第1図以下の指し手。△4五歩(加)▲5六銀(つ)△4四銀(紅)▲7七角(か)△7一玉(加)▲9六歩(つ)△6四歩(紅)▲8六角(か)△6三金(加)▲6六歩(つ)△7四歩(紅)▲7七桂(か)△7三桂(加)(第2図)
ザブングル・加藤歩アマ初段は△4五歩とし、後手陣はのびのびしている。だがつるの・かりんペアも着々と攻めの態勢を整え、いつ開戦してもおかしくない雰囲気だ。
しかし風が強い。4人は指し手の合間に駒を整えるばかりで、もはや集中できない。加藤アマ初段は「誰かがハンドパワーを使ってるんですか」と軽口を飛ばす。
だが駒は飛ぶ。村田英雄ではないが、駒は本当に飛ぶのだ。その間にも考慮時間は消費されている。乃木坂46・伊藤かりんアマ初段が混乱した中、▲7七桂と指す。
「ちょ、ちょっといったん中断しましょうか」
と、解説の戸辺誠七段が申し出る。
「ええ? でもワタシ指しちゃいましたあ」
加藤アマ初段は△7三桂と対抗する。だが風はさらに強くなり、本当に中断となった。
第2図以下の指し手。▲6五歩(つ)△同歩(紅)▲同桂(か)△同桂(加)▲同銀(つ)△5五銀(紅)▲5四歩(か)△6四歩(加)(第3図)
「ふだんは指さない屋外でやってますからねえ。天童の人間将棋では、雪が降って中止、ということがありましたが、風は珍しい」
と戸辺七段は困惑する。対策として、大盤を将棋盤代わりにし、この駒を動かす案が出た。だが、かりんアマ初段は指しづらかろう。加藤アマ初段に至っては、駒を逆さ位置で考えなければならない。それに、これでは戸辺七段が解説しづらくなってしまう。
風は南から吹いているので、大盤をやや移動し、衝立代わりにする案も出た。
これを応急措置として採用し、戸辺七段らは大盤を後方にズラし、やや角度を変える。これでいくらか風が遮られ、私たちの位置からもどうにか大盤の駒が見えた。
午後2時31分、ようやく対局再開となった。
つるの剛士アマ三段、▲6五歩。
「ペア将棋は、個性を出さない手がいいようです。あまり突飛な手を指すと、味方にその狙いが分からなくなりますから。あとは、味方の指し手の意図を考えることが重要です」
▲6五歩は、2人の意思が一致したのではなかろうか。
風は一時弱まったが、また強くなってきた。「風が強くなってできない」と誰かが言う。しかもつるの・かりんペアは秒読みになった。「(秒読みが)早くないですか?」とかりんアマ初段が驚くが、それでも▲5四歩と鋭く迫る。
思えば昨年の「将棋の日・次の一手名人戦」で、渡辺明棋王の指した手をかりんアマ初段が予想したのだが、これが見事正解だった。その将棋は相居飛車、しかも中盤の捉えどころのない局面だったので、その実力には驚いたものだった。今や彼女は、女性最強の芸能人と言える。
加藤アマ初段は。「間違えたらすみません」と△6四歩と収める。だが戸辺七段は「最善手です」とホメた。
第3図以下の指し手。▲6四同銀(つ)△同金(紅)▲5三歩成(か)△4四飛(加)▲6八飛(つ)△6六歩(紅)(途中図)
▲5六歩(か)△同銀(加)▲3六桂(つ)(第4図)
つるのアマ三段が指した▲6四同銀が強手。「すごい手が出ましたよ!」と戸辺七段も驚く。
△6四同金と取るよりないが、▲5三歩成が大きい。「5三のと金に負けなし」と格言も教えている。「現状は先手がうまくやっていると思います」と戸辺七段。
一瞬静かになった風が、また吹いてきた。と、ここでスタッフが段ボール箱を持ってきた。天地を解放した形で、それを将棋盤にかぶせる。段ボール箱はストン、と落ち、将棋盤全体が風からガードされた。
「段ボール囲い」とつるのアマ三段が苦笑いする。「ちょっとこれ……」の声も上がる。4人は立膝になり、盤を見下ろして指す形になった。自慢の六寸盤はすっぽりと隠れ、竹俣紅女流初段の綺麗な手つきは見られず、つるのアマ三段の袴も哀しいことになるが、もう贅沢を言える状況ではない。ただし、加藤アマ初段だけは正座から解放され、だいぶラクになったのではないか。
いずれにしても、これはスタッフが機転を利かした好手だった。
紅・加藤ペアも秒読みに入り、△6六歩(途中図)。対局者の対局姿は異様である。戸辺七段は、「ちょっと失礼」と、その光景をスマホで撮った。
ここでかりんアマ初段が手を挙げた。「作戦タイム」で、戸辺七段からアドバイスをいただくのだ。
「作戦タイムがあると安心感がありますよね」と戸辺七段。3人が大盤に集まった。この局面では3手一組の妙手順を用意していて、「まずは▲5六歩で金銀飛車の連結を外します」。△同銀に次の一手が好手なのだが、かりんアマ初段は分からないみたいだ。
この間、紅・加藤ペアは私語厳禁なので、加藤アマ初段はダウンジャケットのチャックを頭まで上げ、無口状態。それがウルトラ怪獣のようだ。
大盤では「▲3六桂」と戸辺七段が教え、これはつるの・かりんペアの優勢が約束されたようだ。
対局再開。加藤アマ初段がチャックを下ろす。
「あれ…? こっちに飛車2枚なかった?」
「ねぇよ」
ともあれ▲5六歩△同銀▲3六桂と予定通り進んだが……。
第4図以下の指し手。△7五金(紅)▲4四桂(か)△8六金(加)▲5二桂成(つ)△5五角(紅)(第5図)
作戦タイムの最中、竹俣女流初段も読んでいた。▲3六桂には△7五金!!が用意の手。かつて花村元司九段が、「両取りを打たれたら、3枚目の駒を差し出せ。すると相手はどれを取っていいか分からなくなり、悪手を指す」と言ったが、この△7五金も似た雰囲気がある。戸辺七段が「プロの本気の一手が出ましたね」と唸った。
▲4四桂に、今度は紅・加藤ペアが作戦タイムを取る。しかしこちらは敗勢に近いから、戸辺七段のアドバイスも難しい。
「とりあえず△8六金と角を取りますよね。そこで相手が▲同歩か▲4四桂かは分からないけど、▲5二桂成なら△3三角を△5五に出て、角をこっちのライン(2八)で使いましょうよ」
再開後、△8六金▲5二桂成△5五角と進む。次に△3六桂を狙って、先手は気持ち悪いところ。しかも手番は、かりんアマ初段である。この局面は何度も経験しているはずだが、いかんせん実戦数が少ない。
だがかりんアマ初段の指した手が、いかにも彼女らしかった。
(つづく)