雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

方違えも注意が必要 ・ 今昔物語 ( 27 - 30 )

2018-10-25 09:36:27 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          方違えも注意が必要 ・ 今昔物語 ( 27 - 30 )

今は昔、
ある人が方違え(カタタガエ・陰陽道の説で、災厄を避けるために、外出に際して一度方角を変えて出掛けること。)のために、下京辺りの家へ行った。幼い児を連れていたが、その家には前から霊が出るということを知らず、皆寝てしまった。

その稚児の枕元の近くに灯をともして、その傍に二、三人ほど寝ていたが、乳母は目を覚まして稚児に乳を含ませて、寝たふりをして辺りを見ていると、真夜中頃になって、塗籠(ヌリゴメ・周囲を壁で塗り固め、引き戸の出入り口がある部屋。納戸などに用いるが、妖怪などの棲み処にもなった。)の戸を細目に開けて、そこから背丈が五寸(15cmほど)ばかりの五位(精霊が人間に変身する場合は、五位・六位の姿になることが多い。)たちが、束帯姿で馬に乗り、十人ばかりが次々と枕元を通って行くのを、この乳母は「怖ろしい」と思いながら、打蒔の米(ウチマキノコメ・魔よけとしてまき散らす米)をたっぷりと掴んで投げつけると、通っていた者たちはさっと散って消え失せた。

その後、ますます怖ろしくなったが、夜が明けたので、その枕元を見ると、投げつけた打蒔の米の一つ一つに血が付いていた。
「数日この家で過ごそう」と思っていたが、このことを恐れてすぐに自宅に帰ってしまった。
そういうわけで、「稚児などの近くには、必ず打蒔をすべきである」と、この話を聞いた人たちは言い合った。また。「乳母が賢かったので、打蒔をしたのだ」と人々は、乳母をほめたたえた。

これを思うに、様子を知らぬ所へは、気を許して宿を取ってはならないのである。世間には、このような所もあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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妖怪の住む家 ・ 今昔物語 ( 27 - 31 )

2018-10-25 09:35:05 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          妖怪の住む家 ・ 今昔物語 ( 27 - 31 )

今は昔、
宰相(サイショウ・参議の唐名)三善清行(ミヨシノキヨツラ)という人がいた。世間で善宰相というのはこの人のことである。
また、浄蔵大徳(ジョウゾウダイトク・数々の霊験で著名な比叡山の僧。大徳は敬称。)の父でもある。万の事に通じた立派な人である。陰陽道をも極めていた。

ところで、五条堀川の辺りに荒れた古い家があった。悪霊が出る家だとされて、人が住まなくなって長年経っていた。
善宰相は、自分の家が無かったので、この家を買い取り、吉き日を選んで移転しようとしたが、親戚がこの事を聞いて、「わざわざ悪霊の出る家に移転するなど、極めて馬鹿げたことだ」と止めたが、善宰相は聞き入れず、十月二十日ごろの吉日を選んで移ったが、普通の移転のようではなく、酉の時(午後六時頃)ごろに、善宰相は車に乗り、畳(薄縁。ござのようなもの。)一枚ばかりを持たせてその家に行った。

行き着いてみると、五間(ゴケン。柱と柱の間が一間で、間口の柱が六本で、柱間が五つある構造の建物。)の寝殿がある。家屋の状態はいつ建てたのかも分からないほど荒れている。庭には、大きな松、かえで、桜、常盤木などが生えている。いずれも老木で、樹神(コダマ・樹に宿る霊)でも住んでいるようにみえる。木々には紅葉した蔦がまとわりついている。庭は苔むしていて、いつ掃いたのか分からない。
宰相は寝殿に上がって、中央の橋隠の間(正しくは階隠の間)の蔀(シトミ・上下に開く板戸)を上げさせて中を見ると、障子は破れかかり、みな傷んでしまっている。放出(ハナチイデ・母屋から張り出した建物。接客用に用いる。)の方の板敷を拭かせて、持ってきた畳を中の間に敷き、灯をともさせて、宰相はその畳の上に南向きに座り、車は車宿りに引き入れさせて、雑色(ゾウシキ・雑役に従事する下男)や牛飼いなどに、「明朝やって来るように」と命じて、帰してしまった。

