hiyamizu's blog

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村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」を読む

2010年07月02日 | 読書2
村上春樹著「走ることについて語るときに僕の語ること」2007年10月、文藝春秋発行を読んだ。

1982年秋、『羊をめぐる冒険』を書き上げ、小説家として手ごたえを感じた。そして、長年小説を書き続けるために走り始め、マラソン、100キロマラソン、トライアスロンと徹底して長距離を走るようになる経緯を述べる。彼にとってかけがいのないものとなった走ることについて語るとき、彼の考える小説家の形、創作の日々、そして彼のこだわりのライフスタイルについて語ることになる。この本は、彼によれば、エッセイというより、メモワール(回顧録)だ。

小説を書くきっかけとなった神宮球場でのデーゲームの瞬間(この話は他のエッセイで読んだことがある)、群像新人賞受賞、ジャズ喫茶の経営と小説の執筆を振り返る。小説家の資質に必要なのはまず才能としながらも、集中力を持続させるための体力が不可欠だと考える。そのために、自身の孤独を好む性格にフィットし、特に場所を選ばない長距離走を選んだ。そして四半世紀ほど一貫して続けてきた。

小説家として重要な資質は、「一に才能、二に集中力、三に継続力」だという。とくに、長編小説を書くという作業は、根本的には肉体労働だ。年取って才能の衰えをカバーするのも筋力だ。

初めての42kmは、1983年、アテネからマラトンまで走り、写真を撮って雑誌の記事にする企画だった。
写真家が言った。

「村上さん、ほんとにマジでコースを全部走るんですね」・・・
「当たり前じゃないですか。そのために来たんだから」
「そうですか。でもねえ、こうゆう企画って、実際に全部やる人ってあまりいないんですよ。適当に写真だけとって、途中は省いちゃうことが多いんです。ふうん、ほんとうに走るんだ」
世の中ってよくわからないですよね。そんなことが実際におこなわれているんだ。


14枚の春樹さんのマラソン姿の写真がある。

本書は書き下ろしだが、100キロマラソン等についてだけ、雑誌などにエッセイが掲載されている。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

村上さんのファンには、過去の事だが、かなり日常生活について触れているので興味を惹かれるだろう。また、村上ファンでなくても、走ることが好きな人には共感を呼ぶと思う。村上さんも、走ることも好きでない人がもし万一居れば、居るだろうが、お勧めできない。

本書は、マラソン、トライアスロンなど長距離を走ることに徹底的に絞って書いている。もちろん日記風なので、滞在先の海外のこと、小説のことも若干触れられるが、大部分はトレーニング、練習、大会などの詳細な記述だ。珍しいのは、奥さんが3,4箇所に登場することぐらいか。

私も10年ほど前まではジョギングをしていたし、20キロのハーフマラソンは何回か走った。市民ランナーの中でも平均以下のタイムだったが、キロ5分のペースだった。(「横浜マラソンの思い出」)

村上さんは若い時はフルマラソン、2時間半、42.195キロをキロ5分ペースで走った。フルマラソンをこのペースなら優秀な市民ランナーではある。詳細に書かれたレース前の練習スケジュールを読むと、すごすぎる。一月100キロも走れなかった私に比べ、村上さんは月300キロを数カ月走る。やりすぎ市民ランナーの領域だ。
長距離を走ること、体をいじめ、鍛えることは村上さんの趣味というより、ストイックでマニアックなオタクの領域で、私に言わせればビョーキに近い。

しかし、サラリーマン・ランナーとして共感できる点も多い。

誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき,僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。・・・自分を肉体的に消耗させる。・・・

私にも、こんなことがあったような、なかったようなかすかな遠い記憶がある。

村上さんがボストン近郊のチャールズ河沿いをマイペースでのんびり走っていると、ハーヴァードの新入生が金髪をポニーテールにして挑戦的に走り抜いていく。何しろハーヴァードなのだ。
まわりの風景を見ながらのんびり走るということはおそらく、彼女たちのメンタリティーには馴染まないのだろう。
それに比べると僕は、自慢するわけではないけれど、負けることにはかなり慣れている。世の中には僕の手に余るものごとが山ほどあり、どうやっても勝てない相手が山ほどいる。・・・彼女たちのゆらゆら揺れる誇らしげなポニーテールと、ほっそりした好戦的な脚を眺めながら、・・・
僕の人生にもそのような輝かしい日々が、かっては存在したのだろうか?

このへんのところも、私の気持ちにはぴったり来る。図抜けた勝ち組の村上さんに言われたくはないのだが。



村上春樹は、1949年京都市生まれ、まもなく西宮市へ。
1968年早稲田大学第一文学部入学
1971年高橋陽子と学生結婚
1974年喫茶で夜はバーの「ピーター・キャット」を開店。
1979年 「風の歌を聴け」で群像新人文学賞
1982年「羊をめぐる冒険」で野間文芸新人賞
1985年「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で谷崎潤一郎賞
1986年約3年間ヨーロッパ滞在
1991年米国のプリンストン大学客員研究員、客員講師
1993年タフツ大学
1996年「ねじまき鳥クロニクル」で読売文学賞
1999年「約束された場所で―underground 2」で桑原武夫学芸賞
2006年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、世界幻想文学大賞
2007年朝日賞、早稲田大学坪内逍遥大賞受賞
2008年プリンストン大学より名誉博士号(文学)、カリフォルニア大学バークレー校よりバークレー日本賞
2009年エルサレム賞、毎日出版文化賞を受賞。スペインゲイジュツ文学勲章受勲。
その他、『蛍・納屋を焼く・その他の短編』、『若い読者のための短編小説案内』『めくらやなぎと眠る女





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