バス深名線沿線は豪雪地帯である。しかし道路に雪はない。除雪車が一掃したのか、雪が少ないのか、たぶん両方だろうが、運転手さんのドライブテクニックを期待していた私は拍子抜けした。
あれほど人が乗っていたバスも、ひとり、またひとりと下車し、幌加内バスターミナルに着いたときは4人に減っていた。ここで15分の休憩となる。
ターミナル内には美味い幌加内そばを食べさせる蕎麦屋があるが、この日は臨時休業だった。2階にはJR深名線の鉄道記念館があるが、土・休日は休みである。
しかし記念館を興味深く見るのは旅行者だろう。それならば平日を休みにするべきだと思うが、どうか。
名寄行きのバスは13時17分に発車した。スーツ姿のおじさんが乗車しているが、ほかの乗客は私だけ。この閑散ぶりが深名線本来の姿である。
「この辺は昔、鉄道が走ってたんですってね」
最前列に座り直したおじさんが、運転手さんに話しかける。
やがて、JR深名線最大の遺構である、第3雨竜川橋梁が見えてきた。おおー、とおじさんが驚く。
「これは撤去できなかったんですか」
「わざと残したみたいですね」
若い運転手さんが散文的に答えた。
そんな会話があった1分後の13時36分、バスは「ルオント前」に停車し、私は下車した。ここに隣接する温泉施設「せいわ温泉ルオント」で一浴するのが私の定跡である。「ルオント」は、フィンランド語で「自然」を意味する。
温泉に入る前に、第3雨竜川橋梁に挨拶に行く。何しろ次のバスは16時16分。まだ2時間半もある。
路肩には、例年より低い位置に雪があった。やはり今年の雪は少ないようだ。今年は内地各地で大雪が降ったが、それは内地だけだったということか。
以前は撤去の話もあったが、保存が決まった第3雨竜川橋梁を目に焼き付けて、私はいま来た道を引き返した。
せいわ温泉ルオントの施設に入る。入浴料は500円。脱衣所に入ると、若い男性が数人いたので、驚いた。この時間帯は閑散としているはずだが、三連休の中日だから、遠出するグループでもあったのだろうか。今回の旅行では、どこも人が多く、ちょっと調子が狂う。
中に入ると、洗い場もほぼ満員である。ホント、どうなっているのかと思う。
きょうの変わり温泉は「玉露カテキン茶風呂」である。昨年の同時期は「赤ワイン風呂」だった。ワインといえば船戸陽子女流二段である。昨年は船戸女流二段の入浴姿を想像し、湯船でカタくしてしまったことを思い出す。
カテキン風呂は鮮やかな緑色で、ほんのりとお茶の香りがして、体の内外から健康になるような気がした。
茶褐色に変色していた露天風呂にもつかり、1時間近く、温泉を満喫する。しかし繰り返すが、名寄行きのバスは16時16分なので、まだ時間はたっぷりある。
温泉内にあるレストランで、おろしそばを食した。幌加内のそばは香り高く、コクがある。私は旅に出ると、にぎり寿司、ラーメン、日本そばを食すことにしているが、これで早くも3食コンプリートとなった。
待合室でボーッと待っていると、定刻にバスが来た。今度は44人乗りの中型バスである。先客は若い男女が2人。それでも幌加内よりひとり多い、3人の乗客で発車した。
しかしその2人も、朱鞠内バス停で下車してしまった。迎えに来た人と男性が、ガッチリ抱き合っている。今夜はここ朱鞠内で、何かのイベントがあるのだ。ちょっと興味をそそられるが、ここで下車するわけにはいかない。何しろこれが、名寄行きの「最終バス」なのだ。
とにかくこれで、乗客は私だけとなった。大きなバスに私ひとり。女子高生の歌声をBGMに車窓を眺めるのもよかったが、黄昏時に中型バスを借り切って、車窓を楽しむのもオツなものである。
日本最大の人造湖・朱鞠内湖は雪に覆われて、どこにあるか見当もつかない。バスは右折し、坂道を登る。やがて大きな橋を渡るが、ここが深名線沿線の白眉だと思う。水墨画のような景色が一面に拡がり、思わず息を飲む。この絶景を見るだけでも、バス代を払う価値はある。
定刻より1分遅れの17時54分、終点より1つ前の西3条南6丁目で私は下車した。外はもう真っ暗である。ここから徒歩4分で、「なよろ雪質日本一フェスティバル」会場に着いた。
