神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた(244) 甲越 川中島血戦 71

2024年11月08日 20時36分30秒 | 甲越軍記
 長野信濃守は信玄の出陣を聞いて、一族の小幡右近、土肥大膳亮、友野十郎左衛門、同六郎、倉賀野三郎、那波将監、同七郎を始め、北武蔵、西上野の勢を合わせて二万余騎、武田勢恐るるに足らずと、三ケ尻陣を張って待ち受けたり。

信玄は山本道鬼に敵勢を見積りさせた、戻った道鬼は「敵勢は二万余騎、我らは八千なり、しかも敵地である故、敵は地理に明るく不案内の我らが不利である
しかし敵は二万と言えども烏合の衆、我らは八千と言えども一枚岩であれば人和は我らにあり、謀をもって敵を分散させれば我らの勝は疑いなし」と言えば、信玄大きくうなづいて「さらば手配りを定べし」と言って、先陣は諸角豊後、小宮山丹後、二陣は甘利左衛門尉、飫冨三郎兵衛、五町ばかり引き下がって、先陣が敗れたなら、敵陣激しく戦うべし、長野は勇猛に逸るものなれば必定自ら進んで働くであろう
二陣が戦い屈すれば左右に開き、三陣の馬場民部少輔、内藤修理、飫冨兵部少輔に譲るべし
三陣が長野と戦う時、一陣、二陣は取って返して横槍を入れる、四陣は旗本、左は武田左馬助、右は真田父子、味方の威を敵に示すべし
後陣は原加賀入道、同隼人佐、締まり備えは穴山伊豆守、遊軍は山本道鬼、備えを立てて鳥雲の陣を張って三ケ尻に対陣する
ここおに山田八郎という士あり、物慣れたる勇士であれば、山本は密計を授けて密かに長野の陣へと走りたる

山田八郎は上州勢の那波将監の陣に走り、降参を乞う
将監は危ぶみながらも八郎を招いて仔細を尋ねると、八郎は「我はかって武田に滅ぼされた諏訪家に仕えていた者であるが、仕方なく武田に属した
されども戦功をたてても一向に賞されることなく、ただただ先陣の先に追いやられるばかりなり、恨み積もって此度の上州攻めを機会に降参したものである
願わくば、某をとりたてていただきたいというので、那波は八郎を本陣に連れて行き、大将長野信濃守にこの旨を告げた

長野は山田を疑い、彼のものは間者であることに間違いないと思い、武田の人数、軍略を問う
八郎は「武田の精兵一万五千にて一気に勝負を決するでありましょう、尋常の敵と侮れば勝利はおぼつきませぬ、某に兵をお与え下されば、武田勢を破る方法あり、武田には締まり備えというものがあり、凡そ一千、これは後陣よりまた離れての備えなり、これを打ち破れば尻に火が付き、総勢が敗れることは必定であります」
こう言うと同時に、長野は「こ奴を搦めとれ」と言い放つ
左右より兵が重なって山田八郎をがんじがらめに縛り上げた
八郎は叫んで「何の無礼があると某を捕らえるや」と言えば、長野は「己は十数年も武田に仕えていながら、何の由縁もない我に突然従うというのか、いっぱしの武士であればそれなりの郎党を引き連れて参るところ、僅か二名のみとは不審である、しかも武田は一万五千と申したが、我が放った斥候によれば武田勢は僅か八千という、汝はむやみに武田の人数を増して、我らを怖気づかせる策略であろうが、あまりにも知屈である」
これを聞いた山田八郎は首を垂れた。


急展開 ネコ騒動はまだ終わらない

2024年11月08日 09時30分53秒 | フーテンの寅ねこ わんにゃん
 親子ネコの保護に成功、フーテンの寅ネコも保護の方向で話は進んでいた
問題はこれらの今後、親子ネコはSさんがしばらく面倒を見て、その後譲渡会までの間、別の方が面倒を見る
寅ネコは、かなり衰弱しているらしい、そして野良生活が長いので(推定7~8年)譲渡会まで行ってもおそらく貰い手はつかないだろう
最近、私と女房殿にようやく心を開きかけているが、相変わらず警戒心が強く、そしてビビリだ
Sさんとは綿密に話し合ていたが、この3日間は、ほとんど玄関に置いた毛布を敷いた段ボールの中で寝ている
朝6時過ぎに来て、餌を食べて箱の中に、夕方5時にはまた外の小屋に入って行く生活、急激に寒さが増しているので、弱った体ではこの冬は持たないだろう

