雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

狐は誠実 ・ 今昔物語 ( 27 - 40 )

2018-10-25 08:17:21 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          狐は誠実 ・ 今昔物語 ( 27 - 40 )

今は昔、
物の怪に取りつかれて病気になった人の家があった。
そこで、物託(モノツキ・よりまし。物の怪の媒体となって、その意思を伝える女。)の女を呼び寄せたところ、その女に取りついて、「我は狐である。祟(タタ)りを成すために来たのではない。ただ、『このような所にはいつも食い物が散らばっているものだ』と思って、そっと覗いていたところ、このように閉じ込められてしまったのである」と言うと、懐より小さなみかんほどの白い玉を取り出して、お手玉をして見せた。
見ていた人は、「きれいな玉だなあ。きっと、この物託の女が、はじめから自分の懐に入れていて、人をだまそうとしているのだろう」と疑わしく思っていると、そばに若い元気のいい侍の男がいたが、物託の女が投げ上げた玉を突然手に取って、自分の懐に入れてしまった。

すると、この女についていた狐が、「ひどいことをする。その玉を返してください」と熱心に頼んだが、侍の男は聞き入れようとしないでいると、狐は泣く泣く男に向かって言った。「あなたはその玉を取ったところで、その玉の使い方を知らなければ、あなたのためには何の役にも立たない。だが、我はその玉を取られると、大変な損になる。されば、その玉を返してくれなければ、我はあなたを末長く敵とする。もし返してくれれば、我はあなたを神のようにして、あなたの身について守ってやろう」と。
そう言われて、この侍の男は、「これを持っていても仕方がない」という気持ちになって、「されば、必ず私の守りとなってくれるのか」と言うと、狐は、「その通りだ。必ず守りとなろう。我のような者は、決して嘘など言わないものだ。また、恩を忘れるようなこともしない」と言うと、この侍の男は、「今お前を捕らえている護法の神も証人になって頂けるのか」と言うと、狐は、まことに、護法の神もお聞きください。玉を返してもらえれば、確かにこの人の守りとなります」と言うと、侍の男は懐より玉を取り出して物託の女に与えた。狐は返す返す喜んで受け取った。
その後、狐は験者(ゲンジャ・加持祈祷の験力を積んだ僧。)に追われて去っていった。
そこで、そこに居た人々は物託の女をその場に押さえつけて、懐を捜したが、どこにもその玉はなかった。それで、「本当に、ついていた狐が持っていた物なのだ」と皆は知った。

その後、この玉を取り上げた男が、太秦(ウズマサ・地名だが、広隆寺を指す。)に参詣した帰り道、暗くなって帰途に着いたため内野を通る頃にはすっかり夜になった。応天門の辺りを過ぎようとすると、ひどく恐怖を感じたので、「どうした事か」と不思議に思ったが、「そうだ、『自分を守ってくれる』と言っていた狐がいたぞ」と思い出して、暗闇の中にたった一人立って、「狐、狐」と呼ぶと、コンコンと鳴きながら出て来た。見れば、目の前にいる。
「やはり来てくれたのだ」と思って、男は狐に向かって、「やあ、狐よ。本当に嘘はつかなかったな。感心したよ。実は、ここを通ろうと思っているが、とても怖ろしいので、私を送ってくれ」と言うと、狐は承知顔で振り返り振り返り先に行くので、男はその後ろに立ってついて行くと、普通の道ではない異なった道を通ってどんどん行きながら、時々立ち止まって、背中をかがめて抜き足で歩いて振り返って見る所がある。
狐と同じように、男も抜き足で歩いて行くと、そこには人の気配があった。そっと見ると、弓矢や刀などを持った者共が大勢立っていて、何か相談しているのを垣越しにそっと聞いてみると、なんと、盗人がこれから押し入る家のことを相談していたのである。

「この盗人共は、普通の道に立っていたのだ。それで、その道を避けて、横の道を通って連れて来たのだ。狐は、そのことを前もって知っていて盗人共の立っている道を避けたのだ」と分かった。
その道を通り過ぎると、狐は姿を消してしまった。男は無事に家に帰り着くことが出来た。
狐はこれだけではなかった。いつもこのように男に付き添っていて、いろいろと助けることが多かった。本当に、「守ろう」といった言葉に背くことがなかったので、男は返す返す有難く思った。もしあの時、あの玉を惜しんで返さなかったならば、男には良いことがなかっただろう。されば、「よくぞ返したものだ」と思うのであった。