これは別名「なよろ国際雪像彫刻大会ジャパンカップ」ともいい、広大な敷地の中に、大雪像と、各国の腕自慢が造った雪像が並んでいる。札幌や旭川もいいが、名寄の雪像はデザインが凝っていて、それがライトアップされると、雪の芸術品に昇華する。むろん「雪質日本一」の名寄の雪が、精緻な雪像に一役買っているのは、いうまでもない。
今年の出展は、日本の企業や学生が多かったようである。「優勝」も、日本人のグループだった。
また今年は、敷地内中央に、焼肉パーティー用のスペースが設けられていた。こんなものは昨年まではなく―いやあったのかもしれぬが、私は目にしたことがなかった―、ちょっと食指を動かされたが、「ひとり焼肉」はさすがに虚しく、入場はやめにした。
さらに今年は、例年より出店が多かった。しかも例年なら店を閉めている時間なのに、まだ開いている。値段を見ると、ほかの雪まつり会場と比べて、かなり良心的だった。
肉まん120円、フライドポテト100円、たい焼き120円、うどん300円…と、たて続けに食べる。中でもうどんは絶品だった。これ、ほかの雪まつりだったら、500円はするだろう。
大雪像のステージでは、スノーボードの大会が始まった。この寒空の下、多くの中・高校生が見守っている。これも初めて見る光景で、まったく今年の深名線沿線は、どこもかしこも人、人、人だ。
風が一段と強くなってきた。手や顔に冷気があたり、痛みすら覚える。もう少し雪まつりを楽しみたいが、さすがに寒さが堪えてきた。
午後7時すぎ、私は会場を後にした。
次に乗るべき普通列車には、まだ時間がある。私は名寄に来ると必ず寄る軽食喫茶に向かったが、1階の客間スペースがお菓子売り場になっており、ズッコケた。2階に客間はあるが、ちょっと入りづらい感じである。これはパスだ。
今夜(12日)の宿は、前日と同じ旭川を予定している。「宿」とか書いたが、実際はネットカフェである。ネットカフェも住み慣れれば利便性がよく、立派な都だ。
私は名寄駅の待合室に入ると、20時11分発の上り普通列車を、じっと待った。
(つづく)
あれほど人が乗っていたバスも、ひとり、またひとりと下車し、幌加内バスターミナルに着いたときは4人に減っていた。ここで15分の休憩となる。
ターミナル内には美味い幌加内そばを食べさせる蕎麦屋があるが、この日は臨時休業だった。2階にはJR深名線の鉄道記念館があるが、土・休日は休みである。
しかし記念館を興味深く見るのは旅行者だろう。それならば平日を休みにするべきだと思うが、どうか。
名寄行きのバスは13時17分に発車した。スーツ姿のおじさんが乗車しているが、ほかの乗客は私だけ。この閑散ぶりが深名線本来の姿である。
「この辺は昔、鉄道が走ってたんですってね」
最前列に座り直したおじさんが、運転手さんに話しかける。
やがて、JR深名線最大の遺構である、第3雨竜川橋梁が見えてきた。おおー、とおじさんが驚く。
「これは撤去できなかったんですか」
「わざと残したみたいですね」
若い運転手さんが散文的に答えた。
そんな会話があった1分後の13時36分、バスは「ルオント前」に停車し、私は下車した。ここに隣接する温泉施設「せいわ温泉ルオント」で一浴するのが私の定跡である。「ルオント」は、フィンランド語で「自然」を意味する。
温泉に入る前に、第3雨竜川橋梁に挨拶に行く。何しろ次のバスは16時16分。まだ2時間半もある。
路肩には、例年より低い位置に雪があった。やはり今年の雪は少ないようだ。今年は内地各地で大雪が降ったが、それは内地だけだったということか。
以前は撤去の話もあったが、保存が決まった第3雨竜川橋梁を目に焼き付けて、私はいま来た道を引き返した。
せいわ温泉ルオントの施設に入る。入浴料は500円。脱衣所に入ると、若い男性が数人いたので、驚いた。この時間帯は閑散としているはずだが、三連休の中日だから、遠出するグループでもあったのだろうか。今回の旅行では、どこも人が多く、ちょっと調子が狂う。
