孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  バイデン大統領 不法移民対策を強化 難民申請受理を停止し、メキシコ国境を事実上封鎖

2024-06-08 22:33:53 | 難民・移民

(【6月1日 FNNプライムオンライン】手前がアメリカ、向こう側がメキシコ(多分) 高さ9mのフェンスを超えて侵入しようとする不法移民 はしごを揺らし侵入を阻止する国境警備隊)

【増加する不法移民 市民生活を圧迫 高まる強い対応を求める世論】
アメリカ・バイデン大統領にとって増え続ける不法移民は再選を狙う上で最大の弱点となっています。

*****メキシコ越境“不法移民”増加の一途 米カリフォルニア州の国境を取材****
アメリカのバイデン大統領が、不法移民対策で事実上の国境封鎖を表明した一方で、メキシコからの越境者が増え続けていることが分かりました。

ソマリアから移民希望 アハメドさん(23)
「生きるため、ここまでたどり着きました。故郷はテロリストが支配し、国は何もしてくれません。故郷に未練はありません。ただ平和に暮らしたいだけです」

メキシコからの不法移民は、去年12月に30万人を超えて過去最多を更新するなど、異例の多さとなっています。

カリフォルニア州では、国境の壁をよじ登って越境する人が多く、支援ボランティアは9カ月連続で活動している状態です。

不法移民は拘束後に亡命申請をすることでアメリカに滞在できますが、新たな大統領令では申請が受理されず、即時送還となります。

11月の大統領選に向けて、バイデン政権は厳しい対応に転換した形です。【6月7日 テレ朝news】
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“バイデン大統領が、不法移民対策で事実上の国境封鎖を表明した”件については後述します。

アメリカを目指す移民からすれば、「もしトラ」が現実となればアメリカ入国は更に難しくなると想像されますので、トライするなら今のうちに・・・という発想にもなるでしょう。

増加する不法移民は単に「外国人嫌い」感情を刺激するだけでなく、これまで移民受け入れに寛容だったニューヨークなどの「サンクチュアリ・シティ(聖域都市)」にとっても重い財政負担となっており、市民生活を圧迫する事態となっています。

*****不法移民が一流ホテルに滞在。ニューヨークのホテル料金が過去最高の1泊4万5千円となった“不都合”な事実****
(中略)
高騰するニューヨークのホテル価格
ニューヨークの平均宿泊料金が1泊4万5,000円になり過去最高となりました。好景気で観光客で溢れているのでしょうか?

違うのです。 ご紹介するのは、ニューヨークタイムズ5月25日に掲載された記事です。

ニューヨークのホテルの平均宿泊料金は301ドルで、過去最高を記録している。その大きな理由とはホテルの5軒に1軒が避難所となっており、観光客の宿泊施設不足に拍車をかけている。

かつては高級ホテルだったところから、より質素な施設まで、何十軒ものホテルが観光客の立ち入りを禁止し、市と数百万ドルの契約を結んで移民だけを保護し始めた。ホテルは何万人もの亡命希望者にとって安全な避難所となった。

ニューヨークの観光シーズンのピークが始まろうとしている今、移民危機はニューヨークのホテル事情を劇的に変化させた。

市内にある約680のホテルのうち約135がシェルター・プログラムに参加している。その多くは観光客を惹きつける伝統的な場所に集まっている。

ミッドタウンのホテルには、劇場街の真ん中にある4つ星ホテル、ロウ・ニューヨーク・ホテルや、グランド・セントラル近くで100年以上の歴史を持つルーズベルト・ホテルなどがある。

2022年後半から、市はホテル業界団体と最大9億8,000万ドル(約1,470億円)の契約を結び、「サンクチュアリ・ホテル・プログラム」に基づいて移民を保護することを決定したホテルに報酬を支払う。

市当局によると、ホテルは部屋が埋まっているかどうかにかかわらず、1部屋1泊139ドルから185ドルを受け取り収入が保証される。

約6万5,000人の移民がホテル、テント寮、その他のシェルターに保護されているが、その理由はベッドを必要とする人にベッドを提供する市の法的義務である。

市は、移民危機に3会計年度で100億ドル(約1兆5,000億円)を費やすと予測している。参加ホテルで従来のホテルに戻ったホテルはひとつもない。

解説
アメリカには不法移民に対して寛大な政策をとるサンクチュアリ・シティ(聖域都市)があります。これらの都市は不法入国者の取り締まりを行う捜査機関である移民・税関執行局(Immigration and Customs Enforcement, ICE)の協力要請を受けません。 有名なのはニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴなどです。

特にニューヨークには「シェルターへの権利」という、屋根のない人は誰でも市からシェルターを借りる権利があるという条例があります。

当然、不法移民が大量に流入してきます。テキサス州のようにバスや飛行機で不法移民をニューヨークに送り込む州もあります。それでニューヨーク市内のホテルの5分の1がシェルターに使われているというのです。

もはや戦争のようです。
毎年5,000億円の支出などとんでもない事です。一般市民からの大きな批判もあります。

民主党のエリック・アダムス市長もこの状況に困って、成人の移民を30日または60日後に市のシェルターから強制退去させる方針を決めました。

しかし追い出された(不法)移民はどこに行くのでしょうか?
ビザを申請して許可された合法移民は、正式な仕事もありますし財政基盤もしっかりしています。

しかし不法移民・難民には何もないのです。ギャングが甘い言葉でつけむでしょう。負の連鎖、拡大再生産です。
このままの状況が続けられない事は子供でも分かります。

バイデン大統領に課された大きな十字架です。(後略)【5月27日 大澤裕氏 MAG2NEWS】
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こうした事情を受けて、不法移民を強制送還すべしとの世論が強まっています。トランプ氏は再選されれば強制送還の可能性のある移民を収容する大規模施設を建設する方針だとも報じられています。

もっとも、米国民の過半は「強制送還するまでの間は収容所に入れろ」とまでは考えていないようです。「収容所」というものに対する大戦中の負の記憶などもあるのでしょう。

****米国民の半分、不法移民の収容所使用に反対=ロイター・イプソス調査****
ロイターとイプソスの最新世論調査によると、米国への不法移民を強制送還するまでの間、収容所に滞在させることに反対する人が米有権者の半分余りに上った。共和党の大統領候補指名が確実なトランプ氏が検討するより厳しい措置に米国民が懸念している可能性が示された。

調査では、収容所使用に反対と回答した登録有権者の割合は54%、賛成するとの回答は36%、10%が分からない、または無回答だった。

ただ、56%は不法移民の大半または全員を強制送還すべきと答えた。

11月5日の大統領選に向け、移民問題は共和党員を中心とする有権者にとって最大の争点。トランプ氏は、民主党のバイデン大統領に対抗する上で、不法移民の取り締まりを政策の中心に据えている。

米紙ニューヨーク・タイムズは昨年、トランプ氏は再選されれば強制送還の可能性のある移民を収容する大規模施設を建設する方針だと報じた。

トランプ氏は、米誌タイムとの4月のインタビューで、施設使用を検討するとしながらも、強制送還は迅速に行われるので「さほど必要にはならないだろう」と述べた。【5月21日 ロイター】
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【バイデン政権 強硬策に方針転換 “事実上の国境封鎖”】
こうした不法移民増加に対する厳しい世論が再選戦略の足かせになると判断したバイデン政権は、冒頭記事に“事実上の国境封鎖”とあるように、不法移民に対する強硬策に方針転換したようです。

****バイデン氏、不法移民抑制へ大統領令 「国境管理を強化」大統領選の最大争点で成果狙う****
バイデン米大統領は4日、南部メキシコ国境でビザ(査証)などの正規資格を持たない不法入国者が一定数を超した場合、難民申請の受理を停止して国境を一時的に〝閉鎖〟することを柱とする大統領令に署名した。

11月の大統領選で最大の争点となっている不法移民問題での取り組みをアピールする狙いがある。バイデン氏は同日の演説で、大統領令によって「国境管理を強化できる」と語った。

難民の法的地位に関する「難民条約」に基づく現行法では、越境時に拘束された不法入国者が難民申請の審査を申し立てれば、原則として審査結果が出るまで国内にとどまることができる。しかし近年は不法入国の急増で審査期間が長期化し、不法移民が実質的に野放しになっていた。国境地帯で拘束された不法入国者は2023年だけで約250万人に上る。

今回の大統領令は、1日当たりの拘束者数が2500人を超した時点で難民申請の受理を停止する内容。それ以降の拘束者は、親に伴われていない未成年者や人身売買の被害者などを除き、国外退去措置を受ける。1日の拘束者数が7日間連続で1500人を下回れば受理を再開する。合法的な入国や商業上の往来などは通常通りに認められるという。

不法入国での拘束者は現在、1日当たり約6000人に上ることもあり、米メディアによると大統領令はすぐにも発効。難民申請の受理を制限することで、不法入国を試みる人を抑制する効果を狙う。

ただ、今後は移民支援の慈善団体などが大統領令の差し止めを求めて提訴する可能性が高く、実効性は不透明だ。不法移民に強硬姿勢をとる共和党のトランプ前大統領も1期目に同様の大統領令を出し、司法判断で阻止された経緯がある。

不法移民問題を巡っては2月、バイデン政権と与野党の上院指導部が包括的な国境対策法案で合意した。しかし、11月の大統領選を前にバイデン氏が成果をあげるのを阻止したいトランプ氏が、自身に忠実な議員らに成立を阻むよう指示したことで、同法案は宙に浮いた状態にある。【6月5日 産経】
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【パレスチナ対応同様に、党内にも異論があり対応には苦慮する予想】
バイデン大統領はパレスチナ・イスラエル対応でも親パレスチナ世論の高まりと従来からの親イスラエル政策の間で板挟み状態になっていますが、不法移民対策でも上記の強硬策を歓迎する人々と厳しすぎるとの党内左派の間で苦慮することになりそうです。

*****バイデン政権が移民に寛容から「国境閉鎖」転換、なぜ 党内で反発も****
バイデン米大統領(民主党)は4日、南部のメキシコとの国境で、不法越境者の亡命申請を事実上禁止する大統領布告を出した。

11月の大統領選に向けてトランプ前大統領(共和党)から「国境の混乱」を追及される中、「国境閉鎖」に方針転換することで批判をかわす狙いがある。しかし、移民に寛容な姿勢を一転させることで、民主党左派から反発を招くリスクもはらんでいる。(中略)

 ◇世論調査、国境対策を支持しない69%
「トランプ氏は国境問題の解決を望まず、私を攻撃するために問題を利用しようとした」。バイデン氏は4日の演説で、国境問題の責任はトランプ氏にあると主張した。今年2月にバイデン政権と連邦上院の共和党が国境管理の強化策で合意した際、トランプ氏の横やりで破談になった経緯が念頭にある。

過去最多ペースで不法越境が続く中、「我々は国境問題の責任を共有している」と強調し、政権だけの「失政」だとは認めなかった。

しかし、世論は政権の対応に問題があるとみている。AP通信などの3月の世論調査では、69%が「バイデン氏の国境対策を支持しない」と回答した。

また、マーケット大学の5月の調査では、「最も重要な争点」として経済(36%)に次いで国境問題(20%)を挙げた有権者が多かった。「どちらが移民・国境政策にうまく対応できるか」との質問では、トランプ氏(52%)がバイデン氏(25%)を圧倒した。

国境問題が再選に向けた足かせになる中、バイデン氏は「国境閉鎖」というインパクトのある対応で局面の打開を図った形だ。

国境では従来、不法越境した後に亡命を申請すれば、審査中は米国内で仮放免されるケースが多かった。収容施設に余裕がないことが背景にあり、放免後は実質的に不法移民として米国内に滞在できた。しかし、今回の措置では亡命申請自体を受け付けず、出身国などに強制送還することになる。

ただ、不法越境者は世界各地から押し寄せており、予算や人員の制約から、送還が円滑に進まないとの懸念が出ている。

メキシコは、自国とキューバ、ベネズエラ、ハイチ、ニカラグア出身の越境者の送還は受け入れることに同意した。しかし、最近は中国など中南米以外の出身者が増えており、どう対応するのかは不透明だ。

トランプ氏の陣営は4日、「バイデン氏は実効性のない政策を発表することで、国境を安全にするふりをしているだけだ」と批判した。

 ◇民主党左派から反発も
寛容な移民政策を求める民主党左派からも反発が出ている。民主党のパディーラ上院議員は声明で「バイデン大統領は米国の価値を損ない、迫害や暴力を逃れてきた人たちに米国に逃れる機会を提供する義務を捨てた」と批判。

人権団体「米自由人権協会」(ACLU)は「亡命申請の法的な権利を厳しく制約する措置だ」と批判し、訴訟を起こす方針を示した。民主党左派は政権のパレスチナ情勢への対応にも不満を募らせており、今回の措置で離反が進む恐れがある。【6月5日 毎日】
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【欧州でも強まるより厳格な移民対応を求める声 ドイツでは凶悪犯罪を起こしたらアフガニスタンでも国外退去措置】
移民増加への批判の高まりはアメリカだけでなく欧州でも同様です。

不法移民をアフリカ・ルワンダに移送する形でカネで外国にしょりさせようというイギリス・保守政権の対応はこれまでも取り上げたことがありますが、メルケル前首相以来寛容な対応をとってきたドイツでも。

****ドイツが移民政策で強硬姿勢、凶悪犯罪を起こしたら国外退去措置を強化…ショルツ首相表明****
ドイツのショルツ首相は6日の連邦議会演説で、凶悪犯罪を起こした外国出身者の国外退去措置を強化する意向を表明した。

欧州議会選では右派勢力が「反移民」を唱えており、「移民問題で厳しい姿勢を取るよう首相に圧力がかかっていた」(米紙ポリティコ)との見方が出ている。連立与党内には「基本的人権の侵害につながる」との異論もある。

西部マンハイムで5月末、アフガニスタン出身の男(25)が集会を刃物で襲い、5人が負傷、警官1人が死亡する事件を受けたものだ。

男は2014年に難民申請を却下されたが、個別事情が考慮されて国外退去を「猶予」されていた。正規の滞在資格がないまま退去を猶予されてドイツに在留する難民不認定者らは約19万人。16年にはチュニジア出身者がベルリンのクリスマス市にトラックで突っ込み60人超を死傷させるテロを起こした。

ショルツ氏は「ドイツで保護を受けている人物による凶悪事件に憤慨する。凶悪犯罪者はシリアやアフガニスタンであっても送還されるべきだ」と訴えた。祖国で迫害される恐れなどから強制送還の対象としていない国の出身者でも例外としない考えを示したものだ。【6月7日 読売】
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パレスチナ  バイデン停戦案の現況 紛争後のガザ統治は? 自治政府とUAEが罵り合い

2024-06-07 22:43:21 | パレスチナ

(パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のラマラで会談する、自治政府のマフムード・アッバス議長(右)とエマニュエル・マクロン仏大統領【5月30日 AFP】 マクロン大統領はパレスチナ国家承認を「タブー」ではないとしつつも、自治政府に「改革」を求めています。)

【バイデン停戦案 ハマス・イスラエルの間に深い溝】
パレスチナ・ガザ情勢については、現在のところバイデン大統領の提案が示され、イスラエル・ハマス双方で検討されている状況です。

****バイデン大統領が明らかにした新たな提案****
3段階で構成。第1段階は6週間の戦闘休止で、この期間はイスラエル軍はガザから撤退し、高齢者や女性を含む人質が数百人のパレスチナ囚人と交換される。

第2段階でハマスとイスラエルは敵対行為の恒久的停止の条件について交渉。バイデン大統領によると、交渉が続く限り戦闘休止は継続される。第3段階でガザ地区の大規模な復興計画などを策定する。 

バイデン大統領によると、この提案はカタールを通してハマスに伝えられた。 

これを受けイスラエル首相府は、政府が交渉担当者にガザ停戦合意を提示する権限を与えたとする声明を発表。同時に「人質全員の帰還とハマスの軍事、政治力の破壊を含む全ての目標が達成されるまで戦争は終結しない」とも表明した。

米当局者によると、この計画では、各段階は42日間続くことになる。【6月1日 ロイターより】
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関係国は、この提案を受け入れるようにイスラエル・ハマス双方に求めています。
“米・エジプト・カタール、ガザ新停戦案への合意をイスラエルとハマスに要請…欧州各国は支持”【6月2日 読売】

しかし、当事者のハマスは恒久的な戦闘終結とイスラエルの撤退を強く求めており、また、イスラエルはハマス壊滅を貫徹すべきとする閣内極右勢力が連立離脱も辞さない構えでネタニヤフ政権に圧力をかけています。

