昨日から、ニュースを独占していた「愛知立てこもり事件」。
SATの隊員が亡くなったことも、救出作戦(?)として、問題だと思うのだが他にも・・・。
今回の事件の舞台となったのは、愛知県長久手町(愛知郡長久手町)という場所。
名古屋近郊といっても、ピンとこない方のほうが多いだろう。
一昨年「愛・地球博」のメイン会場の町内と言えば、わかる方もいるかも知れない。
ここ20年くらいの間で、名古屋のベットタウンとして大きくなってきた閑静な住宅地であり、名古屋市内の大学などが次々と移転した地域でもある。
それだけではなく・・・実は我が家からは、クルマで15分ほどの距離にある場所でもあるのだ。
我が家近辺で何かあったわけではないが、事件発生以来、マスコミがチャーターした(?)ヘリが、深夜・早朝問わず飛んでいるのである。
普段は、静かな住宅地と言うこともあり、ヘリの飛来音がとても大きく感じるのである。
当然、身柄が確保され、愛知警察署(愛知郡)に連行されるのを追いかけているのだろう、逮捕のニュースがあった直後、相当大きなヘリコプターの飛来音がしていた。
1日中ヘリコプターの飛来音が頭上でする、と言うのは意外なほど不安やストレス、不眠を起こすものである。
マスコミは、事件の状況を伝えると言う使命からヘリを飛ばしているのだろうが、生活をしている市民にとっては、不安を煽られるだけなのではないだろうか?
生活者の多くが、犯人を連行する護送車の映像を本当に見たい、と思っているのだろうか?
「伝える」というマスコミの使命は大切だが、それが不快や不安を煽ることとなってはいないだろうか?
もちろん、「身近にある銃社会」という問題も、浮き彫りにした。
イロイロな人が、銃器の広がりの理由を述べているが、それより問題なのは「如何に、身近にある銃器をなくしていくのか?」ということではないだろうか?
「銃器を凶器として使う」のではなく、「見て・眺めて楽しむ」という方もいらっしゃるようだが、その趣味的な部分と「銃器として使いたい」という衝動、アメリカ社会のように「護身用」がいつ、犯罪の主役となるのかわからない。
「使う人の問題」というのは、全米ライフル協会の言い分だが、今の日本の子供たちの中には「護身用」としてナイフを持ち歩き、それが凶器として使われることも少なくないのだ。
全米ライフル協会も「自分(と家族)を守るために、撃たれる前に撃て」といっている。
それは、日本のヤクザと重なる言い分でもあり、学校でナイフを振り回すこどもたちの言い分とも重なるような気がする。
このような言い分が、当たり前となると社会秩序は保てないのではないだろうか?
もう一つ、このような事件の報道の陰で大切な法案が次々と、国会で採択されていることも忘れたくない事実だ。
SATの隊員が亡くなったことも、救出作戦(?)として、問題だと思うのだが他にも・・・。
今回の事件の舞台となったのは、愛知県長久手町(愛知郡長久手町)という場所。
名古屋近郊といっても、ピンとこない方のほうが多いだろう。
一昨年「愛・地球博」のメイン会場の町内と言えば、わかる方もいるかも知れない。
ここ20年くらいの間で、名古屋のベットタウンとして大きくなってきた閑静な住宅地であり、名古屋市内の大学などが次々と移転した地域でもある。
それだけではなく・・・実は我が家からは、クルマで15分ほどの距離にある場所でもあるのだ。
我が家近辺で何かあったわけではないが、事件発生以来、マスコミがチャーターした(?)ヘリが、深夜・早朝問わず飛んでいるのである。
普段は、静かな住宅地と言うこともあり、ヘリの飛来音がとても大きく感じるのである。
当然、身柄が確保され、愛知警察署(愛知郡)に連行されるのを追いかけているのだろう、逮捕のニュースがあった直後、相当大きなヘリコプターの飛来音がしていた。
1日中ヘリコプターの飛来音が頭上でする、と言うのは意外なほど不安やストレス、不眠を起こすものである。
マスコミは、事件の状況を伝えると言う使命からヘリを飛ばしているのだろうが、生活をしている市民にとっては、不安を煽られるだけなのではないだろうか?
生活者の多くが、犯人を連行する護送車の映像を本当に見たい、と思っているのだろうか?
「伝える」というマスコミの使命は大切だが、それが不快や不安を煽ることとなってはいないだろうか?
もちろん、「身近にある銃社会」という問題も、浮き彫りにした。
イロイロな人が、銃器の広がりの理由を述べているが、それより問題なのは「如何に、身近にある銃器をなくしていくのか?」ということではないだろうか?
「銃器を凶器として使う」のではなく、「見て・眺めて楽しむ」という方もいらっしゃるようだが、その趣味的な部分と「銃器として使いたい」という衝動、アメリカ社会のように「護身用」がいつ、犯罪の主役となるのかわからない。
「使う人の問題」というのは、全米ライフル協会の言い分だが、今の日本の子供たちの中には「護身用」としてナイフを持ち歩き、それが凶器として使われることも少なくないのだ。
全米ライフル協会も「自分(と家族)を守るために、撃たれる前に撃て」といっている。
それは、日本のヤクザと重なる言い分でもあり、学校でナイフを振り回すこどもたちの言い分とも重なるような気がする。
このような言い分が、当たり前となると社会秩序は保てないのではないだろうか?
もう一つ、このような事件の報道の陰で大切な法案が次々と、国会で採択されていることも忘れたくない事実だ。