人さまのブログを読んでいて、ふらふらしていたら、持ち時間を大きく切った。
これなら、書かないほうがブログの品質保持のためには良いのだが。
「(誰に見られても恥ずかしくないように)気合を入れてブログをアップしています」と、
ご自分のブログに書いておられるブロガーさんもいらっしゃる。
「(聞かれてもいないのに)自分から自分のプラス要因を言わないほうが、ぜったいにいい」という記事をよく見かけるブログだけに、
自分のことと、ブログネタとは、乖離していると感じる。
わざわざ自分で書かなくても、「誰に見られても恥ずかしくない文章」というのは、読む人が感じるものだから。
が、だれだって、そんなもの。
わたしだって、最たるもの。
自分を棚の上に上げたまま放置している、わたしの上から目線は、死んでも治りません。
「わたしも、そうだから、あなたも、そうよ。」
と言うと、「あんたみないな人といっしょにしないで!」と逆鱗に触れる方もおられる。
なので、そういう方には、「わたしは、たかが知れている低レベルな人間ですが、崇高なあなたは別です」
と、あえて補足説明を加えることにしよう。
というわけで、崇高な、高レベルな方は、「誰に読まれても恥ずかしくない」文章を書くのだろうけれど、
わたしは、誰に読まれても、誰にバカにされてもいい、気の抜けた文章を書くわけであります。
・・・
と、前置きをこんなに長く書いてもいいのか?
時間がないというのに。
・・・
見に行ってきたブログは、結婚→離婚→再婚→目下、離活中の女性の日記。
社会人になったあたりのお子さんがおられる。
文章、おもしろい。
内容もまた、おもしろい。
結婚の条件や、幸せになるための条件、結婚相手選びのコツ、みたいなものを自分で勝手に、記事を読みながら同時進行しつつ、
わたしのアタマの中でストーリーが進んでいった。
上から目線になること、この上ないのだが、
人生の選択をするにあたって、法則のようなものを感じる。
失敗する人は、失敗を繰り返す傾向にある。
岐路におけるチョイスの判断とでもいえばいいのか。直感とでもいうのか。
(上から目線と、わたしはセットになっているので、いちいち上から目線釈明は割愛する)
自分の選んだものを信じて、突き進むとよい・・・などとは、言わない。
へんに信じたりすると、よけいに大変だ。
自分で責任を取ろうと、苦労を自分で背負い込む。
いっそ、人のせいにしておいたほうが、楽。
というか、話はもとに戻るが、岐路のチョイスは、その場で、ぱぱっと、えいやっと、思いついたように選択するかに見えるが、
実はそうではない。
岐路の前も、後も、ずっと思考や活動は続いていると考える。
止まることはなく、連続したものであり、それは、生まれた時から始まり、死ぬ時まで続く。
一朝一夕のものではなく、連続の積み重ねなのだ。
だが、選択の誤りで、人生の航路が、ぐ~んと進路変更することがある。
これは、なぜか?
と、考えつつ、あらま、時間切れ。
ここからが、結論に移行するところなのに。
後ろ髪を引かれつつ、今日は、ここで強制終了いたします。