キッチン (新潮文庫) | |
吉本 ばなな | |
新潮社 |
本書には3つの短編が収録されている。「キッチン」、「満月 - キッチン2」、「ムーンライト。シャドウ」だ。このうち「満月 - キッチン2」はその副題から想像がつくように、「キッチン」の続編にあたる作品だ。「ムーンライト。シャドウ」は、完全に独立した作品で、前2つの作品と特に重なるところはない。
しかしこれらの作品で共通して扱われているのは、親しい人間の「死」だ。「キッチン」では、両親を失っている桜井みかげの祖父が亡くなり、とうとう最後に残った祖母が亡くなってしまう。そんな彼女に手を差し伸べたのが、田辺雄一という同じ大学に通う一つ下の青年。花屋でアルバイトをしていたときに祖母にかわいがってもらったという。
彼は母(実は父)のえり子(本名雄司)と二人で暮らしている。そこに住んだらと言ってくれたのだ。彼女が眠るソファは、台所に続く居間にどんと置いてある。そして台所は彼女が一番好きな場所だった。
そして「満月 - キッチン2」では、えり子も死んでしまう。ストーカーのような男に、彼女の働くゲイバーで刺殺されたのだ。ただしえり子もカウンターに飾ってあった鉄アレイで犯人を殴り殺したらしいが。えり子の死が二人の関係に影を落とす。
この半年・・・・・・おばあちゃんが死んだところから、えり子さんが死ぬまで、表面的には私と雄一はずっと二人笑顔でいたけれど、内面はどんどん複雑化していった。嬉しいことも悲しいことも大きすぎて日常では支えきれなかったから、二人は和やかな空間を苦心して作り続けた。えり子さんはそこに輝く太陽だった。(p118:満月 - キッチン2)
そしてみかげは、カツ丼を、タクシーを飛ばして、母(父)の死により不安定になった雄一が泊っている宿に届ける。この部分は本作の見せ場だろう。
そして、「ムーンライト。シャドウ」では、さつきは恋人の等を亡くしている。仁の弟の柊は兄と恋人のゆみこを一遍に亡くした。柊のところに遊びに来ていたゆみこを等が駅に送る途中事故にあって二人とも即死したのだ。さつきはうららと名乗る女性と知り合い、不思議な体験をする。
「どうして君とものを食うと、こんなにおいしいのかな。」(中略)
「きっと家族だからだよ。」(p135:満月 - キッチン2)
ひとつのキャラバンが終わり、また次が始まる。また会える人がいる。二度と会えない人もいる。いつの間にか去る人、すれ違うだけの人。私は挨拶を交わしながら、どんどん澄んでゆくような気がします。流れる川を見つめながら生きねばなりません。(p193:ムーンライト。シャドウ)
親しい者の「死」。その時は誰もが絶望するに違いない。しかしいつまでもそこにとどまってはいられない。そこからいつかは踏み出さないといけないのだ。この作品には、そんなメッセージが込められているように感じられる。
☆☆☆☆
※初出は、「風竜胆の書評」です。