
第8図以下の指し手。△7三同金▲3七桂△7九竜▲6八銀△8九竜▲7三歩?
ザブングル・加藤歩アマ初段は△7三同金と取ったが、解説の戸辺誠七段は、「今これがありましたね」と言う。すなわち△3八銀と打ち、▲同金△同香成まで3手詰!
しかし対局者はエアポケットに入っていた。つるの剛士アマ三段は▲3七桂と外し、何事もなかったように進行した。△7九竜には▲6八銀とはじき、これはもう一局、である。
つるのアマ三段、▲7三歩。……あれ? この歩は打てないはずだが……と思ったら、第8図の△7三同金は△同竜と指していた。
ということはこの瞬間、もう先手玉への詰めろが外れていたことになる。加藤アマ初段、一瞬のチャンスだった。
第8図以下の本当の指し手。△7三同竜▲3七桂△7九竜▲6八銀△8九竜▲7三歩△同金▲7九香△7六歩(第9図)

第9図以下の指し手。▲8二銀△同玉▲6一飛成△5一銀▲9四歩△7二銀▲9三歩成△同香▲5二竜△同銀▲8五桂△3七歩成▲同金△3六歩▲3八金△3七桂▲4八玉(第10図)
つるのアマ三段はもう猶予はならない。▲8二銀が強烈な勝負手だった。
「スパートをかけましたね。どっちが先にゴールにたどり着くか」
と戸辺七段。もうひとりの解説の竹俣紅女流初段は、静かに行方を見守っている。
しかし▲6一飛成に△5一銀が冷静だ。「ここ△7二銀は▲5二竜があります」
とはいえ並のアマなら、近くに竜がいるのが恐くて△7二銀としてしまいそう。加藤アマ初段、段位以上の実力があるようだ。
▲9四歩には、そこで△7二銀と打つ。以下△5二同銀までとなって、「少し後手がいい」と戸辺七段の判定である。
加藤アマ初段は「思い出したかのように」△3七歩成とし、待望の反撃である。△3六歩には、「いいですね。結構厳しいですね」と戸辺七段がつぶやく。
つるのアマ三段はじっと▲3八金と引く。「これは左右逆ですけど、中原囲いといって、堅い囲いです」。
たしかにウンザリする囲いだが、本局は3七に弱点がある。加藤アマ初段は、△3七桂と打ち込んだ。

第10図以下の指し手。△5五桂▲9四歩△4六歩▲6二金△4七歩成▲同金△同桂成▲同玉△4五飛(第11図)
第10図で加藤アマ初段の駒不足に思えたが、△5五桂が味のいい活用だった。
「これは視野が広いですね」
「今、加藤さんの指がしなってました」
と、これは乃木坂46・伊藤かりんさんの報告である。だが加藤アマ初段は足の痺れとも戦っている。「現在は、片脚ずつ立てているみたいです。現場からは以上です」
つるのアマ三段は▲6二金と打ち、これが詰めろだ。
加藤アマ初段は4七で清算し、△4五飛。「いやー。すごい手が出ましたね」と戸辺七段が唸る。確かに王手桂取りで厳しいが……。

第11図以下の指し手。▲4六歩△8五飛▲9三歩成△同玉▲5二金△6五歩▲8六銀△8六同飛▲同歩△5五桂(途中2図)
▲5八玉△4七銀▲6九玉△7八金(投了図)
まで、154手で加藤アマ初段の勝ち。
つるのアマ三段は▲4六歩と受けたが、加藤アマ初段は△8五飛と桂を外し、だいぶラクになった。戻って▲4六歩では「▲4六桂」が戸辺七段の指摘で、△8五飛には▲5四桂と馬を取り、次に▲7一角を見て厳しい。こう指せば、まだ一波乱あったに違いない。
▲8六銀には決断の△同飛。返す刀で△5五桂と打ち、いよいよ収束か。

▲5八玉と逃げたが、最後の粘りを欠いた。ここはダメもとで「▲5五同馬」があったようだ。
本譜△4七銀▲6九玉に、加藤アマ初段が客席を見る。勝利を確信した顔で、私たちもつられて笑う。
金を高々と掲げ、△7八金!! 綺麗な詰み上がりで、つるのアマ三段が「悔しいです!! 負けました!」と投了した。
【投了図は△7八金まで】

終了は午後0時44分。つるのアマ三段は「悔しい~~!!!」と改めて絶叫した。その気持ち、よく分かる。芸能界でも勝ち負けはあろうが、将棋で負けた時ほど悔しいものはない。能力も含め、全人格を否定された気持ちになるのだ。
「オレも将棋ウォーズを無料にします!!」
つまり1日3局に絞って、一局を大事に指す、ということだ。
加藤アマ初段、力こぶを作って、「カッチカチやぞ! 勝っち勝ちやぞ!!」とやった。なるほど勝ちの場合は、このギャグがあったのか。しかしその言葉に恥じない、見事な勝利だった。
「あー悔しい、予備校生に負けた!!」
つるのアマ三段はこれで、このイベントは2勝2敗になったらしい。
「でもそのうちの2勝は私からですから……」
とかりんさん。あまり自慢にならないでしょう、というわけだ。つるのアマ三段はうなだれるしかない。
「加藤さんが中央に馬を作って、これがいい働きをしました。激戦でした」
と、戸辺七段の総評だった。
加藤アマ初段には、主催者から賞状とトロフィーが贈られた。加藤アマ初段、満面の笑みである。
「これからも頑張って将棋を打ちますよ!」
「将棋は指す、っていうんだけど……。オレはこんな相手に負けたのかよクソゥ!!」
会場内は大爆笑である。2人は来年この場での再戦を誓い、第1局は大団円となった。
私は勝者予想が当たったので、「つるの剛士デザイン・クリアファイル」をいただく。それはスッキリしたデザインで、好感が持てた。
2局目は午後2時からなので、苑内をぶらぶら歩く。辺りはいろいろな花が咲いている。
1時になって、入口近くの野点のコーナーでは、高校生がお茶を出し始めた。私もいただきたいが、何となく遠慮する。
展望デッキに行くと、相模湾と藤沢市街が見えた。弁天橋の袂からはブラスバンドの演奏が聴こえる。今日は風が強いがそのぶん雲一つない快晴で、散歩日和である。しかし私の心が晴れないのは、いつもの通りだ。
その手前の庭園はまだ花がなく立入禁止だったが、煉瓦造りの遺構がある。私などはこちらの方に興味が湧くのだが、入れないのではしょうがない。

会場に戻ると、将棋コーナーでは多くの客が将棋を指していた。中には居飛車穴熊対振り飛車、という本格的な将棋もあり、私も覗き込んでしまう。
中・高校生と思しき少年が、ポツンと座っていた。誰かと指したい、という意思表示である。それで私が、よせばいいのに彼の前に座った。
(つづく)