これを思うに、この狐のような者は、このように恩を知り、嘘をつかないものなのだ。
されば、もし何かの時に助けるような機会がある時には、このような獣は必ず助けてやるべきである。但し、人間は思慮があり、因果を知るはずの者ではあるが、獣よりは恩を知らず、不実な心もあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

滝口の武者と狐 ・ 今昔物語 ( 27 - 41 )

2018-10-25 08:16:21 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          滝口の武者と狐 ・ 今昔物語 ( 27 - 41 )

今は昔、
仁和寺の東に高陽川(コウヤガワ・紙屋川のことで、桂川に流入する。)という川がある。
その川の辺に、夕暮れになると若くて見目麗しい童女が立っていて、馬に乗って京の方へ行く人があると、「その馬の後ろに乗せて京へ連れて行ってください」と言うので、馬に乗っていた人は、「乗りなさい」と言って乗せてやると、四、五町ばかり馬の後ろに乗って行くが、突然馬から飛び降りて逃げていくので、追って行くと、狐の姿になってコンコンと鳴きながら走り去ってしまう。

このような事が、すでに何度もあったので評判となり、宮中の滝口の詰所に武者たちが多数詰めていて雑談などしているうちに、あの高陽川の女童が道行く人の馬の後ろに乗せてもらうということが話題になった。
すると、勇敢で思慮もある一人の若い滝口の男が、「自分ならその女童をきっとつかまえてみせる。他の奴はぼんやりしているから逃げられたのだ」と言った。[ 欠字あるも不詳。]の滝口の男たちはいずれも血気盛んで、これを聞くと、「いや、絶対つかまえられないさ」と言うと、先ほどのつかまえてみせると言った滝口の男は、「それならば、明日の夜必ずつかまえて引っ張ってきてやろう」と向きになって言うと、その他の滝口の男たちは、言い出したことでもあり、「絶対つかまえられないさ」と強く否定し、言い争いとなった。
そこで、次の日の夜、[ 欠字があったか? ]誰も連れず、ただ一人で、とてもすばらしい馬に乗って、高陽川に行き川を渡ったが、女童は姿を現さなかった。

そのまま引き返して、京の方へ帰ってくると、女童が立っていた。
滝口の男が通り過ぎるのを見て、女童は、「あなたの御馬の後ろに乗せてください」と笑みを浮かべて親しげに言う様子が、何ともかわいらしい。
滝口の男は、「早く乗りなさい。どちらへ行かれるのか」と尋ねると、女童は、「今日へまいるのですが、日が暮れてきましたので、御馬の後ろに乗せてもらって参ろうと思ったのです」と言うので、すぐに乗せてやった。
そして、乗せるや否や、滝口の男はかねて用意していたことなので、馬の口縄で女童の腰を鞍に結び付けた。女童は、「どうしてこのような事をなさるのですか」と言うと、滝口の男は、「今宵は連れて行って抱き寝をするつもりだから、逃げられては困ると思ったからな」と言って、連れて行くうちに、すっかり暗くなった。

一条大路を東に行き、西大宮大路を過ぎる頃、東の方から、多くの松明をともして連なり、車を何台も連ねて、大きな声で先払いをしながらやって来る行列が見えたので、滝口の男は、「然るべき身分の人の行列だろう」と思って、引き返して西大宮大路を南に下って二条大路まで行き、二条大路を東の方に進んで、東大宮大路から土御門まで行った。
前もって、「土御門の門の所で待っているように」と従者たちに言っていたので、「従者たちは来ているか」と声をかけると、「皆参っております」と応えて、十人ばかり出て来た。

