マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

飯田線 伊那松島機関区 クモエ21009 救援車

2008-06-04 10:28:59 | 旧型国電
こんばんわ。
昨日、眠たいのを我慢して、旧型国電のカテゴリを整理いたしました。過去ログの「ローカルな風景」を除く記事の引越しが完了いたしております。これで旧型国電ファンの方が見易くなると思いますのでご活用下さい。

さて、今日は兼ねてからFe4メンバーのシービーさんhttp://blogs.yahoo.co.jp/mrcbcross14から「見たい」とご要望のありました、伊那松島機関区に常駐していた救援車「クモエ21009」の写真をご覧いただこうと思います。



昭和56年11月23日 伊那松島機関区にて

これは2度目に飯田線を訪れた際、初めて同所に行った時の写真です。
初めてだったので中に入れてもらえると思わず、一般道から撮りました。一番奥まっていたところに止まっていたので写真は撮り易かったのですが、特徴ある反対側を撮ることができませんでした。
この手の救援車は「クヤ」を名乗って自走式ではないタイプが多く存在するのですが、線形の特殊性でしょうか、自走の出来る「クモヤ」となっていました。



昭和58年2月23日 伊那松島機関区にて

記録によると、同線に6回目に訪れた時。この時は機関区の中央辺りに止まっていました。
検査が上がったばかりなのでしょうか、下回りなども非常にキレイになっています。
そして、特徴のある前面も堂々と撮ることができました。
飯田線は、天竜峡から中部天竜辺りまで天竜川沿いの狭い場所を通っているため、救援用の機材を車外に搬出するにあたり、サイドから降ろすことが出来ない状況にあります。このため、車外に資機材を下ろすためのクレーンを線路方向へ伸ばすために、全面が大きく観音開きで開くようになっているわけです。



昭和58年8月6日 伊那松島機関区にて

飯田線の旧型国電、最終最後のさよなら運転の日に撮影したものです。機関区は入りたい放題の開放で、大勢のファンで賑わいました。
この日はファン大サービスが行われており、このクモエ21009もなんとパンタグラフを上げて展示(と言うか留置)されていました。検査入場でもないと撮影できない姿ですね。


昔の古い写真を見ると、飯田線に常駐していた救援車は、全面に白い大きな三角と、黄色い丸の警戒色が付いているのが特徴でした。ただ、それもかなり昔の話であって、私が初めて逢った頃は既に無かったですね。

救援車というのは、機関区など車両区の片隅に止まっており、なかなか撮影の機会が無いのですが、この飯田線の「クモエ21009」の特徴ある車両だけは撮りたかったですね。そして幸運にも、こうやって記録を残せておけて大変良かったと思います。
1つ悔やむとすれば、中部天竜区に常駐していた木造救援車に写真が撮れなかったことでしょうか。

コメント (6)
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