8時半、起床。朝食用のパンを買いに出る。いつものコンビニのパンではなくて厚切りのパンが食べたかったので、女塚通り商店街を駅と反対の方へちょっと歩いて「カジヤマベーカリー」へ行く。私が子供のころからあるパン屋さんだ。4枚切りの食パンを購入。150円也。卵焼き、トースト、牛乳の朝食。
商店街には昔からの店が多い。米屋さん、写真屋さん、床屋さん、そしてそれほど昔からではないが、行きつけの歯医者さんもある。しかし、その一方で、商店がなくなって、そこに一般の住宅が建ったりしている。商店街に一般の住宅が建つというのは昔なら考えられなかった。いったん一般の住宅が建ってしまったらもうそこに商店が復活する可能性はなくなる。商店街はオセロゲームのようにしだいに商店が住宅へとひっくり返っていくだろう。
この更地にも建売住宅が建つ予定
あれこれのメールに返信していたらお昼になる。月曜日の午前中はたいていそうなる。昼食は外に食べに出る。「テラス・ドルチェ」で炒飯と珈琲。
炒飯が運ばれてくるのを待ちながら、黒岩比佐子『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社)を読み始める。堺利彦のことは前から気になっていた。『清水幾太郎と彼らの時代』(仮題)で扱うべき人物の一人である。そのつもりで彼の全集(正しくは選集)も購入してある。しかしなかなか本腰を入れられずにいた。なぜ今回、堺利彦の評伝を読む気になったのかというと、著者の黒岩比佐子が本書を刊行して(2010年10月7日)からほどなくして亡くなったからである(11月17日没、享年52歳)。この本は黒岩の遺作なのである。本書のあとがき(2010年7月記)にはこう書かれている。
「これで、私の売文社の軌跡をたどる長い旅がようやく終った。実は、全体の五分の四まで書き進め、あとひと息というところで、膵臓がんを宣告されるという思いがけない事態になった。しかも、すでに周囲に転移している状況で、昨年十二月に二週間以上入院し、抗がん剤治療を開始したが、体調が思わしくない日々がしばらく続いた。
はたして最後まで書けるだろうか、という不安と闘いながら、なんとかここまでたどりついた。死というものに現実に直面したことで、「冬の時代」の社会主義者たちの命がけの闘いが初めて実感できた気がする。いまは、全力を出し切ったという清々しい気持ちでいっぱいだ。
病気のことを知った友人や未知の読者の方々から、これまでにたくさんの激励のメッセージをいただいた。本書はその方々すべてに感謝をこめた捧げたい。私の「冬の時代」はまだ続きそうだが、どんなに苦しいときでも、堺利彦のようにいつもユーモアを忘れず、楽天囚人ならぬ〝楽天患者〟として生きることで、きっと乗り越えていけるだろうと信じている。」
襟を正して読ませていただく
食後の珈琲を飲みながら書きかけの論文の構成を微調整。よし、来週にはなんとか書きあがりそうだ。
夜、卒業生の一人から来年の6月に結婚式を挙げることが決まりしたというメールが届く。結婚することは知っていたので、驚いたりはしない。そうか、よかったね。招待してくださるとのことなので、さっそ来年の手帳に予定を記入する。