蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

新聞に、追いかけられて

2010-01-19 | 読む人々には興味ない話
うちは、朝日新聞を取っている。
大阪市西区の肥後橋にある朝日新聞大阪本社ビルは、のっぽのツインタワーに建て替えられる。
四ツ橋筋を挟んで、東西に1棟ずつ、ツインタワーが建つが、
その片っぽの東側の方が、現、朝日新聞大阪本社ビルより先に工事が行われている。
先日、地鎮祭も行われ、着々と進行中だ。
現、朝日新聞大阪本社ビルから、向かいの建築現場が見おろせるので、その様子がとてもよくわかる。

それはそれとして、今後、益々羽ばたく(であろう)朝日新聞だが、
新聞の未来は、とても険しいものとなっている。

私は、毎日新聞を取っていた頃もある。
誌面が、半分に折った時に、上下、真っ二つに分かれる、読みやすいレイアウトになっていたので、
通勤電車内で読むには、もってこいだ、という理由からだった。
その後、朝日VS毎日の熾烈な?戦いを繰り返し、今は、朝日新聞に落ち着いている。

いしいひさいち氏の「ののちゃん」が好きで、選んだような朝日新聞なのだが、
(右寄りだの、左寄りだの、全く、わかっていない・・・)
今、いしい氏は、病気療養中で休載のため、
漫画スペースは、記事で埋まり、三面記事・最終ページとしての誌面がシマらない。
早く復活してもらいたいものだが、見通しは、はっきりしないようだ。
朝日新聞は、いしい氏がお気に入りのようで、新しい漫画家を用意するわけでもなさそうだ。
私としては、最終ページに漫画がないのは、どうも、しっくりこないのだが。

インターネットで、ニュースを読むことが多くなっている。
意見も即座に書き込める「双方向性」も、紙の新聞に比べると、断然、優位だ。
しかし、新聞は、好むと好まざるにかかわらず、広げると、そこには否応なしにいろんな記事が目に入る。
知らないことを知る。
インターネットは、興味のあることに関しては、どんどん深く進んでいくことができるが、
興味のないことは、目には飛び込んでこない。知らないままに、行き過ぎてしまう。
そのあたりが、偏狭効果を生むのではないかと、危惧する。
ちらと外見だけを見て、嫌いなものは一切食べず、好きなものだけ食べる、偏食児みたいなものだ。
外見さえ、存在さえ知らないで、通り過ごしてしまう。
そんな大人が多いように思う。


毎日、パソコンには触れるのに、新聞は、積まれたまま、あっという間に一週間。
土曜日の「be」が好きで(特に「悩みのるつぼ」の大ファン)、待ち遠しいぐらいなのに、
その「be」も溜まると、おっくうになる。
溜まりに溜まった新聞を、日曜日の夜、直近の新聞から読んでいく。
日、土、金、木、ぐらいまでで、ダウン。
週の前半は、積み残したまま、次の週の新聞が積まれていく。

積まれた新聞を見て「新聞、取るの、やめたら?」と家人は言うが。
やめるわけにもいかず、今日も、山積みされた新聞に、溜息をついている。
せめて、今日の分だけでも読もう。
と、思い立ち、今、先週土曜日の「悩みのるつぼ」を読んだが、やはり、おもしろい。
やめられそうにない。


本日のネタは、ヒネリやオチのない、つまらないものになってしまった。
自分でつぶやくだけのブログなのだから、
どんなにくだらなくても、自分さえ満足していればそれでいいのだが。
へんに、閲覧数がチラついて、モチベーションをあげてしまっている。

自分を殺して、見知らぬ他人に媚びて(ウケをねらって)、
結果的に面白くないものになったら、本末転倒だ。
自分を生かして書いたところで、所詮、読む人にとっては、つまらないものだけれど。
とりあえず更新さえすればいい、という方向性は、よろしくない。