雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

一事が万事 ・ 今昔物語 ( 28 - 34 )

2020-01-03 08:56:24 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          一事が万事 ・ 今昔物語 ( 28 - 34 )


今は昔、
筑前の前司(ゼンジ・前任の国司)藤原章家(フジワラノアキイエ・生没年未詳も、1080年を過ぎた頃没したらしい。)という人がいた。
その人の父は定任(サダトウ)という。その父も筑前守であったが、その時、この章家朝臣は未だ若くして官職にも就いておらず、四郎君といって部屋住みであった。
その頃、その家に、見た目がものものしくて、鬢(ビン・結髪の左右両側の部分。)が長く、威風堂々としていて武勇自慢の恐ろし気な侍(武士という意味ではなく、従者あるいは下人といった立場。)がいた。名を頼方(ヨリカタ・伝不詳)といった。

その男が、章家の部屋で大勢の侍たちと一緒に、然るべき仕事をした後食事をしていたが、章家はすでに食事を終えていて、そのお下がりを上席から順に下に回していったが(当時のふつうの風習らしい。)、それが頼方の所に回ってきた。
頼方が食べていた食器には、まだ少し食べ物が残っていたが、お下がりを回してやったので、他の者がするように、自分の食器に受けて食べるだろうと侍たちが見ていると、頼方は主人の食器を取り、自分の食器には移さずに、うっかりして、主人の食器から直接さらさらと口の中に掻きこんでしまった。
他の者たちはこれを見て、「どうしたことだ。ご主人の食器のまま食べてしまったぞ」と言ったので、頼方はその時はじめて気がついて、「まことにそうだった。とんでもないことをしてしまった」と思ったとたん、気が動転してしまい、口に含んでいた飯を、主人の食器にまた吐き入れてしまった。

主人の食器から直接食べたのでさえ、侍共も主人も汚いと見ていたのに、いったん口に入れて唾が混じった飯を食器に吐き入れたものだから飯が長い鬢にくっつき、それを拭うのにあたふたしている様子は、まことに醜態そのものであった。
他の侍共はこれを見て、立ち上がって外に出て行って笑い転げた。
いったい、頼方はどうしてうっかり忘れてしまっていたのだろう。もともとは、たいそう賢い武者として主人の覚えも厚かったが、この事があってから、武者としての評判さえ落ちてしまい、愚かな者と言われるようになってしまった。

これを思うに、武勇の者ではあったが、心のほどが劣り愚かであったのだろう。
されば、人は何事においても、とっさに頭を働かせるべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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