日】)

 

【アメリカの「虐殺」非難に、中国は「国情にあった発展の道を歩んできた」と自負】

天安門事件から30年、現在の米中対立を受けて、天安門事件についても米中間で応酬が。

 

****中国報道官「内政干渉」と米に反発****

中国外務省の耿爽(こうそう)報道官は31日の記者会見で、天安門事件を「虐殺」とするなどした米国務省報道官の発言について、「中国政府に対するゆえなき非難で内政干渉だ」と反発し、「強烈な不満」を表明した。

 

耿氏は天安門事件に関して「前世紀80年代末に発生した政治風波(騒ぎ)」と、従来の主張を展開。

 

さらに建国70周年を今年迎えることに触れて「新中国が発展し巨大な成果を得られたのは、国情にあった発展の道を歩んできたことを証明している」と述べ、中国の統治体制を正当化した。【531日 産経】

****************

 

民主化を求める学生らの抗議を戦車で踏みつぶした天安門事件は「虐殺」であったのは間違いないでしょう。

 

犠牲者数については“中国共産党の公式発表では、「事件による死者は319人」となっているが、この事件による死傷者については、上記の中国共産党による報道規制により、客観的な確定が不可能であり、数百人から数万人に及ぶなど、複数の説があり、死者数は定かではない。”【ウィキペディア】ということで、わかりません。

 

中国共産党はこの事件を「反動分子による動乱」としていますが、この評価を変えない限り、いかに中国が経済的繁栄を謳歌しようとも、国際的な影響力を高めようとも、真に民主的な「大国」としてリスペクトされることはないでしょう。

 

しかし、事態を難しくしているのは、中国政府の言うように「新中国が発展し巨大な成果を得ている」という事実があることです。

 

多くの問題を抱えながらも、中国が膨大な貧困を急速に改善し、多くの国民の生活が著しく向上していることは事実です。

 

中国共産党が“国情にあった発展の道”を誇るのも、単なる虚勢ではありません。

その成果は、中国国民に一定に支持されてもいます。

 

【「パンか自由か」で揺れる政治 今、世界で振り子は「自由よりパン」に】

「パンか自由か」という選択は、常に政治が直面する課題です。

中国共産党は、自由を犠牲にするかわりに豊富なパンを提供するという形で、大きな「成功」を収めました。

その意味では、実に“うまくやった”とも言えます。

 

日本では、十数年前から「中国崩壊論」に関する書籍が絶えず出されて、多くの中国嫌いの人々がこれに飛びついていますが、一向に中国は崩壊しません。

 

多くの「中国崩壊論」は中国指導部の能力を過小評価しているように思えます。

 

しかしながら、やはり「パンだけでいいのか?」という根源的問いかけは残ります。

 

先ほどTVで放送されていた番組で、事件当時の学生デモリーダーが「現在の中国国民はブタだ。目の間に出された餌をがつがつ食べている。餌さえもらえれば、それ以上のことは考えない」といった類のことを発言していました。

 

「パンか自由か」という選択は、中国のような独裁国家だけの問題でもなく、欧米諸国においても、台頭するポピュリズムとも関連する問題でしょう。振り子は、「自由よりパン」に振れているようにも。

 

****東欧革命から30──「自由かパンか」で歴史は動く****

89年以来の民主化はロシアや東欧で風前の灯火――日本や中国にも影響を与える「分配」の呪縛は解けるのか>

 

89年、東欧の自由化への動きがポーランドでのろしを上げた。52日にハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去に着手し、8月にはその国境から東ドイツ市民が大挙してオーストリア経由で西ドイツへ脱出。119日夜にはベルリンの壁が崩壊して頂点に達した。

 

東欧市民は自由もろくな商品もないソ連型社会主義に別れを告げ、自由と繁栄を謳歌する西欧文明へ回帰。2年後にはソ連自身もその行列に加わった。

 

あの熱狂から30年。ロシアも東欧も、インテリは自由と民主主義、大衆はより良い生活を求めたが、ほとんどは失敗か模索の途上にある。

 