****ハマス指導者、全面停戦を要求 バイデン氏の休戦案に打撃か****
イスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏は5日、停戦計画の一環として、パレスチナ自治区ガザでの恒久的な戦闘終結とイスラエルの撤退を要求すると述べた。バイデン米大統領が先週発表した新たな休戦案に打撃になるとみられる。

一方、イスラエルは停戦交渉中の戦闘休止はないとし、ガザ中部で新たな攻撃に乗り出した。

バイデン氏は5月31日、イスラエルがガザを巡り人質解放と引き換えに戦闘休止を提案したと明らかにし、新たな提案に同意するようハマスに呼びかけていた。

ハニヤ氏は「全面的な攻撃終結、完全な撤退と拘束者交換に基づく合意に真剣かつ前向きに取り組む」と述べた。

この発言がバイデン氏に対するハマスの回答かどうかを問うロイターのメッセージに対し、ハマス幹部は親指を立てる絵文字で応じた。

米政府はなお合意に向けた取り組みを続けており、米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は5日、仲介役のカタールとエジプトの高官とドーハで会談し、休戦案について協議した。【6月1日 ロイター】
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****イスラエル首相を揺さぶる極右政党 連立離脱を警告 ハマスとの停戦合意見通せず****
イスラム原理主義組織ハマスとの戦闘が続くイスラエルで、ネタニヤフ連立政権に参加する極右政党が新たな停戦案に反対し、ハマスとの合意の障害になっている。

極右政党は停戦案を実行すれば連立を離脱し、政権を倒すと警告している。政権維持を目指すネタニヤフ首相は極右の意向に配慮せざるを得ず、停戦の実現は見通せない。

連立に加わる主な極右は「宗教シオニズム」と「ユダヤの力」の2政党。連立与党は定数120の国会で64議席を持つが、極右勢力はそのうち14議席を占めている。離脱すれば、政権は過半数割れとなり、崩壊する見通しだ。

極右勢力を牽引するのは、宗教シオニズムのスモトリッチ財務相とユダヤの力のベングビール国家治安相だ。バイデン米大統領が5月末、イスラエルの提案だとして恒久的停戦を含む新たな停戦案を発表したのを受け、スモトリッチ氏はハマス壊滅と人質全員の救出まで戦闘を続けなければ、連立を離脱すると強調した。ベングビール氏も新提案を「ごまかし」だと批判した。

極右の間ではガザを巡ってハマスの影響力を根絶した上で再占領などを求め、占領地のヨルダン川西岸については併合を主張する意見が多く聞かれる。スモトリッチ氏は過去に「パレスチナ人など存在しない」と主張して物議をかもした。ベングビール氏も反アラブを扇動して有罪判決を受けた経歴があり、過激な言動で知られる。

5日はイスラエルが第3次中東戦争(1967年)でユダヤ教の聖地がある東エルサレムを占領したことを記念する「エルサレムの日」で、ベングビール氏は多くの右派ユダヤ人とエルサレムの旧市街を行進。「すべての勝利は私たちのものだ」と述べ、ハマスとの戦闘継続を訴えた。

ネタニヤフ氏はバイデン氏の新提案発表後、内容が「不正確だ」として米側との立場の違いを示した。連立からの離脱も辞さない極右勢力に配慮を示す狙いだったとの見方も出た。

昨年10月、ハマスの奇襲を許したとして国民の批判を浴びるネタニヤフ氏は、選挙が行われれば首相の座から転落する可能性がある。政権を維持するため極右政党の離反は是が非でも避けたいと考えても不思議はなく、停戦を巡る膠着状態はさらに続く可能性がある。【6月7日 産経】
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なお、ネタニヤフ首相の消極的対応を見越してか、バイデン米大統領はネタニヤフ首相の同意を求めることなく停戦案を公表していたとのこと。

****バイデン氏、ネタニヤフ氏の同意求めずにガザ休戦案公表=関係筋****
バイデン米大統領が、米国とイスラエルが作成しイスラム組織ハマスに提示したパレスチナ自治区ガザを巡る休戦案について、イスラエルのネタニヤフ首相の同意を求めることなく公表していたことが分かった。事情に詳しい米関係者3人が明かした。

関係者によると、一方的に発表するという決定は、米国が友好国に対して講じる措置としては異例だが意図的なものであり、イスラエルやハマスが合意を避ける余地を狭めるという。

米政府高官は匿名で「われわれは休戦案を発表する許可を求めなかった」と指摘。「イスラエルに対し、ガザの状況について演説すると伝えたが、それがどのようなものなのか詳しくは話さなかった」とした。

テキサス大学オースティン校のジェレミー・スリ教授は、バイデン氏が休戦案について「イスラエルが提案した」と位置付けて発表したのは、停戦への期待を高め、ネタニヤフ首相に圧力をかける意図があったと分析。「バイデン氏はネタニヤフ氏に提案を受け入れさせようとしている」と語った。

一方、イスラエル当局者は、バイデン氏の発表はネタニヤフ氏に圧力をかけるための試みだったのかとの質問に対し、イスラエルによるハマス壊滅は誰も阻止できないと強調。「圧力をかけることでイスラエルが国益に反する行動を取るという考えは馬鹿げている。圧力をかけるのはハマスであるべきだ」とした。【6月6日 ロイター】
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【紛争後のガザ・パレスチナ統治をどうするのか? 加速するパレスチナ国家承認の流れ】
合意が難しい理由は、上記のような恒久的な戦闘終結とイスラエルの撤退を求めるハマスとハマス壊滅・人質救出を求めるイスラエル側の溝が深いことに加えて、停戦後のガザ地区の統治をどうするのか・・・という点で、パレスチナ自治政府を当事者とする「2国家共存」をベースとするアメリカなど多くの国と、これを否定するネタニヤフ政権の間の不一致が大きいこともあります。

パレスチナについては、イスラエルの意に反して、国際社会は「国家承認」する流れが加速しています。
アイルランド、スペイン、ノルウェーに続いてスロベニアも。

****スロベニアもパレスチナを国家承認****
スロベニアは4日、パレスチナを正式に国家承認した。政府が先週、承認方針を決定した後、この日議会が賛成多数で承認案を可決した。

ゴロブ首相はX(旧ツイッター)で「パレスチナを主権と独立性を備えた国家だと本日認め、ガザとヨルダン川西岸のパレスチナ人たちに希望を送り届ける」と述べた。

5月にはアイルランド、スペイン、ノルウェーが相次いでパレスチナを国家承認。欧州連合(EU)加盟国では既にスウェーデン、キプロス、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアの各国が承認しており、マルタも近くこれらに続く見通しだ。【6月5日 ロイター】
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現在、少なくとも140カ国がパレスチナを国家承認していますが、アメリカをはじめG7は承認していません。パレスチナはスペインなど欧州各国の決定を悲願の独立国家樹立や国連正式加盟への追い風にしたい考えです。

一方、イスラエルは、上記のような流れに加えて、“バイデン米政権はイスラエルがガザ最南部ラファで行うとする地上作戦に反対し、兵器供与の停止をちらつかせている。5月には国際刑事裁判所(ICC)の検察官がネタニヤフ氏らの逮捕状を請求したほか、国際司法裁判所(ICJ)は1月に始めた審理でジェノサイド(集団殺害)を防ぐ「あらゆる措置」を取るようイスラエルに求めた。”【5月23日 産経】と、国際的孤立を深めています。

アメリカは、パレスチナ国家は一方的国家承認ではなく、当事者間の直接交渉で実現されるべきという立場です。

****パレスチナ国家は交渉で実現すべきと米****
米国家安全保障会議(NSC)は22日、「バイデン大統領は、パレスチナ国家は一方的な承認ではなく当事者間の直接交渉で実現されるべきだと信じている」との報道官コメントを発表した。【5月22日 共同】
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【自治政府にパレスチナ国家が担えるのか? 疑念も。 自治政府とUAE、罵り合い】
フランスはパレスチナを国家承認するのは「タブー」ではないが、今は適切な時期ではないとの見解です。

****フランスのパレスチナ国家承認、今は適切な時期ではない 外相****
フランスのステファヌ・セジュルネ外相は22日、同国がパレスチナを国家承認するのは「タブー」ではないが、今は適切な時期ではないとの見解を示した。

セジュルネ氏はAFPに対する書簡で、「わが国の立場は明確だ。フランスにとってパレスチナの国家承認はタブーではない」としつつ、「この決定は有益でなければならない。つまり、政治的なレベルで決定的な前進につながるものでなければならない」と述べた。

「フランスはこれまでのところ、そうした条件が整っているとは考えていない」と続けた。(後略)【5月23日 AFP】
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フランスが国家承認を躊躇するのは、パレスチナ国家建設の主体となることも想定されるパレスチナ自治政府が本当にパレスチナ国家を担うことができるのか? という疑念が拭いきれないからでしょう。

自治政府はガザ地区を実効支配できておらず、ハマスとの対立が長年続いているだけでなく、アッバス議長は長く選挙も行っておらず、統治の正統性にも疑問もあります。

選挙ができないのはファタハ・アッバス議長の不人気が背景にありますが、その不人気の原因は自治政府に蔓延する腐敗・汚職であり、無策・無能さであると言われています。

自治政府首相はガザ紛争終結後にハマスとの統一の用意があるとはしていますが・・・これまでも何度も「統一」は話題に上りましたが実現していません。

ハマスの戦力が壊滅的に低下しているというこれまでにない変化はありますが、一方で、ガザ地区よりむしろヨルダン川西岸地区で、イスラエルとの戦闘を行ったハマスの人気が自治政府を担うファタハを凌いで非常に高まっているという現実もあります。

****パレスチナ自治政府、指導部「統一」の用意ある ガザ紛争後見据え****
パレスチナ自治政府のムハンマド・ムスタファ首相は7日、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエルによるガザ紛争の終結後に、パレスチナ自治区の指導部「統一」を再確立する用意があると述べた。

パレスチナ自治区の指導部は2007年以来分裂しており、マハムード・アッバス議長率いる自治政府の権限はヨルダン川西岸に限定され、ガザ地区はハマスが実効支配している。

イラクの首都バグダッドで同国のフアド・フセイン外相と共同会見を開いたムスタファ氏は「われわれはパレスチナ人として(ガザ紛争が終結した)翌日から、パレスチナ人と指導部の団結を回復させる責任を担う用意がある」と述べた。

さらに同氏は「また(パレスチナ)国家の創設とそれに伴う責任に対しても、十分準備する必要がある」と言い添えた。

スペイン、アイルランド、ノルウェー、スロベニアはこのほど、パレスチナを国家として正式承認したばかりだ。

だが、パレスチナ自治政府のガザ地区での影響力が限定的なことや、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がパレスチナ国家樹立による2国家解決を拒否していることなどから、ガザ紛争終結後の自治政府の役割は不透明だ。

イスラエル政府内でも、紛争終結後のガザをめぐる計画について意見が割れている。

米国は3月、パレスチナ自治政府の「再生」でヨルダン川西岸とガザ両方の安定に貢献できるとの見解を示した。しかし、ネタニヤフ氏はこれを否定し、パレスチナ自治政府は「テロリズムへ資金供与している」と非難した。 【6月7日 AFP】
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そのパレスチナ自治政府と、本来ならパレスチナを支える立場のアラブ首長国連邦(UAE)が、関係国の前で罵り合いの大げんかをしたとか。

****「アリババと40人の盗賊」UAEがパレスチナを罵倒 激しい口論に****
米ニュースサイト「アクシオス」は6日、4月に開かれた米国とアラブ諸国、パレスチナ自治政府の外相らによる会議の席上、自治政府の改革を巡り、アラブ首長国連邦(UAE)のアブドラ外相と自治政府高官のシェイク氏が激しい口論になったと報じた。

アブドラ氏はイスラム世界に伝わる物語を引き合いに出し、自治政府の指導部を「アリババと40人の盗賊たちだ」と罵倒したという。

自治政府ではガザ地区の戦後を見据え、アッバス議長が3月末、側近のムスタファ新首相のもとで新たな内閣を発足させた。一方、UAEは以前から自治政府には汚職体質があるとして不満を抱いてきた。

報道によると、口論があったのは4月29日にサウジアラビアの首都リヤドで開かれた会議。アブドラ氏は会議終盤、自治政府は目立った改革を実行していないと指摘し、「アリババ」などと罵倒。自治政府の高官は「役立たず」だとして、「人間を入れ替えても結果は同じだ」「なぜUAEが支援しないといけないのか」などと語った。

これに対し、シェイク氏は「自治政府の改革に誰も口出しするな」などと怒鳴り返し、激しい口論になった。憤慨したアブドラ氏は席を立ったという。

会議にはブリンケン米国務長官やサウジ、エジプト、カタールなどの外相も出席していた。【6月7日 毎日】
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自治政府の指導部がどういう理由で「アリババと40人の盗賊たち」になぞらえられるのか・・・よくはわかりませんが、アラブ諸国にも自治政府に対する不満が鬱積しているようです。

ただ、自治政府に代わるべき当事者もいませんので、自治政府の「再生」を期待するしかありませんが・・・
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インド “民主主義が機能している”ことを示したが、選挙結果は“民主主義が病んでいる”証かも

2024-06-06 22:58:24 | 南アジア(インド)

(インドではここ数年で数百万人が農業の仕事に戻った 【6月4日 WSJ】)

【圧勝オーラ全開のモディ首相を止めた今回選挙結果は、“インド民主主義はまだ機能している”ことを示した】
圧勝が(ほぼ確実視・・・と言っていいぐらいに)予想されていたモディ首相率いる与党・インド人民党が議席を減らし、単独では過半数に達しないという結果になったインド総選挙の結果は周知のところです。

私個人も「経済・外交実績アピールと国民多数派の宗教感情をくすぐる強烈なヒンズー至上主義で、モディ与党が圧勝するのだろう・・・」と単純に考えていましたが、その不見識を棚に上げて言えば、選挙というのはやってみないと分からないと言うか、先進国以外での「事前予測」とか「出口調査」というのは怪しいところがある・・・・という感じも。

結論から先に言えば、5月13日ブログ“インドの民主主義は病んでいる  「世界最大の選挙」を実施中も、その民主主義には疑念も”などでも再三インドの民主主義への疑念を示してきましたが、今回選挙結果ははからずも“インド民主主義はまだ機能している”こと、圧勝オーラ全開のモディ首相の言いなりには国民は動かないことを示すものと言えます。

与党連合では過半数を制していますので「敗北」という訳ではありませんが(実際、モディ首相は「勝利宣言」をしています)、与党が予想された数字とは異なる議席減になった結果については、「失業」や「物価」など経済への不満が、成長の恩恵が十分に及んでいない貧困層において強かったことが各紙で指摘されています。

****<14億の選択>インド総選挙で野党躍進「モディ氏の政治的敗北」 3期目、人気陰り****
インド下院の総選挙は5日、全議席が確定した。モディ首相が率いる与党インド人民党(BJP)は、小選挙区543議席のうち240議席にとどまり、単独過半数を割り込んだ。

与党連合全体としては過半数を確保したものの、モディ氏の圧倒的な人気に陰りが見え、3期目の政権運営は軌道修正を迫られることになりそうだ。

「(与党連合の)3期目が決まったのは明らかだ」。モディ氏は4日夜、BJP本部で支持者を前にこう語り、勝利宣言した。しかし、州別では国内最多の2億人を抱える大票田の北部ウッタルプラデシュ州で議席を半減させるなど、圧勝した2019年の前回選より60議席以上減らした。

地元メディアによると、与党連合全体では290議席超だった。モディ氏が約30分の演説で大幅な議席減に言及することはなかった。

一方、前回の52議席から99議席に躍進した最大野党・国民会議派のカルゲ総裁は記者会見で「国民はモディ氏に負託を与えなかった。これは彼の政治的な敗北だ」と述べた。選挙協力した地域政党の伸長も目立ち、野党連合では下院議席全体の4割を占めた。

インドは23年度の国内総生産(GDP)の成長率が8%を超えるなど高い経済成長を続ける一方、若者の失業は深刻で、増え続ける労働力人口に見合った雇用を創出できていない。

国際通貨基金(IMF)によると、23年の1人当たりGDPは中国の約5分の1にあたる2500ドル(約39万円)にとどまった。IT産業などに従事する高所得者はごく一部で、労働力人口の半数近くを占める農業や関連産業に従事する人々からは生活苦を嘆く声が上がる。

