雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

荘子の妻 ・ 今昔物語 ( 10 - 13 )

2024-05-20 13:51:59 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 荘子の妻 ・ 今昔物語 ( 10 - 13 ) 』


今は昔、
震旦に荘子(ソウジ)という人がいた。賢明で知識が豊かであった。
この人が道を歩いている時、沢の中に一羽の鷺(サギ)
がいて、獲物をうかがって立っていた。
荘子はこれを見て、密かに鷺を打とうと思って、杖を取って近寄ったが、鷺は逃げようとしない。荘子はそれを不思議に思って、さらに近寄って見ると、鷺は一匹の蝦(エビ)を食らおうとして立っていたのである。それで、人が打とうとして近寄るのに気がつかなかったのだ。
また、その鷺が食らわんとしている蝦を見ると、逃げようともせずにいる。その蝦もまた、一匹の小虫を食らおうとしていて、鷺がうかがっていることを知らない。

そこで、荘子は杖を棄ててその場から逃げ出し、心の内で思った。「鷺・蝦、どれも自分を害しようとしている事を知らず、それぞれが他の者をやっつけることばかり考えている。私もまた、鷺を打とうとしていたが、自分より強い者がいて、私を狙っていることを知らなかった。それゆえ逃げるに限ると思って、私は逃げるのだ」と。
そして、走って逃げ去った。これは、賢い事である。人はこのように考えるべきである。

また、荘子が妻と共に水面を見ていると、水面に大きな魚が一匹浮かんできて泳いでいる。
妻はそれを見て、「あの魚は、きっと嬉しいことがあったのでしょう。自由気ままに泳いでいます」と言う。
荘子はそれを聞いて、「お前はどうして魚の心が分るのか」と言った。
妻は、「あなたは、どうして私が魚の心が分るかどうかを知るのですか」と答えた。
すると荘子は、「魚ではないので、魚の心は分らない。また、お前ではないので、お前の心は分らない」と言った。
これは、賢い事である。いくら親しい関係だとしても、人は、他の人の心を知ることなど出来ない。
されば、荘子は、妻も賢明で知識が豊かだったのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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神仙の術を伝授される ・ 今昔物語 ( 10 - 14 )

2024-05-20 13:51:37 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 神仙の術を伝授される ・ 今昔物語 ( 10 -14 ) 』


今は昔、
震旦の漢の御代に、費長房(ヒチョウボウ・仙人らしい。)という人がいた。
その人が道を歩いていると、その途中に、野ざらしにされた連なった死人の骨があった。行き交う人に踏みにじられていた。
費長房は、これを見て、哀れに思って、この骨を集めて、道から遠ざけて、土を深く掘って埋葬してやった。

その後、費長房の夢に、誰とも知らない人で、姿がふつうの人とは違う人が現れて、費長房に語った。
「私は、死して後、死骸となって道の中に放置され、行き交う人に踏みにじられていた。取り隠してくれる人もなく、あのように踏みにじられて嘆き悲しんでいたが、あなたが、あの死骸を見て、慈悲の心で以て埋葬して下さったので、私はたいそう嬉しく思っております。私のほんとうの魂は、死んですぐに天上界に生まれて、幸せな日々を受けています。ただ、死骸を守るために、もう一つの魂が死骸の辺りから去ることなく、付き添っておりました。ところが、あなたがあのように埋葬して下さいましたので、そのお礼を申し上げるために参ったのです。私には、ご恩に報いる手段がありません。ただ、私は昔、生きていた時に、神仙の術を習っておりました。その習った術は、今も忘れておりません。されば、それを伝授しましょう」と。

費長房は、「私は、あの死骸がどなたかは知りませんでしたが、道に放置されていて人に踏みにじられているのがお気の毒であったので、埋葬させて頂きました。ところが、今、そのご本人がやって来て、神仙の術を伝授して下さるとは、大変ありがたいことです。すぐに習わせて頂きます」と答えた。
そして、夢の中でそれを習った。習い終ったと思った時、夢が覚めた。
その後、夢の中で習ったように術を行うと、たちまち身が軽くなって、即座に大空を自在に飛べた。
これより後、費長房は仙人となった。

されば、当然のことながら、道端に死骸があって、哀れにも踏みにじられていれば、埋葬してやるべきである。
その魂は、きっと感謝することだろう、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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孔子倒れし給う ・ 今昔物語 ( 10 - 15 )

