お会いする前に、再読。「石に泳ぐ魚」事件、最高裁判例H14.9.24。
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http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/093/076093_hanrei.pdf
主 文 本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
上告代理人岡田宰,同舟木亮一,同復代理人広津佳子の上告理由及び上告受理申 立て理由第3について
1 本件は,原審控訴人D(以下「D」という。)が執筆し,上告人A1(以下 「上告人A1」という。)が編集兼発行者となって上告人株式会社A2社(以下「 上告人A2社」という。)が発行した雑誌において公表された小説「E」によって 名誉を毀損され,プライバシー及び名誉感情を侵害されたとする被上告人が,D及 び上告人らに対して慰謝料の支払を求めるとともに,D及び上告人A2社に対し, 同小説の出版等の差止めを求めるなどしている事案である。原審が適法に確定した 事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,昭和44年に東京都で生まれた韓国籍の女性であり,同55 年以降韓国に居住してきたが,韓国ソウル市内のF大学を卒業した後の平成5年に 来日し,G大学の大学院に在籍していた。被上告人は,幼少時に血管奇形に属する 静脈性血管腫にり患し,幼少時からの多数回にわたる手術にもかかわらず完治の見 込みはなく,その血管奇形が外ぼうに現れている。また,被上告人の父は,日本国 内の大学の国際政治学の教授であったが,昭和49年に講演先の韓国においてスパ イ容疑で逮捕され,同53年まで投獄された。 Dは,昭和43年生まれの著名な劇作家,小説家であり,平成9年にはH賞を受 賞するなどしている。 被上告人とDは,平成4年8月にDが訪韓した際に知り合い,交友関係を持つよ うになり,Dが日本に帰国した後も手紙等のやり取りをしていた。
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(2) Dは,「E」と題する小説(以下「本件小説」という。)を執筆し,これ を,上告人A1が編集兼発行者で,上告人A2社が発行する雑誌「I」平成6年9 月号において公表した。本件小説には,被上告人をモデルとする「J」なる人物が 全編にわたって登場する。本件小説中の「J」は,小学校5年生まで日本に居住し ていた日本生まれの韓国籍の女性で,被上告人が卒業した韓国ソウル市内のF大学 を卒業し,被上告人が在籍しているG大学の大学院に在籍して被上告人の専攻と同 一の学科を専攻しており,その顔面に完治の見込みのない腫瘍がある。また,「J」 の父は,日本国内の大学の国際政治学の教授をしていたが,講演先の韓国でスパイ 容疑により逮捕された経歴を持っていることなど,「J」には被上告人と一致する 特徴等が与えられている。一方で,本件小説中において,「J」が高額の寄附を募 る問題のあるかのような団体として記載されている新興宗教に入信したとの虚構の 事実が述べられている。さらに,本件小説中において,「J」の顔面の腫瘍につき ,通常人が嫌う生物や原形を残さない水死体の顔などに例えて描写するなど,異様 なもの,悲劇的なもの,気味の悪いものなどと受け取られるか烈な表現がされてい る。
(3) 被上告人は,上記雑誌において本件小説が公表されたことを知ってこれを 読むまで,Dが被上告人をモデルとした人物が登場する本件小説を執筆していたこ とを知らず,また,本件小説の公表を知った後も,Dに対し,本件小説の公表を承 諾したことはなかった。 被上告人は,本件小説を読み,本件小説に登場する「J」が自分をモデルとして いることを知るとともに,Dを信頼して話した私的な事柄が本件小説中に多く記述 されていること等に激しい憤りを感じ,これにより,自分がこれまでの人生で形成 してきた人格がすべて否定されたような衝撃を覚えた。
(4) 上告人A2社は,本件小説の日本語版の販売等を行う権利を有している。
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2 以上の事実関係の下で,原審は,次のとおり判断し,D,上告人A2社及び 上告人A1に対して100万円の慰謝料並びにこれに対する遅延損害金の連帯支払 を命じ,また,D及び上告人A2社らに対し,本件小説の出版等の差止めを命じる べきものであるなどとした。
(1) 本件小説中の「J」と被上告人とは容易に同定可能であり,本件小説の公 表により,被上告人の名誉が毀損され,プライバシー及び名誉感情が侵害されたも のと認められる。
(2) 本件小説の公表により,被上告人は精神的苦痛を被ったものと認められ, その賠償額は,1審判決が肯認し,被上告人が不服を申し立てていない金額である 100万円を下回るものではないと認められる。D及び上告人らは,被上告人に対 し,連帯して100万円及びこれに対する遅延損害金の支払義務がある。
(3) 人格的価値を侵害された者は,人格権に基づき,加害者に対し,現に行わ れている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差 止めを求めることができるものと解するのが相当である。どのような場合に侵害行 為の差止めが認められるかは,侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行 為の性質に留意しつつ,予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵 害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべ きである。そして,侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が 重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし 著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。 被上告人は,大学院生にすぎず公的立場にある者ではなく,また,本件小説にお いて問題とされている表現内容は,公共の利害に関する事項でもない。さらに,本 件小説の出版等がされれば,被上告人の精神的苦痛が倍加され,被上告人が平穏な 日常生活や社会生活を送ることが困難となるおそれがある。そして,本件小説を読
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む者が新たに加わるごとに,被上告人の精神的苦痛が増加し,被上告人の平穏な日 常生活が害される可能性も増大するもので,出版等による公表を差し止める必要性 は極めて大きい。 以上によれば,被上告人のD及び上告人A2社らに対する本件小説の出版等の差 止め請求は肯認されるべきである。
3 【要旨】原審の確定した事実関係によれば,公共の利益に係わらない被上告 人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場に ない被上告人の名誉,プライバシー,名誉感情が侵害されたものであって,本件小 説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるという べきである。したがって,人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認 容した判断に違法はなく,この判断が憲法21条1項に違反するものでないことは ,当裁判所の判例(最高裁昭和41年(あ)第2472号同44年6月25日大法 廷判決・刑集23巻7号975頁,最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6 月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)の趣旨に照らして明らかである。 論旨はいずれも採用することができない。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田 邦夫)
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