「一言で説明しろ。それ以上口にするな」
複雑になった話が巧くいくわけがないと、ロイ・ディズニーは物事を常に単純化することを好んだ。
これはディズニー映画のノベライズでもないし、作品紹介やファンブックでもないし、ディズニーランドのホスピタリティに言及したものでもありません。
ディズニーといえば天才肌のアニメーターであったウォルト・ディズニー。それ以外の人物が書籍やテレビ番組等で言及されることはほとんどありません。けれど、ロイ・ディズニーがいなければ、おそらくディズニー作品の大半は生まれていないし、ディズニーランドやらディズニーシーなんてものも存在しなかったはず。
これは、
天才にして芸術家であった弟ウォルトが、採算などろくに考えずに広げた夢想の大風呂敷を畳んで回った兄ロイの話。芸術なんか理解できないけれど、弟がやりたいことを実現できるよう、ひたすらマネージメントに奔走し、労働組合と戦い、銀行や大企業との交渉や金策に臨み、スタジオの土地や器材の確保に飛び回り、その一方で弟が身体を壊さないよう裏で仕事のオファー(MGMのミュージカル映画『錨を上げて』)を蹴っ飛ばしたり、ロイの管理部門とウォルトの制作部門で対立して弁護士を立てて喧嘩したりしています。
ディズニーの伝説と言うより、「恋愛にルールはないといいますが、仕事ではモラルを無視するわけにはいきません」と主張したロイの物語。
このロイの伝記ともいうべき本を読んでいると、ディズニーの著作権・商標権へのえげつないばかりの厳格さとかマーチャンダイジングの徹底ぶりに納得がいきます。
そのアニメ製作の黎明期から、映画会社に足下を見られ、制作費は値切られる上に支払われない、キャラクターの権利を持っていかれる、パクリ作品が後追いしてくる、やっと軌道に乗ったかと思えば重役がダミー会社を作って商品化権を持っていこうとする、労働組合ができてスタジオが止まったかと思えば戦争が始まってスタジオが軍需工場として接収。戦争協力で作った広報・教育映画はことごとく赤字、何百と制作した部隊章デザインはすべて持ち出し。戦中戦後に製作した『ピノキオ』等は大赤字。そんなときに大人も子供も安心して遊べる遊園地を造るぞと天才弟がまたもや言い出して、資金繰りに右往左往……。
そりゃあ、キャラクターの権利は絶対に手放さないという企業体質が遺伝子レベルで身についてしまっても仕方がありません。
舞台を日本に移して翻案し、NHKの朝ドラの題材にしても良いような話です。なんというか、この兄の弟好きっぷりには照れてしまいますわ。あれだけウォルトに振り回されながら、彼の死後も「これはウォルトの望んだことかどうか」だけが行動原理で、ついには借金を残さずにディズニー・ワールドを建設してしまったのですから。
手塚治虫にも、こんな兄か姉がいれば良かったのにね。
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