憲法記念日、日本国憲法において、私の最も好きな条文の一つ 「第23条 学問の自由」 についてのことを天声人語が書かれていたので、共有させていただきます。
日本国憲法 第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
下線をひきましたが、学問における「真理の探究とは既成の権威への挑戦にほかならない」。
だからこそ、学問は、直接的にも間接的にも、時の権力者から圧力がかかりやすい。
学問の自由が守られる社会であり続けてほしい。
学問の自由は絶対に守らねばなりません。
******朝日新聞 天声人語(2015/05/03)******
時代の変化に的確に対応することは難しい。たとえば社会から自由が失われようとしている時、自由など今どき通用しないのだという頭ごなしの主張が世の中で幅を利かせる。すると人々はその変化を仕方ないこととして納得してしまう。
これは将基面貴巳(しょうぎめんたかし)さんが昨年出した『言論抑圧』が描く戦前日本の姿だ。東京帝大教授だった矢内原(やないはら)忠雄は1937年、軍国化を進める政府に批判的な論文を書き、辞職に追い込まれた。この「事件」を素材に、著者は同調圧力の怖さを示す。
当時のような危うい変化の時を、今まさに迎えている。そんな危機感から、「学問の自由を考える会」が先日発足した。国立大学の入学式などで国旗を掲揚し、国家を斉唱するよう文科相が「要請」するという話が出て、大学教授らが立ち上がった。
強制ではない。儀式でのことであり、研究や教育内容への介入ではないー。こうした声に、会の代表で教育学者の広田照幸さんらは反論する。要請は必ず圧力になる。式自体も教育の機会であり、今回これを認めれば、政府が研究の中身にまで口を出す突破口になりかねたい、と。
会が強調するように、真理の探究とは既成の権威への挑戦にほかならない。大勢順応や付和雷同とは対極にある営みだ。大学に無神経な同調圧力を加えるなら、創造的な成果を生む芽を摘んでしまわないか。
憲法は学問の自由を保障する。歴史に見る通り、一度失った自由は容易に取り戻せない。きょう、改めて心に刻みたい。
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日本国憲法 第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
下線をひきましたが、学問における「真理の探究とは既成の権威への挑戦にほかならない」。
だからこそ、学問は、直接的にも間接的にも、時の権力者から圧力がかかりやすい。
学問の自由が守られる社会であり続けてほしい。
学問の自由は絶対に守らねばなりません。
******朝日新聞 天声人語(2015/05/03)******
時代の変化に的確に対応することは難しい。たとえば社会から自由が失われようとしている時、自由など今どき通用しないのだという頭ごなしの主張が世の中で幅を利かせる。すると人々はその変化を仕方ないこととして納得してしまう。
これは将基面貴巳(しょうぎめんたかし)さんが昨年出した『言論抑圧』が描く戦前日本の姿だ。東京帝大教授だった矢内原(やないはら)忠雄は1937年、軍国化を進める政府に批判的な論文を書き、辞職に追い込まれた。この「事件」を素材に、著者は同調圧力の怖さを示す。
当時のような危うい変化の時を、今まさに迎えている。そんな危機感から、「学問の自由を考える会」が先日発足した。国立大学の入学式などで国旗を掲揚し、国家を斉唱するよう文科相が「要請」するという話が出て、大学教授らが立ち上がった。
強制ではない。儀式でのことであり、研究や教育内容への介入ではないー。こうした声に、会の代表で教育学者の広田照幸さんらは反論する。要請は必ず圧力になる。式自体も教育の機会であり、今回これを認めれば、政府が研究の中身にまで口を出す突破口になりかねたい、と。
会が強調するように、真理の探究とは既成の権威への挑戦にほかならない。大勢順応や付和雷同とは対極にある営みだ。大学に無神経な同調圧力を加えるなら、創造的な成果を生む芽を摘んでしまわないか。
憲法は学問の自由を保障する。歴史に見る通り、一度失った自由は容易に取り戻せない。きょう、改めて心に刻みたい。
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