消えた反物質―素粒子物理が解く宇宙進化の謎 (ブルーバックス) | |
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講談社 |
この宇宙は、多くの謎に包まれているが、「なぜ、この宇宙は、反物質でなく物質からできているのか」というのもその一つだ。物理学の教えるところによれば、物質を構成する粒子は、反粒子と共に対生成し、対消滅していく。ならば、この宇宙が物質だけでできているのはなぜか。考えれば、不思議なことである。本書、「消えた反物質 素粒子物理が解く宇宙進化の謎」(講談社ブルーバックス)は、ノーベル物理学賞の受賞者である小林誠さんが、この謎について、現代物理学がどのように迫っているのかを解説したものである。
現在、物質が、反粒子ではなく、粒子のみから構成されているのは、宇宙進化の中で、粒子の方が、反粒子より多くなったかだらと思われている。その有力な原因だと考えられているのが、「CP対称性の破れ」だ。ここで、Cとは荷電共役(charge conjugation)のことで、C変換とは、粒子と反粒子を入れ替えることだ。またPは、パリティ(parity)のことで、P変換とは、空間の3軸すべてを逆転させるもので、これは結局鏡に映す操作と等価になる。CP対称性というのは、C変換とP変換(CP変換)を続けてやっても、物理法則は変わらないということだが、対称性の破れというのは、この物理法則が崩れているということである。しかし、この現象を裏づけるための、現在までに見つかっている唯一の現象は、K中間子がπ中間子2個に崩壊するということだけらしい。
そして、今期待されているのは、B中間子である。B中間子系の崩壊においては、粒子と反粒子のあいだの対称性が大きく破れていることが、理論的に預言されるというのだ。このB中間子を大量に効率よく作るための加速器は、Bファクトリーと呼ばれて近年注目を浴びているという。だが、宇宙が反物質ではなく物質が優位であるのは、未知の素粒子の未知の相互作用でCP対称性の破れが起きているからだという見方が大勢を占めているようだ。それでは、これらにどのような関係があるのかと考えると、極めて興味深い。
正直を言えば、本書は決して門外漢に分かりやすいとは言えない。ファインマン線図や量子力学特有の数式の記法が説明なしに使われていたり、出てくる数式の説明が十分でなかったりと、あまり物理の知識がない者には、結構な参入障壁があるのではないか。それでも、序章の部分をしっかり読みこみ、あとは、理解できるところだけでも読んでいけば、この分野の概要は掴めるのではないだろうか。もちろん、しっかり読みこなせば、素粒子理論全般に渡ってかなりの知識が得られると思う。この分野を志す者は、高度な専門書に進んで行く前に、一読しておけば有益ではないかと思う。
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