宇宙創成~ビッグバン、原子誕生、恒星、銀河、太陽系の誕生を経て、現在の宇宙が出来上がったのだが、今後どのような大きな変化、出来事が起こりうるのか、少し調べながら想像してみた。銀河が衝突、巨大銀河、恒星(太陽など)の巨大化、恒星が燃え尽きる、陽子の崩壊、ブラックホールが充満、そして無となる、その後ガス・チリが充満、新たな宇宙ができあがる・・・というように、無限に近い有限時間を経て生物が生きることができる未来がやってくると考えた。その生物は、人類でない新たな進化した生き物かもしれない。
お盆を迎え、今年も実家に出向くことは控えたので、兄弟家族が顔を合わすことができない。ところで、お盆供養とは何かと、あらためて知り合いの住職に尋ねてみた。仏教宗派によって異なるが、おおよその共通点は、『人は死亡すると、葬式で戒名をもらい、仏弟子となり、仏道修行に入るとのこと。一周忌、三回忌などの法要は、この世からその修行応援をするということ。お盆には、修行を一休みし里帰りをするので、迎える親族は、仏壇やお墓を清掃し、気持ちよく受け入れる準備をし、親族が集まりより絆を深める場である』ということ。こういうことすらもいい加減な裏覚えで生きてきたことが恥ずかしい。そういえば、幼いころは、親戚中が本家である自宅に集まり、にぎやかだったことを思い出す。絆、キズナ、きずな、忘れてはならない言葉だ。
立花隆の『知の限りなき人間へのアプローチ』について、学ばさせていただいた。1ジャーナリストが無知を知り、疑問を抱き、探求し知った喜び、正義追求、若い人たちへ望むことに発展していくムーブメントは、司馬遼太郎の世界を思いおこしていた。当時の人気絶頂首相、田中角栄が偉大なるずるを行い、金で不正を沈黙させようとしたが、立花隆による不正所有土地を暴いた証拠となる登記書の発見が崇高な知の巨人の出発点である。日本初の心臓手術臓器提供者の脳死判定のいい加減さを見抜き、インターネット活用の今日の大きな問題点を25年前に警鐘を鳴らし、権力監視すべきジャーナリズムの不甲斐なさを嘆いている。政治と権力の切っても切れないつながりが貧富の差、格差社会を生み出し、今なお、核保有をごまかし続ける政治屋の無責任に対して、怒りが高まる。そして、科学・技術・文化進展における人間倫理を忘れてはならないのである。できうることと成すべきものは異なり、そのための人類教育の重要かつ必要性をさらに強く感じたのである。
7年前のブログがあるSNSより、飛び込んできました。
外出を自粛し、人との接触を控えている現在、つつきはっけん再開催の要望をいただき、何も発信しておらず、不甲斐ない自分ですが、こころに決めたものは持ち続けています。体調・意志との葛藤、まさにそういう時期をむかえています。
外出を自粛し、人との接触を控えている現在、つつきはっけん再開催の要望をいただき、何も発信しておらず、不甲斐ない自分ですが、こころに決めたものは持ち続けています。体調・意志との葛藤、まさにそういう時期をむかえています。
オリンピック競技直後の選手のインタビューにおいて、メディア関係者・タレントの常識のなさ・品のなさを遺憾に思っている。今までは、競技がすべて終わり、順位が決定後、メタル獲得者に対して、インタビューされたが、競技が終わるごとに、勝敗に関係なく、受けごたえしなければならないのには、次の試合がある選手にいたって、マイナスであろう。いつも、どんな競技であれ、同種類の質問をし、「今の感想は?、勝因は?」と聞き、涙を誘発する苦労話の質問、最後は、勝利のメッセージを全国の皆さんにどうぞ伝えて下さいと要求するところである。インタビュアーの不勉強、コミュニケーション力のなさ、などとは、反対に、素晴らしい解説をした、元レスリング金メダルの松本薫さん、元中距離の小林祐梨子さんに拍手を送りたい。追記:本日のマラソン、増田明美さんの詳すぎる解説は、マラソンに関係しない話がいつも以上に多く、うんざりした。
オリンピック卓球男子団体3位決定戦で、日本は韓国に3-0で勝ち、銅メダルとなった。勝利した水谷隼選手のコートに抱きついた張本選手の気持ちがよく分かった。両親が中国人で帰化、18歳の日本NO1のプレイヤーが、このオリンピックで大不調、水谷やコーチ監督に支えられ、最後に調子を戻し。やっと3位になることに貢献、感謝の気持ちがあふれていたのだろう。選手それぞれがつらい練習に耐えオリンピックに出場し、結果が出た安ど感なのだろうか?。素直な心があふれていた姿に久しぶりに感じる清涼感一杯の若者を見た。
京田辺市水害ハザードマップの2021年6月作成分が市内各世帯に配布された。前回配布された2019年3月作成分との変更点があるのかどうかが不明で困っている。A1版を折りたたみA4版にしたカラー印画紙であり、情報量も大量であり、すべてを読むには、かなり時間がかかる。この種の市の定期的な配布物は、他にも多数ある。前回との変更・追加等をしなやかに、かるく情報提供していただければ、有難いなあと思う次第である。いつまでも、同じことを繰り返すだけの情報提供は、市としての努力度がみられない。市行政の品質を問いたくなる。
オリンピック選手の選考は、非常に難しい。特に、今回は代表が決まってから、1~2年後の大会であり、本番時に、選出時の最高の力が発揮できないこともあり、そのさまを随分見てきた。体調管理、練習量、対戦相手の実力増減、研究 など、数え上げれば本当に多数ある。まさに、世界一になるには、どの競技も素人のものにとっては、極限に近い努力のたまものである。
京田辺市の広報紙が、やっと、9月から、A4判、32頁、月1回の発行にニューアルされる。従来の記事内容の一層のレベルアップを図っていただきたい。10年前から、フロントランナーの市町村がこの形式に変わり充実を図っていたが、我が町は、1市民の声が届かず、残念であったが、何度もFacebookなどのSNSと合わせて、市の方に訴えてきたことである。やっとである。月1回の広報紙をSNSでタイムリーに、市民の声とキャッチボールをしてほしい。特に、隠れた文化歴史情報を充実し、魅力ある地域や人物を共有化してほしいものである。そのためには、日頃から町中に出て、巷の新鮮な情報を取材入手する努力を期待したい。
オリンピックがスポーツの祭典とはいえ、勝利にこだわるのは、当然のこと。勝利のうれし涙、敗北に号泣する選手を今回も多数見た。そういう中、日本の女子中長距離代表の田中希美選手のアスリートとしてのクレバーで人間的な生き方に、地元同志社大学の学生であるとはいえ、数年前から気にし、期待してきた。5000mは予選で敗北、1500mは準決勝に挑むこととなり、レース後の、非常に冷静な戦いぶりの説明に誠実さと賢明さ、父親であるコーチの教えをもとに、自らの強い思い持った素晴らしい選手人間であるとを確信した。競技大会の合間に気分転換にオンラインで勉強し、他の大学講座も受講し、既に、単位をすべて取得したという。スポーツ選手だけでなく、人間としての在り方を学ぶ姿に大きな拍手で讃えたい。京田辺トラックで、田中選手の勇姿を見たいものである。