そこで、女童を結び付けていた口縄を解いて馬から引きずり下ろして、腕を掴んで門から入り、前に灯をともさせて、滝口の詰所に連れて行くと、滝口の連中は皆居並んで待っていたが、声を聞きつけて、「どうした」と口々に言うと、「ここに捕まえてきました」と答えた。
女童は泣きながら、「もうお許しください。多くの人がいらっしゃるのですね」と身をもんでいやがるのを、許さず連れて入ると、滝口共は皆出てきて周りを取り囲み、松明を明るく灯し、「この中に放せ」と言う。捕まえてきた男は、「逃げるかもしれない。放すわけにはいかない」と言ったが、皆弓に矢をつがえて、「さあ、放せ。面白いぞ。逃げようものなら、腰を射てやる。そうとはいえ、一人だと外すかもしれないが、これだけいるのだから大丈夫だ」と言って、十人ばかりが矢をつがえて狙いをつけているので、捕まえてきた男は、「それでは」と言って解き放った。
すると、女童は、狐の姿になってコンコンと鳴きながら逃げ出した。取り囲んでいた滝口の男たちも皆掻き消すように消えてしまった。火も消えてしまったので、あたりは真っ暗になってしまった。

捕まえてきた滝口の男は、慌てて従者を呼んだが、従者は一人もいない。見回してみると、どことも分からない野中であった。肝がつぶれるような思いで、怖ろしいこと限らなかった。生きた心地もしなかったが、ぐっとこらえて、しばらく辺りを見回すと、山の姿や場所の様子から、どうやら鳥部野(トリベノ・葬送の地であった。)の中らしい。
「土御門で馬から下りたはずだ」と思ったが、その馬の姿もない。「確か、西大宮大路を回ったと思ったが、ここに来てしまったらしい。一条大路で松明をともした行列に会ったのも狐が騙したことなんだな」と思ったが、いつまでもその場にいるわけにもいかず、歩いて何とか帰り着いたが、夜中ごろになっていた。

次の日は気分が悪くて、まるで死んだようになって寝込んでしまった。
滝口の男たちは、彼の男を一晩中待っていたが、姿を見せなかったので、「あいつは『高陽川の狐を捕まえてやる』と言っていたが、どうなったのだろう」などと、口々に笑いあった後で、彼の男のもとに使いを遣って呼び出したが、三日目の夕方になって、大病を患った者のような様子で詰所に出て来た。
滝口の者たちは、「あの晩の狐はどうなった」などと尋ねると、彼の滝口の男は、「あの晩は堪え難いほどの病が起きて行けなくなってしまった。されば、今晩出かけてやってみよう」と言ったので、滝口の者たちは、「今夜は二匹つかまえて来いよ」などと冷やかしたが、彼の滝口の男は言葉少なに出かけて行った。

心の中では、「最初は自分が騙してやったのだから、まさか狐も今夜は出てくるまい。もし出て来れば、一晩中縛りつけておいてやる。放せば逃げられてしまうからな。もし出て来なかったら、今後はずっと詰所に出ずに家に引きこもっていよう」と思って、今夜は屈強な従者たちを多数引き連れて、馬に乗って高陽川に出かけて行った。
「つまらないことで、身を滅ぼすことになるかもしれないなあ」と思ったが、自分から言い出したことでもあり、こうするほかなかったのであろう。

高陽川を渡ったが女童の姿はなかった。
ところが、引き返してきた時、川の辺に女童が立っていた。この前の女童とは違う顔である。
この前と同じように、「馬の後ろに乗せて欲しい」と言うので、乗せてやった。前のように口縄で強く括り付けて、京に向かって一条大路を帰って行くうちに暗くなってきたので、大勢の従者たちのある者には松明を持たせて先に立たせ、ある者には馬のそばに立たせるなどして、慌てずに先払いの声を張り上げて進んでいったが、今度は誰にも出会わなかった。
土御門で馬から下りて、女童の髪を掴んで詰所に連れて行こうとすると、女童は泣きながら拒んだが、無理に詰所に引きずり込んだ。

滝口の男たちは、「どうした、どうした」と言うので、「ここに連れてきたぞ」と言って、今度は強く縛って押さえつけていると、しばらくは人の姿をしていたが、きつく責めたてると、ついに狐の姿になったので、松明の火で毛がなくなるほど焼き、矢で何度も射て、「狐よ、これからはこのような事はするなよ」と言って、殺さずに逃がしてやると、歩くことも出来な程であったが、やっとのこと逃げていった。
その後で、捕えてきた滝口の男は、前には化かされて鳥部野に行ったことを詳しく話した。