 ◇ヒンズー至上主義的な政策導入は難しく
ヒンズー至上主義団体を支持母体とするモディ政権は、人口の約8割を占めるヒンズー教徒の宗教感情に訴える政策を相次いで打ち出したが、経済的な不満を抑え込むには至らなかった。

象徴的なのが、ウッタルプラデシュ州アヨディヤを含む選挙区の結果だ。今年1月、ヒンズー教徒とイスラム教徒が所有権を争ってきたモスク(イスラム教礼拝所)跡地にヒンズー教寺院が開設され、BJPは長年の公約を実現して支持を固めたはずだった。

ところが直近2回の選挙で当選した現職は、ヒンズー教徒の下位カーストやイスラム教徒を支持基盤とする地域政党の候補に敗れた。この政党は改選前の7倍超の議席を獲得した。

複数の識者によると、与党連合が大勝すれば、低い地位のカースト集団に対する優遇措置が廃止されるとの警戒感が広がったという。地元の政治ジャーナリスト、サンジーブ・アチャリヤ氏は「野党側は、与党が議席を伸ばせば憲法が改正されると訴えた」と指摘。憲法は教育や就労の際、下位カーストの人らが一定の割合で優先されるとしており「与党は否定したものの、優遇措置がなくなることを恐れた人々が野党支持に回った」と説明する。

3期目に入るモディ政権は、これまでとは一転して大きな野党と対峙(たいじ)することになる。「与党は今後、地域政党の声に耳を傾けることが求められ、思い通りに法案を通すことはできなくなる」(アチャリヤ氏)。与野党で方向性に大差がない経済や外交面での影響は限られるが、ヒンズー至上主義的な政策の導入は難しくなるとみられる。【6月5日 毎日】
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“モディ、3期目”について言えば、野党側も政権奪取を目指すとしており、与党インド人民党(BJP)と連立を組む与党第2党テルグ・デサム党(16議席)、第3党ジャナタダル統一派(12議席)の動向次第というところです。まあ、順当に行けば与党連合を維持して“モディ、3期目”なのでしょう。最大野党「国民会議派」も無理な数合わせて政権をつかんでも、あまりいいことはないかも。

【モディ首相が「成長」を誇る一方で、「失業」「物価」に苦しむ貧困層】
“モディ政権が発足した2014年に世界10位前後だった経済規模は5位にまで上昇。23年度の実質国内総生産(GDP)の伸び率は前年度比8・2%で、世界屈指の高い経済成長を維持した。”【6月4日 産経】というモディ首相が誇る経済成長ですが、やや内実が伴っていないところもありました。

****経済成長も高失業率****
一方、国内で成長の実感は乏しい。地元誌が今年2月に実施した「インドが直面する課題」を問う調査では、「失業」と「物価高騰」が1位、2位を占めた。

特に失業率の高さは深刻だ。地元政策研究機関は、22年度のインドの失業率は7・5%で、15〜24歳の若者に限ると45%に達すると指摘した。22年にインド国鉄が3万5千人の募集を行ったところ、1250万人が応募する異常事態となった。

モディ氏が選挙戦でイスラム教徒を「侵略者」と呼んで、8割を占めるヒンズー教徒の支持を固めようとしたのは、経済面の不満から目をそらすためでもあった。

ただ、成長の果実を享受できない有権者の不満は確実に高まっており、与党連合の勢いをくじいた。

ヒンズー教徒を優遇するモディ政権は、3月には隣国からの移民に市民権を与える「市民権改正法」を施行したが、イスラム教徒を対象外とした。国内で広がる宗教的分断もBJPへの反発につながっている。【6月4日 産経】
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モディ政権が誇る成長の数字も、やや水増し的なところがあったようです。また、そうした数字に反映されない実態も。

****高成長インド経済、GDPに映らない実態****
一部指標に弱さが見られる中、エコノミストは経済の実際の強さを知りたがっている

インドの今年の経済成長率は主要国で最も高くなりそうだが、公式の数字だけでは実態は見えてこないとエコノミストは指摘する。

インドの昨年度(今年3月まで)の国内総生産(GDP)は速報値で前年度比8%以上の伸びを示した。インフラへの公共支出やサービス・製造業の伸びがけん引した。これは中国の成長率(約5%)を大きく上回る強さで、ナレンドラ・モディ首相が目指す2047年までの先進国入りに追い風となる。

ただ、インドのGDP算出方法では、成長の強さが実際より大きくなる可能性がある。公式統計に含まれない巨大な非公式経済の弱さを十分に反映してないことが一因だ。また民間消費や投資などの指標も軟調で、企業は法人税が引き下げられたにもかかわらず、事業拡張に資金を投じていないようだ。

ピーターソン国際経済研究所の上級研究員で元モディ政権首席経済顧問のアルビンド・スブラマニアン氏は、「もし人々が経済に対して楽観的なら、もっと投資して消費するだろう。実際にはどちらも起きていない」と指摘した。

GDPの内訳で最大の民間消費は4%増にとどまり、新型コロナウイルス流行前の水準に戻っていない。エコノミストによると、もし政府がコロナ下で始めた大規模な食料支給プログラムを続けていなかったら、もっと弱い数字だったかもしれない。

問題の一因はコロナを経たインドの現状だ。大手企業や公式経済の労働者はおおむね順調だが、国民の大半は非公式経済や農業に従事し、その多くが職を失った。

政府発表の昨年の失業率は約3%だが、調査会社インド経済モニタリングセンターによると、昨年度の失業率は8%だった。(中略)

エコノミストによると、非公式部門はこの10年でショックを3回経験した。16年の脱税対策の高額紙幣廃止で国内の紙幣の90%が価値を失い、翌年の税制改正で小規模企業の事務負担と経費が増え、さらにコロナ禍に見舞われた。

その結果、都市部で雇用が悪化し、この数年で数百万人が農業の仕事に戻った。
鉄道の月間利用者数の回復が弱いことは、人流が完全には戻っていないことを示している。ANZリサーチのエコノミスト、ディラジ・ニム氏はこう指摘し、「おそらく農場は今も過密状態だろう」と述べた。

インドのGDPは、公式部門の企業の指標を使って非公式部門の活動状況を推計するため、非公式部門に残っている弱さを把握しきれない。その結果、政府が十分な経済対策を打てなければ、問題が生じかねない。

「間違いなく、インドのさまざまな経済指標は公式のGDPとはやや異なる方向を向いている。だがそれはインドに限ったことではない」。ガベカル・リサーチの新興国市場シニアアナリスト、ウディス・シカンド氏はこう話し、「それよりも重要なのは、統計の不正確さが体系的かつ広範囲に及び、経済政策当局の判断を鈍らせているかどうかだ」と述べた。(中略)

算出方法の変更もおそらく影響している。インドは15年に時価で算出するGDPに移行し、これを物価変動の影響で調整して実質GDPを算出するようになった。これで経済を計測する精度が向上すると思われた。

だがインドの調整方法では、商品(コモディティー)価格が下落する一方で他の物価が高止まりしていた場合、GDP成長率が実際より大きくなる可能性があるとスブラマニアン氏は指摘する。これが原因で昨年度の成長率が実際より2ポイントほど高い数字だった可能性があるという。(中略)

一部の経済活動がコロナ禍の打撃から持ち直している兆しもある。(後略)【6月4日 WSJ】
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【投票行動を反映しなかった出口調査】
事前予測はともかく、出口調査とも大きく異なる結果になったことについては、以下のようにも。

****インド総選挙の出口調査、低所得者らの意向捉えられず=調査機関****
インド総選挙の出口調査では、社会的、経済的に下位とされる層の不満を正しく把握できず、与党への支持を過大評価していた可能性があることが分かった。

5つの調査のうち3つは、モディ首相のインド人民党(BJP)が2019年の303を上回る議席を獲得する可能性があり、ラフル・ガンジー氏の国民会議派が率いる野党連合が125─182議席を獲得すると予測していた。これを受けて、選挙結果発表を前に株式市場や通貨ルピーは上昇した。(中略)

調査会社アクシス・マイ・インディアのプラディープ・グプタ代表は、今回の調査では、合計170議席が争われたマハラシュトラなど複数の州の社会的下位の層の有権者の動向を捉えられなかったと説明した。これらの州ではBJPが19年と比較して45議席を失った。

グプタ氏は、こうした社会層では政治的見解の異なる関係者からの攻撃を恐れ、投票先を明らかにしない有権者が多いと指摘。多くの女性有権者が代理で回答を頼んだため、投票行動が誤って推定されたとも言及した。【6月6日 ロイター】
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【モディ首相・与党と民心にはズレが 批判を封じ込んできた結果民心が政権に届かなくなっているなら、“インドの民主主義は病んでいる”ことを示した選挙結果とも】
総じて言えば、成長の成果を誇り、ヒンズー至上主義で多数派ヒンズー教徒の歓心を買おうとするモディ首相・与党と民心にはズレがあったようです。

****インドのモディ首相、3期目維持も離れた民心****
与党BJPは単独過半数割れ

インドのナレンドラ・モディ首相は3期目を維持しようとしているが、同国の有権者はヒンズー至上主義者のモディ氏に圧倒的な過半数を与えず、大きく背を向けた。国民の間では高い失業率やインフレへの不満が高まっていた。(中略)

今回の結果によって、モディ氏の無敵オーラは崩れ去ったと政治専門家は指摘する。73歳の同氏は長年、自身のカリスマ性に頼って有権者を引きつけてきた。今回の選挙に至るまで何カ月にもわたり、全国各地で大々的に活動してきた。

印シンクタンク、オブザーバー研究財団(ORF)系の政治アナリスト、ラシード・キドワイ氏は「選挙結果はモディ・ブランドが弱体化したことを示している」と指摘。「これは大きな敗北だ」と述べた。(中略)

モディ氏はヒンズー教の国としてのアイデンティティーを前面に押し出してきた。インドの宗教的少数派では最大勢力のイスラム教徒は、ヒンズー教のナショナリスト的な考えがより顕著になる中で、自分たちが政治的に無視されており、暴力の標的にされることがあると訴えている。

しかし、ヒンズー至上主義的なモディ氏の支持基盤を奮い立たせようとする試みは、ウッタルプラデシュ州では失敗に終わった。インドで最も人口が多く、政治的な動向を見る上で注目される同州では、野党が獲得した議席数の合計がBJPの議席数を上回った。BJPの議席数は、2019年総選挙での62議席から30議席前半へと大きく減少した。

政治専門家によれば、多くの人々が経済問題に不満を抱え、票を投じたとみられる。一部の有権者は、インドのイメージにある「ズレ」を問題視している。

派手で裕福な有力者が住む世界的な経済大国としてのイメージと、何億人もの人々が暗い雇用の見通しと物価高に直面し、政府が提供する無償の食糧配給制度に頼らざるを得ない状況に置かれているというイメージとのズレだ。

ウッタルプラデシュ州出身のモハンマド・アハメドさん(42)は、農場での日雇い労働の仕事を求める他の多くの人たちと共に、村の主要な交差点に立っていると語った。この6年間でそうした人の数は10倍に増えたという。

「モディ氏は無料で食料を配ってくれたが、仕事は与えてくれなかった」とアハメドさんは言う。「モディ政権下の10年で富裕層はより大きな力を得たが、貧困層は一層無力になった」

今回の選挙では、アハメドさんは野党の国民会議派に投票した。「以前はモディ氏のことを父親のように思っていたが、彼は私たちを失望させた」

公共政策の専門家ヤミニ・アイヤル氏によると、ウッタルプラデシュ州はヒンズー至上主義の実験場となってきたため、同州での選挙結果は特に潮流の変化を物語っている。

アイヤル氏は「人々の日々の暮らしに関わる失業やインフレといった問題は重視される」と指摘。インドを2047年までに先進国に変えるとの公約を掲げた選挙活動を通じて、モディ氏が意図せずにこうした問題を鮮明にしてしまった可能性があると語った。

また宗教面では、人々は「ヒンズー至上主義が唯一の選択肢として提示されてきたことにうんざりしていた」と同氏は述べた。

隣接するマディヤプラデシュ州で農業に従事するデビ・シン・マルビヤさん(34)は、BJPは一般市民の関心事である日々の生計に関する問題を解決するのではなく、世界でのインドの成功を言い立てることに熱心過ぎると語った。マルビヤさんは、過去の国政選挙ではBJPを支持してきたが、投票先を野党に変えたという。

マルビヤさんは村人の多くが同じように投票したと考えている。「BJP主導の政権は今ある問題に焦点を合わせていない。代わりに、2047年に向けた目標を掲げている。この10年で上がったのは失業率と物価だ」

モディ政権が権力を利用して批判を抑え込んだことで、多くのインド人が直面している経済的な不安を深いところまで理解できなくなっていた可能性があると、政治専門家は指摘する。

報道機関や市民団体は税務調査や捜査を受けている。国民会議派は選挙を前に税回収措置を受けることが増え、別の野党の党首アルビンド・ケジリワル氏は汚職容疑で逮捕された。汚職の追及において、捜査当局は適正な手続きを踏んでいると政府は主張している。

インドを専門とする英オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院のマヤ・チューダー准教授(政治学)は、政府が反対意見を封じると、選挙の時しか一般市民の考えは届かないと指摘する。

野党の躍進は、国民会議派の「顔」であるラフル・ガンジー氏による草の根運動が大きいと政治専門家は評価する。ガンジー氏は近年、国内を徒歩で巡って一般市民と接し、雇用促進と社会分断の緩和を演説で訴えてきた。

ガンジー氏はまた、BJPが3分の2の過半数(当初同党が獲得見込みだとしていた数)を獲得した場合、同党は政府機関や大学への少数派の就職・入学枠を保証するアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)の廃止など、憲法を劇的に変える可能性があると警告していた。【6月5日 WSJ】
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モディ政権が権力を利用して批判・反対意見を抑え込んできた結果、一般市民の考えが政権に届かなくなってしまっているとしたら、単に政策レベルの問題を超えて、モディ政権、さらにインド社会にとって事態は深刻です。

冒頭で、今回選挙結果ははからずも“インド民主主義はまだ機能している”ことを示したとも書きましたが、上記視点から言えば、今回結果自体が“インドの民主主義は病んでいる”ことを示しているという見方もできます。
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フランス  欧州議会選挙でマクロン与党を極右「国民連合」が圧倒の予測

2024-06-05 22:50:43 | 欧州情勢
(2022年11月5日、フランスの極右政党「国民連合(RN)」の党首に、ジョルダン・バルデラ氏(当時27歳、写真右)が選出された。ルペン氏(写真左)の後任となる。【2022年11月7日 ロイター】)

【欧州議会選挙でマクロン与党を圧倒する極右「国民連合」 次期大統領選挙の試金石】
6〜9日に実施される(フランスを含め大半は9日に実施)EUの欧州議会選で、フランスでは、欧州議会で親EU中道会派「欧州刷新」の中核を担うマクロン大統領の与党連合を右翼会派「アイデンティティーと民主主義(ID)」に所属する極右政党、国民連合(
RN)が圧倒する勢いです。

その結果は、27年に行われるマクロン後継者vs.国民連合の事実上の指導者ルペン氏による次期大統領選挙を占う試金石とも見られています。

****欧州議会選、フランスは極右政党の圧勝か 焦り隠せないマクロン仏大統領****
6〜9日に実施される欧州連合(EU)の欧州議会選で、フランスでは移民制限などを訴える極右政党、国民連合(RN)がマクロン大統領率いる与党連合に圧勝する勢いをみせている。RNが勝利すれば、2027年の次期仏大統領選の行方にも影響しかねず、マクロン氏陣営は警戒を強めている。

「マクロン氏は時代遅れだ。私たちがフランスと欧州を再編する」。RNのバルデラ党首は2日、パリで開かれた集会で高らかに宣言した。集まった約5千人の支持者は「フランスを救えるのは国民連合だけだ」と歓声を上げた。

独の次に多い議席が割り当て
欧州議会(定数720)は、27加盟国に人口比で議席が配分されており、フランスはドイツ(96議席)の次に多い81議席が割り当てられる。

欧州議会選では極右・右派政党の伸長が予想されるが、特にRNの勢いは際立っている。仏調査会社IFOPによると、5月末でRNの支持率は33・5%と首位。欧州議会で親EUの中道会派「欧州刷新」の中核を担うマクロン氏の与党連合(15・5%)に倍以上の差をつけた。

RNが掲げる主張は、EUの域外国境管理の厳格化やEUの環境規制への反対だ。

フランスでは中東やアフリカからの難民や移民が急増し、麻薬密売など犯罪に手を染める不法移民も目立つため、その流入の制限を目指す。環境規制には物価高や農家の生産性低下を招くとの懸念が国民に広がっており、RNに共感する有権者は増加している。

