『ダーク・プレイス』(原題:Dark Places)
監督:ジル・パケ=ブランネール
出演:シャーリーズ・セロン,ニコラス・ホルト,クロエ・グレース・モレッツ,
タイ・シェリダン,スターリング・ジェリンズ,コリー・ストール他
前述の『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』とハシゴ。
同じくTOHOシネマズなんばにて。
イギリス/フランス/アメリカ作品。
原作はアメリカのミステリー作家ギリアン・フリンの『冥闇』。
『ゴーン・ガール』(2014)の原作より前の作品で、やはり世界的ベストセラー。
彼女の画像を見るととても清楚な美人なのに、作品はいずれも暗くて重い。
『ゴーン・ガール』は映画を先に観てから原作を読みましたが、
それが面白かったので直後に『冥闇』も読みました。
したがって、原作を読んだのはずいぶん前。ところどころ忘れています。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)とはまるでタイプの異なる作品で、
その主たるキャストだった2人の共演だというのがちょっと面白い。
フュリオサ役だったシャーリーズ・セロンと、
“ウォーボーイズ”の泣かせるニュークス役だったニコラス・ホルト。
監督と脚本は『サラの鍵』(2010)のジル・パケ=ブランネールで期待が高まります。
1985年、カンザス州の田舎町に暮らすデイ一家を悲劇が襲う。
母親のパティ、娘のミシェルとデビーが殺され、
犯人からなんとか逃げおおせたのは末娘で8歳だったリビーのみ。
リビーの目撃証言により、彼女の兄で高校生のベンが逮捕される。
それから28年。兄は一家惨殺の犯人として今も刑務所の中。
事件後、ひとり生き残った幼いリビーには同情から多額の寄付が集まり、
仕事に就かずとも生活することができた。
しかし悲惨な事件も徐々に忘れ去られてゆき、
後見人の弁護士から金が底をついたと宣告される。
そんな折り、リビーはライルという青年から連絡を受ける。
彼は謎解き愛好家が集まる“殺人クラブ”のメンバーで、
事件の生存者として会合に出席してくれるのなら報酬を払うと申し出る。
金目当てに承諾したリビーに対し、メンバーたちの鋭い質問が飛び交う。
彼らはベンの無実を信じ、真犯人は別にいるはずだと主張する。
金さえ貰えればいいと思っていたリビーは、
現段階では唯一の金づるであるライルの話を聞かないわけにはいかない。
ベンと会ってほしい、行方をくらました父親ラナーを探してほしい、
そんなことをライルから頼まれ、その都度、金を要求することに。
渋々始めたことだったが、封印していた記憶を呼び戻すうち、
本当にベンが犯人だとは思えなくなり……。
原作ではリビーがブスなんです。それもかなりの。
話題にのぼる事件の被害者でなければ誰からも見向きされないよう少女。
最初は彼女に集まっていた寄付金も、もっと悲惨な事件が起こったり、
あるいは美少女が被害者の事件が起きたりすると、
寄付金はそっちに流れて、リビーに入る金は減る一方。
しかも性格もとても悪くて、まったく同情できません。
映画版ではものすごく美しいシャーリーズ・セロンがその役だから、
こっちの見方も変わってきます。
嫌な女ではあるようだけど、事件のせいで孤独なんだろう、てな感じで。
さらには和み顔のニコラス・ホルトが温かみと安心感を観客に与えてくれます。
原作を読んだくせして肝心の真犯人を覚えていなかったのはなぜだろうと振り返り、
映画を観て納得。
この物語で真犯人が誰かという問題はいわばどうでもよく、
リビーがどのように生きてきたか、そしてこれからどう生きてゆくのか、
優しかった母親を失い、兄を投獄したことを自身がどう受け止めるのか。
原作も映画版もそこにポイントが置かれています。
『64―ロクヨン―』といい本作といい、
原作の醜男やブスの設定を変更することは必須なのかと訝っていましたが、
やはりビジュアル的にイケてないと映画では受け入れにくいのですね。残念ながら(笑)。