宰相は、ただ一人南向きに眠っていたが、真夜中になるかと思われるころ、天井の格子の上で、何かこそこそと音がするので見上げてみると、格子の一ますごとに顔が見えた。それらは、いずれも違う顔である。宰相はそれを見ても騒ぐことなく平然としていると、その顔は一度に皆消えてしまった。
またしばらくすると、南の庇の間の板敷を、身の丈一尺ばかりの者が、馬に乗って、西から東に向かって四、五十人ばかりが通っていく。宰相は、それを見ても騒ぐことなく平然としていた。

またしばらくすると、塗籠(ヌリゴメ・納戸)の戸を三尺ばかり引き開けて、女がいざり出て来た。居丈(イタケ・座った時の身丈。居丈三尺は当時の女性としては大柄。)三尺ばかりで、檜皮色(ヒハダイロ・黒みがかった蘇芳色。尼の普段着の色で、若い女性には似つかわしくない色。)の着物を着ている。髪が肩にかかった様子は、たいそう上品で清らかである。香のかおりがえもいえず香ばしく、麝香(ジャコウ)の香りに包まれている。赤色の扇で顔を隠しているがその上に見える額は白くて清らかである。額髪が曲線を描いている様子、切れ長の目で流し目にこちらを見ている様子は、怪しいほどに美しい。「鼻や口はどれほど美しいだろう」と思わせる。
宰相がわき目もふらず見つめていると、しばらく座っていたあと、いざりながら返ろうとして扇を顔から離したが、見えたものは、鼻は大きく目立っていて色は赤い。口の脇には四、五寸ばかりの銀で作ったような牙が食い違って生えている。
「何と怖ろしい者か」と見ていると、塗籠に入って、戸を閉めた。

宰相はそれにも騒ぐことなく座っていると、有明の月が大変明るい中、木の茂みで暗い庭から、浅黄色の上下(カミシモ)を着た翁が、平らに[ 欠字あり。不詳 ]掻いた、文挟みに文を差して、目の上に捧げて平伏して階のもとに寄ってきて、ひざまずいた。
すると、宰相は大きな声で、「そこの翁、何を申すというのか」と尋ねると、翁はしわがれた小さな声で、「私が長年住んでおります家に、こうしていらっしゃいますので、たいそう困ったことになったと思いまして、それを申し上げようと思いまして参ったのでございます」と答えた。

それを聞いて宰相は、「お前の訴えは、全く正しくないぞ。それは、人の家を所有するには正当な手続きを経て出来るものなのだ。それなのに、お前は、人が前の者から正しく受け継いで住むべき所を、その人を脅かして住まわせず、強引に住みついているのは、実に非道なふるまいである。まことの鬼神というものは、道理を知っていて曲がったことをしないからこそ怖ろしいのだ。お前は、きっと天の罰をこうむるであろう。これは他でもない、年を経た狐が住みついていて人を脅かしているのだろう。鷹犬(鷹狩に使う犬)の一匹でもおれば、皆喰い殺させてやるのだがな。どうだ、言い分があるなら、はっきりと申せ」と言った。

すると翁は、「仰せになる事はもっともなことで、弁解の余地はございません。ただ、昔から住みついている所ですので、その事情を申し上げました。人を脅かすような事をしたのは、この翁の仕業ではございません。それは、一人二人いる子供らが、止めるのも聞かず勝手にしたことでございます。今となっては、こうしてあなたがおいでになられたので、私たちはどうすればいいのでしょうか。世間には空いている土地もありませんので、移る所もございません。ただ、大学寮の南門の東の脇に、空き地がございます。お許しいただければ、その所へ移って行こうかと思いますが、いかがでしょうか」と答えた。
宰相は、「それは、まことに良い事だ。速やかに一族を引き連れて、そこへ移るがよい」と言った。すると、翁が大声で返答をすると同時に、四、五十人ばかりの人がいっせいに答えた。

夜が明けると、宰相の家の者たちが迎えに来たので、宰相は家に帰り、その後、この家を改装して、普通の状態で移転した。そうして、ずっと住んでいたが、まったく恐ろしい事などなかった。
されば、賢明で智恵のある人には、たとえ鬼であっても悪い事も起こさないものである。思慮なく愚かな人が、鬼のために[ 欠字あり。「たぶらかされる」のような意味の文字らしい。]されるものである、
となむ語り伝へたるとや。

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子が危ない ・ 今昔物語 ( 27 - 32 )

2018-10-25 09:34:13 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          子が危ない ・ 今昔物語 ( 27 - 32 )

今は昔、
民部の大夫[ 欠字あり。姓が入るが不詳。]頼清(伝不祥)という者がいた。斎院(サイイン・賀茂神社に奉仕した未婚の皇女)の年預(ネンヨ・雑務にあたる職務)であったが、斎院の勘当をこうむり、その間、木幡(コハタ・宇治市内)という所に領地があったので、そこへ行って謹慎していた。