RNはロシアの侵略が続くウクライナへの軍事支援拡大にも否定的で、「支援疲れ」が進む中、RNの姿勢を支持する国民も多い。2月のIFOPの調査では、欧州諸国がウクライナに兵器を供与する方針に賛成する仏国民は50%で侵略開始時より15ポイント低下した。

27年の仏大統領選の行方を占う
仏メディアは欧州議会選を「マクロン氏(を評価する)国民投票」とし、27年の仏大統領選の行方を占う試金石とも位置付ける。フランスでは大統領の3選が禁じられ、現在2期目のマクロン氏の再登板はない。

一方、RNでは22年の前回大統領選決選投票でマクロン氏と争い、今も党を事実上率いる前党首のルペン氏の出馬が取り沙汰される。RNが欧州議会選で支持を盤石にすれば、マクロン氏が「後継」を立てても苦戦となる可能性が高まる。

焦りを隠せないマクロン氏は5月下旬、ルペン氏との公開討論会を提案。「欧州の守護者としてRNの正体を暴く」と表明し、討論会で形成逆転を目指す意欲を見せた。

一方、ルペン氏はマクロン氏が欧州議会選で敗北した場合の辞任などを約束すれば参加する考えを示した。欧州政治の専門家は「討論会が実現しても、マクロン氏が独走するRNを追い越すのは困難だ」と分析している。【6月4日 産経】
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マクロン大統領が公開討論会を持ち出したのが、17年と22年の仏大統領選の決選投票で、マクロン大統領がルペン氏との討論会を有利に展開し、勝利に結び付けた成功体験があるからです。

ルペン氏からすれば、大統領選挙でもないし、まして自身は現在党首でもない立場ですから、敢えて公開討論会に臨む必要性はさらさらない「馬鹿言ってんじゃないよ」といったところ。

【若者に支持を広げた国民連合党首、バルデラ氏 28歳】
ルペン氏に代わって極右「国民連合」を率いているのがジョルダン・バルデラ党首、28歳ですが、なかなかの人気のようです。

****28歳「極右アイドル」が旋風 逆風にあえぐ46歳大統領 若手台頭止まらぬ仏政界****
フランスで極右「国民連合」を率いるジョルダン・バルデラ党首(28)が、9日投票の欧州連合(EU)欧州議会選を前に旋風を起こしている。移民流入の阻止を掲げ、党は支持率で首位を独走する。かつて若手のホープだったマクロン大統領(46)は与党の低迷にあえぐ。

国民連合は、大統領候補だったマリーヌ・ルペン下院議員(55)が「党の顔」だった。バルデラ氏は23歳で欧州議員に当選し、2年前、ルペン氏の後継者として党首になった。

選挙集会、まるでクラブ
インターネット中継された選挙集会を見ると、まるでディスコ会場のよう。レーザーライトが照らす会場で、DJが司会を務める。バルデラ氏が「早急に移民対策を建て直さないと、われわれの文明が死に絶える」と声を張り上げると、歓声が沸き、フランスの三色旗が一斉にたなびく。

最新の世論調査で、同党の支持率は33%。2位のマクロン与党(16%)を大きく引き離し、2019年に行われた前回欧州議会選の得票率(23%)をしのぐ勢いだ。

党は治安悪化を懸念する中高年を支持基盤としてきたが、バルデラ氏は若者に支持を広げた。25歳以下の有権者の党支持率は32%。18〜19歳の男性では49%に達し、カリスマ的人気がある。

バルデラ氏はイタリア系移民の息子。パリ郊外の移民街で育ち、暴動や麻薬取引の横行を見て育った。イスラム過激派の浸透に警鐘を鳴らし、交流サイト(SNS)をフル回転して「マクロン体制打倒」「フランスを建て直す」と訴える。動画投稿サイトTikTok(ティックトック)のフォロワーは、130万人を数える。「人種差別の異端政党」とされた党のイメージを大きく変えた。

34歳首相と論戦
マクロン大統領は今年1月、仏史上最年少となる34歳のガブリエル・アタル首相を起用し、巻き返しを狙った。5月末にはアタル首相をバルデラ氏とテレビ討論で対決させ、国民連合の脆弱な経済、EU政策を攻撃した。それでもバルデラ人気に歯止めをかけられない。

マクロン氏もかつては、若い有権者に支えられた。2017年、仏史上最年少の39歳で大統領選に勝ったとき、「政治刷新」を訴えて、中高年層を基盤とする保革2大政党の候補を破った。7年を経て「体制の顔」となったマクロン氏に、若者の視線は冷たい。25歳以下の与党支持率は6%に低迷する。

フランスで、今回の選挙戦を担う若手政治家はバルデラ氏だけではない。保守本流「共和党」は38歳、共産党は28歳、急進左派は34歳をそれぞれ、比例代表名簿の1位に据えて支持を競う。

若い政治家が求められるのは、ウクライナ戦争や移民流入、インフレなど課題が山積する中、政治刷新を求める有権者の願望のあらわれでもある。仏政界ではもはや、40代は「若手」では通らない。【6月5日 産経】
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「国民連合」バルデラ党首が28歳 与党のアタル首相は仏史上最年少となる34歳 マクロン大統領が17年に勝利したときが39歳 保守本流「共和党」は38歳、共産党は28歳、急進左派は34歳をそれぞれ、比例代表名簿の1位に据えて支持を競う・・・・もちろん若ければいいという話ではありませんが、老害のアメリカ、同様傾向の日本と比べると・・・・。

【マクロン大統領「欧州は消滅の危機に直面する」 その指摘はもっともなところがあるものの、マクロン氏の言動には矛盾も】
上記のような欧州議会選挙状況、更にロシアの侵略、アメリカとの確執、欧州経済の停滞などを受けて、マクロン大統領は「欧州は消滅の危機に直面する」と危機感を露わにしています。

その言い分にはもっともなところはありますが、ただ、マクロン大統領の言動には首尾一貫しないところも。

****<欧州消滅の危機は本当?>説得力に欠けるマクロン大統領に期待しなければならない理由****
欧州に消滅の危機が迫っているとのマクロンの発言について、ワシントン・ポスト紙の欧州担当コラムニストのホックステーダーが、2024年5月8日付の同紙で、メッセージは正しいがマクロンが言うのでは説得力がないと批判的に論評している。

マクロンは、欧州はロシアの侵略、米国の離反そして欧州経済の停滞と台頭するポピュリズムにより消滅の危機に直面していると警告した。欧州に関するマクロンの分析の重大さを否定することはできない。

マクロンの問題は、演説の内容ではなく、メッセンジャーとしての資質にある。フランスの指導者とフランス自体ができることをやっていないのだ。7年を経過し、マクロンの国内外での信頼は低下している。

欧州の苦難に対する彼の鋭い読みは現実に根ざしているが、その現実を自分の思う方向に変える彼の能力には疑問がある。一つは、マクロン自身が矛盾の塊である。

マクロンは、防衛、金融、科学および気候変動対策において、欧州統合の強化を一貫して主張してきた。しかし、彼は、直近では、唐突に欧州のウクライナへの軍隊派遣を検討するよう呼びかけたように、ドイツとの関係を維持することに失敗している。

彼は、自分の個人的な説得力によってプーチンにウクライナへの全面的な侵攻を中止させることができると考えていたが、ロシアを敗北させることでしかヨーロッパの安全保障を守ることはできないと主張するようになった。同時に、フランスは、ウクライナへの軍事援助としていくつかの重要なハードウェアは送っているが、全般的には遅れをとっている。

マクロンのメッセージの力は、彼の政治的困難と連動している。マクロンの実績を支持しているのは国民の3分の1以下で、彼の中道連合は国民議会で過半数を失った。6月の欧州議会選挙を前に、彼の穏健派陣営は反移民ポピュリストに差をつけられている。

フランス経済は、ユーロ圏ではドイツに次いで第2位だが、債務と財政赤字の増大のなか困難に直面している。フランスの会計検査院院長は最近、フランス国債の債務返済額は過去3年間で倍増していると警告した。

つまりフランスは、ウクライナ支援や防衛産業の強化、気候変動対策等のために資金繰りに奔走しながらも、今後数年間は赤字削減目標の達成のために数百億ドルの支出削減が必要になるということだ。

マクロンは、今年初めに欧州のパートナーたちにウクライナに欧州軍を駐留させることを検討するよう要請し、圧倒的反対にもかかわらず撤回を拒否している。

問題は、マクロンの考えに重みがないわけではないが、自らの地位が低下している大統領として、この時点での発言は欧州の将来をめぐる戦いにおけるかすかな一撃にすぎない。

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【論評】
マクロン演説の意図
(中略)「欧州の消滅の危機」といった言葉で注目を引くのはマクロンの得意とする手法である。7年前にマクロンは欧州連合(EU)の将来ビジョンを打ち出したが、今回の演説はその後の国際情勢の変化を反映し、ロシアに勝利させてはならないとの認識を示し、米国に依存しない欧州独自の安全保障の枠組み構築を主張している。

この演説は、現状分析は良いが、対応策については、昨年の総選挙以来、国内での政治基盤が弱体化し、言行不一致の傾向があり、特に2月の唐突なウクライナ駐留論で、欧州内の分裂を際立たせたマクロンに実現可能であるとは思えないと否定的な反応が見られた。

この演説は、6月の欧州議会選挙を前に、ルペンらのポピュリズム勢力に大きなリードを許していることを意識し、ウクライナ支援やEUの結束の重要性を世論に訴えて巻き返そうとしたとの見方もある。

特に、EUの結束という場合には、フランスとドイツが両輪となってリーダーシップをとるのが通常であるが、マクロンとショルツの間には、ウクライナ支援をめぐる不協和音が既にあり、それがマクロンのウクライナ駐留論で更に深刻化してしまった。

マクロンが何を言ってもドイツ他EU諸国が付いていかないであろうし、フランスが率先して軍事面、経済面で実質的な措置を講ずることも、フランスの財政事情に鑑みれば難しいだろうとこの論説は見ている。

それでも、EUは協調の余地がある
確かに、マクロンの提唱したさまざまな措置を実現していくことは容易ではなく、欧州議会におけるポピュリストの台頭でEU自体が機能不全に陥る可能性もある。

しかしそれ故に、EU強化という方向性は正しいものであり、外交に関するフランス大統領の権限は強力で、また他のEU加盟国にEUの将来ビジョンを提示する強い指導者がいるわけでもなく、結局、マクロンの諸提案を一つとしてEU委員会及び加盟国内の議論が進むのだろう。(後略)【6月5日 WEDGE】
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【右派・極右勢力伸長が予測されている欧州議会 グレタ世代の環境戦士も政治を目指す】
欧州議会選挙に話を戻すと、マクロン大統領は5月27日、欧州で「悪い風が吹いている。目覚めよう」と述べ、強権主義的な極右勢力の台頭により自由や民主主義が脅かされていると警鐘を鳴らしています。

フランスに限らず右派・極右勢力の伸長が予想されているのは、これまでも何度も取り上げてきたところです。

****欧州議会選まで約1週間 移民問題やウクライナ支援疲れで右派伸長の見通し****
6〜9日に欧州連合(EU)加盟27カ国で実施される欧州議会選(定数720)まで1週間を切った。急増する移民への不満やロシアのウクライナ侵略の長期化に伴う「支援疲れ」が広がり、自国の利益を優先する極右や右派のEU懐疑派勢力が伸長する勢いだ。移民受け入れやウクライナ支援などの政策に影響を与える可能性もある。

「欧州に悪い風が吹いている」
フランスのマクロン大統領は5月27日、ドイツ東部での演説で、懐疑派勢力が支持を広げている状況に危機感を示した。

米政治専門サイト「ポリティコ」の5月31日時点の予測によると、EUに懐疑的な極右の「アイデンティティーと民主主義(ID)」と右派の「欧州保守改革(ECR)」の2会派は計144議席を獲得。初めて両会派が20%の議席を占め、議会運営を長年主導してきた最大会派の中道右派「欧州人民党」(EPP)の170議席に次ぐ規模となる見通しだ。

特に、仏極右政党、国民連合(RN)などで構成するIDはポリティコの5月上旬の予測で現有議席から20議席以上を増やす躍進が見込まれた。

一方、親EU勢力の会派は伸び悩む。ポリティコの5月31日時点の予測で欧州人民党は現有議席から7議席、マクロン氏の与党連合が中核を担うリベラル派「欧州刷新」は26議席を失うとみられている。

欧州の政治学者、サイモン・ヒックス氏は今回の議会選で「(懐疑派勢力の台頭により)EUが大きく右傾化するだろう」とみる。
EUが増加する移民やウクライナ侵略にともなうエネルギー価格の高騰への対応に手間取る中、懐疑派勢力は不満の受け皿となって支持を拡大。昨年11月のオランダ総選挙では反移民を訴える極右の自由党が初めて第1党となった。今年3月のポルトガル総選挙も極右政党「シェーガ」が議席数を4倍近く増やした。

懐疑派勢力は国家主権を重視し、移民受け入れの厳格化やEU主導の環境規制の見直しを要求。IDはウクライナ支援に否定的で、RNのルペン氏は対露制裁に反対したことがある。IDは「(EU主要機関が集まる)ブリュッセルの1万人の官僚を解雇する」と主張。極右が勢力を拡大すれば移民受け入れやウクライナ支援などの政策への修正を求める圧力が強まるとみられる。

欧州議会が多数決で承認する欧州委員長の人事も議会選の結果に左右される。自身の所属政党がEPPに参加するフォンデアライエン氏は欧州委員長候補として2期目続投を目指すが、勢力を強めた懐疑派が再選に反対する可能性がある。

ただ、IDは5月23日、極右政党、ドイツのための選択肢(AfD)を会派から除籍すると発表した。AfDの欧州議会選候補がナチス・ドイツを擁護する発言をしたためで、懐疑派勢力には打撃になりそうだ。【6月1日 産経】
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少し視点を変えると、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんから影響を受けて育った若き活動家らが欧州議会を目指しています。

****デモやめ政界へ、欧州議会目指すグレタ世代の環境戦士ら****
抗議行動から政治の世界へ。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんから影響を受けて育った若き活動家らが、成人しつつある。そして、路上で抗議しているだけでは不可能だった変革を実現するため、政治の世界を目指そうとしている。

学生ストライキの先頭に立ったトゥンベリさんにインスパイアされた約20人の「環境戦士」らは、気候変動との戦いにおいて、横断幕を掲げる代わりに、パリからプラハに至る各地で選挙運動を開始している。

典型的な例が、チェコ出身のペトル・ドブラフスキーさん(22)だ。

ドブラフスキーさんは高校生だった2018年に、トゥンベリさんが気候変動対策を求めて起こした学生ストに同調し、チェコ支部を共同で創設。デモ行進のため、毎週金曜日の授業をボイコットした。

現在はブルノ大学で経済と環境を学んでいるが、政界の表舞台への第一歩を踏み出すことを決意した。6月の欧州議会選挙で緑の党から立候補する。

チェコの被選挙権年齢は21歳であり、今回がドブラフスキーさんにとって最初の立候補の機会だ。だがこのたび決意に至った理由は、単なる年齢の問題ではない。

「出馬に当たって考えるべきことはたくさんあった」。ドブラフスキーさんはトムソン・ロイター財団の取材に対し、政界ではなく社会の中でうねりを起こすことと、政界内部から改革に向けた立法を行うこと、それぞれの長所や短所を簡潔に語った。

これまで行っていた、議会近くでの抗議活動について、ドブラフスキーさんは「市民的不服従運動には、政治と同様の正当性がある」と語る。

だがその一方で、建国から日の浅いチェコ共和国には国内育ちのロールモデルが不足しているとも感じている。
「特にチェコにおいては、草の根の活動を経て政治の世界に入る人材が不足している」(後略)【6月2日 ロイター】
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なお、現欧州議会で第4党である欧州緑の党は、第5か第6党に後退する見通しです。
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メキシコ  初の女性大統領 強権的麻薬取締りを避ける現政権を踏襲 女性権利に関する公約なし

2024-06-04 22:32:43 | ラテンアメリカ

(【6月3日 ロイター】 メキシコ初の女性大統領となったシェインバウム氏)

【メキシコ初の女性大統領 麻薬カルテルに対しては強権的に取り締まるよりも、「犯罪の根本に対処する」という現政権の方針を踏襲】
2日に行われたメキシコ大統領選挙では、事実上与野党の女性候補同氏の対決となり、ロペスオブラドール大統領の路線継続を訴えた左派与党「国家再生運動」のクラウディア・シェインバウム前メキシコ市長が当選し、メキシコ初の女性大統領が誕生しました。