2024-05-20 13:50:07 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 孔子倒れし給う ・ 今昔物語 ( 10 - 15 ) 』


今は昔、
震旦の周の御代に、柳下恵(リュウカクエイ・高徳の人物であったらしい。)という人がいた。世の賢人として人々に重く用いられた。

ところで、その弟に、盗跖(トウシャク・伝説上の大盗賊。)という人がいた。
ある山の奥深くを住処として、大勢の荒々しい武人を招き集めて、自分の家来として、他人の物を事の善悪を選ぶことなく奪い取って我が物とした。遊び歩く時には、この荒々しい猛者共を引き連れること、二、三千人に及んだ。道で出会う人を滅ぼし、あるいは辱め、諸々の悪行を好んで行うのを常としていた。

ある時、兄の柳下恵が道を歩いていて、孔子(クジ・「こうし」のこと。)にお会いになった。
孔子は柳下恵に、「あなたは、どちらへ行かれるのですか。直接お会いして申し上げたいことがありますが、うまくお会いすることが出来ました」と言った。
柳下恵は、「何事でございますか」と言った。
孔子は、「お会いしてお話ししたいと思っていた事は、あなたの御弟の盗跖が諸々の悪事の限りを尽くして、大勢の猛々しい悪者たちを招き集めて仲間にして、多くの人を苦しめ世間を乱していることです。どうしてあなたは、兄として忠告なさらないのですか」と言った。
柳下恵は、「盗跖は、弟とはいえ、私の忠告を聞くような者ではありません。そのため、長年、嘆きながらも諫めることが出来ていません」と答えた。
孔子は、「あなたが忠告しないのであれば、私が、あの盗跖の所に行って忠告したいと思うが、いかがですか」と言った。
柳下恵は、「あなた、決して悪跖の所に行って忠告などしてはいけません。あなたが、いくら立派な御言葉を尽くして忠告なさっても、決して、耳を貸すような者ではありません。返って悪い事が起こるでしょう。決してそのような事はなさらないで下さい」と答えた。
孔子は、「悪者だとはいえ、盗跖も、人の身を受けた者であるから、善い事を教えれば自然と従うこともあるでしょう。それを、最初から聞くまいと言って、あなたは兄として忠告もしないで、知らぬ顔をしてそのままにして見ているのは、極めて悪い事です。よくよく見ていて下さい。私自ら訪ねて行って、教え直(タダ)してご覧に入れましょう」と言い放って、去って行った。

その後、孔子は、盗跖の所に出向かれた。
馬から下りて、門前に立って中を見てみると、集まっている者は皆、ある者は甲冑を着て弓矢を帯びている。ある者は刀剣を差し槍や鉾を手にしている。あるいは、鹿や鳥など諸々の獣を殺す道具が隙間なく置き散らかっている。このように、諸々の悪事が集まっていた。
孔子は、人を呼んで、「魯の孔丘(クキュウ・孔子のこと)という者が参った」と伝えさせた。
その使いに立った者が返ってきて、「音に聞き及ぶ人だ。そのような人が、ここに来たのはどういうわけか。と聞かれましたので『出掛けて行って、人を指導する者です』と答えますと、もしや、わしを指導するために来たのか。そうであれば、指導してくれ。わしの心に叶うものであれば従おう。そうでなければ、肝を膾(ナマス)にしてやろう」と言い、盗跖も出てきた。

すると孔子は、盗跖の前に進み出て、庭において、まず盗跖に拝礼なさった。それから、部屋に上がって席に着いた。
盗跖を見ると、甲冑を着ている。剣を帯び鉾を持っている。頭の髪は三尺ばかり逆立っている。まるで蓬(ヨモギ)のように乱れている。目は大きな鈴をつけたように辺りを見回し、鼻息は荒々しく、歯をくいしばって、髭を厳めしく生やしていて座っている。
そして、盗跖は、「お前がやって来たのはどういうわけだ。はっきりと申すのだ」と言った。その声は怒っているように大きく、恐ろしいことこの上ない。