衣食足りて礼節を知る。経済が良くならないと自由や民主主義を語る余裕は生まれないが、外資はロシアと東欧を素通りし中国に向かう。国内資本だけでは技術開発競争に伍することはできず、社会主義時代の経営ノウハウや勤労意欲のままでは成長は起きない。

 

だが30年前は自由と繁栄の花園だった西欧諸国も、アメリカの技術革新と中国などアジアの低賃金労働に負けると、好況期に呼び寄せた中東・アフリカ、東欧からの出稼ぎ労働者を敵視。反移民・反EUのポピュリズムに流れ始めた。

 

自由よりもパンを求め、ナチスを思わせる国家社会主義の極右政党に喝采を送る西欧市民は増える一方だ。

 

所得格差より精神面格差

今のロシアはその国家社会主義の中枢となり、欧州諸国の極右政党を支援する。東欧自由化の端緒を開いたハンガリーでも、現在のオルバン政権は国内を統治するため権威主義を必要とし、反EUでロシアのプーチン政権に擦り寄る政策を取っている。

 

この歴史のむなしい堂々巡りの根底には「分配」問題がある。大衆に経済の配当をどのくらい与えるべきか。19世紀西欧では産業革命で国民の生活水準が上がり、文明は新段階に入った。

 

欧米と日本の国民は選挙権を得て、政治家や政府との主従関係を逆転させた。政治家にとって今や一般国民の機嫌を取ることが最重要課題となっている。

 

エリートには自由、大衆にはパンを――これを議会制民主主義の下で何とかやっていこう、というのが、この100年の文明モデルだと言っていい。

 

その中で自由と市場経済に過度に傾くと、社会は非人間的となり格差が増大する。

分配に過度に傾くと、人民の名において金持ちやインテリの権利を抑え付ける専制になりやすい。

専制は腐敗と頑迷を助長して社会を窒息、経済を停滞させる。

 

産業革命以来、歴史の振り子はこの2極の間で振れてきた。いま欧州の振り子は、「自由よりパン」に振れている。

 

ロシアの大衆はプーチンの下で、「自由よりパン」の極に20年間貼り付いたままだ。

 

日本はおかしなことにロシアに少し似て、有権者の多くは安倍政権に経済・社会政策しか期待していないようだ。

アメリカも同様で、国民は自分の暮らしに無関係なベネズエラやイランへの関与を望まない。

 

一方中国は逆で64日の天安門事件30周年を前に、当局は社会の振り子が自由・民主主義要求に振れるのではないかと戦々恐々としている。

 

歴史は創造と分配の両極間に閉じ込められて、もう前に進めないのだろうか。

 

いや、世界の文明は折しも産業革命以来の転換点にある。ロボットや人工知能(AI)の発達で産業の生産性が格段に高まり、大衆への経済の配当を大幅に増やせる、さらには働かなくても一定の所得を保証できることになるからだ。

 

そこでの問題は所得格差より、精神面での格差となる。上を目指す者と、所得保証で満足してボーッと生きる者の間で生じる摩擦をどうするか、という問題だ。

 

富裕層は遺伝子操作で、全く別種の生き物になってしまうだろう。

「ロボット」という言葉を発明したのは、近代チェコの作家カレル・チャペックだ。東欧はソ連圏を崩壊させただけではない。18世紀以来の近代文明からの脱皮、社会の振り子のための新しい極も準備してくれたのだ。【531日 河東哲夫氏 Newsweek

*********************

 中国を非難するアメリカ・トランプ政権も、国内的批判はフェイクと決めつけ、「アメリカ第一」で“アメリカ国民のパンのため”と国際協調にも背を向ける・・・中国と似たり寄ったりにも見えます。


【事件前より人権や言論の自由ない現体制】

話を天安門事件に戻すと、当時の関係者の話に共通するのは、事件前より現在の方が「自由がない」という認識です。

 