*****シェインバウム氏が当選確実=初の女性大統領誕生へ―メキシコ****
メキシコで2日、大統領選が行われ、即日開票の結果、格差是正に取り組んだロペスオブラドール大統領の路線継続を訴えた左派与党「国家再生運動(MORENA)」のクラウディア・シェインバウム前メキシコ市長(61)が当選する見通しとなった。同党が出口調査に基づいて発表した。当選が決まれば、メキシコ初の女性大統領が誕生することになる。任期は10月から6年間。

選挙は事実上、シェインバウム氏と野党連合のソチル・ガルベス上院議員(61)の女性候補同士の一騎打ちとなっていた。シェインバウム氏は最近のX(旧ツイッター)への投稿で「国を平和と安全、民主主義、自由、正義の道に導くことが責務だ」と表明した。

中央選管によると、開票率1%未満の時点で、得票率はシェインバウム氏が59%、ガルベス氏が29%となっている。

選挙戦では、麻薬カルテル同士の抗争で悪化した治安が大きな争点に浮上した。シェインバウム氏は、犯罪組織を強権的に取り締まるよりも、「犯罪の根本に対処する」という現政権の方針を踏襲すると表明。これに対して、ガルベス氏は「犯罪者を抱擁し、市民に銃弾を向けるものだ」と批判した。

問題の深刻さを裏付けるかのように、同時に行われた地方選挙では候補者が殺害される事件が相次いだ。安全な投票が確保できないとして、一部の自治体で投票が中止に追い込まれた。【6月3日 時事】 
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いわゆる“メキシコ麻薬戦争”については、これまでも再三取り上げてきましたが、今回選挙で同時に行われた議会選挙・地方選挙候補者が射殺される事件が相次ぎました。

****メキシコ初の女性大統領誕生の裏で「大規模選挙で候補者38人死亡」血で血を洗う政争****
メキシコ近代史上最も血なまぐさい選挙戦を制し、初の女性大統領が誕生する。メキシコ大統領選が2日投開票され、現職ロペスオブラドール大統領の路線継承を掲げる左派与党「国家再生運動(MORENA)」のシェインバウム前メキシコ市長(61)が当選した。その裏で大規模な選挙戦では38人の候補者が死亡したとみられ、血で血を洗う政争が繰り広げられていた。(中略)

2018年から政権を率いたロペスオブラドール氏は、雇用と職業訓練、年金の拡充などポピュリスト的政策を進めて貧困層を中心に高い支持率を維持。後継のシェインバウム氏が得票につなげた。

上下両院選や地方選も合わせ2万以上のポストを巡って投票が行われ、同国史上最大規模の選挙となったが、最も血なまぐさい選挙にもなった。

メキシコ紙「ユニベルサル」によると、候補者への襲撃が321件も発生し、うち37人が殺害されたという。別のメディアは38人死亡と報じている。また、2日に投票所で2人殺害されたという情報もある。最終的な死者数は増えるかもしれない。

ある市長候補は、集会で支援者に囲まれ笑顔を見せていた時に銃撃され、死亡した。襲撃犯はその場で警備員に射殺されたという。候補者への脅迫は800件を超える。候補者が脅迫、襲撃、誘拐、殺人の標的となった。

メキシコ事情通は「ロペスオブラドール大統領は麻薬カルテルとの戦いにはほとんど手を出さず、ポピュリスト政策を推進し人気を保ちました。一方、麻薬カルテル同士が米国への麻薬密輸ルートの領土争いをし、人身売買が増加しました。治安は悪化し、ロペスオブラドール統治下で18万人以上が事件で死んでいます。メキシコ近代史で最多だそうです」と指摘する。

大統領選ではシェインバウム氏と、中道右派「国民行動党(PAN)」など主要野党3党の公認候補ガルベス上院議員(61)の一騎打ちだった。ガルベス氏は、麻薬カルテルとの対決を避けようとするロペスオブラドール大統領および路線継承するシェインバウム氏の「銃弾ではなく抱擁」政策を批判し、犯罪者を積極的に追及することを誓っていた。

「野党側候補が襲われただけでなく、与野党関係なかったそうです。麻薬カルテルと癒着した地方役所、地方議員がおり、麻薬カルテルにとっては癒着相手が変わってほしくないということです。『立候補をやめなければ殺す』という脅迫から、殺害に至るケースが多かったようです」と同事情通は話している。【6月4日 東スポWEB】
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“犯罪組織を強権的に取り締まるよりも、「犯罪の根本に対処する」という現政権の方針を踏襲”、「銃弾ではなく抱擁」政策・・・・以前のカルデロン大統領時代(2006年末~2012年末)、麻薬カルテル鎮圧に軍を投入した強硬策により血で血を洗う抗争状態に陥り、極度の治安悪化を招いたことへの反省があってのことでしょうが、具体的に麻薬カルテルにどのように対処するのかよくわかりません。

現実に、治安状況はカルテルへの融和策に切り替わった後、むしろ悪化しているように見えます。

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カルデロン政権は、麻薬組織に対し極めて厳しい姿勢で対峙しており、逮捕したメンバーには峻烈な拷問が加えられているとも言われ、麻薬組織はメンバーが警察や軍に組織の情報を提供すると、そのメンバーの親族が殺害される等の掟があるが、厳しい拷問に耐えられず多くのメンバーが白状しているという。

また、有益な情報を白状したメンバーには恩赦が与えられたり、刑務所内で好きな物を食べさせたり、携帯電話やアルコール・煙草を与える等、特別待遇で優遇しているとも言われており、捜査当局・司法当局に対する根強い批判があるが、カルデロン政権の犯罪組織に対する壊滅作戦は着実かつ大きな結果を出しており、国内外問わず、高い評価を得ている。

メキシコ政府は「麻薬戦争は終わった」としているが、実際の状況は逆であり、2016年頃から抗争が再び激化し始め、2017年には死者数が過去最多となり、2018年にはそれを20%上回り過去最多を更新、更に2019年もそれ以上のペースで殺人事件が増加し、治安は最悪化している。【ウィキペディア】
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“国内外問わず、高い評価”かどうかは立場・視点によっても異なるでしょうが、前政権はカルデロン政権とは異なり、“麻薬カルテルとの戦いにはほとんど手を出さず、ポピュリスト政策を推進し人気を保ち・・・”というのが実態で、麻薬カルテルと政治・警察当局などとの癒着構造が放置されているようにも思えます。

カルテルを始めとして、麻薬に関わるような人間には殺し合いをさせておけばよい、一般の善良な市民には関係のないこと・・・ということでしょうか。

今回当選したシェインバウム新大統領は、そのカルテルへの不干渉・ポピュリスト政策推進を継承するとのことです。

【「冷静な科学者」との評価も】
シェインバウム新大統領については、「冷静な科学者」との評価も。

****メキシコ初の女性大統領シェインバウム氏、危機にも冷静な科学者****
メキシコ史上初の女性大統領に選出されたクラウディア・シェインバウム前メキシコ市長は、危機に際しても冷静さを失わず指導力を発揮することで知られる。

首都メキシコ市生まれ。ブルガリアとリトアニアのユダヤ系移民を祖父母に持つ。左派与党「国家再生運動」に属し、アンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール現大統領とは盟友関係にある。

ただしロペスオブラドール氏と異なり、「ポピュリストではない」と、南カリフォルニア大学のパメラ・スター教授は指摘する。

メキシコ国立自治大学で学んだ後、米カリフォルニアで研究者として数年過ごし、その間に英語力を磨いた。ノーベル平和賞を受賞した国連の「気候変動に関する政府間パネル」の活動にも貢献した。

公職に就いたのは2000年代初めで、メキシコ市の環境局長に起用された。
メキシコ市で区長を務めていた2017年、マグニチュード7.1の大地震で学校が倒壊し、子ども19人を含む26人が死亡した。この時、シェインバウム氏は、欠陥工事をめぐり区側の責任を否定。翌年にはメキシコ市長に選出された。

新型コロナウイルスの感染が拡大した時期には、多数の死者を出しながらも、科学的な手法とツールを活用して対応に当たった。(中略)

大学の同級生で、37年前からシェインバウム氏を知るギジェルモ・ロブレス氏は、自身の成功は眼中にないはずだと語った。「メキシコ愛が強い。多くの政治家が抱いているような野心はない。典型的な政治家とは全く異なるタイプだ」 【6月4日 AFP】
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“大地震で学校が倒壊し、子ども19人を含む26人が死亡した。この時、シェインバウム氏は、欠陥工事をめぐり区側の責任を否定”・・・・当局の不備を批判する活動家ではないようです。

【“初の女性大統領”ではあるものの、女性の権利拡大に関する公約はなし “男性にとって重要な問題に集中している」上に、中絶へのアクセスというデリケートな問題も避けて通った”】
性暴力が蔓延するメキシコにあって“初の女性大統領”ということで、女性の権利拡大などの面も注目されますが、シェインバウム氏は選挙戦では、家庭内暴力や、人工妊娠中絶へのアクセスを巡る不平等性に取り組む公約はしておらず、「女性大統領だから女性の権利拡大・・・」という話でもないようです。

****メキシコ初の女性大統領、「象徴」に終わるとの懸念も****
クラウディア・シェインバウム氏は、メキシコ大統領に選出された初の女性として歴史に名を刻んだ。だがフェミニスト活動家らは、この勝利が象徴の域を出ない可能性を懸念している。同氏は選挙戦で、家庭内暴力や、人工妊娠中絶へのアクセスを巡る不平等性に取り組むと公約しなかったからだ。

メキシコ市を拠点とするフェミニスト市民団体「シモーヌ・ド・ボーボワール・リーダーシップ・インスティチュート」のディレクター、フリン・サルゲーロ氏は「女性だからといって、女性の権利を推進する存在になるとは限らない」と言う。

気候科学者で前メキシコ市長のシェインバウム氏は、与党・国家再生運動(MORENA)から出馬。もう1人の女性候補者であるソチル・ガルベス上院議員を抑えて勝利したことで、メキシコ政治における女性参加率の高さが印象付けられた。

民主主義を推進する独立組織、列国議会同盟(IPU)のまとめによると、メキシコ議会では女性が議席の半分を占めている。世界で女性比率がこれより高いのは、ルワンダ、キューバ、ニカラグアの3カ国だけだ。

しかし研究者らによれば、メキシコで指導的立場にある女性が、男性よりも女性の権利向上に貢献していることを示す証拠はほとんどない。人口1億2600万人のこの国は、特に農村部で家父長制的な考え方が根強く残っている。

メキシコ国立自治大学の政治学者フラビア・フライデンバーグ氏の調査によると、2014年から19年にかけてメキシコ各地の地方議会で提出された2万4000以上の法案のうち、女性の暮らしを向上させる計画が含まれているものは4000件にとどまった。

「たとえ女性を議員や大統領に据えたとしても、進歩的もしくは実質的な平等という政策課題が守られるわけではない」と同氏は言う。

<男性にとって重要な問題>
それでも2日の選挙結果は、1955年にメキシコで女性に初めて投票権が認められて以来進められてきたフェミニズム運動が成功した証しだ、と女性の権利の専門家らは言う。

もっともシェインバウム氏もガルベス氏も、例えば、麻薬カルテル関連の暴力や気候変動問題に取り組む計画の一部として、ジェンダーを政策課題に挙げていない、とも専門家は指摘する。

「いずれの候補者もトランス女性の権利には言及していない。レズビアンの女性、先住民女性、障害がある女性についてもだ」と、グアナファト大学でジェンダーと民主主義を研究しているエリカ・ロペス・サンチェス教授は言う。

「彼女たちの政策課題は、男性にとって重要な問題に集中している」上に、中絶へのアクセスというデリケートな問題も避けて通ったと同教授は指摘した。

メキシコの最高裁判所は2021年、中絶に関する地方の刑事罰は違憲だと宣言し、その2年後には連邦政府が中絶を犯罪とすることも違憲であるとの判決を下した。

13の州では中絶を巡る刑法が廃止されたが、まだ19の刑法では中絶が合法化されていないか憲法上の権利に加えられていない。

シェインバウム、ガルベス両氏は、中絶に対する姿勢について明言していない。シェインバウム氏は、この問題は既に最高裁で解決済みであり、今はその他の女性の権利に集中すべき時だと述べた。

ロペス・サンチェス氏は「中絶について語れば、保守派の票に背くことになる。メキシコ社会はまだおおむね保守的なので、人気につながらないだろう」と語った。

<ジェンダー関連の暴力>
麻薬カルテルによる暴力の横行と闘うことは、新大統領の最優先課題となる。シェインバウム氏の政治的後ろ盾であるロペスオブラドール現大統領の下、ジェンダーに基づく暴力、特に少女と女性の殺害は連日のようにニュースの見出しになった。 

昨年、メキシコで記録された女性の殺人は831件。最新の政府統計によれば、今年に入ってからも246件に達している。

ジェンダー平等センター、EQUISの副ディレクター、マイッサ・ヒューバート氏は「メキシコではジェンダー暴力防止政策が失敗している。全ての責任を、国ではなく女性に課しているからだ」と話す。

シェインバウム氏は、大規模インフラプロジェクトから治安まで、軍の権限を拡大するロペスオブラドール政権の計画を継続する方針だ。ヒューバート氏は、これが女性に悪影響を及ぼすのではないかと懸念している。

「統計によれば、30万人の女性が、地域社会での暴力の加害者として軍人を挙げている。(軍隊が)地域社会に存在することは、女性に大きな影響を与えている」とヒューバート氏は言う。

フェミニスト団体への予算支援が減少していること、特に家庭内暴力の被害者をかくまうシェルターに対する支援が消えたことも、こうした団体から批判を浴びている。

メキシコ市長時代のシェインバウム氏は、フェミニスト団体と緊張関係にあった。彼女の師であるロペスオブラドール大統領は、フェミニスト団体が政府の行動について発言するたびに「反対派」のレッテルを貼った。

フェミニスト団体のサルゲーロ氏は「市民社会団体と政府の間に新たな対話と開放性が生まれ、私たちが興味深いプロジェクトを実施してきたことを認識してもらえることを願っている」と語った。【6月4日 ロイター】
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“「彼女たちの政策課題は、男性にとって重要な問題に集中している」上に、中絶へのアクセスというデリケートな問題も避けて通った”・・・・具体的な行動がなければ、単に大統領が女性になったというだけでは何も変わりません。

****メキシコで女性町長殺害、初の女性大統領選出の翌日****
メキシコ西部ミチョアカン州の町で3日、町長の女性が殺害された。同州政府が発表した。事件は、初の女性大統領にクラウディア・シェインバウム氏が選出されてから1日とたたずに起きた。

ミチョアカン州内務省によると、殺害されたのは同州北部コティハ町のヨランダ・サンチェス・フィゲロア町長。同省は、X(旧ツイッター)への投稿で殺害を強く非難した。

事件は、前メキシコ市長のシェインバウム氏がメキシコ史上初の女性大統領に選出され、性別に基づく暴力がまん延する同国での変革が期待される中で起きた。

現地メディアによると、2021年に町長に選出されたフィゲロア氏は公道で銃撃された。当局は、事件の詳細は明かさず、犯人逮捕に向けた作戦を開始とだけ述べた。

フィゲロア氏は2023年9月にも事件に巻き込まれている。この時は、隣接するハリスコ州グアダラハラのショッピングモールで拉致された。事件発生から3日後、連邦政府が同氏の生還について発表した。

現地メディアは当時、犯罪組織「ハリスコ・カルテル・ニュー・ジェネレーション」による犯行だと報じた。フィゲロア氏は組織の活動にあらがい、脅迫を受けていた。 【6月4日 AFP】
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インド  4日開票の総選挙 猛烈な熱波 選挙スタッフも大勢が熱中症で死亡 気候変動の影響か

2024-06-03 22:56:48 | 環境

(【6月3日 テレ朝news】)

【総選挙は予測通り与党圧勝 進む分断】
「世界最大の民主主義国」とされるインドでは投票所を約100万カ所に設置、約1500万人をスタッフを配置して4月19日から6月1日までの約1か月半の期間に、州や地域ごとに7回に分けて投票が行われてきましたが、あす4日に開票が行われます