その後、十日ばかり経ってから、彼の滝口の男は、「もう一度試してみよう」と思って、馬に乗って高陽川に行ってみると、前の女童が重い病を患っているような様子で、川辺に立っていたので、彼の滝口の男は、「この馬の後ろに乗りなさい。おねえさん」と言うと、女童は、「乗りたいと思いますが、焼かれるのがたまりませんから」と言って姿を消してしまった。

人を化かそうとして、たいへんひどい目にあった狐である。
この出来事は、最近のことである。珍しい話なので語り伝えられているのである。
これを思うに、狐が人の姿に化けることは昔からよくあることである。しかしながら、これは化かし方がとても上手で、鳥部野までも連れて行かれてしまったのである。それにしては、どうして二度目の時には、車も現れず、道も変えさせなかったのだろう。狐は、その時の人の心の持ち方によって、やり方を変えるのではないか、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

惑わし神 ・ 今昔物語 ( 27 - 42 )

2018-10-25 08:15:15 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          惑わし神 ・ 今昔物語 ( 27 - 42 )

今は昔、
三条天皇の御時、石清水に行幸があった時、左京属(サキョウノサカン・左京職の四等官。八位相当。)邦利延(クニノトシノブ・生没年未詳)という者が、供奉申し上げたが、供奉は九条で留まるべきなのを、何と思ったのか、長岳の寺戸(ナガオカノテラド)という所まで行ってしまった。

その所を通っていると、一緒にいた人たちが、「この辺りには、惑わし神がいるということだ」と言いながら通り過ぎたが、利延も、「そう聞いている」などと言いながら行くうちに、日もしだいに傾いてきた。ぼつぼつ山崎の渡りに着いていい頃なのに、「どうもおかしい。長岳の辺りを過ぎて乙訓川(オトクニガワ・桂川に合流する。)のほとりを通っている」と思っていたが、また、寺戸の岸を上っていた。寺戸を過ぎて歩いて行き、「乙訓川にきて渡った」と思っていると、先ほど通り過ぎた桂川を渡っていた。
ようやく日も暮れてきた。前後を見ても、人は一人も見えなくなっていた。大勢列をなしていた人も皆見えなくなっていた。

やがて夜になったので、寺戸の西にある板葺きのお堂の軒に馬から下りて腰を下ろし、夜を明かした。
朝になって考えてみると、「自分は左京職の官人だ。九条で留まるべきだったのに、ここまで来てしまった。じつに馬鹿げている。その上、同じ所をぐるぐる回り歩いていたとすれば、九条の辺りから惑わし神がついて、正気を失わせて、連れ歩かせたのだろう」と思って、そこから京の家に帰って行った。

されば、惑わし神に出会うのは、実に怖ろしいことである。このように心をたぶらかし、道をも迷わせて騙すのである。狐などの仕業であろうか。
これは利延自身が語ったことである。極めて不思議な事なので、
かく語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

産女の怨霊 ・ 今昔物語 ( 27 - 43 )

2018-10-25 08:14:31 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          産女の怨霊 ・ 今昔物語 ( 27 - 43 )

今は昔、
源頼光朝臣(ミナモトノヨリミツノアソン・藤原道長の家人で、武勇に優れていた。大江山の酒呑童子退治の逸話は有名。)が美濃の守であった時、[ 意識的な欠字。郡名が入るが不詳。]郡に行ったことがあるが、ある夜のこと、侍部屋に武者たちが大勢集まって、あれこれ世間話などしていたが、そのうちに、「この国に渡りという所があり、そこに産女(ウブメ・難産で死んだ女の亡霊。)がいるそうだ。夜になってそこの所の川を渡ろうとする人がいると、産女が赤子を泣かせて、『これを抱け、これを抱け』と言うそうだ」という話になったが、その場にいた一人が、「すぐにでも、その渡りに行って川を渡ってみる者はいないか」と言うと、平季武(タイラノスエタケ・頼光の郎等で、頼光四天王の一人。)という者がいて、「自分が今すぐにでも行って、渡ってやろう」と言うと、他の者共は、「千人の軍勢に一人で立ち向かい射かけることが出来ても、今すぐその渡りを渡るなどということは、とても出来ますまい」と言うと、季武は、「行って渡ることなど、たやすいことだ」と言うと、先ほど言った連中は、「いかに武勇に優れていても、とても渡れませんよ」と言い張った。