****「天安門事件前より人権や言論の自由ない」王氏***

天安門事件の学生リーダーだった王丹氏と、中国の民主化運動の雑誌「北京の春」の編集者、胡平氏が米国から来日し、29日、東京都内で記者会見した。王氏は「今の中国は事件前よりも人権や言論の自由がなく、民主化実現の希望を持てない」と話した。

 

王氏は、事件後に逮捕されて服役し、1998年、病気治療を理由に仮釈放されて渡米した。現在は、米国の大学で客員研究員を務めながら、中国の民主化を目指す調査研究機関の代表として活動を続ける。

 

王氏は、中国の状況を悲観しながらも、「中国共産党政権のナショナリズムをあおる強権的な手法には限界が来る。経済状況の悪化も進むと人々の不満も高まる。あきらめずに中国の民主化の必要性を訴えていく」と強調した。

 

胡氏は「今の中国は情報統制が敷かれ、国内では事件を知ることすら難しい。民主化はほど遠い」と断言した。【529日 読売】

***************

 

****習氏、天安門「教訓」に強権=事件直後、長老ら強硬論―米教授****

著名な中国政治専門家である米コロンビア大のアンドリュー・ネイサン教授は1日、1989年6月の天安門事件から30年を迎えて明治大(東京都千代田区)で開催されたシンポジウムで講演し、当時の中国共産党長老ら17人が事件直後の会議で、民主化運動の武力弾圧を強く支持するなど強硬論を唱えた内部講話の内容を明らかにした。

 

ネイサン氏は、天安門事件を「教訓」に習近平国家主席は強権体制を確立したと解説した。

 

ネイサン氏が公表したのは、89年6月19〜21日に開催された共産党政治局拡大会議での発言。

学生に同情した趙紫陽総書記を正式に解任し、後任に上海トップの江沢民氏を抜てきするなど事件を総括した23〜24日の党第13期中央委員会第4回総会(4中総会)の準備のため、既に一線を退いた長老らが相次ぎ発言した。

 

徐向前元帥は事件について「国内外の反動勢力が相互に結び付いた結果であり、社会主義の中華人民共和国を転覆させ、西側大国のブルジョア共和国の属国になるものだ」と強調。聶栄臻元帥は趙氏に触れて「政治的陰謀と野心をあらわにし、われわれを攻撃している」と批判した。

 

会議では楊尚昆国家主席(当時)が「趙氏が総書記に就任して以降、(党最高指導部)政治局常務委員会には『核心』(突出した指導者)がいなかった」と発言。

 

ネイサン氏はこれを引き合いに、「独裁的な権力を手中に収めなければ板挟みの状態に置かれる。習氏が強大な核心権力を確立したのは天安門事件を教訓にしたものだ」と分析した。

 

ネイサン氏によると、長老らの内部講話の全容が明らかになるのは初めて。香港でこのほど出版された自身の著書「最後の秘密」に収録されている。【61日 時事】 

******************

 

中国当局が封印して歴史から消し去ろうとする天安門事件ですが、当時学生だった劉建(Liu Jian)さん【共同 WSJ】や当時、現場に入った中国紙カメラマンによる未公開画像が新たに公表されています。

 

当時の人々が、パンに満ち足りた現在の中国の人々より、“いい顔”をしているように見えるのは私だけでしょうか。

北京の天安門広場で旗を振ったり、拳を突き上げたりする人たち(劉建氏提供・共同)【5月31日 共同】

5月中旬に市内の住民や一部の政府職員でさえ学生と連帯して行った行進。【5月31日 WSJ】

415日の共産党改革派の胡耀邦の死を記念した学生たちは、天安門の抗議行動に拍車をかけました。【同上】

5月下旬 人民英雄記念碑には、「人民は1989年を決して忘れない」という抗議のスローガンが飾られていました。【同上】

522日頃に広場でハンガーストライカー。左の男性は空腹痛を和らげるために気功を行っています。【同上】

 