孔子は、これを聞いて、「前から聞いてはいたが、これほど怖ろしげな者とは思っていなかった。姿や有様を見、声を聞くと、とても人間とは思えない」と思った。そして、心も肝も砕けてしまいそうになった。
しかし、その気持ちをこらえて、孔子は仰せになった。「人の世にあるということは、皆、道理を身の飾りとして、心の[ 欠字あるも、よく分らない。]とするものである。今日、天を頭にいただき、地を足に踏まえ、四方をしっかりと固め、公(オオヤケ)を敬い奉り、下々を哀れみ、人に情けを掛けることを心情とするものです。ところが、あなたは、承るところによれば、心の赴くままに悪事を行っているとのこと。悪い事は、当座は心に叶うようであっても、結果はやはり悪事です。だから、やはり、人は善に従ってこそ善き事をなせるのです。されば、今申し上げてるように行動なさい。この事を申すためにやって来たのです。(このあたり、正しく訳せてないかもしれません。孔子が、しどろもどろになっている状態でもあります。)」と。

盗跖はあざ笑って、雷(イカズチ)のような声を挙げて、「お前の言っている事は、一つとして当たっていない。そのわけは、昔、尭・舜(ギョウ シュン・中国古代の伝説化された聖天子。)と申す二人の国王がいらっしゃったな。世に尊ばれること大変なことだ。ところがな、その子孫は、落ちぶれているではないか。また、世に名高い賢人といえば、伯夷・叔斉(ハクイ シュクセイ・殷の頃の人)だろう。だがな、[ 欠字。山の名で、諸説あるらしい。]の山に臥せっていて、飢え死にしてしまった。また、お前の弟子に顔回という者がいたな。お前が立派に教えて一人前にしたといっても、不覚にも若くして死んでしまったではないか。また、お前の弟子に子路という者がいただろ。それも、衛の東門において殺されてしまった。どうだ、賢き事も終りには賢き事ではないではないか。また、悪しき事を我等が好むといえども、何も災いを受けていない。誉められる事も四、五日に過ぎず、誹られる事も同じだ。だから、善き事も悪しき事も、永く誉められ、永く誹られることもない。このように、善き事も悪しき事も、ただ自分が好むように振る舞うべきなのだ。お前も、また、木を刻んで冠とし、皮を持って衣としている。世を恐れて公に仕えても、再び魯に追われ、跡を( 欠字あるも不詳。)に削られたではないか。どこが賢いのか。されば、お前が言っていることは、どれもこれも愚かなのだ。さっさと、逃げ帰るがよい。一つとして役に立つものなどないわ」と言うと、孔子は、言い返すことが思い浮かばないので、席を立って、慌てて逃げ出した。

馬にお乗りになったが、よほど怖ろしかったのか、轡(クツワ)を二度取り外し、鐙(アブミ)を何度も踏み誤りなさった。
これを世間の人は、「孔子倒れし給う」と言った、
となむ語り伝へたるとや。    

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九つの太陽を射た男 ・ 今昔物語 ( 10 - 16 )

2024-05-20 13:49:39 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 九つの太陽を射た男 ・ 今昔物語 ( 10 - 16 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]代に養由(ヨウユウ・楚の人で、弓の名人。)という人がいた。猛々しい性格で、弓を射ることに勝れ、何を射るのも掌を指すように命中させた。されば、国王はこの養由を武芸者として出仕させたが、何事も怠ることがなかった。その為、国中こぞって、養由に従った。

ある時、天に太陽が十現れた。一つが照らすだけでも、雨が降らなければ干魃になる。そうであるのに、太陽が十も出て照らせば、草木は堪えられるものではない。皆枯れてしまった。
そのため、国王をはじめ大臣・百官及び国民は、皆嘆き悲しむこと限りなかった。

その時、養由は心の中で思った。「天に太陽が一つ出ることは、人間が持っている業の力によるものだ。ところが今、にわかに十もの太陽が出ている。九つの太陽は、きっと国にとって、祟りによるものだろう」と。
そこで、養由は、弓を取って矢をつがえて、天に向かって太陽を射ると、九つの太陽を射落とした。本来の一つの太陽は、天に在(マ)しまして照らしていること、もとのままである。
そこ
で、養由は、自分が射落とした九つの太陽は、国に祟りをもたらすものだということを知った。そして、国中の人は皆、養由を誉め感謝すること限りなかった。

これを思うに、猛々しい性格の人の為には、変化の者も、化けの皮を剥がされることもあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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真心が岩を射る ・ 今昔物語 ( 10 - 17 )

2024-05-20 13:49:13 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 真心が岩を射る ・ 今昔物語 ( 10 - 17 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]代に李広(リコウ・前119 年没。)という人がいた。勇猛な性格で弓芸の道に勝れていた。