季武も自信満々に言い出したことなので、強く主張を続けていい争いとなっているうちに、相手は十人ばかりもいるので、誰かが「口先だけで争っていても仕方がない、何か賭けようではないか」と言って、「おのおの、鎧、甲弓、胡録(ヤナグイ・矢を入れて背負う武具)、鞍を置いた立派な馬、新しく鍛えた太刀などを賭けよう」と言って賭けた。
季武も、「もし渡ることが出来なければ、自分も同じようなものを出そう」と約束したうえで、「いいな、約束したぞ」と念を押すと、言い出した連中も、「もちろんだ。さあ、早く」とけしかけるので、季武は鎧兜を着け、弓胡録を背負って、従者も[ 欠字あるらしいが不詳。『連れずに行こうとした。』といった内容か。]「[ ここにも欠字あるらしい。『渡ったかどうかを』といった内容か。]何を証拠にするのか」と言う。
季武は、「この背負っている胡録の上差の箭(ウワザシノヤ・装飾的な意味で差している矢で、ふつう二本。)を一本、川を渡って向こう岸の土に立てて帰ってこよう。明朝、行って確認するとよい」と言って、出かけて行った。
その後、言い争っていた連中の中から、若くて血気盛んな男三人ばかりが、「季武が川を渡るのを見届けよう」と思って、そっと抜け出して、「季武の馬に遅れないように」と走って行ったが、すでに季武はその渡りに到着していた。

九月下旬の月のない頃なので、一面真っ暗な中を、季武は川をざぶりざぶりと音を立てて渡っている。早くも向こう岸に渡り着いたようだ。
追ってきた三人は、川の手前の薄の中に隠れて聞いていると、季武は向こう岸に渡り着いて、行縢(ムカバキ・乗馬の時に腰に着用する、前面を覆う用具。)を勢いよく打ち叩き、矢を抜いて土に突きさしているようである。
しばらくして、また引き返して川を渡ってくるようである。すると、川の真ん中あたりで、女の声で、季武にはっきりした声で、「これを抱け、これを抱け」と言うのが聞こえてきた。同時に赤子の声で、「いがいが(おぎゃあおぎゃあ。赤子の泣き声をこのように表現したらしい。)」泣いている。その間に、生臭いにおいが川からこちら岸まで漂ってきた。三人でいても、頭の毛が太くなって(怖ろしさの表現)、怖ろしいことこの上ない。いわんや、一人で川を渡っている人のことを思うと、他人事ながら半ば死ぬほどであった。

その時、季武が、「さあ、抱いてやろう。こやつめ」と言う。すると女は、「それ、これだよ」と言って手渡したようだ。
季武は袖の上に赤子を受け取ると、今度は女は追いかけ追いかけ、「さあ、その子を返しておくれ」と言っている。季武は、「もう返さないぞ、こやつめ」と言って、川よりこちらの岸に上がった。

こうして、季武が館に帰ってくると、三人の若者も後を追って帰り着いた。季武は馬から下りて館に入り、あの言い争っていた者たちに向かい、「皆様方がたいそう冷やかされたが、このように[ 欠字あり。渡りの名前が入るが不詳。]の渡りに行って、川を渡ってきて、赤子まで取ってきたぞ」と言って、右の袖を開くと、木の葉が少しばかりあるだけであった。
その後で、あの密かについて行った三人が、渡りでの様子を語ったので、行かなかった者たちも、半ば死ねほどの心地がした。そして、約束した通り、賭けた物を皆差し出したが、季武は受け取らず、「それは、言ってみただけですよ。この程度のことは、出来ない者はいますまい」と言って、懸け物を皆返した。
そこで、これを聞く人は、皆季武をほめたたえた。

この産女というのは、「狐が人を化かそうとするものだ」という人があり、また、「女がお産で亡くなったために怨霊になったのだ」という人もある、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三人の若者 ・ 今昔物語 ( 27 - 44 )

2018-10-25 08:13:52 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          三人の若者 ・ 今昔物語 ( 27 - 44 )