5月18日、天安門広場でハンガーストライキをして倒れた学生を救助する医療関係者【6月1日 朝日】

5月22日、北京市西部の六里橋付近で、市内に入ってきた兵士たちに向かい、学生がデモを続ける理由を説いて鎮圧しないよう呼びかける女性【同上】

525日ごろ、北京の市民は軍用車両の進入を阻止し、兵士たちと議論しようと試みることで学生を保護しようとしている【5月31日 WSJ】

当局との衝突で負傷したとみられる人を運ぶ男性らの姿【531日 共同】

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トルコ・エルドアン大統領  “再選挙”という危うい賭け S400問題、大阪G20で制裁回避は?

2019-06-01 22:41:56 | 中東情勢

56日夜、再投票の決定に抗議するイスタンブール市民ら=ロイター【57日 日経】)

 

【イスタンブール市長選 再選挙を強行するエルドアン大統領 返り討ちを狙う野党側】

331日に行われたトルコの統一地方選挙では、エルドアン大統領率いる与党AKP(公正発展党)は主に経済不調を理由に苦戦を強いられ、首都アンカラ、最大都市イスタンブールの市長選挙を接戦で落とした・・・・はずでしたが、エルドアン大統領はイスタンブールでの敗北を認めず、再集計を要請するなど抵抗。

 

結局そうした大統領の“強い意向”を反映・忖度したものか、選挙管理委員会は再選挙を行うことを決定しました。

 

エルドアン大統領はかつて、「イスタンブールを制する者は、誰であれトルコを制する」と発言しています。

 

その言葉の裏には、最大都市イスタンブールの象徴的な意味合いだけではなく、現実的な利権ネットワークの存在などもあるようです。

 

そのため、エルドアン大統領としては、どんな手段を使ってでもイスタンブールを落とす訳にはいかない・・・ようです。

 

****再選挙”強行”でイスタンブールを守るエルドアン大統領*****

331日に行われたトルコの統一地方選挙では、エルドアンの与党AKP(公正発展党)は苦戦を強いられ、首都アンカラ、最大都市イスタンブールの市長選挙を接戦で落とした。

 

エルドアンとAKP側はこれを受け入れず再集計を求めたが、4月中旬には選挙当局は、イスタンブールで野党候補のエクレム・イマモールがAKPの元首相ビナリ・ユルドゥルムに0.3ポイントの僅差(14000票に満たない差)で勝ったことを確認した。

 

AKP内部ではこの敗北に異議を申し立てるか否かで大きな議論があったようだが、エルドアンは再選挙を求める決定をしていた。56日、圧力に屈した選挙管理当局はイスタンブール市長選挙のやり直しを命じた。

 

イスタンブールはエルドアンにとり、市長として政治の道に入った場所であり、「イスタンブールを制する者は、誰であれトルコを制する」と、彼は言ったことがある。

 

59日付のニューヨーク・タイムズ紙社説‘Turkey Will Keep Voting Until Erdogan Gets His Way’は、「エルドアンの強権政治の下で、政治の土俵は公正というには程遠かったが、それでもトルコ国民は選挙を彼等の意見を表明することが出来る場と捉えて来た」と指摘する。

 

逆に言えば、そのエルドアンも選挙を自己の生き残りの拠り所として来た。ところが、そこが危うくなって来た。それ程、最大都市イスタンブールはエルドアンにとって重要なのである。

 

しかも、そこには政権を支えるために必要な利権の甘い汁を配分するための網の目が構築されているということらしい。この都市が野党の手に渡れば、その内情が暴露されるに至る可能性がある。エルドアンとしては、そのことを恐れているのかも知れない。

 

選挙管理当局がやり直しを命じた根拠は、投票所の係官の資格に問題がある者が含まれていたということらしいが、些細なこじつけである可能性が濃厚である。やり直しを命ずるべきものであるとは到底思われない。

 

欧米からは非難の声が上がっている。例えば、モゲリーニEU上級代表は、選挙をキャンセルすることは「民主的な選挙プロセスの中核的目的に反する」と述べている。

 