ある時、一頭の虎が李広の母を殺した。ある人が、李広にこの事を知らせた。
李広はそれを聞いて、驚いて来てみると、ほんとうに母が虎に殺されていた。そこで李広は、弓矢を持って、虎の跡を捜し追って行った。そして、ある山の入り口の野中まで追ってきて、見ると、虎が臥せっていた。
李広は、
それを見て、喜んで射たところ、矢は虎に命中して矢筈(ヤハズ・矢の上端。)の付け根まで突き立った。李広は、我が母を殺した虎を射たことを喜んで、近寄って見ると、射たところの虎は、すでに虎に似た岩になっていた。
「不思議な事だ」と思って、もう一度この岩を射ると、矢は突き立たず跳ね返った。

そこで李広は、「我が母を殺した虎を射ようと思う心が強かったので、岩にさえ矢が突き立ったのだ。だが、岩だと思って射た時には、突き立たなかったのだ」と思って、泣きながら帰っていった。
その後、この事が世間に広く伝わり、李広が虎を追って射とうとした心を誉め、また哀れんだ。
されば、実の心を尽くす時には、諸々の事がこのようになるのだと世間の人は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。

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亡き妻と大将軍 ・ 今昔物語 ( 10 - 18 )

2024-05-20 13:48:43 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 亡き妻と大将軍 ・ 今昔物語 ( 10 - 18 ) 』


今は昔、
震旦の漢の先帝(不詳)の時に、霍大将軍(カクダイショウグン・未詳。該当しそうな人物が複数いるらしい。)という人がいた。勇猛な性格で、知識も豊かである。この人は、国王の娘を妻にしていた。
ところが、その妻が亡くなった。将軍はたいそう恋い悲しんだが、再び相見ることはできない。そこで、将軍は、すぐに栢(カエ・高木の一種。)の木を伐って、一つの殿舎を造り、その殿舎の中に妻を祀った。

その後も、将軍は悲嘆の心に堪えられず、朝暮にかの殿舎に行き、食物を供えて礼拝して帰った。
このようにして、すでに一年が過ぎたが、ある時、将軍が日の暮れ方に、かの殿舎に行って、いつものように食物を供えた時に、昔の妻が本(モト)の姿で現れた。将軍はその姿を見て、恋しい思いでいっぱいであったが、同時に激しく恐れおののいた。
妻は将軍に言った。「あなた、わたしをお忘れにならず、このようになさって下さることは、まことに有り難く貴いことでございます。わたしは、たいそう嬉しく思っております」と。
将軍は、その声を聞くと、ますます恐れおののいた。真夜中のこととて、辺りに人はいない。将軍が逃げ去ろうと思っていると、妻は将軍の衣を捕らえて、さらに抱きつこうとした。将軍は、恐怖の余りあたふたと逃げようとしたが、妻は、手で以て将軍の腰を打った。将軍は腰を打たれたが逃げ去ることができた。
しかし、家に帰って後、すぐに腰が痛み出し、夜半のうちに死んでしまった。

その後、天皇(皇帝)はこの事をお聞きになって、その女の霊を貴んで、封五百戸をお加えになった。
それから後は、国に災いが起ころうとする時には、その殿舎の中で鳴る音がしたが、雷の音のようであった。そればかりでなく、霊験あらたかなことが多かった。
その殿舎が鳴る時には、世間の人は、あの栢霊殿(ハクリョウデン)の音が鳴っている、と言い合った。
されば、人を恋い悲しむ心が深くとも、このような事はすべきではない。霊となれば、本の人の時の心は失われて、極めて怖ろしいことなのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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虚しい約束 ・ 今昔物語 ( 10 - 19 )

2024-05-20 13:47:39 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 虚しい約束 ・ 今昔物語 ( 10 - 19 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]代に蘇規(ソキ・伝不詳。)という人がいた。
この人が、国王の使者として遙か遠い洲(クニ)行くことになり、蘇規は妻に、「私は、国王の使者として遠い洲に行くことになった。そなたとはしばらくの間会うことが出来ない。そこで、私は、他の女と交わるようなことはしない。そなたもまた、他の男に近付いてはならない。そのために、一つの鏡を二つに破って、半分をそなたに預け、半分は私が持って行く。もし私が、他の女と交われば、私の持っている半分の鏡は、必ず飛んで行って、そなたの鏡に合わさるだろう。また、もしそなたが、他の男と交われば、同じようにそなたが持っている半分の鏡は飛んで来て、私の鏡に合わさるだろう」と約束すると、妻は喜んで半分の鏡を受け取り、箱の内に納めて置いていた。また、蘇規もその半分の鏡を取って、身から離すことなく持って、家を出立してかの洲に向かった。

