よ~く考えたら、11年前の今日3月9日は
北海道から上京してきた日だった..........
前任地の旭川の気温は「-15℃」で東京は「+4℃」だった
NYテロの年で、スカイツリーはまだ影も形もなかった
なんで覚えてるかっていうと
関東平野の最初の住所となった江戸川区へ
羽田からタクシーで、湾岸道路を通ってむかっているとき
荒川を渡りながら、「あっ今夜は東京大空襲の日だ」と気がついた
へんな話なんだけど、そのときアタシは初めて自覚したんです
「今日から東京で暮らすんだな」ってことを........遅いけど(笑)
現実に頭がついていってなかったのだ
だってしょうがない、ほんの数十日前に突然「東京転勤」と言われ
深く考える暇もなく、大変な作業を1人でこなし飛行機に押し込まれ
気づけば、真っ白な北の大地を上からボンヤリ見つめていた
ぽっか~ん
自分が、「都民」になるなんて想像もしなかったことで
しかも数年で帰る転勤じゃなく「移住するから」って話で
現在では事情がかわり、おそらく最後は北海道へ戻ることになるだろうけど
当時の社内事情では、転勤というより「転職」に近く、つまり移住だった
ぽっか~ん
結婚するときに、転勤するとは聞いていたけど「道外」へ出るとは聞いてない
「東京へ行くかも」なんて言われていたら、100%結婚はお断りしていたと思う
こう書くとビックリされるだろうし、今のアタシでは考えられないけれど
当時の「道産子女」だったら、そんなに珍しい反応ではなかったかと思う
それくらい、北海道の人間は「道外」へ出るのを嫌がる(遊びでは大歓迎だけど)
お恥ずかしいが、聞かされたときは床につっぷして号泣したくらいだ(笑)
まじで「我が人生も終わりなり」と、身をよじって大泣きに泣いた
オットは「転勤族」の息子だし生まれも東京、姑も東京の人だから
こんな「道産子ばか」の反応に(笑)さぞかしビックリしたことでしょう
今かんがえると、相当な「おばかさん状態」で笑っちゃうけど
来ちゃったら来ちゃったで、オットが呆れるくらい速やかに順応し
今では帰りたくないがために、オットの出世も犠牲にしている有様だ(笑)
違う意味で、ぽっか~んだ
というわけで、この話はブログに何度もチョコチョコ書いてきたけれど
わかっちゃいたけどまた書いた(笑)、書いて自分の立ち位置を確かめている
そして明日っからの12年目、今まで以上に「自分達の暮らし」を楽しもう
驚くほど変わってしまった「自分」もいるし、全く揺るがない「自分」もいる
それはオットも同じだろうから、それを確認しつつ落ちついて前進していこう
色んなことを噛みしめながら、だいじに暮らそう
慌てず流されず雑にならないよう、もうちょっと「大人らしく」しよう(笑)
闇雲につっぱしる時代はとうに終わったのだから、年相応ってことを考えよう(笑)
「おまえはいったい年は幾つだ?」とオットに言われないよう、がんばろう
たぶん