中に入ると、洗い場もほぼ満員である。ホント、どうなっているのかと思う。
きょうの変わり温泉は「玉露カテキン茶風呂」である。昨年の同時期は「赤ワイン風呂」だった。ワインといえば船戸陽子女流二段である。昨年は船戸女流二段の入浴姿を想像し、湯船でカタくしてしまったことを思い出す。
カテキン風呂は鮮やかな緑色で、ほんのりとお茶の香りがして、体の内外から健康になるような気がした。
茶褐色に変色していた露天風呂にもつかり、1時間近く、温泉を満喫する。しかし繰り返すが、名寄行きのバスは16時16分なので、まだ時間はたっぷりある。
温泉内にあるレストランで、おろしそばを食した。幌加内のそばは香り高く、コクがある。私は旅に出ると、にぎり寿司、ラーメン、日本そばを食すことにしているが、これで早くも3食コンプリートとなった。
待合室でボーッと待っていると、定刻にバスが来た。今度は44人乗りの中型バスである。先客は若い男女が2人。それでも幌加内よりひとり多い、3人の乗客で発車した。
しかしその2人も、朱鞠内バス停で下車してしまった。迎えに来た人と男性が、ガッチリ抱き合っている。今夜はここ朱鞠内で、何かのイベントがあるのだ。ちょっと興味をそそられるが、ここで下車するわけにはいかない。何しろこれが、名寄行きの「最終バス」なのだ。
とにかくこれで、乗客は私だけとなった。大きなバスに私ひとり。女子高生の歌声をBGMに車窓を眺めるのもよかったが、黄昏時に中型バスを借り切って、車窓を楽しむのもオツなものである。
日本最大の人造湖・朱鞠内湖は雪に覆われて、どこにあるか見当もつかない。バスは右折し、坂道を登る。やがて大きな橋を渡るが、ここが深名線沿線の白眉だと思う。水墨画のような景色が一面に拡がり、思わず息を飲む。この絶景を見るだけでも、バス代を払う価値はある。
定刻より1分遅れの17時54分、終点より1つ前の西3条南6丁目で私は下車した。外はもう真っ暗である。ここから徒歩4分で、「なよろ雪質日本一フェスティバル」会場に着いた。
これは別名「なよろ国際雪像彫刻大会ジャパンカップ」ともいい、広大な敷地の中に、大雪像と、各国の腕自慢が造った雪像が並んでいる。札幌や旭川もいいが、名寄の雪像はデザインが凝っていて、それがライトアップされると、雪の芸術品に昇華する。むろん「雪質日本一」の名寄の雪が、精緻な雪像に一役買っているのは、いうまでもない。
今年の出展は、日本の企業や学生が多かったようである。「優勝」も、日本人のグループだった。
また今年は、敷地内中央に、焼肉パーティー用のスペースが設けられていた。こんなものは昨年まではなく―いやあったのかもしれぬが、私は目にしたことがなかった―、ちょっと食指を動かされたが、「ひとり焼肉」はさすがに虚しく、入場はやめにした。
さらに今年は、例年より出店が多かった。しかも例年なら店を閉めている時間なのに、まだ開いている。値段を見ると、ほかの雪まつり会場と比べて、かなり良心的だった。
肉まん120円、フライドポテト100円、たい焼き120円、うどん300円…と、たて続けに食べる。中でもうどんは絶品だった。これ、ほかの雪まつりだったら、500円はするだろう。
大雪像のステージでは、スノーボードの大会が始まった。この寒空の下、多くの中・高校生が見守っている。これも初めて見る光景で、まったく今年の深名線沿線は、どこもかしこも人、人、人だ。
風が一段と強くなってきた。手や顔に冷気があたり、痛みすら覚える。もう少し雪まつりを楽しみたいが、さすがに寒さが堪えてきた。
午後7時すぎ、私は会場を後にした。
次に乗るべき普通列車には、まだ時間がある。私は名寄に来ると必ず寄る軽食喫茶に向かったが、1階の客間スペースがお菓子売り場になっており、ズッコケた。2階に客間はあるが、ちょっと入りづらい感じである。これはパスだ。
今夜(12日)の宿は、前日と同じ旭川を予定している。「宿」とか書いたが、実際はネットカフェである。ネットカフェも住み慣れれば利便性がよく、立派な都だ。
私は名寄駅の待合室に入ると、20時11分発の上り普通列車を、じっと待った。
(つづく)