雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

悪ふざけもほどほどに ・ 今昔物語 ( 28 - 33 )

2020-01-03 08:57:44 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          悪ふざけもほどほどに ・ 今昔物語 ( 28 - 33 )


今は昔、
内舎人(ウドネリ・内裏の舎人。宮中の宿直、雑役、行幸時の警護、を担当した。)から大蔵丞(オオクラノジョウ・大蔵省の第三等官。六位相当官。)になり、その後従五位となり大蔵大夫(ダイフ・五位の通称。)と呼ばれた紀助延(キノスケノブ・伝不詳)という者がいた。
若い時から、米を人に貸して、利息を取って返却させたので、年月が経つにつれ米の量は積もり重なって、四、五万石にもなっていたので、世間の人は、この助延を万石の大夫とあだ名を付けていた。

その助延が備後国に行き、用事があってしばらく逗留していたが、ある日、浜に出て網を引かせていると、甲羅が一尺ほどもある亀を引き上げ、助延の郎等共がいじめてもてあそんでいたが、その郎等共の中に年が五十ばかりの少々足りない男がいた。いつもとても見苦しい悪ふざけを好む男である。
そのためであろうか、その男がこの亀を見つけるや、「あいつは、逃げたわしの女房めだ。ここにいたのか」と言って、亀の甲羅の左右の端を掴んで差し上げると、亀は足も手も甲羅の中に引き入れた。首もすっぽり引き入れたので、細い口だけがわずかに甲羅から見えている。
男は亀を差し上げて、幼い子供をあやすように、「『亀よ出て来い、亀よ出て来い』と川辺で言った時に、どうして出て来なかったのだ。わしはお前が長いこと恋しかったのに。口づけをしよう」と言うと、わずかに見えている亀の口に自分の口を押し当て、わずかに見えている亀の口を吸おうとすると、突然亀は首をさっと突き出して、男の上下の唇に深く噛みついた。

引き離そうとしても、亀は上下の歯を食い違えて噛みついているので、ますます深く食い込み放そうとしない。その時男は、手を開いてくぐもり声で叫んだが、どうにもしようがなく、目から涙を落として苦しみうろたえる。
そこで、他の者たちが寄ってたかって、刀の峰で亀の甲羅を叩いたが、亀はますます強く噛みついた。男は両手をばたつかせて苦しみもがくこと限りなかった。他の者たちは男が苦しみもがくのを見て気の毒がったが、中には、横を向いて笑う者もいた。

すると、一人の男が、亀の首をスパッと切ったので、亀の体は落ちた。しかし、首は喰いついたまま離れないので、物に押し当て、亀の口の脇から刀を差しんで、あごをはずし、それから亀の上あごと下あごを引き離したところ、錐(キリ)の先のような亀の歯が食い違いに刺さっているので、それをそろりそろりとだますように抜いていくと、男の上下の唇から真っ黒な血が激しく吹き出した。
その血が出尽くした後で、蓮の葉を煮て、その湯で洗うと、傷口は大きく腫れあがった。その後も、そこが膿んで、長い間傷み続けた。

これを見聞く人は、主人をはじめ、誰も気の毒だとは言わず、あざけり笑った。男はもともと少し足りない上に悪ふざけを好んでいたから、病み苦しんだあげく、人にも嘲笑されたのである。
これから後は、悪ふざけを好んでするようなことはなくなったが、仲間たちは、その事もまた笑った。

これを思うに、亀の首は四、五寸は突き出るものなのに、それに口をさし寄せて吸おうとすれば、どう考えても喰いつかれない事などあるまい。このように、世間の人は、身分の上下を問わず、つまらぬ悪ふざけをして冗談にもこのような危険なことをしてはならないのである。
このような馬鹿げたことをして、嘲笑された男がいたのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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