ところで、頼清が下女として使っている女がいた。名前を参川の御許(ミカワノオモト・御許は敬称)という。長年仕えていたが、この女には京に実家があったが、主人の頼清が斎院の勘当を受けて木幡に謹慎したので、女は長い間実家に帰っていた。すると、頼清のもとから、舎人男(トネリオトコ・貴族に仕え雑用にあたる下男)が使いに来て、「急ぎの用がある。すぐに参れ。このところ木幡にいらっしゃる殿は、特別な用事が出来て、昨日出立された。山科にいる人の家を借りて、そこへ移られた。急いでそこへ行くように」と言う。
女は、五歳くらいの女の子を持っていたが、その子を抱いて急いで向かった。

行き着くと、頼清の妻は、いつもより女を愛想よく迎え、手厚くもてなし食事などもさせたが、忙しげで、何やかやと染め物をしたり洗い張りをしたりしていたので、女も一緒に手伝っているうちに、四、五日が過ぎた。
そのうち、主人の妻はこの女に、「木幡の私がこれまで住んでいた所に、木守(コモリ・庭の樹木を守る者)として雑色(下男)一人を置いている。そこへ行って、その者にそっと伝える事があるので、行ってもらえないか」と言った。
女は、「承知しました」と答えて、自分の子を同僚の女に預けて、出かけて行った。

木幡に行き着いて、家の中に入ってみると、「きっと、人気もなく、ひっそりとしているのだろう」と思っていたが、たいそう賑やかで、先ほどまでいた山科の家で見た同僚たちが皆いる。不思議に思いながら奥に行くと、主人もいる。
「夢ではないか」と思って、[ 欠字あり。「すくんで」といった意味の文字か。]立っていると、人々が、「あら、お珍しい。参川の御許さんではないですか。どうして長い間おいでにならなかったのですか。殿には斎院のご勘当が許されましたので、あなたにもお知らせしようと人を行かせましたが、『「この二、三日は、殿のもとへ参るので、留守にします」と隣人に行っていた』と帰ってきたのですが、どこに行かれていたのですか」などと口々に言うので、女は、大変驚き怖ろしくなって、ありのままに「こうこうしかじか」と震えながらしどろもどろに言うので、家の内にいた者たちは、主人はじめ皆恐れおののき、中に笑う者もいた。

女は、自分の子を山科の家に置いてきたので、「もう殺されてしまったに違いない」と思うと気が気でなく、「ぜひ、人を遣って調べさせてください」と言うので、多くの人をつけて行かせた。
女は山科に行き、例の家のあったあたりを見ると、遥々とした野に草が高く繁っていて、人の姿はなかった。胸が詰まり、急いで子供を捜し求めると、その子供は、たった一人で荻や薄の茂みの中で泣いていた。女は喜んで子供を抱き上げて、もとの木幡の家に帰り、「こうこうでした」と話すと、主人はそれを聞くと、「お前の作り話だろう」と信じなかった。同僚たちもひどく怪しく思った。
しかし、幼い子供を野の中に置き去りにしてくる母などあるだろうか。

これを思うに、きっと狐などの仕業であろう。狐の仕業であったからこそ、子供は無事だったのだと多くの人が盛んに話を尋ねて言い合った。
このような不思議なこともあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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鳴る矢を射る ・ 今昔物語 ( 27 - 33 )

2018-10-25 09:33:28 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          鳴る矢を射る ・ 今昔物語 ( 27 - 33 )

今は昔、
西ノ京の辺りに住んでいる者がいた。
父はすでに亡くなり、年老いた母が一人いた。男の子が二人いたが、兄はある屋敷に侍として仕え、弟は比叡山の僧になっていた。

