ビルの隣にある牛丼専門店「吉野家」で慌ただしく昼食を摂り、再び対局場に戻る。
今回も勝者予想クイズが実施されており、決勝進出2ペアを当てる。本戦トーナメント表を見ると、中井・嘉野ペアと渡部・菊田ペアの勝者が松尾・野島ペアと当たり、船戸・渡辺ペアと美樹・中治ペアの勝者が島井・城間ペアと当たる。
女流棋士のみの戦いなら中井広恵女流六段を決勝進出者に推すが、ペア将棋ではそうはいかない。パートナーによって1+1が3にも4にもなることもあれば、0.5になる場合もあるからだ。
予選2回戦では、松尾・野島ペアが中井・嘉野ペアを破った将棋が見事だった。このふたりは息が合っている。本戦1回戦がシードというアドバンテージもあるし、この山は松尾・野島ペアが勝ち上がると予想した。
反対側の山は、船戸・渡辺ペアの息が合っていた。船戸ファンを公言する私としてはどうもおもしろくない。おもしろくないが、やはりこのペアを推さざるを得ない。
私はこれらの2ペアにチェックを入れて、投票した。
渡部愛ツアー女子プロが私を見て、
「大沢さん」
と言う。可憐だ。しかし「『みずなら』が2月5日で終わっちゃうそうです」と続けたので、驚いた。
「みずなら」とは札幌市内にある将棋サロンで、市内ではかなり知られた存在である。会員数も多く、札幌在住の渡部ツアー女子プロも、名を連ねていた。
私も何度かお邪魔したことがあり、この2月に私は、北海道由紀まつり…雪まつりに訪れるが、その時もみずならに寄るのを楽しみにしていたのだ。
「サロン、閉めちゃうんですか…。札幌市内だから、家賃とかバカにならないだろうしなあ…。田中さんでしたっけ? 温厚でいい人だったのになあ…」
なんだか旅先で乗るローカル線が廃止になるような気がして、さびしかった。
そろそろ対局の時間である。では例によって、各選手の配置を記そう。
美樹・中治(先)
盤(時計)
船戸・渡辺(後)
渡部・菊田(先)
盤(時計)
中井・嘉野(後)
………………………………………………
ペア将棋体験コーナー
スケジュールより23分遅い、13時53分、対局開始。
将棋が2局に減ったので、右のスペースが自由に行き来できるようになった。対局者の表情が覗えるようになり、これはありがたい。
手前右には新たに対局スペースが設けられた。ペア将棋体験コーナーで、女流棋士といっしょにペア将棋が楽しめる。藤森奈津子女流四段と中倉宏美女流二段が担当のようだ。
そのさらに手前では、「どうぶつしょうぎ」のペアマッチ選手権が催されるようだ。
局面。渡部・菊田ペアは、渡部ツアー女子プロが四間に飛車を振る。やっぱり渡部ツアー女子プロには振り飛車がよく似合う。ただ、チェスクロックまでが遠く、ボタンを押しづらそうだ。
船戸・渡辺ペアは中飛車穴熊。船戸女流二段の裏芸だ。これは事前に作戦を練ったものか。
大盤の解説は田村康介六段。早指し将棋にはうってつけの解説者である。
渡部ツアー女子プロ、☗3七桂。中井・嘉野ペアは穴熊で来ると読み、早めに攻勢を取ったのだ。案の定、中井女流六段は☖1二香と上がった。
開始から10分が経過した。さすがに本戦トーナメントだけあって、予選と違って、笑いがない。心なしか、空気がピンと張りつめた気がする。
中井女流六段、☖4二銀と引く。松尾流の四枚穴熊だ。完全に勝ちに来ている、と思った。
渡部ツアー女子プロが、くちびるに指をあてて考えている。おなじみのポーズだが、いつもはハンドタオルを口にあてている。
14時08分、渡部ツアー女子プロが合図をして、作戦タイムを取った。中井女流六段、嘉野満アマも席を離れる。相手の作戦タイム中は、自分たちは頭を休める、がふたりのスタンスのようだ。
船戸・渡辺ペアも作戦タイムだ。相変わらず駒を動かさず、検討をする。どう見てもお似合いのペアである。やっぱりおもしろくない。このふたり、指し手の方針をあらかた決めると、渡部・菊田ペアより先に作戦タイムを終えてしまった。まさに一心同体だ。これはもう、決勝進出は固いのではないか。