出口調査では、選挙前の予測どおりモディ首相率いる与党「インド人民党(BJP)」の圧勝が示されています。

****インド総選挙、モディ氏与党連合が圧勝へ 出口調査****
インドで1日、下院総選挙の投票が終了した。テレビの出口調査によると、3期目を目指すモディ首相のインド人民党(BJP)を中心とする与党連合が過半数を大きく上回る勢いだ。

大半の出口調査は与党連合「国民民主同盟(NDA)」が下院543議席の過半数272議席を大幅に上回り、3分の2以上を獲得する可能性があると予測している。

5つの主要な出口調査のまとめによると、NDAは353─401議席を獲得する可能性がある。2019年の総選挙でNDAは353議席を獲得し、うち303議席をBJPが占めた。

5つの調査のうち3つは、BJP単独の議席数が19年の303を上回る可能性があると予測している。

ラフル・ガンジー氏の国民会議派を中心とする野党連合は125─182議席を獲得する見通し。

モディ氏は投票終了後、出口調査には言及せずに勝利を主張。「国民がNDA政権再選へ記録的な数の票を投じたと自信を持って言える」と述べた。【6月3日 ロイター】
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インド・モディ政権の抱える問題については、5月13日ブログ“インドの民主主義は病んでいる 「世界最大の選挙」を実施中も、その民主主義には疑念も”でも取り上げましたので今回は触れませんが、一つだけ関連記事を。

****分断広がるインド社会、モスク跡地にヒンズー寺院に「夢がかなった」「悪夢だ」****
(中略)モディ政権はヒンズー教の理念による国家統合を目指し、国内では少数派イスラム教徒が強く反発。インドの世俗主義が揺らぐ中、モスク(イスラム教礼拝所)跡地に1月、ヒンズー教寺院が建立された北部ウッタルプラデシュ州アヨディヤでは社会の分断が垣間見えた。

「ヒンズー教徒の夢」5カ月で1500万人
「ヒンズー教徒の夢がかなった。数百年間、この地に寺院を望んでいた」。寺院前で入場を待っていたスダ・シャルマさん(50)は寺院建立を歓迎した。シャルマさんは家族5人で自宅からバスを乗り継いで20時間以上かけてアヨディヤを訪れたという。

気温が40度を超える中、5月下旬のこの日、数万人の信者が集まった。1月の建立以来、寺院の来訪者は既に1500万人を超えた。「夢がかなった」とは大げさではなさそうだ。

アヨディヤでは16世紀、イスラム系王朝のムガル帝国がモスクを建立した。ヒンズー教徒団体は20世紀に入り、モスクのある地点がヒンズー教の聖地だと主張。1992年に一部信者が暴徒化してモスクを破壊し、全土で2千人以上が死亡する暴動に発展した。

2014年発足のモディ政権はヒンズー教徒の利益を最重要視し、アヨディヤでの寺院建立を公約に掲げた。選挙に間に合わせるように今年1月に行われた落成式典でモディ氏は「何千年経っても、人々はこの日を忘れないだろう」と万感の思いを込めた。「人々」とはヒンズー教徒を指すことは明らかだ。

イスラム教徒は「侵入者」
「古くからのモスクはもう再建されない。悪夢だ」。寺院周辺のにぎわいの一方、イスラム教徒の男性は暗い表情を浮かべた。取材に応じた地元イスラム教団体幹部のモハマド・カドリさん(32)は、「インドのイスラム教徒の未来は危険にさらされている」と憂慮した。

カドリさんによると、アヨディヤには寺院建立前からヒンズー教徒の流入が進むと同時に、イスラム教徒への迫害が広がったという。BJPの政治家によって、地域のモスクへの水の供給が遮断され、ヒンズー教徒による襲撃事件も相次ぐ。何者かによる暴行を2度受けたカドリさんは「ヒンズー教徒は聖地アヨディヤに住むイスラム教徒が邪魔で仕方がない」と話した。

モディ氏はヒンズー教徒を優遇する一方、イスラム教徒を軽視するかのような姿勢を示す。今年3月には移民に市民権を与える「市民権改正法」を施行したが、イスラム教徒は対象外とし、「宗教的差別だ」との批判が上がった。モディ氏は今回の選挙の集会でイスラム教徒を「侵入者」と呼んで、批判している。

モディ氏の姿勢に共鳴するかのように国内では反イスラム感情が高まり、ヒンズー教徒が神聖視する牛を売っていたイスラム教徒が殺害される事件も相次ぐ。米ピュー・リサーチ・センターの調査(21年発表)によると、過去1年で宗教的な差別を受けたと答えたイスラム教徒は21%で、地域によっては4割に上った。

カドリさんは選挙でモディ氏が圧倒的支持を受け、3期目に入ることを警戒する。「この政府が続けば、イスラム教徒への嫌がらせは倍増するだろう。憲法で保障された人権の尊重と反する」。その上で、過度なヒンズー至上主義が「世界最大の民主主義国」としての看板を傷つけかねないと訴えた。【6月1日 産経】
********************

【猛烈な熱波 選挙スタッフも大勢が熱中症で死亡】
モディ政権の「ヒンズー至上主義」についても再三取り上げてきていますので、今回はパス。
上記記事で気になったのは政治とは全く別の話で、“気温が40度を超える中、5月下旬のこの日、数万人の信者が集まった”という箇所。

インドは現在猛烈な熱波のさなかにあって、連日50℃前後の気温が報じられています。
そうした状況で、選挙スタッフも大勢が熱中症で死亡しているとか。

****総選挙中のインドで記録的熱波 投票所スタッフなど61人死亡****
総選挙の開票が4日に始まるインドは記録的な熱波に見舞われ、1日に投票所のスタッフ33人が熱中症で死亡したとCNNが報じました。

インドの気象当局によりますと、首都ニューデリーでは熱波の影響で先月29日に最高気温49.1度を記録するなど各地で猛暑が続いています。

CNNによりますと、インド北部のウッタル・プラデシュ州では総選挙の投票最終日となった今月1日に投票所のスタッフ33人が熱中症で死亡しました。

先月24日以降では少なくとも61人が熱中症や脱水症状などで死亡し、このうち43人は投票所のスタッフなど選挙の関係者だったということです。

気象当局は今後、数日間、熱波が続く可能性があるとして注意を呼び掛けています。【6月3日 テレ朝news】
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ウッタル・プラデシュ州だけで1日で投票所のスタッフ33人が熱中症で死亡・・・日本だったら選挙の中止も俎上に上がると推測されるような大変な事態です。

しかし、どうして投票所スタッフだけがこんな大勢亡くなっているのか?
全くの想像ですが、周囲の目がある投票所ではスタッフの異常がすぐに察知されますので、確認もしやすいのでしょう。逆に言えば、周囲の目が行き届かない住民の自宅などでは、表沙汰になることなくこの何十倍もの犠牲者が出ているのかも。

インドの高温は想像を絶するレベルにあります。

****インド首都で気温49.9度 観測史上最高****
インドの首都ニューデリーで28日、観測史上最高気温となる49.9度が記録された。インド気象局によると同日の予想最高気温を9度上回った。予報では29日の気温も同程度まで上がるとみられ、警報が発令されている。

ニューデリー当局は、人口3000万を超える首都の水不足についても警告している。

主要紙インディアン・エクスプレスによると、アティシ・マリーナ水資源相は、多くの地域で水の供給を減らし、1日当たり15〜20分しか供給されていない地域に給水するなど、さまざまな対策を講じていると主張している。

大方の見方では、猛暑をもたらしている要因は北西部ラジャスタン州から吹いてくる熱風だ。同州の28日の気温は、国内最高の50.5度を記録した。

同州の砂漠地帯ファローディでは、2016年にインド観測史上最高の51度が記録されている。 【5月29日 AFP】******************

****「顔を叩かれているような暑さ」インド首都で最高気温49.1℃を観測 熱波が影響****
熱波の影響で猛烈な暑さに見舞われているインド。地元メディアによると、首都ニューデリーでは29日、最高気温49.1℃を観測しました。5月は1年で最も暑いということですが…。

市民
「この熱波で気温が非常に上がっています。外に出ると、誰かに顔を叩かれているような暑さです。この街で生活するのは難しくなりました」

こちらは学校の教室で横になっている生徒。先生が顔に水をかけたり、生徒らがまわりで必死にあおいでいます。ロイター通信によると、生徒は熱中症になり、病院に搬送されたということですが、命に別状はなかったということです。

地元メディアによると、インド全土で3月以降、熱中症のため60人が死亡し1万6344人が搬送されたとみられ、当局が注意を呼びかけています。

インド気象局によると、今後、徐々に気温は下がるということですが、人々は川に入ったり、こまめな水分補給をしたりして危険な暑さをしのいでいます。

また、ニューデリーなどを管轄する州政府は水を浪費しないよう呼びかけていて、家庭用の水道を商業目的で使用した場合、2000ルピー、およそ3700円の罰金を科すと発表しています。【5月30日 TBS NEWS DIG】

エアコンもないような部屋で50℃近くになったら・・・熱中症で死者が出るのは無理からぬところでしょう。

もっとも、あまりの熱さのせいか、測定値も定かでない状況。

****インド首都、最高気温52.9度は観測装置の「不具合」か****
インド気象局(IMD)は29日、首都ニューデリー郊外で同日記録された観測史上最高気温に当たる52.9度について、観測装置の不具合によるものである可能性があると発表した。

IMDは声明で、デリー郊外ムンゲシュプール)の観測所で記録された52.9度は「他の観測所と比べて異常値だった」と説明。センサーの不具合か局地的な要因によるものである可能性を疑い調査中だと述べた。  

IMDではデリー首都圏全域の気温や降雨状況を観測するために、主要な気象観測所5か所と自動観測所15か所を設置している。ムンゲシュプール以外の観測所では、29日の最高気温は45.2~49.1度だった。  

28日には、ムンゲシュプールとナレラの観測所で49.9度が記録されたが、これらの数値にも問題があるかどうかは明らかになっていない。【5月30日 AFP】 AFPBB News
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【気候変動が熱波を劇化】
この高温はインドだけでなく、4月から5月初頭にかけアジア各地で記録されています。
背景には、やはり気候変動の影響が想定されるようです。

****気候変動がアジアの熱波を劇化*****
4月から5月初頭にかけ、アジアにおいて、西はイスラエル・パレスチナ・レバノン・シリア、東はタイ・ベトナム・フィリピンといった国々を40℃越えの日が続く記録的な熱波が襲いました。

熱波はまた、農業部門で生産・収量減といった負のインパクトをもたらす一方、複数の国は数日間の学級閉鎖を余儀なくされ、数百万の学生が教育の機会を失いました。

5月14日、極端現象と気候変動の因果関係を分析するWorld Weather Attribution (WWA)は、気候変動が、4月から5月初頭にかけてアジアの数百万人の人々を襲った熱波を劇化させたと報告しました。

近年、南アジアにおいて、モンスーン入り前の極端な熱波の頻度が増す傾向にあります。これまでもWWAは、2022年インド・パキスタンの乾燥した熱波や2023年インド・バングラデッシュ・ラオス・タイでの湿度を伴った熱波は、気候変動によって30倍確率が高まり、熱の強度も高まったことを報告しています。

産業革命期と比べて人類による経済活動により1.2℃温暖化した今日の気候の下では、今回のような極端な熱波も稀な出来事ではありません。

西アジアでは、1年に今回のような熱波が起こる確率は10%、あるいは10年に一度です。フィリピンでも年に10%程度、エルニーニョ現象で10年に1度、エルニーニョ現象でなければ20年に1度と推定されます。南アジア広域では、今回のような4月の高温は比較的稀で、1年に起こる確率は3%、あるいは30年に1度の出来事に匹敵します。

世界が産業革命期比で2℃温暖化した場合、極端な熱波が起こる可能性は、西アジアでは2倍、フィリピンでは5倍になると予想され、気温自体が西アジアで1度、フィリピンで0.7℃高くなると見込まれています。

アジアで過去数年にわたり毎年のように繰り返される熱波及び熱波に伴うインパクトにより、多くの国にとって熱波が深刻な災害であることの認知度が高まり、適切なガイドラインが策定されるようになっています。それだけでなく、熱波に対する緊急救援体制構築に向けた、セクターを超えた連携戦略が必要となるでしょう。【5月21日 国際農研】
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次第に、居住に適さない地域、農業ができない地域も増えてくるのでしょう。

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北朝鮮  韓国へ「汚物風船」 国内では毎年国民総動員の「堆肥戦闘」

2024-06-02 22:56:22 | 東アジア

(「汚物風船」【6月1日 日刊ゲンダイ】)

【汚物風船と大音量のスピーカー】
北朝鮮のいささか常軌を逸した韓国に対する嫌がらせ行為が続いています。

韓国軍合同参謀本部は2日、北朝鮮が韓国に向けて飛ばしたごみ付きの風船が、1日以降で約720個に上ったと発表しました。5月下旬に飛ばされたものを含めると、約1000個に達します。北朝鮮は5月29日から5日連続で、韓国側に向けて全地球測位システム(GPS)を妨害する電波も発信しているとのこと。

現地メディアの報道によると、風船にはビニール袋がぶら下がっており、その中には汚物やゴミが入っているとのこと。また、風船とビニール袋を繋ぐ紐には、一定の時間が経つことにより爆発するタイマー、起爆装置が付いていたとのことです。

金与正(キムヨジョン)朝鮮労働党副部長はこの汚物風船について、「『誠意の贈り物』とし、韓国の団体が北朝鮮の体制を批判するビラを北朝鮮に向けて風船でまき続けてきたことへの報復だともしています。

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金与正氏、韓国への汚物風船は「誠意の贈り物」 ビラまきに反撃****
北朝鮮の金与正(キムヨジョン)朝鮮労働党副部長は29日、北朝鮮が韓国に向けて風船で飛ばした汚物について、「『誠意の贈り物』として引き続き拾い続けなければならないだろう」とする談話を発表した。同日、国営の朝鮮中央通信が伝えた。今後、韓国が北朝鮮に対して行うビラまきの「数十倍」の量で対応していくという。(中略)

金与正氏は談話で、風船を飛ばしたのは韓国の団体が北朝鮮の体制を批判するビラを北朝鮮に向けて風船でまき続けてきたことが原因だと指摘。「(韓国と)同じことを少ししてみただけなのに、なぜ火が付いたように怒るのか。韓国の目には北に飛んで行く風船は見えず、南に飛んでくる風船だけが見えたのか」と批判した。【5月29日 毎日】
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韓国側は対抗策として、軍事境界線近くに大音量のスピーカーを設置して北朝鮮に向けて行う宣伝放送再開も検討するとのこと。

****北朝鮮“ごみなどの風船”韓国「北が耐え難い措置に着手する」****
北朝鮮がごみや汚物をぶら下げた風船を韓国側に飛ばすなどの挑発行為を続けていることを受けて、韓国大統領府が会議を開き、「北が耐え難い措置に着手する」という方針を確認しました。大統領府高官は、2018年から中止されている軍事境界線近くでの大音量のスピーカーによる北朝鮮に向けた宣伝放送の再開も排除しないとしています。

北朝鮮は、5月27日に軍事偵察衛星の打ち上げに失敗して以降、ごみや汚物をぶら下げた多数の風船を韓国側へ飛ばしたり、朝鮮半島西側の黄海で6月2日まで5日連続でGPSの作動を妨害する電波を発信したりする挑発行為を続けています。

このうち風船は、6月1日夜から2日にかけてもソウルなどで700個余りが確認され、軍や警察などが回収にあたりました。

これを受けて、韓国大統領府は6月2日午後、緊急のNSC=国家安全保障会議を開いて対応を協議し、「北が耐え難い措置に着手する」という方針を確認しました。

大統領府高官は、軍事境界線近くに大音量のスピーカーを設置して北朝鮮に向けて行う宣伝放送について「再開も排除しない」としています。

宣伝放送は、韓国のニュースや音楽、それに人権の重要性などを北朝鮮の住民や軍人に向けて大音量で流すもので、2018年の南北首脳会談にあわせて中止されています。

北朝鮮はこのところ、韓国をはじめ国外からの文化の流入に警戒を強めていて、宣伝放送が再開されれば、さらに反発を強める可能性もあります。【6月2日 NHK】
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汚物風船と大音量のスピーカー・・・砲弾やミサイルが飛び交うよりはましではありますが・・・。

【毎年1月は全国民動員の「堆肥戦闘」】
汚物を送り付けるというのは、言うまでもなく最大限の侮辱行為ではありますが、北朝鮮における「汚物」・・・「人糞」は単に汚いものというだけでなく、肥料として非常に貴重なものでもあります。以前から、その人糞を集めるために国民に拠出すべき人糞のノルマが課され、「堆肥戦闘」と称される動員体制がとられてもいます。