さて、その母が重い病にかかり、何日も寝込んでいたので、二人の子はともに母に付き添い、西ノ京の家で世話をしていたが、母の病が少し良くなったので、弟の僧は三条京極の辺りに住んでいる師僧の所へ出かけた。
ところが、その母の病が再び悪化し死にそうになったので、付き添っている兄に母は、「私は間もなく死ぬでしょう。死ぬ前にひとめあの子(弟の僧)に会いたい」と言った。兄は母の願いを聞いたが、すでに夜になっており、従者もいない。三条京極の辺りとなれば遥かに遠い。どうする術もない。
そこで、「明朝には呼びに行かせましょう」と母に言うと、母は、「私は、とても今宵一夜を越せそうもない。あの子に会わないで死ぬのは、とても心残りです」と言って、弱々しくどうしようもないとばかりに泣くので、兄は、「それほどまでお思いなら、どうということはありません。夜中であっても、命を気にすることなく、呼びに行きましょう」と言って、矢を三本ばかり持って、たった一人で家を出て、内野を通って(大内裏の中を東西に通り抜けることを言う)行ったが、夜は更けしかも冬のことなので、冷たい風が吹きつけ、怖ろしいことこの上なかった。さらに、月のない闇夜の頃なので何も見えない。応天門と会昌門との間を通り抜ける時は、堪えられないほど怖ろしかったが、必死に我慢して通り過ぎた。

ようやく、師僧の僧房に行き着いて弟を尋ねると、弟の僧は今朝比叡山に登ったというので、仕方なく走って引き返したが、来るときのように、応天門と会昌門との間を通ったが、来るとき以上に怖ろしかったので、急いで走り過ぎながら、応天門の上の層を見上げてみると、真っ青に光る物がある。暗いため何物か分からないが、鼠のような鳴き声をしきりにし、わっはっはと笑った。頭の毛が太くなり(大変恐ろしいさまの表現)死にそうな思いであったが、「狐の仕業だろう」と思って心を励まし、西の方向に行くと、豊楽院(ブラクイン)の北の野に丸くて光っている物があった。それを鳴る矢(鏑矢。悪霊を追い払う力があると考えられていた。)で以って射ると、射当てたと思うや消えてしまった。
こうして、西ノ京の家に真夜中頃に帰り着くことが出来た。けれども、その恐ろしさのためか、数日間熱を出して寝込んでしまった。

思うに、どれほど気味が悪く恐ろしかったことだろうか。けれども、「それは、きっと狐などの仕業であろう」と人々は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。

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化かし合い ・ 今昔物語 ( 27 - 34 )

2018-10-25 09:32:36 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          化かし合い ・ 今昔物語 ( 27 - 34 )

今は昔、
[ 欠字あり。国名が入るが不詳。]の国[ 欠字あり。郡名が入るが不詳。]郡に兄弟二人の男が住んでいた。
兄は本国にあって朝夕に狩りをすることを仕事にしており、弟は京に上って宮仕えをしながら、時々郷里に帰ってきていた。

さて、この兄が、九月下旬の闇夜の頃、灯(トモシ・松明をともして鹿を探し、闇の中で鹿の目が松明の灯が反射して光るのを標的に射止める狩猟法。)ということをして、大きな林の辺りを通っていると、林の中からしわがれた気味悪い声で、この灯をしている兄の姓名を呼ぶので、「怪しい」と思って馬を引き返し、その呼ぶ声を左側にし(矢を射るのに便利な方向にした。)、松明を焔串(ホグシ・松明を掛けておく道具)に懸けて行くと、その時は声がしない。前のように呼ぶ声を右側にして松明をそちらの手に持って行く時には、必ず呼びかけてくる。
そこで、「何とかしてあれを射てやろう」と思ったが、右側なので射る術がない。このようにして幾晩も過ぎたが、この事は誰にも話さなかった。

そのうちに、弟が京から下って来たので、兄は、「これこれ然々の事があったのだ」と話すと、弟は、「実に不思議なことですね。私も行って試してみましょう」と言って、灯(トモシ)に出かけたが、その林の辺りを通りかかると、その弟の名前は呼ばず、前のように兄の名を呼ぶので、その夜はその声を聞いただけで帰ってきた。
兄が「どうだった、聞かれたか」と尋ねると、弟は「本当でした。ただ、偽物のようですよ。本当の鬼神であれば、私の名前を呼ぶべきなのに、兄の名前を呼びましたよ。それさえ見分けられないほどの者だから、明日の夜に行って、必ず化けの皮をはがして見せましょう」と言って、その夜は明けた。

翌晩、前夜のように行って、松明をともしてそこを通ると、右側にした時は呼び、左側の時には呼ばない。そこで、馬から下り鞍をはずして、その鞍を前後逆さまに乗せて、弟も後ろ向きに乗って、呼ぶ者には右側と思わせ、自分はその者を左側にして、松明を焔串に掛け、矢を前もってつがえて通って行くと、相手は右側だと思ったらしく、前のように兄の名前を呼んだので、その声に狙いをつけて射ると、手ごたえがあった。その後で、鞍をもとのように置き直して、馬に乗って声のする方を右側にして通り過ぎたが、もう声がしなかったので、家に帰った。
兄が「どうであったか」と尋ねると、弟は「声を狙って射ましたところ、手ごたえがありました。夜が明けてから、命中したかどうか見に行きましょう」と言い、夜が明けるや、兄弟連れ立って行ってみると、林の中に大きな野猪(クサイナギ・タヌキ・ムジナの仲間か?)が、木に射付けられて死んでいた。