しかし、欧米との関係は既に十分にギクシャクしており、再選挙の決定でどうなるものでもないようである。国内では抗議のデモが行われたが、暴力的なことにはなっていない。野党側は、イマモールを先頭に受けて立つ構えのようである。

 

やり直し選挙は623日に予定されている。

 

上記のニューヨーク・タイムズ紙社説は、選挙のやり直しを命じたことはエルドアンの弱さが露呈したものであるとする。

 

そして、再選挙は無名であったイマモールの立場を大きく強化することになった、幾つかの小政党が撤退したのでイマモールのチャンスは広がっている、などと指摘し、イマモールには十分な勝算があると見ている。

 

しかし、やり直しを強いたからにはエルドアンはありとあらゆる手を使って勝とうとするであろう。それで負ければ彼にとって重大な政治的分岐点になることは間違いないので、それ以外に選択肢はないであろう。いずれにせよ、この混乱はすぐには終息しないのであろう。【527日 WEDGE

*******************

 

“幾つかの小政党が撤退”ということでは、例えば出馬を予定していた民主左派党(DSP)のMuammer Aydin候補が、撤退を表明しています。

 

Aydin候補は3月の投票で3万票以上を獲得していますので、票差14000票を考えると決して小さくありません。

もちろん同氏の票がどちらに流れるかは不明ですが、DSPも最大野党・共和人民党(CHP)もともに世俗的勢力を支持基盤としていますので、CHPはDSP票を取り込みやすいでしょう。

 

再勝利に自信を強める最大野党・共和人民党(CHP)イマモール候補側は、エルドアン大統領の無理筋を拒まず、あえて受けて立つ構えです。

 

ここで返り討ちにすれば、野党側としてはエルドアン政権に対しかなりの深手の傷を負わせることができます。

 

****イスタンブール市長選再実施、野党候補がリード=世論調査****

トルコのイスタンブールで6月23日に実施されるやり直し市長選挙を巡る世論調査で、最大野党・共和人民党(CHP)のイマモール候補の支持率が、AKP候補のユルドゥルム元首相の支持率を3%ポイント上回った。

 

この世論調査は、エルドアン大統領率いる与党・公正発展党(AKP)の選挙運動向けに行われた。(中略)

AKPの関係者は30日、ロイターに対し「イマモール氏が大きくリードしていることを示す世論調査もあるが、AKP向けに行われた最新の調査では、イマモール氏は3ポイント上回っている」と述べた。

今回の世論調査はここ数日の他の調査結果とおおむね一致している。

親政府の世論調査会社MAKの会長は、イマモール氏がユルドゥルム氏を2ポイントリードしていると述べた。3月の選挙結果の無効を受けた市民の不安を一部反映していると説明した。

同会長は、やり直し投票の鍵となるのはクルド系の有権者だと指摘。3月の市長選で投票しなかった有権者のうち、大半がクルド系住民だった。

クルド系野党の国民民主主義党(HDP)はイスタンブール市長選で候補者を立てていない。同党は6月の市長選再実施ではイマモール氏を支持することを示唆しているが、一方でAKPも一部のクルド系の支持を得ている。【531日 ロイター】

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エルドアン大統領は、従来は親クルド人政策でクルド票を取り込んできましたが、クルド系政党HDPの台頭以降はHDPに厳しい対応をとっていますので、クルド票はやはり野党側に多く流れるのでは・・・と推察されます。

 

強引なエルドアン大統領の手法への批判、野党候補への同情票もあるでしょう。

 

ただ、強引に再選挙に持ち込んだエルドアン大統領が返り討ちにあうのを座視するとも思えず、おそらく合法・非合法、どんな手段を使ってもひっくり返すつもりでしょう。

 

しかし、そうして無理やり勝利をもぎとっても、国内の亀裂はいよいよ深まり、トルコに対する国際的信頼もいよいよ失墜することにもなります。

 

すでに欧州との溝は埋めがたいものになっています。

 

