マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

2011 今年のGWの臨時列車(by地元)

2011-04-17 14:31:00 | 写真無しの情報など
こんにちわ。

今朝は早く起きたのですが、あまり気乗りしなかったので「あけぼの」だけ撮ってさっさと帰ってきました。

やっとDJをじっくり見て、今年のGW関連の臨時列車など眺めていました。
まだ震災や停電の影響が残っているのか、運転を取り止めてしまった列車が多いのが気になります。

地元限定の情報ですが、気になるところをピックアップしてみました。


【運転する列車】

快速「足利藤まつり1~4号」・・・当初発表どおり運転→時刻表参照。
急行「能登」・・・当初発表どおり運転→時刻表参照。
快速「ムーンライトえちご」・・・GW期間のみ運転。
特急「草津83号」(湘南色限定)・・・4/29.30.5/3.4.7 上野駅発11:00
快速「富士芝桜まつり」・・・5/6.13に回送 9526M 大宮操12:59-13:21
※HMステッカー式掲出の可能性大!
地元じゃないですが
快速「重連レトロみなかみ」・・・5/1.3.4
※個人的には3日のDL重連は撮ってみたい!

【運転取り止めの列車】
臨時「スペーシア日光」「日光」関係・・・GW中は全滅です。ご注意ください。


GW中の列車ですが、東北本線が全通する可能性が高いですね。「カシオペア」「北斗星」も運転が期待されます。
貨物関係も運転が再開される可能性が高いですが、昨年のGW中は殆どの貨物列車が運休。ヒドイ目に遭いました。しかし、今年は大震災の関係で物流が活発になると見ていますので、GW期間中の貨物列車の動きが読めません。

私的プラン。

5月3日、快速「DL重連レトロみなかみ」を撮りながらそのまま新潟に抜け、急行「きたぐに」や特急「日本海」を撮る。運が良ければ銀ガマEF81もまだ残っているか?
ここ数年、クルマによる遠征を行っていないので、今年は自分自身に期待したい。

なんてね。

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被災地から戻りました・・・線路の無くなった気仙沼線

2011-04-16 01:04:00 | ローカルな風景
こんばんわ。

被災地から帰ってきたのが日曜日。間もなく1週間になろうとしています。
被災者に微力ではありますがお手伝いをし、震度6強という恐怖の地震も体験しました。
一生忘れることの無い経験をしてきました。

最後になりますが、鉄道の状況です。これも言葉の出ない風景でした。



国土地理院の地図データから

気仙沼線の志津川駅近辺を抜き取りました。
点々と建っている家並みは、その殆どが平地にあります。川沿いですから、比較的低地にあると判断していただけると思いますが、高台にある学校と若干の民家以外は壊滅していると思っていただいて構わないと思います。そのくらいの広範囲が津波に襲われました。
もちろん、気仙沼線の志津川駅も例外ではありません。




携帯電話のカメラで撮影したものなので、画像はあまり良くないですが、一応クリックすると大きくなるようにしておきました。
中学校から小学校までの道のり、国道398号線を歩いていると、1箇所だけ大きく渡る橋があります。何でここだけ?と思ったら、やはり鉄道だったんです。
というのは、鉄道かどうかも最初は判らない状況だったのです。

国土地理院の♂を付けた位置から撮影しています。遠くに見える工作物がどうも駅のホームのようです。




駅のホームと思われる部分をアップにしてみました。
まるで廃線跡か、あるいは整地してこれから線路を敷設しようとしている風景にも見えてしまいます。

一番驚いたのは、線路が全く無くなっていることでした。
水害や地震などで土盛りの路盤が流出することがあっても、線路と枕木はしっかりと繋がれているので、線路後となくなった様子というのは今まで記憶がありません。見渡す限り線路が見当たらない光景というのは、私の中の常識では考えられません。
線路側面の面積で、水の抵抗を受けたとしてもたかが知れている思いますが、一体どんなパワーだと言うのでしょうか?本当に信じられません。

東北各地で被災した線路も、徐々にではありますが運転が再開されるようになりましたが、このような状況の場所が海岸を中心に数多く残っています。
被災者の言葉に
「もう(気仙沼線は)廃止になっちまうだろう。鉄道が復活したって、乗る人さ居ねーべ。みんな流されちまったんだから。」

あまりにも重た過ぎる言葉で、受け止めることができません。

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約1週間にわたり、被災地支援の際に得た状況を報告してきました。
今回は取材で行ったわけではないので、写真も携帯電話のみ、枚数もあまりありませんでした。
文字だらけのダラダラとした文章にもかかわらず、多くの方に読んでいただき、支援活動に対する労い、被災者への心遣い、ご自分の想いなど、多数のコメントをいただきありがとうございました。
遊びでは被災地に行ける状態ではありませんから、現地に近付く機会の無い読者の方々に、報道では分からない現地の状況、被災者の考えていること、不安、そして本当に必要と望んでいるものが何か、少しでも伝わっていただければありがたい。そう思っています。

被災地支援に関する記事は、これにて一旦終了といたします。
最後まで稚拙な記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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被災地から戻りました・・・命の水、自衛隊に感謝!