こういう物が人を化かそうとするから、無駄に命を失うのである。
これは、弟が思慮深く、正体を付き止めたと人々は褒め称えた、
となむ語り伝へたるとや。

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大胆な弟 ・ 今昔物語 ( 27 - 35 )

2018-10-25 08:22:35 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          大胆な弟 ・ 今昔物語 ( 27 - 35 )

今は昔、
[ ]の国[ ]の郡(国名・郡名が欠字になっているが、不詳。)に兄弟二人の男がいた。ともに勇猛な心の持ち主で、思慮深くもあった。
さて、その親が死んだので、棺に入れて蓋を覆い、離れた所にある一間(ヒトマ・間口の柱と柱の間が一コマの部屋)に置き、葬送の日が少し先なので、数日間そのままにしていたが、何となくこんなことを見たという人が来て、「あの死人を置いている所で、真夜中頃に光ることがある。怪しい事です」と告げたので、兄弟はそれを聞いて、「それはもしかすると、死人が物の怪などになって光るのかもしれない。あるいは、死人の所に物の怪がやって来たのだろうか。そうであれば、何とかして正体を見定めてやろう」と言い合わせ、弟は兄に、「私が声を立てた時に、灯をともして、必ず大急ぎでその灯を持ってきてください」と約束した。
夜になると、弟は密かにあの棺のもとに行き、棺の蓋をひっくり返して置き、その上に、裸になって髻(モトドリ)を解いて髪をざんばらにして、あおのけざまに寝て刀を身に引き付けて隠し持っていると、「真夜中頃になったか」と思われる頃に、そっと細目で見ると、天井で何かが光った。

二度ばかり光った後、天井をこじ開けて下りてくる者がある。目を見開いていないので、はっきりと何者とは分からない。
その大きな者は、板敷にドスンと音を立てて降りた。その間、ずっと真っ青に光っていた。その者は、弟が臥している棺の蓋を取って傍らに置こうとしていると思われた時、その機を狙ってぴたりと抱き着いて、大声で、「つかまえたぞ、おう」と叫び、脇腹と思しき所に刀を柄もとまで深々と突き立てた。すると、光も消えた。
その間、兄は待ち構えていたので、すぐさま灯をともして駆けつけてきた。
抱きついたままで見ると、大きな野猪(クサイナギ・・タヌキ・ムジナの類か?)の毛も剥げたのが抱き着いていて、脇腹に刀を突き立てられて死んでいた。見るほどに、気味悪いことこの上ない。

これを思うに、棺の上に臥していた弟は、恐ろしいほど大胆な心の持ち主である。「死人の所には必ず鬼がいる」というが、あのように寝ているなど出来るものではない。
野猪と分かった後は安堵しただろうが、それまでは、きっと鬼だろうと思っていたはずである。灯をともして駆けつけることが出来るのは、どこにでもいるだろう。
また、野猪は、無駄に命を失くしてしまった奴だ、
となむ語り伝へたるとや。

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印南野の奇談 ・ 今昔物語 ( 27 - 36 )

2018-10-25 08:21:25 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          印南野の奇談 ・ 今昔物語 ( 27 - 36 )

今は昔、
西国から飛脚として上京する男がいた。
夜も昼も問わず、ただ一人で京に向かっているうちに、播磨の国の印南野(イナミノ・印南郡の野原。現在の加古川市から明石市にかけての平野。)を通りかかった頃、日が暮れてきたので、「泊まる所はないか」と見渡したが、人里遠く離れた野中なので、宿るべき家もない。ただ、山田(山間を開いた田か?)の番をするための粗末な小屋があるのを見つけ、「今夜だけこの小屋で夜を明かそう」と思って、中に入って腰を下ろした。

