おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
ヒューマン・ギルドの会員の方には、実際に著書を出している人、出版社にいて編集の仕事をしている人、著作のプロデュースをしている人など、そして、これから本を出したい人など多彩な人材がいます。
そこで、このブログでは、特にこれから本を出したいと思っている人に
「あなたも本を出せるのですよ。だって、この私でも本を出しているのですから」
という立場から
1.私自身が本を出すようになった経緯
2.本を出すためのとっておきの出版社情報
3.著者としてそこそこの文章が書ける秘訣
の3点を、2回に分けてお伝えします。
1.私自身が本を出すようになった経緯
私は、細かく数えていませんが、今までに単独著書、翻訳、監訳、共著、分担執筆を含めると30冊近くの著書(論文を除く)を出しています。
本を出すことは、学びのアウトプットだけでなく、学びのインプットを効率的にしてくれます。
それはさておき、本を出すことでやはり自分の足跡が残ることで、自己肯定感が高まります。他者(読者)の役にも立ちます。そして、何よりも自己PRに役立ちます。
私が本を書くきっかけになったのは、雑誌に投稿した1つの論文からでした。
1988年に同友館から発行していた『企業診断』(1月号)の「組織における人間革新 ― 現代アドラー心理学の立場から」です。
これは社団法人 中小企業診断協会主催の大会で発表し、社団法人 中小企業診断協会会長賞を受賞した論文がベースになっています。
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この論文が同友館の千田編集長に認められて、同じ『企業診断』4月号に「企業イノベーターをいかに育成するか」を書きました。
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同じ1988年には、研修の講師としてお世話になっていたIEC(当時産業教育センター)から『提案型営業』の基本コース、中堅実践コース&マネジャー実践コースの3つの通信教育テキストの分担執筆をしています。
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1991年後半から、1人のライターがヒューマン・ギルドの講座を受けにきました。
石原加受子さんというライター(現在まで著書豊富)で、ベーシック・コースからSMILE、カウンセラー養成講座を受けてくれました。
彼女は、私の講義内容を面白がり、
「岩井さん、青春出版社から本を出しましょうよ。私が紹介します」
と言ってくれて、話を同社の長沢副編集長に繋いでくれました。
青春出版社は、どういうご縁か忘れましたが、“Big Tomorrow”という雑誌から私が1980年代後半に誕生順位に関する取材を受けていて、その内容が掲載されていたためトントンと話が進んで、1992年9月同社から『人を動かす人に29の切り札』が出ました。
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今ではとても考えられないことですが、いきなり30,000部発行。自分でもビックリでした。
私は、どうせ出すなら同じタイミングでもう1冊出そう、との野心を持ち、同じ時期にヒューマン・ギルドのニュースレターやさまざまな依頼原稿を集めて、ヒューマン・ギルド出版部発行として『勇気づけで生きる』を出しました。
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発起人に10人くらい(一部上場会社社長、専門学校理事長も含む)協力していただき出版記念パーティーも行ったため、会場には100人ほどの人が集まりました。
これが1つの山場でした。
1996年には、サングラハ心理教育研究所主催の、奈良興福寺で行われたワークショップでPHP研究所の若林邦秀さん(『心の雨の日の過ごし方』の編集者)とのご縁ができ、若林さんのご依頼で当時ヒューマン・ギルドのスタッフだった坂本州子さんと共著でPHP研究所から『ぼく、お母さんの子どもでよかった』(1997年1月発刊)を出しました。
この本は、ロング・セラーになり、累計29,900部売れました。
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1997年7月には、同じPHP研究所から『人はだれに心をひらくのか』を出しました。
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この本は、現在の『アドラー心理学によるカウンセリング・マインドの育て方』(コスモス・ライブラリー)のオリジナル版です。
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アドラー心理学によるカウンセリング・マインドの育て方―人はだれに心をひらくのか 岩井 俊憲 コスモスライブラリー
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かなり長くなってしまいましたので、この辺で私の体験をまとめます。
(1)私が著者になれた出発点は、論文や通信教育のテキストなどを地道に書いていたからです。
(2)人のご縁の大切さを感じます。石原加受子さんや若林邦秀さんなどとのご縁があってこそ私が著書を残せるようになっているのです。
(3)1つの論文が次の論文を、論文の集まりが著書に、著書の執筆が次の執筆に、と発展させることができているように、スモル・ステップを築きながら階上に昇ることが可能になるのです。
<お目休めコーナー> 通勤途上で(桜ではないのですが、何かは不明)
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