上杉方、田村兵庫の無類の働きを見て、武田方は内藤勢から八木下総守が出でて槍をしごいて馳来る
兵庫は大太刀にて八木の槍をあしらっていたが、八木が苛立って突き出した槍の穂先を斜切りにして、飛鳥の如く付け入り下総守をどっと切り倒す
青木六郎左衛門は是を見て、同六大夫と共に士卒十二人を率いて兵庫に突きかかる
田村兵庫は、これだけの敵を受けてもものともせず上段に受け、下段に絡みて戦えども、敵多く取り囲まれて危うきと見えるところに、平賀久七、救いに参りて、青木の郎党三人を突き倒す
兵庫は是を見て気を取り戻し、六大夫を馬から切って落とす
六郎左衛門は大いに怒り、槍を捨てて兵庫に組まんと駆け寄るを、兵庫は足をあげて六郎左衛門の脾腹をハタっと蹴る
大兵の兵庫に蹴られて堪らず馬より真っ逆さまに落ちて、五体くだけて死する
そのほか上杉、武田の兵卒、死を顧みず戦いしが北條、本庄に挟み討たれ、さしもの内藤修理の備えも七裂八裁に切り崩され、右往左往に敗走する
飫冨三郎兵衛の勢もしどろになって崩れんとするを、三郎兵衛は一歩も退かず槍にて叩き立てて士卒を励ませば、広瀬郷左衛門、三科肥前守、曲淵庄左衛門、猪子才蔵踏みとどまり死力を尽くして戦う。
武田左馬之助信繁、諸角豊後守昌清の備えには、須田右衛門尉親満、安田上総介順易、山吉玄蕃允親幸の三備えが鬨を作り鉄砲をつるべうちに放ち
黒煙の下より槍衾を作ってどっと喚いて懸かる
武田信繁、諸角らの軍勢も待ち受けて同じく鉄砲を放ち、槍を揃えて討って懸かる
馬も人も、天地が裂けるほどに声を上げ、喚き、刀槍の打ちあう響きは天まで届き、剣の光は電光の如く、戦士は右に左に、東に北に、そこかしこに打ちあう
武田方の名のある勇士は今日を死期と火水になって戦えば、安田、山吉、須田の越後勢も士卒を勇めて命は義の為に忘れ、名を惜しめ、名を後世に残せ、一足も引くなと号すれば、越後の勇士もまた勇み立つ
須田と安田、合しては別れ、別れてはめぐり逢い、ただ一息に攻めつぶさんと攻め寄せれば、従う勇士らも死人、手負いを踏み越えて続々と武田の陣へ斬り入れる
武田勢も七転八倒して戦えども、越後勢の車懸かりは思わぬ方向から次々と寄せては必殺の一撃を与えて去り、去ったと思えば別の方から突如沸き出て切り込んでくる
切れ間なく続く越後勢の攻勢に武田勢は切り崩されていく
武田信繁は、武田信虎の二男であり、信玄の弟であれば高風清節古人に恥じず
勇威武略は兄信玄に劣らぬ大将なれば、一歩も引かず采配を振るって士卒を下知すること霹靂の如く。