今回の「汚物風船」も、紙クズや動物の糞尿などで、人間の排泄物は確認されていないとか。【6月1日 日刊ゲンダイより】人糞は貴重品で韓国に送り付ける余裕はないのでしょう。

****過酷な「人糞集め」に苦しむ北朝鮮国民を襲うもうひとつの災い****
北朝鮮で「堆肥戦闘」――つまりは肥料づくりのための人糞集めで「パニック」が生じていることについては、本欄でも紹介した。国の経済・農業政策によってできたツケを国民が払わされている形だが、ただでさえ地獄の苦しみを味わっている人々に、追い打ちをかけるようにさらなる災いが降りかかっている。

北朝鮮のデイリーNK内部情報筋は、堆肥戦闘のために3月まで忙しすぎる日々が続くと嘆く。
「家にいる暇がないほどだ。人糞を集めて、生きていくために市場で商売して、『新年の辞』の学習までしなければならない。休みたくても休めない」(情報筋)

1週間のうち3日は人糞集めに当て、学習会、講演会、政治集会に2回参加し、その合間を縫って市場に出かけて商売をするという日々だ。人糞集めの1人あたりのノルマは年々増え、1.2トンから1.5トンにも達する。

このような状況で、北朝鮮の人々を悩ませているのが泥棒だ。人糞そのものを盗む泥棒もいれば、人糞集めで留守にした家を狙った空き巣も横行している。被害者は、犯人が誰かおおよその目星を付けているものの、あえて触れないようにしているという。

空き巣が多発しているのは、江原道(カンウォンド)の元山(ウォンサン)だ。現地の情報筋によると、犯人は朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士である疑いが強いという。

軍事境界線に面している江原道は、もともと人口の半分が兵士で占められているような土地柄だ。昨年の凶作で軍糧米(軍用食糧)が不足し、兵士たちは腹をすかせている。それで、人糞集めで留守にしている家を狙って空き巣に入っているものと見られる。保安署(警察署)は、兵士による犯罪に手を出せないため、お手上げのもようだ。

住民が家に戻ったところで空き巣と鉢合わせになり、取っ組み合いのケンカになり、最悪の場合は殺人事件へと発展してしまうことすらあるという。

性的虐待や配給品の横流しなど、北朝鮮軍の軍紀の乱れは周知のとおりだが、これでは国を守っているのだか襲っているのだかまるでわからない。

一方、朝鮮労働党機関紙の労働新聞は14日付で、ある協同農場で生物活性堆肥と藍藻類を混ぜた藍藻類生物学堆肥を撒いたところ、1ヘクタール当たりの収穫量が1割増えたと報じている。不足する化学肥料を補うために人々を動員し、莫大な国力を消耗している人糞集めだが、どうやら当局は今後も続ける気満々のようだ。これでは北朝鮮の人々の腸内から寄生虫が消える日は来ないだろう。【2018年1月20日 高英起氏 デイリーNK】
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上記は2018年の記事ですが、“どうやら当局は今後も続ける気満々のようだ”・・・実際、続いています。

****平壌の真ん中に「糞トラック」の列…自称核保有国の「堆肥戦闘」****
北朝鮮が17、18日の2日間に行われた最高人民会議(韓国の国会に相当)で農業関連予算を前年比14.7%増やすなど、年初から食糧難の解決に向けた対策の準備に追われる姿だ。特に当局は堆肥の増産に注力しているが、核保有国の地位を強調しながら対南威嚇を繰り返してきた北朝鮮経済の現実を如実に見せている。

北朝鮮メディアは13日、平壌(ピョンヤン)金日成(キム・イルソン)広場に並ぶトラックの列を公開した。内閣所属の機関名が入ったトラックには、農村に送るために各機関が集めた堆肥が積まれていた。

北朝鮮では各地域の国家機関や工場・企業所などの事務員が毎週金曜日に労働現場に出て支援する「金曜労働」があるが、その一環として、いわゆる「堆肥輸送」運動をした。

実際、北朝鮮では毎年1月、いわゆる「堆肥戦闘」をする。堆肥戦闘をするのは化学肥料の不足分を堆肥で埋めるためだ。堆肥は人糞と家畜の糞尿、灰と土を混ぜ合わせて作るが、当局は国家機関と工場・企業所などすべての事業単位と各地域人民班に準備すべき堆肥の量を割り当てる。(中略)

金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は昨年末の全員会議の結果報告で「12件の重要告知基本目標を決めた」と明らかにした。このため当局は最近の各種行事と教育を通じて、全員会議が提示した重要告知の最初が穀類であることを住民に強調している。

北朝鮮メディアが連日「堆肥自給」と「堆肥増産」を強調するのも金委員長が提示した課題を貫徹させようとする努力の一環というのが専門家らの分析だ。【2023年1月23日 中央日報】
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金正恩氏が穀物増産の号令をかけ、末端では「堆肥戦闘」に奔走する・・・・「いつの時代の話かよ?」という感がありますが。処罰を恐れ、人糞集めに高級幹部も国民も懸命です。

****<北朝鮮内部>「ウンチするのに皆バケツ持っていかないと」…全国一斉に「堆肥戦闘」=人糞争奪始まる 処罰恐れ高級幹部も懸命に参加****
今年も年初恒例の「堆肥戦闘」が全国で行われている。小学生から労働党幹部まで、全国民がほぼ一か月にわたり人糞を集めて堆肥を作りに動員される。北部地域に住む取材協力者によれば、今年は1月7日から27日までの予定で始まった「堆肥戦闘」は、2月に入っても続いているという。(カン・ジウォン)

北朝鮮では慢性的に肥料が足りない。化学肥料の国内生産と輸入だけでは必要量を賄えず、年明けとともに全国で一斉に「堆肥戦闘」に入るのが年中行事になって久しい。

「堆肥戦闘」には北朝鮮の全国民、全組織が参加する。約1月間だが国家総動員を実行することの目的は、肥料確保が死活的に重要だということに加え、権力の指令で人と組織を一糸乱れずに動かす社会の気風とシステムを維持することにもある。

◆労働者1人1トンがノルマ
「参加者に課せられる今年の課題(ノルマ)は労働者が1人1トン、扶養家族(主に家庭の主婦を指す)は500キロ、生徒と老人は300キロです」

両江道(リャンガンド)に住む取材協力者はこのように伝えてきた。ノルマは昨年より若干少なめな模様だ。その分、ごまかしが出ないよう処罰規定が厳格になったという。( ※堆肥生産のノルマが全国均一なのか、地方間で差があるのか確認できなかった。昨年北部地域では労働者のノルマは1.5トンだった。)

地域ごとのノルマ遂行計画を人民委員会(地方政府)、洞事務所(役場)、企業が責任を持って進めるようにし、堆肥の数量をごまかしたり、賄賂を渡して計画を達成したことにしたりするような不正が発覚した場合、法務部を通じて処罰すると、事前に通知があったという。

また個人においても、過去に横行した「堆肥戦闘」に参加する代わりにお金を納める行為を、男女、地位、年齢にかかわらず一切容認しないと、当局は警告した。ただ、農村に堆肥を運搬するための車両やガソリンの費用を出すことで、参加を逃れている人は今年もいるという。

平壌の中央機関の職員たちも「堆肥戦闘」に動員されたという記事が、2023年1月14日の国営メディアに一斉に掲載された。

◆ウンチするのにバケツを持っていく
さて、今年の「堆肥戦闘」期間、街中ではどのような光景が広がっているのだろう。両江道の協力者の報告をまとめてみた。

「労働者は毎朝、人糞の入った袋を背負ったり、『クルマ』(小型リアカー)を引いたりして出勤します。工場では庭を番号で区分けして、そこに職場別に集めた堆肥を積んでいきます。

所属する団体別、企業別、人民班別に生産競争をさせていて、組織で設定した区間では他の団体や人民班の人が人糞の収集をできないようにします。

ウンチをする時には共同便所にバケツを持って行きます。その自分のウンチに石炭の灰や残飯、排水場のドロなどを混ぜて持っていかなくてはならないので、毎朝うんざりさせられます」

◆処罰恐れ高級幹部も人糞背負って出勤
協力者の報告は続く。
「今年興味深いのは高級幹部たちの目の色が違うこと。道党や行政の幹部たちが、毎日我われと同じように人糞で作った堆肥を担いだり、 『クルマ』を引っ張ったりして出勤します。先頭に立っているところを見せなければがならないから。

以前は、期間中に1~2回やる程度でしたが、今回は毎日やっている。幹部たちは集めた人糞がどこで堆肥になるのかも分かっていないでしょうが、自分のノルマの分だけは先頭に立ってやっています。

けれど、実はそれが住民たちには困りものなんです。幹部が率先して毎日人糞集めをやるもんだから、融通が利かずむしろ負担が大きくなった」

3年前の新型コロナウイルス・パンデミック発生以降、金正恩政権は社会統制を厳格にした。とりわけ幹部に対しては、難局を乗り切るために率先して働くことを求めており、怠慢や形式主義など熱意が足りないとみなされた幹部は、地位はく奪や党からの除名など厳しい処罰が加えられている。この3年間、幹部の間では緊張が続いている。

◆労働党員は堆肥生産の先頭に立て
「職場や地域で生産した堆肥は農場に運搬します。例年は、農場の入口まで運んで積んでおくやり方でしたが、今年は企業や団体ごとに担当する田や畑が指定され、そこまで運ばなければならなくなった。当局に指定された農場まで距離が遠い場合は、運送のためのガソリンや車両の調達費用が負担になるので、摩擦が起こっています」

1月15日から、労働党員だけで組織する「堆肥生産突撃隊」という特別チームが作られたという。職場や団体の党員が堆肥生産の先頭に立ち、社会の見本となることが求められている。

これについて咸鏡北道(ハムギョンプクド)の党員の取材力者は、「党員も暮らしがしんどいのは同じなので、皆が負担を感じている。今、労働党の政策なんて信じる人は誰もない」と述べた。【2023年2月7日 アジアプレス・ネットワーク】
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そして今年の1月も。

****北朝鮮、新年恒例の「人糞集め」でトラブル続出****
北朝鮮では新年2日から、毎年恒例の「堆肥戦闘」が始まった。不足する化学肥料を補うために、人糞や家畜の糞を使って堆肥を作り、農場に納めるというものだ。

1人あたりに課された人糞集めのノルマは300キロから600キロに達する。今年からノルマ未達成の場合は、思想闘争舞台(吊し上げ)に上げられたり、ひどい場合には労働鍛錬隊(経犯罪者を収容する刑務所)に入れられたりするようになった。

そのため市場では人糞が金銭で取引され、町内の公衆トイレでは人糞を盗まれまいと夜通しで警備に当たるのだが、堆肥生産に動員された住民と協同農場の関係者の間でトラブルが起きている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の情報筋によると、朝鮮労働党恵山(ヘサン)市委員会と恵山市農村経理委員会は初級党書紀、機関のトップを集めた会議を20日の午前10時から恵山市映画館で開いた。

会議では、来月15日までの堆肥戦闘の進捗に関する総和(総括)が厳しく行われた模様だ。残りの日数を考えるとノルマの45%はできていなければならないが、未だに3割に満たない工場、企業所が多い。【1月23日 デイリーNK】
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“市場では人糞が金銭で取引され、町内の公衆トイレでは人糞を盗まれまいと夜通しで警備に当たる”
ノルマ未達成だとつるし上げ、刑務所送り・・・北朝鮮における人糞は貴重品のようです。

【堆肥戦闘の背景には「人間の暮らしとは言えない」飢餓事情】
過酷な堆肥戦闘、その背景にあるのは深刻な食糧事情。

****「人間の暮らしとは言えない」北朝鮮の飢餓、首都圏も深刻****
軍事偵察衛星の打ち上げ失敗に汚物風船、ミサイル連射など話題に事欠かない北朝鮮だが、一方でその内情は厳しい。

北朝鮮で春から初夏にかけては、最も食糧難が深刻化する、「ポリッコゲ」(麦の峠)と呼ばれる時期だ。比較的食糧事情のいい首都・平壌周辺でも、極めて劣悪な状況になっていると、平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。

「江東(カンドン)郡、成川(ソンチョン)郡など平安南道の農村地域の住民の生活は、言葉で言い表せないほど本当に苦しい」

そう伝えた情報筋だが、江東郡は平壌市に含まれる地域で、その東に隣接しているのが成川郡だ。村人たちは、なんとか食べ物を確保しようと、トゥエギバッ(個人耕作地)での農作業に必死になっているが、すぐに収穫が得られるわけではない。

「山から取ってきた草に、トウモロコシの粉を一握り混ぜて作った粥で生きながらえている人がほとんどで、それすらも満足な量が得られない。農村の人々の生活を目の当たりにすれば、これが人間の生活かと思うほどだ」(情報筋)

最近では粥すら満足に食べられなくなり、水を飲んで腹を膨らませるほどの惨状となっているとのことだ。

農業をするに当たっては種が必要となるが、それを買うためにトンジュ(金主、ヤミ金業者)から借金をするしかなく、秋に返済すればほとんど何も残らない。また、肥料の値段も上がっている。江東郡在住の40代住民は、情報筋に次のように語った。

「山で草という草はすべて取りつくした。1グラムの食べ物も、1銭の現金もなしに暮らすのは死ぬより辛い。結局はトンジュに頼るしかない。トンジュのせいで辛い目に遭ったりして、血の涙を流したこともあったが、何一つ持たざる自分にとって、彼らの存在はありがたくすら感じるほどだ。こんなに苦労してまで生きることに、何の意味があるのだろうかと思ったりする」

また、成川郡在住の50代住民も、同様に困窮ぶりを訴えた。
「山に草が生えていなければ、家族全員が餓死していただろう。今は端午(旧暦の5月5日、今年は6月10日)の前なので、毒草はまだ生えていない。適当に草を摘んで食べればいいが、それすらも戦争のようだ。皆が一斉に草に飛びかかる。朝から晩まで草摘みをしている人もいる。傍から見れば草を食むケダモノにしか思えないかもしれない。一所懸命農作業を続ければいつかは未来が開けるとの希望を持って歯を食いしばって生きているが、実際はお先真っ暗だ」【6月1日 デイリーNKジャパン】
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韓国に「誠意の贈り物」をする金与正氏はこうした実情をどこまで把握しているのか・・・人糞ではなく獣糞にしても、韓国に送るより国内の田畑に撒いた方がずっと賢明でしょう。

【追記】
****北朝鮮「ごみ風船」中断を発表****
北朝鮮の国防次官は2日夜、ごみをぶら下げた風船を韓国側に飛ばす行為について「暫定的に中断する」と談話で発表した。同日、朝鮮中央通信が伝えた。(後略)【6月2日 産経】
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ナイジェリア  将来への期待と現状の混沌が織りなす光と影

2024-06-01 22:47:30 | アフリカ

(【5月31日 TBS NEWS DIG】)

【アフリカ最大の人口・経済 成長が期待される将来】
アフリカの国々は、今後の経済成長の可能性というポジティブな側面と、現在の貧困・格差・紛争というネガティブな側面が同居していますが、アフリカ最大の人口・経済を誇るナイジェリアもその両面を抱える典型的な国です。

****世界のなかで「ナイジェリア」ほど有望な国はないと言える理由****
ナイジェリアに対して、どのようなイメージを持っているだろうか。日本からは遠く、ニュースを耳にすることも少ないので、「アフリカの国だということは知っているけど……」という人も多いだろう。

しかし資産管理のサポートなどを行うBeograd Consulting Group(ベオグラード コンサルティング グループ)埜嵜雅治CEOは「世界を見渡してもナイジェリアほど魅力的な投資対象はない」という。その真意について伺った。

アフリカ54ヵ国で最もGDPが高い国、ナイジェリア
――資産管理のサポートなどを行っている御社は、最近ナイジェリアに注目していると伺いました。なぜなのでしょうか。

昨今、中国や欧州によるアフリカへの投資が活発になっているニュースをよく聞くので、その流れだと思われがちですが、事情は少々異なります。

私たちは世界中の金融商品を取り扱い、国際税務のアドバイスや資産管理のサポートをしていますが、投資対象を探す際のポイントは大変シンプルで「リターンが見込めるかどうか」です。そのような観点で投資対象を探していたところ、目に留まったのがナイジェリアでした。

ここ十数年のナイジェリアの平均株価に注目すると、2008~2009年、リーマンショックの影響で急落しました。その後、先進国はどこもリーマンショック前の価格を更新しています。しかしナイジェリアの平均株価はリーマンショック前のピーク時と比較して、半分程度にしか回復していなかったのです。