渡部・菊田ペアは濃密な検討になっている。このふたりは、雰囲気が似ているような気がする。親子にも見える。
ふたりと入れ替わるように、中井・嘉野ペアも作戦タイムを取った。このあたりの駆け引きはおもしろい。
14時14分、美樹・中治ペアが作戦タイムを取った。2局とも中盤のむずかしい局面であることが分かる。
ペア将棋体験コーナーでは、藤森女流四段、中倉女流二段が、観客といっしょに将棋を指している。機会があれば私も指したいが、女流棋士がOKしてくれるかどうか。
14時18分。大庭女流初段、☗4三歩成。これは大きな手だが、後手玉は9一にいる。このと金がどれくらい響いているか。
島井咲緒里女流初段が観戦に来た。次はこの対局の勝者ペアと当たる。やはり気になるのだろう。ピンクのスーツがまぶしい。すぐ近くにいるので、ドキドキしてしまう。
船戸女流二段、☖5六歩と銀頭を叩く。これは厳しい。筋に入ってきたか。船戸女流二段の、横顔のシルエットが美しい。やはり女流棋士の対局姿はいいと思う。
14時30分。中井女流六段が、パートナーの嘉野満アマをチラッと見た。局面は優勢だが、勢い余って、味方にまでニラミをくれてしまったのか。
14時31分、船戸・渡辺ペアが勝ち名乗りを上げた。穴熊は手つかず。快勝だったと思う。
ペア将棋を終えていた藤森女流四段が来て、
「どっちが勝ったんですか?」
と私に訊いた。
「船戸さんです」
私は複雑な思いで答える。
14時34分、中井・嘉野ペアも勝利した。渡部ツアー女子プロは、悔しさを隠せない。
再び島井女流初段が対局場へ来る。船戸・渡辺ペア-美樹・中治ペア戦の感想戦を見ていたが、思い出したようにこちらを見て、
「どっちが勝ったんですか?」
と、藤森女流四段と同じセリフを言った。
か、かわいい…!! その瞳はキラキラしていて、アイドルのようだ。ファンランキングの順位がムロヤユキと入れ替わった瞬間だった。
「船戸さんです。(次の対局、)ガンバッテください」
船戸・渡辺ペアの決勝進出に1票を入れているのに、私は躊躇なくそう答えた。
(つづく)
今回も勝者予想クイズが実施されており、決勝進出2ペアを当てる。本戦トーナメント表を見ると、中井・嘉野ペアと渡部・菊田ペアの勝者が松尾・野島ペアと当たり、船戸・渡辺ペアと美樹・中治ペアの勝者が島井・城間ペアと当たる。
女流棋士のみの戦いなら中井広恵女流六段を決勝進出者に推すが、ペア将棋ではそうはいかない。パートナーによって1+1が3にも4にもなることもあれば、0.5になる場合もあるからだ。
予選2回戦では、松尾・野島ペアが中井・嘉野ペアを破った将棋が見事だった。このふたりは息が合っている。本戦1回戦がシードというアドバンテージもあるし、この山は松尾・野島ペアが勝ち上がると予想した。
反対側の山は、船戸・渡辺ペアの息が合っていた。船戸ファンを公言する私としてはどうもおもしろくない。おもしろくないが、やはりこのペアを推さざるを得ない。
私はこれらの2ペアにチェックを入れて、投票した。
渡部愛ツアー女子プロが私を見て、
「大沢さん」
と言う。可憐だ。しかし「『みずなら』が2月5日で終わっちゃうそうです」と続けたので、驚いた。
「みずなら」とは札幌市内にある将棋サロンで、市内ではかなり知られた存在である。会員数も多く、札幌在住の渡部ツアー女子プロも、名を連ねていた。
私も何度かお邪魔したことがあり、この2月に私は、北海道由紀まつり…雪まつりに訪れるが、その時もみずならに寄るのを楽しみにしていたのだ。
「サロン、閉めちゃうんですか…。札幌市内だから、家賃とかバカにならないだろうしなあ…。田中さんでしたっけ? 温厚でいい人だったのになあ…」
なんだか旅先で乗るローカル線が廃止になるような気がして、さびしかった。
そろそろ対局の時間である。では例によって、各選手の配置を記そう。
美樹・中治(先)
盤(時計)
船戸・渡辺(後)
渡部・菊田(先)
盤(時計)
中井・嘉野(後)
………………………………………………
ペア将棋体験コーナー
