珍本である。
歴史に残る言葉や名言などを警語と言ったものかと思う。その警語なるものを歴史的に集めたものであるが、また、その文章が独特な日本語の修辞に彩られている。
一文を提供したい。
「足利氏の支配を受くる武人中の二大頭なる、山名氏、細川氏を両軍の首脳と為して、京都を東西より挟み、細川氏に属する東軍二十三州十一万六千人と算せられ、しかしてこれに参加する者、上は将軍より中は大諸侯、下は小身微力の士人に至るまで、一として、私怨私憤のために、もしくは私利私欲のために、自ら逞しうせんとして、相結託し相加担せる者にあらざるはなく、しかのみならず、これを横より観るときは、これ、血縁の分派によりたる陰晦(曇ってくらい)なる家庭の波瀾を、幾重にも累積して、膨大ならしめ複雑ならしめたるものに他ならず、応仁の乱の性質、此の如くそれ下劣なり。
故に、日本史上の精華として、絢爛煌耀人目を眩するに足れる、群雄割拠時代まさに来らんとする前の戦争、しかも、群雄割拠時代を招致すべき準備的変乱たる性質の戦争としては、徒にだらだらとして十有一年の長きに連なり、東西両軍の総帥勝元、宗全の二人者が、ついに1ヶ月を隔てて、相踵いて逝きしにも拘わらず、余衆なお対陣して四年の久しきに至りつつ、その間に一の義憤なく、一の清操なく、奇策の人を驚かしたるなく、殊勲の衆に抽んでたるなく、平々凡々、混々沌々、ただ無数の蛆虫の糞汁裡に蠢爾たるを認むるの外、如何に眼を拭うも何物をも見出だす能わざりしこと、却ってこれ怪訝に堪えざるが如しとイエドモ、細かに当時の事情を探求し来たらば、また此の如くなるの己むを得ざりしを首肯するに、吝ならざらん」
なんとも現代のPCで変換しない日本語の羅列、しかし読む言葉にリズムがあり、どこか楽しくもある。
さらには、いまでは言われなくなった言葉、たとえば「モウコが来る」というえば泣いている童が泣き止むとか、「うちの桂昌院様がやかましい」と母や妻の権力を握っていることを揶揄した表現とかが紹介されており、その点でも面白い。
日本にはこんな本もあり、一読を勧める。
(講談社学術文庫)
歴史に残る言葉や名言などを警語と言ったものかと思う。その警語なるものを歴史的に集めたものであるが、また、その文章が独特な日本語の修辞に彩られている。
一文を提供したい。
「足利氏の支配を受くる武人中の二大頭なる、山名氏、細川氏を両軍の首脳と為して、京都を東西より挟み、細川氏に属する東軍二十三州十一万六千人と算せられ、しかしてこれに参加する者、上は将軍より中は大諸侯、下は小身微力の士人に至るまで、一として、私怨私憤のために、もしくは私利私欲のために、自ら逞しうせんとして、相結託し相加担せる者にあらざるはなく、しかのみならず、これを横より観るときは、これ、血縁の分派によりたる陰晦(曇ってくらい)なる家庭の波瀾を、幾重にも累積して、膨大ならしめ複雑ならしめたるものに他ならず、応仁の乱の性質、此の如くそれ下劣なり。
故に、日本史上の精華として、絢爛煌耀人目を眩するに足れる、群雄割拠時代まさに来らんとする前の戦争、しかも、群雄割拠時代を招致すべき準備的変乱たる性質の戦争としては、徒にだらだらとして十有一年の長きに連なり、東西両軍の総帥勝元、宗全の二人者が、ついに1ヶ月を隔てて、相踵いて逝きしにも拘わらず、余衆なお対陣して四年の久しきに至りつつ、その間に一の義憤なく、一の清操なく、奇策の人を驚かしたるなく、殊勲の衆に抽んでたるなく、平々凡々、混々沌々、ただ無数の蛆虫の糞汁裡に蠢爾たるを認むるの外、如何に眼を拭うも何物をも見出だす能わざりしこと、却ってこれ怪訝に堪えざるが如しとイエドモ、細かに当時の事情を探求し来たらば、また此の如くなるの己むを得ざりしを首肯するに、吝ならざらん」
なんとも現代のPCで変換しない日本語の羅列、しかし読む言葉にリズムがあり、どこか楽しくもある。
さらには、いまでは言われなくなった言葉、たとえば「モウコが来る」というえば泣いている童が泣き止むとか、「うちの桂昌院様がやかましい」と母や妻の権力を握っていることを揶揄した表現とかが紹介されており、その点でも面白い。
日本にはこんな本もあり、一読を勧める。
(講談社学術文庫)