今は昔、
伊勢の国より近江の国へ越えようとする三人の若者がいた。下賤な者たちであるが、三人とも豪胆で思慮もあった。
その三人が、鈴鹿山を通りかかった時、どうして言い出したのか、その山中に、昔から鬼がいるといって、人が決して泊まらない古いお堂があるという。このような難儀な山越えの途中にあるお堂だが、こういう言い伝えがあるので、人は決して立ち寄ろうとしない。

さて、この三人の男、山を通っているうちに、夏の頃とて、突然空が暗くなり夕立が降ってきたので、いま止むかと葉の繁った木の下に入って待っていたが、なかなか止まず、日もしだいに暮れてきたので、三人のうちの一人が、「どうだ、例のお堂に泊まろうではないか」と言うと、あとの二人は、「あのお堂には昔から鬼がいるとのことで、誰も近寄らないお堂ではないか」と反対したが、泊まろうと言った男は、「この機会に、本当に鬼がいるのかどうか、はっきり確かめてみよう。また、もし喰われたら、どうせ人間は一度は死ぬものだ。無駄死にしたっていいではないか。また、狐や野猪(クサイナギ・ムジナ、タヌキの類らしい。)などが人をたぶらかそうとしていることを、このように言い伝えているのかもしれないぞ」と言うので、二人の男は渋々ながら「それでは、泊まるとするか」と言っているうちに、日も暮れて暗くなってきたので、そのお堂に入って泊まることにした。

そのような所なので、三人とも寝ないで雑談などしていたが、一人が、「昼間に通ってきた山中に男の死骸があったな。あれを今から行って取って来れるかなあ。どうだろう」と言う。すると、先ほどこのお堂に泊まろうと言い出した男は、「どうして取って来れないとこなどあるものか」と言うと、あとの二人の男は、「今から取りに行くことなど、絶対に出来まい」とけしかけると、けしかけられた男は、「よし、それでは取ってこよう」と言って、たちまちのうちに着物を脱ぎ捨てて、裸になって走り出ていった。

雨は止まず降り続いていて真っ暗の中を、もう一人の男もまた着物を脱いで裸になって、先に出て行った男の後を追って行った。先の男のそばをそっと走り抜けて先に立ち、彼の死骸のある場所に行き着いた。そして、その死骸を取って、谷に投げ棄てて、その跡に自分が横になっていた。

すると、先に出た男がやって来て、死骸の代わりに横になっている男を背負うとすると、この負われる男は、負う男の肩をがぶりと噛みついたので、負う男は、「そんなに噛みつきなさるな、死人よ」と言って、背負ったまま走り出しお堂の戸の脇に放り出した。
「方々よ、ここに背負ってきたぞ」と言ってお堂の中に入っていったが、その間に、背負われてきた男は逃げ去ってしまった。
背負ってきた男が戻って来て見ると、死人がいないので、「なんと、逃げて行ってしまった」と言って、立ち尽くしている。
すると、背負われてきた男がそばから出てきて、笑いながら事の次第を語ると、「とんでもない奴だ」と言って、一緒にお堂の中に入っていった。
この二人の男の肝っ玉は、いずれも劣っていないと言いながらも、背負ってきた男の方が勝っている。死人の真似をする者は他にもいようが、行って背負って来る者はそうそういるものではない。

また、この二人の男が出て行っていた間に、お堂の天井の格子の一ます一ますから、様々な恐ろしい顔が突き出てきた。
そこで、残っていたもう一人の男は、太刀を抜いてひらめかせたので(太刀には魔よけの霊力があると考えられていた。)、一度にどっと笑って消えてしまった。その男は、それを見ても騒ぐことがなかった。されば、その男の肝っ玉も劣ってはいない。三人ながら、大した者たちである。
やがて、夜が明けたので、お堂を出て近江の方へ越えていった。

これを思うに、あの天上から恐ろしい顔を突き出したのは、狐が化けたのであろうと思われる。それを人々は鬼が出ると言い伝えたのであろう。
その三人の者たちが無事に泊まって出て行った後、別に何のたたりもなかった。本当の鬼であれば、その場でも、後になってからでも、とうてい無事であるはずがない、
此(カク)なむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山中で詠う ・ 今昔物語 ( 27 - 45 )

2018-10-25 08:13:00 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          山中で詠う ・ 今昔物語 ( 27 - 45 )

