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アドラー心理学による勇気づけ一筋40年 「勇気の伝道師」   ヒューマン・ギルド岩井俊憲の公式ブログ



おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。

前回『生きる意味を求めて』を読み解くことに関して申し上げたい柱として次の2つに絞りました。

1.アドラーの目的論・・・・前回の②で取り上げ

2.人生の意味を共同体感覚と結びつけて・・・・今回の③で取り上げ


予告どおり今回は、『生きる意味を求めて』でのアドラーの記述をもとに人生の意味を共同体感覚と結びつけながら読み解き、最後には私見を加えます。


まずアドラーは、人生の意味を人間そのものではなく人間と宇宙の関連システムと結びつけて捉えます

「人生の意味について問うことは、人間と宇宙の関連システムから目を離さない時だけ価値と意味がある。その際、宇宙がこの連関において形成する力を持っていることは、容易に理解できる。宇宙は、いわばすべて生きているものの父である」(第15章、P.220)

アドラーは、共同体の最小単位を人と人との結びつき(典型的には家族)、最大単位を宇宙としています。ここで忘れてはならない視点は、いきなり家族から宇宙に飛躍するのではなく、その間に地域、国家、世界(地球)が存在することです。
言い換えれば、アドラーは、人生の意味を人それ自身の中ではなく、「より広い共同体(果ては宇宙にまで広がる)とのかかわり・つながり」の中に見出していると言ってもいいでしょう。

となると、共同体の構成員としての個人は、現実の地域や国家のあり方に従わなければならないのでしょうか?
そのことに関してアドラーは、次のように現実の共同体ではなく「理想の共同体」を想定しています。

「共同体感覚は、とりわけ共同体の形への追求努力を言うが、この共同体は、例えば人類が完全の目標に到達した時に考えることができるような永遠のものと見なさなければならない。決して現在ある共同体や社会が問題になっているのではなく、政治的なあるいは宗教的な形が問題になっているのでもない。むしろ完全のために最も適当な目標が問題であって、それは全人類の理想的な共同体、進化の最後の完成を意味する目標でなければならない」(第15章、P.224-5)

「われわれの人類の究極的な形としての共同体感覚についての理想―すべての人生の課題と外界への関係が解決されるとわれわれが考える理想の状態は、方向を与える目標であり、この完全の目標は、それ自身のうちに、理想的な共同体の目標を持たなければならない。なぜなら、われわれが価値があると考えるすべてのこと、存在し、存在し続けるすべてのものは、永遠にこの共同体感覚の産物だからである」(第15章、P.225)

「人類の発展は人類が共同体であり、理想の共同体の完成を求めて努力したからこそ可能であった」(第15章、P.231)

アドラーは人を、人間であるための劣等感を源泉として共同体感覚という目標に対して努力する存在だと見なしています

「人間であることは劣等感を持つことである」(第6章、P.79)

「中断されることのない時間の変化にあって、克服しようというあらゆる運動を方向づける。そして共同体感覚の要素が、この上へと向かって追及する努力の色合いを変えるのである」(第5章、P.77-78)

そして、アドラーは、生の問題のすべてを共同体感覚で測り、失敗と呼んでいるものは、共同体感覚の欠如だと断定しています。

「人間の生の問題のすべては、私が指摘してきたように、協力の能力とそれへの準備―これが共同体感覚のしるしである―を要求する。勇気と幸福はこの傾向の中に含まれており、これらを他のところで見つけることはできない」(第15章、P.232)

「おそらく多くの人には、われわれが失敗と呼んでいるものは、すべて共同体感覚の欠如を示しているという単純な事実が、最も強く納得されるだろう。子ども時代や成人の生活におけるすべての失敗、家族、学校、人生、他者との関係、仕事、愛における悪しき性格特性は、共同体感覚の欠如に起源がある。それらは一過性のこともあれば持続することもあり、さまざまな仕方で表れる」(第15章、P.232)

以上のように理想的に考えるアドラーは、次の記述を読むと、進化の理論を楽観的に受け入れていることが分かります

「個人心理学は進化の土台の上にしっかりと立っている」(第2章、P.30、)

「人生とは発展するということである」(第15章、P.220)

さらには、人間の進化(進歩)を完全に性善説で捉えています。

「古くからの論争の的となっている問題、即ち、人間は本性的に善か悪かという問題」に関して「発展し、止むことのない共同体感覚の進歩は、人類の存在は『善くある』ということと分かちがたく結びついていると仮定することを正当化する」(第3章、P.40)


さて、ここからが私見です。確かにアドラーの時代から科学技術や経済面では進歩してきたことを認めます。しかし、人間の精神面ではいかがでしょうか?
日本の、そして世界の現状を見ると、政治面(特に最近)・環境面ではどうも進歩とは程遠い気がしてなりません。
私は、アドラーが人間の進化(進歩)を性善説で捉えていることに関しては、全面的には賛同しかねます。

現代に生きるものとしてアドラーの理想を体して生きるには、理想や究極目標を反映する共同体のために、自分の周辺をありのままに見据えながら歩まなければならないような思いがします。現代の状況に関しては、そう楽観的ではいられないのです。


Think globally, act locally.
Dream idealistically (optimistically)
, behave realistically.

*長らく連載してきたアドラー自身の本の紹介は、これで一区切りつけます。今後は、アドラーの知られざる話(こぼれ話)、エピソードを中心に気楽な話を続けるつもりです。

また、シリーズで紹介した本は、絶版の本を除いてヒューマン・ギルドで取り扱っています。ご注文ください。
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