その後、しばらく経つと、妻は家において他の男と交わった。蘇規は、その事を知らずにかの洲にいたが、妻の半分の鏡は、たちまち飛んで来て蘇規の半分の鏡と合わさること、約束した通りであった。されば、蘇規は我が妻がすでに約束を破って、他の男と交わったことを知り、約束が破られたことを恨んだ。

されば、実(マコト)の心を尽くす時には、心のない物であっても、このようであるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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心ある武芸者 ・ 今昔物語 ( 10 - 20 )

2024-05-20 13:47:12 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 心ある武芸者 ・ 今昔物語 ( 10 - 20 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]代に紀札(キサツ・春秋時代の人)という人がいた。武芸の道に勝れ、正直な心の持ち主である。
その人が国王の使者として、謀反の者たちを討つために外洲(ホカノクニ)に向かったが、その途中で突然大雨に遭った。そのため、洪水となり、道を行くことが出来なくなり、猪君(チョクン・徐君が正しいらしい。実在らしい。)という人の家に宿泊した。
二月(フタツキ)が経って、雨が止み空が晴れて後、猪君の家を出立する時、紀礼は猪君に「私は、あなたの家に宿を借りて、数ヶ月が過ぎました。このご恩に報いなければなりません。そこで、私には命と同じように大切にしている物があります。ここに佩(ハ)いている剣です。これをあなたに差し上げようと思います。ただ、私は今、ある洲に行って謀反者を討とうとしているので、それを果たして還る時に、これを差し上げます」と言って、出立した。

やがて、目的の所に行き、一年を掛けて思い通りに謀反者を討ち、首を切って還る時に、猪君の家に立ち寄って剣を与えようとしたが、猪君の家の門はすっかり荒れ果てて野原になっていた。
紀礼は、これを見て不思議に思い、ある古老の人を尋ねて猪君の事を訊ねると、古老は、「猪君はすでに死にました」と言った。
紀礼が「その墓はどこにありますか」と訊ねると、古老は手を指して、「その墓は、あそこです」と答えた。
その墓の上を見ると、三尺ばかりある榎木が生えていた。紀礼は教えられたようにその墓に行き、佩いている剣をはずして、その榎木に懸けて、約束が守れなかったことを謝って、恩に報いて去って行った。

されば、心ある人はこのようであるのだ。身の護りであり、家の宝ともすべき剣であるが、約束を忘れていないが故に、その主がいないとしても、墓の木に懸けて還ったのである、
となむ語り伝へたるとや。

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夫の身代わりになる ・ 今昔物語 ( 10 - 21 )

2024-05-20 11:43:07 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 夫の身代わりになる ・ 今昔物語 ( 10 - 21 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]の御代に、長安に一人の女がいた。容姿端麗にして正直な心
の持ち主であった。
その女には夫がいた。その夫には、敵(カタキ)がいた。
その敵は、この女の夫を殺すために、その家にやって来た。しかし、その時には、夫は他所に出掛けていてその家にいなかった。
敵は家の中を探したが、夫がいなかったので、妻の父を捕らえて縛った。女は父が縛られたと聞いて、部屋の奥から出てきた。
敵は女を見て告げた。「儂は、お前の夫を殺すためにここに来たが、お前の夫がいない。お前が、もし夫を連れて来なければ、お前の父を殺すことになる」と。
女は敵に答えて、「どうして、夫がいないからと言って父を殺すと言うことになるのですか。それでは、お前さま、わたしの言う通りにして、後ほどに、この家にやって来て、わが夫を殺しなさい。この寝室で、夫は東枕に臥していて、わたしは西枕に臥しています。後で来た時に、東枕で寝ている夫を殺しなさい」と言った。
敵は、女の言うことを受け入れて、父を許して去って行った。

その後、夫が帰ってきた。
女は夫に、「今夜は、わたしは東枕で寝ます。あなたは西枕で寝て下さい」と言って、そのように寝た。
やがて、敵が部屋に入ってきて、東枕で寝ている女を、「これが夫だ」と思って、殺してしまった。それから確認してみると、女を殺してしまっていた。夫は生きている。敵は、これを見て心が痛み嘆くこと限りなかった。
されば、この女は、夫に代わって、寝る場所を変えて殺されたのである。