****トルコ、EU加盟から「一段と遠ざかる」 欧州委が報告書****

欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は29日、トルコのEU加盟に向けた進捗状況に関する報告書を公表した。人権や司法、経済政策において「さらなる深刻な後戻り」がみられるとし、加盟候補国の地位は凍結されているとした。

報告書は、政権による独裁的支配によって状況が悪化していると批判。「トルコはEUから一段と遠ざかっている。交渉は事実上、暗礁に乗り上げている」とした。

トルコを巡っては2016年7月のクーデター未遂事件後の弾圧や、抑制と均衡のない強力な大統領制への移行、ロシアとの関係緊密化を受けて西側諸国や金融市場に懸念が広がっており、通貨リラの急落につながっている。

報告書はまた、言論の自由や抗議する権利が奪われており、同国の民主主義は危険な状態にあるほか、政府が金融市場に悪影響を及ぼしていると指摘。「トルコ経済では深刻な後戻りが続いており、同国の市場経済の機能を巡る懸念の高まりにつながっている」とした。

トルコはEUの報告書に反発。同国のFaruk Kaymakci外務次官は、首都アンカラでの記者会見で「不公平で不釣合いな批判を受け入れることはできない。トルコがEUから遠ざかっているという報告書には正しくない部分がある」と反論した。

一方で建設的な批判については留意する意向を示した上で、安全保障上の脅威への対策で欧州の支持に期待するとした。

報告書は6月にEU各国の政府が承認する見通し。【530日 ロイター】

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【ロシア製ミサイル導入で、アメリカは制裁も】

エルドアン大統領にとって上記イスタンブール市長選挙が内政面での喫緊の課題なら、外交面での喫緊の課題はアメリカとの関係悪化でしょう。

 

アメリカとの関係では、クーデター未遂事件の首謀者とするギュレン師引き渡しや、シリアにおけるクルド人勢力をめぐる対立、イラン産原油の禁輸措置など複数の問題がありますが、目下最大の懸案事項になっているのがロシア製ミサイル「S400」導入をめぐる対立で、アメリカはトルコがS400を導入するなら制裁も辞さないと警告しています。

 

****トルコ、ロシア兵器購入で米制裁ならリラ安再燃も****

トルコはロシア製ミサイル防衛システム「S400」の購入を巡り、米国から制裁を科される恐れに直面している。

 

数週間中に解決策が見つからなければトルコと米国の制裁合戦に発展し、通貨リラはさらに下落、経済は悪化し、北大西洋条約機構(NATO)および中東地域におけるトルコの立場にも疑問が生じかねない。

 

オックスフォード大の客員講師、ギャリップ・ダレイ氏は「米国側もトルコ側も、この問題の背景により大きな地政学上の綱引きがあると見なしているため、解決は一筋縄ではいかない。制裁が発動されればトルコに甚大な影響が及ぶだろうが、ただし、それを機に対米関係が断絶することは恐らくないだろう」と話す。

 

S400購入計画を巡る両国間の小競り合いは、数カ月前から続いている。米国側は、購入がNATOの枠組みと相入れないと批判しているのに対し、トルコは、領土の防衛は同盟国への脅威にはならないしNATOの義務をすべて果たしているとの立場だ。

 

米国は現在、トルコその他の中東諸国に対し、イラン産原油の輸出阻止などによって同国を孤立させるよう圧力をかけている。「米国がひどい制裁を科せば、トルコは米国の対イラン制裁を順守する決定を考え直す可能性がある」とダレイ氏は言う。

 

S400は早ければ7月にもトルコに到着する可能性があり、予定通り到着した場合、米議会は最新鋭ステルス戦闘機「F35」のトルコへの出荷を阻み、F35の生産から同国企業を排除する措置を検討中だ。

 

またS400が出荷されれば、トランプ米大統領は「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」に基づき、12の制裁措置の中から5つを選ぶ義務が生じる。

 

