雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

南ならずば東の

2014-08-10 11:00:26 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百八十三段  南ならずば東の

南、ならずば東の廂の板の、影見ゆばかりなるに、鮮やかなる畳をうち置きて、三尺の几帳の、帷(カタビラ)いと涼しげに見えたるを、押しやれば、流れて、思ふほどよりも過ぎて立てるに、白き生絹(スズシ)の単衣・紅の袴、宿直物には濃き衣の、いたうは萎えぬを、すこしひきかけて臥したり。

燈楼に火ともしたる、二間ばかりさりて、簾高う上げて、女房二人ばかり・童女など、長押によりかかり、また、下(オロ)いたる簾に添ひて臥したるもあり。
火取に火深う埋みて、心細げに匂はしたるも、いとのどやかに、心にくし。

宵うち過ぐるほどに、忍びやかに門叩く音のすれば、例の、心知りの人来て、気色ばみ、立ち隠し、人目守りて入れたるこそ、さるかたにをかしけれ。
かたはらに、いとよく鳴る琵琶の、をかしげなるがあるを、物語りのひまひまに、音も立てず、爪弾きに掻き鳴らしたるこそ、をかしけれ。


南側か、そうでなければ東の廂の間の板敷が、影が映るほどに拭き磨かれている所に、真新しい畳を無造作に置いて、三尺の几帳の帷子がとても涼しそうに見えるのを、向こうへ押しやると、板敷の上を滑って、思った場所より遠くまで行って立っている、といったところに、白い生絹の単衣に紅の袴、寝具には濃い紅のそれほど着くたびれていないのを、軽くひっかぶって、女主人は横になっています。

釣り燈楼には灯がともされていて、そこから二間(フタマ・間は、柱と柱の間)ばかり離れて、簾を高く上げて、女房二人ばかりと童女などが、下長押に寄りかかり、また、下してある簾に添って横になっている者もいます。
火取香炉に火を深く埋めて、香をほのかに匂わしているのも、とてものどやかで、奥床しい。

宵を少し過ぎた頃に、忍びやかに門をたたく音がすると、いつものように、事情を心得ている女房が出てきて、気を張って、男の姿を自分の身体で隠し、人目を警戒しながら招き入れる様子は、いかにもその場にふさわしく、いい風情です。
二人の傍らに、とても良い音色の琵琶で、その作りもしゃれたものがあるのを、男は、話の合間合間に、音を殺して、爪弾きでそっと掻き鳴らしているのなんて、実に情緒たっぷりです。



前の段とは逆に、通ってくる男性を迎える女性側からの描写です。
しっとりと、何のてらいもなく素直に描かれていますが、具体的なモデルがいるのでしょうか。それとも、少納言さま自身の実体験なのでしょうか。

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