この男は、勇猛で[ 欠字あり。不詳。]なる者で、ごく軽装で太刀だけを身に付けていた。このように人里離れた田畑の真ん中なので、夜ではあるが衣服なども脱がず、寝もせず、音も立てずに座っていたが、夜がすっかり更けた頃、西の方より、鉦(カネ)をたたき念仏を唱えながら、多くの人が遠くからやってくる音が聞こえてきた。
男は、ひどく怪しく思い、やって来る方を見やると、多くの人が多くの松明などをともして連なっており、中には多くの僧もおり鉦を打ち、念仏を唱え、俗人なども大勢加わってやって来るのだった。
しだいに近付いて来るのを見て、「なるほど、葬式の行列だったのだ」と思っているうちに、この男がいる小屋のすぐ近くまで真っすぐやって来たので、気味悪いことこの上なかった。

そして、小屋から二、三段(2,30m)ほど離れた所に、死人の棺を持ってきて葬った。それを見て、この男はいよいよ息をひそめ、身じろぎもしないでいた。「もし、誰かに見つけられ尋ねられたら、ありのままに、西国から京に向かっている者で、日が暮れてしまったため、この小屋を宿としたのだと話そう」などと思っていたが、それにしても、「葬送する所は前もって準備していてそれと分かるものなのに、ここは明るいうちにはそのように見えなかった、大変怪しい事だ」と思っているうちに、多くの人が集まり、立ち並んで、葬式はすっかり終わった。その後、また鋤や鍬などを持った下人どもが数知れずやってきて、墓をみるみる築き上げて、その上に卒塔婆を持ってきて立てた。
程なく、すっかり作り終えて、多くの人は皆帰って行った。

男は、見終わった後も、前よりさらに頭の毛が太り(恐怖の表現)、怖ろしいこと限りなかった。
「早く夜が明けてくれ」と心細く思いながら、怖ろしさに堪えてこの墓の方をじっと見ていた。すると、この墓の上の方が何だか動いているように見えた。「見間違いか」と思ってよく見ると、確かに動いている。
「どうして動いているのか。不思議なことだ」と思っていると、動いている所からどんどん出てくる物がある。よく見ると、裸の人が土の中から出てきて、腕や身体に付いている火を吹き払いながら走り出して、この男のいる小屋に向かって、まっしぐらにやって来た。真っ暗なので何者かはっきりしないが、逞しそうで大柄な奴である。

その時、男は、「葬送の所には必ず鬼がいるという。その鬼が自分を喰らおうとしてやって来るに違いない。どうしようが、この身は助かるまい」と思ったが、「どうせ死ぬのなら、この小屋は狭いので、中に入れるのは良くない。入ってくる前に鬼にかかって行って切ってやろう」と決心して、太刀を抜いて小屋から躍り出て、鬼に向かって走って行き、ずばっと切りつけると、鬼は切られて仰向けに倒れた。

それを見て男は、人里の近い方に懸命に走って逃げた。
遥か遠くまで走って逃げ、近くの人里に走り込んだ。そして、ある家にそっと近づき、門の脇にかがみこんで夜が明けるのを待ったが、心細いことこの上なかった。
夜が明けた後、男はその里の人たちに会って、「このような事がありましたので、こうして逃げてきました」と語ると、里の人たちはこれを聞いて、「不思議なことだ」と思い、「それでは、行ってみよう」と言って、血気盛んな若い男たち大勢と行ってみると、昨夜葬った所には墓も卒塔婆もない。火の燃えかすも散らばっていない。ただ、大きな野猪(クサイナギ・タヌキやムジナの類か?)が切り殺されていた。皆呆れて驚くばかりであった。

これを思うに、野猪は、この男が小屋に入るのを見て、驚かそうとして謀ったことであろう。「つまらぬことをして命を落とした奴だなあ」と、人々はワァワァ言い合った。
されば、人気のない野中などには少人数で宿ったりしてならないのである。

そして、この男は京に上り、この事を語ったのを聞き継いで、
かく語り伝へたるとや。

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道を惑わされる ・ 今昔物語 ( 27 - 37 )

2018-10-25 08:20:19 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          道を惑わされる ・ 今昔物語 ( 27 - 37 )

今は昔、
[ 欠字あり。年代が入るが意識的な欠字になっている。]の頃、春日神社の宮司で、中臣の何某(意識的に名前を伏せている。)という者がいた。その甥に、中大夫(チュウダイフ・春日社家の位で、五位相当。)何某という者がいた。
その中大夫の馬が草を食べているうちに姿が見えなくなってしまったので、それを捜すために、中大夫は従者一人を連れて、自分は胡録(ヤナグイ・矢を入れて背負う武具。)を背負って出かけて行った。彼の住んでいる所は、奈良の京の南にあたる三橋という所であった。
中大夫は、その三橋を出て、東の山に分け入って、馬を捜しながら二、三十町(一町は約110m)ばかり行くうちに、日はすっかり暮れて夜になってしまった。朧月夜であった。

