うちは、朝日新聞を取っている。
大阪市西区の肥後橋にある朝日新聞大阪本社ビルは、のっぽのツインタワーに建て替えられる。
四ツ橋筋を挟んで、東西に1棟ずつ、ツインタワーが建つが、
その片っぽの東側の方が、現、朝日新聞大阪本社ビルより先に工事が行われている。
先日、地鎮祭も行われ、着々と進行中だ。
現、朝日新聞大阪本社ビルから、向かいの建築現場が見おろせるので、その様子がとてもよくわかる。
それはそれとして、今後、益々羽ばたく(であろう)朝日新聞だが、
新聞の未来は、とても険しいものとなっている。
私は、毎日新聞を取っていた頃もある。
誌面が、半分に折った時に、上下、真っ二つに分かれる、読みやすいレイアウトになっていたので、
通勤電車内で読むには、もってこいだ、という理由からだった。
その後、朝日VS毎日の熾烈な?戦いを繰り返し、今は、朝日新聞に落ち着いている。
いしいひさいち氏の「ののちゃん」が好きで、選んだような朝日新聞なのだが、
(右寄りだの、左寄りだの、全く、わかっていない・・・)
今、いしい氏は、病気療養中で休載のため、
漫画スペースは、記事で埋まり、三面記事・最終ページとしての誌面がシマらない。
早く復活してもらいたいものだが、見通しは、はっきりしないようだ。
朝日新聞は、いしい氏がお気に入りのようで、新しい漫画家を用意するわけでもなさそうだ。
私としては、最終ページに漫画がないのは、どうも、しっくりこないのだが。
インターネットで、ニュースを読むことが多くなっている。
意見も即座に書き込める「双方向性」も、紙の新聞に比べると、断然、優位だ。
しかし、新聞は、好むと好まざるにかかわらず、広げると、そこには否応なしにいろんな記事が目に入る。
知らないことを知る。
インターネットは、興味のあることに関しては、どんどん深く進んでいくことができるが、
興味のないことは、目には飛び込んでこない。知らないままに、行き過ぎてしまう。
そのあたりが、偏狭効果を生むのではないかと、危惧する。
ちらと外見だけを見て、嫌いなものは一切食べず、好きなものだけ食べる、偏食児みたいなものだ。
外見さえ、存在さえ知らないで、通り過ごしてしまう。
そんな大人が多いように思う。
毎日、パソコンには触れるのに、新聞は、積まれたまま、あっという間に一週間。
土曜日の「be」が好きで(特に「悩みのるつぼ」の大ファン)、待ち遠しいぐらいなのに、
その「be」も溜まると、おっくうになる。
溜まりに溜まった新聞を、日曜日の夜、直近の新聞から読んでいく。
日、土、金、木、ぐらいまでで、ダウン。
週の前半は、積み残したまま、次の週の新聞が積まれていく。
積まれた新聞を見て「新聞、取るの、やめたら?」と家人は言うが。
やめるわけにもいかず、今日も、山積みされた新聞に、溜息をついている。
せめて、今日の分だけでも読もう。
と、思い立ち、今、先週土曜日の「悩みのるつぼ」を読んだが、やはり、おもしろい。
やめられそうにない。
本日のネタは、ヒネリやオチのない、つまらないものになってしまった。
自分でつぶやくだけのブログなのだから、
どんなにくだらなくても、自分さえ満足していればそれでいいのだが。
へんに、閲覧数がチラついて、モチベーションをあげてしまっている。
自分を殺して、見知らぬ他人に媚びて(ウケをねらって)、
結果的に面白くないものになったら、本末転倒だ。
自分を生かして書いたところで、所詮、読む人にとっては、つまらないものだけれど。
とりあえず更新さえすればいい、という方向性は、よろしくない。
大阪市西区の肥後橋にある朝日新聞大阪本社ビルは、のっぽのツインタワーに建て替えられる。
四ツ橋筋を挟んで、東西に1棟ずつ、ツインタワーが建つが、
その片っぽの東側の方が、現、朝日新聞大阪本社ビルより先に工事が行われている。
先日、地鎮祭も行われ、着々と進行中だ。
現、朝日新聞大阪本社ビルから、向かいの建築現場が見おろせるので、その様子がとてもよくわかる。
それはそれとして、今後、益々羽ばたく(であろう)朝日新聞だが、
新聞の未来は、とても険しいものとなっている。
私は、毎日新聞を取っていた頃もある。
誌面が、半分に折った時に、上下、真っ二つに分かれる、読みやすいレイアウトになっていたので、
通勤電車内で読むには、もってこいだ、という理由からだった。
その後、朝日VS毎日の熾烈な?戦いを繰り返し、今は、朝日新聞に落ち着いている。
いしいひさいち氏の「ののちゃん」が好きで、選んだような朝日新聞なのだが、
(右寄りだの、左寄りだの、全く、わかっていない・・・)
今、いしい氏は、病気療養中で休載のため、
漫画スペースは、記事で埋まり、三面記事・最終ページとしての誌面がシマらない。
早く復活してもらいたいものだが、見通しは、はっきりしないようだ。
朝日新聞は、いしい氏がお気に入りのようで、新しい漫画家を用意するわけでもなさそうだ。
私としては、最終ページに漫画がないのは、どうも、しっくりこないのだが。
インターネットで、ニュースを読むことが多くなっている。
意見も即座に書き込める「双方向性」も、紙の新聞に比べると、断然、優位だ。
しかし、新聞は、好むと好まざるにかかわらず、広げると、そこには否応なしにいろんな記事が目に入る。
知らないことを知る。
インターネットは、興味のあることに関しては、どんどん深く進んでいくことができるが、
興味のないことは、目には飛び込んでこない。知らないままに、行き過ぎてしまう。
そのあたりが、偏狭効果を生むのではないかと、危惧する。
ちらと外見だけを見て、嫌いなものは一切食べず、好きなものだけ食べる、偏食児みたいなものだ。
外見さえ、存在さえ知らないで、通り過ごしてしまう。
そんな大人が多いように思う。
毎日、パソコンには触れるのに、新聞は、積まれたまま、あっという間に一週間。
土曜日の「be」が好きで(特に「悩みのるつぼ」の大ファン)、待ち遠しいぐらいなのに、
その「be」も溜まると、おっくうになる。
溜まりに溜まった新聞を、日曜日の夜、直近の新聞から読んでいく。
日、土、金、木、ぐらいまでで、ダウン。
週の前半は、積み残したまま、次の週の新聞が積まれていく。
積まれた新聞を見て「新聞、取るの、やめたら?」と家人は言うが。
やめるわけにもいかず、今日も、山積みされた新聞に、溜息をついている。
せめて、今日の分だけでも読もう。
と、思い立ち、今、先週土曜日の「悩みのるつぼ」を読んだが、やはり、おもしろい。
やめられそうにない。
本日のネタは、ヒネリやオチのない、つまらないものになってしまった。
自分でつぶやくだけのブログなのだから、
どんなにくだらなくても、自分さえ満足していればそれでいいのだが。
へんに、閲覧数がチラついて、モチベーションをあげてしまっている。
自分を殺して、見知らぬ他人に媚びて(ウケをねらって)、
結果的に面白くないものになったら、本末転倒だ。
自分を生かして書いたところで、所詮、読む人にとっては、つまらないものだけれど。
とりあえず更新さえすればいい、という方向性は、よろしくない。