「プロとアマ」で検索して、こちらは「陶芸家」のブログ。
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陶芸家には、プロの試験も認定制度も資格もない。
土を握って焼成すれば、プロもアマもない。
全国的な陶芸公募展でも、プロだから入選、アマだから
選外という事はない。プロと呼ばれている人でも選外に
なるし、アマと呼ばれている人でも入賞する。プロも
アマもない、あるのは作品だけなのだ。
うまく定義できないが、「プロであるという心意気を
持っていれば、下手くそでもプロである」。
逆に「すごい技を持っていても、自分はアマと思っている限り、
アマと呼ばれている領域から抜け出る事はできない」。
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はて、 要は、本人の心根次第か?
ただし、この方 「他人が決して真似のできない技を
持っている人が超一流」と述べている。それには納得。
尺八の世界も同じ。プロでも年収300万以下では、 食べていけないのだから、プロとはいえない。 その点では、私はプロといえない。
逆にアマでも、プロ以上に上手な方もいる。だが、 技術的にはすばらしくとも、プロとして認められるには、 強烈な個性、オリジナリティを持っているか否かだ。 その音色、演奏を聴いただけで誰だかがわかる。 それは他人には真似できないものを持っているか否かだ。
ひるがえって私。「9孔尺八」で「5孔」では吹けない半音階の
移行の曲でも吹奏は可能。1尺3寸~2尺4寸までの尺八で、 どんなキイにも対応できる。
それで、演歌、詩吟、琵琶、一絃琴、ご詠歌、声明、
バロック、前衛音楽、舞踊などの伴奏の仕事が舞い込む。
「余人をもって替え難し、オンリーワンの尺八プロ」。
言い方を替えれば「隙間(すきま)産業」で細々と食べて
いけるのでござる。