ネコを飼うとなれば、外に逃げ出さない対策と、なれる間までのゲージでの生活が必要、その前に保護、検査の手順
親子ネコは寄生虫以外すべてセーフな健康体だったが、寅さんは様子から病気っぽい

私の考えは最悪親子ネコ全部、引き取るつもりだった
ところが寅ネコの保護の話も出てきて、寅ネコは保護しても面倒を見る人が無くて、(病気があれば尚更)そうなると私が飼うか、桜ネコにして放すかの二択
桜ネコでは、結局お金をかけて処置しても冬は越せない、そうなれば野垂れ死に、それは私の心情的には無理なので、私が飼うことになる
だが、そうなると親子ネコプラスでは負担が大きすぎる

Sさんと話した結論は、子猫は譲渡会で里親ができる可能性が高い、だから母ネコと寅ネコをyottinさんが里親になるのが良いのでは
そうこう言っているうちに5日に子猫2匹まとめて買いたいという人が現れた、ネコカフェのマスターの親族だった、まずは一課題クリア―

私の考えではまずは脱走対策をしたあと、母ネコを12月初めに引き取り、その後、寅ネコを保護して年内には2匹とも飼うことに・・・だった
ところがSさんから思いがけない話が、「明日寅ネコを保護します」とのことに
予定が大幅に狂ったが、寅ネコの状況を思えば仕方ない
更に、保護のあと検査と去勢する、去勢後はしばらくSさんに面倒を見てもらう予定だったが、Sさんの家庭の事情で面倒を見れれないとのことで、手術後直接我が家に来ることになった
何も準備ができていないが、ゲージは貸与してくれるというので、急遽トイレ砂や給水器を用意し、ゲージ設置場所を用意した

7日朝、寅ネコは5時過ぎにやって来た、食事も水も与えないでということなので与えないから、いつもと違って寅ネコは空腹で戸惑っている
物欲しげに顔を見るので可哀そうになったが、全身麻酔の手術や病院までの往復2時間のドライブを考えると心を鬼にして、ただ声をかけるだけ
「今日から家族になるから我慢しろ、手術頑張るんだぞ」と

夜6時に戻って来た、ネットの中で大人しく神妙に声も出さずにうずくまっていた、耳は脱走した時の為に桜ネコになっていた。
急いでゲージを組み立てて、6時過ぎについにゲージの中で解放された
寅ネコは、まだ麻酔が切れないせいかまるまったままじっとしている



検査結果を聞いたら、やはり腎臓の数値が異常に悪い、そこからさまざまな症状が出ているとのこと、腎臓と言えばP子も腎臓が悪くて2回3回と点滴を受けていた、P子の入れ替わりと言え、どちらも腎臓が悪いとは・・・
早ければ、この冬を越せないかもとも言った、それでも外で野垂れ死にしないだけ幸いと考えた
それよりも愛情をもって接して、栄養をつけてやれば免疫力があがって数年生き延びることも十分考えられる
ともあれ家猫に収まったことは進展である、寅ネコも心なしか安心したように見える、すくなくとも外の寒風からは逃れた

麻酔で寝ている間に、汚れていた体もきれいにしてもらい、ダニの駆除も終わった、不思議なことに寄生虫はいなかったそうだ、可愛いネコに変身した

私の夢は、寅ネコを胡坐の中に入れて撫でてやることだ
そして、もうフーテン生活が終わったので、元の「カート」という呼び名に戻す、母ネコは18日にやってくる、子猫がもらわれていく日だ
母ネコの名前は「マミィ」と女房殿が名付けた、忙しくなる。

Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Remastered 2009)