サハリンの道路は興味深い作り方をしていました。
日本では都市間の道路は大抵片側一車線で往復二車線か片側二車線で往復の四車線での作り方が一般的なのですが、サハリンでは都市間の道路は基本的に三車線。
これを上り坂になる方が二車線で片側を追い越し車線として使い、坂が下りになると反対側の登り車線が二車線になるのです。
そのコントロールは白い線と道路標識で行っています。道路は切り盛りがほとんどなくてほぼ地形なりに作られているので上り坂と下り坂がしょっちゅうでてきます。
そのためドライバーにすれば今は一車線でもすぐに上りになれば追い越し車線が出てくるのでイライラすることも少ないでしょう。
二車線の道路にして、すぐ前の車を追い越せずにイライラして反対側車線に出て追い越しをかけることを思えば合理的に見えます。
ガードレールなどの道路付属物もほとんどなくて、極めて質素な道路ですが、これが当たり前だと思えば不満などないのかもしれません。
コルサコフなどでは何本もの道路が交差するところではラウンドアバウト、つまり日本で言うロータリーも見かけました。ドライバーが慣れたところではこの形の方が信号もいらずスムースな交通制御ができそうです。
日本では信号によって制御される分、青のときは自分の進む権利という意識がものすごく強くなってしまいます。信号がなければお互いが譲り合ってスムースな調整をする余地もあるのですが、信号があれば自ら判断することなく信号に頼ればよいことになります。
モノやシステムが発達すればそれに頼ればよいけれど、それがまだ未発達の場合は自分の調整力や交渉力、判断力によって何が適切かを判断しなくてはなりません。
いちいち自分で判断し続けなくてはならないなんて、非効率なのかもしれませんが、効率を追い求める裏側で、多分自分自身の判断力をそぎ落としているのかもしれないなあ、と思いました。
だから誰かが制御してくれるうちは効率性が発揮できるけれど、一たびその制御が外れた時には皆周りを見回すけれどだれも調整ができないなんてこともあるのではないでしょうか。
インフラやシステムの充実と効率、そして人間としての判断力の相互の関係性って片方が増えれば片方が減る、そんな関係になっていそうです。
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サハリンで横断歩道の標識を見かけましたが、日本よりは歩行者が胸を張って偉そうにしています。
だからドライバーは結構横断歩道で停車することが多いのでしょうか。標識一つの作り方にもお国柄が出るので興味深いですね。