やがて山田八郎は首を上げて「謀が露見した上は正直にすべてを申す、なぜかと申せば、事仕損じた者を武田信玄は憎んで許さぬ性質也、命を全うしたとて某の帰る場所は既に無し、心から君に尽くして武田の反簡奇計を全て申し上げますので、なにとぞ某を召し抱えていただきたい
これを疑うならば、戦が終わるまで某を搦め於いて、後に真偽を確かめて罪を罰するが宜しい」と言えば
長野は少し顔色を治めて「ならば試しに言って見るが良い」と言えば、八郎は、「此度武田勢八千と申すが、実の勢は六千で、別に三千余に信州の兵を加えて七千余、三手に分けて一手は箕輪の御本城へ、一手は松井田の城へ、一手は安中城を攻めさせて、落城いたせば当手は戦わずして負けるべしとわざと合戦を急がず対陣しているのでござる
速やかに三城へ加勢を遣わされて、後ろを堅く守り、当手の勢は短兵急に武田陣へ攻めかかれば武田の謀計はならず、信玄公を討ち得ることさえ容易かと思われます
但し、これは某が思うことなれば、合戦の進退は公が御心のままに」と弁舌爽やかに利害得失を申せば、長野をはじめ諸将は心疑い、まずは山田を本陣に搦め於いて、諸大将は評議を行った
そして箕輪、安中、松井田の一城を落されても大事である、本隊は一万でも足りる故、九千余を分けて、三城の救援に向かわせるべしと決して、本隊はいよいよ武田を急に攻めることとした
小幡、倉賀野を先陣に、天神山、大石を左翼に、土肥、友野を右翼に立てて、那波を二陣として長野信濃守は中陣に備え、上州勢一万余騎、鶴翼に備えて武田の先陣へ鉄砲を撃ちかけ、鬨をあげて敵を包み討たんと喚き叫んで突いて入る
武田の先陣、小宮山、諸角も劣らず鉄砲を放ち鬨をあげて討ちかかるが、小幡、倉賀野の勢いに負けて、さらに一、二町に備える武田方も次々と崩れ去った
上州勢は、いよいよ勇み立ち、内藤、飫冨の備えに突きかかり、当たるを幸いに前後左右につき伏せて瞬く間に百ニ、三十を突き倒して無二無三に攻め立てる
内藤、飫冨の軍勢は散々に打ち乱されて崩れ逃げ去る、されど長沼長助、同弟長八郎、小宮山八左衛門は踏みとどまり、追い來る敵を四騎切って落とす
ここに倉賀野の勇士、深志太左衛門という大力の兵、大身の槍をしごき、長助めがけて突きかかる、長助は事ともせず深志の槍を巻き落として稲妻の如くついて出れば、深志の胸を深々と突き通して突き落とす
これを見て紺糸縅の武者、上原新吾と名乗り、長助に打って懸かり隙間なく戦う、そこへ上原の家人八名が駆けつけて三方から長助を包み込む
長助はひるまず戦えども討ち死にする
弟、長八郎は兄の敵とためらいもせず、これれに打ちかかれば、石田長蔵、八ヶ崎新九郎、飯室喜蔵、駆け来り
長沼を助けて戦えば、内藤修理正これを見て馬を走らせて「長沼を討たせるな、小宮山を助けよ」と叫び盛り返せば、内藤の勇士たちまち内藤のあとを追って上州勢に打ち入る
これにより上州勢の勢い少し止まれば、そこに友野、土肥の二千余騎がどっと攻め寄せる。