どこかに馬が草を食べながら立っていないかと捜していると、根元の太さが二間四方の家ほどもあり、高さは二十丈(一丈は約3m)程もある杉の木が一段(イッタン・六間で約11m)ほど向こうに立っていたが、中大夫はそれを見つけると、その場にしゃがみ込んで、従者を呼び寄せて、「もしかすると、私のひが目なのか。それとも何かに化かされて思いもよらぬ所に来てしまったのか。あそこにそびえ立っている杉の木が、お前さんには見えているか」と尋ねた。従者は、「私にも、はっきりと見えています」と答えた。
中大夫は、「さては、私のひが目ではなく、惑わし神に出会って、思いがけない所に来てしまったらしい。この国に、あのように大きな杉の木があるのを、どこかで見たことがあるか」と尋ねると、従者は、「全く記憶がありません。どこそこに杉の木が一本ありますが、それは、もっと小さい木です」と答えた。

中大夫は、「やはりそうか。すでに惑わされてしまったな。どうすればよいものか。極めて怖ろしい。さあ、引っ返そう。家から何町ばかり来たのかな、気味の悪いことだ」と言って、引き返そうとすると、従者は、「これほどのことに出会って、何もしないで引き返すのは、残念なことですよ。あの杉の木に矢を射立てておいて、夜が明けてから見に来たらどうでしょうか」と言うと、中大夫は、「いかにもそれは良いことだ。では、二人で射よう」と言って、主従ともに弓に矢をつがえた。
従者は、「それでは、もう少し近くに歩み寄って、射かけなさい」と言って、共に歩み寄って、二人一緒に射かけたところ、矢が杉の木に当たったと聞くと同時に、その杉の木は、突然消えてしまった。そこで中大夫は、「思った通りだ。化け物に出会ったのだ。怖ろしいことだ。さあ、引き返そう」と言って、逃げるようにして帰って行った。

さて、夜が明けたので、中大夫は朝早く従者を呼んで、「さあ、昨夜の場所に行って、様子を見てみよう」と言って、従者と二人で行ってみると、毛も抜け落ちた老いた狐が、杉の枝を一つ咥えた姿で、腹に矢を二本射立てられて死んで横たわっていた。
中大夫はこれを見て、「やはり、昨夜はこいつが惑わしたのだ」と言って、矢を引き抜いて帰って行った。

この話は、つい二、三年のうちの出来事らしい。世の末にもこのような不思議な事があるのだ。
されば、道を間違えて、知らぬ方向に行ってしまうことは、怪しいことだと思うべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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美しい女にご注意 ・ 今昔物語 ( 27 - 38 )

2018-10-25 08:18:58 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          美しい女にご注意 ・ 今昔物語 ( 27 - 38 )

今は昔、
播磨の安高(ヤスタカ・伝不祥)という近衛舎人(コノエトネリ・近衛府の官人)がいた。右近将監(ウコンノジョゥ・右近衛府の三等官)貞正(サダマサ・播磨氏。実在の人物らしい。)の子である。
法興院(ホウコウイン・藤原兼家を指す。後に摂政、関白になる。道長の父でもある。)の随身であったが、まだ若い頃のこと、殿が内裏においでになっている間は、安高も内裏で控えていたが、安高の家は西の京(朱雀大路の西の地域。右京とも。左京に比べてさびれていた。)にあったので、その家に行く用が出来た。従者が見当たらなかったので、ただ一人で内野通りを通っていくと、九月中旬の頃なので、月が大変明るく、夜更けて、宴の松原(エンノマツバラ・怪しげな場所として知られていたらしい。)の辺りまで来ると、濃い紫のよく打って艶を出した綾織の衵(アコメ・公家装束の一種)を重ね着した童女が前方を歩いていたが、その姿は月の光にはえて実にすばらしい。
安高は、乗馬用の長い沓を履いていたが、ごそごそと音を立てながら追いつき、並んで歩きながら見ると、絵を描いた扇で顔を隠していて、見せないようにしているが、顔や頬のあたりに髪の乱れがかかっている様子は、何ともいえず魅力的である。