制裁の選択肢は、ビザの発給禁止や米輸出入銀行へのアクセス禁止から、米金融システムとの一切の取引阻止や輸出認可取り消しといった厳しい内容に至るまで幅広い。

 

これまで両国とも、CAATSAに基づく制裁の発動を避けたい意向を繰り返し表明してきた。トルコはロシアとの取引は「決定事項」だと言い続けてきたが、仮にS400の出荷延期に同意なら、トランプ氏がエルドアン・トルコ大統領に購入を翻意させる道が開かれる。

 

両国は29日、大阪で6月2829日に開かれる20カ国・地域(G20)首脳会合の際に首脳会談を行うことで合意した。

 

トランプ氏は当初、より穏健な選択肢を選んで時間を稼ぐ可能性もある。

しかし米国の制裁が発動すれば、それがどんな種類であれ、トルコの通貨リラは急落しそうだ。リラは米・トルコ関係の悪化を一因として、今年に入って対ドルで14%下落している。【61日】

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アメリカの圧力を受けて、ロシア製ミサイル「S400」の導入延期という“噂”も出ているようですが、トルコはこれを否定しています。

 

****トルコ、ロシア製ミサイル防衛システムを予定通り調達=外務省****

トルコ外務省報道官は31日、ロシア製ミサイル防衛システム「S400」が予定通りにトルコに納入されることを明らかにし、米国が購入に反対していることに配慮して納入が延期されるとの報道を否定した。

 

外務省報道官は「トルコが米国の要請を受けS400の調達延期を検討しているとの報道は正しくない」とし、「ロシアからのS400調達は計画通りに進められている」と述べた。

 

米国はトルコによるロシア製ミサイル防衛システムの購入に反対し、トルコのパイロットに行っている最新鋭ステルス戦闘機「F35」の訓練を停止することを本格的に検討していることが28日、複数の関係筋の話で明らかになっている。【61日 ロイター】

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【経済制裁・リラ急落となれば、エルドアン大統領に大きなダメージ】

アメリカの制裁、トルコの通貨リラ急落ということになると、トルコ経済には更なる重荷となり、エルドアン大統領の政治的求心力を損なうことになります。

 

そもそもAKP3月統一地方選挙で苦戦した背景には経済低迷への不満があります。通貨リラの急落でインフレ率は一時25%まで上昇し、生活に大きな打撃となっています。

 

ただ、アメリカとの関係がうまくいかないのは今回が初めてではなく、昨年も、トルコが米国人牧師を拘束していることに対し、8月アメリカはトルコに対し経済制裁を発動したこともあります。このときは最終的にエルドアン大統領がアメリカに譲歩し、201810月米国人牧師を解放しています。

 

今回はどうでしょうか? 大阪でのG20で何らかの“ディール”が行われるのか?

通貨リラ急落で経済混乱となると、エルドアン大統領のダメージは深刻になります。

 

なお、両国の関係改善を模索する動きとしては、以下のようなものも。

 

****米政府、トルコ製鉄鋼の関税を25%へ引き下げ****

ホワイトハウスは(5月)16日、トランプ政権がトルコから輸入される鉄鋼製品に対する関税を25%に引き下げたと発表した。

 

米国は昨年、トルコを含む複数の貿易相手国に対し、安全保障上の理由から輸入制限を認める通商拡大法232条に基づいて鉄鋼やアルミニウムに新たな関税を発動。トルコで拘束された米国人牧師を巡りレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と対立する中、ドナルド・トランプ米大統領は同国の鉄鋼製品に対する関税を8月に50%まで引き上げていた。

 

その後、牧師が10月に米国に帰国したことを受け、両氏は貿易関係を強化することで合意していた。

 

ホワイトハウスによれば、関税は21日から引き下げられる。トランプ政権はこの判断の理由について、トルコから輸入される鉄鋼製品が大幅に減ったことや、国内鉄鋼業の生産能力がウィルバー・ロス商務長官によって勧告された目標水準近くまで改善したことなどを挙げた。【517日 WSJ】

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