2011-04-15 00:15:00 | その他乗り物写真館
こんばんわ。

昨日はパソコンの調子が悪くて更新できませんでした。
今日はかなり調子が良いです。

1日遅れになってしまいましたが、今日ははたらくクルマのカテゴリでご紹介いたします。

私が支援に行った被災地は、電気・水道ともにライフラインも壊滅状態。下水道だけは処理場につながっていないと思いますが、とりあえず流せているような状況。
ですので、滞在していた5日間、お風呂に入ることなんてできません。

ちなみに、トイレの雑用水は沢から汲んできた水で流していました。まあ、ひょっとしたらノロウィルスにやられたのも、この辺りに原因があったかもしれません。

口に入る水は、基本的には支援によるペットボトルのミネラルウォーターです。一番多い時で1000人以上いたらしいですから、飲み水と考えただけでもかなりの量が必要だったことでしょう。もちろん、炊き出しでも水は必需品になります。
ただし、支援に行っている我々は、被災者の分をいただく訳には行きませんから、必要な分は全て持ち込みになります。

もちろん、洗い物など論外であるため、使い捨て容器になる丼も持参ですし、アルファ米なんて復路のままで食べてました。ろくなもんは食っていなかったです。

でも、炊き出しとなると、調理器具などの洗い物も必要になるでしょうし、手洗い用には雑用水でなく、やはり真水が必要になります。
その水に関しては、自衛隊さんが運んできてくれます。




給水車はトレーラーになっており、牽引車は自衛隊の輸送トラックとなっています。トラックは後輪1軸車と2軸車が居ましたね。

トレーラーの給水車は小振りですが、どのくらい入るのかな?大体1日1回交代で運んできてくれていたようです。蛇口が片側に3個ついていますので、掃除の時のバケツを濯いだりするのも便利でした。なかなか良くできていましたね。
外の仮設トイレの直ぐ近くに置いてくれますので、手洗いも非常に便利、助かります。

ライフラインが止まっている時、真水の供給は非常にありがたいですね。もし沢の水だけが頼り、なんてことになってしまうと、食事も危なくなってしまいます。いつ指が口に触ってしまうか分かりませんからね。

私は被災者としてではありませんが、この給水車には随分お世話になりました。
水切れにならないように管理しながら運んできていただいた自衛隊さん、本当に感謝しております。沖縄から遥々お疲れ様です。

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更新をお休みします

2011-04-14 07:21:00 | ノンジャンル
おはようございます。

昨夜からパソコンのレスポンスが悪すぎて何もできない状態になってしまいました。

今日はお休みします。
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被災地から戻りました・・・見えない敵は放射能ばかりではない!

2011-04-13 06:41:00 | ノンジャンル
おはようございます。

昨夜はまだ疲れが残っていたのでしょうかね。
夕食を摂ってそのまま寝てしまいました。
目が覚めたら明るくなっていたので慌てて起きたら、まだ5:10でした。
ゆっくりと朝風呂・・・幸せを感じます。

電気が点く、ストーブがある、蛇口から水が出る、歯を磨く・・・全ての平凡を幸せに感じるようになりました。

さて、東京では原発関係のニュースばかりですが、これは日本の歴史上でも一大事件ですから当たり前です。世界からももちろん注目されていることですが、この期に及んで日本に対し損害賠償を求めるなんて騒いでいる、近隣のアタマの悪そうな国に腹が立ちますね。事故を何とか収束させたいと、専門家を送込んでくるヨーロッパの国に対し、何もしない、出来ない国に騒がれたかぁ無いですわ。

被災地に行って、まず言われたのが手洗いの徹底。何が問題かって・・・

ノロウィルス!

波にあらわれて不衛生になった上、水道が出ない、下水道が機能しない地域では、様々な感染症が問題となりますが、行った先がノロウィルスで蔓延していたんです。

既に医療支援団体が入っており、感染症予防のために様々な対策を考えて実行してくれていました。ありがたいことです。
でも、なかなか収束には至りません。
見ていて分かりましたが、「年寄りは手を洗わない!」「言うことを聞かない」

これではいつまで経っても収まりませんね。

実は、私も3日目の晩に突然の下痢を起こしました。翌朝も。
「これはヤバイ!」
そう思いました。

不本意ではありましたが、現地診療を受けることに。
被災者のための診療所にお世話になることは、私としても屈辱的な行為なんです。
でも、私が万が一にもノロウィルスに掛かっていれば、周りの被災者の方々に迷惑を掛けてしまいます。
なので、受診しました。結果は「陰性」。

でも、「完全に白ではないので作業はしないように」。

体育館の片隅に設けられた隔離コーナーで屈辱の待機です。
ここにいると、1日のうちでも3~4名が同様の症状で隔離されてきます。
そのうち半数は「陽性」のようで、次々と隔離部屋に押し込められます。
私のように、陰性で解放される方が少ないようです。

翌日最終日の午前中まではなんだかしっくりしなかったのです、その後はなんとか立ち直りました。

4日目の晩も大事をとって隔離コーナーにいたのですが、良く話しかけてくるおばさんがやってきました。どうもノロウィルスに感染したようです。

このおばさん、やたら原発に詳しい。どうもインターネットが趣味で、そうとう知識を得ているようでした。ノロウィルス対策に誰よりも積極的に取り組んできたのですが・・・
口の達者なおばさんだけに、相当悔しかったらしく、嫌味をタラタラと言われました。
まあ、内容はここには載せませんが・・・まあ気持ちは分かりますよ(笑)。

おばさんの切ない気持ち・・・「トイレの神様は居ねがったぁ~

皆さん、トイレから出たら、手洗いぐらいはしましょうよ。普段から駅など色々な施設に出入りをしますが、トイレが済んで手を洗わない人、年寄りだけでなく、若者でも目立ちます。手洗いって、気休めでやっているわけではないんですよ!

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