安高は近くに寄って触れようとすると、衣にたきしめられた香の香りがたいそう匂ってきた。
「このような夜更けに、あなたはどちら様のお方で、いずれに参られるのですか」と安高か尋ねると、女は、「西の京に人に呼ばれていて参るのです」と答えた。
安高は、「呼ばれている人の所に行くより、この安高の家においで下さいな」と言うと、女は笑い声で、「あなたが何方かも存じませんのに」と答える様子も、とてもかわいらしい。
こうして互いに話しあって行くうちに、近衛の御門(大内裏外郭の門)の中に歩み入った。

その時、安高はふと思った。「豊楽院(ブラクイン・大内裏内の殿舎の一つ。)の中には人を化かす狐がいると聞いている。もしかすると、この女がそうなのかもしれない。それならば、この女をおどして試してやろう。顔を全く見せようとしないのがどうも怪しい」と。
そこで、安高は女の袖を取って、「ここにしばらく居てください。お話したいことがあります」と言うと、女は、扇で顔を隠して恥ずかしそうにする。それを見て安高は、「本当は俺は追剥だ。お前の衣を剥がしてやる」と言いながら、狩衣の紐を解き片肌脱いで、八寸ほどの氷のように冷たく光る刀を抜いて、女に突きつけて、「喉をかき切ってやる。さあ、その衣をよこせ」と言って、髪の毛を掴んで柱に押しつけ、刀を首に指しあてた時、女は、何とも言いようのないほど臭い小便を前にさっと引っ掛けた。
安高が驚いて手を緩めたすきに、女はたちまち狐の姿になり、門より走り出て、コンコンと鳴きながら、大宮大路を北に向かって逃げ去った。
安高はそれを見て、「『もしかすると人ではないか』と思って殺さなかったが、こうと知っていたら、必ず殺していただろうに」と、腹立たしく悔しく思ったが、どうすることも出来なかった。

その後、安高は、夜中といわず明け方といわず、何度も内野通りに出かけたが、狐は懲りたらしく、まったく出会うことがなかった。狐は、美しい女に姿を変えて、安高を化かそうとしたため、危く殺されるところであった。
されば、人里離れた野原などに一人でいる時に、美しい女が現れても、いい加減な気持ちで手を出してはいけないということである。
この話も、安高に思慮があって、簡単に女にのめり込まなかったので、化かされなかったのである、
となむ語り伝へたるとや。

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二人の妻 ・ 今昔物語 ( 27 - 39 )

2018-10-25 08:18:07 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          二人の妻 ・ 今昔物語 ( 27 - 39 )

今は昔、
京に住んでいる雑色(ゾウシキ・雑用に従事する下賤な男)の男の妻が、夕方の暗くなる頃、用事があって大路に出て行ったが、なかなか帰って来ないので、夫が、「どうしてこんなに遅いのか」と不思議に思っていると、やがて妻が帰ってきた。
ところが、それからしばらくすると、顔も姿も露ほどの違いもない妻が入ってきた。

夫はこれを見て、びっくり仰天した。
「いずれにしても、一人は狐か何かだろう」と思ったが、どちらが本当の妻なのか分からないので、いろいろと思いめぐらし、「後から入ってきた妻が、きっと狐に違いあるまい」と思って、男太刀(オトコタチ・長い刀の称。)を抜いて、後から入ってきた妻に走りかかって切ろうとすると、その妻は、「何をするのですか。どうして私を切ろうとするのですか」と言って泣くので、夫は、今度は先に入ってきた妻を切ろうと走りかかると、その妻も同じように手を擦り合わせ泣き惑う。

そこで、男はどうしたらよいか分からず、あれやこれやと騒いでいるうちに、やはり先に入ってきた妻が怪しいと思えたので、それを捕らえて押さえつけていると、突然その妻は、何とも言えないほど臭い小便をさっと引っ掛けた。夫は、その臭さに堪えられず手を離したその隙に、その妻はたちまち狐の姿になって、戸の開いていた所から大路に走り出て、コンコンと鳴きながら逃げ去っていった。
男は腹立たしく悔しく思ったが、どうすることも出来なかった。

これを思うに、この男は如何にも思慮の浅い男である。もう少し思いを廻らせて、二人の妻を捕らえて縛り付けておけば、ついには化けの皮がはがれたはずだ。まことに残念ながら逃がしてしまったのだ。近所の人々も集まってきて、この様子を見て大騒ぎした。
狐もつまらないことをしたものだ。やっとの思いで命が助かって逃げることが出来たのである。妻が大路に出ているのを見て、狐はその妻の姿になって化かそうと思ったのであろう。

されば、このようなことがあった時には、気を落ち着けてよく考えるべきである。危く本当の妻を殺さずにすんだことは、まあ良かったことだ、と人々は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。

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