監督:ジル・パケ=ブランネール
出演:シャーリーズ・セロン,ニコラス・ホルト,クロエ・グレース・モレッツ,
タイ・シェリダン,スターリング・ジェリンズ,コリー・ストール他
前述の『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』とハシゴ。
同じくTOHOシネマズなんばにて。
イギリス/フランス/アメリカ作品。
原作はアメリカのミステリー作家ギリアン・フリンの『冥闇』。
『ゴーン・ガール』(2014)の原作より前の作品で、やはり世界的ベストセラー。
彼女の画像を見るととても清楚な美人なのに、作品はいずれも暗くて重い。
『ゴーン・ガール』は映画を先に観てから原作を読みましたが、
それが面白かったので直後に『冥闇』も読みました。
したがって、原作を読んだのはずいぶん前。ところどころ忘れています。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)とはまるでタイプの異なる作品で、
その主たるキャストだった2人の共演だというのがちょっと面白い。
フュリオサ役だったシャーリーズ・セロンと、
“ウォーボーイズ”の泣かせるニュークス役だったニコラス・ホルト。
監督と脚本は『サラの鍵』(2010)のジル・パケ=ブランネールで期待が高まります。
1985年、カンザス州の田舎町に暮らすデイ一家を悲劇が襲う。
母親のパティ、娘のミシェルとデビーが殺され、
犯人からなんとか逃げおおせたのは末娘で8歳だったリビーのみ。
リビーの目撃証言により、彼女の兄で高校生のベンが逮捕される。
それから28年。兄は一家惨殺の犯人として今も刑務所の中。
事件後、ひとり生き残った幼いリビーには同情から多額の寄付が集まり、
仕事に就かずとも生活することができた。
しかし悲惨な事件も徐々に忘れ去られてゆき、
後見人の弁護士から金が底をついたと宣告される。
そんな折り、リビーはライルという青年から連絡を受ける。
彼は謎解き愛好家が集まる“殺人クラブ”のメンバーで、
事件の生存者として会合に出席してくれるのなら報酬を払うと申し出る。
金目当てに承諾したリビーに対し、メンバーたちの鋭い質問が飛び交う。
彼らはベンの無実を信じ、真犯人は別にいるはずだと主張する。
金さえ貰えればいいと思っていたリビーは、
現段階では唯一の金づるであるライルの話を聞かないわけにはいかない。
ベンと会ってほしい、行方をくらました父親ラナーを探してほしい、
そんなことをライルから頼まれ、その都度、金を要求することに。
渋々始めたことだったが、封印していた記憶を呼び戻すうち、
本当にベンが犯人だとは思えなくなり……。
原作ではリビーがブスなんです。それもかなりの。
話題にのぼる事件の被害者でなければ誰からも見向きされないよう少女。
最初は彼女に集まっていた寄付金も、もっと悲惨な事件が起こったり、
あるいは美少女が被害者の事件が起きたりすると、
寄付金はそっちに流れて、リビーに入る金は減る一方。
しかも性格もとても悪くて、まったく同情できません。
映画版ではものすごく美しいシャーリーズ・セロンがその役だから、
こっちの見方も変わってきます。
嫌な女ではあるようだけど、事件のせいで孤独なんだろう、てな感じで。
さらには和み顔のニコラス・ホルトが温かみと安心感を観客に与えてくれます。
原作を読んだくせして肝心の真犯人を覚えていなかったのはなぜだろうと振り返り、
映画を観て納得。
この物語で真犯人が誰かという問題はいわばどうでもよく、
リビーがどのように生きてきたか、そしてこれからどう生きてゆくのか、
優しかった母親を失い、兄を投獄したことを自身がどう受け止めるのか。
原作も映画版もそこにポイントが置かれています。
『64―ロクヨン―』といい本作といい、
原作の醜男やブスの設定を変更することは必須なのかと訝っていましたが、
やはりビジュアル的にイケてないと映画では受け入れにくいのですね。残念ながら(笑)。