スケジュールより23分遅い、13時53分、対局開始。
将棋が2局に減ったので、右のスペースが自由に行き来できるようになった。対局者の表情が覗えるようになり、これはありがたい。
手前右には新たに対局スペースが設けられた。ペア将棋体験コーナーで、女流棋士といっしょにペア将棋が楽しめる。藤森奈津子女流四段と中倉宏美女流二段が担当のようだ。
そのさらに手前では、「どうぶつしょうぎ」のペアマッチ選手権が催されるようだ。
局面。渡部・菊田ペアは、渡部ツアー女子プロが四間に飛車を振る。やっぱり渡部ツアー女子プロには振り飛車がよく似合う。ただ、チェスクロックまでが遠く、ボタンを押しづらそうだ。
船戸・渡辺ペアは中飛車穴熊。船戸女流二段の裏芸だ。これは事前に作戦を練ったものか。
大盤の解説は田村康介六段。早指し将棋にはうってつけの解説者である。
渡部ツアー女子プロ、☗3七桂。中井・嘉野ペアは穴熊で来ると読み、早めに攻勢を取ったのだ。案の定、中井女流六段は☖1二香と上がった。
開始から10分が経過した。さすがに本戦トーナメントだけあって、予選と違って、笑いがない。心なしか、空気がピンと張りつめた気がする。
中井女流六段、☖4二銀と引く。松尾流の四枚穴熊だ。完全に勝ちに来ている、と思った。
渡部ツアー女子プロが、くちびるに指をあてて考えている。おなじみのポーズだが、いつもはハンドタオルを口にあてている。
14時08分、渡部ツアー女子プロが合図をして、作戦タイムを取った。中井女流六段、嘉野満アマも席を離れる。相手の作戦タイム中は、自分たちは頭を休める、がふたりのスタンスのようだ。
船戸・渡辺ペアも作戦タイムだ。相変わらず駒を動かさず、検討をする。どう見てもお似合いのペアである。やっぱりおもしろくない。このふたり、指し手の方針をあらかた決めると、渡部・菊田ペアより先に作戦タイムを終えてしまった。まさに一心同体だ。これはもう、決勝進出は固いのではないか。
渡部・菊田ペアは濃密な検討になっている。このふたりは、雰囲気が似ているような気がする。親子にも見える。
ふたりと入れ替わるように、中井・嘉野ペアも作戦タイムを取った。このあたりの駆け引きはおもしろい。
14時14分、美樹・中治ペアが作戦タイムを取った。2局とも中盤のむずかしい局面であることが分かる。
ペア将棋体験コーナーでは、藤森女流四段、中倉女流二段が、観客といっしょに将棋を指している。機会があれば私も指したいが、女流棋士がOKしてくれるかどうか。
14時18分。大庭女流初段、☗4三歩成。これは大きな手だが、後手玉は9一にいる。このと金がどれくらい響いているか。
島井咲緒里女流初段が観戦に来た。次はこの対局の勝者ペアと当たる。やはり気になるのだろう。ピンクのスーツがまぶしい。すぐ近くにいるので、ドキドキしてしまう。
船戸女流二段、☖5六歩と銀頭を叩く。これは厳しい。筋に入ってきたか。船戸女流二段の、横顔のシルエットが美しい。やはり女流棋士の対局姿はいいと思う。
14時30分。中井女流六段が、パートナーの嘉野満アマをチラッと見た。局面は優勢だが、勢い余って、味方にまでニラミをくれてしまったのか。
14時31分、船戸・渡辺ペアが勝ち名乗りを上げた。穴熊は手つかず。快勝だったと思う。
ペア将棋を終えていた藤森女流四段が来て、
「どっちが勝ったんですか?」
と私に訊いた。
「船戸さんです」
私は複雑な思いで答える。
14時34分、中井・嘉野ペアも勝利した。渡部ツアー女子プロは、悔しさを隠せない。
再び島井女流初段が対局場へ来る。船戸・渡辺ペア-美樹・中治ペア戦の感想戦を見ていたが、思い出したようにこちらを見て、
「どっちが勝ったんですか?」
と、藤森女流四段と同じセリフを言った。
か、かわいい…!! その瞳はキラキラしていて、アイドルのようだ。ファンランキングの順位がムロヤユキと入れ替わった瞬間だった。
「船戸さんです。(次の対局、)ガンバッテください」
船戸・渡辺ペアの決勝進出に1票を入れているのに、私は躊躇なくそう答えた。
(つづく)