その後、敵はこの事を大変悲しみ、きっぱりと男に対する敵対心を棄てて、肉親にも等しい関係を結んだ。

このように、昔はこの女のように、わが身を棄てて夫の命を助ける女がいたのである。
とはいえ、これは、極めて有り難い事なのだと、聞く人は皆言った、
となむ語り伝へたるとや。

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正直者の徳 ・ 今昔物語 ( 10 - 22 )

2024-05-20 11:42:36 | 今昔物語拾い読み ・ その2

     『 正直者の徳 ・ 今昔物語 ( 10 - 22 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。「後漢」らしい。]の御代のこと。ある男が、他の洲(クニ)に行く途中で、日が暮れて宿駅という所に宿を取った。そこに、一人の男が泊まっていて病気に罹っていた。お互いに誰かは知らなかった。

すると、前から泊まっていて病気に罹っている男が、後からやって来た男を呼んだ。呼ばれて後から来た男が近寄ると、病気の男が語った。「私は、旅の途中で病にかかり、何日もの間、此処にいる。きっと、今夜にも死んでしまうだろう。そこで、私の腰に二十両の金がある。私が死んだ後、必ず葬儀を行って、残った金はお棺に入れてくれ」と。
後から来た男は、これを聞くと、「あなたの姓は何ですか。名は何と言いますか。何れの洲の人ですか。親はいらっしゃいますか」などと質問しようとしたが、それらに何も答えないうちに息絶えてしまった。
後から来た男は、「おかしな事だ」と思って、死人の腰を探ってみると、本当に金(コガネ)二十両があった。この男には、慈悲の心があり、死人が言い残したことに従って、その金を取り出して、ごく一部を使って、この死人を葬るべきお棺などを買い揃えて、その残りを彼が言い残した通りに、少しも残すことなくこの死人に副えて葬った。
そして、その男が誰だとも分らないままに、約束通りにして家に帰った。(すでに、旅から帰る途中だったらしい。)

その後のこと、思い掛けず、持ち主の分らない馬が迷ってやって来た。この男は、この馬を見て、「これは、きっと何か訳があるのだろう」と思って、捕まえて繋いで飼っていた。ところが、「自分の馬だ」という人も出てこなかった。
それから後にまた、つむじ風のために刺繍をした立派な寝具が飛んで来た。それも、「何か訳があるのだろう」と思って、取り置いていたが、それもまた、「自分の物だ」と言って尋ねてくる人がいなかった。

それから後、ある人がやって来て、「この馬は、我が子の某々という者の馬です。また、寝具も彼がつむじ風のために巻き上げられた物です。ところが、あなたの家に馬も寝具もどちらもあります。これは、どういう事ですか」と言った。
家主である男は、「この馬は、思い掛けず、迷ってやって来ました。探してくる人もいないので、繋いで飼っています。寝具もまた、つむじ風のために飛んで来た物です」と答えた。
やって来た人は、「馬もひとりでに迷ってやって来た。寝具もつむじ風が運んできたとは。あなたにはどのような徳があるのですか」と言う。
家主は、「私には、けっして徳などありません。ただ、然々の宿駅において、ある夜泊まりましたが、病気を患っていた人と、一緒になりましたが亡くなってしまいました。その時、彼が言い残した通りに、彼の腰にあった金二十両でもって、一部を使って彼を葬るのに必要な物を買い調えて、その残りは、少しも残すことなく彼に副えて葬って、帰ってきました。『あなたの姓は何か、名は何というか、何れの州の人か』と尋ねましたが、答えないままに息絶えました」と語った。

すると、やって来た人は、これを聞くと、地に臥し身もだえして激しく泣いた。そして、涙を流しながら、「その死んだ人は、まさに私の子なのです。この馬も寝具も皆、我が子の物です。あなたが、あの子の遺言を違えなく行って下さったので、隠れた徳となり、それが顕かな験(シルシ)として、馬も寝具も天があの子の物をお与えになられたのです」と言って、馬も寝具も取り戻そうとせず、涙ながら帰ろうとしたが、家主の男は、馬も寝具も返そうとしたが、遂に受け取ることなく去って行ったのである。

その後、この事が世間に広まって、その男は、ねじ曲がった心がなく正直者だと言われて、世間で重用されるようになった。
この事が起源となって、つむじ風が巻き上げて運んできた物は、本の持ち主に返す必要がない。また、本の持ち主も、自分のものだと主張することもなくなった。また、巻き上げた物を運んでくる所を、縁起の良い場所としたのである、
となむ語り伝へたるとや。

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