ここでナイジェリアのアフリカにおけるポジションを確認しておきましょう。アフリカで最もGDPの大きな国はナイジェリアです。多くの方は南アフリカだと想像するでしょうが、アフリカにある54ヵ国のなかで最も経済規模が大きいのはナイジェリアなのです。

またアフリカ西部の15ヵ国からなる「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」の中心国でもありますし、55ヵ国が加盟する「アフリカ連合(AU)」での存在感も増しています。ちなみにコロナ禍で導入が先送りになりましたが、ECOWASではEUにおけるユーロのように、共通通貨「ECO」の導入が予定されています。

このようにアフリカの中心国であるナイジェリアの経済成長率は、2016年のマイナス成長を経て、2017年からは年々、上昇しています。それにも関わらず、株価が低迷しているわけです。ナイジェリアという国に注目するには、十分すぎる条件ではないでしょうか。

30年後「ナイジェリアの人口」が4億人に達するワケ
――初めの着眼点は、「株式の割安感」ということですね。しかしいくら平均株価が安くても、値上がりが期待できないと投資対象としては難しいと思いますが、御社はどこに注目したのでしょうか。

現時点で人口が多く、この先も増え続ける可能性が高い、というのは大きな判断材料でした。内需が拡大し、経済成長が見込めますから。

ナイジェリアはアフリカで最も人口の多い国です。2000年に日本と同程度の約1億2000万人の人口だったのが、20年で7000万人ほど増えました。2050年には人口が4億人に達し、世界第3位になるといわれています。

なぜここまで人口が増えるのか。多くの方は「生まれてくる子どもの数が多いから」と思われるでしょうが、それだけでは大幅な人口増とはなりません。さらに注目すべきは「5歳未満の死亡率の低下」です。

元々ナイジェリアの出生率は高かったのですが、一方で5歳未満の死亡率も高い水準にありました。先進国では考えにくいですが、下痢が原因で多くの乳児が亡くなっていたのです。しかし経済成長と共にインフラが整備され、医療も進歩したことで、5歳未満の死亡率は2000年以前に比べて半分程度にまで低下しました。

経済成長が続けば、出生率も下がります。それは多くの先進国が経験したことで、ナイジェリアでも同じです。このまま経済成長が続けば、出生率は頭打ちになるでしょう。しかし先進国に比べると死亡率はまだまだ低下の余地があります。それに伴い、人口も加速度的に増加していくというわけです。

ビジネス上でもナイジェリアのアドバンテージは大きい
――30年後には、ナイジェリアは中国やインドに続く、人口大国になるわけですね。

そうです。アフリカ全体の人口は30年後に25億人に達するといわれています。世界の4人に1人はアフリカの人という時代になるのです。さらにアフリカの人の5、6人に1人はナイジェリア人を占めるようになります。これだけでもナイジェリアの影響力は計り知れません。

さらに注目すべきは、ナイジェリアの公用語は英語だということです。これはイギリスによる植民地時代の影響によりますが、「公用語=英語」は、今後ナイジェリアが経済成長を続けていくために、大きな武器になると考えます。

日本人であれば「言葉の壁によってビジネスがうまくいかない」という場面は容易に想像できるでしょう。しかしナイジェリアには、“言葉の壁”がないのです。これから成長が期待されるアフリカでビジネスをしたい海外企業は多いでしょう。その際、公用語が英語で経済規模が大きいナイジェリアは第一候補になるはずです。もちろんナイジェリアの企業が海外に進出する際も、言葉の障壁は低く、大きなアドバンテージになるでしょう。

現在、ナイジェリアの株価は低迷していますが、30年後には4億人を超える人口を抱える英語が通じる国となる……。株式市場の回復には時間を要するかもしれません。しかし長期的な視点でみたとき、ナイジェリアに注目しない理由は見当たらないのです。【2021年2月25日 幻冬舎GOLD ONLINE】
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【イスラム過激派「ボコ・ハラム」のテロ 様々な武装集団による誘拐ビジネス】
しかし、ナイジェリアがイスラム過激派「ボコ・ハラム」に代表される深刻な治安問題を抱えていることも周知のところです。

今では、「ボコ・ハラム」に限らず、多くの武装部ループ・犯罪集団が拉致をビジネスとしているような感もあります。

****拉致された生徒ら130人超解放 ナイジェリア****
ナイジェリア・カドゥナ州クリガで今月7日に拉致されていた多数の児童・生徒のうち130人超が24日、無事解放された。当局と軍が明かした。

軍は早朝に救出作戦が行われ、生徒らを解放したと発表したが、詳細は公表していない。
軍の広報官は、ほこりまみれの制服を着た生徒らがバスに乗っている写真を公開。「救出された人質計137人の内訳は女子が76人、男子が61人。ザムファラ州で助け出された。今後、カドゥナ州に引き渡される」と述べた。また「人質全員が救出された」としている。
 
教員や住民らは当初、「盗賊団」と呼ばれる武装集団がバイクに乗って学校を襲撃し、8〜15歳の児童・生徒約280人を拉致したとしていた。

ナイジェリアでは拉致された人数と解放された人数が合わないことがたびたびある。初期情報が錯綜(さくそう)していたり、襲撃を逃れ行方不明になっていた被害者が戻ってきたりするケースもある。

ただ、今回のように大きな齟齬(そご)が生じた原因については不明。
 
軍広報官は、作戦は「続行中」だとするとともに、負傷した兵士は出なかったと述べた。

ナイジェリア北西部および中北部では「盗賊団」などによる集落への襲撃や、身代金目当ての集団拉致が相次いでいる。先週末にもカドゥナ州で2件の襲撃事件があり、計100人以上が拉致された。 【3月25日 AFP】
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おそらく水面下で「盗賊団」への何らかの支払いがなされたのではないでしょうか・・・。
ナイジェリアでは去年、暴力撲滅などを訴えたティヌブ大統領が就任しましたが、目立った治安改善にはつながっておらず、国内で非難の声があがっています。

更に5月にも。

****武装集団が10人殺害、160人拉致 集団誘拐後を絶たず ナイジェリア*****
ナイジェリア北中部ニジェール州の村が武装集団に襲撃されて10人が殺害され、子どもを含む160人が拉致された。地元当局者は27日、イスラム過激派「ボコ・ハラム」の関与が疑われるとCNNに語った。

首都アブジャに隣接するニジェール州ではここ数年、武装集団が身代金目的で住民を集団拉致する事件が頻発している。

地元当局者によると、同州クチ村に対する襲撃は現地時間の24日午後5時半ごろから始まり、25日午前4時ごろまで続いた。

バイクに乗ってやって来た300人ほどの武装集団は何時間も村に居座ったといい、「あの日は一日中雨が降っていたので、彼らは火を起こして暖を取った」「料理してお茶をいれ、即席めんやスパゲティを作った」と当局者は話す。
武装集団に抵抗しようとして圧倒され、殺害された住民もいたという。

軍による救出作業はまだ始まっていないと地元当局者は言い、「きのう(26日)警察が来て立ち去った。それだけだ」と説明。「クチ村が襲撃されたのは1度や2度じゃない。これで5度目だ」と憤る。

アムネスティ・インターナショナルが26日にX(旧ツイッター)に投稿した情報によると、武装集団は2021年以来、何度もクチ村を襲撃し、女性に対する性的暴行を繰り返しているという。ナイジェリア政府は武装集団を野放し状態にしたまま、生命を守ることができずにいるとアムネスティは指摘する。

ニジェール州では2カ月前にも市場が武装集団に襲撃され、21人が殺害される事件が起きたばかりだった。
隣接するカドゥナ州でも3月に武装集団が生徒少なくとも137人を誘拐し、身代金を要求する事件が発生。生徒はその後、全員が無事解放された。【5月28日 CNN】
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武装集団はやりたい放題で、警察・軍の対応はほとんど機能していないようです。

【南部デルタ地帯の石油産出地域で盗まれる原油 暗躍する原油ゲリラ その背景にあるものは・・・】
ナイジェリアには北部イスラム教徒と南部キリスト教徒の対立、イスラム過激派「ボコ・ハラム」のテロ活動、それに触発されたような武装集団による「誘拐ビジネス」の蔓延・・・といった問題に加えて、ニジェール川河口の“ニジェール・デル”と呼ばれる南部の油田地帯の分離独立運動・反政府運動・治安悪化の問題もあります。

下記は2007年のブログ記事です。

****原油価格とナイジェリア “ビアフラの悲劇”の記憶****
(中略)
ナイジェリア南部の油田地帯はニジェール川河口の“ニジェール・デルタ”と呼ばれる地域。
250以上の言語を話す40以上の民族が住むと言われています。

アフリカの大国ナイジェリアの政治的実権は北部出身者で占められていること、年間数百億ドルもの石油利益があるにも関わらず南部地域住民の3分の2は1日1ドルの貧困線以下の暮らしを余儀なくさせられていること、石油開発で環境破壊が進行していることなどから、このニジェール・デルタでは激しい反政府活動が続いています。

ニジェール・デルタ地域はかつての“ビアフラ戦争”(この地域先住民のイボ族の独立をめぐる戦い)の舞台と重なります。

1967年ですから今からもう40年前になります。
今と同様の部族対立(イギリス植民地時代にイボ族はイギリスと関係を深め植民地支配機構の一部となったため、他民族からは“黒い白人”とも呼ばれたそうです。)、石油資源を巡る争いからナイジェリア南東部地域イボ族が独立を宣言します。

ビアフラを支援するフランス、ナイジェリアを支援するイギリス・ソ連という大国の石油がらみの思惑のなかで、戦闘は武器援助によってエスカレート、結局ナイジェリア側の勝利、ビアフラの消滅で終わりました。

この戦争で包囲されたビアフラでは、200万人ともいわれる餓死者をだす惨劇がおこりました。
200万人・・・自分のことでないと人間は極めて冷淡ですから、私も“200万人”と簡単に書きますが、当時の惨状を少しでも想像すると気が遠くなるような数字です。

やせ細っておなかだけが異様に膨らんだ子供の写真が当時報道され、人々の関心を呼んだ記憶があります。私が中学1年の頃でしょうか。

しかし、結局国際社会は戦闘を小銃・こん棒から戦車・戦闘機にエスカレートさせることはあっても、この惨劇を止めることはありませんでした。

激しい反政府活動が続くこのエリアでは外国人・多国籍企業の石油施設関係者を狙った拉致事件が頻発しており、5月1日から6月初旬の1ヶ月だけで50人の外国人が拉致されているそうです。

もともとが複雑な民族構成のエリアである上に、単なる金銭目的の武装誘拐組織も加わって、無数の武装組織があり現在の混乱を呼んでいるようです。

イギリス政府も英国人に対し同地域からの退去を勧告しています。
今年5月にはパイプライン破壊も行われており、当分このエリアの、ひいては原油供給の不安定は続きそうです。【2007年7月7日ブログ】
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“複雑な民族構成のエリアである上に、単なる金銭目的の武装誘拐組織も加わって、無数の武装組織があり現在の混乱を呼んでいる"・・・・現状は2007年当時と大差ないようです。

****「今世紀最悪の環境破壊」ナイジェリア“原油戦争” の闇 須賀川記者がジャングルで“原油ゲリラ”に接触 裸足や素手で違法精製【news23】****
「今世紀最悪の環境破壊」ともいわれるアフリカ・ナイジェリアの原油問題。アフリカでも最大規模の原油生産量を誇る国ですが、今、その原油が盗まれ続けています。ジャングルで原油を盗む“原油ゲリラに”23ジャーナリストの須賀川記者が接触しました。

違法精製所の取り締まりに同行…“茶番”ともいえる摘発劇
川の一面を隙間なく覆う油の膜。“生命のゆりかご”ともいわれるマングローブの森があったはずの中州は、黒く汚染された土があらわになり、生き物の影はありません。(中略)

2億人以上の人口を抱え、アフリカ最大規模の原油生産量と経済規模を誇るナイジェリア。しかし、採掘されたほとんどの原油は、シェルやシェブロンなど海外の石油メジャーによって買われ、輸出されています。

わずかにある国内の石油精製所はほとんど機能しておらず、燃料のほとんどは輸入に頼っているため、多くの人は、違法に精製された安価で劣悪なガソリンなどを買い求めるのです。(中略)

こうしたガソリンなどを作る違法精製所の取り締まりに同行しました。現場に到着すると、すでに手錠をかけられた、作業員とみられる2人の男性がいました。(中略)

ただ、“摘発”には不自然な様子も…(中略)“摘発ツアー”は、最終目的地の貯蔵施設に向かいます。すると、1時間ほど前に逮捕されていたはずの男性2人が現れ、司令官の指示に従って、手錠が外れた状態で油の汲み出しを始めたのです。(中略)
「(Q.先ほど言っていた『根絶』『犯罪者』は具体的に誰を指す)犯人たちは21歳〜22歳で、彼らは誰かに送り込まれたのでしょう」 何十年と続く“原油窃盗”。その「誰か」の正体は、いまだに分からないのでしょうか。

摘発ツアーが終わったあと目を向けると、逮捕された男性2人は釈放され、村に戻っていくところでした。茶番ともいえる摘発劇。ただ、森の中では多くの違法精製所が今も稼働し、原油が盗まれ続けていることも事実です。
夜、私たちは摘発を免れている精製所を目指し、ジャングル奥深くに向かいました。

「飢えている」「生き延びるためにリスクを冒す」原油ゲリラは語る
(中略)ジャングルの中を移動して1時間ほど。突如として開けた場所で、それは行われていました。女性が黒い液体を炎に投げ込み、巨大な炎が立ち上ります。原油を盗む“原油ゲリラ”です。

須賀川拓 記者 「火にくべられている巨大なドラム缶の中に原油が入っているんです。原油を火でたくことによって、蒸留されるんです」

原油ゲリラは、北海道と同等の大きさのデルタ地帯に張り巡らされた石油会社のパイプラインに穴をあけ、盗んだ原油を火にくべてガソリンやディーゼルを抽出します。

精製所の数は当局も把握できておらず、現地の報道によると、過去12年に約2000億円換算の原油が盗まれたということです。

須賀川拓 記者 「これがタンクだそうです。中で沸騰してるんじゃないか?すごい音がしてる。足元に垂れまくっているんだけど、(原油ゲリラは)裸足なんだよ。めちゃくちゃ危ない。しかも素手だし」(中略)

「(Q.危険ですね)本当に危険だ」 「(Q.違法だと理解しているのか?)もちろんさ」 「(Q.違法だと分かっていて、なぜ続けるのか?)飢えているからだ。生き延びるためにリスクを冒してきた」

沿岸パトロールをしていた元ナイジェリア軍兵士、上官から「タンカーを見なかったことにしろ」
小川彩佳キャスター: 「飢えている」「生き延びるため」という言葉がありましたが、豊かな資源の恩恵はナイジェリアの人たちに広く行き渡っていないということですね。なぜ、資源を使えない状況になっているのでしょうか。

須賀川拓 記者:原油ゲリラの男性は「政府が得ている莫大な利益は私たちにはまったくおりてこない。だからこそ私たちは、この犯罪に手を染めるしかないんだ」とはっきり言っていました。

実際、違法精製所は夜に作業をするので、夜の空を照らし出すわけです。ジャングルで炎が立ち上ればすぐに場所を把握できるので、当局も摘発しようと思えばすぐにできるはずです。

こうした状況がもう何十年も続いていることから、権力構造のかなり上層部にいる人間が見て見ぬふりをしている、何らかの見返りを持って見逃していると考えないと、整合性が取れないわけです。

しかも、これは氷山の一角のさらにその一部だと感じるエピソードもありました。私はナイジェリア軍の元兵士で海軍のいわゆる沿岸パトロールを指導していた立場の人物に取材することができました。

そのナイジェリア軍の元兵士によると、10年ほど前、沿岸の大きな油田・油井(オイルディグ)に国籍不明の巨大なタンカーが横付けし、原油を満載して、また沖に消えていったそうです。これを上官に報告しようとしたところ、上官から「お前はあのタンカーを見なかったことにしろ」と言われたといいます。

巨大なタンカーが運行でき、海軍の沿岸警備体制すらもすり抜ける、もしくは目の前を通過しても摘発することができないという状況です。どれだけの闇、腐敗があるのか考えると、気が遠くなるような思いでした。【5月31日 TBS NEWS DIG】
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ナイジェリアの抱える最大の問題は、「ボコ・ハラム」でも南部デルタの原油ゲリラでもなく、そうした諸問題を生み出す温床となっている政府の腐敗・非効率にあるようです。
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