方違えも注意が必要 ・ 今昔物語 ( 27 - 30 )
今は昔、
ある人が方違え(カタタガエ・陰陽道の説で、災厄を避けるために、外出に際して一度方角を変えて出掛けること。)のために、下京辺りの家へ行った。幼い児を連れていたが、その家には前から霊が出るということを知らず、皆寝てしまった。
その稚児の枕元の近くに灯をともして、その傍に二、三人ほど寝ていたが、乳母は目を覚まして稚児に乳を含ませて、寝たふりをして辺りを見ていると、真夜中頃になって、塗籠(ヌリゴメ・周囲を壁で塗り固め、引き戸の出入り口がある部屋。納戸などに用いるが、妖怪などの棲み処にもなった。)の戸を細目に開けて、そこから背丈が五寸(15cmほど)ばかりの五位(精霊が人間に変身する場合は、五位・六位の姿になることが多い。)たちが、束帯姿で馬に乗り、十人ばかりが次々と枕元を通って行くのを、この乳母は「怖ろしい」と思いながら、打蒔の米(ウチマキノコメ・魔よけとしてまき散らす米)をたっぷりと掴んで投げつけると、通っていた者たちはさっと散って消え失せた。
その後、ますます怖ろしくなったが、夜が明けたので、その枕元を見ると、投げつけた打蒔の米の一つ一つに血が付いていた。
「数日この家で過ごそう」と思っていたが、このことを恐れてすぐに自宅に帰ってしまった。
そういうわけで、「稚児などの近くには、必ず打蒔をすべきである」と、この話を聞いた人たちは言い合った。また。「乳母が賢かったので、打蒔をしたのだ」と人々は、乳母をほめたたえた。
これを思うに、様子を知らぬ所へは、気を許して宿を取ってはならないのである。世間には、このような所もあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
今は昔、
ある人が方違え(カタタガエ・陰陽道の説で、災厄を避けるために、外出に際して一度方角を変えて出掛けること。)のために、下京辺りの家へ行った。幼い児を連れていたが、その家には前から霊が出るということを知らず、皆寝てしまった。
その稚児の枕元の近くに灯をともして、その傍に二、三人ほど寝ていたが、乳母は目を覚まして稚児に乳を含ませて、寝たふりをして辺りを見ていると、真夜中頃になって、塗籠(ヌリゴメ・周囲を壁で塗り固め、引き戸の出入り口がある部屋。納戸などに用いるが、妖怪などの棲み処にもなった。)の戸を細目に開けて、そこから背丈が五寸(15cmほど)ばかりの五位(精霊が人間に変身する場合は、五位・六位の姿になることが多い。)たちが、束帯姿で馬に乗り、十人ばかりが次々と枕元を通って行くのを、この乳母は「怖ろしい」と思いながら、打蒔の米(ウチマキノコメ・魔よけとしてまき散らす米)をたっぷりと掴んで投げつけると、通っていた者たちはさっと散って消え失せた。
その後、ますます怖ろしくなったが、夜が明けたので、その枕元を見ると、投げつけた打蒔の米の一つ一つに血が付いていた。
「数日この家で過ごそう」と思っていたが、このことを恐れてすぐに自宅に帰ってしまった。
そういうわけで、「稚児などの近くには、必ず打蒔をすべきである」と、この話を聞いた人たちは言い合った。また。「乳母が賢かったので、打蒔をしたのだ」と人々は、乳母をほめたたえた。
これを思うに、様子を知らぬ所へは、気を許して宿を取ってはならないのである。世間には、このような所もあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。
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