今は昔、
[ 意識的な欠字。時代が入るが不詳。]の頃、[ 意識的な欠字。氏名が入るが不詳。]という近衛舎人(コノエトネリ・近衛府の官人)がいた。神楽舎人(カグラトネリ・近衛府に属して、神楽に奉仕した官人。)などであったのか、歌をすばらしく上手に歌った。

この男が、相撲の使いとして(相撲の節会に出場する力士を、諸国から召し集めてくる役人。)、東国に下って行ったが、陸奥国から常陸国に越える山道は、焼山(タキヤマ)の関といって、たいへん深い山の中である。その山をこの近衛舎人が通っているうちに、退屈のあまり馬の上で居眠りをしていた。
ふと目が覚めて、「ここは常陸の国だなあ。遥々と来たものだ」と思うと、何だか心細くなり、泥障(アフリ・馬の左右の脇腹に垂らして泥除けにする馬具。)を拍子をつけて叩き、常陸歌(ヒタチウタ・古今集に神楽歌として常陸歌二首が収められており、それらしい。)という歌を二、三べん繰り返し詠っていると、たいへん深い山の奥の方で、恐ろしげな声で、「ああ、おもしろい」と言って、手をはたと打つ者がいる。
近衛舎人の男は、馬を止めて、「あれは、誰が言ってるのか」と従者たちに尋ねたが、「誰が言ったとも、何も聞いておりません」と答えたので、頭の毛が太くなるほど恐ろしいと思いながら、そこを通り過ぎた。

さて、この近衛舎人の男は、その後、気分が悪く病気にでもなったようなので、従者たちも不思議に思っていると、その夜、宿で寝たまま死んでしまった。
されば、そのような歌などは深い山中などで詠ってはならないのである。山の神がこれを聞いて、面白がって引き止めるからである。
これを思うに、その常陸歌はその国の歌であったので、その国の神が聞いて面白がり、この男を捕らえてしまったものと思われる。
されば、これも山の神などが感嘆して引き留めたに違いない。つまらないことをしたものだ。

従者たちは、呆れる思いで嘆き悲しんだが、苦労しながら京に上って語ったのを聞き継いで、
かく語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不屈の精神力に感服

2018-10-24 18:54:27 | 日々これ好日
        『 不屈の精神力に感服 』

     シリアで 三年余りに渡って拘束されていた ジャーナリストが
     無事解放されたという すばらしいニュースが 飛び込んできた
     厳しい環境の中 政治と権力闘争 それも武力を主体とした闘争の中
     見事堪え抜いた 不屈の精神力に ただただ頭が下がる
     無事解放に至った経緯などは おいおい明らかになるだろうが
     まずは 一日も早く 家族のもとに帰って欲しい

                         ☆☆☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハナトラノオ

2018-10-23 19:02:11 | 日々これ好日
        『 ハナトラノオ 』

      ハナトラノオを刈り取る
      わが家の庭では シュウメイギクにパタンタッチするように
      ハナトラノオの花が散ってしまう
      庭の蚊も すっかり減って 朝は少しひんやり
      どちらも宿根草で 何の世話もしないが 律儀に季節を伝えてくれる
      秋も 深くなってきた

                          ☆☆☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

何が見えているの?

2018-10-22 19:01:06 | 日々これ好日
         『 何が見えているの? 』

     ネコには 独特の雰囲気がある
     わが家に 居付きかけている ノラのクロネコ君
     まだ大人になり切れていない大きさだが
     それでも ときどき じっと一点を見つめている時がある
     何を見ているのだろうか
     私には見えない何かを 見つめているのか・・・

                      ☆☆☆  
     
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

涙がこぼれました

2018-10-21 18:26:29 | 日々これ好日
        『 涙がこぼれました 』

     プリンセス駅伝を見た 
     全国大会に出場するための 予選会にすぎないが
     毎年 人気の競技会のようだ
     今日のレースでは 足を痛めた選手が
     おそらく200mほどを 四つん這いになって這ってタスキを繋いだ
     膝から血を流しながら 懸命に進む姿 待っている次のランナーも涙を流していた
     見ていて 涙がこぼれた
     個人競技なら あそこまで頑張らないものを・・・
     リレー競技は 残酷だ だから 感動も大きいのだろう

                          ☆☆☆     
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする